星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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War In The Dance Floor - Part 3

 さて、イェルグもナミトも手元から去った大和の方では。

 「うぅっぷ…っ! こんなに距離稼いだってのに、まだこんなに怨場の影響があるなんて…!

 『冥骸』の連中、トンでもない装置を作ってくれたモンッスねぇ…!」

 ナミトの効果地点から全速力で離脱し、もはや数キロもの距離を離したというのに、彼の感覚神経は悪寒を伴う不快感に晒され続け、消化器はモゴモゴと暴れっぱなしであった。

 「死後生命(アンデッド)のこと、甘く見過ぎてたッス…。あいつらなんて、所詮は個体的執念の産物、統率の取れた集団行動なんて出来っこないなんて、高をくくってのが甘かったッスね…。

 こんなことになるなら、ヴァ姐さんの勧めに甘えて、霊薬(エリクサ)(もら)っておけば良かったッス…」

 大和の脳裏に、ユーテリアを出発する直前の光景が思い返される。大和が製作した艦に3人が乗り込む直前、星撒部2年生のヴァネッサが今にも泣き出しそうな曇り顔を作って、駆け寄って来たのだ。その表情は特に、恋人であるイェルグに向けたものであったろうが、とにかく彼女は3人の身を案じてお手製の怨場対策の霊薬(エリクサ)が入った(ピン)を渡してきたのである。

 大和がこの好意を受け取らなかったのは、彼が独りごちていたように、死後生命(アンデッド)を軽んじていたからと言うのも理由の1つだ。しかし一番の理由は、恥ずかしながら、幼稚な意地によるものだった。

 ナミトとイェルグの2人が、ヴァネッサの好意をやんわりと断ったのである。練気技術に長け、怨場への抵抗力が高いナミトが受け取らない、というのは話が分かる。しかし、イェルグが受け取らないというのは、大和にとっても予想外の出来事であった。この事についてイェルグが曰くには。

 「今回のオレの仕事は空ン中で忙しなく飛び回ることだからな。怨場の領域に入っても、すぐに飛び出しちまうだろうから、大した影響を受けることはないだろうぜ。

 その瓶は、オレやナミトの分まで含めて、大和にやってくれよ」

 この台詞は、今思い返せば、大型の機体を操縦するために鈍重にならざるを得ないだろう大和を純粋に気遣っての発言だったかも知れない。しかし、当時の大和はそんな気遣いを露ほども理解せず、"1人だけノコノコと薬に頼る真似は格好悪いだろう"などと愚考した上で、こんな事を語ってみせた。

 「ヴァ姐さん、バカにしないで欲しいッスね。オレも『星撒部』の一員ッス。逆境の1つや2つ軽ーく跳ね返してみせるッスよ。

 だから、その気持ちだけで充分ッス!」

 そして、歯を輝かせながら、力強く親指を立てて見せたのだ。

 今その光景を思い返すと…穴があったら頭のてっぺんまで埋まってしまいたいほど恥ずかしく、そして愚かしい。

 「あーもーっ! 新たな黒歴史の誕生の瞬間が、オレの心に突き刺さるぅーっ!」

 思い返してしまった愚行に文字通り頭を抱えて、操縦席の上で思い切り仰け反って叫んだ、その瞬間。

 ドォンッ! 爆音と共に、激しい衝撃が艦体を襲う。あやうく席ごと床に倒れるところだった大和は、手足をバタつかせながらなんとかバランスを取り戻すと。ブンブンと頭を左右に振って、思考を現実に引き戻す。

 「そ、そうッス! 騒いでる場合じゃなかったッスよ!

 今のオレってば…!」

 大和は操縦パネルを素早く操作し、パネルの上に球状の全方位センサーのホログラム画像を表示する。

 そして、画像に視線を向けた大和は…再び怨場に消化器をやられたかのように、顔色を真っ青にする。

 「大、大、大の、大ピンチだったッスよ…!」

 そう。センサーの中心部、大和が操る飛行艦に向かって、進路前方右側と左側、そして後方から漏斗(じょうご)状に収束しながら接近してくる大軍勢が見える。艦は、大量の殺意に包囲されていたのだ。

 3つの軍勢の内訳は、それぞれ以下の通りだ。後方からは怨場発生装置周辺から飛び立った、飛行可能な死後生命(アンデッド)達。前方右側からは癌様獣(キャンサー)の群れ。左側には、"パープルコート"の戦艦数隻と、それらから出撃した蚊柱の如き大量の『ガルフィッシュ』達である。

 非武装の艦でありながら、これほどの大軍勢から危険視されて追い回されている現状は、大和にとっては残念ながら、道理である。彼の艦から出撃したたった2個体の戦力は、多大な戦果と混乱を与えている。これ以上戦力を投入されては好ましくないと、どの勢力も判断したのだろう。真っ先に排除するべき対象であると無言の合意をしたようだ。

 勢力の目を引きつけるという役割の観点からすれば、大和は大成功したと言えるが…。

 「オレが引きつける相手は、"インダストリー"どもだけのはずッスよね…! それが、"インダストリー"意外の全勢力から敵視されて追われるって、オーバーワークにも程があるッスよ!!」

 大和が独りでやるせない絶叫をしている間にも、背後の死後生命(アンデッド)達は距離を詰めてくるし、前方の2勢力からは砲撃の嵐が押し寄せる。今の飛行艦の性能では、近い内に轟沈の憂き目に遭うだろう。

 ――一刻も早く、戦闘可能な機体へと定義拡張(エキスパンション)しなくては。大和は胸中でゾワゾワと焦燥に炙られるが…その解決策をおいそれと実行に移せない事情があった。

 定義拡張(エキスパンション)によって、現状の形態から戦闘の形態へと変形するには、かなり大掛かりな過程を要する。その間は大きな隙となり、場合によっては加速も進路変更も効かない完全なノーガード状態となってしまう。

 この課題を克服するための策は、幸運にも大和の頭の中にある。しかし、それを実現するためには、タイミングが重要だ。そしてそのタイミングが到来するためには、もっと我慢をしなければならない。

 「なんでオレだけ、こんなハイパーベリーハードモードになってるンスかねぇッ!」

 泣き出したい気分で叫びながら、大和は操縦桿やらエンジン出力調整ペダルをひっきりなしに操作し、砲撃を避けながら背後の死後生命(アンデッド)に掴まらないよう…かと言って、距離を離しすぎないよう、絶妙の速度で飛行を続ける。

 やがて…胸中を炭化し尽くすような焦燥と我慢の果てに…"その時"が来る。

 中型の癌様獣(キャンサー)や『ガルフィッシュ』達が、モニターで倍率を操作せずとも、目視でも細部まで見えるほどに接近している。そして後方には、鎌やら剣やらといった物騒な武器を振り回す死後生命(アンデッド)達が尾翼の間近に接近し、実際に艦体に損傷を与えてる事態も発生している。

 正に絶対絶命、逃げ場のない挟み撃ちの状況だ。並みの神経の持ち主ならば、ここで最悪の悲劇を覚悟して、顔を覆って観念するところであろう。

 しかし、無茶を日常茶飯事としている『星撒部』の一員たる大和は、顔を覆おうどころか、双眸(そうぼう)にギラリと決意の炎を灯す。彼の心は折れるどころか、この窮地で息を吹き返したのだ。

 「これで勝ったと思ってンだろうけどな…! 度肝抜かれるのは、お前らの方ッスよ!」

 大和は操縦桿を限界までグイッと引っ張ると同時に、加速ペダルを踏み潰さんばかりの勢いでダンッ! と踏み込む。

 この操作からほんの一瞬遅れて、艦体が急激な進路変更を行う。風霊エンジンが増大した雷霊と相まって激しい電流のヘビを走らせながら、ゴウゴウと耳を聾する駆動音を立てつつ、その場で風車のように回転。瞬きほどの間に、艦首が天上向けて垂直に立ち上がった――と、同時に、そのまま打ち上げ花火の如く高空へと急上昇してゆく。

 この時、眼下では艦体に突撃しようとしていた3つの勢力の先陣が、艦体の急激な進路変更に対応出来ずに次々と激突。まるで、羽虫の大群で作った大渦のような有様になり、もみくちゃになって思うように動けずにいる。

 これこそが、大和の策だ。彼は周囲を囲まれた時点で、退避先は上空しかないと判断していた。しかし、最初からユルユルと上空を目指しては、敵にも進路変更に対応されてしまい、総攻撃の的になってしまう。そこで、相手を進路変更が困難になる距離にまで引きつけてお互い同士を激突させ、その隙に上空に逃げる戦略に出たワケだ。

 「おっしゃッ、大成功ッ!

 どんなもンッス!」

 ガッツポーズを作って見せる大和であるが、とは言え、艦は完全に安全になったワケではない。敵勢力の後続になればなるほど、こちらが仕掛けた罠を把握して対応を取ってくる。実際、"パープルコート"の戦艦達は艦首をこちらに向けて砲撃を開始して来たし、死後生命(アンデッド)癌様獣(キャンサー)の中にもこちらをめがけて上昇してくる個体がチラホラと現れてくる。

 だが、大和は構わずに加速ペダルを踏み込み続け、最大速で上昇を続ける。砲撃が何度か艦体に激突するが、決して気にはしない。どうせ定義拡張(エキスパンション)をかければ、破壊された部位は新品の機関へと生まれ変わるのだから。

 今はともかく、距離を稼いで定義拡張(エキスパンション)を行うのに充分な隙を稼ぐことが先決だ。

 操作パネル上の球状全方位レーダーが、敵勢力との距離がグングン開いてゆくのを大和に通知する頃。彼は額に吹き出た焦燥と興奮の汗を制服の袖で拭いながら、ニヤリと笑う。

 「さぁーて、ここからがオレの見せ場! いざ、変形――」

 この時、誰の目にも触れていないというのに、ノリで格好つけて腕を振り上げて見せたのが、神か悪魔かをせせら笑わせてしまったらしい。――不幸にも、大和には全くの想定外のトラブルが起こる。

 突如、レーダーが進路上…つまりさらなる上空に…3つの反応を捕らえたのだ。

 「え…!?」

 ぱちくりと間の抜けた瞬きをした、その直後。操縦室にけたたましい警告音が鳴り響く。何らかの攻撃が、直撃コースで迫っているのだ。

 「うえ!? え!? え!?

 ちょ、ちょっとぉっ!?」

 困惑した声を上げながら、状況の把握と解決策を慌てて模索する、大和。(いたずら)に速度を落としては、折角引き離した3つの勢力の追いつかれてしまう危険があるので、加速ペダルを踏む力を緩めるワケにはいかない。しかし、このまままっすぐ進んでは、正体不明の攻撃に打ち抜かれて、最悪轟沈だ。回避するためにも、いずれかの方向に舵を切らねばならないが…進路変更をしたところで、相対速度の問題から充分にその成果を発揮できず、結局は攻撃の餌食になってしまう可能性が高い。

 手持ちの性能で、なんとか攻撃を振り切るしかない。それには、相手の攻撃の正体を見極める必要がある。焦りでウロウロしがちな眼を必死に抑えながら、レーダーの反応を元にモニターの倍率を操作し、接近する攻撃の空域を映し出すことを試みる。

 パッ、パッ、パッと連続で3つ開くワイプ映像――それを見た大和は、「ンゲェ!」と潰れたカエルのような情けない悲鳴を上げる。

 映像の中には、攻撃の正体は露わになってはいなかった。どうやら、震動や力場といった不可視の攻撃らしい。しかし大和が声を上げたのは、不可視の攻撃を嫌ったからではない。映像の中に映る、3体の敵影を発見したからだ。

 それらは、人型の機動兵器である。各々の形状はかなり異なるものの、共通しているのはサイズと、そして肩や胸の装甲に張り付いているマークだ。前者は体高10メートルほどと、地上での活動を鑑みるとかなり大きい印象を受ける。そして後者は、雷を握り込んだ拳がハッキリとした色遣いで描かれたものである。

 マークの段階だけで、大和は瞬時に相手が何者なのかを知る。サヴェッジ・エレクトロン・インダストリー所属の私兵団の機動兵器だ。そして、サイズおよび推進機として使用している空間泳子(エーテル)蠕動型エンジンから、悪名高い次元戦闘兵装"D装備"で固めた機体であることも一目瞭然だ。

 (ってことは、つまり…接近してる危険って、次元歪曲兵器か…!!)

 D装備が繰り出す不可視の攻撃と言えば、空間の歪みを物体の破壊に用いる次元歪曲兵器が代表格だ。実際、モニターをよくよく見れば、周囲の風景がグニャリと湾曲しているし、バチバチと電離した大気の電火も確認出来る。間違いは、なさそうだ。

 この事実を知ったところで、大和は安堵するどころか、余計に冷や汗が全身が噴き出してしまう。非武装の高速移動に特化しただけの飛行艦では区間自体の破壊を防ぐ手立ては…普通、思いつかない。

 万事休す。あと十数秒もすれば空間の湾曲は艦を包み込み、大和もろとも素粒子雲へと分解されてしまうことだろう。

 (ああ…こんなことになるんだったら…。ナミちゃんのたわわな胸、揉ませてもらうんだった…)

 清々しいまでの諦観に達した大和が、静かに涙を流しながら、妄想の中の優しさを堪能し始めた…その直後。

 大和の妄想が、烈火のごとき激情に包まれる。同時に、涙を流していた情けない大和の瞳がギラリと鋭く(とが)る。

 大和もまた、『星撒部』の一員。軽薄な態度が目立つ彼もまた、幾度もの修羅場を潜り抜けている。

 そして今、己の希望を妄想のままに終えようとしている自身の絶望感に猛り狂うほどの怒りを覚えた大和は、窮鼠(きゅうそ)のごとく生への執念と絶望への反抗に覚醒する。

 「こンなトコで、女の子にキスの一つも受けないで、死んでたまるかってんだぁぁぁっ!」

 叫びの言葉はお世辞にも格好良くはないが、以後の彼の働きは、どんな少女も目を見張ったことだろう。

 死を運ぶ不可視の攻撃へ激突するまで、もはや十秒を切ったそのタイミングで。大和は方向転換のために操縦桿を倒すことなく真っ直ぐな進路を保ったまま、推進ペダルを踏み続ける。ペダルはすでに床と接触し、これ以上踏み込むことは出来ない状態だ。

 しかし――大和の操る飛行艦は、更に更に、音速に挑むかのように速度を上げて天上めがけて飛び上がる。

 推進ペダルを限界まで踏んでいるにも関わらず更なる加速を得ているのは、大和がエンジンに対して定義拡張(エキスパンション)を行い、その性能を急激に変化させているがゆえだ。そうやって加速を得ることで、次元歪曲兵器の間をすり抜けるつもり算段なのか?

 いや、それは不幸にも無理だ。今のままの進路では、もしも音速の倍以上の速度に達したとしても、次元歪曲兵器の魔手からは逃れられない。

 それでも大和は、もはや諦観など微塵もない、爛々(らんらん)と燃え盛る眼で行き先を見つめたまま、突っ込む、突っ込む、突っ込む――!

 「行けぇぇぇぇぇっ!」

 そして――遂に、艦体が次元歪曲兵器と接触。高密度の金属と激突した次元歪曲の渦は、ギィィィン、と耳障りな音を立てながら、大岩を投げ込んだ水面のごとく周囲数百メートルの範囲を空間の蠕動で包み込む。バチバチバチッ、と派手な明るい紫色の電光は、金属原子がプラズマ化した発色であろうか。

 こうして大和は、自らが製作した艦と共に、所属部の名にある星へと姿を変え――"なかった"。

 この直後の風景を見た"インダストリー"の搭乗者(クラダー)達は、コクピットの中で目を丸くしたり、口をあんぐりと開いたことだろう。

 何せ、激しいプラズマの渦の中から、ボロボロになりながらも飛行艦が巡航ミサイルのような勢いで飛び出して来たのだから。

 「いぃやっほぉぉぉぉっ!」

 操縦席の中で思い切り叫ぶ大和は、そのまま更に加速して、呆然と立ち尽くす"インダストリー"の機動兵器どもを追い抜いて、高高度の上空へと飛び出した。

 

 ――さて、大和は一体どんな手段を使って窮地を脱したのか。その答えは、最期の足掻きとばかりに実行したエンジンへの定義拡張(エキスパンション)にある。

 次元歪曲兵器の効能を無力化させるためには、こちらも空間に干渉する必要がある。しかし、大和の飛行艦には空間に干渉するための機能は存在しない。ならば定義拡張(エキスパンション)を用いて新規に空間干渉用の機関を作成する方法が考えられるが、10秒足らずの極短時間でそれを実現させるのは無理があった。

 一方で、大和の飛行艦のエンジンは風霊を主体とした精霊式エンジンである。このエンジンの駆動機構を空間泳子(エーテル)蠕動式に変化させられれば、次元歪曲兵器との干渉をある程度引き起こせる算段がつくのだが、残念ながら10秒足らずの時間ではそれも無理だ。この極短時間で出来ることと言えば、エンジンに使用されている精霊の属性を変更したり、追加したりすること程度である。

 だが、"その程度"こそ、大和の死地回生の糸口であった。

 唯物論的科学下において、空間とは単なる器でしかない。しかし、魔法科学下においては、実に様々な要素を内包している存在である。そこには、精霊に関連する要素も含まれている。この要素を突くことで、空間干渉を引き起こすことを試みたのだ。

 多種類の精霊を大出力で一気に混ぜ合わせることで、空間格子に回転的歪曲を生み出す"精霊乱流"と呼ばれる現象がある。大和はエンジンに対して定義拡張(エキスパンション)をひっきりなしに実行し、精霊乱流の出力を微調整して次元歪曲兵器と絶妙に干渉することで、素粒子分解の憂き目を見事に脱したのだ。

 この作業を行うには、非常に卓越した魔法と工学の技術が必要となるし、何より目まぐるしく変化する状況に寸分も遅れずに対応できる判断力も求められる。通常ならば、天才的と賞されるような技術者が数人掛かりでやってのけるような水準の作業だ。

 それを大和は、たった独りでやってのけたのである。

 

 唖然と見送る"インダストリー"の機動兵器たちの視線を受けながら、大和は"してやったり"と言わんばかりの笑みをニンマリと浮かべて見せる。

 が、すぐにその笑みは消え失せ、剣呑な表情へと取って代わる。針の穴を潜り抜けるような難度に打ち()って手に入れた、絶好の機会なのだ。胸を張ってみせるだけで費やすのは、死んでも直らないような愚者だけだ。

 「さぁてと…団体様方、好き勝手にやりまくってくれたッスねぇ!

 今度は、こっちの番ッスよ!」

 そして大和は、操縦パネルの上に五指を開いた両掌をバァンッ! と叩き付けながら乗せると、爆発的な魔力を一気に注ぎ込んで定義拡張(エキスパンション)を実行する。

 転瞬、艦体が巨人の手で弄ばれた年度のようにグンニョリと形状を歪める。流線型はみる間にスライムのように波打つ不定形へと変じ、艦であった面影を微塵も残さない。

 この激変にハッと我に返った"インダストリー"の戦力達が、各々の腕部に内蔵された次元歪曲砲の砲口を"元艦"に向け、ゾルリッ! と粘性のある発砲音と共に、大気をプラズマ化させる電光を放つ空間歪曲を射出する。大和の艦の激変が何らかの成果を出さないうちに、撃墜してしまおうという魂胆だ。

 ゴキゴキ、グニョグニョを激しく形状を変える"元艦"は、まるで卵の中で活発に細胞分裂する胚のような印象を与え、無防備に見える。しかし…射出された空間歪曲は、"元艦"に着弾するより数十メートル手前で、バチッ! と音を立てて相殺され、消滅した。

 ――一見無防備に見える"元艦"だが、もはや防御能力を備えている!

 「やっとこさ、ピンチを潜り抜けたンスよ? またピンチを呼び込むようなノーガードを晒すワケ、ないじゃないッスかぁ!」

 粘土細工のように変形してゆく操縦席の中、未だ機能しているモニター越しに大和は"あっかんべー"をして見せる。彼は形状の変化に先んじて、対空間歪曲用の防御フィールド発生機関を生成していたのだ。

 それでも諦め悪く、難度も難度も砲撃を行ってくる、"インダストリー"の機動兵器達。それらの攻撃を悠々と弾く"元艦"は、やがて降下を始める。エンジン部も加工中の粘土のように溶融し機能を失った今、惰性による上昇の推進力が重力に打ち負け、自由落下が始まったのだ。

 落下するにつれて、"元艦"は急激に肥大化する細胞のようにブクブクと体積を膨張させながら、急速に形状を整えてゆく。

 まず、一気に出来上がったのは胴体部とそれに繋がる2本の腕だ。この時点で、"元艦"は人型の機動兵器へと変形しようとしていることが分かる。それにしても、その体積たるや、尋常ではない。胴体部だけでも"インダストリー"の機動兵器どころか、"パープルコート"の戦艦を凌駕するほどの巨体を誇るのだ。

 下半身部分を樹木が逆さに生えるような有様で形成してゆきながら、更に体積を膨らませつつ落下してゆく、"元艦"。これには、眼下に群がっていた3つの勢力たちも慌て出す。最初は砲撃を加えていた"パープルコート"や癌様獣(キャンサー)であったが、防御フィールドによってことごとく阻止されると、迫り来る超重量の巨体との激突を恐れてにわかに退避を始める。しかし、間に合わずに巨体に激突しては大破・轟沈する戦艦や癌様獣(キャンサー)が後を絶たず、爆発の憂き目を呈する無惨な赤と黒がいくつも空を彩る。

 そしてついに…弩噸(ドドン)ッ! r[[b:霹靂>へきれき]]が耳元間近で落ちたような強烈な轟音と共に、"元艦"が戦場の大地に着地する。

 いや――"元艦"とはもう呼べまい。しかし、"巨人"というにはあまりにもデカ過ぎる。体高が100メートルを優に超える、規格外の体積。いくら人型をしていようとも、誰の頭にも"要塞"という言葉過ぎずには居られない、あまりにも圧倒的な威圧感と重量感。

 そう、こいつは"要塞"だ。その体は、数多くの兵装によって埋め尽くされている。右腕には、体高の2倍近くある刃渡りを持つ、巨大な(ブレード)を携える。指先には、何らかの射撃武器を射出するためものと思われる砲口が開く。背中には、長大な砲身が上下2門ずつ備わっている。腰には巨大な回転式機銃が左右に1門ずつ装着されている。

 そして、これらに加えて、"要塞"たる表現に相応しい装備がある――それは、体表の装甲の大半に設置された、ハッチだ。

 "要塞"は大地にしっかと両足をつけた事実を世界に知らしめるように、五体を堂々と広げて直立した…その直後。全ハッチが一斉にカパカパと展開する。

 同時刻。"元艦"の時に比べてずいぶんとコンパクトな容積となった、球状の全方位モニターに囲まれている"要塞"の操縦室において。両手両足を操縦用モジュールで覆われた大和は、全方位モニター中に写る、たたらを踏んで困惑している敵どもを一通り見回すと、フッフッフッ、と笑う。

 「これまでよくも散々、オレがノーガードなのを良いことに、好き勝手にやらかしてくれたッスねぇ…!

 そのお返し…たっぷりとさせてやるッスよっ!」

 大和は両手を覆うモジュール内で、とあるトリガーを一斉に、思い切り引いた。

 転瞬、外界では――。()()()()()()ッ! 大気どころか空間そのものが激震しているかと思うほどの勢いで轟音を滅茶苦茶に振り撒きながら、全ハッチの内部から大型のミサイルが一斉に発射。もうもうたる白煙が入道雲のように"要塞"を包む中、ミサイルは飛行昆虫並みの機動力と精度で全周囲の敵めがけて突撃を始める。

 このミサイルは、単なる物理兵器ではない。霊体である『冥骸』の浮遊霊(ゴースト)にも反応し、容赦なく追尾を始める。恐らくは、"敵意"に反応する哲学性センサーが内蔵されているのだろう。

 そして、ミサイルがもたらす破壊もまた、単なる物理兵器の所業ではありえない類のものだ。ミサイルは着弾すると、派手な爆発ではなく、影よりなお暗い、光を捕らえて放さぬ奈落の闇色の炸裂を呈する。この闇に捕らわれた存在は、"パープルコート"の戦艦のような機械だろうが、浮遊霊(ゴースト)のような霊体だろうが、ゴッソリとその体躯を削り取られる。闇霊が司る根元事象の一つ、"消滅"を利用した攻撃だ。

 この攻撃は、強力な再生能力を持つ癌様獣(キャンサー)にも大きな被害をもたらす。体を丸ごと闇霊に喰われて消滅させられては、再生しようがないのだから。

 更にこの闇霊の攻撃には、別の利点がある。それは、"インダストリー"のD装備機動兵器のように、次元歪曲防御フィールドを持つ相手の防御能力を無視できることだ。空間の曲率に多大な作用を受ける光と真逆の性質を持つ闇は、空間の歪曲に関わらず、絶対的な前進が可能である。故に、次元歪曲防御フィールドをすんなりと突破し、機動兵器の体躯をゴッソリと削ったのだ。

 この闇霊の魔手から逃れられた"インダストリー"の機動兵器は、3体のうちで(わず)か1体だけだ。戦闘を生業としている彼らでも、無防備であったはずの艦が、まさかこんなバケモノのような機動兵器に化けるとは想像もしていなかったようだ。

 この苛烈な全方位攻撃に晒されて、右往左往する大群を眺めている大和は、操縦席の中でアッハッハッ! と痛快に大笑いする。

 「元々、蒼治先輩から指示されてたのは、"インダストリー"の戦力の足止めだったッスけど! こんな乱戦じゃ、もうどうでも良いッスよ!

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の不良部隊だろうが! 死後生命(アンデッド)だろうが! 癌様獣(キャンサー)だろうが! まとめて相手してブッ倒しまくってやるッスよッ!

 アーッハッハッ!」

 そんなバカ高笑いをしているのも束の間、外では闇霊爆発を潜り抜けた敵どもが、早くも体勢を立て直し始めていた。彼らとて、生半可な覚悟で1月以上もこの地で戦闘を続けているワケではない。正に生死を賭すほどに、必死なのだ。

 真っ先に勇猛果敢に"要塞"へと反撃の突撃をしてきたのは、癌様獣(キャンサー)達だ。彼らは思考共有ネットワークを使い、個々の感情を沈静化する信号によって怯懦を克服したのだ。そして、再生能力から派生した急進化能力で闇霊に対抗するための器官を生成しながら、砲撃を繰り出しつつ、"要塞"の懐へと潜り込もうとする。癌様獣(キャンサー)と"要塞"のサイズ差にはあまりにも開きがあるが、それ故に癌様獣(キャンサー)は小回りが利き、死角を突いた攻撃を繰り出せる。

 ――はず、だった。

 しかし、大和はそんな事態など想定済みである。

 「フッフッフッ…デカブツは鈍重で精密動作に向かないなんて、誰が決めたンスかねぇっ!?」

 大和は不敵に勝ち誇った笑みを浮かべながら、両手足の操縦モジュールを駆使し、"要塞"を作動させる。

 すると、外界では"要塞"を囲む敵達が、こぞって顔色を青くするような事態が発生する。"要塞"は超重量級の巨体に見合わぬ、軽やかな動きで体躯を捻り、巨大な(ブレード)を横薙ぎに一閃。台風のような烈風を生み出しながら、迫り来た癌様獣(キャンサー)の一群を叩き斬り捨てる。

 (こいつは、ヤバい! 規格外のバケモノだ!)

 覚った"パープルコート"の艦隊が真っ先に戦意を喪失し、早々と回頭して撤退を始める。…が、それをみすっみす見送るような大和ではない。

 「何処行くつもりなンスかねー、不良軍人のご一行様…!」

 大和はニンマリ笑いながら"要塞"を操作。"要塞"は足の裏と背に装備された超巨大ブースト推進機関を爆発的に動作させると、一っ飛びに艦隊の前方に回り込む。そして、戦艦を指揮する士官達がオロオロする間も与えずに、クルリと転身しながら回し蹴り。これで、手近にいた戦艦を一隻、ガゴンッ! 盛大にへこませながら蹴り飛ばすと、別の一隻にもぶつかって乱雑なビリヤードのようにあらぬ方向へと吹き飛んでゆく。そしてもう一隻、慌ててエンジンを全開にふかして飛び去ろうとする戦艦には、ブースト推進機関を水平に噴射して一気に肉薄すると、そのまま肩で体当たり。この一隻もまた、盛大に艦体をひしゃげさせながら、グルグルとカオス的に回転しながら遙か遠方へと吹き飛んでゆく。

 あっと言う間に片づけられた"パープルコート"の艦たちの一方で…。死後生命(アンデッド)達もまた、サイズ差が有利に働かないと見るや、拠点である怨場発生装置のもとへと蜘蛛の子を散らすようにゾワゾワ逃げてゆく。これを認めた大和は、ギラリと意地悪く眼を細めて輝かせる。

 「…さっきはよーくも、気持ち悪い思いさせてくれた上に、追い回しまってくれたッスねぇ…!

 たーっぷりと、お返ししてやるッスよッ!」

 ここで両手の操作モジュールのトリガーを引くと、"要塞"の背部の砲身がゴゴンッ! と重苦しい音を立てながら、砲口を死後生命(アンデッド)の一団に向ける。照準の精度はさほど高くない、かなり大雑把(おおざっぱ)なものだ。しかし、それで充分だ。

 何せ、ブッ放された砲撃は、死後生命(アンデッド)の退却行列を包み込んでなお有り余るほどの、膨大な幅を持つエネルギーの奔流なのだから。

 大和がブッ放した砲撃は、闇霊と風霊をミックスした、闇色に僅かな緑色の輝線が螺旋状に練り込まれた、4本の奔流である。闇霊は"消滅"という強力な事象を司る反面、光溢れる昼間の世界では非常に不安定で、その力はたやすく減衰する。昼間に闇霊の力を維持するためには、存在定義を堅固なものとする高等な術式を用いるのがセオリーだが、さほど魔法技術に長けていない大和には出来ない芸当だ。そこで、風霊の力を借りることで闇霊の飛行速度を上げ、力が減衰しないうちに標的に届かせるつもりなのである。

 闇色の奔流は遠方に進むに連れて先細りになってゆくが、それでも死後生命(アンデッド)の一団の物量をゴッソリと削減するには充分な体積と力を発揮し、彼らに甚大な被害をもたらす。蚊柱ほどもあった彼らの物量は、今やバニラビーンズほどの点々とした希薄な状況にまで陥った。

 大和の操りし"要塞"、その力は正に無双と称しても決して恥じることはないだろう。その事実を自覚した大和は、操縦席で天を仰いでケラケラと大口開いて笑う。

 「この神崎大和、女の子を追いかけてばっかりのナンパ野郎じゃあないンスよ!

 やれば出来る! そして、やる時はやる! ユーテリアの英雄の卵の一員ッスからね!」

 そんな風にいい気に浸っている隙のこと。"要塞"の全方位モニターが、サッと巨大な影に覆われる。大和はイェルグの雨雲がこちらにまで及んだのかと(いぶか)しんだが、魔術現象による天候とは言え、出現があまりにも唐突過ぎる。

 (何だ…!?)

 笑みの余韻が残るままに、頭上に目を向ける、大和。転瞬、彼の笑みがサッと消え、ポカンとした表情に急変する。

 全方位モニターがとらえた、上空の影の正体。それは、"要塞"と同様に長大な(ブレード)を両手で掴んで振りかぶり、自由落下の何倍もの加速度で落下してくる、超大型の人型機動兵器である。そのサイズと来たら、"要塞"と同様、いや、それに勝るほどの莫大な体積を誇る。

 「うおっとぉっ!」

 大和は思わず声を上げながら、"要塞"を素早く操縦。手にした(ブレード)を頭上に構えて防御態勢をとりつつ、足裏のホバー機関を使って滑るように機体を転身さえる。最中、落下してきた機動兵器が"要塞"の元に到達。真夏の太陽のごとく目映い黄金色の輝きを帯びた刀身を、霹靂のごとく一気に叩きつける。

 ゴギィィンッ、と云う耳障りな金属の軋轢音。同時に、バチバチッビビビッ、と騒がしい誘蛾灯の音をバカでかくしたようなノイズ。金属刀身を芯として、プラズマを纏った刃同士が激突し、電磁的干渉を起こした音だ。

 「クッソ、いきなり襲いかかってくるなんて、感じ悪い奴ッスねぇっ!」

 大和は足を覆う操縦モジュールの中でとあるペダルを踏み込むと、"要塞"の腰に装着された超特大チェーンガンが爆発的に火を吹く。特に術式を込めていない、単純な質量兵器が連続して空を走り、敵機の腰に次々と命中。敵機はグラリとバランスを崩しながら後ろに後ずさる。

 ここですかさず大和はブースト推進機関を全開にして追いすがり、(ブレード)を腰だめにして敵機の胴体を刺し貫こうと試みる。…が、敵機はブースト推進機関をふかしてうまくバランスを戻しながら転身して大和をやり過ごす。

 それだけでなく、虚しく空を刺して過ぎる大和の機体の腹部に、強烈な蹴りを浴びせる。

 山のようにも見える"要塞"が、恐るべきことにブワリと天高く吹き飛んだ。だが、大和はそのまま重力に機体を委ねるような真似はしない。素早い操作で軽業師のように機体をクルリと宙空で一回転させると、軽やかに両足を揃えて着地。同時に、着地点付近の廃墟がメキメキと倒壊する。

 「いってて…ったく、ポッと出の割に、どこまでも生意気なヤローッスね!」

 蹴られた時の衝撃で激しく揺さぶられ、操縦席に頭をぶつけた大和が首を振りながら呟くと、怒りに燃える眼差しで敵機を睨みつける。

 突如現れた、同等のサイズに機動力を持つ強敵。その形状には、見覚えがある――先ほど撃退した"インダストリー"の機体のうち、逃した1体だ。

実際、この機体の胸部には、稲妻を握り込んだ拳のマークがバカデカく張り付けられている。

 ただし、以前に比べるとそのサイズは増大しているし、ディテールも変化している。サイズ増大前に比べるとゴテゴテしていながらも、どこか有機的な印象を与えるカーブと間接が幾つも見える。

 こうして敵機とじっくり対峙したことで、大和はコイツが一体何なのかを覚る。

 (オレの機体に対抗するため、換装してきやがったのか…!)

 機動兵器の換装と言えば、通常は整備工場で行うものだ。サヴェッジ・エレクトロン・インダストリーでも基本的にはそうしているが、他の組織と明らかに違う点がある。それは、"転移換装"と呼ばれる高度な技術の実現である。――つまり、戦闘中に必要に迫られたら、遠方にある工場からいつでも換装パーツを取り寄せ、リアルタイムに装備変更や機体調整を行うのである。

 目の前の"インダストリー"の機体は、正にその行為によって生まれた兵器である。

 「こいつら、どんだけ『バベル』とか云うワケの分からんものに必死になってるンスか…!」

 大和は苦笑しながらも、敵機を排除すべく"要塞"を前進させる。

 しかし――その瞬間、"要塞"の行き足がガクンと止まり、機体の上半身が大地に倒れ込みそうになる。

 (な、なンスか!?)

 驚愕に眼を見開いた大和が、慌てて機体を制御してなんとか踏みとどまる。そこで安堵する間もなく、すぐに足下へ視線を投げて、一体なにが起こったのか確かめる。

 全方位モニター越しに見えた"要塞"の足には、ワイヤーがグルグルに巻き付いていた。"インダストリー"による攻撃であるとすぐに判断できたが、一体何時の間にやられたのか? 思い当たらずに頭上に疑問符が浮かぶ。

 が、疑問符はすぐに真っ赤な感嘆符に変わる。モニター一杯に、体高10メートルほど――100メートルサイズの"要塞"に比べると小人のようだ――の人型機動兵器が現れたのだ。腰だめに、エネルギーが充填されて魔力励起光で輝く砲口を携えて。

 「うへぇっ! こんなハエみたいな奴、いつの間に寄って来てたンスか!」

 辟易しながらも、腕を振って追い払おうとするが――今度は腕も動かない。見てみれば、そこには"インダストリー"の別の人型兵器が、両腕からワイヤーを飛ばしてこちらの腕を絡め取っている姿が見える。

 「ちょっ! マジ邪魔…」

 悪態を吐いている間に、眼前に迫る機体が至近距離での砲撃を発射。着弾するまでの一瞬、真っ赤な色が見えたことから、恐らく火霊を主体とする攻撃であろう。それがモニターの視界一杯を包み込んだかと思うと、映像が激しいノイズに変わる。同時に、激しい震動がコクピットを襲い、大和は後頭部を何度も操縦席にぶつける羽目になった。

 「いってぇっ!

 よくもやりやがった…」

 怒りの言葉を吐き出しながら、すぐに回復したモニター越しに敵機を睨みつける大和であるが…怒りは即座に驚愕に塗りつぶされる。今度モニターの視界に一杯に映し出されているのは、"インダストリー"の巨大機動兵器である。

 突進して来たのだ!

 センサーが、ひっきりなしに警告のアラームを鳴らしている。眼前の敵機は、(ブレード)を横薙ぎに振ってどうやら、こちらを一刀両断にするつもりようだ。

 (ンなこと、させるかっ!)

 大和は両足の操縦モジュールを操作し、"要塞"を一気に加速。敵機の(ブレード)が自機の胴やら首やらを斬り飛ばすより早く懐に潜り込み、思い切り前蹴りを放つ。ガゴンッ、と重く痛々しい音を立てた敵機はたまらずバランスを崩して倒れ、(ブレード)は虚しく空を切る。

 「よっしゃ、チャーンッス!」

 大和はギラリと瞳を輝かせ、敵機へと更に肉薄、追撃をかけようとした――が。ブースト推進機関の出力全開で突進を初めて、数十メートルと進まぬ内に、急に行き足がガクンッ! と止まる。操縦モジュール越しに、両足と(ブレード)を握る腕が極端に重くなり、背後に思い切り引っ張られている感覚を覚える。

 一体何事かと後ろを振り向いた大和が見たのは、3機の10メートル級のD装備機動兵器が、ワイヤーで以てそれぞれ一つずつの[[rb肢>あし]]をギリギリと締め上げ、拘束している姿である。彼らは更に、腕部に収納されていた次元歪曲兵装を開放し、空間圧縮弾丸を連発してきた。

 (こンの…ッ! "こいつ"でワイヤーごと、ブった斬ってやるッ!)

 大和はすかさず両手の操縦モジュールを操作し、"要塞"の周囲に空間断層による防御フィールドを展開する。ワイヤーは鋭利な刃物で両断されたようにプツン、プツン、プツン、と弾けながら吹き飛び、連射される空間圧縮弾丸は黒電を纏う歪みに激突した瞬間、音もなくグンニョリと変形して消滅してゆく。

 この間は大和にとって好機だ。邪魔な(比較的)小型機動兵器群を一掃するための準備時間が出来たのだから。即座に定義拡張(エキスパンション)を実行し、"要塞"に新たな武装を施そうと試みる。

 ――が、その試みが実を結ぶより早く。大和に異変が襲いかかる。

 まず、彼が眼にしたのは、視界の端に写る巨大な触手状の物体である。それを認識した瞬間、大和は見間違いかと自分に言い聞かせようとした。空間断層フィールドの構造を解析して突破するにしても、あまりにも時間が短すぎるからだ。それに、空間断層フィールドは無効化された形跡はなく、むしろ触手は断層の内部から生えてきたいたからだ。

 だが、その触手が胴に絡みつき、先端にある超高震動ブレードを突き立てて来た途端、大和はこの事態が紛れもない現実であり、危機であることを認識する。

 「な、なンスかぁ!? "インダストリー"の連中、こんな実力高い搭乗者(クラダー)まで投入してたンスかぁ!?」

 悲鳴に近い罵声を上げつつ、絡みついた触手を見た大和は、ハッとして自身の認識の誤りに気づく。この触手は、"インダストリー"の機動兵器のものではない。重金属と有機物が混合した、バケモノじみたその器官――そう、"機関"ではなく"器官"――は、機動兵器ではなく一個体の生物に由来するものだ。

 やがて、空間断層の中からズズズズ…と、大和の"要塞"を引きずり込みつつ、ゆっくりと"そいつ"がゆっくりと姿を現す。胎児とも恐竜ともつかぬ不気味な形状に、頭部に張り付いた巨大な真紅の双眸。

 巨大癌様獣(キャンサー)、『胎動』である。

 「ンゲェ!? なんで癌様獣(キャンサー)が、"インダストリー"の肩を持つような真似をするンスかぁ!?」

 "インダストリー"と癌様獣(キャンサー)は、このアルカインテールのみならず、大抵の戦場で競合勢力として相争っている。宇宙空間を主な活動域とし、資源を求める目的を持つ両者は、しばしば衝突し合っており、和解は未来永劫無理ではないかと言われているほどだ

 そんな両者が無言のまま手を組んだのは、大和――というか『星撒部』の戦力に脅威を感じたがゆえの同調であったのだろう。

 すっかりと全身を露わにした『胎動』は、尾の付け根を泡立たせて細胞を活性化し、急速にもう一本の尾を生成する。先端に超高震動の刃がついたそれを、"要塞"背後の空間断層へ向けて円を描くように引っ掻くと。黒電を纏う空間にスッポリと穴が開き、穏やかな漆黒が現れる。空間断層を更に引き裂いて、穏やかな虚無が口を開く侵入口を作り出したのだ。

 "インダストリー"の機動兵器たちは、仇敵である癌様獣(キャンサー)の所作であろうとも、全くひるむことなく侵入口へと突入。手に槍状のプラズマブレードを持ち、"要塞"の脚に突き立てては、ビリビリビリ、と金属装甲を溶融させながら引き裂いてゆく。

 コクピットの大和は、機能不全に陥った脚部のフィードバックを受けて、ピリピリした痛みを感じて顔を歪める。

 「クッソッ! このヤローども、やりたい放題にやってくれてぇっ!

 いつまでもこのままだと、思うなッスよ!」

 大和は憤怒と共に、膨大な魔力をそそぎ込んで定義拡張(エキスパンション)。"要塞"の表面にあるハッチ全ての内部に超推進力を有する質量兵器を装填すると、準備完了と同時に一気に発射した。

 ()()()()()()()()()ッ! 入道雲のような白煙を上げながら一斉発射された質量兵器は、角錐形の非爆発ミサイルだ。"要塞"を掴む『胎動』は逃れることができず、胴体中にザクザクザクッ! と鋭い先端を突き立てられ、電解質性の透明の血液を派手にばらまきながら身をよじらす。

 それでも『胎動』は"要塞"に巻き付けた尾を離さない。それどころか、数瞬にしてピタリと身悶えを止めると、体にミサイルが突き刺さったまま、ギリギリと締め付けを強める。恐らく、痛覚神経を遮断したのだ。更には、尾の表面の組織を変形させ、超高震動のブレードがチェーンソーのように蠢動(しゅんどう)する武器を作り出し、"要塞"を両断をしようとする。

 だが、大和も指を咥えてされるがままではいない。『胎動』が身をよじらせていた数瞬の間に、左腕部を定義拡張(エキスパンション)によって変形させ、回転ノコギリ状の高出力プラズマブレードを作り出していた。そして、メリメリと機体に沈み込み始めた『胎動』の尾をズッパリと両断。ビチビチと悶えながら宙を舞う尾が着地するより早く転身した"要塞"は、右手に持った(ブレード)を横薙ぎに一閃する。

 素早い一撃は、『胎動』の胴体を半ばまで深々と切り裂いたものの、両断するには至らない。『胎動』はすかさず背後に退避用の空間断裂を作り出し、その黒々とした裂け目の中に巨体を沈み込ませて転移。その場を逃れる。

 決定打とはならなかったものの、着実な打撃を与えることが出来た大和であったが、安心などしている暇はない。まだ"インダストリー"の連中がどうなったのか、確認していない。

 再びすかさず転身し、小型の機動兵器を、そして吹き飛ばした巨大機動兵器の様子を確認する。前者は大和がブッ放したミサイルの雨を回避しきったようだが、反撃に転じるほどの余裕は得られなかったようだ。総勢5機で編隊を組んで後方へと飛び退き、体勢を立て直した巨大機動兵器の元に合流している。密に集合してこちらを睨みつけている有様は、まるで頭を寄せ合って作戦会議をしているかのようだ。――実際には、体部を機械化した"インダストリー"の搭乗者(クラダー)達には物理的距離など関係なく、ネットワーク上において光速のコミュニケーションを行っているのだろうが。

 何にせよ、ようやく敵の規模と編成をじっくりと確認した大和は、ハッ、と鼻で笑いながら苦々しく顔を歪める。

 「まぁ、"インダストリー"の戦力をこんなに引きつけたンスからね。蒼治先輩に与えられた指示のノルマは達成したってことで良いッスよね?」

 独りごちながら、大和は"さて、次の攻め手はどうするべきか"と頭を捻りつつ、操縦モジュールの内側で拳をギュッと握る。

 その緊張感を横合いから(くじ)かんとするように、"インダストリー"の機体どもに寄り添うにして空間の断裂が生成。その中から、ズズズッ、と『胎動』が悠々と姿を現す。重傷を追ったはずの胴体は早くも再生が始まっており、電解質の体液の流出は停止している。

 これを見た大和は、苦笑を更に大きくし、フフフッ、と乾いた声を上げる。

 「…んで、オマケのプラスアルファもまだまだ元気一杯ってところッスか。

 正直、メチャメチャ気が滅入って投げ出したくなるッスけど…」

 大和は唇をペロリと舐めると、笑みから苦々しさを消して、餌を前にした肉食獣のような、冷静ながらも凄絶な表情を作る。

 「みんな、踏ん張ってるンスからね。

 オレだけ逃げ出すなんてカッコ悪い真似、出来るはずないッスよ!」

 その勇壮な声が、敵の耳元まで届いたとでも言うのか。言葉にした大和の決意を潰さんとするように、"インダストリー"の機体が、そして『胎動』が動きを見せる。

 対して大和は怯まず、代わりにコクピット中を震わすような大声を張り上げる。

 「さあ、いくらでも来いッス!

 まとめて片付けてやらぁっ!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 網膜を()くビーム砲。轟々たる雷雨。入道雲のようなミサイルの爆煙。視界がグニョリとゆがむ空間歪曲兵器。

 アルカインテールの空をひっきりなしに駆けめぐる、物騒な事象。それらを瓦解した廃墟群の中から眺めていた蒼治達一行は今、搭乗している装甲車の中で今後の方針に関するミーティングを行っている。

 「イェルグ達、随分と派手に暴れてくれてるようだ」

 蒼治は眼鏡をクイッと直す。

 「それじゃあ、ここからは僕たちも彼らに乗じて、逃げから攻めに転じるとしようか。

 最初の打ち合わせ通り、ノーラさんは癌様獣(キャンサー)を、そしてレッゾさんと僕は"パープルコート"の地上戦力を抑える」

 「…あの…」

 蒼治が確認した直後、ノーラがおずおずと手を挙げて語る。

 「別に、役割には不満はないんですけど…。

 ただ、気になるんです…私たち、本当に当初の予定通りに動いて良いんでしょうか…?」

 その疑問に、レッゾがドレッドヘアを揺さぶりながら同意する。

 「お嬢さんの懸念は(もっと)もだな。

 当初のオレたちの作戦は、先手を取る事を前提にしたものだ。だが今オレ達は、完全に後手に回ってる。

 蘇芳達は既に"パープルコート"に襲われちまってるってのに、今更オレ達が囮になった所で意味があるのか?」

 「レッゾさんの指摘も、そうですけど…。もう一つ、気掛かりなことがあります…」

 「エントロピーについて…ひいては、『バベル』について、だよね?」

 蒼治の確認に、ノーランはコクリと首を縦に振る。

 「イェルグ先輩達が参戦したことで…ここから見える空でも確認できる通り…状況がかなり混沌としてきています。確実に…事象的エントロピーは増大しているはずです…。

 そこに更に、私たちが参戦して場を掻き回せば…『バベル』にたっぷりと(エントロピー)を与えることになりませんか…?」

 この問いに蒼治は腕を組んで眼鏡をクイッと直すと。熟慮するまでもなく、彼は即答する。

 「僕もそれについては懸念していた。そして、考えた上で、やはり当初の計画通りに動くのが最善だと結論付けたんだ。

 レッゾさん、囮の件については、今からでも充分意味はあると思います。

 確かに蘇芳さん達は交戦状態にあり、脱出路の中で奮闘しているようですが、あっちにはロイや紫といった戦力が居ます。相手(パープルコート)にも、僕の結界をくぐり抜けた実力者が居るようですが、彼らの実力と機転なら、うまいこと拮抗状態に――いや、それ以上の状況を作り出せると信じています。

 ですが、拮抗状態に痺れを切らした"パープルコート"が増援を要請したり、他の競合勢力が漁夫の利を狙って介入してくるとなると、状況がややこしくなり、為せるものも為らなくなってしまうかも知れませんからね。

 そして、『バベル』についてですが…」

 蒼治は一息を入れてから、言葉を続ける。

 「確かに、僕たちが参戦することで事象的エントロピーは増大することになると思います。でも、それは一時的なことです。僕らが囮以上の働きを見せ、事態の収拾を行えば、エントロピーは減していきます。そうすれば、『バベル』へのエントロピー供給はうまく行かなくなり、起動は難しくなるでしょう」

 その言葉に、レッゾは首を振りながら、ハッ、と苦々しく鼻で笑う。

 「確かに、事態を収拾できりゃ、万々歳だろうがよ。

 だが、オレたちはたった3人だ。しかも、オレは運転専門で、戦力として数えられない。実質、2人しか居ないぜ。

 そして、兄ちゃん達が呼んだ援軍は、たった3人だ。つまり、事態の収拾に当たるのは、合わせても5人しか居ないってことだ。

 対して、相手は軍勢を引き連れた4つの勢力。その規模は当然、千を超えるだろうよ。

 普通に考えて、多勢に無勢に過ぎるってもんだ。それで勝算があると思うのかよ?」

 すると蒼治は、眼鏡のレンズをキラリと輝かせながら、「はい、あります」と即答する。

 何を根拠に…とレッゾが反論するより早く、蒼治は告げる。

 「多勢に対して寡兵で当たる、というのが今回の肝です。

 もっと言えば、寡兵でも着実な戦果を挙げること、が真の目的になります。

 ここで言う"着実な戦果"というのは、多数の兵力を殺ぐことでも、指揮官を倒すことでも構いません。とにかく、相手が寡兵であるはずの僕たちの力に戦々恐々し、勇み足を止めること。この状況を作り出せれば、戦況は緩慢になり、事象的エントロピーを減らすことが出来ます。

 そして僕たちには、それだけの戦果を叩き出せるだけの力があります。

 何せ、"英雄の卵"と呼ばれるユーテリアの学生なんですからね」

 最後には薄ら笑いを浮かべて語ってみせる蒼治に、レッゾはやれやれ、といった感じで首を振りながら苦笑する。

 「その満々の自信、一体何処から来るんだかな。昨日、入都した時は、逃げ回るので精一杯って感じだったってのによ」

 嫌味とも取れる言葉にも、蒼治は動じず、にこやかに答える。

 「昨日の乱戦の経験があってこその、今回の勝算です。

 確かに、全くの想定外のことだったので、後手後手に回ったのは事実ですけどね。でも、一度骨身に染み着けば、その対策はいくらでも立てられますよ」

 「…まぁ、兄ちゃんが自信満々ってことはよく分かったがよ…。

 だけど、同じ"英雄の卵"であるお嬢ちゃんは、そうでもないみたいぜ?」

 レッゾは、彼と蒼治の間に座るノーラを顎で指し示す。彼の言う通り、ノーラは浮かない顔で俯き、翠色の瞳を怯えているようにも見えるように潤ませている。

 それを見た蒼治は、申し訳なさげに乾いた笑みを浮かべる。

 「…ああ…ノーラさんは、一昨日入部したばかりだしね…。実戦経験も少なくて、色々心配なことはあるよね。

 でも、昨日のトンネル内での立ち回りを見るに、ノーラさんにも充分な実力はあるから、もっと自信を持って…」

 「いえ…。あの…自信がないとか、そういうのでは…あっ、確かに、少しありますけど…。

 それよりも、やっぱりどうしても気に掛かるんです…。『バベル』のことが…」

 その言葉を聞いた蒼治は、乾いた笑みを消して眼鏡をクイッと直すと、堅い口調で語る。

 「エントロピーが充分に減じるまでの間に、『バベル』が起動してしまったらどうするか…それを懸念している、そうでしょう?」

 蒼治の言葉に、ノーラはややゆっくりコクンと首を縦に振る。

 「先輩の言葉に、ダメ出しするようで申し訳ないんですけど…正直、楽天的な発想だと思います…。

 先輩の作戦は、『バベル』が起動しないことを前提にしたものです。そして先輩の作戦の中には、確かに起動させないための対策も盛り込まれています…。

 でも、その対策が万全であるとは、言えませんよね…?

 私たちの参戦によってエントロピーが激増した時点で、『バベル』が起動してしまうことも、充分考えられます…。

 先輩は…すみません、生意気な風に聞こえるかも知れませんが…『バベル』起動後の対応についての方策は、考えてますか…?

 まさか、完全にぶっつけ本番、アドリブで切り抜けようとは、思っていませんよね…? もしもそうだとしたら…私は、今回の戦いに勝算はない…と判断します…」

 ノーラの意見は確かに辛辣な部分が含まれているが、蒼治は決して気を悪くはしない。彼は自論こそ唯一最善だなど考えるような愚者ではないのだから。

 (かえ)って蒼治は、真摯な表情を更に鋭くして、ノーラの意見の正当性を認めて頷いてみせる。

 「確かに、ノーラさんの言う通りだ。戦況が収束するより早く、『バベル』が起動してしまう可能性は充分にある。

 ただ、それを勘案しても、僕たちは戦況は収束に向かわせるべきだと思うんだ。

 何もしないところで、結局は事象的エントロピーは増大し、『バベル』の起動に結びついてしまう。その時に僕たちは、蘇芳さん達避難民を守るために、『バベル』に加えて、まだまだ元気の有り余っている4つの勢力を相手に立ち回る羽目になるような、最悪の事態に陥ることも考えられる。

 そうならないようにするためにも、抑止力として釘を刺しておくことは必要だと思うんだ」

 それから蒼治は、眼鏡のレンズ越しに眉根に皺を寄せると、申し訳なさそうに言葉を続ける。

 「『バベル』については…現時点では具体的な対策の立てようがない、というのが正直なところなんだ。

 今朝の映像で『バベル』を見せてもらって、性質を多少予測することは出来たけど…確証とまではいかない段階なんだ。

 はっきり言ってしまえば、『バベル』は正体不明の怪物さ。

 そんな代物を相手にするのに、余計な勢力から茶々入れられるのは困るだろう?

 起動後の『バベル』への対応に出来るだけ集中するためにも、今出来ることはやっておく必要があると思う」

 その言葉にノーラは、力のない笑みを浮かべる。

 「…つまり、起動後の『バベル』への対策は、アドリブ任せってことには変わらないんですよね…。

 正直、厳しいなぁ…」

 援軍として来てくれたイェルグ達には申し訳ないが、何もかにも放り出して逃げたくなる衝動に駆られる、ノーラである。

 しかし…胸中が怯懦に塗り潰されてしまう寸前に、ポッと脳裏から飛び出してくる記憶がある。

 その記憶は、訴える――この状況に陥る引き金を引いたのは一体誰か、と。

 それは勿論――。

 (はい、私…です)

 難民キャンプにて、暗い感情に閉ざされてしまった少女、栞から託された依頼。それを胸を叩いて引き受けたのは、誰でもない、ノーラ自身だ。

 逃げるなんて真似、絶対に出来ない。

 それともう一つ。怯懦に抗う言葉が、胸の奥から飛び出してくる。

 (今の私は、希望の星を振り撒く『星撒部』の一員なんだ…。その私が、絶望に塗り潰されてどうするの…!)

 そして最後に目の前に浮かんだのは、彼女の手を取って『星撒部』に引き込んだロイの、真夏の太陽のような笑みだ。彼がこの場に居たら、何と言うだろうか。それは容易に想像できる。

 「正体不明の怪物? だからなんだってンだよ!

 ブッ倒しちまえば問題ねーさ!」

 慎重な万策の鎖に脚を絡め取られて動けなくなるより、無策のまま気持ちよく突撃した方が、ずっとずっと生産的だ。

 ノーラは、フフッ、と小さく声を出して笑う。突然のことに蒼治もレッゾもキョトンとしたかと思うと、余りに考え過ぎて可怪(おか)しくなってしまったのかとオロオロし始めたが。ノーラは更に表情を花咲かせて、彼らの疑念を払い飛ばす。

 「…そうですね。とにかくやってみなくちゃ、何の結果も出ないですよね…!

 やりましょう…相手が何であれ、進むしか道はないんですから…!」

 こうしてノーラが吹っ切れたの機に、同じく渋い顔をしていたレッゾもまた、己の胸中にわだかまる不安を揉みくちゃにするようにドレッドヘアをボリボリと掻きむしると。「ええい、くそっ!」と前置きして、とうとう吹っ切る。

 「どうせ、逃げる場所なんてねぇんだ! むしろ、逃げ回ってる方が、背中から刺されかねない状況だ!

 だったら、兄ちゃんたちについていいくしか、選択肢はねぇだろ! 良いぜ、地獄の果てだろうが何だろうが、トコトン付き合ってやろうじゃねーか!」

 こうして3人が参戦の意志を固めたところで、各々が早速出撃の準備を始める。レッゾは装甲車の運転席にもぐり込み、エンジンを掛けていつでも全速力で発進できるように整える。蒼治は収納スペースから飛び出して装甲車の上に飛び乗ると、双銃を構えて迎撃に備える。

 そしてノーラは、蒼治と同じく収納スペースから飛び出すと、手にした黄金の大剣に魔力を集中して定義変換(コンヴァージョン)を実行。剣はパタパタとタイルがめくれるような有様を見せつけながら、体積――というよりも面積を広げ…ついには、サーフィンのようにも見える、浮遊する平べったい大剣と化した。刃の部分と一体化している(つば)の部分には、青白い魔力励起光と共に気流を噴き出す推進機関が備わっている。

 己の武器を乗り物としてしまったノーラであるが、彼女自身が扱う武器はどうするのか? その調達にもまた、彼女特有の能力である定義変換(コンヴァージョン)が一役買う。彼女の力は愛剣の姿形を変えるだけでなく、あらゆる存在から剣を作り出すことが出来るのだ。

 ノーラは手近なところにあったコンクリート片と金属の骨組みを片手ずつで持ち上げると、魔力を集中して定義変換(コンヴァージョン)を開始する。愛剣でない存在を剣に変える場合、元の素材の性質から外れない程度の機能を持つ剣しか作れない。それでもやりようによっては、先日"士師"を倒してのけたような成果を上げることが出来る。

 今、ノーラの左右の手には、一振りずつのシンプルな外観の剣が握りしめられている。これをヒュッと軽く振って感触を確かめると、ノーラはヒラリとサーフィン状の大剣に飛び乗る。

 これで、3人の出撃準備は整った。

 「それじゃあ、ノーラさん。無茶しない程度に自信を持って、ね」

 「先輩も…あの暫定精霊(スペクター)を扱う砲手が、確実に狙ってくると思いますから…くれぐれも、気をつけてください…!」

 言葉が交錯した、その直後。装甲車は猛牛のようにエンジンを唸らせてタイヤを急回転させ、ノーラは推進機関を一気にふかして疾風のごとく飛び出す。両者は各々が全く別方向の路地に入り込み、混沌とした戦場へと突入するのであった。

 

 蒼治がレッゾの装甲車と共に戦場に現れた瞬間のこと。

 飛行戦艦から蒼治達をつけねらっていた"パープルコート"の砲手チルキスは、スコープ越しに見つけた蒼治達を見つけて「およ?」と声を上げる。その声は疑問符と共に、小躍りしそうな歓喜も混じっている。

 歓喜はすぐにチルキスの身体中を巡り、桜色に彩られた唇をニィッとつり上げる。

 『星撒部』の援軍が現れてからというもの、指揮系統が混乱した艦隊は操縦が無駄に荒くなり、迷彩結界の中に雲隠れした蒼治達を見つける行為になかなか集中出来ず、苛立ちをためていたのだ。その憂さを晴らすように癌様獣(キャンサー)浮遊霊(ゴースト)どもをバンバン撃墜していたところだったのだが。

 急にマーキングの術式が標的発見の信号を脳にピリピリと走らせたので、慌ててそちらに視線を向けたところ…この有様になったというワケだ。

 「おーおーおー!」

 チルキスの歓喜は表情筋を緩めるに留まらず、熱気を帯びた歓声をも上げさせる。歯茎が(うず)き出しそうな刺激が口内を駆け回るので、側に置いていたチョコレートの山からザラリと数個を取り出すと、口の中に放り込んでボリボリと咀嚼する。

 口一杯に広がる熱いほどの甘さを嚥下(えんか)しないうちに、モゴモゴと独りごちる。

 「お仲間が駆けつけてくれた事に勇気づけられたのかな? 何にせよ、自分から戦場に出て来てくれるなんてね!

 これで、中佐からの指示は労せずに達成できたワケだ!

 それなら…」

 ゴクンッ、と甘味を咽喉(のど)の奥に押し込むと。大好物を前にした幼子のような、上気した凄絶な笑みを浮かべる。

 「今度は、私の用事に付き合ってよね?

 遊びましょ、遊びましょ! 手強くて面白い、獲物さんっ!」

 チルキスは一気に5つの弾丸を取り出すと、砲身にぶち込んで早速術式を練り上げる。事象的エントロピーの増大のために戦場に引きずり出せ、との指示は出されているが、それを達成した後の指示は特に出されていない。

 ならば、事象的エントロピーが増大するように――彼女自身が面白可笑しく楽しめるように――この希有な獲物と死闘を繰り広げることこそが、自分に課せられた使命だと、自己解釈する。

 チルキスが術式を練っている間にも、蒼治は稲妻のように疾駆する装甲車の上で双銃を嵐のようにブッ放し,着実に『ガルフィッシュ』を破壊したり機動装甲歩兵(MASS)を牽制したりしている。逃げ回っていた時には想像も出来ないアグレシッブな行動にチルキスの興奮は更に高まる。

 たっぷり数分を費やした後。チルキスは「ドーンッ!」と幼子のように擬音を口にしながら、砲のトリガーを引いた。

 瞬間、装填した5発の弾丸が一斉に射出される。それは砲口から飛び出した途端に玉突きのように激突、衝撃でグニャリとひしゃげながら1つの固まりなると…泡のようにブクブクと体積を増しながら、明るい赤紫色のエネルギー体へと変じてゆく。暫定精霊(スペクター)の誕生である。

 こうして生まれたのが…クマのように強靱な4つ足の巨躯を誇り、巨大な竜状の翼を2対持つ、3つ首の禍々しい怪物だ。首はそれぞれ猛禽、オオカミ、そしてヘビに似た形を取っている。

 火霊、闇霊、電霊、風霊、氷霊を混ぜ合わせ、闘争本能を極大まで特化させた、まさに戦闘機械(マシーン)ならぬ戦闘精霊(スペクター)である。

 「さあ、行って!」

 作り出した暫定精霊(スペクター)は遠隔操作できるタイプのものではない。しかし、チルキスの一言に呼応するように、暫定精霊(スペクター)は4つの翼を力強くバサリと打つ。そして、半透明な体をタオルでも絞るようにギュルリと捻ってドリル状の槍と化すと、投げ槍というよりミサイルと云う勢いで宙を疾駆。一路、車上の蒼治へと目掛けてゆく。

 「さっきまで一緒に居た女の子は別行動取ってるみたいだけど…! まさか、さっきの一戦で、私の魔力の傾向を読み切ったと勘違いしてるのかなぁ!?

 それならそれで、試してみたら良いじゃん! 私があの程度で、読み切られる程度の狩人なのかどうか!」

 チルキスは自身の作り出した意志持つ砲弾と蒼治の戦いの有様を想像して興奮し、再びチョコレートを一掴みすると、口の中にザラリと放り込んでボリボリと咀嚼する。その間に、彼女のガンサイトの中に数体の癌様獣(キャンサー)どもが現れていた。スコープを覗いたチルキスは、急に無表情になって激しく舌打ちすると、ひどく無機質な動作でザラザラと弾丸を装填し、景気付けとばかりに連射。癌様獣(キャンサー)達の特徴的な真紅に腫れ上がった眼球を見事に貫き、破裂させた。

 汚らわしい肉と金属の花火の中、再び蒼治へと視線を戻したチルキスは、暫定精霊(スペクター)が到達する瞬間をニマニマと(わら)いながら待つ。

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