星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Enigmatic Feeling - Part 6

 ◆ ◆ ◆

 

 『現女神』の傾向は、大きく3つに分類出来る。

 1つは、"獄炎"や"月影"、そして"陰流"ヌゥルのように、多くの信者を集めることで勢力を成し、積極的に『女神戦争』をこなすタイプである。『天国』を求める『現女神』の本能に忠実な者達と言えよう。

 2つには、"清水"や"叡賢"、"夢戯"ニファーナなどのように、積極的な求心活動を行わないものの、来る者拒まずの姿勢で勢力を維持するタイプである。彼女らは『現女神』の神格的部分に責任を負い、神としての役目を果たそうと努める者達である。

 そして最後の1つは、"はぐれ女神"とでも云うべきタイプである。前述2タイプのように大規模な徒党は組まない。信者は全く持たないことが多く、『士師』を持つにしても指折り数える程度しか持たない。『天国』への興味関心も極めて薄く、本能に則さぬ独自の行動理念で活動する。

 著名ながらも『士師』も信者も一切持たず、世界を担う若者の育成に力を上げる"慈母"アルティミア。同じく『士師』も信者も一切持たず、一介の学生として学ぶ一方で、世界の混沌が運ぶ絶望と対決することに注力する"解縛"ナギサ。彼女らが、この3タイプ目に該当する。

 

 "陰流"の蹂躙されたプロジェスに、電光と共に颯爽と現れた"鋼電"レーテもまた、3タイプ目に該当する『現女神(あらめがみ)』である。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 "冥泳の士師"ピラスを、一瞬にして屠ってみせたレーテ。彼女の堂々たる口上をポカンと聞いていた一同であったが。

 「…おい、このクソアマッ!」

 忘我の驚愕から真っ先に醒めたのは、"黒拳の士師"ボルクランテである。自身の陰惨な快楽行為を邪魔されたばかりか、仲間を殺された憤りが彼の大きな頭をガツンと殴りつけ、盛大な青筋をこめかみに浮かべた。

 「何すンだよッ!」

 言葉と同時に、握り込んだ黒拳を烈風のように振るい、レーテの脳天へと叩きつけた――が、瘴気を纏った拳は、虚しく空を切るだけ。

 コンクリートを破砕する音が盛大に轟く一方で、レーテの「フフン」と言う鼻で笑った声は、なんとボルクランテの背後から聞こえた。

 この一連行動を(はた)から見ていたエノク達は、驚天動地のレーテの"動き"に網膜を叩かれ、ようやく忘我の境地から醒めた。

 レーテの両手両足に装着された、大きなグローブと靴。これらが青白の激しい閃光と化したかと思うと、レーテの身体全体が(いなずま)と化し、電子の速度でボルクランテの後ろへと回り込んだのだ。

 尋常の力ではない。

 (そうか…あの両手足の白い装備は、『天使』が変じたものか!)

 エノクが理解して息を飲んだ。レーテが降臨した時に見えた雷光も、彼女が装着した『天使』を媒介にして、雷電となって移動と攻撃を同時に行った結果なのだ。

 「なンだ、ちょこまか…」

 ボルクランテが驚愕半分、苛立ち半分で語りながらレーテの方に振り向いた、その瞬間。バチンッ! と大気の破裂する音が響き渡ったかと思うと、ボルクランテの巨躯がビクンと震えて、言葉が途切れた。

 直後、彼の目と鼻と言わず、焦げ臭い匂いを放つ黒煙が立ち上った。そして、糸の切れた操り人形のようにグラリと身体が倒れ込んだ。

 彼の胴体に視線を向けると、そこには炭化した肉体が輪郭を縁取った巨大な穴がポッカリと開いていた。レーテが、電子化した右拳を叩きつけてブチ開けた致命傷だ。

 レーテの方に倒れ込むボルクランテの顎を、彼女は電子化した左拳によるアッパーで思い切り殴りつけた。バチンッ! という原子の悲鳴と共に、彼の頭が落としたスイカのように破砕。2つの致命傷を負ったボルクランテは、体中から純白の光の粒子を立ち上らせて、空間へと昇華して行った。

 

 10分にも見たぬ時間の中で、"鋼電の女神"は『士師』2人を楽々と(たお)してしまった。

 

 「…!!」

 残った"影地の士師"ヘルベルトは、分が悪いと判断するや、後ろに跳び退(すさ)って逃走を試みた。敵に背を見せずに退く手際は『士師』に相応しき妥当な行動であった。

 だが、彼の行為も実を成さずに(つい)えてしまった。

 ピュンッ、と小さく鋭い音が空を過ぎった。転瞬、ヘルベルトの体が衝撃にビクンと震えたかと思うと、全身が脱力。大地を踏みしめることなく力なく倒れ伏せると、そのまま光の粒子と化して昇華し始めた。――(たお)されたのだ。

 だが、それをやったのはレーテではなかった。

 「お嬢、要の本命がそんなに前に出るものじゃありません」

 揶揄の混じった、青年の精悍な声が介入した。声の方へと視線を向ければ、そこは元々『天使』が殺到していた場所だ。しかし『天使』はただの1体とて見当たらず、代わりに4人の男達の姿があった。

 「ダイジョブ! これから目一杯働いてもらうからさ、"四天王"!」

 「その"四天王"と云うの、いい加減に止めて頂けません? 子供っぽいというより、お馬鹿っぽいですよ」

 「えー!? 4人居るんだからさ、"四天王"って言った方が燃えるじゃーん!」

 レーテは両腕を目一杯上げて熱弁する。その有様は幼児のようで、可愛いを通り越して滑稽にも見える。

 

 レーテが"四天王"と呼ぶ4人の『士師』の顔ぶれは、次の通りだ。

 "撃弾の士師"レガース・ヴァン。4人の『士師』のリーダー格にして、リボルバータイプの拳銃を武器にしている『士師』の青年。一見スレンダーに見える体格は引き締まった筋肉で出来ており、鍛え抜かれた刀のような印象を受ける。一方で、長身の上に乗った顔は優しげで、静かな微笑みがよく似合う。その微笑みは、敵の目には却って見下すような険しく不快なものとして映ることだろう。

 "岳機の士師"エリオ・モルザール。レガースとは対照的に子供のように背が低い男性――実際、声変わりしていないような高い声を聞くと、見た目通りに諸9宇年なのかも知れない。両の眼が隠れるほどに伸ばした前髪の所為で、口元からしか感情が読みとれないが、長閑(のどか)な田舎で伸び伸びと育ったような剛胆で活発な性格が伺える。彼の(あざな)である"岳機"とは山のように巨大な機動兵器を指し、『神法(ロウ)』によってそれらを瞬時に生成し、手足のように操る事を得意とする。

 "脳朧の士師"ガンマ。霊体タイプの死後生命(アンデッド)を思わせる、半透明でノイズの走る不安定な体構造をしている。しかしながら彼の種族は死後生命(アンデッド)ではなく、付喪神(アーティファティー)である。彼のノイズの走る体は、彼の源であるコンピューターゲームに由来するものだ。(よわい)は二百に迫るが、描画されている実体は迷彩柄の軍服を着込み双剣を持つ、20代前半の青年の姿を取っている。

 "帝蜂の士師"ヴァルジューラ。アンドロイドから『士師』になった"男"(彼は男性格である)で、角のないツルリとした形状の機体は常に磨き込まれており、芸術品のようにも見える。彼は自己改造を繰り返すことによって完全な戦闘特化の存在と化しており、多数の兵器が内蔵されている。だが、それよりも何よりも彼を特徴づけているのは、その数が億単位を数える遠隔操作兵器"ビット"を自在に操作することだ。彼は正に、一機で万兵に値する戦士である。

 

 「まぁ、オラは呼び名なんてどーでも良いんだけンども」

 一番背の低いエリオが頭の後ろで手を組みながら、訛の強い言葉を口にした。

 「"陰流"のオバサン達ゃ、3人も『士師』が一気に消えた事ぐれぇ直ぐに分かったべよ?

 オラ達ゃ何とでもなるけンども、この都市国家(くに)のみんなの事考えたら、早く動かねぇとマズいンでねが?」

 「報復、してくるでしょうな」

 ガンマが透けた顎の下に手を置き、頷いてエリオに同意した。

 「しかも、今は"陰流"の得手たる夜分です。朝を待ってくれるワケがない」

 「なら、直ぐ動くだけだぜ!」

 ヴァルジューラがガツン、と鋼の拳を合わせて語った。

 「オレの遠隔操作兵器(ビット)は、もうこの都市国家(くに)中に展開済みですよ!

 ゴミ『天使』も『士師』も、残さずブッ斃してやりますぜ!

 早ぇところやっちまいましょう!」

 3人の『士師』の言葉に、レーテは同意の頷きを返した。

 「そうだね、さっさと終わらせちゃおうか!」

 そして、グローブをつけたままの拳を夜空高くに振り上げて宣言した。

 「悪神退治の、始まり始まり!」

 

 そうレーテが声高に叫んだと同時の事。プロジェス中で『神霊圧』の発生が相次いだ。

 都市国家(くに)中に散っていた『士師』や『天使』達が、レーテの『士師』の読み通り、報復に向けて早速全力を解放して(うごめ)き始めたのだ。

 ――こうして、プロジェスにおける『女神戦争』の第二幕が始まった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 (夢でも…見ているのか…?)

 ボルクランテを撃破する作戦を決行した夜を経て、一睡もせずに朝を迎えたエノクは。ヴィラードや部下達と共に、プロジェスを舞台に再び始まった『女神戦争』を、今度は傍観者として見つめていた。

 そして、消極的ながら参加者であった第一次の『女神戦争』とは様相が全く異なる戦況に、唖然とするばかりであった。

 

 新たにやってきた"鋼電"の勢力は、たたの5人。『現女神』レーテが1柱と"四天王"という顔ぶれだけだ。信者は一人も居らず、独立闊歩する『天使』の姿も見えなかった。『天使』はレーテの両手両足を包む武器に始終徹し、唯でさえ寡勢の戦力の(かさ)を増すことはなかった。

 対して"陰流"の勢力は、"夢戯"と戦った際に多少損害を出しているとは言え、まだまだ莫大だ。50を越える『士師』を擁し、視界を埋め尽くすほどの『天使』の群れを飼い慣らしていた。

 常識的に考えれば、"鋼電"の圧倒的不利…の、はずであった。

 だが、実際は驚くべき事に、真逆であった。

 "陰流"の大規模な勢力が――"夢戯"の勢力が本拠において(なお)、山河を染めるような血汗を流して戦っても勝てなかった、残酷なまでに協力な勢力が。たった5人の戦力によって、まるで殺虫剤を前に(たか)って落ちる羽虫どものように、軽々と撃破されていった。

 "四天王"が一人、"帝蜂の士師"ヴァルジューラは空を埋め尽くす程の遠隔操作兵器(ビット)を一つ一つ緻密に操り、"陰流"の『天使』どもに高出力の荷電粒子の雨を降らせた。イオン化した大気の生臭い香りが充満する大地の中、命辛々(からがら)逃げ延びた『天使』達を、ヴァルジューラはまた体内に格納した種々の戦闘兵器で一閃。一気に数を減らしていた。

 "四天王"が一人、"脳朧の士師"ガンマは悠々と『天使』や『士師』で構成された軍隊の中へと単身乗り込んだ。当然彼には苛烈な数々の攻撃が浴びせられたが、半透明でノイズの走る彼の体は(ことごと)くの攻撃を透過した。それはまるで、石を投げ込んでも波紋を立てない不思議で閑寂な水面のようであった。しかし同時に、彼と言う水面は暴力的でもあった――透過する物体は『神法(ロウ)』で保護された『天使』の体だろうが、電火が走り無惨な焦げと化したのだ。そしてガンマの手にする双剣は一振りする度に『天使』や『士師』の体を豆腐のようにスッパリと切り捨てていった。

 "四天王"が一人、"岳機の士師"エリオの行動は最も派手であった。彼は何処からともなく山のように巨大な機動兵器を作り出すと、『天使』と問わず『士師』と問わず甚大な火力で焼き尽くした。そんな苛烈な仕打ちを成す一方で、彼のプロジェスに対する振る舞いは極めて優しいものであった。己を初め、"鋼電"の勢力の攻撃によって傷ついた街並みを、これまた何処からか作り出した復興ロボットの大群で、あっと言う間に修復してしまった。逃げ遅れたり、傷つき隠れていた都民を救い出していたのもまた、彼であった。

 "四天王"が最後の一人、"撃弾の士師"レガースの戦いのスタイルは最もシンプルで、地味だ。武器は手にしたリボルバー拳銃一丁のみ。"鋼電の女神"から授かった『神法(ロウ)』が有ろうとも、残りは彼自身の身体能力が物を言う。…その身体能力が、あまりにも異様であった。予知能力でも備わっているかのような反応速度、風と形容するにしても余りにも軽やかな体裁き。そして、一見ひ弱なとも見えるような発砲の火線が、一撃で『天使』を数体串刺しにして破壊したり、体長が5メートルを越すような巨大な『士師』の頭を吹き飛ばしたりと、凄まじい戦果を上げていた。その一連の所作を寒気のする微笑みを伴って行うのだから、心強いを通り越して不気味ですらあった。

 そして、『現女神』自身であるレーテ。勢力の要であると云うのに前線に立つ彼女には、当たり前ながら分厚い戦力がぶつけられた。

 これがニファーナならば、いくら覚悟を決めようとも、後込みした事であろう。怯懦の態度を押し殺しても、脚の震えが露呈したことだろう。

 だが、レーテと来たら。

 「オラオラオラーッ!

 不良『天使』どもーっ、いくらでも掛かってこいやーっ!」

 一騎当千の爽快感を味わう戦争ゲームでも楽しむかのように声を張り上げ、電光の輝きと共に戦場を駆け巡り、次々と『天使』を屠って昇華させた。

 彼女の首級を取ろうと3人の『士師』が共謀して襲いかかってきたこともあったが。

 「死ねぇ!」

 という口上もまともに口出来ず、彼らはレーテの電流の拳と蹴りの前に体が爆ぜ、瞬時に命を失った。

 たったの5人が、数千余の戦力を圧倒する、恐ろしくも爽快な様相がプロジェスを接見した。

 

 そして日が南中にさしかかる頃には。

 "夢戯"の牧歌的な島を蝕んで台頭した猥雑なる"陰流"の『天国』は、"鋼電"の電光の球体のような『天国』にその大半を食い潰されたのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 "鋼電"の快進撃に、"陰流の女神"ヌゥルが黙って指を咥えているワケがなかった。

 憤った彼女は、ニファーナのように堂々とした一騎打ちを申し込むこともなく、最も信頼を置くエルビザ・フローゼンを初めとした6人の『士師』を率いて、完全な不意打ちでレーテに勝負を挑んだ。

 『天使』の群れとの乱戦の中、突如として飛びかかって来た1柱と7人を前にしても、レーテは特に慌てることはなかった。

 むしろ、"相手の頭の方から出て来てくれて都合が良い"とでも言いたげに、ニンマリと笑いながら迎撃を開始した。

 プロジェスを舞台にした二度目の『現女神』同士の直接対決。これを耳に入れたマスメディアはヘリコプター等を飛ばし、テレビやラジオは『女神戦争』の実況一色に染まった。

 都民達は当然ながら、"鋼電"の勢力を応援した。入都してまだ1日も経過しておらず、人柄――いや、"神柄"と称すべきか――も知らないレーテであるが、陰惨さを痛感するヌゥルよりはどの『現女神』であってもマシだと考えたのだろう。

 都民の期待に応えるように、天空に座す"鋼電"の『天国』はますます輝きを増し、"陰流"の猥雑な街を蝕んだ。だがレーテは、都民からの"期待"を信心として『天使』を増産することを決してしなかった。

 あくまでも『天使』は両手足を覆う武器として用いるのみ。戦力は彼女と四天王の5人のみ。

 この真っ直ぐな気質もまた、独立の志高く頑固な気質のプロジェスの都民の共感を呼んだかも知れない。

 

 ニファーナはテレビでこの様子を見ていただろうか? それは分からない。

 だが、エノクは肉眼で以て、レーテとヌゥル達の激闘を目にした。

 

 そしてエノクは、終始肌の粟立ちを抑えることが出来なかった。

 

 「格が違うとは…この事なのか…?」

 エノクが思わずポツリと漏らすと、隣で棒立ちになっているヴィラードが冷や汗のまみれの苦笑を浮かべながら応じた。

 「まぁ、オレの故郷の宗教でもよぉ、神さんにゃ上下関係だのは有ったからな。『現女神』だって例外じゃなくても可怪(おか)しくはないが…。

 それにしたって、この差はなんだよ…」

 "夢戯"の元『士師』の目の前で、"鋼電"レーテの荒ぶる様は、まるで巨木も意に介さず根(こそ)ぎ叩き倒す嵐のようであった。

 群がる『天使』は一挙手一投足が呼ぶ激しい電流によって、次々と昇華していった。陰にまつわる特殊な能力を駆使し、厳しい連携で以て襲い来る『士師』達の合間を、レーテは電光を伴って加速しながら回避しつつ、爆発的な勢いの拳撃で反撃を繰り出した。バチンッ! と大気の破裂する音と共に生じた衝撃は、『士師』達の防御を軽々と凌駕し、腕やら盾やらといった遮蔽物ごと大電流で穿(うが)ち、多大なる損害を着実に与えていった。

 四方八方、地面の下からも『天使』や『士師』が襲いかかろうと、レーテは全く動じなかった。沈着冷静に、四肢にまとった『天使』から電磁場のフィールドを球状に展開して彼らを絡め取り、吹き飛ばしてしまった。そして彼らが着地して転がるよりも早く電子の動きで追いすがり、容赦のない拳足を見舞って彼らを叩き伏せた。

 あまりに壮絶で速い展開を、マスメディアのレポーター達はどのように伝えているのだろうか? …そんな妙で他愛のない疑問が頭を過ぎるほどに、レーテの戦いは安心して見守ることができた。

 

 ニファーナとヌゥルが交戦した時に述べたように、『現女神』同士の戦いの勝敗は、集まる信心と彼女ら自身の技術や身体能力で決まる。

 『天使』の数だけで比較すれば、信心の面ではヌゥルが圧倒的に有利である。だが、そのアドバンテージが全く利かないのは、レーテ自身の能力が高すぎるからだ。

 レーテは同じ年頃のニファーナと違い、神格を自覚した上で、自身の力を練りに練り上げたのであろう。それこそ、人を超える程に。

 それ故の戦果が、エノクが目にした光景だ。

 

 気付けば、レーテの周りからは『天使』も『士師』も消え去り、敵はヌゥルだけとなっていた。

 ヌゥルは正面切っての攻撃をせず、奇襲に徹していたために、レーテからの反撃を貰う機会は少なかったが。それでも息は上がり、完璧なプロポーションを誇る肉体は疲弊に蝕まれて崩れ、妖艶なる顔立ちは荒い木彫りの面のように影を(たた)えた焦燥と失意で満ちていた。

 一方のレーテは、大量の『天使』と『士師』を相手にしたというのに、涼しい顔をしていた。とは言え流石に汗はかいたようで、右腕で額を拭ってみせた。

 「…この、バケモノ…!」

 ヌゥルが荒い呼吸に溶け込ませるように怨嗟を吐くと。レーテはニンマリと嫌みったらしく笑いながら、『天使』のグローブに包まれた右手で首を掻く仕草をして見せた。

 「うんうん、的を得た言い方だね。

 今から神をブッ(たお)そうって云うんだからね! そういうの、バケモノの所業じゃん?

 まぁ、でもわたしは神の身だから、神獣って言うのが――」

 レーテが余裕でペラペラと語る間に、ヌゥルが動いた。影を伴い黒い疾風と化し、巨大な薙刀を振るってレーテの可愛らしい笑顔に一閃を浴びせた。

 …が、ヌゥルの一撃は虚しく空を切った。レーテは例によって電光を伴う高速移動で以て、ヌゥルの薙刀の下に潜り込んで斬撃をやり過ごすと。立ち上がりながら、『天使』のグローブによるアッパーを薙刀の柄にガツンと食らわせた。

 (バン)ッ! 轟く悲鳴は、大気ばかりか薙刀を形成する神聖化された分子をも破壊した電流による暴力によるものだ。ニファーナとの交戦の際にはピクリとも(たわ)むことの無かった薙刀が、酷暑の元でヘニャリと溶けた棒アイスキャンディーのように盛大にひしゃげ、天上へと大きく弾き飛ばされた。

 「なっ!?」

 奇襲に(うま)く対応されたことに加え、予想外の力に驚愕を隠せないヌゥル。その無防備な横顔に、青白の電光が尾を引くレーテの一蹴がまともにめり込んだ。

 (ガン)ッ! まるで巨岩同士がぶつかり合ったような重音! 同時に、ヌゥルの体が旋風に巻き込まれた紙切れのように軽々と吹き飛んだ。優に6メートル程の距離を一気に飛んだヌゥルの体は、着地してもなお衝撃が収まらず、何度も大地をバウンドして更に転がった。

 ヌゥルが『現女神』でなかったのならば、間違いなく頸椎がねじ切れたであろう、容赦のない一撃であった。

 倒れ伏したヌゥルが起き上がるまで、たっぷり数分の時間が費やされた。その間レーテは追撃することもなく、軽く身構えてヌゥルの復活を待っていた。

 それは一見すると余裕とも取れるが、エノクはそうではない事を看破していた。レーテの剣呑な表情が、堅固な眼光が、それを如実に物語っていた。

 レーテは、ヌゥルの全力を奥の底まで(しぼ)り尽くした上で、全てを覆して勝つつもりなのだ。ヌゥルと云う神格を、一片たりとも残さず否定し切るつもりなのだ。

 (なんと苛烈な女神であることか…!)

 エノクが固唾を飲んで胸中で感嘆の念をもたげていると。ようやく立ち上がったヌゥルが、これまで見せていた艶然たる態度をかなぐり捨て、美貌を鬼面の如く歪めて、憤怒をレーテにぶつけた。

 「…絶対に、殺すッ!」

 

 それからのヌゥルの攻撃は、凄まじいの一言に尽きた。

 遠く離れた地に置いた信者達から搾り取った信心で作ったのだろうか、『天使』を数匹作り出すと、武器やら影やらに転化させて、正に千差万別に攻めを続けた。

 大地に湖のように広がった影から百を超える腕が伸び、拳撃や捕縛を見舞った。形を整えた薙刀の一撃から黒い刃が無数に跳び、大地と云わず空間と云わず、あらゆるものに凄絶な傷跡を残した。舞いと云うよりは嵐のような勢いで軽やかながら暴力的に身を躍らせ、斬撃や蹴りを浴びせ続けた。影の中から悪魔のような存在を召喚し、竜息吹(ドラゴン・ブレス)もかくやと云う闇の奔流で世界を震撼させた。

 だが…どの攻撃も、レーテに有効な打撃を与えるには至らなかった。

 それどころか、レーテは全ての攻撃に対して、巧みに隙を付いてはヌゥルに電流の拳や蹴りを浴びせ続けた。

 派手に攻めているのはヌゥルだと云うのに、時と共にその美貌は泥と血の混じった無惨な醜態へと化していった。

 「なんでよ、なんでよ、なんでなのよッ!

 何なの、何なの、何なの何なの何なの何なの何なのッ!」

 ヌゥルは火を吐くような勢いで怨嗟を唱え続けた。が、その隙がまたレーテに利用され、情け容赦のない固い拳の一撃がヌゥルの頬を(えぐ)った。

 ――やがてヌゥルは、腫れ上がって台無しになった美貌を両腕で覆ったまま、転を仰いだまま倒れ込み、動かなくなってしまった。

 ニファーナを散々に追いつめた実力の持ち主が、今度は子犬に(もてあそ)ばれる(まり)のように、為されるがままに滅茶苦茶にやられたのだ。どんなに力を振り絞ろうと、手を変え品を変え行動を起こそうとも、何一つ通用しなかったのだ。

 そして、彼女を存在ごと拒絶するような容赦ない一撃が、着実に彼女を打ちのめし続けたのだ。

 万策尽きたヌゥルは、もはや立ち上がる気力さえ失っていた。

 そんな彼女の間近に、レーテは悠々と歩み寄った。だが、何一つ言葉を掛けることはしなかった。溜息一つ吐くこともしなかった。

 ただ、水面越しに泳ぐ魚を狙う水鳥のように、腰を曲げてヌゥルを覗き込むと。ゆっくりした動作で平手を持ち上げ――。

 「せいっ!」

 掛け声と共に、電流を纏った平手をヌゥルの無防備な腹部に叩き込んだ。

 パァンッ! 響いた音は、単に皮膚を叩いた音だけだけでなかった。鼓膜をつんざくような、大気の悲鳴が街並みに響き渡ると同時に、人々の産毛を逆立てる帯電のさざ波が弱い閃光と共に走った。

 この平手打ちがどれだけの威力を秘めたものかは、エノクは分からない。ただヌゥルが、「ひゃう…!」と脱力し切った情けない声を上げた事だけはしっかりと耳に入れた。

 平手を食らったヌゥルの体から、純白の輝きが(あふ)れ出した。それは大小の粒子となって宙空へと昇り、(かす)れて消えていった。

 この光景を目にしたヌゥルは、ハッと目覚めたように上体を起こして両腕を伸ばすと。バタバタと無闇に腕を泳がせ、消えてゆく光の粒子を掻き抱こうと必死になった。

 「そんな…! 嘘…! 冗談よ…! どうして…! まだ私は…!」

 譫言(うわごと)を繰り返しながら腕を動かし続けるが、光の粒子は無情にも指や掌を透けてしまうばかりであった。

 この光の粒子は、ヌゥルに神格を与えていた神聖力に他ならない。

 

 ――つまり、この瞬間。ヌゥルは己がニファーナに為したのと同様、レーテによって神格の座を奪われたのであった。

 

 天空では、電飾が目(うるさ)い猥雑な"陰流"の『天国』は固着していない煉瓦(れんが)細工のように完全に瓦解した。一方で、"鋼電"の雷球がプロジェスの全天を覆い、オーロラのような光を都市国家(くに)中に降り注いだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 神格を失った『現女神』はニファーナに見る通り、単なるヒトへと戻ってしまう。ヌゥルもまた、例外ではなかった。

 いや、ヌゥルに関して云えば、ニファーナより状況が悪いと言えた。ニファーナは付き従ってくれた『士師』達が残ってくれた一方で、ヌゥルは彼らの全てを『女神戦争』で失った。

 益あるものは全て失い、得たものと云えば満身創痍ばかり。そんなヌゥルに対しても、プロジェスの都民達はこれまでの仕打ちに対する怒りを収めることはしなかった。

 ヌゥルの神格が消えたことをマスメディア経由で見聞きして認識した都民は、彼女の元に殺到し、拳の一つまたは石の一つもぶつけてやろうと殺気立ったが。

 そんな彼らを押し留めたのは、"鋼電の女神"レーテであった。

 「彼女はもう、報いを受けてるよ。

 そしてこれからも、報いを受け続けるんだ。

 彼女が神の座に胡座(あぐら)かいて好き放題にして来た信民達から、常に敵意に晒されてながら生きていかねばならないんだからね。

 ここでみんなが怒りに身を任せて彼女を傷つけたところで、みんなの手が罪に汚れるだけだよ。

 みんなの思いは、わたしが拳に込めてお腹一杯になるまで喰らわせてやったからさ。それで満足してあげてよ」

 このレーテの言葉に、都民は黙って従った。逆らって手痛過ぎる反撃を喰らうのが怖かったのかも知れないし、純粋に器の大きな言葉に感服したからかも知れない。

 どちらにせよ、ヌゥルはプロジェスを後にするまでは、傷つき疲れ切った体を動かす労力にのみ集中することが出来た。

 都民は拳や石といった物理的な暴力は働かなかったものの、ヌゥルがプロジェスの市壁をくぐるまでは、怨恨のこもった視線をじっと送り続けた。

 

 ――以後のヌゥルの消息を、エノクは知らない。

 彼が知らないのだから、恐らく都民の誰もが知らないだろう。そもそも、知ろうともしていないのかも知れない。

 『現女神』の座から転落したヌゥルのことを報じるマスメディアも無ければ、騒ぎ立てる国際組織もない。衰退して消えた台風を何処までも注目する気象台が存在しないのと同様、超異層世界集合(オムニバース)への影響が皆無である一介の妙齢の女性に興味を抱く存在は、もはや存在しない。

 エノクが気にかかったのは、ヌゥルよりも、彼女が擁していたはずの多数の信徒の動向であったが。国際ニュースの中で特に話題の上らないと云うことは、何とかよろしくやっていると云うことだろう。

 

 さて、"陰流の女神"という驚異が排除され、お祭りムードに沸くプロジェスであったが…。

 初めこそ、"鋼電の女神"を救世主のように扱っていた都民達であったが。彼女らがプロジェスに一晩滞在することを決めてから、歓迎ムードが一気に曇り始めた。

 ――プロジェスの支配者が、"陰流"から"鋼電"にすり変わったと云うだけなのではないか?

 ――本当に"鋼電"は一晩のみの滞在を決めたのだろうか? 何日も居座り続けて、そのままプロジェスの神の座に収まってしまうのではないだろうか?

 そんな懸念がポツポツと口に上がるものの、レーテに問い(ただ)そうと云う者も、悪い芽が出る前に摘み取ってしまおうと行動に出る者も、全く現れなかった。

 ヌゥルとの戦いで疲れ切っていたと云うのも勿論、大きな理由だ。だが何より恐れたのは、レーテ一派の有するあまりにも強大な力であった。

 "夢戯の女神"が健在な時でさえ手を焼き続けた"陰流"を、一日経ずして叩き潰して追い出してしまった"鋼電"。そんな相手を、『現女神』の加護もなく、どうやって叩きのめせると言うのか?

 その疑問に答えを出せる者は、元『士師』も含めて誰一人存在しなかった。

 

 …だが、都民の懸念は、幸いにも杞憂で終わった。

 明くる日の昼過ぎ、"鋼電"の一派はあっさりと、都民に何某(なにがし)か言葉を残すでなく、飄々とした足取りで去って行った。

 

 とは言え、"鋼電の女神"レーテは、本当の意味で何もせずに帰ったワケではなかった。

 彼女は朝早く、ニファーナの神殿――神の座を退いた今は、"御殿"と言うのが相応しいだろう――を訪れていた。

 現在と変わらず、御殿を(ねぐら)にして居たエノクは、彼女ら訪問の際には驚愕と震撼を隠せなかった。力ある『現女神』が、神の座を失っても未だに支持のある元『現女神』を訪れる理由など、ロクなものが思い浮かばなかったからだ。

 (ニファーナ様の口を通して、この都市国家(プロジェス)の統治者となったことを知らしめるつもりか!?)

 疑念の余り、身構えてしまったエノクに対して、幸いにして女神も四天王も全く悪気を覚えなかった。四天王はキョトンとして顔を見合わせるだけで、女神に至っては"滑稽だ"と言わんばかりにケラケラと笑った。

 「うんうん、警戒する気持ちは分かるよ。わたしがアナタの立場なら、同じ反応をしただろうからね。

 でも、大丈夫。悪いようにはしないよ。

 ただ、ちょっと話がしてみたいんだよ。今なお人心を集めて離さない、元『現女神』様と2人きりでね」

 「え、2人きりでっかぁ?」

 "岳機の士師"エリオが初耳だと言わんばかりの声を上げると、レーテは首を縦に振った。

 「あれ、言わなかったっけ?

 あ、言ってないから、みんなゾロゾロとわたしの後をついて来ちゃったんだよね?

 えーと…うん、2人きりで話したいんだ。

 だから皆は、この神父さんと世間話でもしといて」

 そう語るなり、レーテはひょこひょこと御殿に上がると、「元『現女神(めがみ)』ちゃーん、居るー?」と叫びながら廊下の奥へと進んで行った。まるで、勝手知ったる友人の家に遊びに来たかのような態度であった。

 「突然来られて、それは…!」

 エノクは慌ててレーテを引き留めようとしたが。その前に、一番奥の一室からニファーナが現れると、レーテをひょいひょいと手招きした。

 「エノクさん、大丈夫。心配しないで。

 "鋼電の女神"さん、初めまして。もう力なんかないけど、そんな私で良ければ、お話付き合うよ」

 「うんうん!

 そこがあなたのお部屋? お邪魔させてもらうねー!」

 小走りで廊下を駆けてニファーナの元に行くレーテの姿は、"陰流"を叩きのめした神格とは思えない、どこにでも居そうな脳天気な女子学生にしか見えなかった。

 …ニファーナの部屋に入った2人が、一体どんな会話を交わしたのか。エノクは知らない。ニファーナも特に口にすることはなかった。

 ただ、20分程すると、部屋に入ったのと同じ様子でレーテが出て来て、いつもと変わりない様子のニファーナがヒラヒラと手を振って別れを告げるだけだった。

 この機を境にしてニファーナの様子が変わったと云う事もないので、エノクの懸念は全くの杞憂だったようだ。2人は同世代なので、戦いの束の間に取り留めのないガールズトークを楽しんだだけなのかも知れない。

 真相はどうであれ、ニファーナに何らかの打撃を受けた様子が無かった事に、エノクは深く安堵したのであった。

 

 …むしろエノクとしては、"鋼電"の四天王達との時間潰しの方に肝を冷やしていた。

 主であるレーテに言いつけられた事を忠実に守ったつもりなのか、彼ら4人は本当にどうでも良い事ばかりで会話を繋いできた。

 「エノクさんは、ニファーナさんとはこの建物で今も同居なさっているんですよね?」

 「はい。

 元は『士師』達皆が、護衛も兼ねて同居していたのですが。ニファーナ様が神格を失ってからは、私一人になりました」

 「食事って、どっちが担当してんだ? 当番制か?

 ちなみにうちらは、レーテ様を含めて当番制だ。ただし、俺(ヴァルジューラ)だけは免除されてる、ヒト並の味覚がないもんだから、どうしても無機質な調理になっちまうもんで、不評だからな」

 「はあ、そうですか…。

 食事は、(もっぱ)ら私の仕事です。ニファーナ様は、たまにお菓子を作りますが、基本的にはキッチンに立ちません」

 「へぇー。

 ちなみに、今日の夕飯は何の予定ずら?」

 「え…? あ、はい、そうですね…。

 カレーライスにしようかと、考えていました。昨夜から…その…働きづめでしたので、手軽に作れるもので済ませたいと思いまして」

 「分かります。カレーライスは素晴らしい食事ですよね。

 手間が掛からず、作り置きも出来て、栄養価も高く、そして美味しい。

 レシピに窮した時の救世主です」

 「そ、そうですか…」

 …その他、洗濯だの掃除だのと言った世間話ばかりが飛び交った。エノクは自分を懐柔して、プロジェス支配の足掛かりにするつもりかと警戒し続けていたが。

 結局四天王は世間話を楽しむだけ楽しんで、レーテと合流するとあっさりと御殿を引き上げて行った。

 

 "鋼電"の一行の見送りについたのは、エノクと彼が連絡を取った数名の元『士師』と行政機関の人間。そして道中、レーテを見かけた都民数十名であった。

 彼女ら一方は入都時には、"陰流"が侵攻に使った穴を通ってきたらしい。が、変える時はきちんと入都ゲートを使った。

 「そんじゃね」

 そうエノクにだけ語って、ヒラヒラと手を振ったレーテは、行く先へと(きびす)を返すと。四天王を両側に(はべ)らせた状態で、拳を力強く天へと突き上げて叫んだ。

 「いざ、次なる悪神を成敗せん!

 行っくわよ~、皆の者ッ!」

 その号令と共に、1柱と4人はプロジェスを一顧だにせず、草原というよりは荒野に近い風景の中に真っ直ぐに延びる道路に沿って歩き出した。

 

 ――以後、"鋼電"は全くプロジェスと関わりを持っていない。ニファーナに連絡を取っている様子もない。

 だが、プロジェス都民の中では「悪神から自分達の自由を取り戻してくれた英雄」として、彼らの事を話題に出す時がしばしばあるようだ。

 その証拠に、レーテが去った同時に『天国』が消えてしまった天空に、時折電光を放つ光の爆発が生じる事がある。"鋼電"の『天国』が極短い時間、プロジェス上に出現しているらしい。

 

 何にせよ、プロジェスは"鋼電"の一派によって"陰流"の圧政から解放されたワケだが。

 かと言って、プロジェスが直ちに自由を謳歌して幸福を得たワケではなかった。

 2度に渡る『女神戦争』によって深く刻まれた傷跡が、都民の前に立ちはだかった。

 真なる幸福を得るためには、"復興"と言う名の山を登らねばならなかった。

 

- To Be Continued -

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