星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Enigmatic Feeling - Part 3

 莫大な信心を集める『現女神』に、空を埋めるほどの『天使』。絆の堅い『士師』に、志高い都民の存在。

 建国当時では想像も出来なかった程に強固な都市国家となったプロジェスであったが、大きな器具を抱えていた。

 それが、強大な力を持つ『現女神(あらめがみ)』による侵攻である。

 

 ちなみに、異相世界からの侵攻については、相手が天文学的規模であろうとも、リスクとして勘定してはいなかった。と云うのも、そんな勢力に対しては地球圏の守護者たる地球圏治安監視集団(エグリゴリ)が必ず対応する。攻撃対象が彼らの庇護の元に無くとも、地球圏を揺るがすに必至な事態を放って置くワケがないからだ。プロジェスが戦わずとも、これ以上ないプロフェッショナル集団が勝手に相対してくれるという算段である。

 だが、『現女神』については、そうは行かない。

 『女神戦争』も地球圏を揺るがす事態に繋がり兼ねない事はあり、その際には勿論地球圏治安監視集団(エグリゴリ)は動く。だが、その時の彼らの行動は"喧嘩両成敗"だ。侵攻する側だろうが、される側だろうが、お構いなしだ。どちらの『現女神』も殴りつける。

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)にとっては、独自の道を突き進む『現女神』はリスクでしかないのだから。

 酷い時になると、両女神が疲弊した頃に最大の力で殴りつけてくることすらあり得る。

 

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)は頼れない。『現女神』の侵攻に際しては、プロジェスが自力で当たるしかない。

 その際に最大の懸念事項となるのが、『士師』の数と質である。

 ニファーナの持てる『士師』の数は、15。都市国家を統べる『現女神』としては少ない方である。更に、『士師』は都市国家の運営を念頭に置いた人員が多いため、戦闘向きとは言えない。

 対して、苛烈な求心活動で有名な"獄炎"や"月影"の『士師』は凄まじい。前者の持つ"炎星の士師"レヴェイン・モーセを始めとして、化け物として名高い士師を何人も擁している。

 彼女らと交戦するとして、果たして勝ち抜くことが出来るのだろうか? "否"と即答はせぬにしても、しっかりと首を縦に振ることは、ニファーナにせよ彼女の『士師』にせよ出来なかった。

 故に、プロジェスは何処かにおわす、強大ながらも穏和な『現女神』――"清水の女神"や"叡賢の女神"が名高い――と協力関係を結ぼうかと画策しているところであった。

 

 "陰流の女神"の侵攻は、その実行に先んじた奇襲であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 (ドン)ッ!

 白雲が増えてきた晴天の下に、霹靂(へきれき)が大地を穿ったかのような轟音が突如、プロジェスを揺るがした。

 ――何事か?

 都民達が顔を見合わせている最中。プロジェスの最外縁地区では、国境警備に当たっていた市軍警察衛戦部は、滝のような冷や汗を噴き出しながら眼を見開いていた。

 都市国家の国境を守る堅固な防衛線、市壁。ニファーナの『天使』を織り込むことによって格段に強度を増したはずのそれが、紙屑でも握り潰すようにひしゃげたのだ。

 (『神法(ロウ)』が効いてるってのに…!? 嘘だろ、おい!!)

 衛戦部の部隊員は激しく動揺し、狼狽した。たっぷり十数秒の後、市壁の歪みが更に激化したところで、誰かがハッと我に帰り『士師』への連絡を繋いだ。

 「侵攻です! 市壁が紙みたいにブッ壊れそうです! 至急、応援――」

 その隊員が全てを伝え終えるよりも早く。バキバキメキメキッ、と無機質の断末魔が響いたかと思うと、決壊する堤防と同様の有様で市壁が大破した。

 直後、津波のように雪崩込んで来たのは――外界の大地を埋め尽くす程の莫大な量の、"バケモノ"達。

 "バケモノ"達は皆、一様のデザインを有している。体長は2メートル半程でズングリした体格。一対の腕は大地に届くほど長く、体格に対して短い足と相まって四足歩行しているように見える。首が無く、胴体と一体化している顔面には、福笑いのように目鼻口が出鱈目(デタラメ)に配置されている。

 そして、"バケモノ"達の頭上には、太陽のように眩しく輝く輪と、背中には体格に比べて非常に小さいものの、3対の翼がチョコンと生えている。

 衛戦部の者達は数度瞬きして"バケモノ"を眺める内に、ハッと思い至った――そいつらの正体を。

 ニファーナの持つ勇壮で美麗な"それ"とは対極的なデザインであるものの、間違いない。

 ――『天使』だ!

 「クソッ! 『現女神』の侵攻だッ!」

 誰かの叫びは、衛戦部による防衛戦闘の口火となり、大気を破裂させるような魔化(エンチャッテッド・)銃器(アームズ)の掃射音に掻き消された。

 虹よりも尚、目に五月蠅(うるさ)い極彩色の輝戦を引いて、無数の弾丸が雨霰と『天使』に注がれた。着弾の際に起きる破壊現象は非常に多様で、発する爆音は音そのものが発狂したかのような様相を呈していた。

 何千、何万と云う弾丸が費やされたことだろうか。視界はもうもうたる爆塵の帳に阻まれ、『天使』の姿は消えた。

 視界が教える通り、これで『天使』達が消えてくれれば、プロジェスの黄金時代は終焉を迎えることもなかったであろう。

 ――しかし、悲しいかな。帳は数瞬の内に爆ぜるように吹き散らされると、その向こう側から奇抜な『天使』の群が一気に雪崩込んで来た。

 単なる量産型魔化(エンチャント)では、『天使』を傷つけることは極めて困難である。

 事実、攻め入って来た『天使』はどれもこれもが無傷であった。彼らは飢えた狂獣が餌食を求めるかのように驀進(ばくしん)すると、衛戦部の隊員の悉くを破壊の津波の中に飲み込んだ。

 

 『士師』の到着を待つ間もなく、市壁防衛任務に当たっていた部隊員は全滅。

 侵入した大量の『天使』達は何物にも阻まれることなく、外縁の居住区に到達。だが、直ちに蹂躙を開始することはなかった。

 逃げ惑う都民を前に、突如として岩と化したように動きを止めた『天使』達。その合間を無人の野を行くが如く、悠々たる足取りで歩み出てきた1人の人物。

 彼女――そう、女性である――は、"女神"という言葉に正しく相応しい美貌とプロポーションを兼ね備えた、妙齢の美女であった。モデルと比肩して劣らぬ、スラリと長い頭身。無駄な肉がないものの、柔らかな印象を与える輪郭に、性的魅力を引き出す部分の肉は(こぼ)れんばかりに盛られていた。その絶妙のプロポーションを見せつけるかのように、輪郭にフィットしたピッチリした衣装に身を包んでいた。

 美女は朱に染めた唇で、スゥーッ、と深呼吸した。まるで、プロジェスの空気を確かめ味わうかのようであった。

 「…ンフフ」

 大半の男ならコロリと落ちるような艶やかな声を漏らすと。彼女は空を仰ぎ見る。

 浮いた白雲の合間、青空に覆うように広がる蜃気楼――『天国』。プロジェスは女神庇護下型都市国家であるため、勿論、その上空に『天国』を頂いていた。

 プロジェスにおける『天国』は、地上と対面した巨大な島であった。

 それは、"牧歌的"という言葉がこれ以上ない程に似つかわしい、長閑(のどか)な風景であった。険峻とまでは行かない山が在り、それを囲む青々と茂る森林が在り、更にその外側を明るい緑色を呈した平原が広がる。平原の中には、砂や岩や煉瓦(れんが)の色を呈した街道が幾筋も伸びる。街道沿いには点々と集落が見える。集落は無人だが、今にも収穫祭の賑わいが聞こえてくるような活気が見て取れる。

 その風景はまるで、ファンタジーRPGの地図をそのまま写し取ったかのようであった。

 プロジェスの人々は、この穏やかな天国を見ては、不安や失意を慰める事を習慣にしていたと云うのに。この美女は、男を(もてあそ)ぶような濡れた甘い吐息と共に、鼻で笑う声を漏らした。

 「…詰まらない『天国』。欠伸(あくび)が出てしまうわ。

 『天国』って、もっとパァーッとした、見ていても心躍るような光景でなくては…ねぇ?」

 「それでは」

 美女の言葉に応え、背後から男の声が現れる。口調からして気障(きざ)が透けて見えるような言葉の主は、その姿も気障(キザ)である。

 コミックの世界で、女性読者から黄色い声を上げられるキャラクターのように、片目を漆黒の髪で隠した、細い輪郭の整った顔立ち。男性モデルだと紹介されても誰も違和感を覚えないような長身にして細身の体格。体を包むのは戦場に見合う鎧ではなく、埃一つ見出させない、吸い込まれるような黒の燕尾服。

 「貴女色に染め上げればよろしいではないですか、ヌゥル様」

 男は美女の背後に寄り、(くび)れた腰に手を回すと、噛める程に耳に寄せた薄い色の唇で囁いた。

 美女――ヌゥルは男の方に顔を向けると、朱色の唇をペロリと舐めて上げてから答えた。

 「勿論、そのつもりよ、エルビザ」

 そしてヌゥルは、口づけするようにエルビザの唇へと顔を寄せたが――その寸前で顔の向きを変えて、プロジェスの街並みを見据えると。細く長い腕を高々と上げて、高々と一声を上げた。

 「さぁ、わたしの可愛い力達!」

 そして、腕をゆっくりと降ろながら、掌を指差しの形に変えると。眼をナイフのように鋭く細め、長い睫毛(まつげ)の下にある赤茶の瞳孔を妖しくも残酷に輝かせて、吐息するようにポツリと号令する。

 「蹂躙してしまいなさいな」

 転瞬。不気味な形を『天使』達が、ザッ! と一斉に足音を立てて体を構えると、獣のように猛進を始めた。莫大な数の『天使』の突撃に大地は震え、街並みの窓ガラスは(ことごと)くガタガタと音を立てる。

 そんな『天使』の津波の中から、山のような放物線を描いて飛び出す影が現れる。『天使』とは全く異なる姿形をした彼らは、真っ当な人類のそれをしている。但し、強烈な跳躍力からも推し量れるように、尋常ではない身体能力を有している。彼らに近寄ったならば、『天使』と同じように、脳を直接鷲掴みにされるような『神霊圧』を覚えることだろう。

 飛び出した影の正体は、『士師』だ。総勢、82を数える。

 そして、ヌゥルと呼ばれた美女こそ、この『天使』と『士師』を従える『現女神』。"陰流の女神"ヌゥルだ。

 そして彼女の側に控えるのは、83人目の『士師』にして彼女の右腕であり愛人である筆頭の部下。"黒麗の士師"エルビザ・フローゼンである。

 『天使』と『士師』の群が街並みを覆い尽くし、方々から人々と建築物の上げる阿鼻叫喚が轟く中。ヌゥルとエルビザは官能的に唇と舌を絡め合わせて、妖艶な接吻を交わした。

 戦場には余りにも似つかわしくない、その扇情的行為が『女神戦争』の始まりを告げた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 "夢戯の女神"対"陰流の女神"。

 その戦況は初め、"夢戯の女神"の優勢で進んで行った。

 これは当然の事態と言える。『現女神』の力の源である信心は、信徒との心的距離が遠くなるほどに減衰する。戦場であるプロジェスはニファーナのお膝元だ。信心は露ほども減衰せずに、彼女に力添えしていたことだろう。

 対してヌゥルは、信徒の大半を自身の支配下にある都市国家に置き去りのままである。且つ、彼女は苛烈な求心活動によって強引に信徒を増やしたクチであるから、信徒との心的距離はかなり遠い。信仰力を比較した場合ならば、ニファーナに圧倒的な軍配が上がっていた。

 故に、ニファーナの有する勇壮たる騎士状の『天使』達は、中世地球時代の怪物退治物語よろしく、ヌゥルの不気味な『天使』達を圧倒し次々と討ち果たして行った。

 また、市軍警察の衛戦部と『士師』達の連携も素晴らしかった。『神法(ロウ)』を持ち合わせぬ"常人"が『天使』を撃破するのは、不可能ではないが(現に星撒部の面々がアオイデュアでやってのけたように、卓越した技量を用いることで可能である)困難を極める。しかし、『士師』の絶妙なフォローが衛部の人員に打倒『天使』の魔術的方策を与え、戦闘を優位に進めて行った。

 「我らがニファーナ様に敵うワケがない! 身の程を知れ、不良女神がッ!」

 情勢に安堵した都民は、避難所内で"陰流の女神"の撃破するニュースを見聞きする度に、握り締めた拳を振り上げて口々に声援と歓声を(とどろ)かせた。

 ――しかし。プロジェスの盛況も、やがて曇り掛かってゆく。

 その最大の要因は、ヌゥルが所持する『士師』の質だ。彼女の『士師』は総勢83とニファーナの5倍以上の数を誇る。加えて、その大半が戦闘に念頭に置いた性質を持つ。

 対するニファーナの『士師』達は、プロジェスの繁栄を念頭に置いて志願した者達ばかりのため、戦闘向きでない性質を持つ者も多い。

 故に、『天使』は圧倒出来ても、『士師』と相対するとなると十中八九は苦戦を強いられる。

 戦車や飛行戦艦は幼児の玩具のように投げ飛ばされ、捻り潰されて行った。悲壮な白兵戦を挑む兵員達は、『神霊圧』によって魂魄障害を引き起こした挙げ句、無抵抗のまま首を()ねられていった。

 金属と動力用霊薬(エリクサ)が散らばる崩壊の光景の中、無惨な肉片や鮮血が鮮やかにしておぞましい彩りを与えてゆく最中。衛戦部の指揮官も『士師』達も、唇を噛み破きながら苦渋の決断を下し続けた。

 「――撤退ッ! 体勢を立て直す!」

 しかし、何処まで後ろに下がろうとも、体勢を立て直せたのは指折り数えるくらいの回数しかなく。戦線はヌゥルの戦力によって徐々に国土の中心へと迫って行った。

 

 「…さっさと白旗を振っちゃたら、ダメなのかな?」

 行政区の中心にある、豪勢な城を思わせる国会議事堂。その最奥にある会議室で、ニファーナがそんな事をポツリと漏らした。

 途端に、室内に居る『士師』も議員達も、(ことごと)く烈火のように顔色を赤に染めて喚き上げた。

 「何たる愚かな事をッ!

 それでは、父祖が血と汗を流し、揺るぎない独立を勝ち得たこのプロジェスの歴史に、怯懦(きょうだ)極まりない汚点の終止符が打たれてしまうのですぞ!

 何としても、勝ち抜かねばなりませんッ! 我ら自身の、そして父祖達の誇りの為にもッ!」

 「でも、状況はあちらの方が優勢でしょう? 全然ひっくり返せないじゃん。

 勝てる見込みなんてない。そうでしょう? そこに、兵隊さんをドンドン投入して、どうなるの?

 兵隊さん達は覚悟の上に戦ってるってことは、言葉として理解してるつもり。でも、兵隊さん達だって、私からすればかけがえのない都民で信徒なんだよ。見込みのない戦いに徒に突撃させて…命を落とさせるなんて…ダメだよ。

 命有っての物種じゃない?」

 「ニファーナ様は、誇り高く戦い散るよりも、慚愧(ざんき)の生を繋げと(おっしゃ)るのか!?」

 「"ざんき"なんて難しい言葉は分かンないけどさ…」

 ニファーナは卓の上に山と置かれたクッキーを一つ取り、ポリポリと頬張りながら言葉を続ける。

 「生きてさえ居れば、何かは出来るじゃん? 慣れることだって、努力することだって出来る。

 今回の戦いで白旗振ったら、そりゃあ初めは、大変な想いをするだろうね。上に立つ人…いや、女神か…が変わるんだもの、これまでとはガラリと変わった生活を強いられるんだろうね。

 でも、それって本当に悪いことかな? 不幸なことかな?

 住めば都、って事になるかも知れないよ?」

 あくまで穏便且つ消極的な打開策を提示するニファーナに、議員達は皆が皆、首を横に振った。中には、失望の混じった深い溜息を吐く者も居た。

 議員の内の1人が語った、

 「ニファーナ様。失礼ですが、貴女はこの都市国家(くに)の血汗を理解するには、余りにも若過ぎます。

 貴女や、貴女に近しい世代は、苦役を知らずして平穏を手に入れておりますからね。事無かれで今回の件が収まれば万事解決であると、納得する事でしょう。

 しかし、我らはそうは行きません。手放しの降伏、手放しの従属など、死よりも恨めしい恥辱として我らを生涯、一瞬たりとも休むことなく(さいな)むことになりましょう」

 「…だからって、死んでも何の解決にもならないじゃん。

 それこそむしろ、無責任な放棄なんじゃない? 生き残った人達や問題を顧みない、逃避なんじゃない?

 それよりも…」

 ニファーナが未だ続けようとすると、議員の1人がダンッ! と両手で卓を(したか)かに叩いた。そして、白に限りなく近い灰色の頭髪と髭の合間を炎のように真っ赤に染め、青筋を浮かべながら叫んだ。

 「もう沢山ですッ! もううんざりだッ!

 無礼は承知の上ですが、此度の戦争に付きましては、ニファーナ様には口出しせんで頂きたいッ!

 我らは我らで、戦い続けますッ!」

 そして議員達は、叫んだ者を先頭にして大股でサッサと会議室を後にして行った。

 後に残ったのは、クッキーをポリポリと食べ続けるニファーナ。そして、彼女の両隣に立つクルツとエノクである。

 エノクが議員達の去る姿を無言で見送り続ける一方、クルツは小さく、ハァ、と溜息を吐くと。議員の姿が全て見えなくなった頃を計らって、ニファーナに声を掛ける。

 「ニファーナ。君の言わんとしている事も分かるよ。

 君自身が望むと望まざると構わずに、君はこの都市国家(くに)を擁する『現女神』だ。しかも、民草と同じ目線を持ち、彼らの事を一心に考えている善神だ。

 そんな君からすれば、一刻一刻と民が命を散らしてゆくこの状況は心底苦しいだろうさ。

 君はいつも何食わぬ顔をしてみせるが、その心内では繊細に物事のバランスを取ろうと必死になっている事を、僕はよく知ってるよ。幼馴染みなんだからね。

 …でもね」

 クルツは笑みを浮かべていた顔をキッと険しく引き締めて、言葉を続ける。

 「今回は、君のやり方じゃダメだ。穏便だけでは、絶対に済まされない。

 "陰流の女神"は完全な悪神だ。君も今までの報告で聞き知っただろう? 恐怖で人の心を(むし)り取る暴君だ。彼女はいくつもの都市国家を暴力で従わせ、頭を垂れる事を強要しているんだ。

 そんな彼女に白旗を上げた所で、どうなる? 無抵抗は何の解決にもならない。惰弱な獲物としか認識しない。ただただ彼女らを図に乗らせ、横暴な振る舞いを引き出すだけだ。

 待つのは、陰惨な未来だけだ。

 議員達の言う通り――僕らは勝利を、自由と独立を、勝ち取らねばならない」

 クルツは言葉を切った。ニファーナの納得の言葉を待ったのかも知れない。

 ニファーナはポリッとクッキーの端を噛んだが、そのまま舌の上で弄ぶようにゆっくり咀嚼すると。音を立てずに静かに飲み込んでから、ポツリと語る。

 「…勝ち取れる見込み、ないじゃん…。

 戦力が違い過ぎるもん…。

 徹底抗戦したところで、皆が殺されるだけじゃん…そんなの…そんなの…」

 するとクルツは、ニッコリと笑ってポンッとニファーナの肩に手を置くと。膝を折ってニファーナと目線の高さを同じにして対面し、ゆっくりと、しかし力強く語った。

 「大丈夫。

 この都市国家(プロジェス)は歴史的に、何度も分の悪い戦いを強いられてきた。…まぁ、戦いって行っても、本格的な戦争はこれが初めてだけどね。

 でも、その度に必ず乗り越えて来たんだ。

 僕らは"陰流の女神"からすれば、アリの群なのかも知れない。でも、アリは寄り集まり、工夫を凝らす事で、巨大な蟲をも打ち(たお)す事が出来る。

 "一寸の虫にも五分の魂"――その事を、奴らに痛いほど教え込んでやるさ。

 それに、僕は――」

 クルツは立ち上がり、自らの胸とドンと叩いた。

 「アリじゃない。

 君から絶大な力を授かった、『士師』さ」

 そしてクルツは、踵を返して会議室の扉へと向かった。

 「クルツ兄さん…!」

 ニファーナは思わず席を立ち、クルツの背中に向けて名を呼び掛ける。その時の表情は、これまでエノクが見たことのない、余りにも烈しい感情――クシャクシャに潰れて、ボロボロに零れ落ちそうそうな泣き顔であった。

 だがクルツは、一瞬たりとも足を止めず、扉の向こうへと姿を消した。

 2人だけとなった会議室に暫し、沈黙の帳が降りた。

 やがて、ニファーナは鼻を(すす)る音をさせてから、(もだ)したままのエノクに顔を向けた。その時のニファーナの顔は、嗚咽がよく漏れなかったものだと感心するほどに、涙でグシャグシャに濡れ崩れていた。

 「ねぇ、エノクさん…! あなたはどう思うの…!?

 わたしは、間違ってるの…!? とっくに過ぎ去った昔の誇りの為に、命を懸ける方が正しいの…!? どうにでも出来る未来を捨てるべきだって言うの…!?」

 エノクは、逡巡(しゅんじゅん)した。今まで黙し続けていたのは、純粋に、何を語るべきか判断しかねたからだ。

 自分はプロジェスの出身者ではない。プロジェスが背負ってきた歴史の重みを真の意味では理解していないし、そもそも理解出来るのは可怪(おか)しいと思う。

 客観的に合理的な意見なら述べられたかも知れない。だが、感情が圧倒的な渦を巻く空間で、無機質な言葉どんな力を持ち得ようか?

 エノクはたっぷりと逡巡した。ニファーナの泣き顔が痛い程に網膜に突き刺さっていたが、かと言って気休めを口にするのは間違いだと確信した。それはニファーナを、自らの主を(おとし)める行為に他ならない。

 故にエノクは、痛む心を抱えたまま、考えに考え抜き――ようやく、震える唇から言葉を紡いだ。

 ――その言葉は、今も尚エノクを(さいな)む、彼の人生最大の汚点であった。

 「…私には、判断いたしかねます」

 それは、純然たる素直な意見であった。

 「ニファーナ様の意見にも、多分に一理は有ります。

 "命さえ有れば"…その言葉の通りです。人はどんな過酷な状況に置かれようとも、生きて行くことが出来ます。そうでなければ、砂漠や氷原を住処とする者達は存在し得なかったことでしょう。そして彼らは不幸かと言えば、そうではありません。彼らには彼らの幸福がある。

 この度の戦で例え我々が白旗を上げ、歴史が蹂躙されて書き換わろうとも、我々は何としてでも生きて行くことができましょう。

 その日々は、今までに比べれば苦渋となることでしょう。それでも、幸せを感じる瞬間とてありましょう。

 …しかしながら、クルツ殿方の意見にも一理有ります」

 ニファーナは黙って聞いていた。嗚咽を漏らすこともなく、エノクの意見と向き合っていた。

 エノクは続けた、

 「彼らの言う通り、"陰流の女神"の苛烈さは酷なものがあります。負けた先に強いられる苦渋がどの程度のものとなるか、全く予想が付きません。

 日々が生き地獄になってしまうのだとすれば、心弱い者達は小さな幸福など目にも入れず、ひたすらに絶望して命を絶つことにもなりましょう。

 同じく死を受け入れるのならば、せめて憎き敵に一矢報いて…と考える者も居ることも、私は十分に理解できます」

 「…じゃあ、わたしはどうすれば良いの…?」

 こんな曖昧な言葉を連ねるばかりならば、そう聞き返されるだろうことをエノクは十分に覚っていた。だが、答えなど用意出来るワケも無かった。

 当時の彼自身、その答えを知りたかったのだから。

 故に、最悪に愚かな答えを口にしてしまった。

 「…分かりません」

 毒にこそなれ、何の益も生まぬ一言であった。

 

 今のエノクはこの場面を回想する度に、己の身を掻き(むし)り、引き裂きたくなる衝動に駆られる。

 (我が主に寄り添い助ける『士師』として選ばれて置いて、なんたる失言かッ!)

 そして今のエノクならば、当時のエノクにこう即答するのだ。

 (私が、全ての敵を討ち滅ぼしてみせる…そう叫び、駆け出すべきだったのだッ!)

 

 ◆ ◆ ◆

 

 『女神戦争』の開始から、はや5日が経過した。

 プロジェスの国土は7割方が"陰流の女神"に蹂躙されてしまった。市軍警察は衛戦部に止まらず、総勢を以て敵と当たっていたものの…結果は散々たるものであった。悲壮な決意を秘めた愛国者――同時に篤信者――達は、惨たらしい血肉と臓物の破片となって、瓦解した大地に飛散して行った。

 壊走、壊滅、全滅――そんな言葉が日に何度も何度も会議場を行き交い、苦言や溜息が途切れることはなかった。

 「…いっそ、耳なんて無くしてしまいたい…」

 そんな事を漏らして塞ぎ込んでいたニファーナであったが、彼女の顔を輝かせる唯一の報告があった。それは、彼女の『士師』達の活躍であった。

 戦闘には不向きな性質を持つ彼らであったが、苦難を工夫と努力で乗り切ってきたプロジェスの血の成せる(わざ)であろうか、良く戦い抜いていた。これまで誰1人として欠ける事なく、『天使』の大群を討ち果たしたり、敵『士師』を撃破したりといった大成果を上げていた。

 特に目覚ましい働きをしていたのは、"近衛の士師"クルツであった。

 彼の働きは、正に獅子奮迅であった。ニファーナから賜った『神法(ロウ)』で出来た輝かしい鎧で駆け巡り、『天使』達を紙切れのようにバッタバッタと両断してゆく…とのことだ。彼は常に先頭に立ち、背後に控える市軍警察の者達を誰1人脱落させることなく、指揮に交戦にと激しく立ち回り続けていた。

 「流石は、クルツ兄さんだね。

 昔から、何でも出来た人だもんね」

 クルツの活躍の報告を耳に入れる度、ニファーナは笑顔を見せて、隣に付いて回るエノクに言葉を掛けていた。

 ――一方でエノクは、先述した通り、戦場には足を運ばず、常にニファーナの傍に居た。

 別に戦闘がこなせないワケではない。現に、以前は市壁付近で暴れ回っていた魔法性質動物の対処に当たることなど日常茶飯事であったほどだ。

 それでも彼がニファーナな傍に居るのは、クルツやアルビドと言った『士師』仲間からの願いの為であった。

 「ニファーナ様の不安は、重々承知だ。

 だからこそ、誰か安堵させられる者が傍に居る必要がある」

 2人からその役目を請われたエノクは快諾し、この役割に甘んじていた。

 加えて――今回の戦いに対して己はどんな立場で、どう振る舞うべきなのか。相も変わらずその疑問に答えを出す事が出来ない事も、エノクの足を戦場から遠ざけている要因にもなっていた。

 元来の職務である牧師と言う役柄、人の――この場合は神であるが――話に耳を傾け、相槌を打つのは得意中の得意だ。

 「見込みが無いなんて言っちゃったけどさ…もしものもしもの、またもしもの事かも知れないけど、勝負をひっくり返せたりして!

 ねぇ、エノクさん!? そう思えてこない?」

 問われたエノクは、神に仕え諭す者の微笑みを浮かべて、首を縦に振って答えた。

 「可能性は否定できません。

 生来、ヒトとは創造主より無限の可能性を賜れた生物。加えて、今やヒトは無限の可能性を単なる可能性でなく、実現化する魔法科学を手に入れいました。

 不可能を断じる事は、今の世では滑稽ですらありましょう」

 「だよね、だよね!

 クルツ兄さんもアルビドじいちゃんも、他の皆も凄く頑張ってる!

 "陰流の女神"が沢山の『士師』を率いても、よく張り合ってる!

 それなら、『現女神』であるわたしがキチンと力を貸せば、もっと対等に――ううん! 優位にすら立てるかも!」

 「民草に愛されておられるニファーナ様です。その信仰の力は、"陰流"より強大でありましょう。

 問題は力の使い方でしょうか、私で宜しければ幾らでも頭をお貸し致します。我々は、我々の出来る戦いを始めようではありませんか」

 ニファーナのはしゃぐ姿を見ていると、エノクは段々と気乗りがしてきていた。『士師』は仕える主の状態に影響を受けるのであろうか? それとも単に、ニファーナとの会話を通して、2方向から引っ張り(さいな)懊悩(おうのう)に、第3の道を見つけられそうな気がしてきたからかも知れない。

 どちらが真にせよ、この時のエノクには些細な事であった。

 「うん、やろう!」

 ニファーナの、今まで見せたことの無い活き活きとした笑顔の(うなず)きの前には、どんな細やかな考察も吹き飛んでしまった。

 

 さて、2人が方策を練ろうと意気込んんだ――その時。

 出鼻を(くじ)く凶報が、2人の下に舞い込んで来た。

 それは、(つまづ)いて転ぶ程度の小石ではない。頬面を殴りつけ、眼底までも砕くような、余りに強烈な衝撃であった。

 

 「ニファーナ様ッ!」

 『現女神』の名を呼ぶ声と共に、部屋の扉がバンッ! と勢いよく開いた。そして室内に飛び込んで来たのは、大きく肩で息をする1人の青年であった。

 灰色系統の迷彩柄の衣服を着込んでいるところを鑑みると、彼は市軍警察の衛戦部の兵員のようだ。若さから考えて、見習いの使い走りと言うところだろうか。

 相当急いで走って来たようで、全身から湯気が噴き出しそうな程に大量の汗をドバドバと流していた。しかし、その割には顔は上気しておらず、それどころか真冬の冷気に当てられたように青ざめていた。

 「ど、どうしたの?」

 ニファーナが尋ねると…青年は夢から醒めたようにハッとして、それから急に俯いた。そして、声にならぬ言葉を舌の上で転がし、ゴニョゴニョと呟きながら、チラチラとニファーナに視線を投じた。

 「な、なんなの…?」

 ニファーナが尋ねても、青年は入って来た勢いの割には、スッパリとした行動を起こそうとしなかった。そこでエノクは、少し苛立ちを露わにしながら首を左右に振り、語気強く命じた。

 「我らが『現女神』の御前である。

 無駄なお時間の浪費を強いるばかりか、そのような態度は無礼千万であろう。

 ()く、答えよ。君は何を伝えに来たのか?」

 エノクの語気のみならず、鋭い視線に当てられた青年は、ゴクリと固唾を飲み下すと。意を決したように瞼を閉じて深呼吸し、そしてクワッと目を見開いて、語った。

 ――残酷なる事実を。

 「『士師』クルツが、戦死しました」

 

 エノクはクルツの最期の様子について、語れる情報を殆ど持ち合わせていない。

 彼の訃報を携えた伝令の青年はクルツと共に戦場で働いていたワケではなく、彼もまた人伝(ひとづて)に命令と状況の説明を受けただけだった。

 彼は聞き知ったクルツの最期を、こう伝えた。

 「複数の『士師』による奇襲によって、命を落とされたとのことです」

 ――この結果は、十分に予測し得るものであった。

 プロジェスの『士師』の内、最も目覚ましい活躍を遂げているクルツ。彼が敵の目に留まらないはずがない。むしろ、彼を打ち(たお)し、プロジェスの意気を(くじ)く事を考えるのは当然と言える。

 クルツの遺体は、残っていない。プロジェスには彼を惜しみ、功績を讃える荘厳な墓標があるものの、その下に埋められているのは彼の遺品ばかりである。

 『神法(ロウ)』によって体を神聖物へと"作り変えられた"彼らは、死すると肉体は神霊力へと分解され、宙空に蒸発してしまうのだ。

 彼の遺体を辱められるような真似をされなかったのは幸いと言えるが。戦後に行われた彼の葬儀は、主役を欠いた何とも味気ないものになっていた。ニファーナは親しい故人の死に顔にも対面出来ず、泣くことも出来ずに、参席の始終は何とも奇妙な表情を浮かべ続けていた事を、エノクはよく覚えている。

 

 場面は戦時の回想に戻る――。

 実の兄妹のように育ってきたヒトを亡くしたニファーナは、折角盛り上がって来た意気を急激に(しぼ)ませると、塞ぎ込んで自室に()もってしまった。

 エノクはそんな彼女に、何の言葉も掛けられはしなかった。

 ニファーナが悲しみを打ち明け、慰めを求めて来たのならば。エノクは万語を尽くして優しい言葉を掛け、彼女を諭したことだろう。だが、他人(ひと)の温もりを求めず、ひたすらに塞いだ相手に何を語れると言うのか。如何に牧師だと言えども、この繊細な問題を難解極まりなかった。

 ニファーナが部屋から出ぬまま、日が暮れる時刻が到来すると。彼女に追い打ちを掛けるように、さらなる悲報が届いた。

 

 今度は――第二の『士師』であったアルビドの訃報であった。

 

 老齢である彼はクルツのように前線で腕を振るうことは無かった。代わりに、後方において生来の老獪さを活かし、指揮官として働いていた。

 そんな彼は、本営ごと部隊を殲滅させられてしまい――彼自身も命を失ったのであった。

 ――この時、エノクにも悲報が届いた。

 彼をプロジェスに招いた恩師の訃報であった。

 恩師は人々を避難誘導している際に、避難民と共に"陰流"の一勢によって薙ぎ倒され、落命していた。

 彼の遺体は無惨にも四散し、飢えた狂獣に食い散らかされたような痕のような現場では、肉片が一体誰の物なのか区別が付けられないような状態になっていた。

 

 (私が…私が、戦場(いくさば)に立っていれば…ッ!

 迷いなど()て、主のためのみ戦う武器に徹してさえ居れば…!)

 ギリリと歯噛みして後悔するものの、彼のなけなしの理性がポツリと語りかけた。

 (『士師』とは言え、お前1人が立ち上がったところで、果たして戦況に如何ほどの影響を与えられると言うのか?)

 その問いに対して、実利的な答えを導き出すことが出来ず、エノクはますます押し黙ると共に、情けなさに五体を引き裂きたくなる程の衝動を得るばかりだった。

 

 人々の苦悩に暗い質量を与えるような、重苦しい夜の帳が降りた。

 プロジェスの行政機関の者達は軒並み頭を抱え、目の前にちらつく破滅的未来に怨嗟の唸りを上げていた。

 都内では夜に入っても、戦闘はまだまだ続いていた。"陰流の女神"の勢力は、号に"陰"と付くだけあって、夜戦を意気揚々とこなしてきていた。プロジェスの防衛戦力は休むことも許されぬまま、決死の交戦を続けていた。

 エノクが議事堂の窓からプロジェスの夜を眺めると。火薬や魔法に由来する色とりどりの光の爆裂が雷光のように瞬く様が何度も見て取れた。

 (この瞬きが起こる度に、民は命を落としているのだろうか)

 エノクは深い溜息を出さずにはいられなかった。

 ふと、空を見上げてみた。

 雲が少なく、真円に近い月がクッキリと見える、美しい夜空だった。そこには勿論『天国』も見て取れるが、その姿は随分と様変わりしてしまった。

 長閑(のどか)な風景は半分より尚多い面積が、別の風景に侵食されていた。侵食しているのは、ネオンサインが喧しく輝く猥雑な摩天楼の風景であった。"陰流の女神"に由来する『天国』である。

 (流れは、変えられない…か)

 再びエノクが深い溜息を吐いた、その時。議事堂内に突如、放送が響く。

 「皆、大会議堂に集まって」

 マイクに不慣れなのか、音割れしながら響く声の主は…ニファーナであった。

 「大事な話があるの」

 

 状況を覆す事に乗り気でない『現女神』に、今更何を頼れると言うのか?

 行政機関の者達の胸中には、そんな想いが去来していたことだろう。故に、大会議堂に集まる彼らの動作からは渋々の(てい)が見て取れたし、席に着いても顔をしかめてばかりであった。

 不満は隠すこともないほど膨らんでいたと言うのに、誰1人として欠けることなく議事堂に集まったのは、何だかんだ言っても都市国家(くに)の要である『現女神』への義理であろうか。

 (ニファーナ様の人望が為せる光景だ…と思いたいが)

 すり鉢状になった大会議堂の中心、演壇の傍に立つエノクは、席に座す者達野顔を視線だけで見回しながら、そう願った。

 議事堂で努めを果たしている者達は全員集まったが、大会議堂は満席にはならなかった。行政機関の者の中には、議事堂を飛び出して、現場で直接指示を取りに行った者も多数居る。議事堂の席が埋まっているのは半分と云ったところだ。

 皆が席に座し、大会議堂への人の入りがなくなっても、演壇を前にして立つニファーナは約5分程(もだ)したままであった。他に誰も入る者が居ない事を確かめているかのようであった。

 ――やがて。沈黙のまま無為の時間が流れる事に不満を覚えた者達が、ザワザワとどよめき出した頃。

 ニファーナは、桜色の唇を演壇のマイクに近づけ、そして語り始めた。

 「…皆が貴重な時間を削ってくれていることは、分かってる。

 だから、単刀直入に言うね」

 ニファーナは深呼吸を一つ挟むと。これまでののんびりした様子から想像も出来ないほどに凜とした表情を作り、そして言葉を続けた。

 「この戦争は、私が終わらせる!」

 ――この時のニファーナは、岩の如く堅く凍り付いた巨大な氷塊の如きであったが。

 エノクには、それ故に今にも脆く亀裂が入りそうに思えて、仕方が無かった。

 

 - To Be Contiued -

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