星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Inside Identity - Part 13

 ◆ ◆ ◆

 

 場所は、セラルド学院の2年3組へと移る――。

 

 ヒュンヒュンヒュン――連続する風切り音を耳にした灰児は、片方だけとなった虹色の翼を目一杯頭上に広げて、防御態勢を取る。直後、ザクザクザク、と突き刺さる感触を得たかと思うと――。

 ()()()――ッ! 翼を揺るがす爆発が発生。灰児の体は衝撃に激しく揺さぶられ、しっかり足を踏みしめねば転倒しそうになるほどだ。

 (チックショウッ! ゴシップ屋風情のクセに、いきなり強くなりやがってッ!)

 爆発の連続が収まったと感ずるや否や、灰児は翼を展開し、攻撃の主を視界に捉えようとするが――。そこには、予測していた少女――呪詛によって"偽"の『士師』と化した美樹の姿は、ない。

 何処へ行ったのか、と視界を巡らせ始めた、転瞬。

 「危ないッ!」

 秀の鋭い警告が聞こえたかと思うと、()()、と2発の爆音が轟く。同時に、振り向きざまの灰児の背中に、ドン、と激突する重量感。爆発に吹き飛ばされた秀の身体だ。

 「おいクソ、てめぇッ! 足引っ張ンじゃねぇよッ!」

 「ごめん、そんなつもりじゃ――」

 もつれ合って倒れた2人が言い合いをしている途中、いきなり秀の身体がヒュンと、逆さまになって上空に浮き上がる。見れば、彼の右の足首には、黒々として油っぽい髪で()われたような綱が絡みつき、彼を吊り上げている。

 (弓矢だけが攻撃手段じゃねぇのかッ!)

 灰児は舌打ちしつつ、素早く起き上がって、無防備に宙空に吊された秀を助けるべく、一歩を踏み出す――が。

 「イテェッ!」

 突如、右足首を挟み込む衝撃が襲い、肉に食い込む金属の冷たさと鋭さが激痛を生む。見れば、錆だらけのトラバサミが彼の右足首に噛みついている!

 動きを止められた2人を見ていた、淫靡な姿をした美樹は紫で彩られた唇でクスクスと嗤うと。悠々と弓矢を構えて秀に狙いを付ける。

 ――"狩人"の名を冠した士師である美樹は、獲物を狩る弓矢の能を得ただけでない。獲物を陥れる罠を形成する能も得ている。

 美樹は弦を目一杯引いては、つがえた5本の矢を容赦なく放つ。秀は逃れようともがいていたが、矢が迫ると見るや、その試行を放棄。手にした術式の剣を振るい、矢を弾き返すことを試みる。

 直線的に飛来する矢は、秀によって(ことごと)く弾かれた――のだが、矢は今度は爆発せず、宙でクルリと向きを変えると、再び秀の方へと飛びかかってゆく。

 秀は眼を見開き、焦燥に駆られる。士師となった美樹は、自分で形成した矢の動作を自在に操れるようだ。今度もうまく弾き返せたとしても、何度も何度も襲われ続ければ、体力が持たない。加えて、逆さに宙吊りされているために、頭への血流が集中し過ぎて、意識がフラフラしてくる。

 「ッたくッ、クソ過ぎンだよォッ!」

 秀の窮地に叫びをあげたのは、灰児だ。彼は足が壊れるのを覚悟してトラバサミから無理矢理に足を引っこ抜いた。ミチミチと血肉が引き裂かれ、激痛が走るものの、身体(フィジカル)魔化(エンチャント)で痛覚を遮断。走り出すと、虹色の翼で巨大な拳を作って伸ばし、矢を強烈にブン殴る。

 この衝撃に耐えられなかったのか、矢は信管が割れた爆弾のようにその場で大爆発。烈風と閃光が教室中を駆けめぐる。

 灰児は閃光を避けて瞼を閉じていたが、うっすらと開いたその瞬間、眼前に嗤いを浮かべる美樹の姿を見る。そして、首元に吸い込まれてゆく、刃のような弓の切っ先を感じる。

 (激し過ぎンだよッ!)

 灰児は歯噛みしつつ、敢えて美樹への方へと踏み込む。そして、弓を振るう美樹の腕を己の肘で受け止めて攻撃を回避すると、固めた拳で美樹の顔面を殴りに向かう。

 しかし、灰児の拳が美樹の頬に到達するより前に。灰児の巨躯が、ドンッ、と云う鈍い音と共に宙を舞う。吐瀉するように大きく口を開き、眼は飛び出さんばかりに見開いている。

 美樹が疾風のような膝を灰児の胃の辺り当てたのだ。背中まで突き抜ける衝撃に灰児の身体は、軽々と浮き上がってしまったのだ。

 灰児は吐き気を(こら)えて口を閉ざすと、虹色の片翼を振るって、しつこく美樹に一撃を与えようとするが。美樹はその場でグルリと旋風のように回転し、灰児の腹部へ回し蹴り。円心力の利いた踵を(えぐ)り込ませる。

 「ガハァッ!」

 ダバッ、と噴き出す唾液と共に声を上げる、灰児。その巨躯は砲弾のように吹き飛び、壁に激突。壁は激しい亀裂を走らせて凹み、埋め込むように灰児の身体を抱き留める。

 (クソ…ッ! 美樹(あいつ)程度に、こんなザマでやられるたぁな…ッ!)

 背骨に走る衝撃に立ち上がれぬ灰児は、もどかしさを胸中の苦言へと転化させる。

 ――美樹は学生としては、決して成績の良い方ではない。むしろ、魔法科学系や運動系の教科は赤点がザラという有様であった。そんな少女が、問題児ながらも優れた魔法と戦闘の技術を持つ灰児を、幼子の相手をするように叩き潰そうとしている――!

 衝撃の抜けない灰児に向かい、美樹が4本の弓をつがえて狙いを定める。そこへ――。

 「やめるんだ、美樹さんッ!」

 叫びと共に割り込んできたのは、秀だ。足首を絡め取った罠を術式の剣でなんとか壊したらしい。美樹の攻撃を阻むべく、剣を振るいながら飛び込んで来たのだ。

 美樹の顔がピクリと不愉快そうに歪む。しかしすぐに、紫に染まった唇が艶然とした嘲笑を浮かべる。

 "何が可笑しい!?"と秀が眉を跳ね上げながらも、振り下ろした剣を逆袈裟に斬り上げようとする――瞬間、秀は空虚な手応えにハッと目を見開く。

 視線を落とせば、両手がしっかりと掴んでいた術式の剣が、何処かに消えている。

 「は?」とでも云うようにキョトンとした秀の顎に、美樹のつま先が突き刺さる。首が引っこ抜かれる勢いで飛び上がった秀は、そのまま天井に頭頂を激突。跳ね返って床に無様に落下した所に、美樹の高いヒールの足裏がグリグリと踏みつけてくる。

 美樹が浮かべるのは、嗜虐的な笑み。

 「美樹…さんッ!」

 ヒールに(えぐ)られる腕から鮮血を滲ませながら、秀が苦悶の声を上げる。だが美樹は、笑みを浮かべたまま、秀の苦痛を更に煽るように、ゲシゲシと蹴りつけながらグリグリ踏み続ける。

 その様子を(はた)から見る灰児は、舌打ちする。

 (2人掛かりで相手してるってのに…このザマとはよ…!

 『士師』ってのは…マジにとんでもねぇな…!)

 まだ衝撃が抜けない灰児が、鞭打って足を動かそうとするも、プルプルと震えるばかりで力が入らない。

 自身に対して罵声を浴びせたい衝動に駆られながら、ふと視線を上げた先に見えたのは――渚の戦う姿。

 

 灰児はその時、瞬きを忘れ、噴き出す冷や汗と共に心を奪われる。

 立花渚は、たった1人で、ナセラ、凜明(リンミン)、そして狼坐(ろうざ)の3人を相手に立ち回っている――!

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「()ッ!」

 気合い一閃の元、ギラリと輝く銀刃を横一文字に薙いだのは、鬼の如き鎧を身に纏ったナセラである。その銀閃は一瞬の内にドス黒い陰色へと変化したかと思うと、眼窩を爛々(らんらん)と輝かせた亡者の群と化して、渚の元へと迫る。

 『鬼侍』の号を得たナセラの能力(ちから)は、鬼の()まう地獄を想起させる事象を、一閃に込めることだ。

 体積を増しながら、自らの骨格を変化させた鎌や槍などを振るい迫る亡者の怒濤に対して。渚は床に陥没を作り出すほどの踏み込みで半歩前に出ると、もう一方の足と右腕を十字を描くように振るう。

 転瞬、純白に輝く魔力の刃が出現。亡者の怒濤に切り込むと、内に込められた浄化性質の術式が作用。亡者は閃光の中に消える影のように姿を蒸発する。

 その隙を突いて、渚の視覚に回り込んだのは、露出度の高い鎧を着込んだ凜明である。彼女はイカつい赤銅色の籠手を握り込んで堅い拳を作ると、渚の脇腹めがけて殴り込む。

 渚は凜明をチラリとだけ視認すると、即座に彼女の拳の甲へ目掛けて肘を落とす。ゴキンッ、と音を立てた一撃は正確に凜明の拳を打ち据えると、針のような衝撃は拳を突き抜けるでなく、腕を伝って肩を抜ける。

 「!!」

 凜明の顔が苦悶に歪むが、彼女は止まらない。臀部から生えた節棍に似た尻尾を振るい、渚の顔面を下から切り裂くように狙う――が。

 渚は即座に振り上げた足を叩き下ろして、尻尾を踏みつけて封じると。腰を落とした低い姿勢を作って半歩踏み出しつつ、今度は肘の一撃を肌の露出した腹部に叩き込む。

 (ガン)ッ! 鈍く堅い音が響くと同時に、凜明は苦悶の表情を更に深め、渚は「むっ」と唸る。

 (似非(えせ)とは云え、『士師』を名乗るだけの事はある。

 鎧で覆われていない肉体でも、体組織レベルで強度が増しておる…か。

 じゃが…!)

 渚は更に肘をグリッと回すと、凜明の面持ちが吐瀉するように大口を開いて、舌をだらりと垂らす。肘が叩き込まれた腹部の肌は、渦を巻くようにグルリと円を描いている。

 渚の扱う体術は、練気と身体(フィジカル)魔化(エンチャント)に独自のアレンジを加えた、独特の闘法だ。その特徴は、身体の運動や性質を極端なまでに倍加し、凄絶な事象を引き起こす。

 肘の回転だけで、腹部の筋肉および内臓に影響を及ぼす歪曲を引き起こす。その攻撃は間違いなく、並の人間には致命的な一撃だ。

 距離を取ろとする凜明であるが、尻尾を踏みつけられてうまく動けない。冷や汗がドバリと噴き出した、その途端。彼女の姿が渚の目の前からパッと消える。

 「!?」

 渚が眉をひそめて素早く視線を動かすと。数メートル下がった所で事態を見守っている狼坐(ろうざ)が、片腕に凜明を抱いている。

 「おいおい、ひでぇなぁ。

 こんな張りのある肌をブッ潰すような真似、オレにゃ耐えられねぇよ」

 笑いながら語る狼坐の言葉を聞き流しながら、渚は胸中で冷静に分析する。

 (灰児から翼の拳を奪った事と云い、ニファーナや凜明をいきなり腕の中に引き込んだ事と云い――『義賊』の名から鑑みるに、何かを奪い取ると云うのが奴の能力(ちから)か)

 そう思考する最中、目の前にナセラが肉薄。素早い刀の振り下ろしで渚の両断を狙う。

 渚は即座に半歩横に移動して、空を切って床に刺さった刀の峰を踏みつける。そして刀の動きを封じた上で、回し蹴りをナセラの顔面へと放つ。蹴りには風の刃がまとわりつき、大気を切り裂きながらナセラに迫る。

 一方、ナセラは回避行動を取らない。変わりに、突き刺さった剣を中心に床がガラガラと音を立てて亀裂を得ると、その内側から(まばゆ)いばかりの業炎が噴き出す。さしずめ、地獄に流れる炎の川の噴出、といったところだ。

 (熱ッ!)

 渚は目を丸くしながら、刀を峰を蹴って跳び退く。そこをナセラは地を蹴って追いすがり、噴出する業炎と共に刀を振り上げる。斬撃と共に溶岩に似た粘つく業炎が波飛沫を上げて、渚に襲いかかる。

 渚は即座に『宙地』を使うと、宙空で高速で大仰に旋回。烈風を振りまきながら虚空を裂く回し蹴りを放つ。

 回し蹴りが生んだ烈風は激しい涼風となってナセラの業炎に吹きつけると、炎は直ちに岩石へと冷え固まって動きを止める。

 今や、ただ刀の斬撃のみとなったナセラの攻撃に対し、渚は間髪入れずに何かを掴むような形に掌を軽く握ると。その内側に高密度の術式を構築する。そして生み出されたのは――真夏の太陽を彷彿させる、橙色がかった眩い閃光。

 術式で作り出した、高熱の砲弾だ。

 「(セイ)ッ!」

 気合い一閃、思い切り振り被って投げつける渚。砲弾は激しい熱を振りまきながらナセラの刀へと吸い込まれ――瞬間、消滅する。

 そして同時に上がるのは、「もーらいっ!」という、軽い声。

 声のする真上方向に視線をチラリと走らせれば、そこにはいつの間にかに、コウモリのように天井からぶら下がる狼坐の姿がある。その右手の中には、渚が形成したはずの炎熱の砲弾がある。

 狼坐がそれを解き放つと同時に、渚は即座に頭上に防御用方術陣を展開。砲弾は方術陣に直撃すると、激しい爆炎を振り撒く。

 …と、この方術陣もまた、コマ切れフィルムのようにパッと姿を消してしまう。遮るもののなくなった爆炎は渚へと容赦なく広がり、その身体を焼き尽くそうとする。

 即座に跳び退(すさ)って爆炎を回避する、渚。そこへ間髪入れず、頭上から高速で落下してくる、狼坐の姿。両足の裏には渚から奪い取った砲術陣が展開し、その硬度で渚を踏み潰そうとする。

 対する渚は、なんと足を止めると、中指の間接を突き立てて右の拳を握る。黒点針の構えだ。

 (おうおう、真っ向勝負ってことか!

 邪神にしちゃあ、堂々とした心構えだねぇ…だがッ!)

 上から迫る狼坐の一方で、凜明が渚の元へ飛び込んで来る。背中から生えた翼からはジェットエンジンのように魔力を噴出し、その勢いでミサイルのように渚へと突進してくる。

 (2方向からの同時攻撃じゃ、その黒点針(わざ)には集中出来ねぇだろ!?)

 狼坐は蛮族の仮面の下、舌舐めずりしながら胸中で叫ぶが――彼の興奮は、転瞬、冷たい驚愕へと変わる。

 まず渚は、凜明よりも早く己の頭上に到達した狼坐の足裏へと、黒点針を放つ。突き立てた間接から放たれた細く鋭い気の塊は、方術陣に穴を穿って狼坐の足裏に突き出る。これを仰け反って回避する狼坐であるが――飛び出した針状の気は宙でギュルルと螺旋を描くと、体積を膨張。8つ首の大蛇と化し、狼坐の身体に噛みついてくる。

 「おわっ!」

 狼坐は方術陣を足場に飛び上がり、大蛇の(あぎと)を逃れるが。大蛇は8つの首をうねらせながら伸ばし、執拗に狼坐を付け狙う。

 (暫定精霊(スペクター)かよッ!? 練気から生み出せるモンなのか、魔術体系が違うだろぉ!?)

 狼坐が驚愕している眼下では、凜明が渚に肉薄。黒点針を放った格好から体勢を戻せぬところへ、鳩尾(みずおち)に拳を叩き込む。

 ズムッ、と沈み込む拳に、渚の身体が"く"の字に曲がるが――凜明は眉をひそめる。手応えが、綿菓子でも殴りつけたように、軽すぎる!?

 転瞬、渚は凜明の腕を掴み、そこを支点にしてフワリと宙に身を躍らせると。そのまま円弧を描き、踵を凜明の頭頂と左肩に叩き込む。

 (ガン)(ガン)ッ! ほぼ同時に響く2発の打撃音。凜明の身体が衝撃に(くずお)れる一方で、渚の動きは更に止まらない。そのまま足を凜明の頸に絡めながら、『宙地』を両手に発生。宙を支点にしてグルリと反転し、凜明の頸を引っこ抜くようにして身体を回転させて、投げ飛ばす。凜明は天井に強かに激突し、バウンドして落下。机を叩き潰しながら、床に倒れ伏す。

 渚はすぐに体勢を立て直して着地すると、眼前にはナセラの姿がある。彼女の頸を狙った横薙の一閃に対して、間髪入れずに前に踏み込み、身体を密着させると、頭を沈めて一閃をやり過ごす。同時にクルリと身体を反転して背中をナセラに押しつけると、ナセラの腕を取って背負い、床に叩きつける。

 「ガハッ!」

 背中に強かな衝撃を受けたナセラは、鎧を着込んでいるにも関わらず、肺を押し潰す衝撃を内臓に受けて呼気を漏らす。

 更に渚は拳を固めると、仰向けに転がるナセラに向かって拳を固めて、彼女の腹を目掛けて殴り付けようとする――が。

 サワリ――痺れるような、こそばゆいような五指の感覚が拳を握る手首に感じる。途端に渚が振り切るようにして手を退()けて横に跳ぶと。

 「惜しいッ!」

 声を上げたのは、狼坐だ。彼を追っていた8つ首の大蛇の暫定精霊(スペクター)は、彼の足裏を支えて飛び回る乗り物と化している。狼坐の能力(ちから)は、暫定精霊(スペクター)の擬似意識すら屈服させて、支配権を奪取できるようだ。

 (…それに、今の感覚…!

 わしの腕の骨を直接、奪い掛かりに来おったな!)

 渚は手首に残る不快な感触を振り切るように手をプラプラ振りながら、小さく歯噛みする。

 

 体内に直接干渉する魔術と云うものは、非常に高度であり、そして厄介な存在だ。

 生物の体内を形而上相から眺めると、魂魄や意識といった自我定義で堅固に包装された要塞の内部に相当する。体内へと直接魔術を作用させるためには、要塞の持つ分厚く強固な壁を突破しなくてはならない。その突破の為のエネルギーは非常に高く、歴戦の地球圏治安監視集団(エグリゴリ)隊員であっても自在に実現することは不可能だ。

 狼坐はそれを軽口を叩きながらやってのけた。それも、『神法(ロウ)()る超常現象としてではなく、呪詛という高々人為的手段によって強化された程度で実現してみせたのだ。

 (流石に、完全自在とまでは行かぬようじゃがな)

 渚は歯噛みを解き、ふぅ、と息を吐いて熱を帯びた思考を冷ましながら、胸中で呟く。

 もしも狼坐の体内干渉能力が完璧ならば、腕の骨程度ではなく、直接心臓か脳幹を狙ってきたはずだ。

 …だが、それを楽観視するワケにはいかない。充分なエネルギーを確保しさえすれば、狼坐は非常に低い(しきい)を超えるだけで、体内干渉を完璧に行える可能性がある。

 (…やれやれ、ハードじゃのう!)

 渚は苦笑したくなる衝動をグッと堪える。

 

 「お返しするぜッ、邪神サマ!」

 狼坐は乗った8つ首の暫定精霊(スペクター)から飛び出すと、暫定精霊(スペクター)は牙を剥いて渚の元へと突進する。

 対する渚は人差し指を伸ばし、トンボを捕まえる時にするように、蛇の目の前でクルクルと回してみせる。すると蛇は目を回す――でなく、その体が溶けたゼリーのようにズルリと崩れ、蛍光色の定義式へと分解される。

 自身が即興で作り出した暫定精霊(スペクター)くらい、自分で解除できるのは当たり前。そんな言い分が聞こえてきそうな、アッサリとした動きだが――勿論、常人はこんな真似を軽々しく行えるものではない。

 蛇が消えた直後、渚の眼前に降ってくるのは狼坐だ。その手には輝く術式の剣――秀の手から奪取したものだ――を振りかぶり、渚の両断を試みる。

 渚は素早く半歩下がりながら、烈風のような回し蹴りを放つ。蹴りは強固な風の刃を生み出し、術式の剣と激突。すると術式の剣は、ポキン、とアッサリと両断されて中空に昇華する。

 「うわ、使えねぇ!」

 思わず叫ぶ狼坐の隙に、渚は厳しく入り込む。回し蹴りの流れから、その場で独楽(コマ)のように回転。逆方向の足でも風の刃を纏った蹴りを放つ。今度の蹴りは刃の範囲が広く、狼坐の胸をザクリと一閃。呪詛で強化された体組織を両断するまではいかないものの、鮮血を吹く一文字を刻むに至る。

 「痛ッ!」

 狼坐が顔を歪めても、渚の動きは止まらない。回転の勢いを殺さず、今度は拳を振りかぶり、旋風を纏う程に捻りを加えて、狼座の顔面を狙う。

 そんな渚の動きが突如、ガクンと止まったのは、背後に回った凜明に両脇を抱えられたからだ。

 (!!)

 渚が舌打ちの一つもしたくなった、その時。狼坐は背中に生やした、灰児から奪取した虹色の片翼を動かして巨大な握り拳を作ると、渚の頭上から凜明ごと叩き伏せる。

 「がふっ!」

 「あっ!」

 2人が苦鳴を上げるのも構わず、狼座は翼拳で執拗に2人をバンバンと叩き続ける。5、6度叩きつけたところで、高く翼拳を振り上げると、12本の触手へとバラリと展開。そして触手を絞り上げるように収束させて鋭い円錐形を形作ると、うつ伏せに倒れる凜明とその下に敷かれる渚に向けて、一気に振り下ろす。

 (こやつ、本気で外道じゃなッ!)

 渚はギリリと歯噛みすると、両手を踏ん張って凜明ごと自身の体を浮かすと、その加速を利用しつつ、下半身を思い切りバネのように動かして凜明を吹き飛ばすと。もう数センチという距離に迫る虹色の錐を素手で掴む。

 ギュルルルッ! 肉が(ひず)む凄惨な音と共に、渚の掌から鮮血が噴き出す。虹色の円錐は高速で回転しており、渚の掌の肉を抉っているのだ。

 渚は苦痛と圧迫に襲われながらも、歯を食いしばるどころか、唇を"(オウ)"の字に(すぼ)めると、ヒュッ、と呼気を円錐に吹き付ける。

 勿論、ただの呼気であるワケがない。それは、渚が肺の中で構築した術式を高密度に含んだ大気である。それが渚の掌から渋く鮮血に触れると、酸素と結合していない赤血球が術式を取り込んで魔化(エンチャント)される。

 術式をふんだんに取り込んだ血液は、自然の摂理に逆らい、スルスルと虹色の円錐を伝って登ってゆく。そして円錐を構築する触手の接合面に滑り込むと――。

 (バン)ッ! 大きな破裂音と共に、触手の接合面に閃光を伴わない爆裂が起こる。魔化(エンチャント)された血液が一斉に気化し、水蒸気爆発を起こしたのだ。途端に触手は弾け、円錐はバラリと解けて、細長い花弁を持つ大輪の花のように展開する。

 (おい、マジかよッ!?)

 想像だにしていなかった技の破り方に、蛮族の仮面の下で狼坐は苦笑するしかない。

 渚の動きは、止まらない。疾風の踏み込みで狼坐に肉薄すると、その勢いのまま、引っ掻くように五指を曲げた左手で掌底を放つ。指は純白に煌めく魔力励起光の尾を引いていることから、何らかの魔化(エンチャント)が施されているのは間違いない。

 触手を破裂させられた衝撃で体勢を崩している狼座は、この一撃から逃れられない…はずであった、が。

 (ヴォン)ッ! 大気を切り裂く音は、しかし、虚しく虚空を斬るだけだ。そして、一瞬前までそこに居たはずの狼坐の姿が、消え去っている。

 一体、何が起きたのか? ――その答えを、渚は既に把握している。

 (亜空間を作りだし、そこに逃げ込んだか!)

 ――義賊にせよ盗賊にせよ、彼らは元来、陰の中で(うごめ)くことを領分としている。そんな彼らが明るみに引きずり出されようとするならば、陰深き(ねぐら)へと逃げ隠れるのは当然のこと。

 『義賊の士師』狼坐は、奪取のほかに、この遁走すらも高い水準の能力として有しているらしい。

 (――動き回っておるのな。閉じこもるだけの能ではないと云うワケじゃな)

 渚は片目を(つぶ)り、形而上視認して狼坐の動きを確認する。教室内は、渚の『天使』が拘束している黒い『天使』を始めとする影響で、形而上相における事象定義式は非常に複雑化している。それでも渚は、頭痛を覚えることもなく、軽々と亜空間を移動する狼坐の姿を捕らえる。

 (一発かましてやりたいところじゃが…)

 虹色の円錐にやられ、未だに鮮血がポタリポタリと滴る右手をギュッと握り締めた、その矢先。ナセラと凜明の二人が、挟み撃ちするように渚の元へと肉薄してくる。

 (当然、休ませてはくれぬわな…!)

 渚は溜息の一つも吐きたくなりながらも、握った拳に蹴りを織り交ぜ、身を回して捌きながら、2人の少女士師を相手に激しく立ち回る。

 嵐のような渚の立ち回りを亜空間から眺める狼座は、ゴクリ、と固唾を呑んで呟く。

 「おいおい…あの邪神、スゲェな…。

 ニファーナ様も、クソ(にっく)きヌゥルの奴も、レーテって『現女神』も『天使』を媒介にして戦ってたっつーのによ…。

 『天使』無しの身一つでこんなに動けるなんてよ…! 恐れいったぜ…!」

 とは言うものの、感心してばかりの狼坐ではない。彼は卑劣にも亜空間に身を潜めながら、水面越しの魚を狙う釣り人のように、ジッと待つ。

 渚が一瞬でも、致命的な隙を晒す、その瞬間を。

 

 そして、その時は遂に到来してしまう。

 

 ナセラと凜明による激しい攻めを捌き続ける渚。彼女が風圧の刃を纏った回し蹴りを放ち、2人まとめて吹き飛ばす――または斬り払った、その瞬間だ。

 亜空間を経由して渚の足下に回り込んだ狼坐が、床から右手だけをニュッと出し、渚の軸足を掴む。

 「!!」

 渚がこれを知覚した時には、もう遅い。狼坐は能力を用いて、渚の足首から先をスッポリと奪取する。

 軸を失った渚が、回し蹴りの勢いに揺さぶられるがままグラリと重心を崩し、背中から倒れ込む。

 そこをすかさず狙う、ナセラと凜明。髑髏を象った鬼火を纏う刀と、赤銅色に照り輝く拳とが、雨霰となって渚の正面に降り注ぐ。

 この窮地に対抗した渚の行動は、3人の相手の目を一斉に丸くさせた。

 左手を後ろに回し、『宙地』の要領で取っ手となる方術陣を形成。それを掴んで回転軸とすると、渚は両脚を広げて旋回。ギュルリ、と轟音を聾する大気の渦を発生させて、ナセラと凜明の攻撃を飲み込み、弾き飛ばす。

 更に、渚は左手で方術陣を押し、自身の体を跳ね飛ばすと。全身で竜巻のような真空刃を纏い、凜明へと突撃。凜明を押し飛ばして、床に叩きつける。

 「んぐっ!」

 渚の下敷きになって苦鳴を上げる、凜明。その上に立つ渚は――左の足首から先を失っているはずなのに、バランスよくまっすぐに立ってナセラと、床下に潜る狼坐を()めつける。

 (どうなってやがんだ!?)

 狼坐が亜空間越しに渚の左足を見れば――そこには、青白く発光する術式で形成された足先が生えており、床――というか凜明の身体をしっかりと踏みしめている。

 (マジかよ…!

 咄嗟に身体の代替物を作り出す技術もスゲェが…肉体が欠損しても全然動じねぇ!

 神ってより、バケモノじゃねぇか!)

 感心と驚愕を覚える狼坐を、渚は形而上視認越しに憤怒の視線を叩きつけると。火を吹くような勢いで怒声を浴びせる。

 「『士師」だと立派に(のたま)いおって、何をコソコソしておるんじゃッ!」

 そして渚は凜明の身体から高速で跳び上がると、『宙地』による方向転換と加速を経て、狼坐が隠れる座標へと正確に流星のような跳び蹴りを叩き込む。すかさずナセラが刀を構えて立ちふさがるが、刀身で蹴撃を防御した途端、大規模な『鋼爆勁』が発動。雷光を放つ積乱雲のような爆発と共に、ナセラは蹴られた小石のように吹き飛ぶ。

 ナセラを囮にした隙に、狼坐は素早く亜空間中を移動する。が、渚は目敏く彼を隻眼で追い回し、烈風のように襲いかかるのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 渚の奮戦の様子を眺めていた灰児は、その胸中をジクジクと興奮で(あぶ)られる。

 (スゲェ、スゲェぞ、あいつ…! ハンパねぇ!

 1人で『士師』3人相手とか、信じらンねぇ…!)

 この頃、美樹は狼坐達の苦境を感じ取り、身体ごと戦闘の方へと視線を向け、加勢すべきかと考えあぐねている様子だった。

 壁にめり込んだままの灰児や、足蹴にしている秀のことは、弱ったアリ相手のように、眼中に入れてはいない。

 普段は(うるさ)いばかりでロクな実力もない美樹の、あまりにも見下した視線。それが興奮に炙られる灰児の意志に、燃え盛る怒気と勇気を植え付ける。

 (このまま寝てられっかよッ!)

 身を[[rb:蝕<むしば]]む衝撃は、火が付いた感情が完全に払拭した。灰児は、バン、とワザと大きく音を立てながら弾けるように立ち上がり、柄の悪い表情を作って美樹の背中に罵声を投じる。

 「おいコラ、頭ユルユルのケバギャル!」

 「…は?」

 美樹は紫を基調にしたメイクを施した顔を険悪にしかめ、灰児の方に向き直る。

 美樹が挑発にまんまと乗ってくれた事に内心ほくそ笑みながら、灰児は軋んで痛む身体がぎこちなくならないよう鞭入れながら構えを取り、背中から生やした虹色の大翼を打ち振るう。

 ――オレはまだまだ元気だぞ、(たお)すつもりなら、もっともっと掛かってこい――そう言わんばかりの横柄な態度を取り、ニヤリと笑ってみせる。

 「『士師』の力を得たっつー割には、学生風情2人相手に、やたらと時間掛かってるじゃねぇか?

 怖そうにしてるのは、見てくれだけってことか? …いや、テメェの場合、怖いってよりゃ、ケバいってだけだがよ!

 そんなオバン臭いメイク、趣味悪すぎなんだよ!」

 美樹は秀を脚で軽く蹴り、数十センチ吹っ飛ばしてから、灰児に言い返す。

 「これがあたしの全力だと思ってるワケ? ハンッ!

 一般人(パンピー)のアンタら相手に本気出したら、瞬殺で詰まんないっつーの! だから遊んでやってるの、理解出来ないワケ?

 これだから脳無しの不良ってのは、ヤダヤダ!」

 美樹の嫌みにも、灰児は苛立ちを覚えない。それどころか、構えたまま余裕を感じさせる笑みを浮かべつつ、言葉を放つ。

 「その脳無しにやられちまうってのは、どんな気分なんだろうなぁ!? 『士師』サマよぉ!?」

 「…それ、本気で言ってるワケ?」

 美樹が笑みを消し、険悪な表情を作って睨みつける。美樹はやはり、『士師』になる以前の正確を受け継いでおり、会話には敏感に乗ってくれる。

 「ああ、本気も本気だっつーの!

 もうオレはお前の動きなんざ…」

 構えた拳を解、人差し指を立ててクイクイと曲げ、挑発してみせる。

 「いい加減、見切ったってンだよ」

 ――本音を言えば、見切ってなどいない。今まで受けたどの攻撃に関しても、優雅に無傷で捌き切れるような自身など、微塵もない。

 だが、灰児が大口を叩いているのは、自身を追い込むと共に、鼓舞しているのだ。

 それを触発したのは、眼前で見せつけられる、渚の凄絶な振る舞いだ。

 (あいつが1対3の状況下で、あんなに巧く立ち回ってるってのに…!

 美樹風情に2掛かりでボコられてるなんて、カッコ悪すぎだっつーの!)

 灰児の内心など推し量ることなく、美樹は大仰な動作で弓矢を構え、スッと目を細める。視線だけで灰児を射抜くような、冷たい眼差しだ。

 「アンタさ…」

 美樹が言い掛けた、その瞬間。灰児は大声を上げる、

 「秀ッ!」

 途端に、数瞬前まで足蹴にされていた秀が、再び手の内に術式の剣を作り出して立ち上がりつつ、美樹の背中に切り上げる刃を当てる。

 呪詛で強化されている美樹の体組織は、その一撃で致命傷を得るには至らなかったが。皮膚にスゥッと切り傷が走り、パッと鮮血が飛沫(しぶ)く。

 「!!」

 美樹は予想だにしなかった反撃に目を見開きながら、秀へと視線を向ける。その一方で――。

 「ッセイヤァッ!」

 一気に肉薄した灰児が虹色の翼を左腕に巻き付けると。巨大な虹色の腕を作り出し、美樹の頬面をブン殴る。

 美樹は非難の声を上げる間もなく、拳の直撃を受けて小石のように吹き飛んだ。

 

 ――どんなに卑怯だろうが、構わない。

 正面切ってまともに当たってはいかんともし難い実力差を埋めるためなら、どんな奇策だって労してみせる。

 勝って生き残らねば、何にもならないのだ。命の危機に晒されている自分たちは勿論、美樹を始めとする少女達もまた、呪詛に(そそのか)されて偽りの神意の名の元に罪を冒すことになるのだから――!

 そんな呻吟(しんぎん)の未来など、どんな手を使ってでも、ブッ潰してみせる――!

 

 - To Be Continued -

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