◆ ◆ ◆
1時限目の後も、渚の過剰なまでの快進撃は続く。
どの科目においても教諭達は渚の実力に好奇を抱き、機会とあらば難しい問題へ挑戦させるのであるが。渚はいつでも涼しい顔でスラスラと答える。
時には、1時限目の時のように超高等学校級の知識を駆使して、教諭が目を丸くするような解法で問題を解決してみせる。
それを目の当たりにした教諭達は、誰もが肩を縮こませながら苦笑し、胸中で呟くのである。
(…こりゃ、英雄の卵ってより、
彼らの学校における面目は、渚によって少しずつ凹まされてゆくのであった。
一方で、生徒達は。授業時間中こそ、渚に付いてゆけず、自失茫然とする者が続出していたが。休み時間となると、渚を怖がるどころか、1時限目前の準備時間の時よりも更に大きな好奇心を胸に膨らませて、ワッと群がるのであった。
ここにすかさず学級委員の秀が割って入り、混沌としがちな生徒達の衝動をなんとか制御し、渚への質問を順序よく整理していた。
常識的なタイミングで質問が来るのならば、渚は何も臆することはない。堂々たる余裕の表情で、次々と質問に答えてゆく。
「この服は、その通り、ユーテリアでの制服じゃよ。ただ、制服とは言え、着用の義務があるワケではないのじゃ。私服で通学しておる者も多数居る。
ただ、機能面では非常に優れておるからな。わしのように好んで着る者は多いぞい。
ちなみに、カスタマイズも自由に認められておるのじゃ。故に、思う存分個性をブチ撒ける者も居る。メタルのミュージシャンのような格好になっておる者とか見たことあるぞい」
「得意科目のう…。机上論より、実技の方が好きじゃな。研究者志望ではない故、現場で活かせる技術の方が興味あるのじゃ。
ただ、実技取得のための基礎として知識が欲しいとなれば、机上論的な科目を受けることも
苦手な科目となると…あー、歴史関連の授業かのう。過去の教訓が大事というのは分かるのじゃが、どうしても、後ろを振り返るという態度が好かぬのじゃ」
「出身は、その通り、地球じゃよ。
ド田舎らしく、頭が固くてのう。魔法科学の世の中だと言うのに、魔法科学に抵抗感を持つ市民が多くてな。教育なんぞ、
生まれ故郷ではあるが、正直愛着は湧かぬなぁ」
「ユーテリアへの入学の経緯とな?
元々、ユーテリアは行ってみたいと思っておったのじゃ。じゃが、いかんせん、故郷の教育制度ではユーテリアどころか、時代にすらついて行けなくてのう。独学で勉強したもんじゃ。
まぁ、その際に色々と悶着があったり、奇遇があったりとしたんじゃが…結果、ユーテリアから誘いがきてのう。喜んで首を縦に振った、と言うワケじゃ。
なので、通常の入学試験は受けておらぬから、難度や出題傾向なんぞはよく分からぬ。ただ、戸口は広いと聞くからな、さほど難しくはないのではないかのう?」
「この口調?
これは、わしが敬愛するお祖父様の影響じゃ。
我が家は都市国家同様、古くて
ちなみにお祖父様は、言語学の学者じゃ。今は教職の身を引いておるが、研究は続けとるよ。"何故に
…と、様々な疑問に答えている中で、一番盛り上がったのが部活に関する話題である。
「部活は、星撒部じゃよ。
…あー、おぬしらの概念で言えば、ボランティア部、というのが近いかのう。
そこで副部長を努めておる」
この言葉に、群がる生徒達は感心の声を上げる。
「へぇー! ユーテリアのボランティア部とか、面白そうだねぇ!
出来る事が多いだろうからさ、凄い引っ張りだこになってそう! 募金活動とか介護奉仕とか、そんな程度じゃなくてさ!
公共工事をそのまま請け負っちゃたりとか、企業の新製品開発に携わったりとかさ!」
渚は腕を組み、むうぅ、と唸る。
「公共工事は請け負ったことあるが、企業の新製品開発はないのう。そういう利潤追求主義は、引き受けぬことにしておるのじゃ。金儲けなど、企業が好き勝手にやれば良い」
「じゃ、どんな活動が多いのかな?」
すると渚は、待ってました、とばかりに満面の得意げな笑みを浮かべて語る。
「そうじゃなあ…戦争難民への炊き出し援助だとか、災害救助や復興だとか。
中でも多いのは、戦争の仲裁もしくは終結のための介入じゃな」
「せ、戦争!?」
生徒達は目を丸くする。当然である。学ぶのが本分のはずの学生が、生死を賭して兵士の働きをするとは、夢にも思わないのだから。
生徒達の驚く顔を見て、存分にケラケラと笑うと。渚は制服の上着のポケットから通信端末『ナビット』を取り出し、そのディスプレイをタッチ操作する。
数秒後、中空には3Dホログラム映像で、集合写真の画像が表示される。それは、先日のアルカインテール事件終結を記念した打ち上げの様子を撮ったものだ。
「ちなみに、これがわしらの部活の面子じゃ。
ただ、全部員ではなく2人足りなくてのう。代わりに、1人余分な者が写って居る」
足りない2人のうち、1人は部長のバウアー・シュヴァールのことだ。そして余分な1人とはアルカインテール事件で合流したユーテリアの生徒、レナ・ウォルスキーのことである。
では、もう1人の"足りない者"とは誰なのか。…その人物については、今後言及することになるだろう。
それはともかく。セラルド学院の生徒達は、星撒部の面々を興味津々で眺めては、口々に感想やら評価やらを放言する。
男子勢から「プロポーション、最高じゃん!」「胸デケェ!」「モデルの間違いじゃねぇの!?」と好評なのは、アリエッタとナミトである。特にアリエッタは「超美人!」とも評されるし、対するナミトは「スゲェカワイイ! 健康的さがたまんねぇ!」などと評される。
そんな男子どもに、渚はニヤリと意地悪な笑みを浮かべる。
「アリエッタにナミトじゃな。前者が2年生でわしと同学年、ナミトは1年生の後輩じゃ。
確かに、どっちも体型に容姿も恵まれとるからのう、ユーテリアでも人気じゃが…手を出そうと言う男は、中々居らぬな」
「ウッソ!? 絶対告られまくりじゃん!?
多少性格悪くても、これは狙うだろ!?」
「まぁ、確かにどちらも、入学したての頃はよくラブレターとか貰っておったようじゃが…。どっちも"美女で野獣"じゃぞ。
特に、ナミトはそうじゃな。あやつは兎も角、肉体鍛錬が好きでのう。練気使いとしては、学園でもトップレベルじゃ。並の男が手を出しても、全身の骨を砕かれてご愁傷様、じゃ。
アリエッタは、そこまででは無いが…良いところ見せようとあやつと組み手した男は、大抵顔が青ざめるぞい。何せ、どんな攻撃をしても当たらぬし、どんどん気力が殺がれてしまうからのう。あやつの場合、野獣というより妖女、と言うべきかのう」
そんな説明を聞いた男子どもは、顔を引きつらせる。
「うっわ…流石はユーテリアか…。綺麗な花にトゲ、どころか、チェーンソーが付いてる感じだな…」
一方、女性陣は男子4人に万遍なく人気が広がる。
「ねぇ、この子さ、ワイルドな感じで可愛くない? 一緒に居て、楽しそうー!」
「うーむ、ロイか…。苦労するぞい?
そやつは学園でも"暴走君"で名高いヤツじゃからな。生身で
「…う…そ、それは、ちょっとパスかな…。ハンパないね…」
「この眼鏡の人、カッコ良くない!? 優しそうだし、知的だし! 大人っぽくて、ステキー!」
「蒼治のヤツかぁ? 黙っとると、そう見えるのか…。
あやつはとんでもないヘタレじゃわい。すぐに屁理屈
何より、外観ですぐに油断するところが悪い! 女子供が被害者に徹するような時代は、もうとっくの過去の話じゃと言うのに…! それ前の件も、命を落とすところじゃったからな! 阿呆じゃわい!」
「立花さん…厳しいね…」
「優しそうと言えば、このロングヘアの人も良い人そう! 笑顔可愛いし!」
「イェルグじゃな。
まぁ、ウチの部では一番バランスの取れた男じゃが…残念ながら、彼女持ちじゃ。
ホレ、隣にピッタリくっついておる青い髪の女子がおるじゃろ? ヴァネッサと言うのじゃが、あやつと恋愛関係じゃよ」
「えー! やっぱり、良い男にはすぐに女が付いちゃうんだー! ざんねーん!」
「ヴァネッサも、実力は勿論じゃが、良いところのお嬢様じゃしな。イェルグとしても、何やかんや行っておるが、悪い気はしておらんじゃろうな。家族公認らしいしのう。
と言うワケで、諦めい」
「じゃ、このハリハリ頭にゴーグル付けた子は!? なんか、母性をくすぐられるなぁ、この満面の笑顔!」
「大和のヤツ、写真映りだけは良いんじゃよなぁ…。
こやつは、ロイ以上の曲者じゃぞ。ぐーたらじゃし、文句はタラタラじゃし、根性は無いしのう。おまけに、女を口説くことしか考えておらん。
ダメ男の典型じゃな!」
「…立花さんって、ホント男の子に厳しいね…」
「まさか、立花さんってさ…女の子の方が好きだったりして?」
言われた瞬間、渚は電撃的に「はぁ!?」と反論し、ブンブンと首を横に振る。
「変な事を言うもんではないわい!
確かにわしは、まだ恋人関係におる異性は居らぬが、れっきとした異性愛者じゃわい!
同性愛者を否定する気はないが…その…自分がその立場となると、やはり…むうぅ…気持ち悪いわい」
「でも、部活の女の子って、基本的にみんな可愛いじゃん!
こんな
「そ、そうかのう…むうぅ」
渚が腕を組んで唸る。自分の立場に置き換えて想像してみたようだが…やはり、親身にはなれなかったようだ。今にもベッと舌を出すような顔つきになる。
そんな最中、質問を取りまとめるばかりだった秀の口から質問が飛び出す。
「立花さんは、副部長なんだよね? それじゃ、部長って誰なのかな? この写真に映ってる人じゃないのかな?」
この質問をされた途端。渚は"よくぞ聞いてくれました"と言った態度で鼻から息を吹きながら、ナビットをいじって別の画像を表示する。
「こやつが、部長のバウアー・シュヴァールじゃよ!
さっきの写真を撮った時には、残念ながら、別の仕事中でのう。帰ってこれんかったのじゃ。
わしとのツーショットで、さほど花がなくて申し訳ないが、まぁ見てくれい」
表示された画像には、バウアーの肩にガッシリと腕を回し、満面の笑顔でピースサインを作る渚の姿がある。そしてバウアーは、特に嫌がる風でなく、軽く微笑みながら、こちらもピースサインを作って映っている。
写真を映した場所は、どうやら宇宙区間のようだ。夜よりもなお黒い空間が映る小さな丸窓が1つだけ在る銀色の壁を背に、2人は宙に浮いて映っている。
この写真を見た生徒達は…誰もが皆一様の感想を胸中に抱く。
(なんだ…立花さん、恋人居るんじゃないか…)
にこやかに、"幸せそう"と評しても過言ではない様子で笑い合い、体を密着させている2人の姿は、どう見ても長年付き添って理解し合った男女の仲である。
生徒達の胸中は暫くツッコミで
バウアーは決して悪い顔立ちではないし、むしろ褐色の肌に意志の強そうな真紅の瞳には野性的な強靱さが感じられる。しかし、"美男"や"ハンサム"と評するような優れた顔立ちではない。それに、身長もさほど高くはなく、筋骨隆々としているワケでもない。
堂々たるほど自信と、それに見劣りしない優れた実力を持つ渚が、どうしてこんな男子に肩入れするのか。疑問が湧いたのである。
その胸中を素直に口に出したのは、聞きたがり屋の美樹である。
「ねぇねぇ、立花さんはこのバウアーさんのどこら辺が好きなのよ?」
"好き"と直球と訊いたが、渚は顔を赤くしたり慌てたりする様子もなく、落ち着きを払った態度で、ただニマニマと
「そうじゃなあ…。
まず第一に、意志が強い。万人が右を向こうが、己が良しと信ずるならば
第二に、その強い意志に裏打ちされた、責任感! わしは男兄弟ばかりの家庭に育ったが、お祖父様以外であれほど頼りになる男はおらん!
第三に、責任感は強くても決して意固地でない柔軟性! 判断力に優れておってな、どんな状況であろうと覆してやり遂げ、納得させてしまう実力がある!
そして何より! その実力じゃな! 流石は、学園の最強候補と云われるだけはある、化け物と云う言葉でもまだ足りぬ能力じゃな! とは言え、わしには劣るがのう!」
(うわ…なにその完璧超人…)
尋ねた美樹含め、生徒達はあまりの評価に苦笑いを浮かべるしかできない。全く以て、酷い
そんな問答をしている最中のこと。生徒達を掻き分けて、1人の少女が別の少女を引っ張って渚の前に出て来る。前者は2年3組の才女である
「ほら、ニファ!
あなたも聞かせてあげなさいよ! ユーテリアの"英雄の卵"とだって張り合える、あなたの実績を!」
しかし、凜明の想いに反してニファーナは、全く覇気のない様子である。
熟睡していたところを叩き起こされたような、
これが元の『現女神』であるとは、到底信じられない。
「えー、喋ることなんて何も無いよー」
ニファーナが頭を掻いたまま語ると、凜明は大げさに溜息を吐いてから、食ってかかるように詰め寄って語る。
「あるじゃんかーっ! もう語り尽くせないほど、あるじゃんかーっ!」
凜明は続けて、芝居掛かった動作を伴いながら語る。
「周辺都市国家や『現女神』に冷たく睨まれ続け、風前の灯火だった、このプロジェス…それを情熱の烈火に変えてみせた偉業!
優秀なる『士師』達と共に国家レベルの会合に
そして! あの外道女神"陰流"に威風堂々と挑んだ勇ましさッ!
本になってるくらい、大人気なんだよッ!? そんな活躍を本人の口から語るワケじゃない!? ファン垂涎、それどころか失神の大イベントよ!?」
騒ぐ凜明が台風ならば、ニファーナはその風にヒラヒラ
「そういうのは大抵、『士師』のみんなが頑張ってくれてたんであって。私はお飾りだったし。
"陰流"の時は…自分では結構頑張ったつもりだけど…結局、負けてるし。
誇れるものなんて、何もないよ」
「そんな、ニファ!」
凜明が泣きそうな顔で
「立花さんの方が、よっぽど凄いよ。
本当の意味で、自分の力でなんでもこなせるんだから。その力も、誰かに与えられたものじゃなくて、自分で努力して鍛え抜いて手に入れたものなんだもの。
おこぼれで力と立場を得た私なんかと比べるのは、立花さんに凄く失礼だよ」
ニファーナの言葉は、覇気がないだけでなく、酷く卑屈なものであった。
そんなニファーナの言葉に、凜明を初めとする生徒達は苦々しい笑みやしかめ面を作る。中でも一番、露骨に片眉を跳ね上げて不快感を示しているのは…ニファーナと知り合って間もない渚である。
渚は、"元"とは言え同じ『現女神』であったニファーナの今の態度が、自分とは全く真逆である事に苛立ちを感じているのだ。渚は『現女神』の立場をとても歓迎しているし、誇らしいと感じている。それに比べてニファーナと来たら、ひたすら重く身を
「おぬしのう…」
渚は遂に、溜息を吐きながら、ニファーナの肩に手を置いてしみじみと語り出す。
「そんなに自分の事を低く見るものではないぞい。
『現女神』の立場とは、確かに、自助努力では得られず、運頼みとしか言いようがない。しかしのう、傾向としては、どんな人間でもなれると言うワケではない。良かれ悪しかれ、
おぬしは世界に、そんな人間であると認められたのじゃぞ? もっと誇って良いではないか」
「…それじゃあ、私が初めての例外なんだよ」
ニファーナはなおも卑屈に食い下がる。渚は片眉をピクンと跳ね上げて苛立ちを露わにしたが…深呼吸1つして気を沈めると、なるべく穏やかになるよう努めながら語り聞かせる。
「それに、『現女神』の座を失った今も、こうして沢山の者達の人心を得ておるのじゃ。
これは『現女神』という要素抜きに、純粋におぬし自身の力…人徳のなせるものではないか!
『現女神』と言っても、
だから、もっと自信と誇りを持てい!」
「そうかなぁ…」
ニファーナが首を傾げて語った直後。
「立花さんの言う通りだよ」
そう即答したのは、渚の隣の席に座ったまま事の成り行きを静観していたナセラである。
「少なくとも私は、ニファーナが『現女神』だったからこそ、力を貸したくなったんだ。
だから士師に志願したんだけどね…断られてしまったけどさ」
ナセラも凜明同様――いや、士師に志願するまでの行動を見る限り、凜明以上かも知れない――に、ニファーナを敬い慕う者の1人なのだ。
ちなみに、士師は『現女神』に対して男性であるイメージが強いが、女性でも成る事は可能だ。ただし、女性は士師に対する存在定義レベルの抵抗があるため、男性ようにすんなり成れない。この"抵抗"が何故存在するか、については現在の魔法科学は目下研究中である。
さて、ナセラに続いて美樹までも、人混みを掻き分けてニファーナにガッシリと飛びつくと、頬ずりしながら上機嫌に語る。
「うんうん!
私も応援してるし、尊敬もしてるよ! ニファーナの事!
『現女神』だった時も、今もさ!」
「…みんな、買いかぶり過ぎだよ…」
ニファーナは照れるでなく、心底迷惑そうな苦々しい表情を浮かべる。今にも溜息を吐き、ふてくされてしゃがみ込みそうな程だ。
そんな不快感を敏感に悟った学級委員の秀は、ハッと表情を改めると、なるべくぎこちないように努めて微笑みを浮かべながら話題を変える。
「ところで、ニファーナさん。
さっき、立花さんがユーテリアの部活のメンバーを見せてくれたんだけどね。ニファーナさんは、誰か気になる人居ないかな?
…ねぇ、立花さん、さっきの集合の画像、表示してもらっていいかな?」
渚は
ダウナーな雰囲気のニファーナは、賑やかな雰囲気は苦手のようだ。
数秒間、ジロジロとメンバーの顔を眺めたニファーナは…遂にスッと、人差し指で静かに1人の少女を指差す。
「この
「ふむ、ノーラか。なるほどのう、確かに静かなヤツじゃがな…」
渚は腕組みして首を縦に振った後、ニヤリと悪戯めいた笑みを浮かべる。
「相当な肝っ玉の持ち主じゃぞ?
最近入ってきた1年生の新入部員なのじゃが、この打ち上げの元になった『握天計画』の根幹を見事に叩き潰したヤツじゃからな!
物静かながら、胸の内に太陽のような熱い炎を抱いている娘じゃぞ」
「うっそッ!?」
声を挙げたのはニファーナでなく、周囲の生徒達である。
彼とて『握天計画』と云う言葉は聞き知っているのだ。それが都市国家を丸ごと1つ飲み込むような騒動を引き起こすと云う事も、歴史の授業などを通じて認識している。…ちなみに『握天計画』は、その殆どが地球史に名を刻む事件を引き起こしている。
そんな大事件を学生の身で集結させる事がどれほどの偉業か、分からない生徒達ではないのだ。
対してニファーナは、目を丸くしこそすれ、声を挙げることはしない。すぐに眠たげな半眼に戻ると、ぼんやりと答える。
「えー…それじゃあ、パスかなあ…。そんな凄い人、私には釣り合わないし…」
「だーかーらー、ニファーナだって充分凄いってー!」
美樹が両腕を挙げて強く言い聞かせる。
――こうして賑やかな休み時間は過ぎてゆく。
◆ ◆ ◆
一方で、彼らの騒がしいやり取りから距離を置いて、冷たい視線を注いでいる1グループがある。
このグループの構成は、男子3人に女子1人だ。彼らに共通するのは、面立ちを初めとした雰囲気から突き刺さるように
「バッカじゃね? 英雄サマ囲めば、自分たちにも御利益あるってのかよ?」
校則違反ながら、耳や
「でも、あたしはちょっと興味あるなー。あの英雄サマのじーさんみたいな言葉遣い、結構カワイイと思うんだよねー」
そう語るのは、濃い褐色の肌にコントラストを付けた濃いメイク(校則違反である)をした女子生徒だ。
「言葉遣いがカワイイとか、どーでも良いんだろうがッ!
あのチヤホヤもてはやす感じがウゼェんだよッ!
小学生のガキかってんだ!」
そう叫ぶのは、奇抜な極彩色に染めたロングヘアをした男子生徒である。彼はさらに息巻いて続ける。
「オベンキョウは出来るみてぇだけどよ、それがなんだって云うんだよ!?
頭デカかろうがよ、腕っぷしで負けたらどうにもならねーだろうがッ!
『
だからよぉっ!」
ロングヘアの男子生徒は、3人が取り巻く机にドッカリと座った主に視線を向けて、教室中を震わそうとするかのように叫ぶ。
「この教室で一番スゲェのは、カッちゃんなんだよッ!」
その叫びに、教室の数名が何事かと視線を向けたが。それが不良グループの発端であること、そして何より"カッちゃん"と呼ばれた人物の事を示している事を知ると、慌てて知らない振りをして視線を
この"カッちゃん"と呼ばれる人物は、不良グループ以外の生徒達にとって目の上の瘤であるどころか、悪性腫瘍のような恐怖の対象であるらしい。
「…そんなに騒ぐなよ、シグ。ようやく気持ち良く眠れそうになってたってのによ」
"カッちゃん"と呼ばれた人物は、開いた教科書をアイマスク代わりに顔の上に置いたまま、ダルそうに低い声を出す。
今日のところ、彼はマトモに授業を受けておらず、顔に複素則式学の教科書を乗せたまま、居眠りを決め込んでいる。
「あ…ゴメンよ、カッちゃん」
シグと呼ばれたロングヘアの男は、ギクリと体を強ばらせながら、歩くハトのようにヘコヘコと頭を下げながら謝罪する。
「あ、起きてたんだ、カッちゃん。珍しいー」
色黒の女子が声をかけると、"カッちゃん"はズルリと顔の上から教科書を退かせて、藪睨みの視線を投げる。その先には、渚とニファーナを中心とした集団がある。
「眠れっかよ、ギャーギャーうるせぇのが続いてんだからよ。
お蔭で、首が凝っちまった」
「揉もうか、カッちゃん?」
ピアスをつけまくった男がすかさず背後に回り込もうとするのを、"カッちゃん"は素早く手で制する。
「いらねぇよ。そんなにジジィじゃねぇ」
"カッちゃん"と呼ばれる、2年3組の不良グループを束ねる男子生徒の名は、
彼は2年3組だけでなく、セラルド学院全体――それのみならず、近隣の学校の生徒達にとっても恐怖の対象となっている。
とは言え、古臭い概念で言うところの"総番長"と云う存在ではない。2年3組内でこそ3人の男女の取り巻きが居るものの、それ以上の取り巻きや下っ端を
灰児が怖がられる理由は、幾つか在る。いつでも不機嫌そうで、爆発しそうな厳つい面持ち。岩石を削って作られたかのような、筋骨隆々としたゴツい体付き。そして、常に上から目線のガラの悪い態度…等々だ。
中でも同じ不良グループや、市軍警察の生活環境部からも一目置かれているのは、プロジェス内の学生としては群を抜いている身体および戦闘の能力である。
彼は、たった1人で数十人構成の不良グループ3つをまとめて相手し、勝利を収めてグループを壊滅に追いやった…と云う凶悪な武勇伝を持っているのだ。更には不確定ながら、市軍警察ともやり合い、職業軍人であるはずの彼らを病床に送ったと云う噂もある。
そんな灰児に対し、生徒達はいつでも不機嫌そうに見える彼を無闇に刺激して爆発させないよう、徹底的に関わらないようにしているのだ。
「…しっかしまぁ、目障りなのは確かだな」
灰児は生徒達の群の中心、表情豊かに談笑する渚に冷たい視線を送りながら言い放つ。
「静かに昼寝も楽しめねぇ」
灰児は多くの不良と同じく、大抵の授業は真面目に参加していない。但し、無闇に騒いで学級崩壊させるような真似はせず、大抵は寝て過ごしている。お金に余裕がある時は、サボって繁華街に遊びにいくことが多い。
「じゃ、今日はもうフケようか?」
痩せぎすの提案に、灰児は「いや」と即答して首を横に振る。
「それじゃあ、オレ様が逃げたみてぇじゃねーか。そんなヘタレた事はしねぇ」
そして、
「なぁ、次の授業は体育だよな?」
「ああ、そうだけど」
と、痩せぎすが答えた直後。3人の取り巻きはハッとする。
注がれる見開かれた3つの視線の先には、絶好の獲物を前にした猛獣のような笑みを浮かべた灰児の表情がある。
「ま、まさか、カッちゃん…」
ロングヘアの呻き声を塗り潰すように、灰児がドスの利いた低い声を響かせる。
「丁度良いぜ。
大勢の前で、大恥
語りながら灰児は、岩のようにゴツゴツした右手をギュッと握りしめてみせる。
- To Be Continued -