星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Inside Identity - Part 10

 ◆ ◆ ◆

 

 プロジェスを覆う呪詛現象は、渚が通うセラルド学院も例外なく、席巻する。

 

 昼休みも残り少々で終わる…という頃だ。渚の居る2年3組を初め、学院中に設置されたテレビやスピーカー、電話機などが電源の有無に関わらず一斉に作動すると。モニターには一つ残らず、でたらめな翼に3つ首を持つ"トカゲ"の姿が写り、あらゆるスピーカーからは鼓膜を汚すような濁音の発声で叫喚が響く。

 「ギィィィヤアアアァァァッ!」

 この騒音に、学生達の(ことごと)くが耳を塞ぎ、そして膝の力を失ってその場にへたり込む。椅子に座っている者は机に突っ伏したり、横に倒れて床に転げたりする。

 「いきなり、なんじゃッ!?」

 突然の事態に、事態は声を上げて席を立ち、教室中を見回す。渚は『現女神』である事に加え、その卓越した魔術能力と、今回の呪詛と接触していた経験から、かなり楽々と影響から免れていたが…。

 彼女の周囲では、お喋り屋の美樹も、生真面目なナセラも、優等生の凜明(リンミン)も――皆が耳を塞ぎ、瞼をギュッと閉じて力一杯うずくまり、体組織と思考を侵す"偽"『神霊圧』の干渉に悶えている。

 「こんなタイミングで、白昼堂々と大規模に呪詛をブチかましてくるとはのう!!

 何をやらかすつもりなんじゃ!?」

 渚は独りごちながら、手近で一番酷い症状が出ている者――灰児の取り巻き3人組の元へと駆け寄る。

 彼らは床にエビのように転がり、舌をダラリと出したまま口をパクパクさせている。その舌の中央がジュワジュワと溶けて凹み、十字の(きず)をポッカリと開けながら、咽喉(のど)の奥からモワモワと綿のような黒煙を吐き出す。

 渚はそんな彼らに手を伸べ、練気に方術を混ぜた解呪魔術を発動。症状の回復に努める。

 これを怠ると――彼らの内臓は呪詛によって定義変換され、黒い煙とあって全て口から抜け出し、ペラペラの皮だけになってしまうだろう。…丁度、アリエッタ達が遭遇したバンドメンバー達の変化のように。

 渚が目映い蛍光色の輝きを放つ右手を3人の口元に(かざ)し、呪詛の除去に専念する一方で。

 「え…!? え…!?

 な、何なの…これ!?」

 困惑しきった様子でキョロキョロと教室中を見回しているのは、ニファーナである。彼女は呪詛に対して、特別な抵抗策を講じたワケでもない。だが、彼女は呪詛の影響を全く受けず、悶える事もなければ、思考の浸食もない。非常にマトモでクリアな意識で状況を受け止めた上で、困惑するばかりなのである。

 そんなニファーナの様子をチラリと見た渚は、胸中で"やっぱり"と呟く。

 (呪詛の術者は確かに、『夢戯の女神』に対して思い入れが強いのう!

 ニファーナには、何の影響も出ないように緻密な細工をしておる!)

 渚の3人への治療は、極短時間が住む。3人は黒目を取り戻す一方、舌から盛大に出血し、激痛にヒィヒィと喚いてもがく。渚はすかさず回復の術式を練り上げ、彼女らに治療を施し始めると――。

 「クッソ…ッ! なんなんだよ、おいッ!」

 頭を振りながらムクリと立ち上がったのは、灰児である。彼もスピーカーの叫喚を聞いて呪詛に打ちのめされ、倒れ転がっていた身の上であったのだが…どうやら、自力で呪詛に対抗したらしい。

 「頭ン中を鷲掴みされて、意識をグチャグチャに掻き回された感じだぜ…!

 っぷぅっ、まだ気持ち悪ぃ、吐き気する…!

 一体、こりゃあ…」

 語りながら教室を見回した灰児は、絶句する。渚が3人の治療を何とか終えている間に、教室中の生徒達は呪詛にすっかりと犯されてしまったのだ。とは言え、皮だけになるような重症はなかったものの、目・鼻・口から黒い煙をモクモクと吐き出し、教室の中を暗い霧で覆う。

 「おいおい、これ何だぁ!?

 スゲェヤベェ気配がビンビンして――」

 「灰児ッ!」

 渚が別の生徒の治療に取り掛かりながら、鋭く叫ぶ。

 「少しの間、"相手を任せる"ッ!

 勝たなくて良いッ! ニファーナを守って、凌ぐのじゃッ!」

 「はぁ!? 何の――」

 "話だ?"、と聞き返すより早く。教室中に充満した煙は渦を巻き、ヌルリとした飴細工のように幾つもの螺旋の形状を取ると。次の瞬間、息を吹き込まれて膨らんだ硝子(ガラス)細工のように膨れ上がると――福笑いのように目・鼻・口が出鱈目についたフルフェイスの兜に6枚の翼を持つ、重武装の騎士の形をした黒い『天使』と化す。

 そして『天使』達は、呪詛に染まらなかった灰児を憎むように、手にした馬上槍(ランス)を振るって串刺しにしようと突進する。

 「なっ!」

 灰児は驚愕の叫びを口にするものの、戦い――と言うか、喧嘩――の経験の中で(つちか)った反射行動で、即座に迎撃に出る。練気を(まと)った手足で、突き出された4本の馬上槍(ランス)(はた)き、あるいは蹴り飛ばす。

 そうして攻撃は防いだはずなのだが――灰児の顔は、苦痛に歪む。

 (痛ぇッ! まるで、ドライアイスでも押しつけられたように――冷たくて、痛ぇッ!

 それに、何て硬さと重さだッ! 鉛の柱かってんだよッ!)

 真なる『天使』は『神法(ロウ)』による超常物理法則によって物質的にも堅固になっている為、灰児が抱いたような感想を得る者は多い。この黒い『天使』は、そんな部分まで再現しているようだ。

 手足の痺れが取れぬ内に、黒い『天使』の数人が疾風となって灰児の頭上を通過。ニファーナの元へと迫る。

 この時、黒い『天使』は馬上槍(ランス)を構えるでなく、誘うようにニファーナへと手を差し伸べていたが。灰児はそんな行動の差などお構いなしで、ニファーナの元へと疾駆すると、大振りの回し蹴りで以て『天使』達を吹き飛ばす。

 練気による衝撃を受けた『天使』達は吹き飛ぶものの、アリエッタ達の攻撃のようには功を奏することはない。天井に接触するより早く3対の翼を羽ばたかせて体勢を立て直し、すぐに馬上槍(ランス)を構えて突進。邪魔な灰児の排除に掛かる。

 「ちゃんとくっ付いてろッ、離れンなよッ!」

 灰児はニファーナの眼前に立ち、後ろ手で彼女を背にピッタリとくっつける。

 「灰児君…ッ! これって、一体…ッ!?」

 ニファーナが質問してくるが、答える暇など無い。『天使』が重く堅い一撃で、息吐く暇無く次々と攻めてくる。

 (やってやらぁッ!

 ユーテリアの怪物に頼み事される栄誉を受けたんだ、応えてやるさぁッ!)

 灰児は冷や汗を浮かべつつも、胸中に危機感に煽られた踊るような興奮を得る。その興奮が灰児の魔力を高め、彼の背中に虹色の翼を形成する。渚との戦いで見せた奥の手、"虹拳の翼"だ。

 虹色の翼をバラリと触手のように展開すると、己の二つの腕と合わせ、拳の雨を『天使』の群れに叩きつける。『天使』は(ことごと])く吹き飛びはするものの、悲しいかな、消滅には至らない。すぐに体勢を立て直し、襲い掛かってくる。

 (クソッ! 多勢に無勢、しかもハンパなく強くて堅いと来たッ!

 早く加勢に来いよ、ユーテリアの怪物ッ!)

 胸中で唾棄するように叫ぶものの、望む渚の加勢は一向に得られない。それどころか、灰児――もしくは、ニファーナ――に迫る『天使』はますます数を増して行く。

 (立花渚(あいつ)、治療してンじゃねぇのかよッ!

 どうなってんだ、おいッ!)

 焦燥に加え、超常的な硬度と強さを持つ存在への絶え間ない抵抗。その疲労は多大で、灰児の短い髪はみるみる内に、大雨にでも当たったように汗で濡れ、ビショビショの汗が額から顔に伝ってくる。

 その汗の滴の一滴が、灰児の瞬きの合間を縫い、眼球に達してしまう。チクリと走る疼痛に、脊椎反射的に眼をギュッと(つぶ)り、集中を途切れさせてしまった――その隙を、『天使』は見逃さない。

 動きが一瞬止まった触手の合間に、続々と『天使』達が滑り込み、「[rb:馬上槍>ランス]]を突き出してくる。

 「灰児君ッ!」

 ニファーナが悲鳴のような叫びを上げる。彼女は元は『現女神』であっても、その座を失った今は、ただの少女。しかも、灰児を初めとするような、優秀な魔法や戦闘の技術を有するワケでない。むしろ、成績に目を見張るものもなければ、向上心も薄い、落伍者に近い存在だ。

 灰児の危機を目の前にしようとも、動けやしない。叫ぶのが精々だ。

 しかし、その叫びが灰児の野生本能的な反射を刺激し、痛む眼を見開いて現状の把握を行うが…時は既に、遅すぎるようである。非情の馬上槍(ランス)の切っ先数本が、彼の胴体までほんの数センチにまで迫っている。

 もう数瞬もない内に、灰児は哀れな串刺しと化す――かに思われたが。その惨劇は、奇跡的とも言うべき援護によって、見事に回避される。

 黒い『天使』達の動きが、ピタリと止まったのだ。まるで、ゼンマイが切れたブリキの絡繰り人形のように。

 (な、なんだぁ…?)

 事態が飲み込めずに、2、3度と瞬きを繰り返す灰児。その視界にてようやく把握したのは、『天使』を背中から胴に駆けて貫く、刃付きの鎖。そして、胴と鎖の接合部分にぶら下がる、鍵の掛かった無骨な錠前。

 この錠前が、黒い『天使』達の動きを施錠(ロック)した…ということらしい。

 (一体、何の(わざ)だよ…!?)

 灰児の視線が、『天使』達を貫く鎖を辿ると…行き着く先には、呪詛の罹患者を抱えて治療を行いつつ、灰児の方を向いて険しい視線を放つ、渚の姿。そして彼女の傍らに立つ、輝くような純白をした異様の存在――のっぺら坊の顔に一対の翼、体中を覆うベルトや鎖といった拘束具、そして胸には大きな錠前を付けた、人型の異形。

 見れば、この異形は灰児の周囲だけでなく、教室中に(あふ)れた黒い『天使』の(ことごと)くを鎖で貫いて施錠(ロック)し、動きを停止させている。

 (こいつって…『天使』!? しかも、色合いから言って、本物か…!?

 これが立花の隣に居るってことは…あいつ、まさか…!)

 灰児は目を見開き、ゴクリと咽喉(のど)を鳴らして固唾を飲む。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 (いやのう…使うつもりなど、無かったのじゃがな…)

 灰児の奇異と驚愕の視線を受ける渚は、苦笑を浮かべて胸中で独りごちる。

 (色々と面倒になるからのう、出来るだけヒトとして()()りしたかったのじゃが…。

 こんな状況では、そうも言っておれぬものなぁ…)

 渚は抱えていた男子生徒の治療を終え、スッと立ち上がる。

 とりあえずは、この黒い『天使』――いや、『天使』紛いの呪詛どもを手っ取り早く破壊し、教室内の状況を鎮圧しよう。それから、セラルド学院中で起こっているであろう、同様の現象を"全力"で片づけて行こう。

 ここで言う"全力"とは、勿論、彼女の『解縛の女神』の『神法(ロウ)』を惜しみなく駆使する事を意味する。

 (…問題は、事態を収拾した後じゃな。

 どう説明するべきかのう、わしの事…)

 もはや神の座を失ったとは言え、『夢戯の女神』に対する信仰が根強いプロジェスに、『鋼電の女神』に続く2柱目の『現女神』が干渉したとなると…国家を二分するような対立の禍根を導きかねないのではないか、との危惧が芽生える。

 

 しかし、渚はそんな危惧にいつまでも頭を捻り続ける事は出来なかった。

 ――『天使』紛いよりも断然厄介な"問題"が、突如として教室にヒョッコリと現れたからだ。

 

 渚は"問題(そいつ)"の姿を認識するより早く、己の『天使』に対する干渉を感知する。

 (なんじゃ!?)

 冷たく、粗暴な幾つもの腕が『天使』を掴み取り、何処かへと連れ去ろうと力付くで引っ張る力だ。

 だが、『天使』は『現女神』と定義レベルで結合している存在だ。形而下においてどれほど距離が離れていようと、形而上的な距離は0――と云うよりも、一体化している。故に、"問題(そいつ)"による『天使』の掠奪は、渚に不快感を与えるだけで失敗に終わる。

 むしろ、『天使』の放つ『神霊圧』による抵抗で、"問題(そいつ)"は魂魄に衝撃を受けたようだ。

 「うわっちッ!

 なんだよ、おいおいッ! "邪神"が紛れ込んでやがるって話、ホントだったのかよ、クソッ!

 よく似せた暫定精霊(スペクター)かと思ったら、本物かよッ!」

 "問題(そいつ)"は教室の入り口近くで悲鳴と苦言を上げながら、薄灰色の煙が上がる右手を必死に振っている。まるで、右手を占める激痛をいち早く振り落とそうとするように。

 声の方向へと素早く振り向いた渚は、蒼穹の瞳に怒りの炎を灯して、非難を叩きつける。

 「おぬし、何者じゃッ!

 何を企み、呪詛をバラ撒いておるッ!」

 この質問に"問題(そいつ)"は、右手を振り続けながらも、オレンジ色の短髪を左手で掻き上げてクックッと笑う。

 この男は、年の頃は二十代の後半あたり。体型はどちらかと云えば痩せ気味で、シンプルなジーンズにジャケットと云う地味な格好をしている。しかし、険と歪んだ揶揄が張り付く顔には、品性の欠片もない粗野で下品な印象がある。

 「いやいや、勘違いだぜ。

 バラ撒いてるのは、オレじゃない。

 オレはただ、真なる――」

 ペラペラと語る最中、渚が問答無用で動く。タイル貼りの床に亀裂を入れるような勢いで一歩踏み出すと、弾丸のような速度で"問題(そいつ)"へ肉薄。防具のない鳩尾を狙い、固めた拳を烈風のように放つ――。

 ガギィンッ! 響いたのは、骨肉が歪む音ではない。堅固な金属の音。

 "問題(そいつ)"の腹筋が強固であった…と云うワケではない。

 "問題(そいつ)"の腹部の目の前に、鈍い赤銅色の籠手を身につけた掌が差し出され、渚の拳を受け止めたのだ。

 「おいおい、人の話は最後まで聞けって、学校じゃ教わってねぇのかよ?」

 "問題(そいつ)"がヘラヘラ笑いながら語る言葉を聞き流しながら、渚は拳を受け止めた人物の正体へと視線を向ける。

 (仲間が居ったのか!)

 苛立ちに燃える渚の思考であったが…掌を差し出した人物の正体を認めると、その思考が思わず千々(ちぢ)に身あれ、瞳孔がワッと開く。

 そこに立っていたのは――2年3組の女子優等生、凜明(リンミン)だ!

 しかし、その姿は異様だ。ブレザータイプの制服を身につけていたはずが、今の格好は全く異なる。露出度の高い赤銅色の厳つい鎧で身を纏っている。背中には鎧と同じ色の、ドラゴンを思わせる1対の翼があり、臀部からはトゲが連結したような尻尾がある。ショートカットにした髪の中からは、悪魔のような角が両耳の少し上の方から(そび)えている。

 「おぬし…!」

 声を掛けるも、凜明は反応しない。光を全く放たぬ濁った瞳で、冷たく渚を見つめ返すだけだ。

 (ヒトの思考を支配し、使役する呪詛というワケか!)

 渚は即座に理解したものの――その思考を巡らせた直後、彼女の腹に強烈な一撃が叩き込まれる。

 「ぐふぅっ!」

 声を上げて吹き飛ぶ渚だが、即座に宙空で一回転。体勢を立て直し、"問題(そいつ)"と凜明の方を向いて着地を試みる――が。

 渚の視界一杯に突如現れたのは、刃のような険しい表情を見せる、新手だ。しかもその新手の顔も、見覚えがある…!

 (今度は、ナセラかや!)

 そう。セラルド学院の2年3組教室では渚の隣の席に座る、生真面目で意識高い女子生徒。ナセラ・リンだ。

 彼女もまた、凜明と同様に異様な出で立ちをしている。とは言え、凜民と同じデザインではない。

 身につけているのは、露出の少ない鎧だ。所々からゴツい突起がでているのが、鬼を思わせる。長い黒髪を(たた)える頭には、鬼の角を思わせるような鋭い3本の突起がそそり立つ髪飾りを付けている。そして手には、濁った瞳とは正反対の、禍々しいほどにギラつく輝きを放つ刀を握りしめている。

 ナセラは既に刀を大上段に構え、渚を両断すべく一気に振り下ろす。対する渚は即座に右の掌底で以て刀身を横から叩いて軌道をずらしつつ、前蹴りをナセラの胴へと叩き込む。衝撃重視の勁を纏った蹴りはナセラの体を葉のように吹き飛ばす…が、それも束の間。彼女もまた宙でクルリと回転して体勢を立て直すと、"問題(そいつ)"の横にスタリと着地する。

 左手に凜明、右手にナセラを(はべ)らせた"問題(そいつ)"は、馴れ馴れしく両腕を彼女らの方に回して引き寄せる。2人の少女は表情をピクリとも変えなかったが、"問題(そいつ)"はゲヘヘと表情を(いや)しく歪める。

 「女子高生ってのは、若くて可愛くて良いねぇ。

 こんなに可愛いのに、格好がこうもえげつないってギャップが、スゲェそそるねぇ」

 渚は"問題(そいつ)"には語るに任せ、すぐに片眼を閉じて形而上視認を開始。2人の少女に干渉する呪詛の正体を見定めに掛かる。

 (…厭らしい呪詛じゃのう…。魂魄に餅のようにベッタリと絡み付いておる。一部は、魂魄と癒合しておるな…。

 癒合した影響で、身体能力が強化されておる。体組織の構造の中に、触媒のように呪詛を入れておる。こいつを取り除くのは…わしの『神法(ロウ)』なら容易くはあるが…)

 渚はチラリと己の『天使』に眼をやる。『天使』は体中から錠前付きの鎖を放ち、教室内に(あふ)れる偽『天使』どもを足止めしている。この行動に手一杯で、凜明やナセラにまで手が回りそうにない。

 (…あの"問題(おとこ)"は術者でないと言い掛けておったが…それでもあやつを叩き伏せるのが先決じゃな。

 この事態にあやつの存在がどれほど関わっておるか、分からぬが…少なくとも、事態が好転すれど悪化はないじゃろう)

 渚は決断すると、灰児との交戦した4時限目には見せなかった、構えを取る。とは云え、相手との距離を詰めるために走り出しやすい姿勢を取った程度であり、攻撃の予備動作を作ったワケではない。

 方針を決めたからには、即行動だ――渚が足に力を込めた、その瞬間。

 「おおわっ!」

 驚愕の悲鳴と同時に、キュンッ、と風を切る音。そして轟く派手な爆音と衝撃波。

 (今度はなんじゃ!?)

 悲鳴が灰児のものであると覚った渚が、チラリとそちらへと視線を走らせると。思わず眼が丸くなる。

 視界に映った光景は、もうもうたる埃の中、跳び退(すさ)ったらしい灰児の姿。そして彼と数メートルの間を空けて立つのは、ビニールのような光沢を放つ鈍い赤色を呈する、露出の高い衣装に身を包んだ少女。輝きを失った濁った眼差しを放つ顔は紫色のアイシャドウやルージュに彩られ、妖しくも暴虐な笑みを浮かべている。そしてその手に持つのは、ゴツい形をした大弓だ。今さっき矢を放った、という姿勢を取っているところから、さっきの風切り音と爆音は彼女が放った攻撃らしい。

 この少女の正体は――2年3組のお喋り屋、美樹・ジェルフェロードである。

 (あやつも、呪詛に支配されておるのか!)

 渚がギリリと歯噛みした頃、"問題(そいつ)"がケラケラ笑いながら語る。

 「新しい『士師』が一気に3人も生まれるたぁ、さすがは我らが主が通うクラスだなぁ!

 感心しませんか、二ファーナ様ぁ?」

 "問題(そいつ)"の問いに対する答えが、"問題(そいつ)"のすぐ側から聞こえた事に、渚は驚愕を(もっ)て視線を戻す。

 「『士師』なんて…そんなはずない!

 私はもう、『現女神』なんかじゃないもの!」

 見れば、灰児の背の後ろに隠れていたはずのニファーナが、"問題(そいつ)"の右腕に捕まっている!?

 (馬鹿な!? 動いた様子はなかったぞい!?

 空間操作系の魔術にしても、術式の発動の様子も認識できんかった!?)

 驚愕するのは、渚だけではない。灰児もまた、何時の間にかニファーナが手元から居なくなった事に気付き、「あっ!」と声を上げている。

 そんな風に灰児が隙を作った瞬間。美樹が紫に染まった唇を残虐な笑みの形に曲げると、無骨な弓を引き絞る。転瞬、黒緑色に輝く矢が5本、炎が燃え上がるように生成される。

 「おい、クソ、待てよ…ッ!」

 灰児が声を上げるのに対し、美樹が容赦なく(つる)を離して5本の矢を放った――その時。

 「美樹さんッ!」

 声と共に、放たれた矢の前に飛び込む、1つの人影。その手には術式で生成した純白に輝く剣を持ち、やや大振りな動きで矢を叩く。

 これが単なる矢ならば、この助っ人は見事に矢を四方に散らせただろうが。生憎と矢は尋常でない術式――というより、『神法(ロウ)』にも近い事象である。剣とぶつかった瞬間、風船のように膨れ上がると、大きな口を(たた)えた嗤い顔へと変化。直後、(ゴウ)ッ! と大爆発を起こし、人影吹き飛ばし、灰児にぶつける。

 「が…っ!

 な、何だよ、おい! 横から入って来るのは良いがよ、足引っ張んなよ…!」

 灰児は、仰向けに転がった自身の上に倒れた"助っ人"に文句をぶつけながら、藪睨みの視線を送ると。そこには、彼の見知った顔がある。

 「…なんだよ、秀! お前か!」

 「ごめんな、室国君…!

 足を引っ張るつもりじゃなかったんだけど…予想外の威力だったものだから…」

 2年3組の男子の優等生、本樹(もとき)(しゅう)が、なんとか割れずに済んだ眼鏡を直しながら、苦笑いする。

 そんな2人に対し、苛烈にも弓矢を構え、残虐な笑みを浮かべる美樹。灰児はそれを認識すると、四肢で秀を横に突き飛ばして跳ねるように起き上がる。同時に、美樹が5本の矢を再び放てば、灰児は背に展開した虹色の翼で拳を作り、矢を思い切り殴り付ける。矢は派手に弾き飛び、美樹の近傍で、ゴウ、爆発を上げる。

 「シャアッ!」

 思わずガッツポーズを取ってみせる灰児であるが…転瞬、もうもうたる埃の中から無傷の美樹が出現。刃のように鋭い弓を振るい、灰児の首を狙う。

 (美樹のクセして、怯みもしねぇのかよッ!)

 胸中で毒づきながら、翼で弓の切っ先を防御しようとしたが…翼が、動かない!?

 「はぁ!?」

 一気に噴き出す、冷や汗。思わず視線を背中に向けると――翼が一枚、ゴッソリと背中から消えてなくなっている!

 この間にも美樹の弓の切っ先は灰児の首に迫る――が、鮮血舞う惨劇は、すんでの所で避けられた。輝く術式の剣を携えた秀が介入し、弓を受け止めたのだ。

 「室国君、あの"男"はマズい…!

 本物の『士師』だ!」

 秀が叫ぶ一方、美樹は攻撃が失敗したと見るや即座に後方へと跳び退りつつ、再び弓を構える。そこへ追撃を掛けるように駆け出した秀は、灰児にこう言葉を残す。

 「彼は、『義賊の士師』、狼坐(ろうざ)! 君の翼を盗むことなんて、造作もないことなんだよ!」

 『士師』!? 今のプロジェスには有り得ない単語を耳にした灰児が、渚と対峙する"問題(そいつ)"へと視線を向けると――ハッと、息を呑む。

 その背中には、確かに、灰児が背負っていた虹色の翼の片方がある!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「面白ぇ力だろ?

 オレは『義賊』だからよ、我らが主に仇なすクソどもから、何でも失敬して、正しい用途にしちまうのさ」

 "問題(そいつ)"はクックッと笑って、背中の虹色の翼をはためかせてみせる。

 「おーおー、凡人の作った術式装備にしちゃあ、上出来なモンだなぁ!

 ちょいと使わせてもらいますかね、我らが主をお守りするために」

 「守る…!? そうじゃないよ、そんなんじゃないよ、狼坐さん!」

 ニファーナが声を上げて抗議すると、狼坐と呼ばれた"問題(そいつ)"は頬を掻く。

 「それは意見の相違っつーかな。まぁ、ニファーナ様にお知らせしてなかったワケだから、混乱するのも無理ないんですがね。

 納得してもらうにゃあ、まず…」

 狼坐が語る最中、ドンッ、ガキィンッ! と鈍い衝撃音が響く。渚が突進してきたのを、ナセラと凜明の2人が受け止めた音だ。

 渚は、2人に引き止められながらも、鋭く輝く眼で狼坐を射抜く。"その()に何をするつもりじゃ!" という怒声が聞こえてきそうな勢いだ。

 狼坐は渚の無言の問いに答えるように、ヘラヘラと語る。

 「エノクの旦那に会ってもらいますかね」

 「エノク…さん?」

 ニファーナが聞き返した、その途端。狼坐がトン、とニファーナの肩を叩いて押すと、彼女のすぐ隣の宙空に人を丸ごと飲み込むほどの巨大な穴が開く。その漆黒の虚穴は「あっ」と言う間もなくニファーナをアッサリと飲み込むと、早々にその口をすぼめて消滅してしまう。

 「どこへやったんじゃ!」

 渚は叫ぶものの、禍々しい鎧を来た2人の少女を振り払えない。言葉は烈しさを有するものの、実害が伴わなければ、交戦状況下においては微風も同然だ。

 それを象徴するように、狼坐は小指で耳の穴を掻き、指先にフッと息を吹きかけると。苦笑いしながら、渚に言葉を返す。

 「オレの話は聞かねーで手を出してくるくせに、自分の質問には答えて欲しいとか…邪神はやっぱ、器が小せぇなぁ。

 言った通りだよ、エノクさん所にやったんだよ。

 …って、お前はエノクさんの事、知らねぇか」

 狼坐はそう語るものの、渚はエノクのナを知っている。今回のプロジェスの騒動に関わった際に、様々な人々の口から尊敬の念と共に出た名前だ。プロジェスの発展に尽力した、元『士師』であり、その筆頭とも言うべき存在。

 (そやつが、呪詛で以て、ニファーナを『現女神』に()えようとしている…それが、此度の事件の筋書きか!)

 渚は胸中で叫ぶと共に、その勢いを手足に込めて、凜明とナセラを吹き飛ばす。練気によって爆発的な衝撃を伴った打撃は、2人の少女を一気に数メートル吹き飛ばした…が、次の瞬間、2人の姿がパッと、細切れのフィルムのように消える。

 しかし、渚は即座に2人の行き先を覚る。彼女の魔力感知覚が、2人の存在を素早く認識したのだ。

 すぐに視線をそちらへ向けると、狼坐に腰を抱かれた凜明とナセラの両名の姿がある。

 「さぁて、邪神さんよ」

 狼坐は2人の腰を撫で回しながら、ニヤニヤ笑って語る。

 「せっかく、この都市国家(くに)に真なる主が降臨するってのに、アンタの存在は邪魔過ぎだ。水を差すどころの話じゃない、泥を塗るくらいに邪魔だ。

 だからここで、引導を渡してやるぜ。俺たち、『夢戯の士師』達がよぉ」

 そして狼坐は2人の少女の肩に、ポン、と手を置くと。

 「主の為に立ち上がった、敬虔にして慈悲深き聖少女達よ。

 邪神に名乗ってやりな」

 狼坐の言葉に、2人のみならず、灰児と秀とに退治している美樹までもが声を上げる。

 「『魔舞の士師』、凜明」

 「『鬼侍の士師』、ナセラ」

 「『狩人の士師』、美樹よ」

 美樹だけは、元の性格が影響しているのか、紫のアイシャドウを付けて眼でウインクして見せる。他の2人は、仮面のように表情を動かさずに、無機質に名乗っただけだ。

 そして、残る狼坐は。

 「オレは、『義賊の士師』――」

 語りつつ顔を右手で撫でると…体の周囲から漆黒の煙が奔流のように沸き出す。それらは狼坐の体に髪の毛のように巻き付くと、やがて砂漠の民が身につけるようなユッタリしたローブ姿と化す。ただし、その色彩は宵闇のような漆黒一色だ。

 そして、撫でていた右手を顔からどけると――現れたのは、ねじくれた牙をむき出しにした蛮族の面だ。その面の口をガチガチと動かしながら、狼坐は名乗る。

 「(かがり)狼坐(ろうざ)

 ニファーナ様の腕にして、涜神者より万物を取り上げ、篤信者に分け与う者さ」

 「"姦賊"の間違いじゃろ、痴漢が」

 渚がジト目で応じると、狼坐はクックッと笑う。

 「いやいや、痴漢ってのは女の子に恨まれ――」

 語っている最中に、渚は烈風のように動く。地を這うような低い姿勢で一気に狼坐に肉薄する――そこへ、すかさず凜明が跳躍。籠手で固めた拳を叩き降ろす。

 渚は慣性を無視したかのような急速で半歩後ろに退くと、凜明の顎に中指の間接を突き出した拳を直撃。針のような練気を纏ったその一撃は『黒点針』として凜明の脳髄を貫き、彼女を大きくグラつかせる。

 だが、そこへナセラが刀を横薙ぎにして介入し、渚はそれ以上の攻め手を失ってさらに後退する。それからは、ナセラの嵐のような斬撃と、渚の烈風のような回避行動とが続く。

 そんな2人の交戦を見つめながら、狼坐は面の頬を掻きながら溜息を吐く。

 「人の話は最後まで聞けよ。

 これだから邪神は、手に負えねぇよ」

 

 こうしてセラルド学院2年3組は、鎖につなぎ止められた黒い"偽"『天使』が林立する中、禍々しい形態の『士師』達との激闘の舞台と化す。

 

 - To Be Continued -

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