星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Ordinary Story - Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 所は変わり、ユーテリアに移る。

 

 ユーテリアの美麗な街並みは、一般市民居住区にも及ぶ。ヒビ一つ入っていないアスファルトで舗装された車道の他は、機械的な人工物というのものは余り見受けられない。パッと見で煉瓦(れんが)や木造に見える、ハンドメイドの暖かみが漂う住宅が、デコレーションケーキの上に並ぶ砂糖菓子のように、人々の目を楽しませつつ並んでいる。

 この光景の中で異様に浮いて見えるのは、チェーン展開されているコンビニエンスストアの存在である。これらの建物の造りは世界共通の規格になるよう、そして建築と維持のコストが低く押さえられるように配慮されてある。故に、周囲に並ぶ住宅に比べると、無機質で面白味のない機械質な部分が目立ってしまうのだ。

 だからと言って、住民達はコンビニを忌避するワケではない。年間通して24時間不休で開店しているコンビニの存在は、"利便性(コンビニエンス)"の冠詞が示すように、住民達にとって利用しやすい有り難い存在として、他の都市国家と同様に親しまれている。

 そんなコンビニの中から、小さなビニール袋を手に()げて現れたのは――薄紫がかった銀髪の褐色肌の持ち主、ノーラ・ストラヴァリである。

 ユーテリアの学生と言えども、コンビニを利用するのは当たり前の光景だ。しかしながら、ノーラの姿には妙な違和感が漂う。

 身に着けているのは制服のままだし、背中には臨戦体勢を示すかのように、黄金の輝きを放つ豪奢な大剣を背負っている。そして(みどり)の瞳に浮かぶのは、なんとも苦々しそうな表情だ。

 "私用でコンビニに来た"…と言う感じではなさそうである。

 「ハハハ…まさかね…」

 ノーラは()げたビニール袋の中身――オニギリにサンドイッチ、そして紙パックに入った牛乳である――を眺めて、乾いた笑いを独りごちる。

 「ホントに、"コンビニへの買い出し"なんて仕事を受けるなんて…」

 

 …そう、ノーラの言葉が示す通り。彼女のコンビニでの買い物は私用ではない。れっきとした『星撒部』の活動の一環なのである。

 『星撒部』と言えば、都市国家や『現女神』などを相手にするような、"暴走部"と称されるような活躍が目立つのだが…。

 よくよく考えてみれば、ノーラが初めて『星撒部』と関わった日。渚はしっかりと"コンビニへの買い物から、戦争の停戦まで!"と言う文句を(うた)っていた。

 詰まるところ、『星撒部』の性質はボランティアというよりも、何でも屋に近いのだ。ただ、その"何でも"の言葉の範囲が、あまりにも広すぎるのだ。――部長のバウアーが、宇宙戦争に首を突っ込んでいる事からも想像出来るように。

 

 「…まぁでも…いつもいつも"あんな風な"交戦続きでも困るもんね…たまには息抜きもしないと…身が保たないもんね」

 ノーラは自分に言い聞かせると、スタスタと歩き出す。

 ユーテリアの領域内には、学園へと通じるテレポートスポット『ポータル』が幾つも存在している。しかし、一般家庭へ訪問する場合は『ポータル』は役に立たない。自分の足や、公共交通機関を始めとした乗り物に頼るしかない。

 ――ちなみに"あんな風な"の指示語が示すのは、アオイデュアでの『現女神』勢力との交戦や、アルカインテールでの混戦を示している。

 さて、ノーラはアスファルトで舗装された車道を避け、煉瓦調の彩り豊かなタイルが敷き詰められた歩道に沿って、依頼人宅へと進んでゆく。

 途中、何度か(まば)らに住民達とすれ違う。彼らの姿は街並みに溶け込んだ様相そのもので、のほほんと平穏を享受している。

 時には、公共物のメンテナンス用に起動している暫定精霊(スペクター)と出会う事もある。昼間に起動している彼らは機能以上に装飾に趣向が凝らされており、やはり街並みにしっくり来る。その姿は、足首ほどまでの高さしかない、のっぺら坊のメイドや執事、騎士と云ったものが多い。彼らのチョコチョコとした小動物めいた動作は、人々の胸中に愛らしさを想起させることだろう――少なくとも、ノーラはそうだし、彼らの存在を歓迎している。

 美しい街並みと可愛らしい暫定精霊(スペクター)を眺めながら足を運ぶこと、十数分。ノーラは依頼人宅に到着する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 バラを初めとした色濃く鮮やかな花々が丹念に手入れされた庭を誇る、西洋風の牧歌的な住宅。その主は、白髪を綺麗に整え、丸縁眼鏡をかけた老齢の淑女である。

 「ありがとう! 助かったわ!」

 扉口でノーラを迎えた淑女は、少女めいた素振りで手を叩き、ノーラからビニール袋を受け取る。

 「お釣りは、袋の中に入れておきました。ご確認をお願いします」

 そんなノーラの言葉をあまり気にしない淑女は、杖を付きながら不自由なプルプルした足取りで踵を返しながら、手招きする。

 「今日はヘルパーさんが急に休んでしまってねぇ。どうしたものかしら、とお友達に相談したら、あなた達ボランティアさんの事を聞いたのよ!

 こんなに親切で、可愛らしい方が来てくれるなんて、思わなかったわ!

 お礼がしたいの、さあさあ、お上がりなさい、お茶でも飲んで行って!」

 対してノーラはパタパタと両手を振って辞退する。

 「すみません、この後も予定があるものですから。別の機会に、ご一緒させて頂きます」

 ノーラの言葉はあながち間違いではない。『星撒部』は今、出張中の渚達の他にも、もう一つ大きな仕事――とは言え、出張に比べれば規模は断然小さい――があり、それはまだ終わっていないはずだ。仕事が片づいたのなら、早く合流して手伝う方が、部の為になる。

 しかし、そんな理由よりもノーラとしては、一人暮らしの高齢者の世間話の相手になることを避けたかった…と言うのが、本音である。ロイやナミトのように元気良く愛想良く振る舞うのには自信がないし、話を聞くだけなのは肌に合わず疲れてしまう。

 「あらまぁ、そうなの。残念ね。

 それなら、何かお土産を…」

 更に食い下がる淑女に対し、ノーラは更に強く両手をバタバタと振って辞退する。

 「お気遣いなく…!

 こちらとしては、学園における学習単位取得の一環になりますから…! それだけで、十分なお土産を頂いています!」

 「あら、こういうのでも単位っていただけるのね!

 やはり『慈母の女神』の教育方針は面白いわねぇ。

 この前ね、お友達と孫の事で…」

 ――マズい。淑女はどうあっても自分のペースに引き込むつもりだ。

 ノーラはギクリと引きつりそうになる頬を何とか食い止めながら、早々と、そして深々と頭を下げて礼する。

 「す、すみません!

 予定が押していますので…! お気持ちだけ頂きます! 失礼します!」

 そう挨拶を残すと、ノーラは扉をゆっくりと閉める。閉じてゆく隙間の向こうから、淑女の残念そうな顔が滑り出し、ノーラの網膜に強く灼き付く。

 扉を完全に閉めたノーラは、余り音を立てないように努めて小走りになると、依頼人の住宅を後にする。

 

 (感じ…悪かったよね…)

 学園へ通じる『ポータル』へと向かいながら、(うつむ)いたノーラは溜息と共に胸中で独りごちる。交互に前へ出す足取りは、鉛のように重い。

 淑女への強引な対応、そして別れ際に網膜に灼き付いた表情が、どうしてもノーラの胸をチクチクと(さいな)む。

 (ロイ君やナミトちゃんなら…どう対応したんだろう…?)

 『星撒部』の同年代で、愛想の良い2人の事を思い浮かべる。…どちらも子供っぽい一面があるので、無邪気にお茶に釣られて話し相手になっていそうだ。しかも、高齢者の言葉に一々オーバー気味なリアクションを取り、彼らを気を良くさせもするだろう。

 『星撒部』の中で最高の対応をする人物は誰だろうか。それを考えて真っ先に思い浮かんだのは、出張中のアリエッタである。

 (アリエッタ先輩は…なんと言うか…カリスマなヘルパーさん並に対応しそう…)

 あの淑女の自宅にあった、美しい庭にテーブルと茶器を広げ、優雅なティータイムに興じる光景がありありと思い浮かぶ。…何とマッチした風景だろうか!

 ふと、ここで一番ダメそうな対応をする人物の事を思い浮かべてみる。――アルカインテールの件の際、難民の子供達の対応に苦しんでいた(ゆかり)蒼治(そうじ)が思い浮かんだが。蒼治は成人相手にはキッチリした対応をしそうな印象があるので、紫に軍配が上がる。

 さて、紫はどんな対応をするだろうか。

 …コンビニに出掛ける際にも、露骨にかったるそうな表情を浮かべながら出発。帰ってきた時は、詰まらなそうな仏頂面で依頼人と対面し、「ホラ!」程度の短い言葉と共に品物を渡す。そして、有無を言わさず、「もう終わりよね? それじゃ、帰るから」と言って踵を返す。――もしも直ぐに立ち去らないとしても、あまりの無愛想さに依頼人はお茶に誘うことなどしないことだろう。

 これはこれで対応は楽そうだが…参考にしてはいけないな、と首を左右に振って苦笑いを浮かべる。

 (後で皆に意見を聞いてみようかな)

 そんな事を考えている間に、ノーラの足は『ポータル』の直ぐ手前にまで彼女を運んでいた。

 真円の外周を持つ幾何学模様が刻まれた移動用魔術施設の中へと入ったノーラは、軽く魔力を集中し、方術陣の機能を作動。(まばゆ)い純白の光の柱に包まれながら、学園敷地内へと転移する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 学園に戻ったノーラが真っ先に向かったのは、仮の部室として使っている教室である。

 今、そこには誰も人は居ないはずである。と言うのも、ノーラ以外の部員達は別の依頼を請け負い、そちらの作業に従事しているからだ。その作業とは、とある国営公園の清掃と美化である。作業面積を考えると、まだ終わっていないはずだと予測を立てる。

 ノーラも今回の仕事が終わり次第、参加しに行くつもりではあるのだが。その前に、仕事を無事に達成したことを記録するため、無人の部室に向かったのである。

 さて、引き戸を開いて部室へと入ると…そこには、予想に反して、一人の部員が居る。

 「あれ…蒼治先輩?」

 そこには、紺色の髪と眼鏡、そして白いローブが印象的な長身痩躯の青年が、電子黒板の間近の席に座って居る。

 「やあ、ノーラさん。

 お仕事は、首尾良く終わったみたいだね」

 蒼治はニコリと微笑む。対してノーラは、苦笑いを浮かべて後頭部を掻きながら応える。

 「まぁ…コンビニへの買い出しですから…」

 「それでもロイだったら、何かしら物凄いトラブルを持ち込んでくるのが日常茶飯事だからね…。

 道すがら、術失態禍(ファンブル)で暴走した暫定精霊(スペクター)に遭遇したりとか…」

 「いや…そんな事、滅多に起こらないですよ。いくらロイ君が…その…ちょっと滅茶苦茶でも、流石に…」

 すると今度苦笑するのは蒼治である。

 「いやいや、実際に在ったんだよ…。

 ペットの散歩するだけだったはずが、街中でガチンコの交戦を始めてね…。

 区長から文句を言われてしまったよ」

 溜息を吐きながら語る蒼治に、ノーラは返す言葉が見つからない。ただ、それはロイ自身が悪いと言うより、運が悪いという話のような気もする。

 …とは言え、ロイなら確かに、街への被害を考えずに、無闇(むやみ)矢鱈(やたら)に戦闘を繰り広げそうだ。

 「…ま、まぁ、ともかく、ですね…。

 私は、記録をつけに来たんですけど…蒼治先輩は、どうしてここに…? 公園の美化活動に行ったはずじゃないんですか…?」

 すると蒼治は、席に着いた机の上に山と広げていた折り紙を指差す。

 「またまた、慰問系の依頼が来てね。折り紙のストックが心許(こころもと)ないから、補充してたんだ」

 『星撒部』は、その(やかま)しい程に元気で(ほが)らかな雰囲気がウケているらしく、児童施設や高齢者養護施設からの慰問依頼が多い。新参者のノーラもその辺りの事情は理解しているはずだが…。

 ノーラは顔を引きつらせ、青くなりながら語る。

 「だ、大丈夫なんですか…!?」

 「え、どうして? どうかした?」

 ノーラの驚き様に、蒼治の方こそビックリして尋ね返す。するとノーラは悲鳴を上げるような有様で言葉を返す。

 「だって…ブレーキ役が、誰も居ないじゃないですか…!

 ロイ君はもちろん、ナミトちゃんも(はじ)けてるところが有りますよ…! 大和君じゃ、あの2人相手にブレーキ役は荷が重いでしょうし…! イェルグ先輩だけが頼みですけど、文字通りにお天気屋ですから…! ロイ君達に荷担するかもしれないですよ…!

 公園、美化どころか、滅茶苦茶になっちゃうんじゃ…!」

 すると蒼治は、ノーラの不安を杞憂と笑い飛ばす。

 「大丈夫だよ。

 現場にはヴェズ先生が居て、監督してくれてるからね。僕よりよっぽど安心した手綱捌きをしてくれるよ」

 ヴェズ先生――本名、ヴェズ・ガードナー――は、『星撒部』の顧問を勤める教師である。彼は教鞭を取る傍ら、学園に生徒をスカウトする役目も負っている。スカウトの対象となる生徒は、大抵、社会常識の枠から外れているような"才能(あふ)れる問題児"だ。世間から煙たがれる彼らを手懐ける事に長ける彼ならば、多くの"暴走児"がひしめく『星撒部』の手綱を握るに相応しいと言える。

 「それにね…もう一人、凄い助っ人が居るからね。

 ロイ達なら、"彼女"に関心しっぱなしで、暴走するような余裕はないんじゃないかな」

 「凄い助っ人…ですか?」

 聞き返すノーラに、蒼治は眼鏡越しにニッコリと微笑んでみせる。

 「来年度は、ノーラさん達の後輩になる()だよ。本人は『星撒部』に入部希望とは言ってたけど…実際にどうなるかは、わからないけどね」

 そう言いながら蒼治は、ウインクをしてみせる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 所変わって、とある国営公園。

 アスレチックな遊具が散在する、緑豊かな木々が林立するその中で、『星撒部』の面々は美化活動に徹している。

 美化活動の内容は詰まるところ、ゴミ掃除に雑草駆除だ。面積の広さを差し引けば平凡な仕事である。高い能力を持つ『星撒部』を利用するのは(はなは)だ勿体ないが、"何でも屋"と"慈善ボランティア"の側面を持つ彼らの領分ではある。

 しかし、メンバーの皆が納得して働いているというワケでは無いようだ。特に、戦時下においても不満を漏らして"この男"は、露骨に不平たらたらである。

 「あーーーっ、もぉーーーっ、めんどーッスねーーーっ」

 無駄に間延びした棒読みな叫びを上げながら、大きな草刈り機を振り回して雑草を駆逐している青年。ハリハリした茶髪にゴーグルをアクセントに被った彼は、神崎大和である。

 手にした草刈り機は、彼お得意の定義拡張(エキスパンション)を利用して作り出した特性品だ。市販の量産向け魔化(エンチャント)が施された代物よりは、余程性能が良い。刃零れを起こさず、スイスイと雑草を切り払い、微風の中に吹き散らす。

 並の庭師よりも断然作業が速いのだが、軽薄な性格の彼はこの単調作業が心底気に食わないようだ。眠たげにも見える表情で眉間に皺を寄せながら、渋々と作業を進める。

 「ねぇーーー、イェルグせんぱーーーい」

 大和が声を掛けるのは、彼の後ろの方で作業をしている、長い黒髪に身に包帯のように纏った民族衣装的な布地が特徴の青年。イェルグ・ディープアーである。

 彼の得意な技術は、天候を操ること。その力で袖の中から小さな雷雲を作り出し、小規模な落雷を起こして周囲の雑草を焼却。発火しそうになると、局所的に雨を降らせて即座に消火する…そんな作業を繰り返して、スイスイと雑草を除去している。

 「なんだ、大和? もう飽きて来たのかよ?

 そんなに堪え性が無いと、女の子にモテないぜ」

 「こんなんで女の子にモテるモテないは関係ねーーーッスよ」

 大和は表情を崩さず、棒読みで返す。

 そして続けて、欠伸(あくび)でもするような言い方で言葉を続ける。

 「こんなチマチマしたやり方、ウチら"暴走部"には似合わないッスよ。

 先輩、どうスかね。ここは一つ、超協力な除草の霊薬(エリクサ)を溶け込ませた豪雨でも降らせて、公園の雑草を一掃しちゃいましょうよー。それなら数分で済むじゃないスかー」

 対してイェルグは、苦笑で応じる。

 「ンなことしたら、ちゃんとした草花も木もダメンなるだろうが。

 野球場作るワケじゃないんだからよ」

 「ええー。もう野球場でも良いじゃないッスかー。子供達、喜ぶッスよー?」

 「それで依頼人が満点くれるワケないだろ。

 それに、そんなバカな事言ってると…また"お嬢さん"に叱られるぜ」

 すると大和は、気怠げに頬をひきつらせて苦笑する。

 「あー、"お嬢さん"ね。

 あんなおチビちゃんに怒られても、こちとら全然痛くも痒くも…」

 言い掛けた、その瞬間。

 「こらぁっ! 全部聞きましたよっ、大和さんっ!」

 大和の横手、巨木の陰から鋭い…しかし、甲高くて可愛らしい怒声が響く。途端に、大和がビクッと体を震わせ、思わず草刈り機を停止して投げ出し、ビシッと気をつけの姿勢を取る。

 そして、ぎこちなく首を声の方へと向けると…そこに居たのは、イェルグが"お嬢さん"と呼んだ人物である。

 身長は130センチに満たないほどの、小柄というよりも"ちっちゃい"体格。栗色の髪の毛を長く伸ばし、キラキラ輝く紺の瞳を持つ女の子。体には土にまみれたピンク色のジャージを身に着けている。

 「痛くも痒くも無かったんじゃないのかよ?」

 イェルグがクックッと笑う中、女の子は赤い長靴を履いた足で大股に――といっても、身長が小さいので歩幅はさほど大きくない――大和へ詰め寄る。

 「不誠実極まりない考え方ですね!

 それでホントに、この()えある『星撒部』の一員なんですか!? 情けないですよ!」

 「な、ナディおぢょうさま…」

 大和が咽喉(のど)に芋でも詰まらせたような様子で、言葉を絞り出す。

 大和を叱りつける、年の頃10歳くらいのこの少女の名は、ナディ・ゲルティア。彼女こそ、蒼治がノーラに語った"助っ人"であり、来年度の新入生である。

 "おぢょうさま"と呼ばれたものの、ナディはヴァネッサのような貴族でもなければ、裕福な家庭の育ちでもない。単に、大和が畏怖を込めて敬称しただけである。

 「で、でもですね、おぢょうさま…!

 考えても見てくださいッスよ!」

 大和はたっぷりと身振りを加えながら、半眼で睨みつけるナディに言い訳する。

 「作業面積は、広大極まりないンスよ! 本来なら、ニュースとかでやってるように、数十人規模のボランティアが1日掛かりでやるような仕事なンスよ!

 それを、十人にも満たない人数で1日で片づけようと思うなら、こっちもそれなりの事をしないとッスねぇ…!」

 「それなら、自然との調和を謳っている公園を丸裸にしても良い…と言うワケですか?

 そんな道理、通じるワケがないじゃないですか! 私が依頼人なら、怒りますよ! 私でなくても、誰だろうと怒りますよ!

 そういう不誠実な態度で、『星撒部』の顧客満足度100パーセントの実績を潰すんですか!? 部長さんも副部長さんも居ないからって、気を緩ませ過ぎです!

 他の誰が許しても、私が許しません!」

 大和はなおも反論しようとパクパクと口を動かしたが。ナディの誠実なる意志の牙城を崩すのは無理と悟ったらしい。ガックリと(こうべ)を垂れると。

 「…スンマセンでした…」

 と言葉を絞り出す。ナディは、"うん、よろしい!"と納得するように、腕を組んで大きく首を縦に振る。

 直後、今度はイェルグの方へ向き直り、鋭い声を上げる。

 「イェルグ先輩も! そんなやり方はダメですよ! 全然なってないです!」

 「え?」

 イェルグがキョトンと聞き返すと。ナディは左手を腰に当て、右手で人差し指を立ててチッチッと振りながら、指摘する。

 「雷を落とすなんて乱暴なやり方、美しくないですよ!

 ホラ、後ろを見てください! 土がコゲコゲになってるじゃないですか!

 良いですか、今回の私たちの仕事は美化なんです! ただ草を取り除けば良いってだけじゃないんです! ちゃんと考えて下さい!」

 イェルグは魔力の集中を解いて小型の雷雲を散らすと、ポリポリと頭を掻く。

 「いや、最後に蒼治を呼んで、方術でまとめて土の状態を整えてもらうつもりだったんだけどな。

 それでも、ダメなのか?」

 「ダメですよ!!」

 ナディは即答し、プクッと頬を膨らませて乱暴に腕を組む。

 「もぉー! 部長さんや副部長さんのような意識の高い方が居ないと、皆さんホンットにダラけまくりですね!

 確かに、終わり良ければ全て良し、ですよ。それは私も認めます!

 でも、こんな広い範囲で方術を使うということは、術失態禍(ファンブル)の可能性が高くなるじゃないですか! それに、関係のない樹木や草花にも変な影響が出るかも知れませんし! 何より、蒼治さんに酷い負担と責任を()いることになります!

 他人(たにん)任せの後回し、ではなく! 手直しの必要のないベストを尽くすべきです!」

 「いや…蒼治なら、この程度の方術で失敗するなんてことないぜ?

 ナディちゃんは、オレ達の事をよく知らないからそんな心配するんだろうけどさ、それはオレ達を舐め過ぎってもんで…」

 イェルグの反論に耳を貸さず、ナディは腕を解いたかと思えば、そのまま背後の方を指し示す。

 「ホラ、見て下さい!

 ベストというのは、こういう事を指すんです!」

 ナディが指した方向にあるのは…数本の木々を挟んだ向こう側に居る、ロイとナミトである。

 ロイは竜の尻尾を大地に突き刺しており、ナミトは練気で輝く掌を地面にかざしてゆっくりと歩き回っている。そして時折、二人から「おお~!」と言う歓声を上がる。

 「なるほど! スゲェな、こりゃ!

 こんな発想は無かったぜ!」

 「いやー、ナントカとハサミは使いようとは言うけど…正に今、それを実感してるよ、ボクは!」

 そんな2人の間には、青々とした緑が絨毯のように生い茂っている。一見すると、雑草がそのまま放置されているようでもあるが…すぐに、様子が全く違う事が明白になる。

 雑草と言えば、無愛想で飾り気のない、無駄にしつこい生命力がそのまま形を成したような姿をしているが。そこに生い茂る草々の姿と来たら、どうだろう!

 葉や茎の緑は、初夏の新緑をそのまま写し取ったような、鮮やかな色彩。その合間から転々と顔を出す白や黄色や赤は、小さな小さな花だ。それらは緑の中のアクセントとなって、高貴な絨毯のような有様を呈している。

 「え…花、植えてンの?」

 イェルグが指差して聞くと、ナディは「違いますよ!」と即答する。

 「ちゃんと見て下さい!

 あれは、2人が無闇に命を刈り取った野草の皆さんです!」

 「…はぁ!?」

 驚愕の声を上げたのは、大和である。イェルグも驚きの表情は見せたが、声は出さず、口を"(オー)"の形にしただけだ。

 「ウッソ!? ちょ…!? マジで!?

 急(ごしら)えの品種改良!? わざわざ!?」

 「品種改良なんてしませんよ!」

 ナディは噛みつくように反論しながら、立てた人差し指をチッチッと左右に振る。

 「そんな自然をねじ曲げるような真似、するワケないじゃないですか! そんなことじゃあ、自然とヒトの調和を目的としている公園の理念に反しますよ!」

 「でも、明らかに雑草じゃないッスよ!

 ホラ! この辺のと比べて見なって!(大和はちょっと移動して、足下に茂る無精な緑を指す)コレとアレ、どう見ても全然別物(ベツモン)じゃないッスかぁ!」

 するとナディは、まだ膨らみのない胸を誇らしげに張り、立てた人差し指をチッチッと左右に振って見せる。

 「大切なのは、第一に、"雑草"という概念を捨てる事です!

 彼らに目を掛ける研究者の皆さんは、彼らの事を"雑多な存在"なんて見てません。野生生物として力強く生きる存在であると認めた上で、"野草"と呼んでいるんです!

 その敬意を持った上で、彼らの立場になって考えること! それが第二にして、最重要! そして、最終の答えを導き出すんです!」

 「えーと、つまり…」

 大和は首を傾げながら、皺を寄せた眉根をトントンと叩きながら答える。

 「草の立場になって、何をどうしたら、こんな悲惨にねじ曲がった姿からイケてる姿になれるか、考えるって…こと?」

 ナディは鼻息を荒くしながら首を縦に振ったが、大和は深い溜息を吐きながらパッパッと手を振って意見を却下する。

 「おぢょうさまー。まだまだ若いっつーか、ぶっちゃけ幼いから知識が足りずにそんな考えに行き着いたんでしょうけど。

 オレらと草、生物界のレベルで定義が異なる存在の気持ちなんて、推し量れるワケないッスよ?

 そもそも、植物にゃ脳に当たる思考器官が存在してないンスよ? そんなんで、即物的な欲求があるワケないじゃないッスか」

 大和の言葉にムッとしたナディは、すかさず反論しようと頬に空気をため込んだが。彼女の言葉より速く、彼女に助け船を出したのは、なんとイェルグである。

 「いや、短絡的な考えなのは大和、お前の方だぜ?

 機械いじりばっかりしてる所為(せい)だな、なんでもかんでも機械を基盤にしてアナロジーしちまってる。

 旧時代の脳科学なら、それで一定の成果は出ただろうがよ。魔法科学の現代じゃ、そんな意見は通用しないぜ」

 「どういう事ッスか?」

 今度は大和がムッとして訊くと。イェルグは悪気なく、柔和な笑みを浮かべながら答える。

 「網膜が捉えられるもの…つまりは、形而下の事象が物事の全てじゃないってことさ。魔法科学の基本的な立場だぜ?

 もしも形而下事象だけで全てが成り立つ世界なら、脳は最適化を求める方向に一意的に成長するだけのコンピューターでしかない…って話は有名だろが?

 ヒトだって、形而上相における魂魄構造が存在することで、初めて個性が獲得されるじゃないか。

 そういう事情が植物だけには適応されないって言う特別視的思考は、それこそ非科学的だろ?」

 大和は反論しようと唇を尖らせたが、「それにな」とイェルグがいち早く反論する。

 「現に、ナディちゃんの理論を実施した結果が、揺るぎない成果を残してる」

 イェルグはロイとナミトが世話する花畑を指差す。形而下の事象を重んじる立場を取るからこそ、目にした結果を否定するワケには行かない。

 「ぐぬぬぬ…!」

 大和は悔しげに唸り、ナディは論破を誇ってフフンと得意げに鼻を鳴らす。

 が、イェルグはナディに向き直ると、意地の悪い笑みを浮かべて言葉を続ける。

 「とは言え、別にオレはナディちゃんの完全な味方ってワケじゃない。

 キミの考えにゃ、ツッコミどころが結構あるからな」

 「え…?」

 ナディの態度は一転。今にも崩れ落ちそうな吊り橋でも歩いているような、不安極まりない表情を作る。

 イェルグは笑みを浮かべたまま、続ける。

 「ロイの地脈操作とナミトの(けい)を使って、野草の体内環境を整えることで、彼らの姿形を美麗なものへと変える。なるほど、品種改良のように生物学的定義を改変してるワケじゃないから、一見すりゃ、自然をねじ曲げちゃいなさそうだ。

 けど、本当にそうなのかね?」

 「ど、どういう事ですか…」

 ナディはイェルグの言わんとすることを(さと)れず、不安を露わにしながら尋ねる。イェルグは肩を竦めて指摘する。

 「ここに()んでる野草達は、長年ここの環境に適応すべく、試行錯誤を重ねてきた。その結果としての姿が、ここに見える"雑草"的な姿なワケさ」

 イェルグはしゃがみ込み、足下に生える草を指差す。

 「だが、ナディちゃん、キミはこの姿が気に食わないと思った。彼らの長年の試行錯誤の結果を、一蹴しちまったワケだ。

 んで、キミが思うところの"素晴らしい姿"こそ正しいと決めつけて、彼らに押し付けたワケだ。

 それってさ、キミって言う高々一人の人物の我を通すだけの、立派な自然改変じゃないのかな?」

 「うう…」

 ナディはすっかりと自信を失い、今にも白旗を上げそうなほど表情をクシャクシャにして唸る。そして、素早く後ろを振り返り、助け舟を求める視線を"ある人物"に投じる。

 その人物とは、ナディから数歩退いた所に立ち、クックッと笑いながら巨躯を揺らしている中年の男性である。服の上からでも分かる筋骨隆々とした体格に、無精髭と癖の強い髪が目立つ彼は、『星撒部』の顧問であるヴェズ・ガードナー教諭である。

 

 ヴェズは基本的に、『星撒部』の活動に対して自主的に顔を出すことはない。アオイデュアやアルカインテールのような事態に首を突っ込もうとも、部員からの要請が無い限りは、静観を決め込むだけだ。

 そんな彼がこの場にいる理由は、ナディである。

 学園のスカウトとしても働いているヴェズが来年度の新入生として引っ張って来て、保護者として面倒を見ている"準学生"の1人が、ナディなのだ。

 そのナディがヴェズその他の者達の話を聞いている内に、『星撒部』に対して忌避どころか好感を持って興味を抱いてしまったのである。そして彼女は、ヴェズに兼ねてから「活動に参加してみたい!」と強請(ねだ)っていたのだ。

 そこでヴェズは、今回の危険の少ない仕事にナディを参加させ、彼女の気を満たすことにしたワケだ。

 とは言え、"暴走君"と呼ばれるロイを初めとした、クセの強い者達が揃っている『星撒部』である。幼い身の上ながら学園にスカウトされる程の才能を持つナディとは言え、年相応の過敏な感受性を持つ少女である。悪い意味での妙な影響を受けないようにと、ヴェズは保護者として彼女を見守りに来たのである。

 

 「確かに、イェルグの指摘は正しい」

 ヴェズは大股でナディの元に歩み寄ると、栗色の髪をクシャクシャと撫でる。

 「だがな、ナディ。お前のやってるこたぁ、別に不正解じゃない」

 「そう…ですか? 本当に…?

 押し付けがましい偽善には…なってない…?」

 泣きそうな上目遣いで見つめるナディに、ヴェズは無骨なウインクを返す。

 「まぁ、野草どもの考える事を完全に把握するなんて事はできんがよ。それを差し引いても、大丈夫と思うぞ。

 都市域は人類の占有物じゃないって議論は置いといて。とりあえず、公園っての場所は、ヒトにとっての快適さを追求してる場所だ。そこに見てくれの悪い野草が有るのは、好ましい事じゃない。公園の理念からすりゃ、排除されるべき存在と見なされちまう。

 お前さんは、そんな摘み取れるはずの命を守ったワケだ。当の野草にとってはベストな選択肢じゃないかも知れんが、排除されて命を落とすよりゃ全然マシなはずさ」

 ヴェズの後ろ盾を得たナディは、気概一転、不安を瞬時に捨てて鼻息荒く復活すると、"どうだ、参ったか"と言わんばかりの態度で胸を張ってイェルグを見つめる。

 イェルグは苦笑すると、手を振って降参する。

 「はいはい、オレの負けだよ。

 キミの言う所の"自然との調和"を目指す事にするから、ロイ達にやったみたいに指示をくれよ。オレの独断でやらかして、またキミに文句に言われたくないんでね」

 するとナディはイェルグの方へと大股で歩み寄りながら、

 「そうですねぇ…イェルグさんはお天気を扱えますから…」

 と思案する。

 そんな2人を見送る大和は、ヴェズの元へと寄ると、ナディに聞こえないようコショコショと小さく言葉をかける。

 「いやはや、なんとも凄い()ッスねー…。あの幼さで、スゲー堂々としてるし。口も回るし、ロイ達に指示を出す位に機転も回る。

 どこで見つけて来たンスか、先生? 戦災孤児か何かですか?」

 「いや、孤児じゃねぇよ。両親も実家も健在だしな。

 ただし…」

 ヴェズは肩を(すく)めると共に、眉根に皺を寄せる。

 「両親どもは、あの()に対して親の責任を果たしちゃいなかった。

 あの()がどんなに努力しようが、頭を撫でるどころか、拳を叩きつけるような輩だったんだよ。

 そこでオレが拾ったってワケだ」

 「へぇー…。

 先生にしちゃ、比較的大人しいパターンッスねぇ。

 オレはてっきり、戦災の影響で世界でも憎んで、テロってたような()かと思ってたッスよ」

 「おいおい、オレが問題児ばっかり連れてくるような言い方すんなよ?

 オレは基本、人情のヒトだぜ? 実力を発揮しても認めらるどころか(そし)られるような若人(わこうど)が居りゃ、支援してやりたくなるってもんだ」

 そんなやり取りをしていると、ナディが大和の方を向き、眉を怒らせて叫ぶ。

 「大和さん! 何をだべっているんですか!

 ちゃんと仕事しないと、『星撒部』の面汚しのままですよ!」

 「…オレ、何時から面汚しって肩書きになったンスかね…」

 溜息と共に言葉を吐くと、重い足取りながら小走りでナディとイェルグの元へと向かう。

 そんな大和の背中を見ながら、ヴェズはクスクスと巨躯を震わせて笑う。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 場所は、ユーテリアの学園の『星撒部』仮部室に戻る。

 「ともかく」

 蒼治は少しを間を空けてから、ノーラに語る。

 「公園のことは心配いらないんだ。

 だから安心して部室に戻って来たんだけどね。折り紙の補充の他に、もう一つ理由があるんだ」

 目をパチクリさせて続きを促すノーラに、蒼治は続けて語る。

 「ノーラさん。君を待っていたんだよ」

 「私を…ですか?」

 思わず自身を指さして尋ね返す、ノーラ。蒼治はゆっくり[[rb:頷>うなず」]くと、表情は微笑みながらも瞳に鋭い光を宿し、眼鏡をクイッと直しながら語る。

 「一緒に来てほしいところがあるんだ」

 

 - To Be Continued -

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