星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Inside Identity - Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 時刻は、日付が変わった直後の頃の深夜。

 他の都市国家に対して、比較的に光害の少ないプロジェス――急激に復興が進んでいると云っても、インフラがまだまだ整っていない被害地域は多いのだ――であるが、空には雲が多い所為で星の光は(ほとん)ど見えない。月も雲完全に覆われており、その宵闇の中の希望のようなその輝きは失われている。

 この情景には、怪異達の百鬼夜行が相応しく見える。

 そして実際、この閑寂として時刻下にも関わらず、ざわめき動く者共が集う集会が行われている。

 しかし、そこに集うのは怪異などではない。かと言って、深夜を寄る辺とするような怪しげな黒ローブの集団と云うワケでもない。

 彼らの格好は、さすがに地味な寒色を貴重として衣装であるが、街ですれ違っても何ら違和感を覚えないような"ヒトビト"である。

 

 彼らが集う場所は、プロジェスの最外縁地域。市壁に非常に近い地域にある、都市国家(としこっか)の発展に取り残されたような、古くて閑散とした"元開拓村"と評するに相応しい住宅地。その中心部にある、教会の中である。

 この住宅地、"陰流の女神"が侵攻を開始した箇所とは、ほぼ真逆の方向にある。故に、『女神戦争』の被害は殆ど受けていない。それにも関わらず古びた町並みをしているのは、そこに住む住人達がわざと"愛着ゆえに"再開発を拒んでいるからだ。

 一体、この場所が何なのか。何故(なにゆえ)愛着を注がれているのかと言えば。ここはプロジェスに"夢戯の女神"が降臨する以前、エノクとその恩師が活動の拠点としていた住宅地なのである。

 この教会は、エノクの元の宗教である"メジャナの瞳"のものである。

 元々はエノクとその恩師の2人で建てた()()て小屋であった。そこへ、彼ら2人の貢献に心を打たれた有志によって建て替えられたものである。

 内装は質素なものだ。建築に関わったものに、芸術的なセンスを持つような設計者や技術者は居なかったのだから。窓は一般の住宅と同じようなものだし、壁紙も質素な白色無地のものである。

 辛うじて飾りと呼べるものは、簡素な祭壇の後ろに立つ、"メジャナの瞳"のシンボルだ。と言っても、打ち立てた柱の頭の方に、ポツンと眼のマークを描いただけのものである。他宗教との混合に極めて寛容な"メジャナの瞳"らしい、主張の大人しい(たたず)まいである。

 内装は簡素と言っても、清掃はキッチリと行き届いている。近隣住民が未だにエノクらへの敬意を払い、綺麗に手入れを続けているのだ。この教会は今では、この地域の集会場として親しまれている。

 

 この集会場に現在、集まるヒトビトは近隣地域の住民ばかりではない。プロジェス中から集まってきた者達も多分に含まれている。

 彼らの眼は皆、暗くて鋭い。その眼差しだけで、飛ぶ鳥を刺し殺しそうな程に険しい。

 彼らが視線を注ぐ祭壇の隣には、元々の主であったエノクが立っている。集まった人々の険悪はエノクに刺さっているかと思いきや…そうではない。そもそも、視線は彼に集まってはいない。

 真に痛々しい視線を集めているのは、祭壇の上。不敬にも、その上にゴロリと寝転んでいる、教会にはあまりにも不釣り合いな派手な格好の男。

 燃えるような真紅の髪を長く伸ばし、髪からのチラリと除く耳にはジャラジャラとピアスが並んでいる。着込んだ衣装は漆黒を基調としているものの、ヴィジュアル系バンドのミュージシャンのように騒がしい金具飾りが、耳に勝るとも劣らぬ密度で散りばめられている。

 「ふぁーあ~…」

 男は険しい視線もどこ吹く風、暢気(のんき)に大きく欠伸(あくび)をすると。(にじ)み出た涙を人差し指で擦り拭いながら、眠たげに語る。

 「もうこれ以上ヒトも増えないようだしよ。

 ちゃっちゃと始めますかね」

 男がそう口を開いた、直後。

 「その前に…だッ!」

 集まったヒトビトの中から、露骨な怒気を孕んだ声が響いたかと思うと。ヒトビトを掻き分けて、1人の人物がズカズカと大股で現れる。

 濃いダークブラウンのジャケットにグレーのジーンズを身に着けた、大柄な男である。衣服の上からでも分かる筋骨隆々の体格に、それに見合うような厳つい顔立ち。(もだ)しているだけでも鉛のような圧力を持つその顔が、今は灼熱を帯びたかのような憤怒に満ちている。

 この男の名は、マキシス・ミールガン。市軍警察の衛戦部の現役軍人であり、元は"竜騎の士師"として名を馳せた人物である。

 「佇まいを直せ、ザイサードッ!

 貴様がこの都市国家(プロジェス)の者でないことは十二分に承知している…だがッ!

 これより神聖なる計画を話し合おうと言うのに、何たる不敬な態度かッ!

 状況を鑑みて、行動しろッ!」

 ザイサードと呼ばれた赤の長髪の男は、マキシスの噴火の如き叱咤(しった)を受けても、全く動じない。眠たげに瞼を半分閉じて、ヒラヒラと手を動かしながら、(なだ)めるよりも(あお)るような調子で語る。

 「大丈夫、大丈夫。気にしなさんなって。態度と成果は比例しねぇモンさ。

 仮にオレが七三分けのブランドスーツに身を包んだド真面目ビジネスマンを演じた所で、結果が良くなるワケじゃなし。

 いや…むしろ、無駄な所で気を遣う分、成果が悪くなるんじゃねぇかなぁ?」

 「そういう事を言わんとしてるワケじゃないッ!」

 マキシスは血が滲むのではないかと言うほど拳を握り込みながら抗議する。

 「別にそこまでの事を求めているワケではないッ!

 単にオレが言いたいのはッ! ここに居る皆が、神聖なる我らがニファーナ様の事を想い集っていると言うのにッ! 貴様の不敬な態度で気概が()がれてならんと言うことだッ!

 貴様もプロフェッショナルなら、時と場合を考えて行動しろッ!」

 するとザイサードは、言葉が耳五月蠅(うるさ)かった事を主張するように、人差し指で耳の穴をほじくり回すと。爪先にフッと息を吹きかけてから、ニヤリと笑ってマキシスの憤怒の表情を見上げる。

 「プロだからこそ、力抜く時に抜いてるだけだ。ここで気張ったところで、何のメリットもねぇじゃんか。

 …それによぉー?」

 ザイサードは目を細め、マキシスに刺々しい反撃の視線を送る。

 「神聖だ、神聖だと言ってる割にゃあ、呪詛なんてモンに頼ってンじゃねぇか。

 そっちの方が、よっぽど不敬なんじゃねーの?」

 この煽りに、マキシスがキレる。肉食獣のように歯茎を剥き出しにして全身に力を込めると、大きな拳を握り締めてザイサードの顔面目掛けて繰り出す。

 軍人として戦闘訓練を受けているマキシスは、身体(フィジカル)魔化(エンチャント)の技術を相当な水準で身に着けている。術言(チャント)無しで一瞬にして全身の筋力を強化した彼の一撃は、暴風を(まと)う凶悪な一撃だ。

 対するザイサードは、祭壇の上で寝転んだままだ。しかも、ニヤニヤした笑みを消しもせず、慌てもせず、防御行動すら取ろうとしない。マキシスの一撃は常人では反応不可能であるが、このザイサードも単に反応できないのか。それとも…余裕綽々なのか。

 魔化(エンチャント)によってチリチリと電光を纏う拳が、もうすぐザイサードの腹部深くに刺さる――その直前。

 バシィッ! 空気が破裂するような音が響き渡り、教会を空気をかき乱す。集った者達が、頬を吹き抜けてゆく烈風に目を見開く。

 拳は、ザイサードの体に激突してはいない。代わりに、横から介入したエノクの掌に激突している。

 凶悪な一撃を受け止めたエノクの素手であるが、内出血も腫れも見いだせない。昔から力作業を繰り返してきたゴツゴツの掌は、嵐にも動じぬ岩石のようにマキシスの一撃を静かに受け止めている。

 エノクは士師になる以前から、発展途上のプロジェスにおいて、魔法性質を持つ野生生物との戦闘をこなしていた人物である。彼の戦闘技術は、職業軍人に引けを取らないであろう。

 「落ち着いて下さい、マキシスさん」

 エノクは怒るでも呆れるでもなく、ただただ真摯な視線を向けて、淡々と語る。

 「ここで争って傷ついては、本当に何の益も生みません。

 我々は、これから待った無しの大事な仕事が待ち受けているのです。

 些事(さじ)は捨ておいてください」

 「些事だと!?」

 マキシスは火を噴く視線でエノクを睨む。

 「我らが『現女神(あらめがみ)』に対する敬意を、些事と言い捨てるのか!?」

 「はい。敬意やら態度など、砂礫に等しいものです」

 エノクの神父らしからぬ発言に、衝撃を受けたのはマキシスだけではないだろう。

 続けてエノクは、こう語る。

 「いくら敬意や態度を改めたとて、我らの『現女神』は再臨しません。

 どんな手段であろうとも――それが呪詛であろうと生贄であろうとも、確実なる再臨という結果を得る。それこそが、我らの唯一の大義です。

 だからこそ我々は、人道に(もと)る事も(いと)わず、行動しているのではないですか?」

 エノクの言葉は、マキシスに反論を与えぬ正論であったようだ。マキシスは口角を引き締めると、それ以上は言葉も重ねず暴力も振るわず、ただ強い足音を響かせて(きびす)を返して元の位置へと戻る。

 彼が集団の中に分け入ったのを見送ったエノクは、今度は寝転ぶザイサードを(いさ)める。

 「"戦争屋"殿。私達は確かに、あなたの力を頼りにしている。しかし、どうかそれを(おご)って、我らを刺激し和を乱すような真似はなさらないで頂きたい。

 これから控える大事を前にして、無為な遺恨をもたらしては、あなたの描いた計略とて瓦解してしまいましょう?」

 するとザイサードはヒョイと起きあがって伸びをしてから、祭壇から降りる。そして、ニマリと笑いながら片手で謝罪の格好を作る。

 「悪ぃ、悪ぃ。

 どうもオレは、性根が悪いもんだからよ。だからこそ、呪詛なんてモンの扱いに長けてるんだろうがな。

 確かに、"本来の戦争"前に依頼人と戦争しちまったら、元も子もないわな。反省、反省!」

 「ご理解頂き、ありがとうございます」

 エノクは礼をし、そしてこう付け加える。

 「あなたに暴れられては、我々は大事の前に全滅の憂き目を見てしまう」

 その言葉に、ザイサードはケラケラと笑うばかりだ。

 

 エノクとしては、笑い事ではない。

 このザイサードと云う男、エノクが例え士師であった頃に出会ったとしても、打破出来る自信は全くないのだから。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「さーて、ちょいと回り道しちまったけれど、サクサク本題行きますかね」

 ザイサードは軽快に語り始める。

 「結論から言うと、計画を早める。

 "拡散"作業はこれにて終了だ。で、第2段階の"転変"を、明日の…いや、もう今日か…の、昼過ぎに起こしまうことにする」

 ザイサードの言葉に、場がざわつく。その代表とでも言うように、1人の男が手を挙げる。禿頭に、短く鋭い金属製の角を2本生やした、粗野な雰囲気を持つオーガ種族の男性。元"武闘の士師"であるヴィラード・ネイザーである。

 「ニファーナ様へ集める信仰心は、どうすンだよ!? ニファーナ様には自発的に"再臨"して頂くってのが、本筋だったろうが!」

 「ゴメンなー、それ待ってる余裕ねぇンだわ」

 ザイサードは舌を出して肩を竦める。どこまでも軽薄な雰囲気の男である。

 「そりゃ、ニファーナちゃんが自発的に"再臨"してくれるのがベストだってのは、重々承知してるぜ?

 でもな、それを待ってる内に、折角"拡散"した信者どもが、みんなダメにされちまうんだわ」

 「…まさか、"チェルベロ"の奴らが、本格的に介入を始めたのか…!?」

 ヴィラードが苦々しく尋ねるが、ザイサードはヒラヒラと手を振って、「イヤ」と否定する。

 それでは何故に、とヴィラードは眉をしかめるが。ザイサードは頬を掻きながら言葉を続ける。

 「不幸にも、"チェルベロ"よりもっと面倒な相手がやって来ちまったのさ」

 名高い超異相世界間組織よりも面倒な相手とは何だ? 思い付かぬヴィラード、そしてその他の者達は首を捻ったり顔を見合わせたりする。

 そしてザイサードは、一拍ほど間を置いてから正体を口にする。

 「ユーテリアの学生どもで、『星撒部』って奴らさ」

 …学生? その言葉を耳にした者達は、表情をキョトンとさせたり、更に眉をしかめたりする。

 その中の代表格とでも云うように、1人の男が高く手を挙げる。

 地味な色の衣服に似合わぬ美しい金色の長髪を誇る、顔立ちの整った長身の男。色白の肌と先の尖った耳が、エルフ種族である事を物語っている。

 彼の名は、パバル・ナジカ。かつて"吟遊の士師"であった、プロジェスでも五本指に入る人気を誇る歌手である。

 ザイサードが発言を求めるよりも早く、パバルはよく通る澄んだ声で問う。

 「ユーテリアは聞いた事あるよ。"英雄の卵"を排出してる、地球有数の名門校だろう? 所属してる学生は文武に置いて非常に高い水準を有する事、並みの成人よりも余程高い能力を有する事も把握してるつもりだよ。

 でもさ、高々学生だよね? プロ中のプロの"戦争屋"である君が、危惧するような相手なのかい?」

 ザイサードはニヤリと笑う。それが余裕の表れかと思いきや…続く言葉に、皆が耳を疑う。

 「勿論、全力で軽快すべき相手だね」

 「それって…君が悲観的なだけなんじゃないのかい? そんな軽薄な態度には、すごく似合わないけど」

 パバルがヴィラードの無念を晴らすとばかりに毒を含めながら語る。しかしザイサードは全く機嫌を損ねずに、肩を(すく)めて嘆息する。

 「いやーさ、これが単なるユーテリアの学生だってだけなら、オレだって歯牙にもかけないよ?

 でもな、『星撒部』と来たら、別格さ。ありゃあ、ユーテリアのバケモノ部分を寄り合わせたようなモンだ。

 実はオレは、まだ接触したことがないんだがよ。同僚から聞いてンだわ、ヤバさをさ。

 何せよ…」

 ザイサードは溜めを作ってから、片眉を跳ね上げて凄みのある(わら)いを作り、続ける。

 「『現女神(あらめがみ)』とヤり合って、勝ちをもぎ取るような相手なんだぜ? それも、一度や二度の話じゃない。運だの偶然だのに助けられてなんちゃいない、純粋に地力がハンパないのさ」

 その話を耳にして、パバルは苦笑を浮かべて口を一文字に閉ざす。常識的に考えて、『現女神』を相手に勝ちをもぎ取れるような相手は、同じ『現女神』か、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の超武闘派かのいずれかだ。そこに、部活単位の学生の集まりが名を加えるなど、絶句しかない。

 「実際、『星撒部』どもには既にヤラかされちまってる。

 "チェルベロ"もほぼ手を離してたオレの呪詛を、1日掛けずに看破して、5つもぶっ壊されちまった。

 コツ捕まれちまったら、1日に百を越える呪詛が壊れちまうだろうし、"チェルベロ"に報告されたら本腰入れて捜査官の大群を派遣してこられちまう。

 そうなっちゃあ、今回の戦争はメインに入る前にオジャンってワケさ」

 集まった者達が、いよいよざわつき始める。顔には動揺と焦燥が浮かび、交わされる言葉には失意の調子が(にじ)む。

 「だーかーらーよーッ!」

 ざわめきを握り潰すかのように、ザイサードが声を張り上げる。集まった者達はピタリと言葉を止め、一斉にザイサードへと視線を注ぐ。

 「計画を早めンのさ!

 おっぱじめる前から戦争が終わっちまうなんて、依頼を受けた身として、何より"戦争屋"として! 我慢ならねぇからなぁッ!」

 「具体的には、どうすると言うのだ?」

 元"竜騎の士師"マキシスが堅い調子で尋ねると。ザイサードは嗤うように目を細めて語る。

 「ニファーナちゃんにゃ、今日明日中に、"再臨"してもらう」

 「!!」

 者共に衝撃が走る。彼ら悲願の達成が、なんと、すぐ目の前まで迫って来たのだから。

 しかし…手放しで喜べるほど、楽観的な者はこの中には存在しない。

 「大丈夫なのか!?

 万全を期す為に、ここまで足踏みのような地道な"拡散"を続けてきたのではないのか!?

 それを放り出して、今日明日などと云う短期間で、成功の見込みがあるのか!?」

 「勿論さ」

 ザイサードはケロリと答えてみせる。

 「ちょいと捻った方法だし、アンタら皆の力を借りなきゃいかんから、こうして集まってもらったワケだがさ。

 オレのプラン通りに動いてもらえりゃ、問題なく、ニファーナちゃんは"再臨"出来るぜ」

 「それほど早く実現出来るならば、何故、その方法を取らなかった!」

 マキシスが正論で責めるが、ザイサードは臆することなく、ヒラヒラと手を動かしながら弁解する。

 「まず、アンタの考えるところのベストを満たせない、ってのが1点だ。これは強制的にニファーナちゃんを"再臨"させちまう。その副作用で、ニファーナちゃんの性質がソックリそのまま変わっちまって、"ニファーナちゃんではない誰か"になっちまうリスクが大きいのさ。

 アンタらは、ニファーナちゃんだからこそ、信心を捧げて来たんだろ? ニファーナちゃんじゃなくなったら、本末転倒だろ?」

 確かに、元"士師"を初めとするニファーナ信奉者達は、昨今のニファーナの有様だからこそ、(した)い崇めているのだ。呪詛の影響で性格が改変されてしまい、もはや"ニファーナ"と呼べなくなれば…彼らの信奉がこれまで通りに存続するのか、彼ら自身でも保証できない。

 「それに、この方法を使うのには、起爆剤として予め、ある程度の量の呪詛を集めておく必要がある、ってのが2点目だ。

 アンタらの草の根的に"拡散"してくれたお陰で、ようやく最近になって、この方法が実行可能になったのさ」

 呪詛とは、人の負の感情から生まれるエネルギーと、それを蓄積して利用する技術の両方を指す。後者はより正確な用語として、"呪詛術"と呼ばれることもある。

 ザイサードは肩を(すく)めながら、言葉を次ぐ。

 「今に至っても、ニファーナちゃんの人格が改変されちまうリスクはまだまだ大きい。だが、折角ここまでお膳立てしておいて、放銃する前から瓦解されちまうとなれば、オレよりもアンタらがやるせないんじゃねーの?

 だから、ベストとは行かずとも、ベターで実現しようと思ったワケだよ。

 勿論、依頼人であるアンタらに主導権があるからな、オレの提案を突っぱねる事も出来る。だが、この状況に至ってはベストの実現は不可能だ、って事はハッキリ言っておくぜ」

 教会内に、沈黙が訪れる。誰もが葛藤を感じずには居られない――"再臨"に(こだわ)るか、慕うニファーナの人格に(こだわ)るか。

 「…一つ」

 ザイサードの隣で沈黙を貫き、立ち続けていたエノクが挙手して発言する。

 「貴方は、"リスクは大きい"と言っていた。しかし、"リスクが確実である"とは言っていない。

 ニファーナ様が強制的に"再臨"しても、そのままのニファーナ様で在り続けられる可能性は存在する、と云う風に解釈してよろしいのかな?」

 ザイサードは明快に首を縦に振ったが、苦笑を浮かべる。

 「それを期待しちゃいかんがね。

 まっ、呪いを頼みにしてる時点で、リスクは覚悟しなきゃならんよな」

 エノクは、ふむ、と呟いて顎に手を置き、数瞬考えた挙げ句。すぐに顔を上げて、キッパリと答える。

 「私は、ザイサードさんの案に従いましょう」

 「おい、そんなにアッサリ決めて良いのかよッ!?」

 ヴィラードが声を上げるが、エノクは躊躇(ためら)いなく首を縦に振る。

 「ここで諦めれば、皆の努力が水泡に帰しますから。何もやらないよりは、断然マシです。

 人格改変が起ころうとも、場合によっては矯正する手だてが在るかも知れません。

 そして何より」

 エノクの表情がピクリと動く。その一瞬、彼の表情に浮かんだのは、凍り付くような陰惨冷酷である。

 「今のままのプロジェスが存続して行くことを、私は絶対に許せない」

 その凄みに当てられたのか、はたまた、単に彼らも同じ意見を持っていたのか。どちらにせよ、一瞬の静寂を挟んだ後、教会内に「わぁっ」と叫びが響く。

 「やらないよりは、やる方が良い!」

 「ニファーナ様なら、きっと応えて下さる!」

 「惰弱な安寧にのさばるプロジェスを、殴りつけろ!」

 元"士師"達は誰一人として、その熱狂の渦に安易に飲まれはしなかったが。静かな態度で笑いを浮かべたり、首を縦に振ったり、腕を組んだりして、エノクの意見への同意を示す。

 話は満場一致で、ザイサードの提案の受諾で結論づけられた。

 途端にザイサードはニヤリと嗤うと、祭壇の後ろに回り込み、演説する如くに祭壇を両手で掴んで前のめりになり、大きく言葉を響かせる。

 「よっし!

 そんじゃーよぉ、これからのプランを伝えるぜ」

 ザイサードの妙に軽快な掛け声の元、集った崇拝者達は息を殺して、耳を傾ける…。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 明くる日のプロジェス。

 空は陽光が乱反射して白く輝く曇天だが、雨粒は降っていない。湿気を(はら)んだ生暖かい風が時折吹く、少々不快な天気である。

 とは言え、プロジェスの様子は、昨日とさほど変わったところはない。朝早い時間帯なので、流石にパフォーマー達が路上でどんちゃん騒ぎをしていることはないが、せっせと準備に取りかかっている者達は大勢居る。その合間を、通勤や通学に向かう人々が足早に通過してゆく。そんな光景は、現状のプロジェスでは日常茶飯事のものである。

 

 さて、星撒部の面々は、と言うと。

 学園から戻ってきた渚を含め、4人でソコソコのランクのビジネスホテルで一夜を過ごした後、朝から早速呪詛討伐に向かっている。

 ただし、討伐に臨むのは、(ゆかり)、ヴァネッサ、アリエッタの3人だけだ。渚だけは別行動である。

 昨日は呪詛の発見と対処に少々手間取っていた3人であったが。今日に至ってはすっかり手慣れたもので、蓮矢から情報提供された呪詛罹患(りかん)者達の元を次々に回り、スイスイと呪詛を無力化してゆく。

 アリエッタが流麗な剣舞で以て罹患者の精神を浄化して呪詛を引きずり出し、魔装(イクウィップメント)した紫が1、2撃を与えて呪詛を分解。呪詛から解放され、舌の傷が活性化して激しい流血が始まったところを、ヴァネッサが自作の霊薬(エリクサ)で快癒させる。

 この一連の行動が、まるで大量生産を行う工場の流れ作業のようにポンポンと進んで行く。

 「こうしてると、鎌鼬(カマイタチ)って妖怪の事を思い出しますねー」

 7件目の仕事を終え、罹患者の住むマンションの通路を歩く一同の中、紫が嘆息混じりで呟く。

 「カマイタチ…? ヨウカイ…? なんですの、それ?」

 ヴァネッサが目をパチクリと瞬かせて尋ねると、紫は悪気なく答える。

 「妖怪って云うのは、旧時代の地球におけるアジア件、とりわけ私の故郷における超自然知的生命体の迷信のことですよ。ほとんどは、自然現象や不幸な出来事、恐怖の対象などを生物化したものですけど。

 鎌鼬は、鎌を持ったイタチって云うそのまんまの姿をした妖怪です。3匹1組で、初めの1匹が人を転ばせ、2匹目が鎌で人の体を傷つけ、3匹目が薬を塗って痛みと出血を止める。そんなヤツです」

 「わざわざ傷つけるのに、治療するんですの?」

 ヴァネッサが眉をしかめて疑問符を浮かべる。紫は苦笑しながら嘆息する。

 「辻褄(つじつま)合わせですよ。

 鎌鼬って云うのは、認知しない内に痛みも出血もない切り傷が出来てしまう現象を説明するために出来た、架空の存在ですから。痛みと出血がない事を説明するための3匹目です。

 ちなみに、元となった現象は真空による肉体の切断だとか言われてますけど、私は恐らく皮膚のヒビ割れの事だろうな、って考えてますよ。真空であろうとも、血が出ないと言うのは可笑しいですから。

 …まっ、何にせよ、高々架空の存在ですから、生態についてなんて深く真剣に考えても無駄ですよ」

 その説明にヴァネッサが首を縦に振って納得していると。アリエッタがニッコリ笑いながら、「なるほどね」と同意する。

 「私が呪詛を転ばす…と云うか、引きずり出して、紫ちゃんが傷つける役で、ヴァネッサちゃんが治療の役って事ね。

 そう考えると、確かに、私達はその妖怪に似てるわね」

 「それで、そのカマイタチに似てるから、どうなんですの?」

 そう問われて紫はフッと(かげ)った薄い笑みを浮かべる。

 「特に、何ってワケじゃないですけど…。

 なんて言うか、あんまりにも流れ作業過ぎて…味気なさ過ぎると言うか…。ちょっとしたお遊びの想像でもしてないと、気が滅入るんですよね。陰気臭いところばっかり回らされてる、って云うのも一因なんでしょうけど」

 「確かに…天気もあまり良くありませんし…良い気分ではありませんわね」

 ヴァネッサが苦笑しながら同意する。

 呪詛の罹患者は(すべから)く、見るも無惨な程に荒れ果てた場所に潜んでいる。罹患者自身も自傷が激しい事が多く、目を覆いたくなるほどに痛々しい姿をしていることも多い。そんな有様を続けて7度も目にしていると、流石に心が苦しくなってくる。

 「まぁ、でも、私達がそんな皆さんを助けて――渚ちゃんの言うところの"希望の星を与えている"んですもの。堂々と誇らしく、清々しく考えた方が良いわよ」

 アリエッタが普段通りのニコニコ顔で語ると、紫は感心と呆気の混じったため息を、ハァー、と吐く。

 「先輩は凄いですよね、どんな状況でもそんなににこやかに対処出来て。

 …どうせなら、私よりナミトを連れて来て欲しかったですよ。あの()なら、どんなに陰気臭くても、ポジティブさを忘れないですからねー」

 「でも、調査と治療の両立の面から考えれば、紫ちゃんでベストだと思うわ。

 ナミトちゃんは、調査みたいな細々(こまごま)したものは不得手だもの」

 「調査、ですか…」

 紫は、ハァー、ともう一度ため息を吐くと、半眼の視線を遠くに投げて語る。

 「調査と言えば、それが本分の職務であるはずの蓮矢のおっさんはどうしたんでしょうね?

 学生の私達に対処を押しつけて、自分はデスクでヌクヌクしてるってワケですか?」

 アリエッタが紫の毒に苦笑しながら、答える。

 「蓮矢さんは、"チェルベロ"本部に報告がてら、増員要請をしてるはずよ。

 昨日の事で、この都市国家を騒がせている現象が人為的なものだと分かったワケだしね。

 "チェルベロ"が乗り出してくれれば呪詛への対処もしてくれるでしょうから、紫ちゃんの負担は減るわよ。それまで少し、頑張りましょう?」

 「…アリエッタさんって、素で優等生出来て、良いですね。

 私は育ちがひねくれてるモンですから、すぐ愚痴が零れちゃいますよ」

 「そんな、優等生ってワケじゃないわよ。私はただ、鈍感なだけよ。故郷でもよく"のんびり屋"って言われていたし」

 「…それにしても…」

 紫とアリエッタに、ヴァネッサがちょっと頬を膨らませながら入り込む。

 「役得なのは、渚ですわよね。

 1人だけ陰気臭いのから外れて、楽しく学校生活を溶け込めるんですから。

 わたくしも、興味ありましたのに…」

 すると紫は、間髪入れずにヴァネッサに堅く反論する。

 「役得なんかじゃないですよ」

 その紫の表情は、苦虫を噛み潰したような、嫌悪感がありありと見て取れる。

 「私は、感心してますよ。

 渚先輩みたいな偉大な方が、凡愚の集団と関わって無為の時間を過ごさないといけないワケですから。

 私なら、こうやって呪詛掃除してる方が何倍もマシです」

 「凡愚って…」

 アリエッタが苦々しい笑みを浮かべて、(いさ)めるように語る。しかし、紫はトゲトゲしい嫌悪感を引っ込めず、(しばら)く虚空をニラ見続ける。

 ――どうやら紫は、一般の学校に対して憎悪にも似た感情を抱いているらしい。

 その事に気づいたアリエッタは、ハッと口に手を置くと。慌てて笑みを作り直し、そして話題を変えるべくパンと手を叩いて話題を変える。

 アリエッタは、紫の抱えている事情について理解しているようだ。

 「えーと、早く次に回りましょう!

 苦しんでる方々がまだ居るワケですし! 呪詛をサクサクと退治して、この都市国家(まち)を明るくしましょう!

 そして、清々しくなったところで、おいしいランチをいただきましょう!」

 そしてアリエッタは紫の肩にポンと手を置き、彼女の足を進ませる。

 「さぁ、いきましょう、紫ちゃん。

 渚ちゃんは確かに、1人で頑張っているものね。私達も負けないように、頑張りましょう!」

 「…そうですね」

 紫は素直にアリエッタに従って歩き出すものの、その表情は暗いままである。

 2人の背中を見送るヴァネッサ、嘆息を吐いて、胸中でポツリと呟く。

 (仕方無い()ですわね…。

 と言っても、そうそう簡単に癒えませんものね…トラウマ、ってヤツは)

 そして数秒遅れて、ヴァネッサは早足で先行する2人を追った。

 

 - To Be Continued -

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