星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Ordinary Story - Part 2

 「第2屋内演習場に行こう。ちょうど補充も終わるところだったからね。

 用件は、道すがら話すよ」

 蒼治はそう言ったものの、校舎から演習場まで向かう道中、蒼治は中々(しゃべ)ってこない。

 用件とは何なのか、ノーランは1人で頭を巡らせていると。不意に、"妙な思考"がポンと湧き出てしまい、顔が火を吹くようにボッと赤く染まる。

 (そう言えば…! ナミトちゃんや紫ちゃんが言ってたよね…!)

 ノーラの脳内で再生されるのは、ほんの数日前のランチタイムの光景である。紫に誘われ、ナミトと共に学食で過ごした正午過ぎの時間帯――。

 

 「嘘ぉーっ! ノーラちゃん、マンガって読んだこと無いのぉーっ!?」

 話題がマンガに関することになった最中、話に付いていけず黙りこくっていたノーラを気遣い、2人が声をかけてくれた時の事。

 「マンガって、読んだことないんだよね…。だから、全然分からなくて…」

 と答えたら、ナミトが即座に驚愕の声を上げたのだった。

 「それ、マジなワケ?」

 紫が驚愕を込めたジト目で睨みながら確認してきた。

 「まぁ…ノーラちゃんの故郷は娯楽が乏しいって事は聞いたよ。だから、小さい頃は読んだ事無いって言われても、驚きはしないわ。

 でも…このユーテリアに来て、娯楽の幅が一気に広がったって言うのに! マンガすらも手を着けてないってワケ!? どんだけ禁欲的なワケ!? それとも、好奇心とか興味って感情がスッポリ抜け落ちちゃってるワケ!?」

 言葉の最後は早口で責め立てるようにまくしたてる紫に、ノーラは困った笑みを浮かべて答えた。

 「いや…興味がないワケじゃないよ…。表紙を見て、面白そうだな、中身はどんなだろうなって、気にはなってるよ…。

 でも…私、学園(ユーテリア)には勉強しに来たから…遊びに手を出すのは、送り出してくれた故郷の皆に申し訳ないなって、どうしても気に掛かって…」

 すると紫はブンブンと首を左右に振り、ピシャリと自身の顔を平手で叩いてみせた。

 「うっわぁ、"霧の優等生"ちゃんなんて言われてたけどさ! 何処までオカタイ優等生ちゃんなのよ!

 四六時中、生真面目な事にばっかり頭を使ってばかりだと、堅くて狭~い考えしか思い浮かばなくなるよ!?

 柔軟で発想豊かになるためには、遊びも覚えなくちゃ!」

 …と、言う流れから、ノーラは遊びを覚える第一歩として"強制的にマンガを貸される"事になったワケだ。

 マンガを持って来たのは、部内でも結構なマンガ好きとして知られるナミトである。"何でも楽しむ"のが信条の彼女らしく、マンガという娯楽も当然楽しんでいるようだ。

 彼女がマンガ初心者のノーラの為にと選んだのは、少女マンガジャンルの中では五本指に入る程に有名で、王道の展開を堂々と繰り広げる恋愛漫画の聖典(バイブル)。タイトルを『虹色金魚』と云い、全23巻の長編作品である。

 「これを読むとね、マンガの楽しさだけじゃなく! 甘酸っぱい恋の楽しさまでも存分に味わえる! 正に一石二鳥の名作なんだよっ!」

 ナミトは息巻きながら、高く積んだ23冊の単行本をデンとノーラの前に突きつけたのだった。

 好意を無下(むげ)にするのは悪いと思う一方、興味を満たせる機会を得もしたノーラは、自室に帰って読み始めると…。

 大いに、ハマってしまった。

 思春期の少女の心の機微を細やかに描く描写や、"王道"とは云われるものの丁寧に伏線を生かすストーリーが、ノーラの心を深く打ちまくった。

 それからと云うもの、ノーラはナミトと紫に出会えば、『虹色金魚』の話題で大いに盛り上がるようになった。

 そんな最中、ノーラが特に気に入った告白のシーンについて熱く語っていると。ナミトが頷きながら、こんな事を語ってきた。

 「シチュエーション自体は王道、ってか、在り来たり過ぎるんだよねー。体育館裏で2人きりなんて、古典文学かよーってレベルだもん。

 でもさ、そういう在り来たりを憧れのレベルに引き上げちゃうのが、『虹色金魚』の凄い所なんだよねー!

 ボクもそんなシチュエーションで告白したり、されたり、したいなーって本気で思ってるもんね!

 でも、残念な事に、この学園(ユーテリア)には体育館ってモンがないからねー」

 「屋内演習場で代替えすりゃ良いじゃん。他校で言うところの体育館だって言っても、おかしくないっしょ? 屋内で運動――まぁ、大抵は運動ってレベル超えてるけど――するところには、違いないしさ」

 紫がフォローすると、ナミトはポンと手を叩いて「なるほど、名案だ!」と同意した。そして満面の笑みを浮かべると、拳を突き上げて声を上げた。

 「よーしっ! 素敵な"フラグ"、立てちゃうぞー!」

 「…"(フラグ)"?」

 ノーラが小首を傾げながら語ると、紫が"え、それも知らないの?"と呆れた顔をしながら解説してくれる。

 「えーとね、とある状況を実現するための条件のスイッチ…って感じの意味かな。目的地にたどり着いた軍隊が旗を立て目的達成を知らせるように、条件達成のことを"フラグを立てる"って言うワケ。

 例えば、『虹色金魚』のように体育館裏に呼び出すって行動は、恋愛成就のためのフラグを立ててるワケ」

 「体育館裏に呼び出すって事が、恋愛成就の条件になるって事…?」

 「ま、フィクションではお決まりのパターンなワケよ。

 でも、それにあやかって、現実でも同じ行動を取るような男女も沢山いるよ。

 ノーラちゃんも体育館裏――まぁ、ウチらの場合は屋内演習場の裏かな――に呼び出されたら、恋愛フラグと思うと良いかもよー?」

 「はあ…」

 この時のノーラは、実感ゼロで生返事を返すだけであった。故郷ではそんな行動が恋愛成就のための"おまじない"になるような文化は無かったのだから。

 (地球って、妙な文化があるんだなぁ…)

 そんな事を独りごちていると、ナミトが紫に余計な質問をしていた。

 「紫はさ、中学の時とか体育館裏に呼び出されたこと無いのー?

 ちなみにボクは、知っての通り、此処(ユーテリア)に入る前はストリート暮らしだったからねー、そんな経験はゼロだよー」

 すると紫は、ヒクヒクと眉を動かしながら、地の底から響いてくるような低い怨嗟を口にした。

 「…呼び出されたわよ、ただし、ボコられる方のフラグでね…!

 ああ、そうよ! 中学までの私はボッチだったわよっ! 恋愛するどころか、避けられてナンボの人生だったわよっ!」

 「…な、なんてか、ゴメン…」

 紫の渾身の自暴自棄の叫びに、ナミトは心底済まなそうに謝罪したのだった。

 

 ――このやり取りを思い出したノーラは、屋内演習場へ誘った蒼治の行動が気になってしまって仕方がないのだ。

 (もしかして…もしかして…これが、恋愛フラグ…!?)

 ドクドクと駆け足な鼓動を打つ心臓の熱に当てられ、ノーラの赤く染まった顔からは汗までジットリと浮かんでくるほどだ。

 そんなノーラの気配に気付いたと云うワケではなさそうだが、蒼治がふとノーラの方を振り向き、驚いて目を見開く。

 「え…どうしたの? 具合でも悪くなった?」

 「い、いえっ! なんでもっ!」

 ノーラは"顔の熱よ、冷めろ!"と言わんばかりの激しい勢いで首を左右に振る。そんな様子に蒼治を首を傾げ、再び前を向く。

 それからまた暫く、2人は無言で屋内演習場へと足を進める。

 道中のグラウンドには、様々な授業や部活動に従事する生徒達の姿が点在している。学校らしく、基礎体力作りのためのトレーニングやスポーツを行っている者の姿もあるが、それは少数派だ。多数派はやはり、"英雄の卵"と称されるユーテリア学生に相応しく、戦闘技術に関する訓練に従事している。

 グラウンドと云う障害の少ない"理想状態の戦場"においては、初歩的な訓練ばかりが目立つ。実践的な訓練は普通、リアリティが追求された教習用フィールドか屋内演習場で行われる。

 とは言え、しっかりした基礎が在ってこその応用だ。授業や自主トレーニングに従事している学生達は誰もが皆、健全な汗を輝かせて真摯に課題に取り組んでいる。

 そんな学生達の姿を(はた)で眺めているノーラは、バツの悪い思いを抱いて苦笑が浮かんでしまう。

 (この部に入る前の私なら…選り好みなんてしないで脇目も振らずに、皆みたいに授業をしてたんだろうけど…。

 すっかり、この部のペースに染まって来ちゃったなぁ…。

 今日なんて、授業に1度しか出ていないし…)

 今日のノーラは朝一の授業に出たっきり、部の仕事に取り掛かりきりであった。コンビニの買い出しの前にも、幾つかの細かい雑務をこなしている。

 (ユーテリアでの学業単位は、授業のみに寄らないとは言うけど…。これでホントに、大丈夫なのかな…)

 会話のない暇にかまけて、不安なんぞ頭の中に持ち出して思考を巡らせていると。目的の屋内演習場が間近に見えて来た頃に、蒼治がようやく口を開く。

 「ノーラさんへの用件って言うのはね…恥ずかしい話なんだけどさ…。

 でも、凄く気になってしまってね。是非、付き合って欲しかったんだよ」

 蒼治が如何にも恥ずかしげに頬をポリポリ掻きながら、ぎこちなさげに発言すると。ノーラの顔に再び火が灯る。

 「え…っ!」

 再び思い出される、マンガを巡るナミト達とのやり取り。そして、恋愛フラグなる概念。

 そして、"気になってしまう"だの"付き合って欲しい"だのと云う蒼治の発言。

 これは…やはり!?

 「以前から気にはしていたんだけど、今回は流石に痛感したと言うか…」

 と、蒼治が話を続けている最中に、ノーラは顔から蒸気でも吹き出さんばかりの勢いで、吃音混じりに言葉を割り込ませる。

 「あ、あ、あのっ! 私達、まだ、お互いのこと、よ、よ、よく知りませんし! 急にそ、そ、そんな事言われても…!」

 「…?」

 蒼治は小首を傾げたが。転瞬、自分の発言を振り返り、直ぐにノーラの胸中を覚る。そして、自らも顔を真っ赤に染めて足を止めると、ワタワタと慌ただしく両手を振る。

 「い、いや、そういう意味、その、恋愛感情的な意味じゃないんだよっ!

 いや、でも、ノーラさんに魅力を感じないって事じゃなくて! むしろ、ノーラさんみたいな真面目な()には凄く好感持てるけど! でも、そういう話じゃなくて!

 付き合って欲しいって言うのは、模擬戦に付き合って欲しいって事なんだ!」

 蒼治は言葉尻に最も力を入れて叫ぶと。ノーラはキョトンとなって、顔の赤色がスーッと抜けて行く。

 これが恋愛の機微に敏感な少女なら、"期待させてるなよ!"と怒るのかも知れないが。ノーラは純粋に、面倒な事に成らずに済んだ事にホッと胸を撫で下ろす。

 ノーラの落ち着いた様子を見て、蒼治は苦笑いを浮かべながら眼鏡をクイッと直し、気を取り直して事情を打ち明ける。

 「気にしてるって言うはね、先日のアルカインテールでの件なんだ」

 「あの時は…凄く大変でしたね…。

 三つ巴どころじゃない混戦でしたし…。あの『バベル』って怪物にも、相当手を焼きましたし…。

 でも、蒼治先輩は一体何を気に病む必要があるんですか…? 先輩自身も戦闘で立ち回りながら、的確な指示を出してたじゃないんですか…?

 反省すべきなのは、むしろ私の方です…。皆が全力を尽くしてる中で、諦めを感じてしまったんですから…。もっと心を鍛えないと…」

 「いや、ノーラさんは充分にやってくれたよ。

 『バベル』を最善で、且つ穏便に打ち破るには、ノーラさんしか頼れなかったんだ。まだ部に入って日も浅い君が、たった一人で重責を負う事になってしまい、プレッシャーを感じてしまうのは自然な事だと思うよ。

 それに、君が最善の結果を出したのは事実なんだ。誇ることはあっても、気に病む必要なんてないよ」

 「でも…次は、自信を持って、諦めるより万策で当たれるようにします」

 そう答えるノーラの口調には、普段の一歩退いたような響きはない。石のように堅い決意が、しっかりと声に込められている。

 その言葉に、ますます蒼治は立つ瀬がないと云った感じに苦笑する。

 「ノーラさんは偉いよ。自分の立場に甘えることなく、しっかりと改善点を見据えてる。そして次回は実際に、確実に改善するんだろうね」

 「いえ…! 言葉だけですから、実際にはどうなるか分かりませんけど…!」

 ノーラがパタパタと手を振りながら答えるが、蒼治はノーラに言葉を返すでなく、視線を遠くの方に投げながら、独りごちるように呟く。

 「僕なんて、いつもいつも、同じ事の繰り返しをしてばかりだよ」

 「何をそんなに…気に掛けてるんですか?」

 蒼治は遠くに視線を投げたまま、語り始める。彼の視界にはおそらく、アルカインテールでの光景が広がっていることだろう。

 「ノーラさんは『バベル』を、ロイは4勢力の実力者達を一遍(いっぺん)に打ち破って見せた。

 イェルグは…あいつの力を考慮すれば当然の事だけど…癌様獣(キャンサー)や"パープルコート"を一人で引き受けたし、ナミトは『冥骸』の連中を叩き伏せるだけでなく、心まで入れ替えさせた。大和も紫も、バックアップとして申し分のない働きをしてくれた。

 でも僕は…ただ一人、無様に負けたんだ…」

 

 蒼治が思い返すのは、"パープルコート"の実力者である女性砲兵、チルキス・アルヴァンシェ中尉との交戦だ。

 自分と同程度かそれ以下の年齢に見えた、可憐な容貌を持つ少女。その外観に見合わぬ獰猛で執拗な暴力性に、蒼治は始終振り回され続けた。

 彼女が原因不明の意識障害に陥らなければ、蒼治は命を奪われていた事だろう。

 

 「もしも相手が、女の子じゃなくて男相手だったら…僕はもっと、冷静に、そして冷徹に立ち回れていたと思う。

 でも僕は…時代錯誤(アナクロ)極まりない話だけど…女性が相手だと、どうしても気を遣ってしまう。

 別に故郷の文化がそうなってるワケじゃない。家庭だって、女社会だったワケじゃない。だから環境の所為には出来ない、僕と云う人格の問題なんだ」

 「でも…女性に優しくしようって考えは、現代でも歓迎されますよ…? 短所だと言い捨てられないと思いますけど…」

 「確かに、日常生活下なら、女性受けは良いんだろうね。

 でも僕の問題は、状況に関わらず――戦闘状況下であっても――その考えが捨てきれない事にあるんだ」

 蒼治は歯噛みし、珍しく嫌悪の感情を露わにして言葉を続ける。

 「僕一人だったから良かったものの…あの場に守らなきゃいけない人達が居たとしたら…! 僕はみすみす、見殺しにしてしまったかも知れない…」

 そんな悲観的な仮定は考えればキリがないのではないか、と言いたくなるノーラであったが。グッと口を(つぐ)むことにする。

 他人がどう言おうと、蒼治自身が納得しなければ、彼の問題は解決しないのだから。

 「そこで、ノーラさんに付き合ってもらいたいんだよ。模擬戦をね」

 蒼治はノーラに視線を戻す。

 つまり彼は、女性と戦闘することで欠点を克服しようとしているワケだが…。

 「私で…良いんですか?

 ナミトちゃんの方が、良いんじゃないですか…? 私より実戦経験が豊富ですし…」

 すると蒼治は(かぶり)を振る。

 「ナミトが強いのは充分承知だからね。今更、気遣いが僕の足に絡んでくることはないよ。

 そもそも、ただ強い女の子を相手にするんだったら、渚に頼んでるさ。

 組み手の経験がないノーラさんだからこそ、頼みたいんだ」

 「…そう言う事でしたら…お役に立てるかどうか、分かりませんけど…」

 蒼治は頷いて薄く笑うと、(きびす)を返して眼前の演習場へと足を運ぶ。ノーラもすかさず、その後ろに続く。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 屋内演習場は、"体育館"という言葉を当てはめるにしては、あまりにも広すぎる。"スタジアム"と言う呼び方の方が相応しいかも知れない。

 そもそも、ユーテリアは地球上でも最多の生徒を要する学園だ。彼らを一同に集めようとすれば、必然的に超広大な空間が求められる。

 特にこの第2屋内演習場は、他の演習場と違ってギミックを擁する区画分けがされておらず、何処に立っても広大な空間を一望することが出来る。視界における邪魔者を()いて上げるとするならば、疎らに立ち並ぶ柱ぐらいなものだ。

 このギミックを持たないひたすらな広大さ故に、第2屋内演習場は基礎トレーニングの場としてだけでなく、集会やスポーツ系部活動の拠点ともなっている。

 ノーラ達がこの場所に入ると、既に数多くの生徒が大部分の場所を占有している。この状況下で模擬戦を行うには、手狭なように感じる。

 それでも蒼治は気にすることなく、キョロキョロと見回して空いている場所を見つけると。

 「よし、あそこにしよう」

 と語るが早いか、小走りで目的地に向かう。ノーラもすぐさまその後に続く。

 さて、到着した場所は、壁際のスペースである。思い切り動き回るのには不利だとノーラが断じる一方で。蒼治はやはり気にすることなく、スッとしゃがみ込むと、明るい木目調のフローリングの床に指で大きな円形の図形を描く。青白い魔力励起光を放ち、複雑な幾何学模様を円周の内側に持つそれは、蒼治が得意とする方術陣である。

 ノーラはその構造を見、そして形而上相の定義をチラリと確認すると、すぐにその機能を把握する。

 「空間拡張…ですか」

 「そうだよ。

 こうでもしなきゃ、思い切って模擬戦なんて出来ないからね」

 「それなら…第5演習場の方が良かったんじゃないですか…? あそこなら、空間拡張済みの個室が多数ありますし…」

 ノーラの言う第5演習場は、細かい部屋で仕切られまくった屋内演習場である。部屋の内部は一つ一つが空間拡張の[[b:魔化>エンチャント]]が施されているだけでなく、市街地や森林、砂漠や氷原などの局地環境なども再現した様々な環境が用意されている。

 思い切り模擬戦をするなら、正にうってつけの場所なのだが。蒼治は首を左右に振る。

 「人目に着きたいんだ。先入観なしの客観的な意見が欲しくてね。

 ここで()りあってれば、観客(ギャラリー)は集まってくれるしね」

 言ってる(そば)から、2人の周囲には好奇の視線を放つ生徒達が集まってくる。何を始めようとしているのか楽しんでいる…と言うより、これから起こる事を理解した上で、観客になる事を望んでいるようだ。

 ザワザワとした喧噪に耳を傾けると、「あれ、"暴走部"の蒼治・リューベインだろ?」「何かやらかすみたいだな…」等の台詞が聞こえてくる。部内では常識人である蒼治だが、外部の生徒達からは『星撒部』に入っている時点で"目立つ変わり者"として扱われているようだ。

 一方、ノーラにも注文は集まる。ただ、蒼治とは異なり好意的――但し、鼻の下を伸ばすような類のものだが――だ。

 「なんだ、あの()? この時期に新入部員か?」

 「かなり可愛いじゃん…オレ、肌が小麦色なのってストライクなんだよ…!」

 「"暴走部"の女子って、レベル高いよなぁ…!」

 気にしないようにと努めるノーラだが、聴覚に滑り込んでくる偏った評価に、恥ずかしげな苦笑が浮かぶのを禁じ得ない。

 さて、蒼治は大きな方術陣を描き終わると。スタスタと中に入って、ノーラを誘う。

 「狙い通り観客(ギャラリー)も増えたことだし、始めようか」

 「…それでは、お願いします…」

 ノーラは注目を浴びる事に居心地悪そうにしながら、歩幅の狭い小走りで放縦陣の中へと進入する。

 

 転瞬、方術陣の円周からドーム状に半透明の薄い水色のフィールドが展開される。同時に蒼治やノーラは、ドームの外側の光景がグングンと巨大化してゆくのを認める。

 対してドームの外側にいる観客からすると、2人の姿はどんどん小さくなってゆくように見えている。

 この現象は、ノーラ達が実際に縮小している事を物語っているのではない。ドーム内の空間が拡張したものの、ドーム外の縮尺に影響がないために、見かけ上縮んで見えているだけだ。

 もしも観客がドームの中に腕を突っ込むと、薄い水色の境界を境して急激に先細ってゆくように見えることだろう。

 

 ノーラは巨人達に囲まれて監視されているようで居心地の悪さを感じるが。蒼治は慣れっこらしく、極々自然な動作で白いマントの下から愛用の双銃を取り出して握る。

 「ノーラさん、準備出来たらいつでも掛かって来て構わないよ」

 「…分かりました…」

 返事をしながら、背中に負った金色の大剣を取り出し、両手でしっかりと握り締めて構える。

 「…行きますね…!」

 一声掛けたのは、模擬戦であると言う意識があってのことだ。これがロイなどの実戦主義者なら、無言で一気に全速力で襲いかかったことだろう。

 「いつでもどうぞ!」

 と蒼治が返事した時には、ノーラは大剣を横へ引いて構えながら、突撃する。

 (…礼儀めいた、真面目で堅い行動だなぁ…)

 蒼治は胸中で呟きながら、跳び退(すさ)って距離を保ちながら、双銃を構える。すぐに引き金を引かなかったのは、ノーラのステレオタイプな動きを気にしてのことだ。

 渚が横で見ていたら、"甘いのう!"と怒ったかも知れない。

 距離を取られたノーラがもう一歩踏み出して蒼治に向かったタイミングで、ようやく蒼治は双銃を発砲する。特に魔化(エンチャント)されていない金属の弾丸は、真っ直ぐにノーラの体へと吸い込まれてゆく。

 ノーラは当然、構えた大剣を振って弾丸を弾く。

 蒼治は予測する――自分はこのまま発砲し続ける。すると、ノーラは大剣で弾丸を防ぎ続けるだろう、と。この硬直状態が暫く続き、その内ノーラは状況を打破せんと焦燥に駆られて、何らかの行動に出る。

 (そこが狙い目だな…)

 などと蒼治が一人で模範解答を出していた、その直後だ。

 蒼治の目が、見開かれる。――眼前の光景は、彼が予測しなかった方向へと展開する。

 ノーラは大剣で弾丸を弾くも、それはたった一振りだけのことだ。そのまま大剣の勢いに任せてその場で一回転する、ノーラ。

 その間にも弾丸は容赦なくノーラに迫る。実戦ならこれは、致命的な隙だ。

 (何のつもり――)

 胸中の言葉が終わるより早く、素早く正面に向き直るノーラ。その手に持っているのは、もはや黄金の輝きを放つ大剣ではない。回転の間に、ノーラが得意とする定義変換(コンヴァージョン)によって、大剣の構造を変化させたのだ。

 ノーラは今、右手一本で"それ"を掴んでいる。ギラつく刃の銀色を呈する、大きな十字型の物体。一方だけ一際長い"足"には、複雑な管楽器にも似た機関が埋め込まれ、その先端にはポッカリと穴が開いている。

 (銃口だ…!)

 蒼治が把握した時には、ノーラは大剣を変化させた大型機銃による掃射を開始する。

 ()()()()()()ッ! 爆音のような盛大な発砲音と共に、大型の術式製弾丸が雨霰と飛び出す。蒼治の放った単なる金属弾は術式製弾丸に飲み込まれると、フライパンの上で跳ねるポップコーンのように破砕してしまう。

 安易に隙を見せて自ら窮地を作ってしまったと思われたノーラが、一気に形成逆転。蒼治の攻撃を一掃し、優位にたった瞬間である。

 (まさか…僕を、誘ったのか!)

 蒼治は額をピシャリと叩きたくなる衝動に駆られる。

 "アルカインテールのような甘い考えを無くしたい"…そう決意して、ノーラに声をかけた筈だった。しかしその実、決意は全く実を伴っていない絵空事だったのだ。

 結局蒼治は、ノーラと云う人物像を"か弱くて実戦経験のない少女"として捉えてしまい、厳しい見方など出来なかった。

 対してノーラは、蒼治の欠点が表面化するように陥れたのだ。そして蒼治は、まんまとノーラの罠に掛かった。

 (クソ…! 何の為の訓練だ…!)

 ギリリと歯噛みしている内にも、ノーラの術式製弾丸は蒼治の間近へと肉薄する。蒼治は舌打ちと共に、胸中を埋め尽くす後悔を無理矢理に塗り潰すと、素早く方術陣を展開する。

 ノーラの術式製弾丸は方術陣に触れると、一気に空気が抜けた風船のように、滅茶苦茶な弾道を描いて吹き飛んでゆく。蒼治は術式製弾丸の進行性能定義に介入し、狂わせたのだ。

 身をよじることなく弾丸をやり過ごした蒼治は、双銃を正面に構えてノーラに肉薄しつつ、交互に引き金を引く。今度発砲したのは、術式製弾丸だ。方術にも得意なノーラに防御用方術陣を展開されても、並大抵のものならば破砕するほどの威力を秘めている。

 対するノーラは慌てた様子もなく、跳び退り続けながら術式製弾丸をフルオートで射出する。

 (フルオート…!?)

 蒼治は眉を(ひそ)める。

 フルオート掃射は機械が介入するために、術式製弾丸は余事象干渉を受けて能力を削減されてしまう。蒼治の手厳しい弾丸を相殺させるには、威力不足である…はずだった。

 しかしノーラが掃射した色彩豊かな軌跡を描く弾丸達は、蒼治の弾丸に2、3発ずつ突き刺さると。パァンッ、と電光のような破裂を残して見事に相殺してしまう。

 「何ッ…!」

 思わず声を上げる、蒼治。ノーラのフルオート弾丸は未だ数十を数える数で、蒼治の元へと迫る。

 「クッ…!」

 蒼治は身体(フィジカル)魔化(エンチャント)と"宙地"を使い、高速で上空に跳び逃げる。幸い、ノーラの掃射弾丸は追尾機能は持っておらず、虚しく宙を直進してゆくのみだ。

 蒼治は宙でクルリと体を回すと、弾性を思い切り強化した"宙地"の方術陣を足下に展開。足を止めてこちらに銃口を向けるノーラめがけて飛び降りるべく、バネのように身を縮める。

 その一瞬の行動停止の合間のことだ。いきなり、蒼治の背中にドンッ! ドンッ! と衝撃と激痛が走る。

 (!?)

 慌てて振り返れば、背後から迫る術式製弾丸の姿がある。先に方術陣で経路を狂わせたはずの弾丸達だ!

 (なんでだ!? 進行を狂わせたんだ、追尾機能を持っていても…)

 そこで蒼治は、ハッとする。

 蒼治が弾丸を狂わせたのではない。ノーラが弾丸が狂ったように偽って、蒼治の背後に待機させていたのだ!

 (凄い戦術だ…!)

 驚嘆に舌を巻くものの、このまま白旗を上げては、この訓練の収穫は後悔ばかりになってしまう。

 ――そうなってたまるか! 蒼治はギリリと歯噛みすると、"宙地"の方術陣を蹴り、ノーラに向かって砲弾のように突撃する。背後には未だにノーラの弾丸が追尾して迫るが、構わない。

 (あれだけ大きな銃身の獲物だ! 接近すれば、小回りの利く僕の銃の方が有利だ!)

 蒼治は牽制の意味も込めて双銃を交互に発砲する。しかしノーラは回避行動をとらず、じっと銃口を蒼治に向けたまま足を止めていた――と思った矢先。銃口に赤紫色の(まばゆ)い魔力励起光が灯ったかと思うと。

 (ゴウ)ッ! 大気を震わす爆音と共に、大気分子を電離させつつ驀進する魔力を帯びた荷電粒子砲が蒼治に向かう。

 (ノーラさんって、これほど射撃に長けてたのか…!)

 蒼治は感心するものの、すぐに納得に変わる。

 アルカインテールでは、ノーラは今のように定義変換(コンヴァージョン)した大剣の狙撃銃で、飛行してくる暫定精霊(スペクター)を撃墜していたのだから。

 例えこの事実を思い出さなくとも、蒼治の次の行動には迷いはなかった。

 赤紫の粒子砲を、皮膚がチリチリするほどに引きつけた直後。"宙地"を使って真下に跳び、粒子砲をやり過ごしながら地面すれすれへと迫る。蒼治の上空では、粒子砲と追尾弾が激突し、盛大な相殺の爆炎を上げる。

 蒼治はそのまま"宙地"の要領で大地に弾性の強いカタパルト様の方術陣を形成すると。それを一気に踏みしめて、ノーラの懐めがけて突撃する。

 (よく戦ったけど、これで…!)

 蒼治はノーラの顔面と心臓へと銃口を向け、長銃身の内側へと入り込んだ。

 …が。(ガン)ッ! 重い衝撃が蒼治の横っ腹を叩き、彼の体が宙に浮いて吹き飛ぶ。

 「ガハッ!」

 乱れた呼気と共に血の混じった唾液を吐き出しながら、蹴飛ばされた小石のように浮いては大地を跳ね転がる。2、3転してようやく衝撃に(あらが)えるようになると、蒼治は片腕を地に付けて逆立ちするようにクルリと体を回して、なんとか体勢を立て直す。

 (クソッ、牽制を…!)

 吹き飛ばされて距離を取らされた事で、射撃の恰好の的になってしまった! そう判断した蒼治は、フラつく視界の中で大体の見当だけで双銃を構え、射撃体勢に入っているはずのノーラへ威嚇射撃を行う。

 …はずであった、が。

 ガギィンッ! 構えた双銃を打ち上げる、重い衝撃。蒼治の両腕が無様な万歳をするように弾かれる。

 がら空きになってしまった胴体の所に潜り込んできたのは、ノーラだ。

 (接近戦だって!?)

 またも裏を掛かれて焦る蒼治に、ノーラは手にした十字の巨銃を片手で器用に回転させると。巨大なトンファーでも扱うかのように、蒼治の腹に銃身を叩き込む。

 内臓を突き抜けて、脊椎をへし折ろうかと云う衝撃! しかし蒼治は、今度は吹き飛ばない。

 「グ…ッ!」

 肺から逆流する空気を歯を食いしばって堪え、数歩吹き飛ばされただけで踏み留まる。

 蒼治とて、『星撒部』として幾多の実戦を経験した身。瞬時に身体(フィジカル)魔化(エンチャント)をして腹筋を硬化させ、耐えたのだ。

 (そうか…! 見落としてた…!)

 なおも接近して叩きつけてようと巨銃身を(ひるがえ)すノーラを見て、蒼治はある感想を抱く。

 (ノーラさんのあの"銃"は…"剣"なんだ!)

 ノーラが操る高等魔術定義変換(コンヴァージョン)は、2つの性質面がある。1つは、手にした剣に新たなる機能をいくらでも付与すること。もう1つは、あらゆる素材から剣を作り出すこと。ノーラが今駆使しているのは、前者の性質だ。

 そして、前者は機能を付与しても、"剣"という根幹的定義自体は変わらない。銃身が埋め込まれていようと、ノーラが扱うのは"剣"なのだ。

 そうしてよく見やれば、銃身が埋め込まれている刃の銀色は、刀身そのものだと云うことが分かる。

 遠距離も近距離もお手の物。そんな武器をノーラは作り出していたのだ。

 (だけど…その武器には、弱点があるッ!)

 蒼治は衝撃も抜けぬ身の上で、肉薄するノーラの方へと自らも飛び出してゆく。

 ノーラが、巨銃身を(ひるがえ)して蒼治の顔面を狙う。そこで蒼治は、ようやく持ち前の冷静な判断力を発揮する。

 突進の速度を殺さずに身を低くして一撃を頭上にやり過ごすと、更にノーラの懐へと飛び込んでゆく。

 (リーチが長すぎる故に、至近距離では扱い辛い!)

 ノーラに触れる程まで接近した蒼治は、ダンッ! と強烈な足踏みと共に立ち上がり、双銃の銃口をノーラの腹部へと向け…。

 「はぁっ!」

 ノーラの気合い一閃が鼓膜を震わせた、かと思った転瞬。ズンッ! と重く鋭い一撃が蒼治の鳩尾(みずおち)に突き刺さる。

 弾丸のように飛び出したノーラの膝が、蒼治の銅の急所を抉ったのだ。

 (な…っ)

 生理的反射に引かれるまま、よろめきながら半歩後退する、蒼治。そこへ更に、(あご)を直撃する堅い一撃がガツン! と叩きつけられる。

 ノーラが膝蹴りの姿勢から回し蹴りへと移行し、蒼治の顔面を蹴り飛ばしたのだ。身体(フィジカル)魔化(エンチャント)もしっかり掛けているらしく、顎骨が砕けそうな程の強烈な衝撃が頭蓋にまで突き抜ける。

 (こ…この戦い方…)

 派手に吹っ飛んだ蒼治は、クラクラした方向感覚を小さく首を振って立て直し、"宙地"を使って空中で姿勢制御。大地に降り立つ。

 運良くもノーラと正面を向く事ができたが、ノーラは早くも隙なく銃口を蒼治に向けて構えている。

 (この、出せるものは何でも出すような戦い方は…!)

 双銃を構えながら見据えるノーラに、蒼治はとある人物の姿を重ねる。

 

 "彼女"は、いつも自信満々な笑みを浮かべ、ハチミツ色の金色の髪を堂々とたなびかせ、澄み渡った蒼穹の瞳に不敵な笑みを浮かべている。

 "英雄の卵"が集まるユーテリアにおいて、"最強"と称される人物の一人に数えられる少女。それは、蒼治がよく見知る人物。

 『星撒部』副部長、立花渚。

 彼女と組み手をした時に似た感覚だ!

 

 (中途半端じゃ、やられる…!)

 蒼治はギリリと歯噛みすると。苛烈にも銃口から掃射を開始したノーラに向かい、自らも双銃を連射して対抗する。

 ――凄絶な組み手は、まだ開幕したばかりだ。

 

 - To Be Continued -

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