星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Ordinary Story - Part 4

 レビド・ジェノンと呼ばれた青年。その一番の身体的特徴は、耳の後ろの辺りから後頭部に掛けて生えた、見事な牡山羊の如き角である。

 この角は哺乳類に見られるような単なる硬化した皮膚とは異なる。ナミトの尻尾のようにある種のエネルギーを発生・蓄積する器官らしい。その証拠に、バチバチと小さな電火が灯っている。

 レビドの体格は、この見事な角と実に見合った立派なものだ。身長は星撒部内で最も高い蒼治よりも拳2つ分は多い。加えて、肉体は制服がミチミチに張り詰めて見えるほどの筋骨隆々としているが、決して無駄な肥大化を起こしてはいない。"大きくてコンパクト"という、一見矛盾した表現がしっくりくるような姿である。

 彼は汗で塗れた短い漆黒の髪の下、灰青色の瞳に蒼治を映すと。深い褐色の皮膚に溶け込むような赤みの薄い唇を割って、声音も内容も鋭利な評価を叩きつける。

 「貴様は相変わらず、戦士として心構えが致命的に欠けている。

 戦場では、幼子が爆弾を運んでくることもある。女子供だからとての情けや安堵は、命取りだ。

 精神の練りが甘過ぎるから、そんな惰弱になるのだ」

 「相も変わらず厳しいね、君は」

 蒼治は苦笑いを浮かべながら、頬をポリポリと掻いてみせる。

 「でも、全くのその通りだから、言い返せないな。

 つい先日、それで痛い目を見たのに懲りてないのは相当マズいって、自覚したからね。キッチリ修正するよ」

 するとレビドは、フン、と鼻で笑う。

 「幾度か同じ言葉を聞いた覚えがあるがな。

 貴様等のような滅茶苦茶なやり方で、果たしてどこまで修正なぞ利くものかな」

 レビドの台詞は終始、挑発的で傲慢だ。ノーラはムッと来たのだが…周囲を見て、ふと疑問符を浮かべる。

 蒼治こそ苦笑いしてはいるが、その他の者達――観客(ギャラリー)だった学生達――は、猛獣の檻に放り込まれた子供のように、ガチガチに緊張して息を殺しているのだ。

 (この人…何なんだろう…?)

 そう胸中で呟いた矢先。レビドは灰青色の視線をギロリとノーラに向けて、厳しい声音をぶつける。

 「貴様もだ、下級生、練りが足りな過ぎる」

 「は、はあ…」

 ノーラがやや呆気に取られてぼんやりと返事をするが、レビドは気にせず、傲慢な態度を崩さずに評価を口にする。

 「あれだけ攻めておいて、決定打に欠ける。挙げ句の果てに、スタミナが切れるなど、無様にも程がある。

 試合ですらない、子供の喧嘩のつもりか」

 「こ…!」

 "子供の喧嘩"と言い捨てるのは、あまりにも失礼ではないか。そう抗議しようと声を挟むものの、レビドは塗り潰して言葉を続ける。

 「貴様に足りんのは、一撃の重さと持久力だ。それらが不足しているという事は、基礎が甘い証拠だ。

 こんな(たわむ)れに(うつつ)を抜かす暇があるなら、筋肉強化を行うべきだ」

 「で、でもよ、レビド…」

 生徒の内の1人が、おずおずと挙手しながら抗議する。

 「その()は、1年生なんだ。俺たち2年とは、経験が違うんだし…同じレベルで物を語るのは、」

 「阿呆」

 言葉が終わるより早く、レビドは灰青色の瞳を刃のように細めて生徒を睨み、重苦しい非難の声を飛ばす。

 「戦場は、年の上下も経験の多寡も(おもんぱか)ってはくれんぞ。学園(ここ)に身を置く者として、当然の見地のはずだ。

 貴様のような阿呆は、初戦で慙死(ざんし)するのが落ちだ」

 そんな言われ方をした生徒はムカッと毛を逆立てたが。レビドが目を見開き、角と瞳を青白く輝かせながら大きな電火はバチンと弾かせると。生徒はビクッと身体を(すく)ませ、大人しくなる。

 「腰抜けが」

 鼻で笑いながら輝きを抑えたレビドは、ノーラに向き直ると。引き締まった腕を組み、威風堂々たる態度を取って、説教じみた言葉を語る。

 「星撒部なぞ、所詮は児戯(じぎ)だ。戦場に身を置きながら、そこの青瓢箪(蒼治の事を指差した)のような甘い阿呆を無駄にのさばらせている、張り子の(むくろ)だ。

 そんな悪地では、出る芽も根腐れるばかりだ。時間の無駄であること、極まりない」

 そこまで言ったレビドは、フッ、と高慢に一笑すると、少し態度を和らげてノーラに続けて語る。

 「貴様は未熟極まりない。鍛錬が圧倒的に足りん。

 だが、光る原石ではある。

 貴様のその才、オレが伸ばしてやる。だから、オレの元へ――"殲術(せんじゅつ)部"の元へ来い。

 星撒なんぞの甘く腐った時間より、千倍もの有意義な時間と、確かな実力をくれてやる。

 貴様の才ならば、あのロイ・ファーブニルをも凌駕する実力を手に入れられることだろう!」

 この台詞を耳にしたノーラは、滑稽さを感じずにはいられず、妙な笑みが浮かんでしまう。

 (なんなんだろう、この人…偉そうだたり、誉めてくれたり…。

 って言うか…いきなりヘッドハンティングし始めてる…)

 ノーラがどう対応すべきか――主に、波風立たせずにお断りする事について――考えあぐねていると。蒼治が、プハハ、と屈託なく笑って助け船を出す。

 「忌憚のない評価をくれた事には感謝するけどね、レビド。脈絡もない青田買いは、感心しないね。

 ほら、ノーラさん、困ってるじゃないか。

 それに、部の先輩である僕の目があるって云うのに、事を起こすなんてね。何をそんなに焦ってるんだい?

 …ひょっとして…」

 蒼治はスッと目を細めると、部内ではあまり見せない、意地悪な表情を作ってレビドを(つつ)く。

 「まだ根に持ってるのかい、あの事?

 だとするなら、お門違いも(はなは)だしいね。

 そもそも彼は、自分からウチの部の門を叩いたワケだし…」

 「別にッ!」

 レビドが語気を強めて否定する。

 「"根に持つ"などのような、狭量にしがみついているワケではないッ!

 オレは純粋に、才ある者の芽が貴様等に毒されて腐れるのを嘆いているだけだッ!」

 否定はするものの、ムキになったその語気を鑑みると、どうしても図星のようにしか思えない。

 そのやり取りに、蒼治だけでなく、観客達の顔にも思わず苦笑いが浮かぶ。

 バカにされている気配を感じ取ったレビドは、流石に暴れるような幼稚な真似はしなかったが。

 「ところで、だッ!」

 と鋭く、強く言い放って話題を変える。蒼治との舌戦には、白旗こそ振らぬものの、"戦術的撤退"と言い張るような潔さのない敗走を喫したようだ。

 レビドは灰青色の瞳でギロリギロリと周囲を見回してから、苛立ちを露わにする口調で()く。

 「渚は!? バウアーはどうした!?

 姿が見えぬが、また怠惰な空虚を貪っているのか!?

 折角の機会だ、一戦交えて我が"殲術部"の優位を知らしめんと思うたのだが…!」

 蒼治は眼鏡をクイッと直しながら答える。

 「残念、どっちも仕事に勤しんでるよ。

 渚はプロジェスって都市国家に、奇病問題の解決のために出張中。バウアーは、ここ1ヶ月は別宇宙の方の仕事で手一杯で、僕たちも通信くらいでしか顔を見てないよ」

 部内では慎重派で通っている蒼治だが、このレビドの相手は得意なのか、始終挑発的な態度が目立つ。

 レビドは岩のような両拳をガツンと打ち合わせ、派手に電火を散らせながら、牙を剥き出しにして唸る。

 「チィッ…!

 肝心な時に姿がないとはな…!

 オレの存在を感知して、逃げ回っているのではなかろうな…!」

 「いやいや、逆じゃないのか?」

 「…何?」

 蒼治が濃紺の髪を揺らして首を振ると、レビドを指差してズバリと指摘する。

 「君の方が、渚やバウアーの居ないタイミングを計って、体裁ばかりの喧嘩を売ってるんじゃないのか?」

 ――瞬間。レビドのこめかみにビキビキと血管が浮き上がったかと思うと。

 (バン)ッ! 大気を割るような音と共に、屋内演習場の床が揺れる。

 同時に、(ゴウ)ッ! と爆音が響き、爆発的な烈風が発生する。

 「うおっ!」「ひっ!」「やべぇっ!」と言った悲鳴を上げて、烈風に転ばされないよう足を踏ん張る、観客達。

 一方で、レビドの姿は消えている――いや、微かに視認出来るが、余りに速くて見え難いのだ! レビドは角と瞳から放つ電光の尾を引きながら、黒い烈風となって蒼治に肉薄する。

 「侮るなァッ!」

 怒号と共に、レビドの電火を纏った拳が蒼治の顔面めがけて急接近する。

 これには流石に蒼治も笑みを消すと。絶妙の反射速度で双銃を取り出し、顔面手前で交差させてレビドの拳を阻む。

 (ガン)ッ! 堅い衝撃音が響き渡り、蒼治の防御は見事に成功したかに見えた。が、レビドの拳撃のインパクトから生じた黒い(いかずち)が銃身内を潜行。そのまま蒼治の顔に向かって飛び出す。

 「!!」

 蒼治が目を見開き、首を動かして回避しようとするものの…間に合わない! そのまま蒼治の顔は、黒い(いかずち)穿(うが)たれて焼き尽くされる…かに見えた。

 そこへ、横から援助に割って入ったのは、ノーラの大剣の刀身である。

 ガキィンッ! 鼓膜をつんざく破裂音が響き渡り、黒い(いかずち)は細かな電火となって大気中に散らされる。蒼治の顔面は、刀身に守られて無事だ。

 「…いきなり暴力に訴えるのが…先輩のやり方なんですか…?」

 ノーラが目を怒らせてレビドを睨みつける。

 レビドは蒼治の無事とノーラの行動に対し、不愉快げに「チィッ!」と舌打ちをすると。謝罪の言葉もなく、勢いよく(きびす)を返す。

 そして、観客の一画に視線を投げると、ゾロリと歯を剥き出しにして、怒号を上げる。

 「何時まで星撒のバカどもに目を遣ってる!

 早く鍛錬に戻れッ!」

 どうやら、観客の中にレビドの同輩か後輩らしき"殲術部"の部員が紛れていたらしい。彼らはビクッと床を動かすほどに身を震わせると、「はいッ!」と叱られた軍人のように大声で返事し、いそいそと人混みの中から抜け出してゆく。

 レビドは全身から怒気を放ったまま、のっしのっしと大股で観客の中を掻き分けて進む。いや…観客の方でレビドを恐れ、海が割れるような有様で道を開けている。

 レビドの姿が遠く小さくなるまで、観客も蒼治もノーラも、誰1人声を上げずに静寂を貫いていた。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 レビドの去った後、蒼治がコホンと咳払いを挟み、改めて組み手の感想を観客達に伺ったのだが。彼らはレビドの迫力にすっかり気圧されてしまい、言葉を濁しながらポツポツとその場を離れて行ってしまった。

 蒼治はやれやれと肩を(すく)めると、ノーラを見やって言葉をかける。

 「仕方ないね。仮部室の方に戻ろうか」

 ノーラは承諾するほかなく、2人はトボトボと校舎へと歩き出す。

 道中、ノーラはレビドについて尋ねる。

 「あの…レビドって人、何なんですか…?

 凄く態度が悪くて…正直、不愉快なんですけど…」

 蒼治はちょっとビックリして目を小さくする。

 「あれ、知らないのかい?

 "殲術部"の部長、レビド・ジェノン。通称、"虚雷"。学園最強候補として名が上がっている1人だよ。ちなみに、僕達と同じく2年生だ」

 「あんな人が…学園最強の候補として評価されているんですか…?」

 ノーラが眉をしかめると、蒼治は肩を(すく)めて語る。

 「"学園最強"の基準は、戦闘技術を尺度にしてるからね。人格や精神は加味されないよ。

 その基準で言えば、レビドは確かに怪物並に強いからね。間違った評価じゃないよ」

 「でも…蒼治先輩は、あまり怖がってませんでしたよね…?

 むしろ…慎重な先輩らしからぬ、挑発的な物言いをしていましたよね…?」

 蒼治は、ナハハ、と愉快と恥ずかしさの狭間で笑う。

 「レビドは、ああ言う性格だからさ、人には好かれないんだよ。かく言う僕も、あまり好きじゃないよ。

 でも、彼の強さを恐れて、面と向かって抗議する生徒が少ないからね。せめて僕ぐらいは、皆の声を代表しようと思ってね。

 それに…からかうと直ぐムキになるから、面白いんだ。彼には、渚みたいなクセモノっ気が全然なくて、真っ直ぐなばっかりだからね」

 「…そうなんですか…。

 それにしても、なんでレビド先輩は、星撒部の事を目の敵にしてるんですか…?

 先ほど、"あの事"って言ってましたけど…因縁とか、あるんですか?」

 「ああー…因縁というかな…アイツの一方的な逆恨みなんだけどさ」

 蒼治は頬を掻きながら言葉を続ける。

 「あいつ、自分の部に見所のある生徒を集めまくっていたんだよ。

 声をかけられた生徒の大半は、レビドの気迫に気圧されたり、中には彼の方向性に同意する者もいてね。みんな入部して行ったんだけどね…。

 ロイとナミトにも目を付けていて、スカウトしたんだけどさ。彼らは星撒部に入っちゃったからね。その事が面白くなくて、今でも恨んでるってワケさ…」

 「物凄く…器が小さい人なんですね…」

 ノーラが不愉快げに目を細めて言い捨てると、蒼治は、ハハハ、と笑って同意する。

 「全くだよね。

 どれだけ筋力や魔力が強くとも、それだけで世界を思い通りには出来ない…その現実を、レビドは知るべきだよね」

 レビドの話がここで一区切り付くと。ノーラが以前から胸の内に抱えていた疑問を口に出す。

 「そういえば…私たちの星撒部って、3年生が居ませんよね…? それ、どうしてなのかなって…不思議だったんです…。

 もしかして…2年生が立ち上げた部活だから、上級生を平部員として扱うのを敬遠したんですか…?」

 「いや。バウアーも渚も、そういう所に頓着するような器量の狭い人間じゃないよ。

 問題は、3年生の方にあるね」

 「2年生の下に付くのは、嫌だ…って云う矜持でもあるんでしょうか…?」

 蒼治はあっさりと首を縦に振る。

 「この学園はどんな生徒でも受け入れる器量の広さがあるけど、結局集まってくるのは、世界や地方において神童だの天才だのと持て(はや)された人が多いからね。プライドは並々ならぬところがあるよ。

 加えて、ウチのバウアーも渚も、大抵の3年生じゃ敵わない実力の持ち主だからね。何もかもにおいて優れてる若輩の下には、付きたくないんだろうね。

 でも、今のユーテリアには、最上級性が2年生だって云う部活は結構あるよ。さっきのレビドの殲術部もそうだけどね」

 そこまで聞いてノーラは、そういえば、と首を傾げる。"学年最強"の候補は2年生が多くを占めており、3年生の名前は殆ど出てこない。

 「あの…今のユーテリアの3年生って…実力はあまり高くない方なんでしょうか?」

 ()かれたと蒼治は、うーん、と唸る。

 「全体を()べて見れば、そうでもないと思うよ。ただ、突出するような人材は居ないかな。

 去年の3年生に、鼻っぱしを折られちゃってるから…その所為もあって、いじけてるのかも知れないね」

 「去年の3年生…ですか。

 凄い人が多かったんですか…?」

 この質問に対し、蒼治は目を細めて遠くを見つめながら暫し黙すると。「うん…」と前置きして、言葉を続ける。

 「かなり個性的で、突出してる人が多かったからね。

 僕らの世代は、そんな当時の3年生に憧れたり、対抗意識を燃やしたりして、いまだに色々と励んでいる人が多いんだけどね。

 2年生は、3年生に恐縮してたというか…ぶら下がったままというか…あまり覇気がなかったんだよね。組み手とか敬遠しまくってたし。

 特に、首席卒業の"あの2人"と絡む人は、2年生だと皆無だったんじゃないかな。僕らの世代でも、バウアーと渚くらいだったけどね、突っかかってたのは」

 「"2人"…? どんな人たちだったんですか…?」

 蒼治は妙な苦笑を浮かべる。

 「男女2人組で、性格は真逆って云ってもいいくらいなのに、凄く仲が良くてね。卒業後も、仲良く地球圏治安監視集団(エグリゴリ)に入ったよ。しかも、最強と評判の"エボニーコート"さ。

 あの人たちは…正に怪物だったね。渚もバウアーも、結局は1本も取れないままだったしね」

 「そんな人達が…!」

 ノーラは目を白黒させる。バウアーの実力は目にしていないが、渚ならばアオイデュアでの活躍が今も網膜に焼き付いている。

 現女神(あらめがみ)であり、千を数えるような天使の大群を1人で打ち破ってしまうような絶大な戦闘能力の持ち主。そんな彼女でも敵わないとは、一体どんなバケモノだと云うのか!?

 「今のバウアーや渚なら、違う結果になるのかも知れないけど。でも、あの人達も更に実力を付けてるだろうからなぁ…やっぱり、敵わないかも知れないね」

 そんな蒼治の言葉に耳を傾け、相槌を打ちながら、ノーラは校舎へと歩みを続ける。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 仮部室に戻った後のノーラと蒼治の活動は、極めて和やかなものだ。

 「組み手で疲れたし、ちょっと休憩しようか。

 ちょうど、ナミトが持ってきたお菓子の山があるしね」

 蒼治は準備室の方から菓子を山と抱えて持ってくる。

 「勝手に食べちゃって…大丈夫でしょうか?

 それに…皆まだ、戻ってませんし…応援に行った方が良いんじゃないですか…?」

 生真面目な回答を返すノーラに、蒼治はウインクして見せる。

 「日頃は部のハチャメチャの尻拭いに奔走されてるんだ。今日くらい休んでもバチは当たらないよ」

 「でも…」

 あくまで固辞する姿勢のノーラであったが、蒼治が手早くお茶会の準備を整えてしまうと、断るのも悪い気がしてしまう。

 結局、ノーラは。

 「…それじゃあ、ちょっとだけ…」

 と苦笑いしつつ、早々と席に着いた蒼治の向かい側に座ったのだった。

 それからの2人は、組み手についての反省会やらアルカインテールでの思い出、果てには蒼治の苦労話などで盛り上がる。"ちょっと"どころではない時間を費やしてしまっているが、話にのめり込んでしまったノーラは最早、時間を気にかけることなく談笑する。

 更に2人の話題は変わり、"慰問系の仕事を受けた時に、折り紙以外で目新しい出し物はないか?"と云う事について、真剣に頭を捻り始める。

 「…油粘土とか、どうでしょうか?

 折り紙みたいに自由な発想で遊べますよ…?

 折り紙ほどには、変化に対する驚きは少ないかも知れませんが…。折り紙以上の立体感が出せる利点で、十分カバー出来ると思うんですけど…?」

 ノーラが提案すると、蒼治は苦笑しながら(かぶり)を振る。

 「実は、試した事あるんだけどね。上手くいかなかったんだ。

 折り紙は1枚の紙という制約があるから、形を作った後の意味を具現化しやすいんだけどね。

 粘土は、折り紙よりも自由度が高いから、意味の具現化が凄く厄介でね。千切ったりくっつけたりしている内に、魔化(エンチャント)が崩壊したり相殺したりして、うまく動かなくなっちゃうんだよ」

 「…その試みは、蒼治先輩だけでやっていたんですか…?

 渚副部長とか、バウアー部長は…? 他の皆は…?」

 「渚はそういう見た目地味な研究には興味ないし、バウアーはそもそも部室にじっとしていられるほど暇じゃないし。

 他の皆も、方術にそれほど自信がないってことだったから、僕が1人でやってることが多かったね。

 たまに、アリエッタが手伝ってくれたけど…うまくは行かなかったね」

 「…それじゃあ、私ともう一度、考えてみませんか…?」

 ノーラが提案すると、蒼治はパチクリと瞬きしてから反応する。

 「ノーラさんと?」

 ノーラは(うなず)いて、言葉を続ける。

 「私は、方術は…蒼治先輩ほどじゃないですけど…得意な方ですし…。

 何より…実現したら面白そうな事を…無理かも知れないって諦めたままって言うのが…勿体ないと云うか…悔しいです…」

 消極的な印象が強かったノーラも、二度の修羅場をくぐり抜け、すっかり星撒部のアクティブな色に染まってしまっているようだ。"悔しい"と語るノーラの瞳には、力強い輝きが宿っている。

 それを見た蒼治は、初めは困ったような表情を作って鼻の上を掻いていたが。ノーラの眼孔が衰えないのを見て取ると、眼鏡をクイッと直して微笑む。

 「どうせ今日は、活動のノルマは終わってるからね。

 皆が戻ってくるまで、研究してみようか」

 「…はい! やってみましょうよ!」

 

 こうして2人は、ティーセットやお菓子の山を仕舞いもせず、購買部に油粘土を買いに行き、研究を始めたのである。

 

 そして、茜色に染まった空から、赤みの強い斜陽が窓から差し込むような時間帯になった頃…。

 

 バタバタバタ、と複数の足音が仮部室の外でざわめいたと思うと。ガラッと大きな音を立て、引き戸が開く。

 公園の美化に行っていた部員達が帰って来たようだ。

 開いた扉の向こうから、真っ先に姿を現したのは――顧問のヴェズではなく、"暴走君"たるロイでもなく、意外な事に部内では最も積極性に欠ける大和であった。

 「ただい…ぐはぁっ…」

 腰を曲げ、げんなりと疲労の影に染まった表情をして、倒れ込むようにして入室する、大和。そんな彼の背の上には、小さな人影がある。

 その人影は片手を振り上げて拳を作り、力のこもった声を上げる。

 「なんですか、その情けない有様は!

 大和さんは、栄えある星撒部の自覚が無さ過ぎます!

 この程度で疲れ果てるような体力で、よくここまでやってこれましたね!」

 「いや、いやいやいや…ね、ナディさん」

 大和は倒れ込みそうになるのを、壁に手を付いて抑えながら、(くま)の浮かんだ半眼で背負った人物――ナディ・ゲルティアを見つめながら反論する。

 「散々力を使わせておいて…もうオレ、魔力スッカラカン寸前だってのに…そんな仰りようは、鬼過ぎるッスよ…?」

 「言い訳無用ですっ!」

 ナディはピシャリと大和を言葉で叩く。

 「そもそも、あの程度の力を使う程度でヘバる事が大問題です!

 ロイさんやナミトさん、イェルグさんを見習って下さい! 全然余裕じゃないですか!」

 そう名を続けて唱えた直後。ロイ、ナミト、イェルグがニカニカ笑いながら部室に入ってくる。そんな仲間達の姿を見た大和は、情けない泣き顔を作って同情を訴えるが…反応は彼にとって(かんば)しくないものばかりだ。

 「実際、ヒョロ過ぎるんだよ。

 機械弄りばっかりじゃなく、体力も付けないといけないぜ?」

 「うんうん!

 ナディちゃんを10人は乗せて、笑顔でスクワットこなせるくらいにならないとねー! その内、もやしって呼ばれるようになっちゃうよー?」

 「ま、手抜き思考にばっかり走りがちなお前には、良い薬じゃないか?」

 「そ、そんなぁ…!」

 大和が涙を浮かべて――作り涙だが――訴えるが。ロイ達の注目の的はもはや大和ではなく、仮部室の中央で幾つも机を合わせ、油粘土を囲んで真剣な議論を交わすノーラと蒼治の方へと移る。

 「おっ、ノーラ、帰ってたのか。

 何してんだ? 粘土なんて囲んでよ?」

 ロイがいち早く反応して2人の元にゆくと、ノーラは今気づいた、と云う(てい)でヒョッコリと顔を上げると、微笑む。

 「慰問系のお仕事で使えるような、折り紙以外の遊びはないかなって…油粘土を試してみてたんだ」

 「ん? 粘土は無理だったって話じゃなかったのか?」

 イェルグが蒼治に尋ねると、蒼治は粘土から視線を逸らさぬまま、「以前は、ね」と前置きして言葉を返す。

 「でも、ノーラさんともう一度チャレンジしてみたら…結構、良い線に行ったんだ。

 流石はノーラさんだ、あんな術式構造、僕は考え付かなかったよ」

 「いえ…蒼治先輩こそ、流石です…!

 私の思い付き程度の事を、理論立てて実現してしまうんですから…!」

 机の上を見れば、幾つもの動物の形にこね上げられた油粘土が、恐る恐るといった有様で四肢を動かしている姿がある。

 「ちょっと見せていただいても良いですか!?」

 そう声を上げたのはナディで、大和の背の上でバタバタと足を動かすと。大和は「はいはい…」と溜息をつきながら彼女を静かに降ろす。すると、ナディは最早大和に目もくれず、一目散にノーラ達が作業する机に向かい、その上の光景に視線を向ける。

 そして、キラキラと瞳を輝かせながら、歓声を上げる。

 「わぁ…凄いです、凄いです!

 折り紙は見せていただきましたけど…! 粘土でも同じ事が出来るんですね!

 凄く面白いです!」

 蒼治は照れ笑いを浮かべて、ナディに視線を向ける。

 「いやいや、まだ試作段階で、人様に見せられるレベルじゃないけれど…。

 でも、一度は諦めた事がこうして実現の目前にまで迫れるのは、嬉しいね」

 「やはり星撒部は、文武両道でこそ輝きますね…!

 蒼治先輩は、まさにその(かがみ)です!」

 ナディの絶賛に対して、ロイが首を傾げて「そうかぁ?」と声を上げる。

 「確かに文は強いけどよ、武は結構甘いと思うぜ。

 なぁ、ナミト?」

 「うーん…正直言って、先輩は頭デッカチって感じだね」

 2人の下級生からの厳しい評価に、蒼治はガックリを肩を下ろす。

 「…まぁ、言い返せないけど…。

 何の遠慮もなく云われると、流石に凹むなぁ…」

 その言葉に、公園から帰ってきた部員達の間に笑いが生じる。

 一方で…ノーラは、初めて目にするかなり年下の少女――ナディにちょっと戸惑い、目をパチクリとさせている。それに気付いた蒼治が、すかさずフォローを入れる。

 「そうか、ノーラさんは顔を合わせるのが今が初めてなんだよね。

 彼女は、ナディ・ゲルティア。前に言ってた、"強力な助っ人"だよ。

 今は準学生としてヴェズ先生の指導を受けてるんだ。来年からは学園に正式入学して、ノーラさんの後輩になるよ」

 蒼治から紹介されたナディは、ノーラに向き直り、ニッコリと大輪の花のような笑顔を見せて、礼儀正しくお辞儀する。

 「お初にお目にかかります、ご紹介を受けた通り、ナディ・ゲルティアと言います。

 来年は星撒部に入部致しますので、後輩となります。

 よろしくお願いいたします」

 年に見合わぬ大人っぽい仕草の挨拶にノーラはどぎまぎしながら、自らも立ち上がってペコリと頭を下げる。

 「ノーラ・ストラヴァリです…。

 最近入部した身なので、先輩とか、そんな大層なものじゃありません…。

 よろしくお願いします…」

 2人が挨拶を交わしている間に、蒼治がイェルグへと確認をとる。

 「それで、仕事の方はどうだったんだい?」

 「いやいや、ナディお嬢さんのお陰で、依頼人は大喜びさ。

 もうあそこは公園じゃない、庭園だね。雑草…いや、野草すら、踏むのが躊躇(ためら)われるレベルだよ」

 「いやー…末恐ろしい後輩が出来たモンッスよ。

 …オレ、尻に敷かれっぱなしになってる来年の姿が目に浮かぶようッスよ…」

 大和が目尻に作り涙を輝かせながら語る。公園では始終、ナディに散々に指導されて小言を受けていたので、随分と堪えていたらしい。

 大和の姿を見て苦笑した蒼治は、次いで入り口の辺りをキョロリと見回してから、誰ともなしに尋ねる。

 「あれ、ヴェズ先生は?

 一緒じゃ無かったのか?」

 「用事があるってよ。途中で分かれたんだ。

 後でナディお嬢さんを迎えに来るって言ってたから、それまでは部室でのんびりさせてもらうさ」

 と、イェルグが言った矢先。仮部室の隅の机の上にお菓子の山を見つけたナミトは、指差しながら「あーっ!」と声を上げる。

 ノーラは思わずビクリとする。蒼治が持ってきたとは言え、お菓子はナミトの私物だ。それを勝手に食べてしまった事への罪悪感が一挙に生じてしまったのだ…が。

 ナミトは表情を曇らせることなく、むしろ瞳を輝かせながら机に突撃し、菓子の袋を一つ掴んで騒ぐ。

 「ナイスターイミング!

 一仕事終わった事だし、お茶にしよーよっ! お菓子食べよーよっ!」

 「おっ、良いねぇ!」

 と、即座に乗ったのはロイである。

 「やっぱ、肉体労働した後は、脳ミソが糖分を欲しがるからな!

 しっかり補給しとかないと、体に毒だもんな!」

 そう言ってナミトの後を追うロイの背後に向けて、イェルグがクックッと笑う。

 「そりゃ、頭脳労働した時の話だっつーの。

 脳筋のお前にゃ、縁遠い話だ」

 「んだほ、イェルフッ!」

 早々と菓子を口一杯に頬張ったロイが、耳(ざと)くイェルグに反応して反論する。

 「ほおみへてもな、おへはあはまふはっへるんだへ!

 テフトだって、おほしたほとないんだかんな!」

 「あーあー、分かった分かった。

 取り敢えず、飲み込んでから(しゃべ)ってくれ」

 イェルグが手をパタパタと振ってロイを鎮める。

 これを機に、ノーラと蒼治以外の者達は一気に脱力。一気に遊びモードに突入する…のだが。ここに1人、眉間に皺を寄せてダラけた部員達を睨みつける者が居る。

 ナディである。

 「皆さん!

 ダラける前に、やることがありますよ! 今回のお仕事の反省会です!」

 「えー…。

 そんなの、後回しで良いじゃないッスかぁ。取り敢えず今は、体を(いたわ)るべきッスよー」

 いつの間にかナミトの隣に座していた大和が、モグモグとケーキ菓子を食べながら、ゲンナリしたジト目で反論すると。ナディは顔を真っ赤にし、握り拳をブンブンと振り回して憤る。

 「何言ってるんですか!

 今回のお仕事は、反省点が山ほどあるんですよ! それを忘れない内に振り返っておかないと! 星撒部の名を汚してしまいますよっ!

 特に大和さんは! 人一倍反省する必要があるんですから! 幼稚園児みたいな事を言わずに! キチンと反省するべきですっ!」

 対しては大和は、頑として休憩を放棄せず、新たな菓子に手を伸ばしては、反論しようと口を動かした…その時。

 「うむ! 若いながら、立派な心掛けじゃな!

 大和は少し、爪の垢を煎じて飲んだ方が良いかも知れんのう」

 仮部室の入り口から、独特の口調が聞こえてくる。

 この声に、ナディも、休憩に入った4人も、粘土と格闘している2人も、一斉に視線を向ける。

 そこには、壁にもたれて腕を組み、斜陽にハチミツ色の金髪を輝かせる1人の美少女の姿がある。その正体は、勿論…。

 「渚副部長!」

 ナディがパァッと顔を輝かせて歓声に近い声を上げると。渚はニヤリと笑って手を挙げ、そしてウインクしてみせる。

 「うむ!

 立花渚、ここに参上じゃ!」

 

 - To Be Continued -

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