星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Inside Identity - Part 6

 ◆ ◆ ◆

 

 2本の腕に、1対の虹色の翼拳。

 …いや、今や翼拳は刻まれた葉のようにバラリと幾本にも分かれ、触手のような有様にと化し、8対の拳と化している。

 この計10本の拳を用いる灰児は、息を()間も無い怒濤の勢い、ひたすらに連撃を渚にブチかまし続ける。

 翼拳は、その鮮やかで美麗な外観とは裏腹に、致命的な厄介さを孕んでいる。一撃における単純な物理的威力だけでも、砲弾に勝るとも劣らぬ衝撃と重量を炸裂させる。加えて、インパクトの際に、チョウの(はね)から(こぼ)れ落ちる鱗粉のように光片を渚の体に擦り付けたかと思うと。それは激しい轟音を立てて爆発し、大地を揺るがすような衝撃波をばらまく。

 光片は、灰児の魔力を結晶のように具現化させた爆薬のような代物なのだ。渚が距離を取ると、この光片をばらまき、空間を爆裂で満たして渚を攻撃すると共に翻弄するのだ。

 虹拳も非常に厄介だが、灰児自身の拳も、見た目には変化はないものの、速度も威力も魔力も段違いに上昇している。『黒点針』を放つ際に突き出した中指の間接など、並の人間が喰らえば筋肉をゴッソリと削り取られるかも知れない。

 今の灰児は正に、暴力の権化だ。

 (ホラよッ! お前も出してみせろよッ!)

 絶え間ない連撃を繰り出す最中、灰児は歯を剥き出しにした凄絶な笑みを浮かべつつ、胸中で渚に誘いの言葉をぶつける。

 (その身体(からだ)に宿してる全てを、ぶつけて来いよッ!

 そんな手の封印なんて捨てちまえよッ!

 お前の本当の本気やってヤツを、みせてくれよッ!)

 灰児はその一語一語を刻みつけるかのように、渚の小柄な身体に打撃を叩きつけ続ける。

 だが――渚と来たら、そんな灰児の意志をあざ笑うかのように、相変わらずの余裕が宿る笑みを浮かべている。

 そして、その性質上、攻撃や防御ばかりに専念出来ぬ脚だと云うのに、灰児の攻撃を(ことごと)く跳ね返して見せる。

 音や光を凌駕せんばかりの高速の蹴撃は、翼拳や正拳を的確に捉えて弾き返す。光片による爆裂は、『鋼爆勁』をアレンジした蹴りの衝撃で相殺してみせる。

 その高速にして繊細、そして豪快なる業の数々は、正に"神業"の名が相応しい。

 しかし、渚は流石に反撃にまでは手が――いや脚が回らないらしい。灰児の攻撃をかい潜って一撃を与えることは叶わない。

 一進一退の激闘が、延々と続けられる。

 

 交戦当事者の2人は意気揚々であるが、観戦者達が被る迷惑は溜まったものではない。

 灰児が放った光片の一部が観戦者達の方へと飛び散り、爆裂を起こしたり。渚の生む衝撃波による烈風や砂塵が荒れ狂ったり。もう授業における模擬戦などと言っていられない自体だ。

 攻撃の余波に関しては、秀や凜明、ナセラに教諭といった面々が対応し、クラスメイトや校舎に被害が出ないよう防御に回り続けているが。容赦の無い攻撃の応酬の連続は、彼ら4人の手に余りつつある。

 「な、何事なんですか…!」

 見かねた他の教諭が応援に駆けつけるものの、2人の交戦の間に割って入ることは出来ない。暴力の嵐の中へ飛び込めるような猛禽の如き実力者は、残念ながら、この場には居合わせていないのだ。

 (もう充分だ! 実力は充分に分かったから…!

 もう、終わらせてくれ…!)

 体育教諭は涙目になりながら、戦い続ける2人に視線を投じて訴える。

 

 もしかしたら、その視線こそが運命の天秤を(つつ)いたのかも知れない。

 2人の応酬に、大きな動きが現れる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 そのきっかけは、灰児であった。

 渚の蹴りがほんの少しばかり、大振りになった瞬間を、目敏(めざと)く覚ると。8本の翼腕を、まるで花がパッと開くように、大きく展開させる。

 同時に、粉雪どころか、飛蝗(ひこう)の群のごとく高密度に光片を展開すると。

 「ウラァッ!」

 気合一閃、まるでタコが思い切り触手で水を掻いて進む時のように、展開した翼腕を一気にすぼめながら、光片の大群を渚へと解き放つ。

 天の川も()くや、と云う程の光の大河と化した光片は、渚の隙に入り込み、連続の爆裂を引き起こす。

 その轟音と来たら、グラウンドの観戦者の鼓膜を破かんばかりだ。

 これに対して渚は、素早く体勢を立て直すと、『鋼爆勁』の蹴りで以て、爆裂の衝撃の相殺を試みる。恐るべきことに、渚のこの試行は功を奏する。放った烈風の如き一発の蹴りが、爆裂を(とごと)く歪めて弾き飛ばすのだ。

 渦巻く濃密な爆煙と砂埃。その中から突如、姿を現したのは――灰児だ!

 彼は右腕を、大きく振りかぶっている。その腕は、異様な有様を呈している。まるで、虹を固めて作った巨腕だ。

 8つの翼拳を右腕に絡めて凝固させ、この巨腕を作り上げたのだ。

 そしてこの巨腕こそ、灰児の最大の攻撃となる。

 「イッちまいなァッ!」

 灰児は叫びつつ、巨腕を虹の奔流と化して、渚の身体に叩きつける。

 渚は先の甚大な『鋼爆勁』を生み出した大きなモーションが災いし、充分な防御態勢を整えることが出来ない。

 

 結果――灰児の虹の巨腕は、渚の無防備な顔面に――その頬面に、メキリッ、と容赦なく抉り込まれる。

 その衝撃に渚の(くび)がゴキンッ、と音を立てる。同時に、衝撃が頭のみならず全身に伝播し、渚の身体はその場で独楽(コマ)のようにグルグルと回転する。

 その間、灰児は半歩踏み込んで更に渚に詰め寄りながら、左拳を固めると。右腕に絡めていた8本の翼拳を展開し、合計9つの拳で渚の身体を下から上へと突き上げる。左拳は渚の顎をガッチリと捉え、翼拳は渚の鳩尾を初めとする急所へ確実に叩き込まれる。

 (ドン)ッ! 一斉に轟く直撃音が、痛々しくグラウンドを駆けめぐる。そして渚の身体は、射出された砲弾のように高速で宙へ舞い、吹き飛ぶ。

 

 この組み手――いや、激闘の結果は、灰児の勝利で幕を閉じた。…そう、誰もが思っていた。

 灰児自身すら、それを確信し、解放感と達成感に昂揚する満面の(わら)いを張り付けていた。

 だが――百戦錬磨の『星撒部』副部長の渚が、ここで終わるワケはない。

 

 灰児は、気付いていない。いくら9つの拳を叩きつけようとも、渚が吹き飛ぶ速度が余りに速すぎることを。

 会心の一撃の結果であると、確信して疑わなかったのであろうが。それが灰児の致命的な隙を生む。

 渚の身体が、灰児から受けた衝撃に、宙でクルンと一回転した――その時。渚が伸ばした足先から、盛大な風状の刃が解き放たれる。『風刃勁』であるが、その大きさたるや家屋を潰すような大きさの三日月のようだ。

 灰児は嗤いをひきつらせながら、脊椎反射を総動員して防御態勢を取ろうとするが――間に合わない!

 (ザン)ッ! 灰児の胴に袈裟斬りに傷が一直線に刻まれる。皮膚を裂き、肉をも断った一撃に、血飛沫が盛大に舞う。

 (おい…この期に及んで、まだこんな足掻きが出来ンのかよ…ッ!)

 (にわか)にジクジクと疼き出す痛みに、ギリリと歯噛みして耐える頃。渚は宙で体勢を立て直し、太陽にも退けを取らぬ魔力励起光を放つ方術陣による『宙地』を発動。吹き飛んだ時を断然上回る加速で以て、灰児へと飛びかかり、脚を突き出す。

 正に、乾坤一擲の跳び蹴りだ。

 勿論、何らかの身体(フィジカル)魔化(エンチャント)か練気を施し、灰児への逆転のトドメとするつもりだろう。

 (それなら…耐えきって、こっちがトドメを返して終わらせるッ!)

 ジクジクした痛みを歯噛みして耐えつつ、灰児は翼拳を1対に畳みながら、身体の前で貝のように閉ざす。虹色の鉄壁が、灰児の前に立ちふさがる形となった。

 渚の足が翼の壁に到達するまで、残り数センチへと迫る。その時、灰児の翼の壁に小さな、しかし奇妙な変化が現れる。

 虹色の鉄壁が[(とばり)を作る灰児の視界の中央に、ジワリと滲み出てくるかのように、純白の錠前が現れる。質感は金属と言うよりは陶器に近いが、何の物質であるとハッキリ言うことは出来ない。両端には純白の翼が付いており、ど真ん中には大きな鍵穴が開いている。

 (…なんだ、こりゃ…?)

 灰児が怪訝に思い、眉を(ひそ)めた、その瞬間。錠前はカチリ、と乾いた音を立てて勝手に解錠し、ツバキの花のようにポトリと落ちる。

 錠前の行方がどうなるか、灰児は視線で追おうとしたが…その好奇心は直ぐに、愕然とした衝撃に吹き飛ばされてしまう。

 虹の鉄壁が、アケビの実が熟したようにパックリと、左右に大きく開いたのだ。

 当然、灰児が防御を解除したワケではない。恐らくは、先の錠前が虹の鉄壁の"鍵"として機能し、解錠と共に開いてしまったのだ。

 (魔術!? だが、魔力なんて感じなかったッ! 一体、何をしやがったッ!?)

 灰児は、開けた視界の向こう、障害が排除されて真っ直ぐに飛び込んでくる渚に視線を向ける。あの錠前は、渚の業に違いない。だが、その原理が、理屈が全く分からない!

 困惑している間に、流星のような渚の蹴りは鉄壁を突破し、灰児の間近に到達する。

 (クソォォォッ!)

 灰児は胸中で叫びながら、反射神経を総動員して、固めた拳を渚の足の裏へと放ち、迎撃を試みる。

 

 2人の攻撃が衝突した瞬間。(ヴォン)ッ、と大気が悲鳴を上げて激震。2人を中心する空間が、激しく掻き乱される。

 この激震を発したのは、渚の脚だ。身体(フィジカル)魔化(エンチャント)で筋力強化し、加えて練気で作り出した気力で超高振動を作り出したのだ。

 彼女の足の裏に叩きつけた灰児の拳は、石畳の上に落としたリンゴのように、パシュッと鮮血をまき散らしながら四方八方に亀裂が入る。

 そればかりか、激震する皮膚が衣服ごとビキビキと弾け、これまた鮮血を煙のように掻き乱れる空間に撒き散る。

 損傷を受けるのは、皮膚だけではない。激震は灰児の体内を(くま)無く駆け回り、筋肉や血管、臓器や骨格を細かく破裂させ、無力化する。

 (…あ…?)

 揺さぶられる脳の中、朦朧とした思考で間抜けな声を上げた灰児は、全身の力がフッと抜けてしまう。

 痛みよりも強烈な痺れを感じ取りながら、灰児の身体は重力に引かれるまま、大の字にグラウンドに倒れ込む。

 倒れ込んだ先の地面は、半径2メートル程もある円状に窪んでいた。渚の放った"業"により、砂土が抉れてしまったのである。

 

 激震が止み、波紋を立てていた水面が静まるように空間が凪いだ時。

 灰児はキョトンとした顔で、大の字に寝ころんだまま、天空に視線を投じていた。

 天空は少し雲が多いものの、雲間から見える太陽が(まぶ)しく雲を輝かせ、まるで複雑な大理石の模様のような光景を作り出している。

 そんな天空を見つめたまま、灰児は2、3度と瞬きしてから、ぼんやりと胸中で呟く。

 (ああ…そっか、負けたのか)

 ――ここに、"模擬"の冠詞が霞むような激闘が、幕を閉じる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 灰児の視界を埋め尽くす空の端に、ひょっこりと顔が現れる。大理石の輝きを反射するハチミツ色の金髪を(たた)えた、渚である。

 彼女は交戦時とはガラリと変わった、雨上がりにひっそりと咲く花のような、にこやかな笑みを浮かべている。

 その済んだ蒼穹の瞳の奥には、"どうじゃ、参ったろう?"と云う自慢げな輝きがチラリと見て取れる。それを認めた灰児は、麻痺した身体を痙攣させるように、ククク、と笑う。

 「最後のアレ、何なんだよ。見たことねぇ業だったぜ」

 灰児の問いに、渚は自慢げな表情を露骨なものにして答える。

 「わしのオリジナルじゃからな。しかも、状況に合わせて即興でアレンジしておる。

 業の名は付けておらぬが…むうぅ、()いて付ければ、"超震動蹴り"、かのう?」

 「お前、ネーミングセンス無さ過ぎじゃねぇか。ただの説明だろ、それ」

 「わしは業に名前など付けぬ主義じゃからな。慣れておらぬのじゃ。

 名前を付ければ、その業への(こだわ)りが生まれ、融通が利かなくなってしまうからのう」

 ユーテリアでは"暴走厨二先輩"と呼ばれている割には、"厨二病"のようなゴテゴテと盛った名前を付けるような真似はしない。

 「…ま、これはわしの元来の主義と云うより、他人の受け売りなのじゃがな」

 渚はペロリと舌を出して笑う。灰児は咳き込むように笑って返し、そして続ける。

 「まぁ、その蹴りの事も知りたかったんだがよ。

 オレが訊きたかったのは、オレの翼にいきなり生えた錠前のことさ。

 ありゃ、なんだよ?」

 「あれは、わしの"とっておき"じゃよ」

 渚はウインクしながら答える。

 あの業こそ、渚の"解縛の女神"の力の一端を示したものなのだが。自分が『現女神』であることを説明していない渚は、ニファーナの存在のことも考慮して、敢えて深い言及はしない。

 灰児も渚の答えで満足すると。気怠(けだる)げに首だけ回して、赤のスプレーを振り撒いたように飛沫(しぶ)いた血で染まった自身の身体を確認し、再び咳き込むように笑う。

 「死ぬかと思ったぜ。

 つーか…半分死んでる気がするぜ。身体の感覚は無ぇし、指がピクリとも動かねぇ」

 「本気じゃったからな。

 おぬしの本気に応えるのに、半端では礼を失すると思うたのじゃ」

 「…何が本気だよ。両腕封じておいて、全く使いやしなかったくせによ」

 灰児はそう語ると、自分を敗った小柄な少女にジックリと視線を送ると。促されたようにポツリと漏らす。

 「お前は、もっとその身体に隠してるモンがあるんだろうな。

 …(へこ)むぜ。それなりに修練積んで来たつもりだったんだがよ。名高いユーテリアのレベルにゃ、全然敵わなかったぜ」

 「仕方ないではないか。わしは、ユーテリアで最強じゃからのう!」

 渚はケラケラと笑ったが、すぐに「じゃが」と言葉を続ける。

 「幾らユーテリアとは言え、並の生徒ならば、おぬしには及ぶまいよ。

 わしらの星撒部は実力者揃いじゃが…おぬしなら、大和は倒せるじゃろうよ」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ――同刻。ユーテリアのとある屋内演習場。

 空間拡張の魔化(エンチャント)が施された演習室の並びの一画から、情けない絶叫が上がる。

 「ちょおおおぉぉぉッ! タンマ、タンマっすよぉぉぉッ!」

 叫びの主は、『星撒部』における一番の軟弱者(と言っては本人に失礼とは思うが…)神崎大和である。

 彼の有様と来たら、叫び声からも判断出来るように、非常に情けないものだ。"く"の字になる程に退け腰になって、両手をブンブンを振っている。まるで、主役と決まった演劇において、開演直前になって主役を返上したいと駄々を()ねる役者のようだ。

 「早く構えなよー? 10数えたら、飛びかかるからねー?」

 そう語るのは、大和と対峙している女子生徒。狐の耳と9つのモフモフの尻尾、そして鍛え抜かれていながらグラマラスな体格が目を引く女子生徒、ナミト・ヴァーグナである。

 渚を欠いて2日目の星撒部は、昨日のノーラと蒼治の模擬戦を受けて、模擬戦による鍛錬を活動とすることにしたのだが。今はその一コマである。

 「だって、ナミちゃんの9本尻尾を相手にするなんて、無理ゲーじゃないッスかぁ!」

 大和はナミトの忠告など無視し、観戦者達に視線を向けながら、ナミトを非難するように指差す。

 大和が抗議を訴える観戦者達は、勿論、ユーテリアに残った星撒部の面々だ。

 「蒼治先輩やノーラちゃんみたいに、手加減ってものを知ってる常識人が相手ならまだしも!

 ナミちゃんみたいな化け物を相手にするなんて、後方支援が得意分野のオレには、荷が重すぎるッスよぉッ!」

 「何を情けない事を言ってるんですかッ!」

 大和に対して鋭い一喝をぶつけたのは、幼さが漂う甲高い女の子の声。その主は、昨日も星撒部に顔を出していた準生徒、ナディ・ゲルティアである。

 「後方支援だからこそ、不測の事態に対応出来るようにならないと! 物資その他、前線の支えが瓦解して、全戦局は一気に不利に転落してしまうんですよ!

 当然、敵だってそれを承知の上で、後方支援拠点を血眼になって探し回ってくるんです!

 それに対応できずに、ただただ白旗を上げてしまう事態になってしまっては! 偉大なる星撒部の恥(さら)しも良いところですよっ!」

 ナディの説教に対し、大和は身振りを加えながら早口で抗議する。早口なのは、ナミトが容赦なく「いーち、にーぃ、…」とカウントを始めたからだ。

 「でも、いきなりナミちゃんはハードル高いッスよ!

 せめて、蒼治先輩やノーラちゃんみたいに、加減が利くヒトで身体を慣らさせて欲しいッス!」

 しかしナディは、即座に語気の強い反論を浴びせる。

 「実戦において、敵さんが大和さんに合わせて手加減してくれるワケないじゃないですか!

 甘えてばかり居ないで、状況を打破する為に知恵と勇気を振り絞って下さい!」

 ナディの言葉に対し、大和は無言ながらも、蒼治とノーラに同情を求める視線を投げたが。2人とも苦笑するばかりで、その場から動こうとしない。

 中でも蒼治は、少々申し訳なさそうに、とは言っても楽しむような調子も交えながら、答える。

 「ナディさんの言う事は一理あるよ。 後方は決して楽な役回りじゃない。場合によっては、物資だけでなく、傷病人を抱えた上で、防衛戦を行う必要も出てくる。これは身一つで切り開ける前線任務よりも、よほど過酷なものだよ。

 大和は正直、同じく後方支援を得意としているヴァネッサや紫に比べると、覚悟が足りないからね。今の内に正して置かないと、いざと云う時に命取りにすらなる深刻な事態に陥るからね」

 「いや、いやいやいやいや!」

 大和は洗濯機に翻弄されるような具合で、首を左右にブルブルと振る。

 「オレ、確かに普段の言動は軽いかも知れないッスけど! そんな無責任なお気楽野郎じゃないッスから!

 オレだって、星撒部として何度も実戦潜り抜けて来てるンスよ!

 ノーラちゃんだって、ホラ! アオイデュアやアルカインテールで見たっしょ、オレの活躍!」

 ノーラは特に答えず、アハハ…、と笑うばかりである。

 一方で、ナミトのカウントダウンは「ごーぉ、ろぉーく…」と続いてゆく。

 そんな時、助け船のつもりなのだろう、ロイが頭の後ろで手を組みながら提案する。

 「そんなにナミトの相手が嫌なら、オレが代わろうか?」

 「いーや、いやいやいやいや!」

 大和はさっきよりも激しい勢いで首を左右に振る。

 「お前、ナミちゃんどころじゃなく手を抜かないじゃんッ! オレを殺す気かってのッ!」

 その返答に対して、ロイが詰まらなそう溜息を吐くと。今度はその隣に居るイェルグが、にこやかな表情で申し出る。

 「そんじゃ、オレとやるかい?」

 「何にこやかに言ってンスかッ! "最強"言われてる一角なんて相手にする方が、命縮むッスよぉッ!」

 情けなく叫びっ放しの大和に対して、ノーラがふと苦笑を消して、ボソリと呟く。

 「…私、渚先輩と組み手したけど、命なんて縮まなかったよ。とても勉強になっただけで…。

 大和君、ちょっと情けなさ過ぎるよ…」

 大和は慌てて言い返す。

 「いや、だって、ノーラちゃんは、ホラ、紫ちゃんにだって優等生言われてた身の上だし! オレとはレベルが違うって言うか!」

 「問答無用です! いい加減、覚悟決めて下さい! 格好悪い!」

 ナディが顔を思いっきり怒らせ、人差し指をビシッと大和に向けて声を張り上げたのと同時に。

 「じゅーうッ! はい、スタートッ!」

 ナミトのカウントダウンが終了し、電撃を(まと)った疾風となって大和へ迫り来る。

 「う、うぎゃああぁぁぁっ!」

 ――大和の悲鳴が、屋内演習場を震撼させる程に響きわたる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 場面は戻り、都市国家プロジェスのセラルド学院のグラウンド。

 大の字に寝転んだままの灰児が、ケホケホ、と咳き込むと、その眉根に深い皺が刻まれる。力ないものの歯噛みをするその表情は、苦痛を耐える姿だ。

 身体の麻痺が取れ始め、体組織の負荷が痛みに転化してきた証拠だ。

 「光栄な話してくれたところで、悪いんだがよ…クソ…! 体中、バキバキに痛くなって来やがった…。

 済まねぇが、治療を…」

 「うむ、心得ておる」

 灰児が語り終えるより早く、渚が答えると。両腕を後ろ手に縛って封印する、2人掛かりで魔化(エンチャント)した縄跳びを、まるでボロボロに腐食した鎖を引き千切るように、あっさりとパキンと破壊すると。着込んだジャージの上着の裏から、一枚の術符を取り出す。黒紫色のフラーレン墨で記号文字が描かれたそれは、工業用の治療術符だ。

 この光景にあんぐりと口を開いたのは、灰児だけではない。封印の魔化(エンチャント)を施した秀、凜明(リンミン)の両名も言葉を失う。

 (持てる最大の魔力と技術を結集したはずなのに…!)

 (あんなにあっさり、解術されるなんて…!)

 2人が衝撃を受けてる間に、渚は屈み込んで術符を灰児の額に貼り付け、精神を集中する。黒紫色の墨はぼんやりと蛍光の魔力励起光を放って内蔵された魔術を発動させ、灰児の体組織の回復を促す。

 魔術の効能によって、灰児の全身が蛍光色に包まれた頃。ようやく唖然とした意識から我に返った体育教諭や養護教諭が駆けつけるが…渚の間近にまで近寄ると、その足取りがピタリと止まってしまう。渚の発する魔力が彼らを遙かに越える莫大にして繊細なものであると認識してしまい、自分たちが取って代わろうと言い出せなくなってしまったのだ。

 今や激闘は、神話の黄金時代の小春日和とも(たと)えられるような、柔和な光景と化している。

 渚は灰児の頭を自らの膝の上に載せると、短く刈り揃えられた頭から術符が張り付いた額に掛けて、子供を慈しむような手付きで撫で回す。

 「わし相手に、あそこまで()うやったのう。偉い、偉い」

 「…負けたのは確かだがよ、小せぇガキみてぇに扱うのは止めろよ」

 灰児は恥ずかしさに顔を赤らめつつ、抗議の視線を渚の顔に送った…が。

 その時、灰児の視界に大きく飛び込んで来た渚の表情――大理石の輝きを放つ天空の陽光を受け、透き通った煌めきを放つハチミツ色の金髪に、雲の向こうに広がる蒼穹が映る紺碧の瞳。そして、聖母画を思わせる、優しく静かに(たた)えられた笑み。

 その神々しいまでの可憐さ――美麗さに、灰児の胸の奥で心臓が跳ね上がる。

 (…綺麗だな…)

 それは、ひねくれた人生を歩み続けた灰児の、余りにもストレートな感想であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「すっごい戦いだったね、ニファ…。

 あたし、何が何だったのか、半分以上分かんなかったけど…兎に角、凄すぎたよぉ…」

 体育座りをして待機する2年3組のクラスメイト達の中で、美樹が隣に座るニファーナに声をかけて同意を求める。

 だが、ニファーナからは、何の言葉も――肯定の言葉も、普段よく聞く"どーでもいーよ"という言葉も――返って来ない。

 「…ニファ?」

 頭の上に疑問符を浮かべた美樹が、ニファーナに視線を向けると。そこには、普段の無関心さとは全くの真逆の、食い入るように2人を見つめるニファーナの姿がある。

 「さっきのって…まさか…立花さんって…」

 誰ともなしにブツブツ語るニファーナであるが。美樹はその意味を全く飲み込めず、首を傾げるばかりであった。

 

 - To Be Continued -

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