星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Inside Identity - Part 4

 ◆ ◆ ◆

 

 魔法科学によって人類の可能性が、"莫大"と表現しても過大でない程に拡がった現在において。何度か言及している通り、性差と云うものは職業選択を初めとする場合において、全くと云って良いほど無意味なものとなり果てた。

 それは、学校教育のカリキュラムにおいても当てはまる。

 旧時代の地球においては、体育の科目は男女別に組まれることが普通であったが。『戴天惑星』と化した今となっては、決して普通と言えるものではなくなった。

 多くの都市国家において、体育の科目に武術――ひいては、戦闘技術が採用されている。これは、『女神戦争』や『握天計画』といった混乱によって戦争に巻き込まれる可能性が高い地球においては、男女を問わず、故郷の市軍警察や地球圏治安監視集団(エグリゴリ)への入隊を希望する者が多くなっているからである。入隊を希望していなくとも、いざ戦闘に巻き込まれたのならば、生死を隔てる要素に男女は関係ない。…そんな事情から、男女の壁を取る事が望ましいと考えている都市国家は数多い。

 プロジェスは正に、そんな都市国家の一例である。ここでは特に、歴史的に外部からの干渉を多く受けてきた事もあり、"体育"と云う科目は"戦闘技術"と言い換えても良いくらいの内容になっている。

 

 セラルド学院の2年3組のこの日の4時限目の授業は、そんな体育の時間である。生徒達は男女の隔てなく、広々としたグラウンドに集合させられ、同じ内容の授業を受ける。

 生徒達は軍人ばりにキリリとした態度で直立して整列し、教諭を真正面から見据えている。…ただし、灰児を初めとする不良グループの者達は、見苦しく大勢を崩してぼんやりと突っ立っている。

 筋骨隆々としたトカゲ型獣人の教諭は、生徒達の顔をグルリと視線で撫で回す。灰児達の姿を視界に入れると、牙がゾロリと生えた口が苦々しげに歪むが、抗議の声は上げない。言っても無駄だと諦めきっているのだ。

 その口直しと言っては何だが、渚の姿を目に入れた時には、思わず小さく「ほぉ…」と漏らして、口角を上げる。長年、戦闘技術の教諭を勤め続けて磨かれた慧眼が、渚の立ち姿から(にじ)み出す実力を認知したのだ。

 (流石は、ユーテリアの"英雄の卵"。頭でっかちなだけじゃない)

 渚は他の生徒達と同じく直立してはいるが、かなりリラックスした雰囲気が見て取れる。面持ちには緊張感は無く、余裕とも興奮とも好奇とも取れる柔らかな微笑が浮かんでいる。小柄な体格は決してか弱さを想起させない、むしろ高性能をコンパクトに凝縮したミサイル兵器のような機能美と、仕舞い込んだ爆発力がひしひしと伝わってくる。

 ((たたず)まいだけで、これだけビシビシと実力を感じるなんてな…正に、姿"勢"ってヤツだ)

 教諭は不良グループへの不満を渚の態度ですっかりと塗り潰すと。上機嫌な表情で、大声を張り上げて号令する。

 「今日は、ユーテリアからの留学生も居ることだしな! 一丁派手に、実戦を想定した自由組み手を行う!

 形式は自由だ! これまでの授業で得た技術を使うも良し! コッソリと練習していた秘密の必殺技を使うも良し!

 命に関わるような危険な事は流石に禁止するが、思いっ切り自分の持てる力を発揮してみろ!」

 こんな授業内容にしたのは、他の教諭と同じく、渚の実力を見てみたかったからである。基礎練習でも怪物じみた成績を残してくれるかも知れないが、それでは少々物足りない。だから、組み手で暴れてもらおう、と言うワケだ。

 生徒達の大半も、教諭の意図を汲み取って眼を(きら)めかせるも…数瞬後、眉をしかめてしまう。そんな彼らの胸中には、こんな不安が過ぎっている。

 (…一体誰が、立花さんの相手をするって言うんだ…?)

 3時限目までの授業で、渚が超高等学校級のレベルの存在であることは痛感している。戦闘技術の方も相当なものだと云うことも、容易に想像が付く。

 生徒達は、渚に対抗できそうな生徒を探して視線を彷徨(さまよ)わせる。結果、視線が集うのは3人だ――学級委員の秀、成績優秀な凜明(リンミン)、そして技の見事さで名高いナセラである。

 ちなみに、ニファーナには視線は集まらない。『現女神』の座を失い、『神法(ロウ)』を持たない普通の少女になった彼女は、文武の両面において優等生でない事を重々承知しているからだ。人心は集める人徳は有していても、渚に打ち勝つような戦力は有していいない。

 さて、期待を受ける3人だが、彼らの表情は微妙だ――むしろ、(かげ)ってさえ居る。

 期待を受けていることは、彼らも自覚しているのだが。その期待に応えられる自信が全くないのだ――彼らも教諭と同じ、渚の実力を推し量れるが故の悲劇である。

 自分がトラだとしても、渚は空を飛び火を吹くリュウであろう――そう痛感してしまい、足が(すく)むのだ。

 そんな3人の胸中を知ってか知らずか、教諭は指示を続ける。

 「それじゃあ、2人組を作れー! いつもの通り、異性同士でも構わんぞー! 時間が惜しいから、ちゃっちゃと…」

 その話の最中、「なぁ、センセイよぉ!」と低い声を上げて真っ直ぐ掌を天に向けた者が居る。

 不良グループの要にして、学内でも指折りの実力者。室国(むろくに)灰児(かいじ)である。

 「む、室国か。どうした?」

 教諭はビックリして目を見開きながら尋ねる。灰児は他の授業に比べると、体育は真面目に受けている方だが…こんな風に積極的に発言することなど、今まで無かったのだから。

 灰児はニヤリと口角を大きく釣り上げ、荒く鼻息を吹いてから答える。

 「センセイもよぉ、他の先公(センコー)どもと同じでさ、ホントは留学生チャンの実力ってのがどんなもんか、見てみてぇだけなんだろ?

 天下のユーテリアの生徒だもんなぁ!」

 教諭はギクリと顔を引きつらせたが、慌てて平静を装って言い返す。

 「い、いや、そういうワケじゃないぞ。

 ただ、折角留学生が来てるからな、このセラルドのレベルというものを知ってもらうにしても、良い機会だと思ってな…」

 「ウソウソ! 本音で構わねーよ! 別に責めてるとか、弱み握ろうとしてるってワケじゃねーよ」

 灰児はクックッと笑う。

 「ただよぉ、留学生チャンの実力に興味があるのは、センセイだけじゃねーってこと、言いたかったのさ。クラス全員が、興味あることだろう?

 天下のユーテリアの生徒が! 休み時間に堂々と武勇伝を言い聞かせてた留学生チャンが! 実際、どれほどのモンかってよ!

 そんなお楽しみを、センセイだけがジックリ見るってのは、クラスメートとして可哀想だなって思っただけさ!」

 「…だから、何なんだ?」

 教諭は、灰児の狙いが分からず、内心で首を傾げながら尋ねる。

 灰児は鼻でハッ、と笑うと、親指の先で渚を指しながら語る。

 「こうしようじゃないッスか?

 留学生チャンとクラスで一番の実力者が、模範組み手をする。

 そうすりゃ、センセイもクラスのみんなも、留学生チャンの実力をジックリ楽しめるってワケだ!

 留学生チャンの技術は相当スゲェらしから、見てるだけでも勉強になるだろうしよ。センセイとしても、授業の体裁を整えられる。一石三鳥じゃないッスかぁ!?」

 「う、うむ…」

 教諭は異論を唱えず、素直に肯定する。確かに、他の生徒も一斉に組み手をするとなると、授業担当として全員に目を配る義務が出てくるから、渚ばかりをじっくりと見ているワケには行かない。しかし、灰児の提案を飲めば、その問題点は解決する。

 「しかし、そうなると、誰が立花と立ち会うか、になるが…」

 「そりゃあ、当然ッ!」

 灰児が鼻息荒く声を上げ、渚に向けていた親指の先を自分の胸へと(ひるがえ)す。

 「言い出しっぺでもあるし、オレっしょ!」

 「異議あり、だ!」

 即時に反論したのは、ナセラである。その鋭い視線には、怒りの色すら垣間見える。

 灰児は不良らしい藪睨みで表情を歪め、ナセラを威圧する。

 「あぁん!? 文句あんのかよ!?」

 「クラスの代表が貴様だと!? 一番の実力者だと!? 笑わせるな!

 真の強さとは、健全なる心技体が揃ってこそのもの! まずもって"心"が歪みきっている貴様に、そんな称号を名乗る筋合いはないッ!」

 「ウルセェぞ、クソアマ?」

 灰児は威圧の表情のまま、叫ぶでなく重く押さえつけるような声音で反論する。

 「今回の授業、センセイはよぉ、"実戦を想定した"って言ってンだよ?

 実戦、つまりゃあ、戦場ってこった。

 戦場に、健全な心技体もクソもあるかよ? あぁん? 騎士道だの武士道だのの精神に乗っ取って戦死するヤツよりゃ、泣き喚いても構わず銃弾ぶっ放して皆殺しにするヤツの方が強ぇって評価されんだよ?

 テメェのカビの生えた精神論なんて、戦場じゃクソの役にも立たねえんだよ!

 それによぉ…」

 灰児は顔を更に歪め、見下し切った嗤いを張り付ける。

 「ちょいと前に、この授業でオレがテメェをボッコボコに締めてやったじゃねぇか? 忘れたのかぁ?

 センセイに止めてもらわなきゃ、テメェ死んでたんじゃねぇか?

 その時点で、テメェよりオレが強ぇことは確定してンだよ!」

 この言葉に、ナセラはギリリと歯噛みする。灰児の話は事実なのだ。力ばかりを誇るばかりの素行不良に嫌気が差したナセラは、懲らしめようと授業で勝負を申し込み…散々に、負けた。

 「…それは3週間も前の話だ。

 今は実力が違う…!」

 ナセラの言葉を、灰児はゲラゲラと笑い飛ばす。

 「そんじゃあよ、3週間も時間あったんだ、実力が更に上がってンじゃねーの?

 それで勝てるつもりなのかよ、このオレによぉ!? あぁん!?」

 「この…ッ!」

 ナセラは顔を真っ赤にし、何やら叫ぼうとした、その時。

 「ストーップ! じゃよ!」

 声を上げて(いさか)いを止めたのは、渚である。

 渚はまず、キョトンとしてしまったナセラの方を向いて語る。

 「まぁまぁ、そう熱くなるでない。こういうのは血が頭に昇って、冷静さを失った方が負けじゃわい。

 おぬしもわしと一戦交えてみたいのならば、模範組み手とやらが終わってからやれば良かろう。わしは逃げも隠れもせんからのう」

 その言葉を聞いた灰児が、ピクリと片眉を跳ね上げる。

 「…そう言うってことは、オレとの組み手受けるってことだよな…?」

 「うむ、その通りじゃ」

 渚は灰児に振り返って、あっさりと首を縦に振る。しかし、思い通りの展開になったと言うのに、灰児の怪訝な――と言うより、不機嫌な表情は消えない。

 「そりゃ、うれしいんだがよ…一つ引っかかるんだよな。

 今の言い方、オレを軽く捻ってやってから、そのクソアマの相手をしてやろう…みたいに聞こえたんだがよ」

 「クソアマと云う言い方は気に喰わんが…まぁ、そういう事じゃよ」

 これまたあっさりと即答する渚に、クラスメイト達の間でザワリと空気が(うごめ)く。

 特に空気が変わったのは、勿論、灰児だ。その雰囲気の変わりようといったら、蠢くどころか、爆発したかのように震えている。

 灰児はこめかみに青筋をクッキリと浮かべながら、吐き捨てる。

 「調子こいてくれるじゃねぇか…!」

 「そういう性質(たち)じゃからな、許せ」

 渚はケラケラと笑って応じる。

 一触即発の火山と、そこへ更に油を注ぐ道化。そんな構図に、クラスの生徒達も教諭も固唾を飲み、オロオロとした気配を醸し出すものの…一方では、怯懦に混じって湧き出した興奮に、胸を高まらせている。

 灰児は素行は悪いが、実力は本物だ。戦闘技術のセンスも――ダーティな戦法が目立つが――クラス、いや、学院でもトップクラスのものがある。そんな彼が、ユーテリアの"英雄の卵"にどれほどまで通じるのか。

 はたまた、"英雄の卵"は暴力的な拳によって叩き割られてしまうのか。

 (これは…面白いぞ…)

 生徒達の顔に少しひきつった期待の表情が浮かぶ。

 一方で、悔しげな顔をしているのは、ナセラを初め、秀や凜明といった実力者達である。特に秀や凜明は、ナセラと同じく、灰児がクラスの代表となる事に対して露骨な不満と異議を表していたが。

 「文句ねぇよな、秀も(ジエ)もよぉッ! 留学生チャンは、オレをサクッと倒して、ミナサマのお相手をして下さるそうだからよぉ!

 少し待ってりゃ良いんだよ!」

 そうは叫ぶものの、灰児の胸中には残虐な本音が去来する。

 (…まっ、オレがこんな"卵"、ブッ叩き割っちまうがなッ!)

 

 ――こうして体育の時限が盛り上がりを見せる一方で。全く雰囲気に飲まれず、極めてマイペースに事の成り行きを眺めている者が只1人、いる。

 ニファーナである。

 彼女は不安がることも興奮することもなく、つまらない路上の大道芸を暇つぶしに眺めるような半眼の視線で、2人のやり取りを見送っているばかりだ。

 「…ちょっと、どうなっちゃうと思う、ニファーナ!?」

 隣でコショコショと尋ねて来るのは、クラス一のおしゃべり娘の美樹である。しかしニファーナは、欠伸でもするような眠たげな力のない声で、ぼんやりと答える。

 「さあ? 見てれば分かるでしょ」

 「そんな、こんな時でも…!」

 美樹が非難めいた言葉を吐きながらニファーナの顔を正面からのぞき込むと…続くはずの言葉は、咽喉(のど)の奥で萎んで消えてしまう。

 ニファーナと来たら、その表情にあまりにも虚脱した本音を張り付けているのだから。

 即ち――"こんな面倒な事、よくやるなぁ。サッサと終わらせて、元の何事もない時間を返して欲しい"――そんな旨だ。

 美樹は大きく溜息を吐いて語る。

 「ニファってさ、何か楽しい事とか興奮することとか、ないワケ?」

 するとニファーナは、ぼんやりと答える。

 「楽しいのは…ゲームだね。マイペースにでるRPGなんか、最高」

 その言葉に、美樹は苦笑いを浮かべるばかりで返す言葉が見つからなかった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 クラスメイトの大半の者達の意志を汲み、何より自分の興味とも一致する事から、トカゲ面の体育教諭は灰児の提案を承諾した。

 今、2年3組の生徒は渚と灰児を残して、皆グラウンドに座り込んでいる。その端の方で腕組んで立つのは、教諭である。

 彼らの視線が注がれる正面には、十数歩の距離を開けて対峙する、渚と灰児の姿がある。

 2人は同じく防御用魔化(エンチャント)が施されたジャージを身に着けているが、その(たたず)まいは非常に対照的である。

 灰児の方は、闘争心に満ち満ちた臨戦態勢を取っている。隙のない身構えと、顔に浮かべた凄絶な笑みは、全身の筋肉は張りつめて獲物に狙いを定めた、飢えた猛獣を想起させる。

 灰児の構えは、一般高等学校で教えている戦闘技術のものとしては、かなり変わっている。上半身はボクシングのように握った拳をコンパクトに構えているものの、下半身の方はボクシングにしてはかなり両足の感覚を広げている。旧時代の東洋武術の構えを思わせるものだ。

 しかしこの構えについて、体育教諭は内心で舌を巻く評価を下している。

 (なるほど、考えたな。

 こう構えられると、どんな攻撃が来るのか、読みにくい)

 上半身のボクシング――引いては、西洋武術的な要素は、身体(フィジカル)魔化(エンチャント)を用いることを想起させる。反面、下半身の東洋武術的な要素は、練気を用いることを連想させる。

 このどちらを使って攻撃をしかけてくるのか。それとも厄介な事に、どちらも得意だと云うことか。そんな疑念を相手に抱かせる構えである。

 一方で、渚の構えと来たら――"構えていない"。

 肩幅程に両足を広げ、両腕を腰に当てた仁王立ち――これは構えと云うより、"偉そうに立っている"だけだ。とてもではないが、臨戦態勢には見えない。

 だと云うのに、顔には自信に満ち(あふ)れた不適な笑みが満面に浮かんでいる。

 (見下してる…ってことなのか?)

 教諭は(いぶか)しむと共に、渚に非難めいた警告を与えたい気分になる。

 (確かにユーテリアの生徒は、一般の高等学校の生徒よりは優れているだろうが…かと言って、油断は大敵だろうに…!)

 獅子のネズミの対決であろうと、獅子が油断することはない。この世は単純な実力比較だけで成果を断じれやしない。何時でも何処でも"不慮"と云う要素は付きまとうのだ。

 ネズミの噛み傷から毒が回り、死に至る獅子も居るかも知れない。

 (それに…あれでは、室国に気力の炎に油を注ぐようなものだ…! 敵を強くしてしまうだけだぞ…!)

 教諭が胸中で評する通り――灰児は渚の様子を見つめると、ただでさえはちきれんばかり充実していた気力を爆発的に膨らませている。

 とは言え、彼は激情に刈られているワケではない。実戦の際における冷静さが、灰児の強さの一端を担っているのだ。

 (バカにしてんのか…上等さ。

 せいぜい、バカにしてりゃ良い。

 いざ転んだ時、よりバカにされるのはテメェなんだからよ)

 灰児は小さく舌舐めずりをしながら、渚をじっと見つめたまま、油断なく構えを続ける。

 そのまま対峙するだけの時間が続くこと十数秒後。痺れを切らした、というほどの態度ではないが、渚が言葉をかけてくる。

 「むうぅ?

 あれだけ騒いでおった割には、かかって来んのかや?」

 対する灰児は答えを口に出さず、胸中で応じる。

 (分かるぜ、待ってンだろ?

 オレがムカついて、牛みてぇに突っ込んで来るところを、よ?

 そうは行かねえぜ)

 流石に数々の武勇伝を語られる灰児である。実戦における相手の心理をかなり的確に読み取れる。

 ("後の先"が狙いってワケだろ?

 突っ込んで行ったところをうまくいなして、オレに更に(いら)立ちを植え付ける。

 それを繰り返して、オレの動きを荒くさせ、あしらいやすくしたところで、一気に仕掛けてくるってワケか。

 …その手には乗らねぇが…)

 灰児はコッソリと口角を釣り上げ、ギラリと眼光を輝かせる。

 (その貧弱な戦法、利用させてもらうとするぜ!)

 灰児は表情を一転。ギリリと歯噛みしてこめかみに青筋を立てると、ダンッ! と大きく音を立てて大地を蹴り、一気に渚の方へと肉薄する。

 大地を蹴った際、観客たる生徒達は灰児の足に青白く輝く電流が走ったのを見て取る。練気の歩法によって、ステップと同時に気力を充填したのだ。

 一瞬にして間合いが一歩に満たない距離に縮んでも、渚は依然として笑みを浮かべたままだ。そんな彼女の顔面を目掛け、灰児はやや大振りな拳撃を見舞う。

 「ッリヤァッ!」

 気合いと共に放たれた堅い拳には、先に充填した気力が籠もり、眩い金色の光を放っている。何らかの対外用練気攻撃――"(けい)"を使用した証だ。

 対する渚は、浮かべた笑みに恥じず、悠然と半歩退きながら上半身を少し仰け反らせ、拳撃をやり過ごす。

 灰児は目を丸くして見せたが――胸中には、真逆の感情が渦巻いている。

 (知ってンだよ、そうするって事はッ!)

 ここまでの灰児の一撃は、全て迫真の"演技"だ。激情を灯した表情も、気力を充填し、全力と共に感情まで込めたような大振りを繰り出したのも、全ては"振り"だ。

 そして渚は、灰児の攻撃の空振りによって生じた隙に滑り込もうと、右手を握り込んで反撃への布石を見せる。

 ――全て、灰児の狙い通りだ。

 渚はモーションの小さいコンパクトな動作で、半歩すら動かぬ踏み込みを用い、灰児の脇腹に素早い拳撃を放つ。

 それは防御されることなく、すんなりと灰児の脇腹へと吸い込まれ――ゴキンッ! と岩石がヒビ入るような音を奏でる。拳撃がまともに灰児の脇腹に激突したのだ。

 この音を耳にした生徒達と教諭は、素早い決着が付いたと判断し、息を呑む。音から察するに、渚の一撃は酷く強烈で、その衝撃は灰児の筋肉のみならず内臓深くまで痛めつけたであろう…と。

 だが…そんな衝撃を食らったはずの灰児が一向に膝を付かないので、彼らは眉根に皺を寄せて(いぶか)しむ。

 そんな頃、攻撃を繰り出したはずの渚が眉を寄せて「むうぅ…」と唸る。

 渚が拳撃を叩き込んだ脇腹には、拳大ほどの小さな、しかし眩く輝く円形の方術陣が展開されている。灰児が密かに組み上げた、防御用の方術陣である。

 こいつは単に、高い硬度を誇る"盾"を作るだけの作用に止まらない。受け止めたものに対して、堅い餅のように絡みついて動きを束縛するものだ。

 渚が素早く拳を引こうとするも、体がピクリと震えるように動くだけで、腕は全くと言って良いほど動かない。

 この状態に至り、初めて灰児は胸中に灯した残虐なる本音を顔に張り付ける。

 「ド間抜けがッ!」

 嘲笑を拭くんだ気合いと共に、灰児は渚のハチミツ色の金髪をギリリと掴み上げ、グイッと顔を上げさせると。無防備な頬に練気を込めた拳を叩き込む。

 (ドウ)ッ! 大気の破裂する音が響く。同時に、渚の頬に叩き込まれた衝撃は爆発的に伝播すると、逆側の頬から烈風となって突き抜ける。練気においてポピュラーにして高い威力を誇る技、『鋼爆勁』だ!

 「ひぃ…ッ!」

 生徒の内から、悲鳴が漏れる。顔面への『鋼爆勁』は、凄惨な見た目からも推し量れるように、非常に危険だ。強烈な衝撃は歯をへし折り、眼球を破裂させ、脳に深刻な影響を及ぼしかねない。

 「室国ッ!」

 教諭がすかさず声を上げ、2人の組み手を止めようと駆け出す――が。その足が、即座にピタリと止まる。

 灰児の脇腹に手を絡め取られたまま、強大な衝撃を受けてその場で回転した渚が――気を失うどころか、その衝撃を利用して後ろ回し蹴りを灰児の顔面に叩き込んだのだ。

 (ドン)ッ! 鈍い音と共に、今度は灰児の体が吹き飛ぶ。方術陣は集中が途切れた為か崩壊し、渚を道連れにすることもなく、嵐の中の紙きれのように吹き飛ぶ。

 これで灰児が(かえ)って不利な形勢になったかと思いきや。吹き飛ばされながらも、灰児はニヤリと凄絶に(わら)っている。

 (スンゲェアマだな…!

 『鋼爆勁』を食らって反撃してくる根性もスゲェが、この蹴り――ハンパじゃねぇ!)

 実戦で鍛え抜いた太い腕が、ビリビリとした衝撃に痺れを覚えている。骨の随にまで衝撃は伝播し、肘に電撃的な痛みを走らせる。

 その強烈な体験が、灰児の心に火を灯す。

 (久しぶりに、面白れぇ相手と()れるなぁッ!)

 灰児は空中に足場を作る方術――『宙地』を使うと、勢いよく飛び出して渚へと跳び蹴りを放つ。

 対する渚は――『鋼爆勁』をまともに顔面に食らったと言うのに、少し片方の鼻から少し血を流す程度で、不敵に笑みを浮かべている。そして、迫り来る灰児の脚の(すね)を裏拳で叩き、迎撃する。

 …はずだったが。

 (ガン)ッ! 金属の衝突音のような激しい音と共に、渚の腕は強烈な衝撃を受けて弾き飛ばされる。灰児は己の腕に、練気による『功』か方術陣かは定かでないが、防御の魔術を付与していたのだ。

 「むうぅ…!」

 少し目を丸くしている所へ、灰児はもう一度『宙地』を実行。空中で縦方向に颶風の如く回転し、その勢いで踵を渚の脳天へと落とす。

 (だから、余裕ぶっこいてンじゃねぇよ、クソアマッ!)

 (ドン)ッ! 踵は見事に渚の頭頂に命中。同時に、練気による『鋼爆勁』が再び炸裂。爆発的な衝撃と共に、渚の体がビダンッと正面から砂地のグラウンドに叩きつけられる。

 灰児はそのまま渚の上に落下し、無防備な後頭部を両足で踏み潰そうとするが…響いた、ズドンッ、と言う音は乾いた砂土を抉る音である。

 渚はすかさず転がり、灰児の一撃を回避したのだ。そして、跳び上がるような動作で瞬時に立ち上がる。

 そんな渚を、灰児は見下した嗤笑(ししょう)を浮かべ、挑発を口にする。

 「なんだ、なんだよ? ユーテリアの優等生チャンと言っても、お勉強出来るだけの頭デッカチってだけみてぇだな? おい?

 一般人(パンピー)のオレに押されてンじゃねぇかよ」

 そんな言葉を叩きつけられた渚であるが…ムスッとすることもなければ、激情に駆られることもない。ただ静かに、パンパンと体に付いた砂埃を(はた)き、ハチミツ色の金髪をサラリと掻き上げて乱れを軽く整えると。灰児に向き直り、満面の笑みを浮かべて頷く。

 「うむ、上出来な男じゃな!

 少々暴力を覚えて粋がっておる不良風情かと踏んで居ったが、どうしてなかなか、やりおるのう。

 練気に方術、そして腕に仕込んだのは[身体(フィジカル)魔化(エンチャント)じゃな?

 教養はサッパリやも知れぬが、技術は実戦向きで、心理戦にも使いこなせる。

 感心したぞい」

 そんな誉め言葉を、灰児はハッと鼻で笑い飛ばす。

 「ユーテリアの優等生チャンにお褒めいただいて、光栄だねぇ。

 で、それはつまり、こういう意味ってことで良いンだよな? "ワタシはアナタサマには勝てませんー"、ってな?」

 すると渚はケラケラ笑って、即答する。

 「いやいや。別に裏の意味などない、単純に褒めただけじゃ。おぬしならば、頭デッカチなだけの優等生として入学してくるウチの学校の新入生より、余程強いと思ってのう。

 これならば、"()る程度暴れても大丈夫そう"じゃな」

 「…あん?」

 灰児は藪睨みしながら、露骨に不愉快さをまとわせて聞き返す。

 渚の語った、"或る程度暴れても大丈夫そう"との言葉。つまりは、全然暴れてなかった――本気どころか、小手調べすらやっていなかった――そういう意味なのだろう。

 「おい、アマ…これは模範の組み手だって言われてンの、覚えてるよなぁ!?

 なのに、手ぇ抜いてるってぇのかぁ!? ふざけてンじゃねぇぞおい! どこまで見下してンだよ!」

 「いやいや、見下しておるワケではない」

 渚はパタパタと手を左右に振って否定する。その後、後頭部を掻きながら苦笑いを浮かべる。

 「しかしのう、わしはここ最近、ウチの学校の結構な実力者としか手合わせしておらんかったからな。下手に暴れて、大事に関わる怪我を負わせてはマズいからのう。

 おぬしの実力、(はか)らせてもらった次第じゃ」

 「…それが見下してるってンだよッ、ウゼェアマだなぁッ!」

 灰児が叫ぶものの、渚は動じずに苦笑いを浮かべたままだ。

 「うーむ、真剣勝負だというのなら、確かに礼を失した行為であったのう。

 じゃが、安心せい。今度は"キチンとやる"からのう」

 渚はそうは語るものの…構えを取ったりするどころか、観客に徹している生徒達の方に視線を投げてキョロキョロと見回す。

 何かを探しているようだが…その行動があまりにも琴線に触れた灰児は、元よりの冷静さをかなぐり捨てて、全力疾走。全力で気力を練り、拳に莫大な量の電撃を蓄えて、渚に肉薄する。

 「何処見てンだよ、クソアマッ!」

 灰児が拳を電流と化し、渚の横向きの頬面に叩き込む――転瞬、渚の姿が灰児の視界からフッと消える。瞬きもしていないと言うのに、コマ切れのフィルムのように、姿が消えたのだ。

 (な…!?)

 驚いて目を見開いた、直後。ガクン、と脚に衝撃が走り、視界が回転する。

 (…はぁ?)

 何が起きたのか理解できない灰児に、更に追い打ちの現象が襲いかかる。背中にドンッ、と痛みを伴わぬ衝撃が走ったかと思うと、今度は視界が急速に前方へ向かって、激しく流れてゆくのだ。

 ――否、視界が流れているワケではない。灰児の方が、激流に巻き込まれた丸太のように、吹き飛ばされているのだ。

 灰児がその事実をようやく認識したのは、(したた)かに大地に叩きつけられ、激流の勢い余って岸に打ち上げられた大木の如く、砂土の上を激しくもんどり打って転がった時である。

 「痛ぇ…」

 気の抜けた呻き声が反射的に漏れるものの、彼の胸中を埋め尽くすのは、冷や汗が全身から噴き出すような怯懦だ。

 (オレは何時、どんな攻撃をされたんだ…!?)

 その問いに答えられる者は、このグラウンドに殆ど居ないだろう。教諭に秀、凜明、そしてナセラの4人が辛うじて見えた程度だ。他の者達は灰児同様、一体何が起きたのか理解できずに、ポカンと口を開いて眺めているばかりである。

 

 (体を沈めて拳をかわしながら、流れるような動作で脚払いをした…)

 ナセラが固唾を呑みながら、渚の反撃の流れを脳裏で再生する。

 (そして、灰児の体が浮き上がった所に、もう一度蹴りを叩き込んだ。

 あの様子だと、おそらくは『勁』の一種を使ってる。でも、威力を高めるために付与したんじゃない…)

 ナセラの頬に、冷たい汗が伝う。

 (灰児を紙にみたいに吹き飛ばすだけのため…つまりは、手加減のために、使ったんだ…!)

 ――それでは、手加減なしの、純粋に相手を叩き伏せるための威力へと転化した『勁』を使ったのならば。灰児の身体は一体、どんな事になっていただろうか。

 それを想像すると、ナセラの額にブワリと玉のような汗が幾つも噴き上げる。

 (恐るべし…ユーテリア、いや、"英雄の卵")

 

 「くそ…なんだってンだ…」

 灰児が四つ脚になって体勢を立て直し、ノロノロと立ち上がる。

 その様子を遠くなった間合いから見つめた渚は、ケラケラ笑う。

 「ちょいとそこで、頭を冷やしておけい。

 激情は、荒くて粗末な技しか生まぬ。折角、激情の振りをするくらいに冷静だったおぬしの利点が、台無しになってしもうておるからのう。

 そんな状態のおぬしを相手にしても、わしにもクラスの皆の衆にも、何の益にもならぬわい」

 渚の達観したような言い草に、灰児の青筋は再び浮き上がりそうになるが。彼を勝利に導き続けてきた理性が、その激情を必死に抑え込む。

 (あいつの言っていることは事実だ。

 考え無しに闇雲に突っ込むだけで勝てる相手じゃねぇ…!)

 灰児はムスッと不機嫌な表情を作りはしたものの、普段のガラの悪さには似つかわしくない殊勝な心意気で、静かに深呼吸を始める。

 渚との戦いは、終わってはいない。これからが本番なのだ――渚自身が、そう言っている。

 灰児が身体を整えている一方で、渚は再び生徒達の中に視線を巡らせると。

 「お、居た居た!

 凜明に、秀と言ったかのう? ちょいと来てはくれんかのう?

 頼み事があるんじゃ」

 渚の言葉に、凜明と秀はキョトンと顔を合わせたが。ともかく従ってみようと、2人はほぼ同時に立ち上がって渚の元へと小走りに近寄ってゆく。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 渚の"頼み事"に応じた2人であったが…それを終えた直後、罪悪感とも呆れとも取れる感情に、表情を複雑に歪める。

 そして、彼ら2人が何か言うよりも早く――激しい言葉を発したのは、息を整え続けていた灰児である。

 「おい、テメェ!

 オレに心を落ち着かせろ、とか言っておいてよぉッ! それは何の当て擦りだよ!?

 挑発のつもりか!? それとも、オレがクソ雑魚だからって憐れんでるつもりなのかよッ!?」

 灰児が不満に思うのも無理はない。渚の"頼み事"は、これから挑む本番に向けて気合いを入れ直した灰児を愚弄するかのように見えるのだから。

 今、渚は両手を背中に回している。その手首には、縄跳びが何重にも巻き付き、縛り上げている。

 縄跳びはただ絡みついているだけではない。凜明と秀、クラス内でも秀でた術者による魔化(エンチャント)によって硬度や重量、束縛の度合いが劇的に高められているのだ。

 渚は、自らの意志で自らの両腕を封じたのだ。

 「うむ、流石は学級委員サマに、優等生じゃな! 良い仕事をしおる!」

 渚は灰児の不満には答えず、満足そうに2人の術者を(ねぎら)う。

 だが、術者達の顔から複雑な表情が消えることはない。

 「本当に…この状態で、戦うのかい…?」

 尋ねる秀は、渚への気遣いを(にじ)ませる一方で、灰児への同情を(はら)んでいる。渚に挑戦したかった身として、これほどのハンデを見せつけられては、あまり良い気がしないからだ。

 しかし渚は、あくまでケラケラと軽く笑ってみせる。

 「下手に五体満足じゃと、思わず手を抜きそうになるからのう。

 制約がある程度の方が、必死になれるというものじゃ。

 それに、実戦を想定した組み手じゃろう? 実戦では体部の故障などザラじゃからな。両腕が使えなくなった状態の訓練として有意義じゃろ?」

 「…その台詞、つまりはよぉ…」

 灰児が再び激情に駆られながら、火を吐くような凄みを込めて語る。

 「五体満足の状態じゃあ、オレは完全に役不足って事だろぉ…!?」

 「じゃーかーらー、頭は冷やしておけと言っておるじゃろう?

 別にバカにしておるワケではないのじゃが、結果として、そう見えてしまうかも知れんのう。

 じゃが、想像してみよ。こんなに余裕をブッこいたユーテリアの生徒を敗北させる場面を。わしなら穴に入りたくなるほど恥ずかしくなるし、おぬしはそんな間抜けを笑えるワケじゃ」

 その台詞を聞いても、灰児の不機嫌は一向に収まる気配はない。そこで渚は、"やれやれ"と云った感じに嘆息しながら軽く首を左右に振ると。一転、ギラリとした獰猛な表情を見せる。

 (わら)いながらも鋭い眼光を放ち、見る者の背筋を凍り付かせるような凄絶な表情は――正に、理性という武器を手に入れた、嵐のように凶暴なる怪物。

 「おぬしがその気にならぬと言うのならば――わしが、その気にさせるまでじゃ」

 言うが早いか、渚はトン、と云う軽い足音を残して姿を消す。それまで存在していた大木が、微風となって消えてしまったかのような展開に、クラスメイトも教諭も、そして灰児すらも目を見開く。

 

 転瞬、灰児の眼前に現れる、(わら)いを張り付かせたままの渚。

 そんな渚が、ゾロリと牙を剥く獅子のような表情で、灰児に(ささや)く。

 「ここからのわしは、本気じゃからな。

 気を抜くと…死ぬぞい?」

 言葉と共に放たれる、渚の蹴り。それは灰児の右脚の(すね)を狙ったローキックだ。

 疾風を伴ったその一撃の余波が、灰児の脚に迫り来る時。彼の動物的本能がゾワリと全身の毛を逆立たせ、冷や汗が噴き出す。

 (なんか知らねぇが、やべぇ気がする…ッ!)

 万全の直撃を免れようと、灰児も蹴りを放ち、渚の勢いを殺ごうとする…が。2人の脚が交錯した、その瞬間。

 「…っぐぎぃぁっ!」

 響く、灰児の悲鳴。遅れて、ゴウ、と吹き抜ける爆風のような衝撃。

 灰児の脚は高速で接近してきた金属塊にでも激突したような様子で弾き飛ばされる。そればかりか、彼の巨躯が独楽(コマ)のようにその場で回転してしまう。

 (…な、なんだ、このパワー…!)

 冷や汗を飛び散らせながら、回る視界の中で必死に渚の姿を追うと。そこには、逆側の脚で灰児の顔面を狙ってハイキックを放つ姿がある。その速度たるや、弾丸にも比肩する程だ。

 ――あれの直撃を食らったら、顔が破裂する…! そんな予感に突き動かされた灰児が腕を交差させてハイキックをブロックすると。インパクトの瞬間、鋭い衝撃が骨を突き抜け、烈風となって灰児の顔に直撃する。――それは単なる風ではない、思い切り鼻面に掌底を食らったような、確かな打撃だ。

 ((けい)かよ…ッ! しかも、予備動作なしで、この威力…ッ!

 腕が折れたかと………ッ!?)

 灰児にそれ以上、思考する余裕などない。渚は苛烈に灰児に肉薄し、更に蹴る、蹴る、蹴る――!

 その動作は、"舞い"と評するには余りに激しすぎる。岩をも砕く、激しい颶風だ。

 完全に機先を制された灰児は、ひたすらに防御に回ってしまう。だが、渚の一撃はその防御を突き抜ける強烈な(けい)を纏い、確実に灰児の体を抉ってくる。

 (こいつぁ…ッ! クソッ!

 マジにやらねぇと…負ける程度じゃ済まねぇッ!)

 ギリリ、と歯噛みする灰児の胸中に、反抗の意志の炎が赤々と灯る。

 

 - To Be Continued -

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