星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Ordinary Story - Part 5

 「渚副部長!」

 ナディは渚の方へと一目散に駆け寄ると、ブラウンの瞳をキラキラさせて、渚の澄んだ碧眼を見上げる。

 「おお、ナディや! どうじゃった、体験入部は?」

 渚は馴染んだ様子でしゃがみ込み、ナディの頭を撫でながら尋ねる。2人は今日出会っては居ないのだが、この様子をみる限り、以前からの知り合いらしい。

 (もっと)も、顧問のヴェズが指導している準学生と云うことだから、副部長の渚が把握していてもおかしくはない。

 ナディは渚の問いに頬を膨らませて答える。

 「皆さん、確かに技術は素晴らしいんですけど、心掛けがあまりよくありませんね!

 調和する事より、排除する事ばかり念頭に置いてしまうんです! これでは"暴走部"などと不本意な呼ばれ方をされても仕方ありませんよ!

 世界に希望の星を撒く、真の英雄たる星撒部としては、文武両道に秀でなくてはなりません!」

 「うむうむ! 確かに、ウチには脳筋どもが多いからのう。特に男連中は、殴れば何とかなると思っておる者ばかりじゃからな」

 「…お前が言うなよ…」

 粘土に向かいながらも、蒼治はボソリと反論せずには居られない。

 "暴走部"と呼ばれている原因の半分は、渚のハチャメチャな言動の所為なのだが。渚はナディと面識がある事を良いことに、何か都合の良い事でも吹き込んだらしく、ナディは渚を純粋に敬愛して止まない。

 「じゃがな、ナディよ」

 渚はポンポンとナディの頭を優しく叩きながら言って聞かせる。

 「文武両道、真面目一本の心意気は素晴らしいものじゃが、四六時中それでは身が持たんぞい。

 健全な心身あってこその、心意気じゃからな。

 力を抜く時には、思い切り抜いた方が良いのじゃ」

 するとナディは、バツが悪そうに怖ず怖ずと言った感じで反論する。

 「でも…ダラけてしまっては…反省すべき点も忘れてしまいませんか…?」

 「大丈夫、大丈夫!」

 渚はニパッと笑って答える。

 「部員どもは確かに頼りないところもあるが、地べたを這う程には落ちぶれてはおらん。

 また力を入れるべき時には、キチンと心を切り替えられる奴らじゃ。一息入れてから反省会をしても、問題はないぞい。

 それより、おぬしも一仕事して来て、くたびれておろう? 菓子と茶で、少しホッコリすると良い」

 「副部長が、そう仰るなら…」

 と言うナディの顔は、嬉しそうに緩んでいる。強気に生真面目な事を語っていたナディであったが、本音では他の部員と同様、お茶を飲んで落ち着きたかったらしい。

 小走りでナミト達に混ざると、隣に座るロイに早速ココアを所望する。ロイも気を悪くせず、席を立ってココアを用意する。アルカインテールでの慰問で見せたように、子供の相手を得意としている彼は、ナディがどんな評価を下そうとも邪険に扱うような真似はしないよう心得ているようだ。

 

 公園での美化活動組が全員ティータイムに興じ始めた一方で。蒼治が粘土を[()ねる手を止めて、渚に尋ねる。

 「仕事、もう終わった…ってワケじゃなさそうだな。

 お前しか帰って来ていないワケだし」

 「うむ」

 渚は(うなず)いてから、頭をポリポリと掻く。

 「ただの病だとは思っておらんかったが、首を突っ込むほどに厄介な面が見えて来てのう。

 わしら、数日は学園に帰って来れぬかも知れぬ」

 「ま、いつもの事だよな…って割り切れてしまうのは、逞しいような悲しいような感じだな」

 この言葉には発言者の蒼治のみならず、ノーラもまた苦笑い。アルカインテールでの一件では、ちょっとした子供の依頼から都市国家を丸ごと一つ巻き込むような大騒動に巻き込まれてしまっている。星撒部にはよくよく、厄介事を引き寄せてしまう性質か運命があるようだ。

 「それで、どんなところが厄介なんだ?

 女神戦争の舞台になった都市国家の事だし、信仰に関する住民同士の確執や対立がある…って事くらいは、パッと思いつくんだけどな」

 「確かに、住民の間に少し違和感はあるが、確執や対立と呼べるほどに炎上してはおらぬ。

 真に厄介なのは…」

 渚は蒼治に、解決に取り組んでいる病の正体が呪詛である事。呪詛であるからには、人為的な悪意が存在している事。そして、術者は相当な実力を有している事などを、ざっと説明する。

 「…なるほど、呪詛か。

 単体ながら"チェルベロ"の人員も動いていると云うことは、一筋縄じゃないかないな」

 「うむ。その"チェルベロ"からも協力を要請されておるからな。無下に断れんし、何より死傷者が出るような事態を黙って見過ごすなど出来ぬ。

 早期解決のため、呪詛使いの正体を暴く調査のためにも、学園長にちょっとした頼みをしに、こうしてわしだけ帰ってきたワケなんじゃが…。

 ヴェズ先生は、不在なのじゃな? 学園長に会う前に、順序として部の顧問教師に会っておきたかったのじゃが」

 「用事があるそうで…ここには姿を見せていません…。

 いつ来るかも、分かりません…」

 ノーラが答えると、渚は顎に手を置いて「ふむ」と一言漏らす。少し考え事をしたようだが、即断したようで、すぐに顎から手をどける。

 「仕方ない。学園長に会ってくる事にするわい。

 ヴェズ先生には、事後連絡で申し訳ないが、後でわしから話すとしよう」

 そして渚は挨拶もそこそこに、サッサと部室を後にしようと歩き出す。その背中に、ノーラが「あの…!」と声をかけた。

 「なんじゃ?」

 「…4人で、大丈夫ですか?

 アルカインテールの時みたいな騒動になったら、人手が足りなくなるんじゃありませんか…?」

 ノーラの申し出に、渚は不適な笑みを浮かべると。ドン、と自分の胸を叩いてウインクする。

 「何を心配しておるんじゃ?

 このわしが居るんじゃぞ? 4人でも多すぎるくらいじゃわい!」

 渚の言葉は『現女神』である前に、"立花渚"という存在を自負した、傲慢とも取れる自信の現れである。

 一般的には不安を煽るばかりの言葉のはずだが。ノーラが妙に納得してしまったのは、短期間ながら渚の偉業を目にしてしまったからこそである。

 「では、行ってくるわい」

 渚は手をヒラヒラと振って、仮部室を後にしたのだった。

 

 渚の姿が見えなくなってすぐに。

 「あ…」

 蒼治がぼんやりと声を上げる。

 「レビドが突っかかって来た事、伝え忘れたな…。

 まぁ、毎度の事だから、どうでも良いか。むしろ、伝えた方が厄介になりそうだし…渚のヤツ、乗り込んで行きそうだからな…」

 こうして無視されてしまったレビドについて、ノーラは同情を禁じ得ず、苦笑を浮かべる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ユーテリアの学園敷地内の中心部。その最頂点に位置し、学園内で最も美麗な空間と言われる場所、"眺天の通路"。学園の敷地とともに、学園上空も広く眺める事の出来るこの場において、渚は茜色に染まった天空を真っ直ぐに見上げる。

 空には、学園の主たる"慈母の女神"二由来する、蜃気楼のような美しい城塞様建造物群――『天国』が見える。

 「"母"と付く割には、いつ見ても厳つい天国じゃのう」

 渚はポツリと呟いて苦笑いすると、気(おく)れなど微塵もない、堂々たる大股の歩みで学園長室の木製の扉の前に到る。そして、少し強めにコンコン、とノックすると、キビキビした声を上げる。

 「アルティミア学園長、立花渚です。

 入室してもよろしいですか?」

 渚は流石に普段の独特な口調を封じ、丁寧な標準語を口にする。ただし、口調は堅いと云うよりも、ちょっとトゲトゲしい。

 「ええ、どうぞ。いらっしゃいな」

 扉越しに聞こえる、"慈母の女神"アルティミアの母性溢れる物腰柔らかな言葉。対する渚は堅い態度を崩さず、軍人でもあるかのような口振りで「失礼します!」と言い放ち、扉の向こうへと入る。

 落ち着いた木製家財が並べられた、心地よい空気に満ちた学園長室。その最奥にあるデスクに座るのは、白磁の肌と真紅の唇、そして渚に勝るとも劣らぬ金色の髪と紺碧の瞳を持つ絶世の美女、"慈母の女神"アルティミアの御姿(みすがた)がある。

 学園の治める長たる立場にあるアルティミアであるが。この時間帯がたまたまなのかは分からないが、特に何かの職務に専念している様子はない。それどころか、机の上に転がる暫定精霊(スペクター)達を(つつ)いて(いじ)り回している。

 莫大な数の生徒を要する学園を束ねる身の上だと云うのに、何ともお気楽な姿である。全ての職務を職員に分配して任せているのか、それとも目に見えないところで一気にバリバリと仕事をこなしているのだろうか。

 アルティミアは暫定精霊(スペクター)達を弄り回したまま、視線を渚に向けて微笑む。それは、真紅のカーネーションを想起させる美麗で艶然たる笑みだ。

 「珍しいわね、立花渚さん。あなたがこの部屋に来るなんて。

 問題事が起きた時には、決まってヴェズ先生か蒼治・リューベイン君が見えているのだけれども。

 それとも、部活動絡みでない相談事かしら?」

 「いえ、部活絡みです」

 渚はキッパリと即答する。そのキビキビした姿は、普段の学園生活では決して見ることの出来ない、希有な有様である。

 「しかしながら、私の都合のことですので。私が自らの口で伝えるのが筋だと思い、参上した次第です」

 ここでアルティミアは暫定精霊(スペクター)弄りを放棄すると。デスクに両肘を置き、組んだ手の甲の上に顎を乗せて笑う。

 「そんなに(かしこ)まらなくて良いわよ。普段の貴女(あなた)らしく振る舞ってくれて構わないわ。

 学園長と生徒、ではなくて、同じ『現女神』の仲間と思って、打ち解けてほしいわ」

 そう言われた渚は、ふぅー、と息を吐いて肩の力を抜くと。普段通りの有様で頬を掻きながら語る。

 「それでは、お言葉に甘えてるとするかのう。

 こういうお堅い口調は、どうにも肩肘張ってしまって、疲れるのじゃ」

 アルティミアは、フフフ、と和毛(にこげ)のような笑い声を漏らす。

 「それで、用件とは何かしら?

 また"おいた"してしまった事へのフォロー?」

 渚はパタパタと手を振って否定する。

 「そんな使い走りならば、蒼治のヤツにやらせるわい。

 ちょいと、留学の手続きを取ってほしくてのう。都市国家プロジェスの高等学校なのじゃが」

 「プロジェス…ふうん」

 アルティミアは都市国家の名前を舌の上で転がすと、目を細めて尋ねる。

 「目的は、元"夢戯の女神"であるニファーナ・金虹かしら?」

 「ご明察じゃ」

 「フフ…それ以外に、思い当たる節が無かっただけよ」

 アルティミアは組んだ手を解いて、椅子の背もたれにもたれ掛かりながら語った。

 「プロジェス、ね。最近まで『女神戦争』をしていたそうだけど、ようやく落ち着いて、活気が出てると聞いてるわ。

 そんな所で、元『現女神』と何をやらかすつもりなのかしら?」

 「やらかすなど、人聞きの悪い言い方じゃな」

 渚は眉を曇らせると、咳払いをして言葉を続ける。

 「ただ、ニファーナとやらに接触して、どんな人物なのか確かめてみたいだけじゃ。

 それが今回の件の解決に結びつくかどうかは、五分五分と言ったところじゃが。何もせぬよりは良いかと思うてな。学生らしいやり方でアプローチしてみる事にしたワケじゃ」

 「今回の件…プロジェスでの奇病騒動の事ね?」

 渚は目を細めてアルティミアを睨む。

 「おぬし、ホントに耳が早いのう。

 "慈母"と言うより、"情報"だの"把握"だのと名乗る方が良いのではないか?」

 アルティミアは、フフフ、と笑う。

 「そんなんじゃないわ。

 生徒達の母として、皆の状況が自然と把握出来るだけよ。完全な情報、とは行かないのだけれど。

 私の『現女神』の性質なのでしょうね。」

 「おぬしも信者を持たぬ身だと聞くが、実質大量の信者を抱えておるようなものじゃな」

 渚が突っ込むと、アルティミアはニッコリ笑むだけで、何も言葉を返さない。

 代わりに、話題を留学の件に戻す。

 「留学の話、早速ニファーナさんが通う高等学校の方へ通しておくわ。

 先方さえ呑んでくれるなら、明日から始められるようにしておくわね。この時間で、明日の今日だから、難しいとは思うけれど…このユーテリアのネームバリューなら、どうにかなるかも知れないわ」

 「うむ、それは有り難い!」

 「先方からの返事が来たら、あなたのナビットに連絡を入れるわ。

 少し、待っててくれるかしら」

 「相分かった!」

 景気よく返事をした渚は、用件はもうないと早速(きびす)を返す。その背中へ、アルティミアが声をかける。

 「そういえば、渚さん。

 最近入部したノーラさん、様子はどうかしら? うまく打ち解けてるかしら?」

 渚は小首を傾げながら振り返る。

 「おぬし、生徒の事は把握出来ておるのではないか?」

 「さっきも言った通り、完全とは行かないのよ。

 それに、貴女の目から見た感想を聞きたいのよ」

 「ふむ」

 渚は腕を組むと、すぐにニヤリと笑う。

 「よくやっておるよ。

 流石はこの時期に快く入部してくれた者じゃ。元来の才や能力も申し分ない事に加え、向上心も高い。

 初めは引っ込み思案なところが少々心配じゃったが、うまく打ち解けておる。まぁ、ウチの連中が人当たり良すぎるお調子者が多いだけかも知れんがのう」

 「そう…」

 アルティミアは満足げにしては何か思惑のあるような、伏し目がちな笑みを浮かべる。そして、更に突っ込んで尋ねる。

 「アルカインテールの一件については、どうかしら? 貴女の評価と、ノーラさんが受けた影響について、聞かせてもらえるかしら?」

 「成果は上出来じゃよ」

 渚はウインクしてみせる。

 「『バベル』とか言う、外道極まりない『握天計画』の代物を潰しただけでなく、人命も損なう事なかった。

 入部して日も浅く、実戦経験も乏しい状態でこれだけの成果を出したのじゃ。上出来以外に何の評価があろうか。

 ノーラが受けた影響と言うのは…うーむ、自分なりに反省点を見つけ、今後に活かすべく更なる鍛錬に励んでおる…と言う具合かのう?」

 「何か…言っていなかったかしら?

 『バベル』や偽の『天国』と接触した際に、何か感じたとか…?」

 渚はキョトンとしながら(かぶり)を振る。

 「特に聞いてはおらんぞ?

 …何か、気になることでもあるのかや?」

 渚が聞き返すと、アルティミアは真紅の唇を薄い笑みの形に歪ませながら、答える。

 「いえ…ちょっとした、興味があるだけよ…」

 その表情に渚は疑問を禁じ得なかったが。突っ込んで尋ねた所で益は無いと判断すると、改めて(きびす)を返す。そして、今度は挨拶を口にせず、ただ手をヒラヒラさせて、今度こそ退室した。

 

 後に残ったアルティミアは、真紅の唇をペロリと艶然に一舐めしてから、独りごちる。

 「奥手なだけなのかしら…?

 それとも、天然なのかしら…?

 どちらにしても、可愛い()…」

 アルティミアは暫くその妖艶な雰囲気を纏っていたが。パッと切り替えると、麗しい動作で机上の通信機に手を伸ばし、渚からの頼み事を成就すべく行動に出る。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 学園長室から退室した渚は、すぐに仮部室にでも向かうと思いきや…"眺天の通路"を歩きながらナビットを弄る。そして、茜色が濃くなった空に囲まれた通路の端にたどり着くと、そこにしゃがみ込む。

 同時に、ナビットがコール音を奏で始める。何者と通信を行うつもりのようだ。

 数コールの後、ナビットから3D映像が飛び出したかと思うと。

 「はいはいー! 久しぶりだねー、ナギー!」

 底抜けに明るい声を上げながら立体映像として現れたのは、醒めるような青の髪が瞳に灼き付く1人の少女。

 その少女の正体は、プロジェス市民ならば即座に言い当てることだろう。

 彼女こそ、プロジェスを"陰流の女神"から解放して姿を消した"鋼電の女神"。レーテ・シャンティルヴァインである。

 レーテと渚は、個人的な連絡先を把握し合っているほどに、旧知の仲らしい。

 「レーテ、久しぶりじゃのう。

 今、大丈夫かや?」

 「うん、良いよ。

 何の用かな?

 まさか! ようやく、あたしと君との"獄炎の女神"大討伐ツアーに参加を決めてくれたのかな!? かな!?」

 「残念じゃが、そうではなくてな」

 「ちぇ、なーんだ…」

 レーテはジト目を作って唇を尖らせて抗議する。渚は強引なレーテのペースに苦笑を浮かべながら、尋ねる。

 「おぬしに、プロジェスの件について尋ねたくてのう。

 聞けば、プロジェスの『女神戦争』を終結させたのはおぬしじゃと言うではないか」

 「うん、そうだよ!

 あの陰湿色気オバサンをフルボッコにしてやったよ!」

 レーテはガッツポーズを作り、ニッコリ笑ってみせる。

 「ああ、"陰流の女神"じゃったか。"女神"である身の上を利用して、淫蕩三昧に(ふけ)る阿呆じゃったそうだな。その件については、おぬしはよくやったと思う。

 …が、そやつの話ではなくてのう。そやつに負けてしもうた"夢戯の女神"の事を聞いてみたかったのじゃ」

 「ニファーナちゃんの事だね。

 一回だけだったけど、直接会って話してみたよ」

 「それは好都合じゃ。

 今、プロジェスではちょいとしたトラブルが発生しておってな。その元『現女神』であったニファーナが、何らかの形で関わっておるようなんじゃ」

 「トラブル? その犯人候補として、ニファーナちゃんが挙がっていると?」

 レーテは眉を(ひそ)める。渚の話の内容に対して、明らかに不満を抱いている(てい)だ。

 対して渚は、レーテの不満を払拭せんとするように、パタパタと両手を振る。

 「いや、そうではない。まるっきり白と断言は出来ぬが、限りなく白に近い灰色じゃ。

 しかし、ニファーナ自身に落ち度は無くとも、犯人の動機にニファーナは深く関わっておるようじゃ」

 「…? どーゆー事?」

 渚は、プロジェスで起こっている呪詛騒ぎについて話して聞かせる。一連の内容を聞いたレーテは、腕を組んで「ふむふむ」と(うなず)いてから、はぁー、と溜息を吐く。

 「なるほどねー。ニファーナちゃんも大変だ。

 犯人のヤツったら、あの()を崇拝してるつもりらしいけど、あの娘の事を全ッ然理解してないねー。手前勝手に解釈して、人様に迷惑掛けまくるなんて。一発ブン殴ってやりたくなるねー」

 「犯人は理解しておらぬと云うが。それでは、おぬしが理解している"ニファーナ・金虹"とはどんな人物なのじゃ?」

 レーテは腕を組んだまま、右手の人差し指をピンと立てて語る。

 「運命に翻弄され続けた、悲劇のヒロイン…ってところかな」

 「ほう? そのつまりは?」

 「…ちょっと待った」

 レーテは腕を解いて手のひらを突き出すと、ジト目になって見詰めてくる。

 「むうぅ…?」

 渚が首を傾げると、レーテはそのままの格好のまま、唇を尖らせて語り始める。

 「プロジェスの"陰流"からの解放は、私の勝手とは云え、汗水流した成果によるものなんだよ。

 プロジェス市民に対して恩を着せる気なんて全然ないけどさ。この件についての第三者であるナギーは、別だよ。

 あたしが勝ち取ったを成果を、タダで引き渡して欲しいって言うのは、虫が良すぎる話だよねぇ?」

 渚は言わんとする事を察し、溜息と共に聞き返す。

 「分かっておる。親しき仲にも礼儀あり、じゃからな。ギブ・アンド・テイクは初めから覚悟の上じゃ。

 で、今度は何が望みなんじゃ?」

 渚はレーテと顔見知りの上、情報提供などの協力を何度か仰いでいるようだ。

 レーテは渚の言葉に気をよくすると、一つ瞬きしてジト目をニンマリとした笑みに変えると。突き出した手を人差し指だけを立てた形にして指を左右に振り、語る。

 「スイーツバイキング、時間無制限のヤツ! 同席の上、(おご)る事!」

 すると渚は、"またか"といった風体でゲンナリと両肩を落とす。

 「奢るのは問題ないが…毎度思うのじゃが、わしの同席は必要か?

 1人で好きな分、食べれば良かろうて。わし、甘いものばかりひたすら食べるのは、キツくて敵わんぞい」

 「えー」

 レーテは唇を尖らせる。

 「1人でバイキングを黙々食べるなんて寂しい事、罰ゲーム以外の何物でもないよ!

 誰かとワイワイ感想を言い合いながら食べるのが、醍醐味ってものでしょ!」

 「ならば、おぬし自慢の四天王と行けば良かろうて」

 「えー、それもなぁ…」

 レーテは目を半眼にして、再び抗議する。

 「あたしの四天王って、男ばっかりじゃん。スイーツってあんまり食べてくれないんだよねー。早々脱落しちゃうし。甘過ぎるー、とか文句言いまくるし。楽しくないんだよねー。

 やっぱり、女の子同士でワイワイしたいじゃん? スイーツなんだしさ!」

 「むうぅ…」

 渚は大食いではあるが、今回の話はかなり気乗りがしない。とは言え、レーテの機嫌を損ね、最悪敵対する事になってしまっては面白くない。

 スイーツばかり食べるのはキツいが、かと言って2、3個でダウンしてしまう程(やわ)な胃袋ではない。…そう思案した渚は、決意するように首を縦に振り、そして溜息を吐く。

 「…分かった、分かった。この件が無事に終わったのなら、一緒に行くとしよう。

 じゃから、ニファーナなる娘の事、詳しく教えてくれんか」

 「よっし、約束だかんね!

 ちなみにこの動画、録画してるから! 言い逃れは出来ないから!」

 「…そんな卑劣な真似、せんってば」

 渚がウンザリしながら手をパタパタ振る。その直後、レーテは息を吸い込むと、ニファーナについて語り始める。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「ニファーナちゃんは、望まずにして『現女神』になってしまった。そこがまず、悲劇の始まりだね」

 レーテの話に、渚はパチクリと目を開閉させる。

 「それが、悲劇の始まりじゃと?

 望まずにして『現女神』になった例など、幾らでもあるではないか。

 "叡賢"のヤツが著名な例じゃろう?」

 『現女神』は、なろうとしてなれるものではない。その逆も然りで、なりたくなくとも、何の因果か、『現女神』の座を手に入れてしまう者も居る。

 「まぁ、それはそうなんだけど」

 レーテは同意するものの、続けて反論する。

 「でも、そういう『現女神』ってば『神法(ロウ)に『天使』に『士師』、そして信徒の存在に利点を見出して、立場に満足するじゃん?

 "叡賢"だって、今じゃノリノリで都市国家の統治に乗り出してるし」

 「あやつの場合、"他のバカどもより、自分が直接手を下す方が確実で安心だ"とでも思ってるだけじゃろうがな」

 渚は肩を(すく)めながら反論する。彼女は"叡賢の女神"とも少なからぬ面識があるようだ。

 「まぁ、そうだとしても、取り敢えずは立場に満足してると言えるじゃん?

 でも、ニファーナちゃんは違うんだ。『現女神』の座を手に入れてもなお、その立場を(うと)んじてたんだよ。

 いや…苦しんでいた、と言っても良いね」

 「ふむ」

 渚は頷いて、レーテの言葉の続きを促す。レーテは勿体ぶらずに応じる。

 「ニファーナちゃんが乗り気じゃなかった一番の理由は、責任が重荷になるとか、他の『現女神』と争う事になってしまうとか、そういう以前の問題でさ。

 単純に、自分は『現女神』なんて立場に収まるような器じゃないって思っていたからなんだ。

 ニファーナちゃんを悪く言うワケじゃないけど…他人(ひと)より突出した点が在るワケじゃなし、高い志が在るワケでもない。そんな自分が『現女神』になるなんてあり得ない、と思ってたんだね。

 …なのに、もっと相応しかろう誰をも差し置いて、『現女神』の座を得てしまった」

 「なるほど、それで後ろめたさを感じ続けてしもうたワケか。それは気の毒じゃな。

 しかし、それほど辛いのならば、さっさと何処ぞの『現女神(どうるい)』に頼んで、座から転落させてもらえば良かったろうに。"叡賢"や"清水"、ウチの"慈母"なんかに言えば、優しくやってくれたろうて」

 『現女神』の座を自身の力のみで放棄できた例は、過去に報告がない。(すべから)く屈服など、他の力の介入によって"座から転落する"しか無いらしい。

 何故、そのような法になっているのか。それは当の『現女神』達も知り得ない。

 …さて、レーテは渚の疑問に答える。

 「ニファーナちゃんは、優しい心の持ち主でね。

 プロジェスはその成り立ち柄、独立心が旺盛でね。他の『現女神』は勿論、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の庇護に入ることも良しとしなかった。自前の『現女神』が降臨してくれる事を望み続けていたんだよ。

 その望みがようやく叶ったワケさ。ニファーナちゃんには重荷以外の何物でもないけど、皆の長年の望みを放棄なんて出来なかったんだよ。

 それで、常に気(おく)れと隣合わせになりながら、『現女神』としてプロジェスを率いていたワケ。

 …まぁ、率いると言っても、ニファーナちゃん自体が手を下すと言うより、周りの"士師"が()()りしていたみたいだけどね」

 「…優しいと言うより、臆病なだけじゃないかや? 『現女神』の座を捨てて、市民(ひと)に睨まれるのが怖かっただけじゃないんかのう?」

 「まぁ、そういう見方も出来るね。

 でも、皆が皆、ナギーみたいにスッパリ割り切れるワケじゃないからね。あたしは、ニファーナちゃんが優しかった、と云う事にしてあげたいな」

 「むうぅ…」

 渚は納得いかなそうに眉をしかめたが。話が逸れるのを嫌い、ニファーナに言葉の続きを促して(もだ)す。

 「ともかく、ニファーナちゃんは終始乗り気じゃなかったにしても、周囲の熱は凄かったワケだよ。

 ニファーナちゃんは都市国家の運営についてアレコレ口出ししなかったから、それも受けたんだろうね。プロジェスの気概をそのまま受け入れてくれる、独立のシンボルたる『現女神』として、人気は非常に高かったんだよ。

 自ら"士師"になりたがるヒトの数もハンパなかったって話だしね」

 ここでレーテは一呼吸してから、「…だから」と続ける。

 「"陰流"と戦って…戦ってた時は、流石に全力を尽くしただろうけど…負けて『現女神』の座を失った時には、正直ホッとしたと思うよ。ようやく見合わない役割から解放されるー、ってね。

 でも、"陰流"の極悪な三日天下の元で、市民はニファーナちゃんへの敬愛を再確認した事だろうね。特に、"陰流"に対抗してた勢力の面々は、そうだったろうね。

 だから、未だにニファーナちゃんは、『現女神』時代にあてがわれた屋敷を追い出されることなく、一目置かれて過ごしているワケだよ。

 それはそれで、ニファーナちゃんには苦しいんだろうけど。ナギーの言ってたプロジェスの復興具合とか、あたしの偉業も手伝って、大分ニファーナちゃんへの注目は減ったみたいだから、心的負担はずっとマシになったんじゃないかな」

 「なるほどのう…」

 渚は腕を組み、うんうん、と深く首を縦に振る。

 「おぬしの話を聞いて、得心したわい。やはり、呪詛はニファーナそのものではなく、ニファーナに強い思い入れを抱いておる者の所業のようじゃな。

 問題は、その者が一体誰か、と言う点じゃな…」

 「あたしは、元"士師"あたりが怪しいと思うね」

 レーテは両腰に手を置いて語る。

 「『現女神』ニファーナに対する思い入れが一番強かったのは、間違いなく、彼らだろうからね。

 "陰流"への抵抗勢力の先頭に立っていたのも、彼らが多かったしさ」

 「ふむ…。

 その辺りも含めて、探りを入れてみるとしようかのう」

 渚は腕を組んで一つ頷くと。用件は済んだ事への感謝として、ニッコリと笑みを浮かべる。

 「ありがとう。かなり参考になったわい。

 約束のスイーツバイキング、必ずや果たすからのう!

 それでは…」

 通信を切ろうとする渚であったが、レーテが「ちょい待ったッ!」と鋭く声を上げて制する。

 ナビットへ腕を伸ばした格好のまま、パチクリと瞬きする渚へ、レーテが問う。

 「ねぇ、ナギー。

 いつまで、"慈母"なんかの下についてるワケよ?」

 渚はもう一度、パチクリと瞬きすると。頬をポリポリ掻きながら答える。

 「…いや、わしとあやつとは、単なる生徒と学園長の関係であってな。別に主従関係が有るワケではないぞい?」

 「でも、"慈母"が頂点に君臨している組織の中に甘んじている事には変わりないじゃん?」

 「まぁ…確かに、そうとも言えるかのう。

 じゃが、」

 渚が次の言葉を口にするより早く。レーテはビシッと人差し指を渚に突きつけて語る。

 「それって、『現女神』としても! それ以前に、士師も信徒も持たずに孤高のソロプレイを貫いてるはずの立花渚という存在としても! どうなのよ!?

 (はた)から見たら、"慈母"の従属女神にしか見えないよ!?」

 「ふむ…そうかのう?」

 渚は腕を組んで小首を傾げる。

 「わしは、学生の身の上が適当な年頃じゃし。わし自身の能力の向上にしても、信徒ではない純然たる友を得るにしても、環境として最善じゃと思ったのが、このユーテリアじゃったと言うだけじゃ。

 その学園長が、たまたまアルティミアであった、と云うだけに過ぎぬのでな。特に、違和感を覚えぬのじゃが。

 むしろ」

 渚は目を細めてレーテに反撃する。

 「同じ年の頃じゃと云うのに、学業にも打ち込まず、放蕩の限りを尽くしておるおぬしの方が、客観的に見てどうかと思うのじゃが?」

 するとレーテは顔を真っ赤にして反論する。

 「あたしの事は良いの! こう見えても、通信教育でちゃんと教養は身につけてるし! そもそも放蕩じゃなくて、正義の世直しだし! 遊びみたいに言われるのは心外だよ!

 それはともかくとして! 今はナギーの事だよ!」

 「…前々から思っておったのじゃが」

 渚は嘆息しながら語る。

 「おぬし、アルティミアの事を毛嫌いしておるようじゃが。あやつとの間に何かあったのかや?」

 「…別に、何もないけどさ…。

 ただね…」

 レーテは真顔を作って語る。

 「なんか、胡散臭さをビンビン感じるんだよね…。

 『現女神』を目指す()達も受け入れて育ててるけどさ、それって成功しちゃったら、自分の敵を作ることになり得るじゃん? なんでそんなリスクを冒しているのか、フツーは気になるじゃん? 何か企んでるって、思うじゃん?」

 「ふむ。まぁ、一理ある話じゃがさ」

 渚は腕を組んだまま言い返す。

 「あやつは自分の口で、"慈母"としての性質柄か、『天国』の覇権などよりもヒトを育てる方に興味が向くと言っておった。わしもその言葉は、直接耳にしておる。

 それで別に、筋が通っておるとは思うのじゃが。

 仮に企みがあるとして、士師や信徒を得ることもせず、自らの敵とならないような予防線を張る事もせずに、どんな算段が有って何を無そうとしておるのか。サッパリ分からんぞ。

 わしは、単なる脳天気と見ておるがのう」

 「…ナギーの目は、絶対に節穴になってるよ。

 絶対に」

 レーテは堅い口調で語る。しかし渚は、柔らかい一笑を(もっ)てレーテの懸念を拭う。

 「もしも、本当に腹にイチモツ抱えておるのならば。その時は…わしが、ブッ潰す」

 言葉尻で、渚の笑みはギラリとした刃のものに変わる。

 その気概を以ても、レーテは完全には納得していないようだが。一言、こう忠告を残す。

 「取り敢えず、手放しに信用するのは止めた方が良いよ!

 都合の良いところを利用する分には問題ないけどさ! それに浸かり過ぎて腑抜けになっちゃダメだからね!」

 「分かった、分かったわい」

 渚は苦笑しながら答える。レーテと話すと、必ずしつこいくらいにこの話題が出てしまうので、少しウンザリしているのであった。

 

 …それから2人は、別れの挨拶を交わしあうと、通信を切断したのであった。

 

 - To Be Continued -

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