星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Epilogue - Part 1

 エスニック風の内装をした店内には、胃袋を刺激して止まないスパイスの香りに満ち(あふ)れている。

 その香りに誘われて、指がついつい皿の上に山と盛られた料理に延びてしまう。普段の食事ならもうとっくに満腹になる量を胃袋に放り込んでいる気がするのに、指は止まらないし、空腹神経がもっともっと料理を寄越せと叫んでいる。

 (今夜…体重計に乗るが、怖いなぁ…)

 そんな事を胸中で呟いて苦笑を浮かべた次の瞬間。ノーラは口に鶏の皮をフライしたものを運んでいた。そのパリッとした歯触りと、噛むほどに口の中一杯に広がる脂の乗った旨みを味わってしまうと、笑みに含まれていたはずの苦みは何処へと消え去ってしまう。

 「のう、言った通りじゃろ!」

 向かいの席に座す渚が、ウインクを交えて語る。彼女の澄み渡った紺碧の瞳には、今にも(こぼ)れ落ちそうな程に頬を(ゆる)ませ、至福に(とろ)けたノーラの表情が映っている。

 自身の面持ちを目にして、恥ずかしいという気持ちが鎌首をもたげたものの…。舌から脳を侵略する極上の味の嵐の前には、ちり紙のように一瞬で吹き飛んでしまう。

 「はい…!」

 ゴクン、と口の中のものを飲み下したノーラは、すかさず渚に同意する。

 「学園の食堂も、とても美味しいとは思いますけど…!

 ここの料理は、本当に、段違いですね…!

 いくらでも、食べられちゃいます…!」

 すると渚は、かっかっかっ、と大きく声を立てて笑う。

 「うむうむ、いくらでも食べて飲むが良い! と言っても、わしら未成年じゃからな、酒はダメいかんぞ!

 此度は、おぬしら2人が主賓の宴なのじゃからな! 遠慮などするでない!」

 

 アルカインテールの騒動が終わって、2日が経っていた。

 世は、人々が憩いに湧く日曜日。この日に星撒部の副部長、立花渚はアルカインテールの騒動を無事終結させた祝いの打ち上げを催したのである。ちなみに騒動終了後の翌日土曜日に開催しなかったのは、当事者たちに休みを与えるためだ。

 渚が主賓として上げた2人とは、ノーラとロイである。彼らが依頼者の栞と接触したのが事の始まりであったので、当然と言える。

 しかしながら、これに関して紫は異論を唱えてもいた。

 「私と蒼治先輩は、2人と一緒に初日からアルカインテールに入ってたんですけど…。私たちも、主賓として扱われる権利があると思うんですが…」

 対して渚はパタパタと手を振って否定する。

 「おぬしらの参加態度は消極的じゃったからな、その分で減点じゃ!

 まぁ、タダでたらふく食えるのには変わらんのじゃから、それで良しとせい!」

 「…タダで食べるのは、全然参加してなかった渚先輩も、アリエッタ先輩も、ヴァネッサ先輩も同じじゃないですか…」

 そう語った紫ではあったが、渚は言ったところで何ら功を奏することもないと分かりきっていたので、口調は溜息混じりだ。とは言え、口にしたことで少し気は晴れたようだ。

 さて、この打ち上げ宴会の会場は、ユーテリアの居住区の中でひっそりと営業しているエスニック料理――もっと言えば、カレー料理店だ。渚はこの店を貸し切りにして、どんちゃん騒ぎをやっている。

 休日のランチタイムと言えば書き入れ時であるが、店主は喜んで渚の頼みを受け入れていた。何でも、この店を開く際に星撒部に世話になったとのことで、その恩義に報いたということである。

 とは言え、渚達の金に糸目をつけない注文っぷりは、普段のランチタイムよりも相当の利益が出ていることだろう。

 カレー料理店が会場に選ばれたのは、ロイが「カレーを食いたい!」と強く切望したからである。アルカインテールで一夜を過ごした際に食べ損ねたアリエッタのカレーライスに酷く執心していたらしい。そこで渚は、顔見知り且つ行きつけになっているこの店を選んだというワケだ。

 

 鶏の皮のフライをパクパクと数枚平らげたノーラは、今度はジョッキ型のコップに入った白い飲み物――ラッシーに手を伸ばす。

 旧時代の地球においてインドと呼ばれる国家があった地方に伝わる飲み物で、ノーラは今回が初体験であったが、これがいたく気に入ってしまった。爽やかな甘みとヨーグルトの酸味が舌の上で奏でるハーモニーが、脂の乗った料理によく合う。これを飲みながらなら、いくらでもフライ料理が胃袋に入りそうだ。

 加えて、同じ地方の伝統的なパンであるナンも気に入った。カレーはご飯と一緒に食べるものだと思いこんでいたノーラは、ナンの存在に衝撃を受けたと共に、虜になってしまった。モチモチとした歯ごたえに、小麦に由来するほんのり甘い味。これがトロトロの緩いカレーとあまりにもマッチしている。あまりの感激に、一口目に「ほぅ…」と恍惚の声を上げてしまった程だ。

 「ほれ、ノーラよ、こっちのほうれん草とチーズのカレーも食べてみんか。

 緑色のカレーというと、抵抗を感じて忌避する者も居るようじゃが、それは人生の損に他ならんわい!」

 「はい…頂きます!」

 ノーラは3枚目になるナンを手に取って千切り、渚から寄越された緑一色のカレーの中にドップリとつけ込んで、桜色の唇に放り込む。

 …なるほど、渚の言う通り。この味を忌避するなど、人生の損だ! ほうれん草由来の甘みとチーズのコクの相乗効果は、まさに至高の組み合わせである。

 「あっ、オレにもオレにもっ!」

 口早に割り込んできたのは、ノーラの隣に座るロイだ。彼の頬には詰め込まれた食べ物がまだ残っているというのに、豪快に半分に割ったナンでゴッソリとカレーを救うと、一口で頬張ってしまう。モコモコに膨れ上がった頬を見ていると、ドラゴンというよりリスを想起させる。

 「あ、ボクもボクもー! ロイ、食べたら回してー!」

 「その次、オレ達の方に回してくれよな」

 ちょっと離れた位置に座るナミトとイェルグが手を挙げて頼むが、ロイはもう半分のナンもカレーの中に突っ込もうとしている。彼らに回るより先に、カレーは(つい)えてしまいそうだ。

 そんな旺盛に過ぎるロイの食べっぷりを見ていたノーラは、食事の楽しみの中に泡のように浮かんだ不安――というか遠慮にハッとすると、渚に問う。

 「あの…こんなにご馳走になってしまって、大丈夫なんですか…? 先輩、お財布が…マズいことになりませんか?」

 すると渚は、ハッハッハッ、と笑い飛ばしながらパタパタと手を振る。

 「気にせんで良い! わしが言った"タダ"という意味は、おぬしらだけでなく、わしにも適用されるからのう! わしの懐には何らダメージはないぞい!

 今回の金はぜーんぶ、『パープルコート』持ちじゃからな!」

 そう語りながら制服の上着の裏ポケットから取り出したのは、一枚のカード。表にデカデカと地球圏治安監視集団(エグリゴリ)のシンボルマークが描かれたそれは、彼らが業務上の決済用に使う特殊なクレジットカードである。

 「しかもこのカード、『パープルコート』総司令直々のお墨付きカードじゃからな! 支払額に際限無し、じゃ!

 迷惑料ということで、あのワカメ男、わしに渡してきおったのじゃ」

 渚はカードをピラピラさせる。彼女は『オレンジコート』の総司令を"ガマガエル"とも呼んでいたが、権力者に対しても物怖じしない、それどころか彼らの向こう(ずね)を蹴飛ばすのを面白がるような性格のようだ。

 そんな向こう見ずな程に豪胆な渚に苦笑してから、彼女の口から出た『パープルコート』の言葉に琴線が引っかかったノーラは尋ねる。

 「そう言えば…どうなったんでしょうね、『パープルコート』の責任問題って…。査問委員会って、開かれたんでしょうか…?」

 「うむ、昨日の中に開かれたぞい。

 地球圏治安監視集団(あやつら)は大規模な組織の割に、結構フットワークが軽いんじゃよ。まぁ、地球圏住民からの信頼を損なわぬための努力なのじゃろうがな」

 「流石は地球圏の守護者を名乗るだけのことはありますね…。

 それで、『パープルコート』はどうなったんですか?」

 「まっ、予定調和じゃよ」

 渚はマンゴージュースとラッシーを混ぜたジョッキ型カップをグビリと仰いでから、言葉を続ける。

 「軍団総司令は監督不届きということで減給ペナルティが為されたようじゃが、軍団が揺らぐようなお咎めはなし。

 アルカインテールの事件に関しては、純然たる駐留部隊の暴走として結論されておる。

 んで、駐留部隊は解体。所属員は基本的に、責に応じて一階級以上降格した上で別軍団の部隊に配属されるとのことじゃ」

 「つまり、『パープルコート』という組織自体の責任ではない…と結論されたということですね…」

 「うむ。

 『クリムゾン』の吸血女も言っておったが、あのワカメ男を見てよう分かったわい。

 『握天計画』を秘密裏に進めることなど絶対に出来ぬ。もしも進めておったとしたら、ストレスで胃袋がドロドロに溶けてしまうじゃろうな」

 ノーラは"ワカメ男"と呼ばれる『パープルコート』の軍団総司令の姿を目にしていないので何とも言えないが、渚の滑稽な言い方に苦笑いを隠せない。

 一体どんな顔をした男だったのだろうか。よほど辛気臭い顔をした人物だったに違いないと考えたノーラは、眉間に谷のような皺を寄せた、病的に痩せぎすの男を想像して、笑みの苦みを更に増したのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ノーラの想像は当たらずとも遠からず、と言ったところである。

 『パープルコート』総司令であるドミデウス・マクナスの眉間には、いつでも深い皺が刻まれている。その青白い顔色と相まって、病的な神経質に悩まされているような印象を覚える。

 しかしながら、紫色に染め抜かれた礼服に包んだ肉体は、服の上からも分かるほどにガッシリとした壮健なものだ。その点はノーラの想像とは全く異なっている。

 渚が"ワカメ男"と称している要因は、彼の髪型にある。強いウェーブのかかった長めの黒髪は、確かにワカメに印象が近い。

 そんな彼に対して開かれた査問会は、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の本拠地のある巨大都市国家アルベルの大法廷の場を借りて行われた。

 出席者は、外部組織に身を置く査問委員達と、各軍団の総司令、そして軍団を束ねる大本営に所属する大将クラスの最上層部員達である。

 出席者の中、軍団総司令は全員が出席しているワケではない。絶対に外すことの出来ない作戦に従事している軍団総司令は、最上層部の許可を得た上で委員会を欠席している。その他、時間的または距離的にアルベルに直接訪問することの出来ないものは、映像通信によって参加している。故に、軍団総司令の席には、3Dホログラムの姿がちらほらと見える。

 「――以上。では、委員会を解散とする」

 今回の会議の議長を勤めた委員の言葉が広々とした法廷に響きわたると。ドミデウスは腰をほぼ直角になるほど曲げて語る。

 「我が輩の不祥事のために皆々様のお時間を奪いし事、誠に申し訳なく思う」

 その謝罪の言葉で以て会議は締めとなり、法廷内には所々から溜息が響く。ホログラムで参加していた軍団総司令の中には、早々に姿を消した者が数多くいた。

 参加者がバラバラと法廷から退出してゆく最中のこと。青白い顔色に見合った幽霊のようにフラリとした動きで踵を返したドミデウスが、法廷中央からゆっくりと出口へと足を運んでいると。

 「とんだ災難だったわね」

 そう横から声をかけて来たのは、『クリムゾンコート』を率いる吸血鬼族の女性中将、ルミナリアである。

 「災難…?

 いいや、全く違う。この件は明らかに、我が輩の落ち度。失態である」

 しかめ面に相応しい自責的な物言いに、ルミナリアは呆れたような、慰めるような笑みを浮かべる。

 「確かに委員会が言う通り、軍団総司令という役職を担う以上、側近だけでなく末端にまで(くま)無く目を行き届かせることが理想なのでしょうね。

 でも、十万単位の人員全てを把握するのは至難の業よ。

 まして、『現女神』の次に『天国』に近い場所に陣取っている私たちだもの。手の届く場所に誘惑がぶら下がっているのだから、ちょっとした弾みで欲望に負けてしまう者が出ても、仕方がないと言えるわ。

 ほんの二週間前にも、『ネイビーコート』が問題を起こしたじゃない? あれも今回の件も、根は同じもの。悪いのは、誘惑に負けてしまった脆弱な心よ」

 二週間前、とある『現女神』の監視をしていたはずの『ネイビーコート』の一部隊が、『現女神』と結託して求心活動を行っていた問題が露見した。この時にも査問委員会が開かれ、『ネイビーコート』の総司令が今回のドミデウスのように法廷の中央に立たされた。

 その例を持ち出して慰めたつもりのルミナリアであったが、逆効果だったようだ。ドミデウスはますます眉間に皺を寄せ、睨みつけるようにしてルミナリアを凝視する。

 「他がやっているとならば、例ええ失態であろうとも(なら)っても問題はない、と言いたいのか、貴女は。

 我が輩を慰めての言葉であったとしても、聞き捨てならない言葉である。それの考えは改めになられよ」

 表情通りの堅い言葉に苦笑いを浮かべたルミナリアは、弁解しようと唇を開きかけた…が。

 彼女よりも早く、別の方向から言葉が割り込む。

 「ルミナリアさんは悪気が有ってそういう言い方をしたんじゃないですよ。純粋にドミデウスさんを気遣っただけです。悪く取らないであげてください」

 割り込んで来た男は、鮮やかなオレンジ色のコートに身を包んだ、柔和さの(にじ)む雰囲気の持ち主である。ニコニコと細めた目に丸い縁の眼鏡を掛け、コートに似合う黄色味の強い緑色の髪はサラリとした綺麗なストレートのヘアスタイルである。

 彼の名は、鬼邑(きむら)蛙戦(あせん)。『オレンジコート』の総司令を勤める人物である。

 ちなみに、渚は彼のことを"ガマガエル"と評していたが、その印象は全く見受けられない。名前に"(カエル)"の字が含まれているものの、これはアマガエルなどの意の字であり、こちらの点からも渚の評価は的外れのように聞こえる。

 「蛙戦殿。貴殿には多大な迷惑をかけた」

 ドミデウスは深々と礼をする。彼の部下の暴走によって、蛙戦の率いる『オレンジコート』は難民キャンプを営むことになったのだから、それについての詫びである。

 「いやいや。気にしないで下さいよ。

 僕は人道支援が性に合う(たち)ですから。戦闘任務を割り当てられる機会が減ったので、内心ホッとしてますよ」

 それについて更にドミデウスが下手に出て発言しそうになったところを、蛙戦はすかさず「それにしても」と言葉を繋ぐ。

 「ドミデウスさんのような責任感の強い総司令に率いられる『パープルコート』は幸せですよ。

 僕たちは、顔も覚え切れないほどの部下を抱えているというのに、部下一人一人に対して責任を背負わされる立場にある。前の『ネイビーコート』のゴルバスさんのように、末端まで目を届かせるなんて無理、なんて頭から責任放棄されるよりも、部下は格段に救われますよ」

 「責を背負う者として、救うのは当然のこと。

 真にせねばならないのは、救うほどの奈落に落ちるのを未然に阻止することであろう。

 それが出来なんだ我が輩は、指揮官としてまだまだ未熟の身である」

 「それはあなただけの課題ではないよ、ドミデウス君。

 私たち皆の、そして恐らくは永劫の時間を掛けても完璧な改善策が見いだされ得ない超難題だよ」

 ここで、更に別の人物からの発言が割り込む。

 この発言者の姿を初めて見る者は、『[[混沌の曙>カオティック・ドーン]]』を経て様々な人種が混在するようになった現代においてなお、目を疑うことだろう。何せ、それは荷台の上に置かれた、小さなクリスマスツリーを思わせる針葉樹の植木なのだから。彼の植物の体には発言の為の体組織がないために、植木鉢の土の中から延びるケーブルで繋がれた、古びたラジカセを声帯代わりにしてノイズ混じりの言葉を発している。

 このような異様な姿をした彼もまた、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)を率いる中将なのである。名は、エルジィ・プラン。先日、星撒部がアオイデュアで接触した『ビリジアン・コート』を率いる者である。

 「まず、いかなる種族であっても人類は神ではなく、全知全能でないという事が絶対の障害になってしまう。

 近しい家族や友人に対してすら、我々は行動や心中は完全に把握することが出来ないのだ。一の体に複数の脳を持つシャム双生児ですら、互いの完全な理解は実現できないという。

 どんなに優れた監視システムを作ろうとも、"優れた"が"完璧"になることが出来ない以上、事後判断は必須のことだよ」

 「しかし、事後判断を減らすための不断の努力はせねばなりません、エルジィ殿」

 ドミデウスはあくまで堅く語ると、エルジィは「うん」と肯定する。

 「その努力の手段として、我々は自身の評価を第三者機関に委託し、定期的に客観視してもらうようにしているワケだ。また、一部の機密情報以外はなるべく公開し、意見だけならば査問委員会以外からも広く募ることで、多様な価値観を取り込むようにもしている。

 この手法は、概ね成功していると思うよ。地球圏の住民皆様の私たちに対する印象は概ね良好だからね。

 それにしても、[[混沌の曙>カオティック・ドーン]]から30年、そして地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の歴史は高々15年。その短期間に、異相世界を(また)ぐ影響力を持つ怪物組織に急成長したのだもの。私たちがさらなる盤石を目指すならば、ドミデウス君の言う通り、私たちはこれからも絶えず努力をせねばならないね」

 「その努力をどの方向へ持って行くか、その舵取りが真に大変なんですけどね」

 蛙戦がピシャリと額を叩きながら、自嘲の笑みを浮かべて語ると、ルミナリアが同意の失笑を浮かべる。

 「そういった事は、上層部に任せることにしましょう。彼らが直属の軍団を持たないのは、そういった組織的問題を常に俯瞰(ふかん)するためですもの。

 私たちが足を突っ込んでも、オーバーワークになるだけだわ」

 「部下の俯瞰だけで精一杯ですものね」

 そんな風に交わされる蛙戦とルミナリアの会話に、ドミデウスは始終暗く堅い表情を見せっ放しだ。責任感が強くて神経質な彼にしてみれば、組織運営に対する消極性とも取れる発言が気に食わなかったのだろう。

 そんな彼の元に、またも別の人物からの発言が届く。

 「まぁ、そんなに気難しい顔を作り続ける必要はないぞ、ドミデウス。

 君には失態かも知れないが、得をした者も居るのだからね。この私のように」

 その人物は、白に極近い灰色の頭髪と髭を蓄えた、壮年の男性だ。肌の色は毛髪とは対照的に、長年陽に焼け続けた浅黒さを見せている。そして彼の右目は、黒い眼帯によって塞がれている。

 その歴戦の英雄然とした姿は、アルカインテール駐留部隊のヘイグマン中佐と同じ類の匂いが感じられる。しかし、この男とヘイグマンとの間には、圧倒的な差異がある。それは、クマやトラ、いや(ドラゴン)にも匹敵するような迫力だ。体は年齢を感じさせない、瑞々しく屈強なもので、宵闇よりも更に黒いコート越しにも筋肉の盛り上がりがよく見て取れる。彼は決して、現役を退いて知恵を絞るだけの老獪ではない。今なお現役の戦士なのだ。

 彼の名は、ゼイン・クルーガー。地球圏治安監視集団(エグリゴリ)において最も苛烈な軍団の一つと言われる、『エボニーコート』を率いる人物である。

 ゼインは白いライオンのような凄絶な笑みを浮かべて語る。

 「君のところから転属して来た者達…ゼオギルドとか云う元中佐の部隊だな。彼らの活きの良さは、正に我が部隊に相応しい」

 「…いえいえ、ただただ跳ねっ返りが強く、どの軍団も御しかねる問題児ばかりです。

 貴殿が引き取ってくれねば、免職やむなしのところでした。

 ご迷惑をおかけします」

 またも深く礼をするドミデウスは、ガッハッハッ、とゼインは笑い飛ばす。

 「問題児結構! 跳ねっ返れる根性こそ、地獄の戦場で活路を見出す力の源になるものだ! 我が軍団では理詰めだけのもやしっ子では生き残れん!」

 『エボニーコート』が主に従事する任務は戦闘である。人道支援に代表される後方任務は両手で数えるほどしかこなしていないだろう。彼らは戦場を選ばない。地球上だろうが他惑星上だろうが宇宙空間だろうが亜空間だろうが、お構いなし。ひたすら地球圏にとっての害悪を殲滅して来た。

 「ところで、ルミナリアよ。

 ユーテリアの学生に会ったとのことだったな?」

 突然話題を変えたゼインの質問に、ルミナリアが(うなづ)く。

 「ええ。話題沸騰中の星撒部の連中よ。

 彼らが私達の仕事の大半をこなしてしまったものだから、折角足を運んだというのに、手持ち無沙汰になってしまって肩身の狭い思いをしたわ」

 ゼインが、ガッハッハッ、と再び豪快に笑う。

 「星撒部! 『英雄の卵』にして、すでに牙が生え揃っておる小僧どもか! 毎度毎度、愉快な事をしでかしてくれる!

 その気概、是非とも我が部隊に欲しいものだ!」

 「そういえば、ゼインさん。あなたのところでブイブイ言わせている超スゴ腕の新人2人って、昨年度のユーテリアの卒業生でしたよね?」

 蛙戦の問いに、ゼインは「ああ」と頷く。

 「あやつらは、すでに新人とは呼べんよ。ユーテリアは英雄どころか、とんだ化け物を育ててくれよった。

 近日中には、我が軍団の顔になることだろう」

 「そんな怪物を得ても、まだまだ満足しないなんて。どこまで欲深いのかしら、あなたは」

 ルミナリアが溜息を吐きながら語る。

 「でも、星撒部には私が白羽の矢を立てている子がいるのよ。その子以外なら、あなたが総取りしても私個人としては文句はないわ」

 「ちなみに、その目当ての小僧とは誰だ? バウアーか? 渚か?」

 星撒部の部長と副部長は本当に地球圏治安監視集団(エグリゴリ)内でも名の通っている存在であると証明された瞬間である。

 ゼインの問いに、ルミナリアは首を左右に振る。

 「いいえ。あの子達はそもそも、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)(なび)いてはくれないでしょうからね。

 私が気にしてるのは、『暴走君』…ロイ・ファーブニルよ。丁度、旧時代地球人類以外の種族だものね」

 『クリムゾンコート』は旧時代地球人類以外の種族でのみ構成されている部隊である。生まれながらにして地球を客観視できる者達の観点から地球圏を評価する、という意味合いを兼ねての配慮である。

 それはさておき、ロイの名が出された途端、ゼインは隻眼を険しくひそめて「バカな」と低く唸る。

 「あの跳ねっ返りこそ、我が軍団向きであろう。

 お前のお上品ぶった毛色の軍団では、浮いて見えるだけだぞ。

 他はお前にやっても、あの小僧だけは俺に寄越せ」

 「もう怪物的な人材を抱えているのですもの、良しとしなさいな。強すぎる我欲は身を滅ぼすわよ」

 ドミデウスそっちのけで2人の話題が進む中、更なる新たな人物が口を挟む。

 「人員の話でしたら、僕も黙ってませんよ」

 一同が振り向いた先に居た――いや、在ったのは、3Dホログラムによる映像である。

 映像が描画しているのは、冴えない風貌の男性である。長身痩躯を猫背気味に丸め、ボサボサの頭に(クマ)がクッキリと浮かんだ目元。着込んだ鈍い銀色を放つコートだけがパリッとしているものの、その雰囲気にあまりにも似合わない人物。

 彼もまた、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の軍団を率いる人物である。名は、リンデン・ヴィッケハーウト。総司令の中でも特に"鬼才"且つ"奇才"として名高い人物である。率いる軍団は『シルバーコート』で、太陽系外縁宙域エッジワース・カイパーベルトを主な活動の場としている。

 「ウチと来たら、万年人員不足ですから。高々十万オーダーの人員で、広大にすぎるカイパーベルトをカバーするなんて無茶な仕事を押しつけられていますからね。活きの良い優秀な人材は1人でも欲しいところです。

 ですが、有望な即戦力は皆、『エボニーコート』さんが持って行ってしまいますから。ゼインさんには少し遠慮して頂きたいものですよ」

 その言葉をゼインは、ハンッ、と笑い飛ばす。その顔に浮かんでいるのは、悪戯(いたずら)に成功して誇らしげにしている悪ガキのような嫌らしい笑みだ。

 「我ら(エグリゴリ)は地球圏の矛と盾だ。自らその役を担おうとする者は、常に血の湧き躍る戦場を求める戦士だ。

 将棋のような味気ない戦い方をするお前の部隊では物足りんのだろうさ」

 「将棋…ですか」

 リンデンは顎に手をおいて少し首を捻る。

 「まぁ、艦隊による戦闘というのは、(はた)で見れば確かにそういう印象を覚えるのかもしれませんね。

 でも、僕らの部隊も白兵戦はしますよ。ゼインさんのところのように常日頃行うというワケではありませんけど。

 そもそも、常日頃から白兵戦をさせるような真似は僕が認めません。リスクと結果が釣り合いません」

 ゼインの指針に真っ向から抗うような物言いだが、ゼインは獣のように笑っていなす。別に不機嫌を押し込めているワケではない。むしろ彼ら2人は思想は真逆でも、ウマの合う仲である。

 しかし、蛙戦はそうは取らなかったらしい。ゼインの表情を不満爆発の前触れと見て取り、慌てて話題を変える。蛙戦は率いる『オレンジコート』が人道支援に重きを置いているように、争いを好まぬ性格だ。

 「ところで、リンデンさん。立体映像での参加ですけど、お忙しいのではないのですか?

 あなたの方術でしたら、こちらまで来るのにさほど掛かりませんものね。

 何か重大な作戦を抱えているのではないですか?」

 「はい、正しくその通りです」

 リンデンはあっさりと首を縦に振り、「ですが」と眉に皺を寄せながら続ける。

 「ウチの副官がですね、この機会にコミュニケーションを取っておけとうるさいんですよ。それで、指揮そっちのけで会話に参加です」

 「また宙泳莫獣(オケアノス)でも飛来してきてるのかい?」

 ノイズ混じりのエルジィの言葉に、リンデンは「ビンゴです」と指差しして答える。

 「システムが内オールト雲領域に進入した3個体を検知しましてね。その対応中です」

 「システムって、リンデンさんご自慢の『トランペット』ですね」

 ノイズ混じりの声でエルジィが言葉を挟む。

 『トランペット』は『シルバーコート』のリンデンが設計・開発した、太陽系外縁宙域内に蜘蛛の巣のように張り巡らされた天文学規模の方術ネットワークである。形に見合わずに楽器の名称で呼ばれているのは、旧時代の地球の神話における世界の終末を告げる天使の吹く楽器にちなんでいるとのことだ。ちなみに、この名称はリンデンの発案ではなく、彼の部下によるものらしい。リンデン自身は単に"警報システム"と呼んでいたようだ。

 「内オールト雲領域とは、また随分と範囲を広げたものですね。あの宙域は我々の管轄ではないのに、思い切った投資をしましたね」

 「思い切りでなく、必然です」

 映像の中でリンデンは、ティーカップを手にとって一口吹くんでから、続ける。

 「先手を取れるかどうかは、死活問題ですよ。僕らが相手にするのは、天文学単位の体積や物量だったりしますからね。水際でなんとかなるレベルじゃありませんから。

 それでも、エルジィさんが先ほどおっしゃったように、システムも万全ではない。相手が惑星規模の体積を持っていても、検知されないなんてことも結構ありますから。

 だからこそ、目や手や頭となってくれる人員は咽喉(のど)から手が出るほど欲しいです。

 その点については…」

 リンデンは、先ほどから黙したままのドミデウスに視線を投げる。

 「ドミデウスさんには感謝しています。あなた自身には手痛い損失なのでしょうけれども。

 アルカインテール駐留部隊の一部をこちらに回して頂けるなんて、僕には思いもよらぬ幸運でした。

 …とは言え、組織を俯瞰する身としては、今回の異動で『パープルコート』に大きな穴が開いてしまうと言う点については、好ましくはありませんよね」

 「上層部とて、そこは考慮しているはずだわ。すぐに補充のための公募を掛けるでしょうね。

 だから、ドミデウス、貴方はそんなに悲観に暮れる必要はないわ」

 ルミナリアがそう慰めを含めた言葉を告げた頃。ドミデウスはゆっくりと歩き出し、法廷の出口を目指す。

 「我が輩は悲観に暮れているワケではない。ただ、補充が来るよりも何よりも真っ先にやっておかねばならない事がある。

 諸君らとの会話を楽しみたい気持ちもあるが、我が輩は行かねばならない。

 ケジメの、ために」

 そしてドミデウスは、「さらば」と言い残すと、歩調を早めて法廷を後にする。

 残された軍団総司令達は、顔を見合わせると。場の主役たる人物が退場したこともあって、解散の意志で同意すると、それぞれ別れの言葉を告げて別々の出口へと足を運ぶ。

 ただ一人、リンデンだけは一瞬にして映像を消滅させて、その場から消えたのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「…それで、『パープルコート』自体は無くならないようですけど…アルカインテールからは完全退去するんですよね?」

 ノーラの問いと言うよりも確認に、渚は「うむ」と首を縦に振る。

 「それじゃあ…『パープルコート』の後釜になる軍団は、どこになるんですか…? アルカインテールは地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の庇護にある都市国家ですから…退去して終わり、だと住民の方々、不安ですよね…?

 それに、復興の件もありますし…」

 「復興は、『クリムゾンコート』が担当するとのことじゃ。アルカインテールの問題の終結に携わっておるからの、その繋がりのようじゃ。

 何より、アルカインテールの住民達が指名したとのことじゃ。

 まぁ、全く見知らぬ軍団よりも、総司令が顔を出した軍団の方が安心できるのじゃろうな」

 そう語り終えると同時に、渚は腕を伸ばして大きなタンドリーチキンをヒョイと掴むと、一口に頬張る。仰山木の実を頬袋に詰めたリスのように片頬をふくらませて咀嚼(そしゃく)しながら、行儀悪くも言葉を続ける。

 「ただ、復興後に駐留部隊の後釜を継ぐ軍団は、まだ決まって居らぬようじゃ。

 住民としては、気心知れた『オレンジ』か『クリムゾン』を希望しておるようじゃが。上層部としては、親密になり過ぎての癒着を嫌うじゃろうから、別部隊を送り込みそうじゃな、とわしは睨んでおる」

 「そうですか…。

 コロコロ人が変わると、住民の方々も落ち着かないですよね…。

 蘇芳さんや栞ちゃんも、一山終わってまた一山…という気分かも知れませんね…」

 「そうじゃ、蘇芳殿と聞いて思い出したわい」

 渚はゴクリと口の中のものを飲み下すと、ナンを千切りながら言葉を続ける。

 「蘇芳殿は今回の功労やら何やらが評価されてな。アルカインテール政府が新設した復興推進部署のトップに任命されたとのことじゃ。

 まだ走り立てでロクに人員の配備もしておらん状態じゃから、立ち上げ作業に大忙しなんじゃと。

 娘さんと再会できたものの、中々一緒に居られる時間がなくて涙を飲んでいるそうじゃ」

 「それは…お祝いするべきか、同情するべきか…悩みますね…」

 ノーラが苦笑していると、渚は千切ったナンを緑色のカレーに浸して頬張りつつ、うんうんと頷く。

 「世の中、白黒とキッパリ言えるものが少なくて困るのう。

 それじゃから人生は面白い、と述べておる先達もおるが、手放しに頷ける言葉ではないのう」

 そして口の中をゴクリと飲み込み、一瞬言葉を途切れさせた、その合間。渚の隣に座る紫が、嫌らしくニヤリと笑みながら口を挟む。

 「蘇芳さんと言えばさ。珠姫さん、うまくやれてると思う?」

 「え…うまくって…お仕事、ですか?

 市軍の方ですから、キャンプ内でも何かと役割はあると思いますし…。しっかりした方ですから、新しい環境でも…」

 「違う違う、そうじゃなくてさ」

 ノーラの答えが終わるより早く、紫はパタパタと手を振りながら割り込む。

 「珠姫さん、蘇芳さんとの関係が進んだのかな、ってこと。

 ストレートに言えば、恋仲になれてヨロシクやれてるかな、ってこと」

 「え…!」

 ノーラの顔が、ボッ、と真っ赤に染まる。学園の授業や実戦ではうまく立ち回れても、恋愛話となると途端に苦しくなるのだ。

 「え…、珠姫さん、蘇芳さんのことを…!? そ、そうなの…!?

 珠姫さんから、聞いたの…!?」

 「聞かなくても、見てりゃ分かるでしょ」

 紫が口に手を当てて、プププ、と笑う。

 「あー、でもなぁ、珠姫さんは分が悪いからなー。相手は死別とは言えバツイチの子持ちで、その子供も結構大きくなってるからなぁー。うまくくっつけたとしても、栞ちゃんが拒絶反応起こしそうだよねぇー」

 「あ、あの、紫ちゃん、ちょっと待って…!

 本人には、聞いてないんだよね…? なのに、そんな風に決めつけちゃっうのは…」

 ノーラがオロオロと語ると、紫は苦笑いしながら溜息を吐き、肩を(すく)めて首を左右に振る。

 「ノーラはホント、こういうのには鼻が全然利かないわよねー。

 じゃ、レナ先輩来たらさ、訊いてみれば良いよ。あの人なら、私たちよりも2人と過ごした時間が断然長いからさ。色々面白い話も聞けるかも」

 そんな事を言っていると、噂をすればなんとやら、という言葉の通りに出来事が起こる。店のドアについた呼び鈴がチリンチリンと鳴ったかと思うと、蒼治に連れられたレナが現れた。

 レナは星撒部の人間ではないが、アルカインテールの騒動に足を突っ込んだ仲ゆえに、渚がこの打ち上げに呼んだのだ。

 「へぇー、こんな洒落た店が、こんな所にあるなんてな! 案内されなきゃ、絶対見つけられねーって!」

 レナは感嘆の声を上げつつ、渚の元へ向かう。

 「今回のタダ飯、たっぷりとゴチになるぜ!」

 「おう、食えい食えい! 『パープルコート』の(おご)りじゃからな! 腹がはちきれるまで食えい!」

 2人は挨拶を交わすと、レナは空いている長テーブルの隅の席へと向かおうとする。そこにすかさず紫が名前を呼んで引き留める。

 「ね、レナ先輩。

 珠姫さん、蘇芳さんとの関係、どうなんでしょうね? 進むと思います?」

 「そ、それ以前に…そもそも、本当に珠姫さんって、蘇芳さんの事を…?」

 ノーラも便乗して質問すると、レナはアッサリと答える。

 「んだよ。珠姫さん、蘇芳さんにベタ惚れだぜ」

 その答えに紫が"それ聞いたことか"という視線をノーラに向ける。一方でノーラは、燃えそうな赤い顔を輝かんばかりにする。

 「つっても、珠姫さんは元々から蘇芳さんのこと意識してたワケじゃねーけどな。部署が違くて接点が殆どないからよ、知らない同士だったんだぜ。

 『バベル』騒動が起きてから2人が合流した当初は、あまりウマが合わなくて、常々ぶつかり合ってたらしいんだけどさ。

 そのぶつかり合いが良かったのかもな。珠姫さん、気づいたら蘇芳さんに夢中になっていたそうだぜ」

 「そ、その話、誰から…」

 尋ねるノーラに、レナはまたもアッサリと答える。

 「珠姫さん本人から聞いた」

 厳然たる事実を突きつけられたノーラは、思わず両手で顔を覆う。とは言え、目だけは指の先からチラリと覗かせていいたが。

 レナは苦笑を浮かべて続ける。

 「いやさー、珠姫さんったら、キツく見えて意外と乙女でさー。事あるごとにあたしに相談してくるんだわ。

 あたしなんて、恋愛なんざトンと興味ないし、経験もないからさー。相談されても困るだけだってのによ」

 「そうでしょうねー。先輩っていかにも、そういうのダメって雰囲気、醸し出してますもんねー」

 ジト目を作りながら嫌味を含めて語る、紫。上下関係にうるさいレナならば、そんな紫を叱りつけるかと思いきや。彼女は紫にも負けぬ嫌味な笑みをニィッと浮かべる。

 「そういうのに敏感な割に、素直になれないでウジウジしてる奴よりゃ、よっぽど健全だと思うけどよ?」

 すると紫は、ノーラのように顔を真っ赤にさせ、「そ、それ、どういう意味、ですか!」とオタオタ語る。

 そんな紫やノーラを横目に、料理をガツガツと胃袋に詰め込んでいたロイが、ふと手を止めて指に付いた油を舐めながらキョトンと語る。

 「ノーラも紫も、何でそんな()でダコみたいな顔してンだ?

 そんなに辛いカレーあったか?」

 「辛いっつーより、甘すぎンだよ。

 な、お二人さん」

 ニヤニヤ語るレナに、ノーラは更に身を縮めるし、紫は「あ、いや、その…!」と言い訳をしようとするが、うまく言葉にできない。そんな2人の様子にロイは疑問符を浮かべたが、さほど重要でもなければ、考えても答えにたどり着けないと早々に判断したらしい。

 「ふーん。甘すぎても、顔って赤くなるもんなんだな。覚えとく」

 そう言い残すと、更に山と盛った料理をガツガツと口に放り込む行動に戻る。そんなロイの様子をレナはケラケラと笑う。

 「花より団子ってのは、ホントこういう事言うもんだなー。

 色々と苦労するねー、誰かさんは」

 紫をジトッと見つめて語れば、紫は顔をブンブンと左右に振り、顔の熱を冷まそうとする。そして、「あ、そう言えば!」と不必要に大声を出して話題を変えることを試みる。

 紫は人に毒をぶつけるのは得意でも、ぶつけられた毒をうまく扱うことは苦手らしい。

 「ですから、先輩!

 どう思います、珠姫さんと蘇芳さんのこと! 2人、無事にくっつけると思います!? 栞ちゃんが障害になりそうじゃないですか!?」

 「んー、そうでもないみてーだぜ」

 レナは紫の話題転換にアッサリと乗り、素直に答える。

 「珠姫さん、今でもあたしに連絡くれるんだけどさ。恋愛相談も勿論あるんだけど、[[rb:惚気>のろけ]話が増えてきたさー。ちょっとウザくなって来てンだよなー。

 なんでも昨日、蘇芳さんが珠姫さん誘って、栞ちゃんと一緒に出掛けたんだってよ。そしたら栞ちゃん、珠姫さんにスゲー懐いたんだとよ。3人で手を繋いで、"家族みたいだね"、なんて言われてよ。珠姫さん、最高に舞い上がったんだとよ。

 その手の話のメールが、夜通しあたしに届くワケよ。ウゼェと思うのも分かるだろ?」

 「なるほどなるほど」

 レナの話を聞いて平静を取り戻した紫は、腕を組んで大仰に首を縦に振る。

 「でもさ、先輩。珠姫さんは浮かれてるから楽観的に捉えてるかも知れないけど、栞ちゃんとしては気を遣っての発言だったかも知れないじゃないですか。

 その辺りの事、指摘してあげないと、いざと云う時に珠姫さん、凹んで立ち直れなくなっちゃうんじゃないですか?」

 「いやー、そうでもないみたいだぜ」

 レナがニヤリと笑う。

 「珠姫さんと栞ちゃんが仲良い所を見て、蘇芳さんが珠姫さんに家に戻れない時は面倒見てもらいたい、って言ったらしいんだよ。ま蘇芳さんとしては、冗談半分だったかも知れないんだがよ。

 栞ちゃんがそれにOKしたそうでさ、今夜早速泊まりに行くそうだぜ。

 意外と上手く行くのかも知れないぜ。どっちも気が強く見えて実は小心者、って所が共通して気が合うのかも知れねーし。

 …まっ、再婚って話になりゃ、栞ちゃんも考え変わるかも知れねーけどさ。それでも、全員がハッピーになれるってンなら、あたしは珠姫さんを応援するぜ」

 「うむ! その心構え、実に良いものじゃ!」

 いつの間に耳を傾けていたのか、うんうんと(うなづ)く。そして、人差し指を立ててレナに向けると、こう切り出す。

 「どうじゃ、レナよ。今回の件で、人に希望の星を撒く楽しさというものが実感出来たであろう?

 ならば、わしらと共に、世界中に星を撒かんか? おぬしの人生、もっともっと有意義なものになること間違いなしじゃぞ!」

 「いやいや、冗談だろ!」

 レナは即答してパタパタと手を振る。

 「今回、あたしは巻き込まれちまったから手伝ったけどよ! アルカインテールがあんな面倒事に巻き込まれてるって知ってたら、初めから行かなかったっつーの!

 それに、今回の一件だけでもコリゴリだっつーのに、お前らと来たら、いつでもこういう面倒事に首突っ込ンでんだろ? あたしは死んじまうよ!」

 「しかしレナよ、おぬしは地球圏治安監視集団(エグリゴリ)志望じゃろ? 首尾良く入団したら、面倒事に関わってナンボになるのじゃぞ?

 それならば、今の内に慣れておった方が得ではないかのう? しかも、成績点もガッポリじゃぞ!」

 そんな誘いに対しても、レナは即座に首を横に振る。

 「学生の時分から、そんなに苦労したくねーよ。それにお前らは単なる部活だからよ、労災も何も利かねーじゃんか。そんなリスキーな事にスリルを感じたいワケじゃねーんだよ、あたしは」

 「むう、残念じゃのう」

 渚は眉を曇らせたものの、アッサリと引き下がる。昼食を奢る(実際には、渚の金ではないのだが)事をダシにして入部を迫るような真似は決してしない。彼女は無理矢理活動に参加させることこそすれ、入部についてはあくまでも本人の意志を尊ぶのがポリシーである。そうでなければ、星撒部の部員はとっくにもっともっと増えているはずである。

 「…あ、そうだ。

 あたし、『暴走君』に用事があるんだよ」

 「…ん? オレに?」

 今度はナンをガツガツと噛んでいたロイは、キョトンとした表情を作って自分の顔を指差す。そんなロイを余所にレナはスタスタと歩いて、ロイの隣へと回り込む。

 どんな用事なのか見当が付かないロイのみならず、ノーラも紫もレナの行動を注視している。そんな3者の視線を受けながらレナはしゃがみ込み、ロイと同じ目の高さをになる。

 「ちょっと、前向いてろ」

 「?」

 ロイが言われるままに正面を向き、他面する紫と視線を合わせた、その直後。

 ロイの左頬に、柔らかく暖かい感触が軽く押し付けられる。

 ロイ本人はその感触に動じることもなく、キョトンとしていたが。ノーラと紫は、まるで目の前に稲妻でも落ちたかのような凄絶な驚愕の表情を作る。

 レナは、ロイの左頬にキスをしたのだ。

 唇を離したレナは立ち上がると、ちょっと照れくさそうに微笑む。

 「『暴走君』ってよ、あたしら2年の中じゃ結構人気あンだよ。あたしは正直、何処が良いのか全然理解できなかったンだけどよ。今回の一件で、よく理解できたぜ。

 お前、スゲー男前だぜ」

 「ああ? そりゃ、どーも」

 ロイは興味無さげに語り、再び料理に向かう。彼は本当に色恋関連に微塵の興味もないのだ。

 しかし、ノーラと紫は心穏やかでは居られない。特に紫はバンッとテーブルを叩いて立ち上がってすらいる。

 「せ、先輩…! な、なんなんですか、いきなり…ッ!」

 身を乗り出して噛みつかんばかりの勢いで問う紫の一方で、ノーラは呪文のようにブツブツと「そんな…先輩が…まさか…そんな…」などと繰り返している。

 レナはそんな2人をカッカッカッ、と笑い飛ばす。

 「心配すんなって。挨拶みたいなもんでよ、それ以上の深い意味はないっつーの!

 ちょっとトキメいたのは確かだけどよ、常日頃一緒に居るってのはヤッパゴメンだわ! 命縮みっ放しになるっつーの!」

 そしてレナは、ロイの隣に座る蒼治の隣にドカッと座り、「ここ、どんなメニューあんの?」と蒼治やその対面にいるアリエッタに問うのであった。

 渚はそんな一連の様子を見てから、至極余裕を見せつける不適な笑みを浮かべながら、悠々と語る。

 「全く、芽吹きの有様とは見ていて愉快なものじゃのう。

 絆がシッカリと根を下ろしておれば、その程度の事で動じることもないと言うに。

 まっ、若さという奴じゃな」

 1年しか歳が変わらないというのに、長き経験を経て高齢に至った者の含蓄ある台詞のように語る渚であったが…。

 「そう言やぁよ、渚。

 バウアーの奴、なんで此処にいねーんだ?」

 レナがメニューを眺めながら問うてくるのに、渚はサラリと答える。

 「あやつは今、任務で大忙しじゃよ。銀河間の抗争に宙泳莫獣(オケアノス)が干渉するような面倒な問題で手一杯のはずじゃ。当分、ユーテリアには戻って来ぬじゃろ」

 「…あれ、そうなのか?

 可笑しいな…?」

 レナは芝居掛かった動作で首を捻ると、紫のような嫌味を含む笑みを浮かべる。

 「昨日、ちょいと用事で学園地区の方に顔を出したんだけどよ。あいつの事、見かけたぜ? 学食で飯食ってたぜ?」

 「な、なんじゃと!?」

 渚がガタンッ! と椅子を倒しながら稲妻の如き勢いで立ち上がる。

 そんな渚の様子を楽しむようにレナはニヤニヤしながら言い加える。

 「いやー、見間違いじゃないとは言い切れないけどよー。あたしも暫く見てなかったからさー。

 でも、バウアーだと思うんだよなー。飯作るの面倒だから学食来てンのかなって思ってたんだけどよ、今の話を聞くとそうとも思えねーよな。別銀河系からわざわざ飯のためだけに学食に来るってのは…」

 レナが言い終えるより先に、渚は「こうしては居れぬッ!」と声を上げたかと思うと。ナビットを取り出して恐ろしい素早さで操作しながら、大股の小走りで店の外へと向かってゆく。

 「あやつ、何故にわしに一言もなく…!? まさか、あやつ…!!」

 などと呟きながら出て行く渚の顔は、鬼のような形相をしている。

 バタンッ! と強烈な勢いで閉じた扉の向こうへと渚が姿を消すと。レナは厭らしく、シシシ、と笑う。

 「良い気になってっからよ、そのバツだぜ」

 「…なぁ、本当にバウアーだったのか? 嘘()いたんじゃないだろうな?」

 蒼治の質問に、レナは悪びれもせずに肩を(すく)めて答える。

 「いやー、だから見間違えかもって言ってンじゃねーか。

 バウアーじゃないとしても、あたしにゃ責任はねーよ」

 そんなレナの台詞に、蒼治とアリエッタは苦笑するばかりであった。

 

 ――一方。ノーラ達を挟んで蒼治達と逆側では。妙な雰囲気の中で宴が進んでいた。

 雰囲気の中心は、テーブルの端に座る大和である。彼を取り囲むイェルグ、ヴァネッサ、ナミトは皆、苦笑を浮かべて慰めとも揶揄とも取れない視線を投げている。

 レナのキスに動揺しっぱなしのノーラは、彼らの光景に意識を集中して未だ頭を席巻する衝撃を弾き飛ばそうとする。

 視界の中央に見据えた大和は、まるで日頃の鬱憤を酒にぶつけてふてくされ、酔い潰れている会社員のように見える。未成年の彼らは当然ながら飲酒はしないので、酔い潰れているということは有り得ない。とすれば、この華々しい宴の席に居ながら、なんらかのストレスに苛まれている事に他ならないだろう。

 そんな彼を囲む3人は、口々に慰めの言葉をかけている。

 「良いじゃねーか。バカにされたワケでも、コキ下ろされたワケでもないんだからよ。むしろ、働きぶりを評価してくれたんだぜ? 素直に喜んでもバチは当たらないぜ」

 「そうだよ、そうだよ! あの短時間で、大和のことをよく見てくれて、そして褒めてくれてるんだよ!

 ボクなら素直に嬉しいよ!」

 「そうですわ! 悪い事ではないのですから、落ち込む方が筋違いというものですわよ!」

 しかし、大和は大きく溜息を吐く。

 「…いやね、褒められてるッスからね、悪い気ばかりじゃないッスよ。

 でもね、悪党から褒められて、しかも袖を引っ張られるってのは…人として、どうなんスかね?」

 「悪党って決めつけちゃダメだよ!」

 隣に座るナミトが手を振って反論する。

 「確かに、アルカインテールではボク達、対立してたけどさ! 相手は立派な大企業さんだよ! 有名だし、地球圏でもキチンとした取引をしていて、評判も悪くないし!

 今回は、包丁で事故が起きちゃった、みたいなものでさ! あちらも悪気があったとは…!」

 「ナミちゃんはよく知らないから、そういう事言えるンスよ…」

 大和は慰めの言葉にも大きな溜息を吐くばかりである。

 「オレ達みたいな工学志望連中の間じゃ有名なんスよ…。勤務内容だけでなく、取引実態も企業倫理も真っ黒々の超ブラック企業。

 それが、サヴェッジ・エレクトロン・インダストリーって実験施設ッスよ…」

 大和が落ち込んでいる理由。それは、サヴェッジ・エレクトロン・インダストリーから彼個人宛にスカウトのメッセージが届いたからである。

 経過は次の通りだ――全面的な休暇であった昨日、学園からメッセージの転送があったと思えば、その送り主は"インダストリー"。そして、アルカインテールの現場指揮を取っていたと言う女性、イルマータ・ラウザーブによる3D映像の肉声メッセージと、企業案内の資料が一式添付されていた。

 映像の中でイルマータは、愛想の良い子供のようなニコニコ笑顔で、独特の間延びした言葉遣いで次のように曰いた。

 「不躾ながら、あなたの事を調べさせていただいた上でメッセージを送信いたしましたー!

 あの壮絶な状況の中、定義崩壊にも負けずに自機を調整して立て直す、冷静にして卓越した機転! 私のバカ部下どもにも是非見習わせたいところですよー!

 ところで! 大和さん、ご卒業の暁には、是非とも我がサヴェッジ・エレクトロン・インダストリーにお越し頂けませんか!? あなたの機転と発送、そして技術力を全面的に活かせるのは、全異相世界をおいても我が社だけであると自負しておりますー!

 まだ1年生とのことですから、進路についてまだまだ意識がないかも知れませんー。でも、3年生になり、巣立ちを意識し始めた際には、是非とも我が社の名前を思い出して頂けると幸いでーす!

 是非ご一緒に、全異相世界に轟くような製品の開発して、楽しみましょー!」

 大和はこのメッセージを3人に見せると、イェルグとヴァネッサは苦笑していたが、ナミトはケラケラと大笑いであった。"インダストリー"程の大企業に所属する人間が、イルマータのような変わり者であるというイメージギャップがツボに入ったらしい。

 真剣にとってもらえなかったのが余程(こた)えた大和はひどく落ち込んでしまい、今のような有様に至ったというワケである。

 「まっ、ブラック企業からメッセージが来たからって、お前の将来がそこに決まりきっちまったワケじゃなし。

 良いところ取りして、後は捨てちまえば良いじゃないか。

 そんな事で一々気にするンならよ、お前」

 慰める途中でイェルグはトントンと自分の頭を指で叩いて、こう続ける、「ハゲるぜ」

 「…良いッスよね、イェルグ先輩は。

 いつでも大らかに余裕綽々(しゃくしゃく)でいられて」

 大和の恨みがましい言葉に、イェルグはハッハッハッと笑う。

 「オレは空だからな。広くてデカくてナンボだ」

 そんなやり取りを聞いていたノーラは、ふと思い出す――。

 

 アルカインテールから難民キャンプへ引き上げる道中、大和の作り出した飛行艦の中でのイェルグとのやり取りを。

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