星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Enigmatic Feeling - Part 7

 プロジェスの復興は、苦難の道のりであった。

 そもそも、女神庇護下型都市国家の『女神戦争』敗北による荒廃からの復興は、得てして厳しいものになる。

 まず、地球圏の復興においての最大の頼みの綱である地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の支援が、極端に受けにくい。

 『現女神』による統治は、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)のポリシーと相反する部分が多々ある。『現女神』が健在な時から余程の友好関係を築いていなければ、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)は"それ見たことか、俺達に従っておけば良かっただろう?"と言う台詞を叩きつけるが如くに、介入してこない。

 信者の動向や、接触した軍団の性格にも因るが、例え『現女神』を失ってから直ぐに地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に尻尾を振っても、"諸々の手続きがある"として中々腰を上げてくれない。

 ましてや、プロジェスのように女神庇護下型都市国家になる以前から地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に反発していたような独立気質の強い都市国家となれば、尚更のことである。

 

 よってプロジェスは、荒廃した国土の中、都民達が憔悴した身体に鞭を入れて、復興を進める事となった。

 

 復興に際しては、エノクを初めとした元『士師』達は残らず積極的に関わった。元々プロジェスに大きな愛着を持っていた者達であるから、当然の行動であるとも言える。

 一方で元『現女神』であったニファーナはと言えば、元『士師』に比べると関わり方は消極的であった。

 その理由として、青空教室ながらも学校が所々で再開していたことも関わっていた。神格の座にある時も学生を続けていたニファーナは、再開した学校にも平然と通っていたからである。

 「大丈夫、なのですか?」

 エノクは何度か心配になり、ニファーナに尋ねたことがあった。

 「ん? 大丈夫だよ?

 何で? 何か心配事でもあるの、エノクさん?」

 ニファーナがキョトンと問い返してくると、エノクは"やれやれ"と言った感をたっぷり滲ませた溜息を吐いて答えた。

 「ニファーナ様は神格を失ってしまわれると云う、大きな変化があったのですよ?

 先生や生徒からの接し方も大きく変わってしまったのではないですか?」

 「いや、全然?

 いつも通りだよ。

 なんでそんな事、気にするの?」

 「何故って、それは…」

 エノクは言葉を濁したが、心配の理由は明白である。ニファーナが『女神戦争』に敗北したことで、"陰流"によってプロジェスは荒廃の憂き目を見たのだ。神格を失い、ただのヒトの身となった今、ニファーナに責任を取らせようという冷たい風が吹いているのではないか、と危惧していたのだ。

 だが、ニファーナの答えは決して強がりではなく、エノクの危惧は本当に杞憂であった。

 ニファーナは冷たい風に晒されるどころか、尚も都民からの信頼を集めていた。

 プロジェスの独立を確固たるものにした功績に加え、勝算の目の薄さにも関わらず、都市国家(くに)を背負う者として"陰流の女神"と正々堂々と戦った姿が好評価されたらしい。

 実際に学校の内情を探ったこともあったが、ニファーナは本当に(いじ)められる事もなく、教室内――いや、学内のマスコットキャラクター的存在として愛されていた。

 さて、学生の大半は授業が終わると家族と共に復興の手伝いをすることが日常となっていた。しかしながらニファーナと来たら、手伝いをすることが稀であった。

 (たま)にフラリと何処かの現場に姿を現すことこそあれ、その作業は得てして長続きしなかった。

 初めこそ「よーし、やるぞぉ!」と気合い満タンで腕まくりして作業に取りかかるのだが。すぐに音を上げて、「ゴメン、後ヨロシク…」と言い残して御殿に変えってしまうのだ。

 そんな情けない姿も、現場の作業者の反感を買うどころか、マスコット的な笑いを取るのに一役買っていた。

 「仕方ねぇなぁ、ニファーナちゃんは!」

 「気をつけて帰れよー!

 疲れたからって、コケたりすんなよー!」

 そんな温かい言葉を掛けられてるのは、ニファーナの才能であると言えよう。

 

 ニファーナに関する懸念は鳴りを潜めた一方で。復興の進捗はエノクの懊悩(おうのう)の種となり、深く根付いていた。

 『現女神』を失った事実を知った外資系企業は次々と撤退した為に、復興の中核を成せるような技術者や指揮者が激減してしまった。外貨も入らなくなったために財源は減り、有用な魔法技術の導入や開発も困難になってしまった。

 そんな状況にも関わらず、行政機関の独立気質は曲がらず、相変わらず地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に頭を下げることはなかった。

 (このままでは、都民の心が折れてゆくばかりだ。

 何か起爆剤に成りうるものが欲しい。だが、それを持ってくる体力も知恵も、今のこの都市国家(くに)には不足りな過ぎる…)

 エノクが口惜しみながら、スコップや一輪車と云った原始的な道具を手に、地道にな作業に明け暮れていた…その時だ。

 

 プロジェスの精神を盛り上げる転機が、やってきた。

 ――ゴシックメタルバンド、フリージアの来訪である。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「ねぇ、エノクさん。

 今日はお仕事お休みしてさ、一緒にライブ見に行かない?」

 『女神戦争』が終結してからの二度目の土曜日の朝。自室で作業の準備に取りかかっていたエノクの元に、ニファーナがひょっこりと顔を出して誘って来た。

 「ライブ…ですか?」

 エノクは眼をパチクリとさせた。言葉の意味が分からなかったワケではない。ニファーナの発言が、プロジェスの現状に余りにも似つかわしくない単語――"ライブ"――を含んでいたからだ。

 外部の助力が得られず、疲弊した身の上であっても自力で復興に取り組まなねばならないプロジェス。娯楽に時間や費用を掛ける余裕など、到底持てるワケがなかった。だと云うのに、ライブを開催しようとする酔狂な――いや、愚かな者が居ようとは!

 エノクは眉根を(ひそ)めると、溜息を吐いて作業準備に戻りながら、毒を口にした。

 「一体どこの誰ですか、そんな脳天気な事をする馬鹿者は。

 ニファーナ様も、そんな馬鹿者の愚行に乗るのはお止めください。都民からの非難を集めてしまいます」

 「そんな事無いよ、大丈夫だって」

 ニファーナはパタパタと手を振って否定し、ニヒッと笑って言葉を次いだ。

 「だって、ライブの主催者はプロジェス自身だもん。

 …って、あれ、エノクさんは知らなかった? 行政機関にコネがあるエノクさんの事だから、絶対知ってると思ったんだけど?」

 「は…?」

 エノクはキョトンとして、思わず間の抜けた声を上げてしまった。

 この様子から見て取れるように、ニファーナがもたらした情報は初耳である。

 それに、『女神戦争』終結後は、ニファーナやプロジェスを救済できず、後手後手に回ってしまった自分に責任を感じて、行政機関に関わることはピタリと止めていた。…とは言え、行政機関側からは度々「もう一度一緒に仕事をしないか?」と誘われているが、その度に断固として拒否していた。

 故に、エノクはマスメディアにも疎いため、復興作業現場で聞こえてくる噂話しか有力な情報収集源がなかったのだ。そして、作業現場ではライブの話など耳に入れたことはなかった。

 …(ある)いは、耳に入っていても、気に留められる程の余裕なく、作業に熱中して勤しんでいたのか。

 「プロジェスが? 何の為に? 都民は反対しなかったのですか?」

 「復興作業ばっかりの毎日への息抜きだってよ。

 そして、都民の反応は概ね良好だよ。ライブに掛かる費用だとか作業負荷だとかは、音楽レーベル側が全面的に負担するって言うからね。

 わたしたちプロジェス都民は参加無料だっし、外部からの一般参加者から得た売り上げは全部寄付してくれるって言うしね。貴重な外貨獲得手段だってことで、喜んでるヒトの方が多いかな」

 エノクは目を白黒させた。

 ニファーナの話を聞けば、なるほど、都民の苦情が無いのも頷けた。しかし、ライブの主催者側が何を考えているか、全く分からない。費用も作業も負担し、その上売り上げまで全て手放すと言う。つまりは、利益ゼロで赤字だけを背負うワケだ。そんなデメリットを好き好んで背負うような事業者が居るなど、全く信じられない。

 信じられないが…そんな酔狂ながら人道を真っ当に歩む者達に興味が出てきた。

 エノクは作業の手を止めると、ニファーナに尋ねた。

 「ライブの開催者は、何処の誰なのですか?」

 「フリージアってバンドさん。ゴシックメタルとか言う音楽やってるヒト達なんだって。

 ここ地球圏じゃ無名だけど、出身世界だとそこそこ人気があるんだってさ」

 そこでエノクは少し納得した――一見デメリットばかりの行動を敢えて取る理由を。

 つまり、フリージア並びに彼らが所属する音楽レーベルは、今回の慈善ライブを足がかりに地球圏への進出を目論んでいるワケだ。

 しかし、それでも成功の算段は五分と云ったところではなかろうか。フリージアがどれほど稼いでいるバンドかは分からないが、高々音楽産業界の儲けだ。ライブ会場を作るほどの資金はポンと出せるものではないだろう。今回の資金は、今後の成功を前提に、随分と無茶をした先行投資に違いない。

 それに、中途半端な成功では失った分を取り戻すのは難しいだろう。地球圏を騒がす程の大成功でなければ、元を取るどころかレーベル自体が傾く。

 一方で、バンドは「売り上げ全額寄付」を掲げているものの、プロジェスが密かに謝礼を払っている可能性も考えられるが…エノクはこの考えを却下した。現状のプロジェスを鑑みれば、フリージアのイベントに見合う謝礼を払えば、都市国家(くに)が確実に崩壊してしまう。

 となると、フリージアは正に、果敢に困難へ挑んでいる…ということになる。

 困難に挑んでいると云う点では、エノクも同じだ。『女神戦争』で瓦解した街を、疲弊した身体と精神を鞭打ち、自力で再び立ち上がろうと云う困難に面しているのだから。

 分野は違えど、同じベクトルを持つもの同士として、エノクはフリージアに強い興味を抱くようになった。

 「…折角、ニファーナ様にお誘い頂いた事ですし。何より、私が会ってみたくなりました。

 ライブ、ご一緒させて頂きます」

 作業道具を完全に放棄し、立ち上がって一礼したエノクに対して、ニファーナはニッコリと微笑んで頷いた。

 

 「ライブの話が出たのって、ほんの三日前だったんだってさ。フリージア側から是非にって、プロジェスに申し込んだんだって」

 ライブ会場への道中、手を繋いで歩きながら、この件については全く無知なエノクにニファーナは知る限りの経緯を説明した。

 「行政機関側は、凄く怪しんだみたいだよ。本当にライブだけ目的なのか、実は何処かの『現女神』とかの手先で、現状を視察してるんじゃないか、ってね」

 …そう言えば、3日前と言えば行政機関の使いが凄い剣幕でエノクに同行を要請していた。この件だったのか、と得心した。

 「でもまぁ、さっき言った通りの条件を出されて…悪く言えば、お金に目が(くら)んだってことなんだろうけど…ライブの開催を承諾したってワケなんだ」

 そんな説明が終わる頃、2人はライブ会場の目の前にやってきた。

 そして、2人して眼前の光景に唖然とした。

 会場は、国際的な一大イベントが開催されるかのような巨大な体積を誇る、立派なドームであった。しかも、急(ごしら)えにありがちな、無愛想なほどのシンプルな造りではない。見る者に暖かみと躍動感を感じさせる、幾重にも折り重なったさざ波を思わせる優美な天蓋を誇る、非常に凝った造形をしていた。

 こんな代物、『女神戦争』を経る前のプロジェスにも無かった。

 「これ程の建造物を…たったの3日で造り上げたのですか!?」

 エノクは驚嘆の溜息を尽きながら、言葉を絞り出した。

 魔法科学が席巻する時代になり、建築技術も飛躍的に進歩した。地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の復興部隊が暫定精霊(スペクター)の大群を用い、一夜にして視界一面の光景を劇的に変化させる事は有名だ。しかし、その所業は地球圏治安監視集団(エグリゴリ)と云う超巨大で優秀な人材が揃った組織だからこそ可能なものだ。

 一般の建築系企業ならば、デザインの行程も含めて1月は掛かるであろう。

 それを大幅に行程を縮めて存在させた力とは、如何ほどのものなのか。

 「…この音楽レーベルさん、軍事企業並の資産を持ってたりして…って、あり得ないないよね…」

 ニファーナもひきつり笑いを浮かべて、頬をポリポリと掻いた。圧巻の実績の前には、驚きを通り越して、もう笑うしかない。

 一頻(ひとしき)り感嘆の念を抱いてから、2人は入場口を探してドームの周りを歩き始めた。

 ドームの周りには、ライブに便乗して多数の出店が出ていた。出店のテントは立派なものとボロ屋のような粗末なものとが混在していたが、前者はフリージアと共に入都した外部の業者、後者はプロジェス都民によるもののようだ。

 テントで提供されている品物の質は、勿論、立派な外部業者の物の方が断然良い。しかし、並んでいる列の長さは、テントの品質に関わらず同程度だ。

 とは言え、並んでいる客層には明確な違いが見て取れた。

 外部業者のテントに並ぶのは、娯楽を求めるも着飾る余裕のない物達――即ち、プロジェス都民ばかりだ。対してプロジェス都民のテントに並ぶのは、身なりを整えた者達ばかり――つまりは、フリージアを追って来た外部からの訪問客である。

 "身なりを整えた"と言及したが――勿論、スーツ姿であったり、カジュアルながらも格好付けた姿をした"普通に"余所行きの格好した者も居るが――中には、人形かお化け屋敷の仮装をしたような姿の"奇天烈な"者も沢山見受けられた。

 「ヘビメタのヒトって、凄い格好してるってイメージはあったけど…ホントにこういう格好してるんだね…」

 ニファーナが苦笑い半分、感心半分で言葉を漏らした。

 しかしながら、"奇天烈な"者達が問題児かと云えば、そうではない。彼らは秩序を守って温和(おとな)しく整列していた。それに、"一般"と書かれたダサい下げ札を嫌がりもせずに身に着けていたし、プロジェス都民が提供する貧相なくせに割高な料理にケチを付けることなく、素直に金銭を払っていた。

 外部の客達については、格好に差異は有れども、"素行が良い"と言う点は共通しているようだ。

 その事実を実証するかのような出来事が起こった。

 エノク達2人が不意に呼び止められると、そこには男女のカップルが1組居た。彼らは"奇天烈な"者で、女性の方は黒を基調としたゴシックロリータ調の強いドレスと人形のような分厚い化粧を、男性の方はニワトリの鶏冠(とさか)のような奇抜なヘアスタイルとやたらと(びょう)の打ってある漆黒のジャケットを、それぞれ身に着けていた。

 襲ってくるのではないか? エノクら2人はギクリとしたが、様子がどうも見合わなかった。カップルはどちらもニコニコと優しげに微笑んでおり、危害を加えてくるようにはとても見えなかった。

 戸惑う2人に対して、カップルはそれぞれが手に持っていた、大きなアメリカンドッグを突き出して来た。

 「プロジェス都民の方ですよね?

 良かったら、これをどうぞ。美味しかったですよ」

 見た目にそぐわぬ柔和な声音は、近所で「良いヒト」と賞される人物のそれであった。

 「あ…ありがとうございます」

 ニファーナは戸惑いの色を濃くしながらも、好意を無駄にすることなく、アメリカンドッグを受け取り、1つをエノクに渡した。

 「代金、お支払いしますよ」

 エノクが慌ててポケットを漁るが、即座に男が手を挙げて制した。

 「ここでは、プロジェスの方であれば、プロジェスの方の屋台を除く全てのお店を無料で利用することができるんですよ。

 ですから、代金は必要ありません」

 「そうなんですか」

 エノクは驚きを滲ませながら、ポケットから手を引き抜いた。

 今のプロジェスは物資が足りず、食料とて例外でない。そこで無料で食事が提供されるとなれば、腹を空かせた都民が津波のように押し寄せて平らげしまうであろう。ライブ会場の建設だけでも莫大な資金を(なげう)っていると云うのに、食料までもホイホイ引き渡すとは…どれだけバケモノじみた資金の持ち主であることか!

 「ご親切頂いたついでと言っては何ですが、お聞きしてもよろしいですか?」

 エノクは胸中に膨らむ疑問を押し込められず、遂に口に出した。カップルは当然のように、快諾してくれた。

 「今回のライブですが、資金の出所はどうなっているのでしょうか?

 ファンの方には誠に失礼な言い方になり、申し訳ないのですが…音楽レーベルがこれほどの財力を持ち合わせているとは、どうしても思えないのです」

 「確かに、凄いですよね!

 僕らも話には聞いていましたが、実際に此処に来てビックリしてますよ!」

 男性が機嫌を損ねることなく応じると。次いで女性がエノクの疑問に答えてくれた。

 「あたし達も詳しくは知らないんですけど、支援者が居るみたいですよ。工事や物資の調達は、その方が都合してくれたとのことです。

 まぁ正直、フリージアやレーベルの知名度だけじゃあ、こんなイベントを短期間で用意できませんから」

 「支援者ですか」

 エノクは言葉を繰り返して舌の上で転がした。この広大過ぎる超異層世界集合(オムニバース)においては、国家をも揺るがしかねないレベルの資金をポンと出して慈善活動に打ち込むような酔狂な"善人"も存在しても可笑しくないだろうが…実際に目の当たりにすると、どうにも驚嘆の念を拭えなかった。

 「そうだ、」突然、男性が声を上げた、「皆さん、勿論フリージアのライブは初めてですよね? 宜しければ、一緒に楽しみませんか?」

 「え、でも、お2人の邪魔じゃないですか?」

 ニファーナの言葉に、女性が首を左右に振った。

 「あたし達のデートなら、いつでも出来ますから。

 それよりも、ここでお2人を放っておいたら、フリージアのファン失格ですよ!」

 非常に乗り気で目を輝かせるカップルを前に、エノク達は顔を見合わせて逡巡したが。結局は好意に甘えることにした。

 

 こうして4人はライブ開始までの間、出店を回りながらフリージアと云うバンドについて語り合った。

 

 ライブ開幕の5分前。エノクら4人はドームの中の、中腹にある座席に一列に並んで座っていた。

 ドームへの入場の際も、フリージアのファン達は非常に行儀良く振る舞っていた。駆け込んだり横入りするなど、(もっ)ての(ほか)。整然と列を作り、有る程度ガヤガヤしているものの、バカ騒ぎすることはない。そして、プロジェス都民に順番を譲ることさえしていた。

 ファンの素晴らしい行動の根底には、フリージアというバンドが掲げる理念が多大に影響を与えている…と云うことを、エノクは知った。

 「フリージアは、慈善活動に熱心な事で有名なんです。

 フリージアのメンバー自身、戦争や天災の被害者なんですよ。今だにトラウマを抱えているヒトも居ます。

 そんな辛い思いをさせたくない。無くせなくても、少しでも減らして行きたい。それが彼女らの理念なんですよ」

 「勿論、フリージアの行為にも批判はありますよ。結局は売名行為だろうとか、歌程度でヒトの傷を癒すなど烏滸(おこ)がましいとか、結構散々な事を言われてますよ。

 でも僕らは、裏の目的が何であろうとも、実際の行動で慈善を具現化するヒト達に共感するんですよ。いくら志が高くとも、批判を並べるばかりのヤツは、耳の毒にこそなれ何の益も生み出さないですからね。

 だから僕らは、兎に角出来ることを一生懸命にやるフリージアを敬愛しているんです。そして僕らも、フリージアと共に、どんな小さな事でも良いから、何かに貢献したいと願い、そして行動するようになったんです」

 席に座って開幕を待つ間、カップルはフリージアの理念と、それが人々に与えた影響について熱く語ってくれた。

 「なるほど、なるほどー!

 凄いヒト達なんだね、フリージアってバンドは!」

 ニファーナがうんうんと頷いて得心した。

 「ヘビメタのヒト達だって聞いたから、もっと怖々したイメージがあったんだよね。なんか、金切り声上げて、呪いの歌を歌っている感じでさ。

 でも、そんな優しい感じのバンドさんも居るんだね! ヘビメタの事、ちょっと見直したよ!」

 ニファーナの言葉を聞いた女性が、アハハ、と苦笑いした。

 「まぁ、確かにアナタのイメージ通りのバンドも五万と在るけどね。

 メタルって、音楽界の中でも特にバリエーションが豊富なジャンルなんだよ。オペラみたいなクラシック音楽ばりの綺麗な曲を創るバンドも居れば、世界最低とまで言われるきったない曲を創るバンドも居るんだ。

 フリージアは、綺麗な音楽の方のバンドだから、メタル初心者でも聞きやすいよ」

 「それと」

 女性の言葉が途切れた瞬間、男性がずいっと身を乗り出し、真顔でニファーナを凝視して、少し堅い口調で語った。

 「ヘビメタ、って言い方はしないでくれるかな。

 ヘヴィメタル、もしくはメタルって呼んで欲しいな」

 その気迫にニファーナは苦笑いを更にひきつらせながら、「あ、すみません…」と返した。

 メタル信奉者達は、偏見的な意味合いの強い"ヘビメタ"と云う言葉を嫌う傾向にある。

 「なるほど、お2人のお陰で、私もメタルと云う音楽に対して、より正しい認識が出来るようになりました」

 微妙に堅くなった雰囲気を取り戻すように、エノクが絶妙のタイミングで言葉を挟んだ。

 「そして、お2人のその格好は、フリージア様方の理念への共感を態度で示したもの、と言うワケですね?」

 エノクに真顔で言われたカップルは、互いに顔を見合わせると、恥ずかしそうに顔を赤らめた。そして、女性がモジモジと指を動かしながら、控えめな声でボソボソと漏らした。

 「あの…その…これは…特に深い意味はなくて…。

 単に、趣味です…」

 (…マズい事を聞いてしまったか)

 エノクが額をピシャリと叩きたくなる衝動に駆られながらも、フォローの言葉を探して頭を巡らせていると。広大なドーム内に盛大なブザーが鳴り響き、客席を照らしていた照明がバツンッ! と音を立てて一斉に消えた。

 光を浴びているのは、ドーム中央のステージただ一つだ。

 そのステージの頭上に、深海からクラゲが浮かび上がるように、8角形の形状をしたホログラム・モニターが出現する。ドームの端の座席に居る観客にもステージの様子を拡大して見せるための配慮だ。

 「…おっ、始まりましたよ!」

 男が静かな声で語った、その直後。ドーム内のざわめきは台風の眼に入ったようにシンと静まり返った。ただ、空気だけが観客の興奮と期待を受けて、破裂せんばかりの熱を帯びていた。

 ――ライブが、始まるのだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 フリージアのファン達の中に凝った衣装で着飾った者が居るように、フリージアのステージもまた、奇抜で凝った造りをしていた。

 そこはまるで、時計の中を拡大した空間のようであった。巨大な歯車が一定のリズムを刻んで回転していた。その歯車の一つ一つには、青い薔薇の花を咲かせた(いばら)が絡み合っていた。

 奇抜ながらも、繊細な美麗さが見て取れる光景であった。

 歯車ばかりが動くだけの無人の光景の中に、静かにストリングスの音色が響いてきた。同時に、ステージの上空からは、(恐らくは魔術による映像であろう)巨大な雪の結晶がチラチラと降り始めた。その青白い色彩は、歯車に絡む薔薇の色とよくマッチしていて、閑寂ながらも清潔感のある青を世界に主張した。

 

 ――そして、遂に姿を現したフリージアのメンバーも、この世界の色彩に更なる青を加えた。

 

 彼女らは――メンバーは全て女性だ――は、ステージ中央で地下からせり上がって来たリフトに乗って登場した。

 中央にヴォーカルが立ち、その左右にツインギター、後ろにドラムとベース、そしてキーボードを据えた6人編成である。

 彼女らの衣装は、エノク達を案内したカップル達の如く――いや、メンバーによってはそれよりも凄い――バリバリのゴシック調を呈していた。ギターやベースのメンバーは左右に走り回りやすいように配慮してか、ゴスパンク調の比較的動きやすい衣装をしていたが。ドラムやキーボードは、どこぞの城に座すお姫様かと見紛うような、山のように裾の広がったスカートをしたドレスに身を包んでいた。その色彩は青または白を基調としており、ステージの風景と相まって、時計に組み込まれた絡繰(からく)り人形のように見えた。

 ただ一人、ヴォーカルだけはラメの利いたゴスパンク調の真紅の衣装に身を包んでいたが。それでも彼女を一見して"青"と云う印象を抱てしまうのは、彼女の雰囲気に()る。病的なほどに透き通った青白い肌、希薄なハチミツ色の髪、そして青を基調としたメイク。アイシャドウだけでなく、ルージュまでもが澄み渡った海を思わせるような青色であった。この雰囲気の中では衣装の真紅は、青を引き立てる脇役に過ぎなかった。

 ストリングスの音色に併せて、楽器が美しい旋律を奏で始めた。ヘヴィメタルの重み(ヘヴィ)が強調される、重低にチューニングされたギターやベースがミドルテンポのメロディを刻んだ。そこへキーボードが、ステージに降り注ぐ雪に同調したような、結晶の音を思わせる澄んだ音色を響かせた。

 まるで、雪の世界を聴覚として表現したような曲だ。ただし、そこには厳冬の冷酷さではなく、蒼穹と純白が彩る優美さが広がっていた。

 やがてヴォーカルが、薄いシアン色の唇の近くにマイクを寄せて、歌い始めた。

 その声音と来たら…! 初めて耳にするエノクもニファーナも、美しい冬に当てられて肌が粟立つような――いや、実際に肌がキュンと粟立った――感覚に(とら)われると。その他一切の感覚を失い、五感はフリージアと云う芸術作品の虜となった。

 

 硝子細工のように繊細で美麗な、それでいて岩石のように堅固で力強い女声が、ドームの中の人々に…いや、プロジェス全域に訴えた。寂しくも悲しくもありながら、しかし決して絶望することなく、前を向き続ける意志の物語を。

 ――世界に雪が舞う

  幾万、幾億の冷気が降り積もる

  私の吐息で、溶かせようか?

  いえ、私だけでは力が足りない。

  では、あなたとなら?

  2人でなら、世界の雪を溶かせようか?

  2人で足りなければ、幾千、幾万ならば足りようか?

  私とあなた達で手を取り合い、吐息をかければ

  世界に春は訪れようか?

  雪は花びらに変わろうか?

  きっと、そうなる事に違いない――

 クラシック音楽だろうとオペラだろうと、これほどの美しさを醸し出すには相当な才能と技量が必要ではないか? そう確信出来るほどの、寒気立つような興奮と感激を呼ぶ歌が、そこに在った。

 「…すっごい…」

 「全く、そうですね…」

 ニファーナとエノクは共に忘我の境地を漂いながら、溜息に溶け込んだ言葉を掛け合うばかりであった。

 

 フリージアのライブはたっぷり2時間を超えて行われた。

 彼女らを初めて眼にする都民がドームの3分の2は占めていたと云うのに、規定の2時間を終えてもアンコールが鳴り止まなかった。フリージアは結局、3度もアンコールに答えて曲を披露することとなった。

 どの曲も、"ガチャガチャとしてウルサい"と云うヘヴィッメタルのイメージを払拭するような、美しい曲ばかりであった。中には疾走感のあるハイテンポな曲もあったが、ヴォーカルであるシエナ・フローズレンスは単に声を荒げるでない、"これぞ声楽"と評論家を唸らせるような表現力豊かな力強さで丁寧に歌い上げていた。

 歌の素晴らしさが胸を打つのも当然だが、エノクは曲の合間に入る彼女らのMCの言葉も心に深く刻み込んでいた。

 「チャリティーだとは言っても、結局は私達の我が(まま)を通しているだけなのでしょう」

 ライブ開始から約1時間後、シエナがMCの中でそんな風に語り出した。

 「支援と云う面だけを考慮するなら、黙って資金だけを援助する方が良いのかも知れません。ライブなんて脳天気な真似は、皆さんの貴重な時間を奪うだけなのかも知れません。

 それでも私は、皆さんに単に無機質なお金だけでなく、別の何かを届けたいと思ったのです。

 その"何か"とは、安らぎであったり、真心であったり、強さであったり…と言ったものです。

 でも、本当はそのような精神的なものは、"私たちが与える"ものではないでしょう。そんな事が出来るというのは、本当に烏滸(おこ)がましい考えでしょう。

 それらはあくまで、皆さんがご自身でしか掴み取れないものでしょう。

 私たちの歌が、そのきっかけになれば…と言うのが、私の願いです。

 それが結局は、私たちの押しつけなのかも知れませんが…何かせずには居られない。何かすることで、例え私たちが非難されようとも、皆さんの中の何かを変えるきっかけになるのなら。それが私たちにとっての幸いです」

 その言葉も結局は、フリージアが人受けが良いように予め調整した、上辺だけのものなのかも知れない。それでもエノクは、彼女らの理念に同調せずにはいられなかった。

 そう、この世は結局、行動が無ければ何事も成し遂げられないのだから。

 例え上辺だけであろうと、根底に商業的戦略があろうとも、フリージアの貢献の姿勢は確実にプロジェスに良い影響を与えたのだ。

 「素晴らしい方々だ」

 エノクは心からフリージアの存在を歓迎し、精一杯の拍手を彼女らに送った。

 

 フリージアの一歩は、プロジェスに『現女神』や地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の枠組みに因らない外貨獲得の方向性をもたらした。

 荒廃した都市国家が潤い、陰惨とした街並みが整然と復活を遂げ、人々の生活に笑顔が戻ってきたことは、エノクにとって素直に歓迎できる状況であった。

 …だが。今のプロジェスの有り様とっきたら、何たるザマだ。

 フリージアの自己犠牲的な貢献の理念は、単なる踏み台にされてしまった。彼女らとは正反対の、自己欲求にばかり素直な喧しい輩が流れ込み、耳障りなだけの傲慢な自己表現を垂れ流している。

 そして都民も、"朱に交われば赤になる"の言葉の通り、この(よこしま)な喧噪に染まり始めている。

 そんな頃からだ。ニファーナが積極性を失い、学校生活を抜きにすれば日々を無為なゲームに費やすようになったのは。

 「みんな平和に、楽しく過ごせるようになったんだもの。それでいいじゃん」

 ニファーナはすっかり積極性を失い、流されるがままの落ち葉のような存在に成り果ててしまった。

 …全ては、崇高な犠牲と理念の理解せず――いや、しようともせず――乗っかるばかりの愚者どもの所為で。

 そして、愚者どもに骨抜きにされ、背負って来たはずの重みを捨てて、考えなしにはしゃぎ回る愚民どもの所為で。

 

 このままで良いワケがない。

 正さねばならぬ。

 しかし、思うだけでは世を動かすことは出来ない。

 だから、実を伴った行動に出ることにしたのだ。

 ――否! 行動ならば、すでにしている!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 エノクが過去の写真を眺めながら長い回想に浸っていたら。気が付けば窓から入る光は真っ赤な斜陽となっていた。

 「…私ともあろうものが、無為の時間を過ごしてしまったな」

 ニファーナ様の事は言えないな…と胸中でも呟きながら、苦笑を浮かべた。その直後のこと。

 「まぁ、思い出に浸るってのは、そう(わり)ぃことじゃねぇさ。

 ヒトってのは生きてりゃ、良きにせよ悪きにせよ、必ず記憶に触れにゃならんのだからさ」

 「!」

 独りで居たはずの自室。そこに、予想だにしない事に、ヘラヘラとした若い男の言葉が割り込んだ。

 エノクが慌てて声の方へと向き直ると。そこには、黒いソファにドッカリと座り込んだ奇抜な姿の男が居る。

 身に着けている衣服は、宵闇のような黒を貴重としたもの。エノクの着込む神父服と共通する部分ではあるが、決定的に違うのは所々に目五月蠅いほどの銀細工が散りばめられいること。フリージアのファンを想起させるような派手さだ。

 派手なのは服だけではない。両の五指には全て、武器かと見紛うほどにゴツい指輪をはめている。両耳には幾つも穴を開け、リング状を初めとした種々のピアスがジャラジャラと付けている。

 そして何より目を引くのは、腰まで到達する長い髪だ。それは夕空よりもなお濃い、今にも燃え上がりそうな真紅を呈している。

 神父とは余りにも釣り合いの取れない男。だが、エノクは彼のことをよく見知っている。

 咳払いと共に驚愕を振り払ったエノクは、平静を取り戻し、少し堅い口調の抗議を交えて語る。

 「ヒトの部屋に入る時には、何か一声かけていただけませんか。失礼ですよ、ザイサードさん」

 男――ザイサードと呼ばれた男は口の端を歪めて笑う。

 「すまんねぇ。

 でもよぉ、なんだかスゲェ真剣に物思いしてたからさぁ。声掛けづらかったんだよぉ。邪魔しちゃ(わり)ぃじゃんか?」

 謝罪の言葉を含むものの、全く反省の見られないヘラヘラした態度は、エノクの生真面目な心にグサリと突き刺さる。が、エノクはこれ以上抗議の言葉を上げない。

 彼の知るザイサードの性格上、何をどう諫めようと、何の功も奏さない。

 だからエノクは、別の話を進めることにする。

 「突然私の元に来ると言うことは、何か在ったのですね?

 会合は明日の予定でしたが、ほんの1日も待てないほどの重要なことが起こったのですか?」

 エノクとしては、"それほどの急な事態は有り得ない"と確信し、語気に半ば揶揄を含めて語ったのだが。

 「"まさか、そんなワケねーだろ"と思ってンだろうけどさ。

 残念ながら、その"まさか"さ。

 面倒な事になった」

 ザイサードはそうは語りながらも、あまり緊張感の感じられない動作で服の裾を漁り、トマトを1つ取り出す。それをポーンとボール遊びするように上に飛ばしてキャッチしてから、はちきれんばかりの瑞々しいそれにかぶりつく。

 盛大に飛沫(しぶ)く赤い果肉と果汁にエノクは顔をしかめるが、特に抗議はしない。前述した通り、彼への抗議は馬の耳に念仏そのものだ。

 「オレとアンタらでセコセコ仕込んで来た"毒"だがよ。今日になった、いきなり3つ、ブッ壊された。

 …あ、違う。今さっき、4つ目が壊されちまった」

 「そうですか」

 応えるエノクは、無感動に言い放つ。

 「都市国家(くに)疲れて腐っているとは言え、流石に志高い頭脳の集団ということですか。

 "チェルベロ"も入都していましたしね。

 ただもう少し、時間が稼げると思ったんですが…」

 「いやいや、勘違い勘違い。アンタ、勘違いしてるよ」

 ザイサードは口一杯に頬張ったトマトを咀嚼しながら、立てた人差し指を左右に振って指摘する。

 「確かに"チェルベロ"は侮れない嗅覚してるけどよ、今回の件はヤツの手柄じゃない。

 面倒臭ぇ闖入者が現れたんだよ」

 「闖入者?」

 エノクは目をパチクリとさせる。

 昨今のプロジェスを騒がせている事態。これに事件性を見いだして首を突っ込むとすれば、"チェルベロ"以外に考え付かない。一体何処のどんな物好きが現れたと言うのか?

 「ユーテリアって知ってるよな?」

 残したヘタをポーンと口に放り込んで飲み下しながら尋ねるザイサードに、エノクは首を縦に振る。

 「訪ねたことはありませんが、"英雄の卵"と評されるような才能溢れる若者が集まる学び舎のある都市国家…と云う程度なら、知っています」

 「そうそう。

 そこの部活ってのは、(ことごと)くミョーなネーミングセンスしてるんだけどよぉ。中でも分かりにくい名前してる物好き集団、『星撒部』ってのがあってな。

 そこの連中が、入都してきた」

 「…はあ」

 エノクは生返事を返す。その部活と自分達の"計画"の危機がどう関連するのか、まだ想像出来ていないのだ。

 そこでザイサードは、エノクの方に身を乗り出しながら、袖の中から今度は真っ赤なリンゴを取り出してお手玉のように弄びながら、とうとうと説明する。

 「『星撒部』って連中は、云って見りゃ、ボランティア部さ。

 見返りを求めず、世のためヒトのため、お困り事を解決して回るお人好しの集団さ。

 それがユーテリア程度の場所となると、"お困り事"の対象を戦争にまでのばしちまう。そんな滅茶苦茶なヤツらなのさ。

 実際、ヤツらと来たら、いくつかの戦争に首を突っ込んでは、解決してやがる」

 そこでエノクはようやく危機感を抱き、頬に冷たい汗を伝わせる。学生の身の上で、戦争すら黙らせるような集団。そんな無茶苦茶な相手が、自分達の"計画"の敵に回ったという危惧が胸に突き刺さる。

 「どんな経緯でヤツらがこの都市国家(くに)に首を突っ込むことになったのか、オレは知らネ。

 ホントにアホらしい程些細な理由で動くようなヤツらしいからな、都市国家(プロジェス)の依頼でなくとも、被害者の家族か知人からの訴え程度で動いたかも知らんね。

 まぁ、何せよ、ヤツらと来たら今日入都したと思ったら、1日も立たない内にオレのギミックを見破って、ブッ壊してくれやがった」

 一頻(ひとしき)り語り終えると、ザイサードはリンゴにガブリとかぶりついて、シャクシャクと味わい出す。

 その様子を見たエノクが、ピクリと片眉を跳ね上げる。

 「…面倒臭い、と言った割には、随分と楽しそうな顔をしていますね」

 「ああ?」

 ザイサードはキョトンとしてエノクを見返し、頬の緩みを確かめるように指を這わす。そして、リンゴを飲み下してからニヤリと笑う。

 その笑みは、(トラ)獅子(シシ)を思わす、凄絶に過ぎる表情だ。

 「まぁな。

 こちとら、戦争を商売にしてる身だからよぉ。楽しめる相手が介入してくれると、張り合いも出るし、嬉しくなっちまうんだよ。

 職業病ってところだからよ、あまり気にしないでくれ」

 ザイサードはパタパタを手を振る。

 一方でエノクは、ザイサードの見せた表情に背筋が凍り付き、棒立ちになる。

 そう――この男はこんな軽薄な(なり)をしていようと、規格外の怪物だ。

 「…それで、」エノクが話題を変え、会合について尋ねる、「会合を今日に早めて、何を語るつもりなのですか?」

 「勿論、計画の進行を早めるのさ。

 今のスケジュールのままじゃ、せっかくの計画が台無しになっちまう。

 星撒部の連中とヤり合うのは楽しそうだがよ、育てて来た戦争が水泡に帰すのは、オレとしてもアンタらとしても望むところじゃないからねぇ」

 「勿論です」

 エノクは拳をギュッと握り込んで答える。

 ――そう、ここで終わるワケには行かない。終われるワケがない。自分達のためのみならず、この都市国家(プロジェス)の為にも。

 「まぁ、そういうことだからよ…っと!」

 ザイサードは反動を付けてソファから立ち上がると、真っ赤な斜陽に染まる窓へと大股に歩き出す。

 「アンタらの一味によろしく伝えといてくれ。

 頼むぜー」

 そしてザイサードは、長い紅髪をサラリと掻き上げる。

 バラリと崩れた髪の隙間から、着込んだ黒いコートの肩が露わになる。そこには、鮮烈なピンク色で彩られたマークが在る。

 ハートマークと、その上下を挟む「I」と「WAR」の文字。ハートを「LOVE」と読めば、「私は戦争が大好きです」と読める。

 「んじゃ、今夜、例の場所で」

 ザイサードがエノクをヒョイと振り返って手を振った、その転瞬。紅髪が更にゾワリと延びて彼自身の前進を包むと。突如、サイレンランプのような目映(まばゆ)い閃光と化す。エノクが一瞬目を細めた、その内に、ザイサードの姿は部屋の中からすっかりと消え去った。

 斜陽の中、ただ独り残されたエノクは、唇を堅く閉ざして息を止めてから、大きな吐息と共に呟く。

 「"戦争屋"、か」

 

- To Be Continued -

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