星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Ordinary Story - Part 3

 蒼治とノーラによる組み手が行われている拡張空間の外側では。数が増えた観客(ギャラリー)の生徒達が、口々に感嘆の声を上げてざわめいている。

 「うっわ…流石は"暴走部"の連中…!

 やる事がえげつねぇ…!」

 「蒼治のヤツがスゲェのは知ってたけど…あの女の子、それどころじゃなくスゲェな! 蒼治のヤツを押してるじゃねーか!」

 「あれ、Q組のノーラさんだよね? "暴走部"に入部してたんだ…一番縁遠いと思ってたんだけど。でも、これ見ちゃうと、なんか納得しちゃう…」

 観客(ギャラリー)は肉眼で戦闘の様子を眺める者も入れば、拡大鏡の作用を起こす方術陣を使って中継する者もチラホラ居る。彼らは大事な国際試合でも見守るかのように、手に汗を握り締めて、瞬きすらも惜しみながら、2人の凄絶な対決を注視する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 組み手の流れは、ノーラの優勢で進んでゆく。

 ノーラは蒼治に一息吐かせる間も与えない勢いで攻め続ける。互いの撃ち合いによってもうもうたる爆煙が上がる中、ノーラは蒼治に一気に接近。大剣を定義変換(コンヴァージョン)して2刀のビームブレードを作り出すと、至近距離で颶風のように蒼治に襲いかかる。

 (動きは速いし…攻撃が一々、厳しい!)

 蒼治はずっと歯噛みしっ放しの状態で、(まばゆ)い蛍光色を放つ荷電粒子の刀身をかわしながら、双銃の銃身と蹴りとでノーラに対抗する。だがノーラと来たら、ひたすら密着する程に距離を積めては、蹴りや銃身の打撃のヒットポイントがズレる事を良い事に衝撃を無視しして、肘や膝をガンガン叩き込んで来る。

 仕舞には、頭突きをまで繰り出す始末だ。肘や膝、斬撃にばかり気を取られていた蒼治は、まんまと鼻に額の直撃を食らうと、鼻血を吹き出しながらグラリと後方へとよろめき倒れ込む。

 (あんな()が…こんなアグレッシヴな攻めをするなんて…!)

 胸中で驚嘆する間にも、ノーラは脱力した蒼治の右腕を掴むと、そのまま背負って大地に投げ叩きつける。

 「ガハッ!」

 蒼治が肺の空気を苦鳴と共に吐き出す。と同時に、ノーラは踏み付けで蒼治の首を狙う。

 息を吸う間もなく慌てて転がって回避し、大事を免れたものの。背中に焼け付くような鋭い痛みがジリリと走る。ノーラのビームブレードが、背中を襲ったのだ。

 (殺す気じゃないのか!?)

 蒼治が冷たい汗をブワリと噴き出しながら何とか膝立ちになり、ノーラに反撃すべく双銃を構える。

 しかし、ノーラの方が一手速い! 手にしていた2刀のビームブレードがタイルをめくるような過程を経て定義変化(コンヴァージョン)し、長大な刀身を持つ大剣と化す。その間の時間、わずか1、2秒と言ったところだ。

 (以前より、ずっと速くなってる…!)

 蒼治は賞賛混じりの焦燥を覚えたところへ、ノーラは大剣を振り下ろして蒼治を頭から両断しようとする。すかさず横に飛び、なんとか斬撃をかわした蒼治は、双銃の引き金をようやく引いて反撃する。

 対するノーラはクルリと身を回しながら大剣を横薙ぎに(ひるがえ)し、バットでボールを打ち返すかのように術式製弾丸を一気にブッ叩いて破壊すると。その回転の勢いを殺さずに、蒼治へ追撃する。

 (それなら…!)

 蒼治は斬撃をギリギリまで引きつけ、絶妙のタイミングで跳ぶと。大剣を眼下にノーラへと接近しながら、双銃を連射する。

 ここでようやくノーラの顔にハッとした警戒の表情が浮かぶ。だがノーラの体には防御行動が染み着いてるのか、すかさず大剣の柄から片手を離し、防御様方術陣を素早く描いて小さな結界を作り、蒼治の弾丸を受け止める。

 その隙に蒼治は大剣の上に着地し、その上を走ってノーラに接近すると。彼女の顔面めがけて蹴りを放つ。

 (加減出来るような相手じゃない!

 そもそも、加減してたら、この組み手の意味はない!)

 蒼治は思い切りノーラのこめかみへと足先を叩き込むが。ノーラは顔を仰け反らせて、なんとかやり過ごす。

 それのみならず、ノーラは蒼治ごと大剣を持ち上げ、蒼治を空中へと吹き飛ばして体勢を崩すことを試みる。

 だが、ここでの蒼治は冷静だ。慌てず大剣に運ばれるまま持ち上げられ、絶好の角度を得ると。刀身を蹴ってノーラめがけて降下する…突き出した膝付きで。

 「あ…っ!」

 ノーラが初めて焦燥の声を上げる。大剣を素早く定義変換(コンヴァージョン)させて体積を畳みながら、後方に退()くものの…遅い。蒼治の膝は、ノーラの首元に(したた)かに激突する。

 「あぐ…っ!」

 気道を詰まらせると共に、グラリと後方へと倒れ掛かる、ノーラ。そこへ蒼治はトドメとばかりに銃口を額に向け、引き金に掛ける指に力を込める。

 「…!!」

 しかし、ノーラは降参しない。呼吸が回復する間も待たずにグンと体を起こすと。掌底で蒼治の銃を叩いて銃口を弾き、あらぬ方向へと術式製弾丸を射出させてやり過ごす。

 (まだ、そんな気力が!?)

 覚悟を決めたはずが驚嘆を隠せぬ、蒼治。その僅かな隙を逃さず、ノーラは額を突き出して蒼治の胸にぶつける。そのまま体を伸ばすようにして頭を突き上げ、蒼治の体を宙に跳ばすと。

 「せいっ!」

 気道の詰まりを払うような鋭い気合いと共に、手にした剣を蒼治に叩きつける。

 「くっ!」

 蒼治は双銃を交差させて剣の一撃を受け止める。だが、ノーラの重い斬撃に蒼治の体は弾かれた小石のように吹き飛んでゆく。

 それでも蒼治は今度はクルリと余裕を以て体勢を立て直して着地。同時にすかさず銃口を構える。

 案の定、ノーラは既に地を蹴り、蒼治へ向かって突進している。

 蒼治は容赦なく引き金を引き、セミオートで術式製弾丸を連射。ノーラの迎撃に出る――。

 

 こうして組み手の流れは、ようやく蒼治にも形勢が(なび)くようになったのだが。それでもノーラの方がまだまだ手数は多い。

 素早い定義変換(コンヴァージョン)の連続による、多種多様な斬撃。斬撃を回避されようとも絶妙なフォローが光る、蹴りや頭突きを始めとした肉弾攻撃。息つく間もないような苛烈な攻めの嵐は、観客(ギャラリー)の方にこそ呼吸を忘れさせるような激しさであった。

 だが、蒼治も年長の経験者としての意地を見せる。どんなに予想外の攻撃に(さら)されようと、驚愕することもあれども、時を追うごとに感情の切り替えが早くなる。一撃、二撃と浴びせられようとも耐えて(しの)ぎ、反撃の手数も増えてゆく。

 一進一退の攻防は永遠に続くかに見えたが…遂に、その均衡が破れる時がやってくる。

 その兆しは、勢いの良かったノーラの動きに現れる。連続攻撃の激流のようなテンポが、徐々に(かげ)りを見せてきたのだ。

 「せいっ!」

 「やぁっ!」

 「はぁっ!」

 以前よりも気合の声を上げる頻度が増える、ノーラ。その力強い声出しに反して、剣を振る腕が、宙を薙ぐ蹴りが、鈍さを見せてくる。

 (はた)から見ると、気合いの声は動かぬ自身の体に鞭を入れているようだ。

 そして実際…ノーラの体力は限界を迎えようとしている。

 身体(フィジカル)魔化(エンチャント)による体力強化は既に施している。だが、魔術とて万能ではない。無尽蔵のエネルギーを作り出すことは出来ないのだ。

 激しい行動を絶え間なく連続すれば、それだけ体力の消耗は激しい。故に、ノーラは短期決戦を目指して苛烈な攻撃を続けていたのだが…(ことごと)(しの)がれてしまっている。

 蒼治とて、連続で行動している事には変わらない。しかし、彼には『星撒部』で過酷な任務を果たし続けて来た一日の長がある。体力はノーラよりも優れている。

 故に、攻め続けていた方のノーラが、今度は時間と言う過重によって喘ぐ番になってしまう。

 

 (好機!)

 蒼治は年下の少女が相手であるという構図をすっかりと意識の外に出し、どん欲に勝利へと手を伸ばす。

 剣の振りが荒く乱れてきたノーラの隙を的確に突き、ある時は射撃で、ある時は至近距離での格闘を織り交ぜ、ノーラの体力に更に着実に削り取ってゆく。

 ノーラの褐色の肌には玉の汗が浮かび、精悍だった面立ちは重い披露に歪む。

 そして遂に、ノーラは不用意で大振りな、鈍い一撃を放ってしまう。

 この時、ノーラが手にしていたのは大剣だ。その重量とモーメントに自らが振り回されてしまい、足がグラリとよろめいてしまった。

 そこへ蒼治がすかさず距離を詰めると。まず、ノーラの足を踵で踏み抜く。

 「っ!」

 ノーラは苦痛で露骨に顔を歪める。が、彼女は降参などしない。邪魔になった大剣から手を離すと、拳で(もっ)て蒼治の顔面を迎撃に向かう。

 しかし、蒼治は左に手にした方の銃身でノーラの肘を叩き、勢いを殺ぐ。

 そして、ガラ空きになったノーラの腹に右の銃口を接触させると。強力に魔力を集積させた術式製弾丸をブッ放す。

 (ドン)ッ! 大気の激震と共に、ビクンとノーラの身体が痙攣する。それは、神経に作用する麻痺術式が発動して、筋肉が一気に弛緩した証である。

 苦痛に負けじとしかめていたノーラの顔から力が抜け、眠たげな表情が作られる。それを確認した蒼治が踏みつけていた足を放すと、ノーラの身体は完全に支えを失ってフラフラと尻餅を付き、そして完全に四肢を投げて倒れる。

 「…あぁう…」

 舌の筋肉も弛緩しているのか、ノーラが呂律の回らない言葉を出す。それは、ようやく彼女が掲げた白旗である。

 蒼治は、はぁー…と長く深く息を吐くと。ゴクリと固唾を飲み込んでから、今度は穏やかにホッと一息吐く。

 

 組み手が、蒼治の勝利で幕を閉じた瞬間であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 蒼治が空間拡張の方術陣を解くと。薄い青白の境界がフェードアウトするに連れて、中の2人の姿がグングンと大きくなってゆく。実際には彼らの体積は変わっておらず、縮尺が戻っているだけだ。

 こうして元の見かけ上のサイズに戻った2人は…周りを囲む観客(ギャラリー)達からの歓声と拍手で迎えられる。

 「流石は"暴走部"ね! 組み手と言え、見応えが十分過ぎるわ!」

 「マジに殺し合いしてんじゃねーかと思って、ハラハラしちまったぜ!」

 「その1年生の()、凄いねー! 前半、完全に蒼治を押してたじゃん!」

 蒼治は恥ずかしさに苦笑いを浮かべながら、寝転んだままのノーラに対してしゃがみ込むと。小さな治療用方術陣を使い、彼女の神経の麻痺を取り除いてやる。

 すぐにムクリと起きあがったノーラは、手放した大剣を手にして定義変換(コンヴァージョン)を解き、元の黄金の大剣に戻して背負うと。残念そうに溜め息を吐く。

 「負けちゃいました…ね」

 すると蒼治は、ハハハ、と小さく声を上げて笑う。

 「一応、先輩だからね。入部して日も浅い下級生に、楽々にやりこめられちゃったら、僕が凹んだまま立ち直れなくなるよ」

 と言った直後、蒼治は汗にまみれた頭をポリポリと掻きながら、恥ずかしそうに語る。

 「でも、僕も今回の勝利は誇れるものじゃないなぁ。

 何とか勝ちは拾えたけど、最初の内は完全に君のペースに飲まれてたからね。

 甘さを取り除くための今回の組み手だったのに、ダメダメだったよ」

 すると、蒼治の言葉によって(せき)を外されたように、観客(ギャラリー)がこぞって蒼治にダメ出しを始める。

 「そうそう! あの態度は無いでしょ!

 幾ら"暴走部"で経験積んでるからって、敵を侮るのは最低でしょ!」

 「下級生ちゃんに失礼だったぜ!

 オレは、あのまま下級生ちゃんがオマエの事をボッコボコしてくりゃ良いのに、って拳握っちまったよ!」

 「蒼治って、戦闘訓練系の授業に出ると、絶対に男子としか組まないから、ソッチの気があるのかなーって思ってたんだよねー。

 でも、ソッチの気は無いって分かったけど、女子としては余計に腹立つわねー、見下されてるみたいで!」

 蒼治は、ナハハ…、と力なく笑うことしか出来ない。

 そんな最中、観客(ギャラリー)の誰かがふと、こんな事をノーラに尋ねる。

 「さっきの戦い方、"暴走厨二"の渚に似てたようだけどさ。ひょっとして、あいつに戦い方を教わったりした?」

 その点については、蒼治も興味がある。アルカインテールで共闘した時とは全く違う、素早い決断力と大胆な行動力。まだまだ改善の余地はあるものの、学園内でも"最強"と評価される一角である立花渚を想起させるに十分な立ち振る舞いであった。

 だから蒼治も、「そうなの…?」と尋ねてみると。ノーラは、コクリ、とゆっくり(うなず)く。

 うおっ! とざわめく観客(ギャラリー)の面々。それを賞賛されたと捉えたノーラは、恥ずかしげに顔を真っ赤にして(うつむ)きながら、ポツポツと事情を語る。

 「先日のアルカインテールの件で…私、凄く危機感を感じたんです…。

 追い込まれてしまうと、すぐに諦めちゃって、自力では立ち直れなくなってしまうし…。『バベル』を相手にした時も、結果としてはなんとか勝てましたけど…賭けみたいな方法でしたから…。

 もっともっと、うまく立ち回りたいと思って…時間を作ってもらって、何度か組み手の相手をしてもらっていました…」

 "組み手"の言葉を聞いて、「マジかよ!?」との驚嘆の声が方々から聞こえる。渚が学園内で有名なのは、その目立つ言動だけでなく、確かな実力も注目されているからだ。

 「なるほどね…通りで、一皮どころか、十皮くらい剥けていたワケだよ」

 蒼治は呆れ半分、賞賛半分に苦笑する。

 「それで、どうだった? 渚とやってみて?

 一本くらい、取れたかい?」

 蒼治の質問の答えを、観客(ギャラリー)も耳を澄まして待ち望む。するとノーラは、バツが悪そうな微笑みを浮かべる。

 「一応…4、5本くらい…ただ、わざと取らせてくれたようなものでしたけど…。

 はっきり言って、全然歯が立ちませんでした…」

 その言葉に、観客(ギャラリー)は「あー…」と残念そうながらも"仕方ないよな"と云う風に声を上げ、蒼治も「なるほどね」と呟くに留まる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ノーラは、渚との組み手の事を思い出す…。

 「アルカインテールの時のような、情けない自分には二度となりたくないんです!

 もっと自信を付けて、確かな実力で障害を乗り越えたいんです!

 練習に…組み手に、付き合っていただけませんか!?」

 授業の合間、偶々訪れた仮部室で出会った、机の上に寝ころんでマンガ本を読んでいた渚。他に部員の姿は無かったので、思い切って言ってみたのがきっかけだ。

 渚はニンマリと笑って起き上がると。

 「わしは別に構わぬが、潰れるなよ?」

 と前置きし、ノーラを区画の分かれた屋内演習場へと連れて行った。

 そこで組み手を始めたワケだが…。

 「いつでも掛かって来んか」

 と余裕な台詞を語り、身構えもせず、徒手空拳で突っ立っているだけの渚に、ノーラはやや気(おく)れしながら立ち向かい始めたのだが…。

 どんなに剣技を駆使しようと、体術を織り交ぜてみようとも、魔術を使おうとも、定義変換(コンヴァージョン)すら用いようとも――渚に傷一つ負わせる事も出来なかった。

 ノーラの一挙手一投足は(ことごと)く回避されるか受け止められしまった。逆に渚の一挙手一投足ときたら、烈風もかくやと云う程の速度と衝撃で嵐のようにノーラを襲い、ノーラはあっと言う間に()されてしまった。

 早くも20を数える程の挑戦をしたが、投げ飛ばされて腕の関節を極められてしまい、沸き上がる苦鳴を必死でかみ殺していた頃。渚は涼しげな顔でポツリとこう漏らす。

 「おぬしの動きは悪くない。体術も戦術も魔術もキチンと基礎を踏まえておるし、応用も利く。

 そんなおぬしに足りないのは、まずは経験じゃが、これは仕方がない事じゃからパスするとして。

 もう一つ、おぬしには"意地の悪さ"が足りぬ」

 そう語り、関節技を解いてノーラに手を差し伸べて立たせた。

 「…意地の悪さ…ですか?」

 汗(あせ)れで荒く息を吐きながら尋ねるノーラに、渚は首を縦に振った。

 「おぬしの生真面目な思考風に言い直せば、"型破り"と言うところかのう? ちょっとニュアンスが違う気もするが、まぁ、気にせんでいいだろう。

 おぬしの戦い方は、あまりに真っ直ぐ過ぎるのじゃ。基本に忠実、セオリー通り、作法に則った綺麗な戦い方じゃ。

 それ自体が悪いと言うワケはないのじゃが…綺麗、悪く言えば"バカ正直"と云うものは損をする事もあるのじゃよ」

 「損…ですか?」

 人生の多くの時間を真面目一辺倒の姿勢で過ごして来たノーラは、胸にチクリと痛みを覚えながら聞き直した。

 "真面目にコツコツと努力を続ければ、必ずや成果は伴う"と云うスローガンの元で身を粉にしてきた日々が一気に否定された気がして、嫌な感じがしたのだ。

 渚もそれを感じ取っていたらしく、バツが悪そうにしながら、例を挙げた。

 「例えば、柔道と云うスポーツについて語ってみようかのう。柔道って、分かるよな?(ノーラは首を縦に振った)。

 あの競技において美学とされるのは、しっかりと組み合って技をぶつけることじゃ。その美学に則って、技を磨き続けた選手が居るとする。

 しかしながら、実際の大会においては、美学に則る選手は少ない。美学に則って練習に打ち込んだ姿勢は、間違いなく実力に繋がっては居る。しかし、実際の勝敗を分けるのは美学云々ではない。如何にポイントを稼ぐか、じゃ。

 だから、組み合いなど眼中にせず、如何に相手の腕から逃げて自分の攻撃のみを当てるようにするか。ポイントを稼いだ後は、減点にならない範囲で如何に逃げ回るか。そんな"意地の悪い"技術に打ち込んで秀でる者も出る。

 そして実際に、そんな"意地の悪い"選手が美学を尊ぶ選手を打ち負かすことも往々にして在るのじゃよ」

 「そう言う真似をしろと…私に言うんですか?

 そんな気分の悪くなるような技術を体得しろと…?」

 真面目なノーラは露骨に不快感を顔に出して、渚に言葉で噛みついた。渚はノーラの生真面目さを苦々しく鼻で笑いながら、続きを語る。

 「別に、そんな技術一辺倒に転向せよ、と言いたいワケではない。

 ただ、正道だけでなく、もっと広く視野を持って、時には脇道も使え、ということじゃ。

 スポーツですら、ルール違反にさえならなければ、美学なんぞかなぐり捨てて勝ちに走れるのじゃ。

 ましてや、ルールなぞない戦争状況下ならば、なおのこと、使えるものは何でも使って勝ちに走るべきじゃ。

 綺麗でなくても構わぬ、泥臭くて問題ない。要は勝ちさえ拾えれば、誰が文句を言おうと結果はひっくり返らぬ」

 「何でも使う…ですか」

 渚は首を縦に振る。

 「正面からやっても勝てぬと分かっている相手に、敢えて正面から挑んでも、やはり敵わなかったと言う無駄な証明にしかならぬ。

 それよりも、打開するためのあらゆる努力を考え、実戦してみる方が効果的じゃ。

 小石を拾って投げてみるでも良い。砂埃で目潰ししてみるでも良い。些細な事で、案外道が開けるやも知れんからのう」

 「…そう云うのって、とても気が引けるんですが…。その…卑怯な感じがして…カッコ悪いです…」

 渚はやれやれ、と云った感じで笑った。

 「ホントに生真面目で、頭が固いのう、おぬしは。

 "卑怯"などと云う言葉を使うから悪いのじゃ。"戦術"と云う言葉に置き換えてみよ。途端にカッコ良く思えるじゃろ?」

 「戦術…ですか?」

 どうしても抵抗感が拭い切れないノーラが聞き返せば、渚は相変わらず苦笑を浮かべたまま言い聞かせた。

 「戦術なんぞ、突き詰めて考えれば卑怯の塊じゃぞ?

 待ち伏せや夜襲といった奇襲作戦なんぞ、正面から張り合う度胸がないからと編み出されておる。

 もっと突き詰めれば、武器の技術とは、素手で張り合っては分が悪いからと道具を使うことにした、ということになる。

 どれもこれも、見方次第じゃよ。カッコ良く、都合の良い方に捉えれば良いのじゃ。

 それを使わず非難するようなバカには、"おぬしも使えば良かろう"と指差しして叫んでやれば良いのじゃ」

 この渚の説明には、なるほど、と納得できた。かと言って、完全に抵抗感が拭い取れたワケではなかったが。

 そんなノーラの胸中を察したのか、渚はコホンと咳払いを挟み、そして提案した。

 「では、ちょいと体験してみれば良いじゃろう。

 1本、組み合おうか。

 わしは脚しか使わぬ。おぬしは全力で掛かってくれば良い」

 「…分かりました…」

 この時のノーラは、渚相手に遠慮など一片も感じなかった。むしろ、そんな子供(だま)しの卑怯に引っかかってたまるか、と言う意気込みが胸中を満たしていた。

 だから、彼女はそれまで以上の気合いを入れて踏み込み、大剣を振るって渚に立ち向かったが。渚が蹴りと同時に足下にあった小石を飛ばし、眉間を狙って来たところを反射的に腕で庇うと。一瞬の視界の掩蔽(えんぺい)の間を付き、渚はまんまとノーラの側部に回り込むと、後頭部めがけて回し蹴りを見舞った。

 吹っ飛んだノーラは、しばらく何が起きたか理解出来ずに倒れたままであったが。小石から続くあまりにも見事な連携だけは理解し、渚の言葉に抱いていた嫌悪感が畏敬の念に変わった。

 そうだ! これなら立派な戦術だ!

 転瞬、ノーラの生真面目と云うより貪欲な向上心が鎌首をもたげて来た。彼女は跳ねるように立ち上がると、興奮を滲ませる真顔で渚を真っ直ぐ見つめると。

 「…教えてください!

 私に足りない、その"意地の悪さ"…!

 いえ、戦術を…!」

 それからノーラと快諾した渚は、何本も手合わせをした。途中、渚は「ちょい待ち!」と声を上げて停止の号令を掛けては、「ここじゃが、こうするとな…」と彼女の云う"戦術"を講釈した。

 そして、この日の最後の組み手において、渚はノーラに対して総仕上げ的な攻撃を行い…それが仕組まれた内容とは云え、ノーラは確かに一本を取った。

 「うむ!

 流石はわしが見込んだ者じゃな! 吸収が速くて、感心じゃわい!」

 地に倒れた渚は、ムクリと何事も無かったかのように立ち上がり、ポンポンと身体に着いた土埃を叩きながら満足げに話した。

 そして、ふと、「ああ、そうじゃ」と人差し指をピンと立てて、ノーラに指摘した。

 「もう一つ、おぬしには足りぬと云うか…むしろ、過ぎるが為に足枷になっておるものがある。

 それは、分析じゃ」

 「分析…ですか?」

 「うむ。

 おぬし、戦う際に相手の性質を十分に探ってから、本格的に戦法を組み立てるようじゃのう。

 それ自体は悪いことではないのじゃが、それが為に攻め手が遅くなっておる。これでは一気に攻め込まれた時に、勝ち目が摘み取られてしまうぞい。

 1から100まで把握してからではなく、ある程度仮説を立てる事。そして勿論、分析の技術を高めて加速させる事。

 その鍛錬も行った方が良いぞ」

 これにはノーラは、(もっと)もだ、と異論なく首を縦に振った。

 アオイデュアでもアルカインテールでも、戦闘が始まって間もなくは防戦一方になってしまう場面があった。どうにか(さば)き切れたから良かったものの、そうでなければ命を落としたかも知れない…とは反省していた。

 先の"戦術"と云い、今の分析と云い、どちらももっと高めたいと云う意識から、ノーラはピシリと背筋を伸ばした上で渚に頭を下げて頼み込んだ。

 「渚先輩! 時間が有りましたら、是非、また鍛錬のお付き合い願えますか!?」

 今度浮かべた渚の笑みには、苦々しいものは全く無かった。そして、小振りながら形の良い胸を張ってドンと拳で叩き、ウインクして快諾した。

 「勿論じゃとも!

 先輩とは、後輩にモノを教えてナンボじゃしな!

 それに、人にモノを教えることは、何よりの訓練でもあるからのう! 断る道理はないぞい!」

 

 ――それからノーラは、ナビットで渚と連絡を取っては、毎日ちょくちょくと訓練に付き合ってもらっていたのだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「しかし、やっぱり渚が指導しただけの事はあるね」

 蒼治のその一言で、ノーラの思考は回想から現実に引き戻される。

 「渚は面倒見も良いし、教えるのが旨いからね。だからこそ、副部長の座に留まっていても文句を言われないんだ。

 あれで、メチャクチャな言動さえなければ、良い先輩なんだけどね…」

 蒼治は言葉尻で苦笑する。

 ノーラは…"メチャクチャな言動さえなければ"と云う言葉も、申し訳ないながらも含めて…完全に同意する。確かに、組み手の際の渚の指導は、並の教官などより余程分かりやすかった。

 「それじゃあ…部長のバウアー先輩は、もっと指導力が高いんでしょうか…?」

 ノーラの疑問符に、蒼治は即座にパタパタと手を左右に振って否定する。

 「いやいや! アイツにモノを教わっちゃ駄目だ!

 アイツは本能で理解するようなタイプだから、渚みたいに上手く言葉で表現するのは苦手なんだ。

 組み手なんてした日には、一方的に叩きのめされ続けるだけだよ。

 だから、ウチの部でもアイツと組み手をしたがるのは、バカのロイとお気楽家のナミトだけさ」

 「…それなら…失礼ですけど…渚先輩が部長になれば良かったんじゃあ…?」

 この疑問符についても、蒼治は手を左右にパタパタ振る。

 「渚は指導力は在っても、根っこはハチャメチャだからね。責任能力に致命的に欠けてるんだ。

 ホラ、アオイデュアの時の折り紙だって、自分で言っておいて達成できなかったろう? そういう残念なヤツなんだよ。

 比べて、バウアーは責任能力はだけはキッチリしてる。約束は頑として守るし、この学園()に居なくとも、いつでも部の事は把握してバランスを考えてる。

 やっぱり、上に立つ器があるのはバウアーなんだ。

 まぁ、一長一短ってヤツだよ」

 「なるほど…」

 ノーラとの話が一段落したところで。蒼治はパン、とワザと大きな音を立てて手を叩き、観客(ギャラリー)の注目を集める。

 「さて、僕らの組み手を楽しんで観戦してくれた皆。

 良かったら、感想を…もとい、評価をくれないかな? 厳しい意見も大歓迎さ!

 日頃、星撒部へ溜めてる鬱憤を晴らせる機会だよ!」

 そう語れば、観客(ギャラリー)達は真剣な顔をして隣の学友と意見をまとめ始める。彼らは星撒部への鬱憤をぶつけようとしているよりも、純粋な向上心で(もっ)て蒼治の与えた課題に取り組もうとしているようだ。

 数分の後、彼らの意見がまとまり始め、意見を語る為に息を整える気配が所々で生じ始めた…その時。

 突如、鋭い声が空間を切り裂くようにして割り込む。

 「練りが足りん。圧倒的に、だ」

 まるで雷鳴のような轟々たる力強さを持ったその声に、場の雰囲気は怯懦に支配されたように静まり返る。

 緊張の静寂の中、観客(ギャラリー)を無造作に掻き分けながら、声の主が姿を表し、蒼治の目前までやってくる。

 "彼"を目にした蒼治は、一瞬苦笑いを浮かべた後、眼鏡をクイッと直して真顔になった。

 「レビド・ジェノン…か」

 蒼治が声の主の名を呼んでも、彼――レビドは、頬をピクリとも動かさず、蒼治を凄みを(たた)えた沈黙で(もっ)て睨みつける。

 

 - To Be Continued -

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