星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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aLIEz

 ◆ ◆ ◆

 

 トンッ――"義賊の士師"狼坐(ロウザ)に背を押され、放り込まれた亜空間の中。

 網膜が痛くなるような鮮やかな極彩色が踊る光景が広がる中を、落下感を覚えながら、手足をバタつかせること、数秒の後。視界がパッと純白一色に染まり、眩しさの余りに瞼を閉じたかと思うと。うっすらと瞼を開けば――そこは、見知らぬ室内。

 狼坐に押された少女――ニファーナは突然の光景の移り変わりに困惑し、キョロキョロと視線を動かす。

 そこは、元は工場か何かだったのだろうか。金属製の壁と床、そして天井に囲まれている。所々に派手な錆が広がっているところを見ると、今ではヒトの手が殆ど入っていないらし事が見て取れる。

 ただし、床の状態や空気の匂いから感じる限り、清掃くらいの手入れはされているようだ。

 そしてこの空間に、ニファーナに視線を向ける男の姿が2つ、ある。

 彼らが何らかの目的でこの施設を手入れしているのだろうか…等と疑問を抱くより前に。男の内の1人の姿を認めたニファーナは、目を丸くして、わなわなと桜色の唇を震わせながら、茫然とした感じで呟く。

 「エノク…さん?」

 そう、そこにはニファーナがよく見知った神父姿の元士師が立っている。

 ニファーナの呟きにエノクは敏感に反応し、(うやうや)しく(ひざま)くと、嫌味など一片も見いだせない、真心のこもった一礼をする。

 「ニファーナ様。狼坐のような下郎にあなた様を迎えに行かせた非礼を、お許し下さい。

 しかしながら、神聖なる貴女様に、汚穢に満ちた餓鬼畜生の世界を歩ませるワケには行かぬと案じました」

 「な、何の話なんですか…?」

 ニファーナは全く事情が飲み込めず、目を白黒させながら聞き返す。

 何故、『女神戦争』後は全く姿も見せなかった狼坐が、急に教室に現れたのか。何故、狼坐はニファーナをこんな場所に連れて来たのか。何故、エノクがこんな場所で待ち受けていたのか。

 …そもそも、教室を地獄のような光景と化した、濁音の叫喚。あれは一体、何なのか。狼坐やエノクと繋がりがあるのか。だとしたら、一体何の為なのか。

 エノクが何か企んでいるとするならば…一体何をしようとしているのか。

 様々な疑問が胸中を次々と過ぎり、舌がどんな言葉を形にするべきかと惑う最中のこと。エノクから2、3歩離れた位置に立つもう1人の男が、後頭部に腕を回して手を組みながら、眠たげのような、愉悦に浸っているような微笑を浮かべてみせる。

 「"若神父"さんよ。このニブチン頭の娘が、いきなりこんな状況を突きつけられただけで事情が把握出来るワケねーだろ?

 ちゃんと言葉にしてやんなよ」

 この男は、ニファーナが全く見覚えのない人物である。燃えるように鮮やかな真紅の紙を長く伸ばし、ロックアーティストよろしく派手なスタッズで飾りまくった黒いジャケットを身につけた、エノクとは正反対の雰囲気を持つ男。耳のピアスを始め、指やら首やらにジャラジャラとシルバーアクセサリーをつけたその姿は、アーティストと云うよりチンピラのようだ。

 そして何より眼を引くのは、ジャケットの肩に張り付けられた、鮮明なピンク色のハートマークだ。その上下を囲む"I"と"WAR"の文字を繋げると、「私は戦争が大好きです」と読める。

 この男が"ニブチン"と云う雑言を口にしたのを耳にしたエノクは、こめかみに青筋を浮かせ、火を吹くような視線で睨みつける。

 「ニファーナ様への無礼は、絶対に許さん。

 お前は計画の要とは云え、巨大な歯車を回すドブネズミに過ぎない。対してこの方は、世に神聖なる光をもたらす偉大なるお方である。敬意を払い、口を慎め」

 派手な男は(ののし)られても平然とした笑みを浮かべてはいたが、内心はカチンと来ていたようだ。細めた視線に剣呑な輝きを宿し、ンベッと舌を出して嘲る。

 「ンな口聞いて、オレがヘソ曲げたらどうすんだよ?

 チェルベロも本腰入れて来ちまったってのに、せっかくここまで来た計画もメッチャクッチャに破綻しちまうぜぇ?」

 その言葉にエノクは奥歯をギリリと噛み締めたが。反論できない内容であったらしく、火が宿るような溜息を、ハァー、と吐いて気を鎮めると。

 「…口を慎むよう、気をつけてほしい」

 と、幾分か語気を弱めた言葉を赤髪の男に言い直せば、赤髪の男はクックッと楽しげに含み笑う。

 そんな2人のやり取りに、置いてけぼりを食らった感じがして我慢ならぬニファーナは、語気を強めて叫ぶように尋ねる。

 「何の話なのか、何をやってるのか、聞いてるのッ!

 エノクさん、何を企んでるの!? この都市国家(まち)の現状は、あなたが仕組んだ事なの!?

 それに、この派手なヒトは誰なの!? 見るからにヤバそうなチャラ男じゃない! あんなに真面目なエノクさんが、どうしてこんなヒトと(つる)んでるワケ!?

 全然、ワケ分かんない!」

 言葉の最後に、ニファーナは頭をブンブンと左右に振る。自身の疑問を払拭すると云うよりも、目の前の状況が暗示する凶事を拒絶するかのような仕草である。

 そんなニファーナの有様を見て、尚もクックッと笑う、派手な男。対してエノクは、岩にでもなったかのように表情をのっぺりと、しかし鋼を真正面に受けてもビクともしない無表情を作ると。跪いた姿勢のまま、他人行儀な[(うやうや)しさを込めて答える。

 「貴女様には再び、この都市国家(くに)の『現女神』となっていただく。

 この禍々しい男も、民草に膝付かせた阿鼻叫喚も、怒り狂える黒き『天使』の群れも――全ては、その目的を果たさんがための布石に過ぎません」

 「もう一度…『現女神』に…?」

 『現女神』の座は、ユーテリアに籍を置く者すら欲して止まぬ、超異層世界集合(オムニバース)における女性の最高位と云えるもの。幾ら欲して血の滲む研鑽を積もうとも、意図しては決して手に入らないその座を、人為的に与えようと云うのだ。これが並の女性であったのならば、小躍りして歓迎しても不思議ではあるまい。

 だが…ニファーナの反応は、それとは全くの真逆である。

 短剣の切っ先でも突きつけられたかのように、怯えて青ざめる。その足元は、フルフルと小刻み震えてすらいる。

 「そんなの…イヤだよ…!

 私、『現女神』になるなんて…もうコリゴリだよ…!」

 「あらあら」

 ニファーナの拒絶に、派手な男が口笛を吹きそうな勢いで、ちょっと驚いた声を上げる。

 「ホント、前評判の通りだねぇ。

 変わった娘だなぁ」

 派手な男が同意を求めるようにエノクに視線を向けながら語るが、エノクは答えない。ただひたすらにニファーナを見つめたまま、スクッと立ち上がりながら、堅い言葉を放つ。

 「いいえ。

 貴女様がどう思われようが、なんとしても成って頂く」

 「何の為…!?」

 ニファーナは怯えを顔に張り付けたまま、喚いて問う。その怯えは、憧憬の的であるはずの『現女神』の座が汚穢(おわい)であるかのような、激しい嫌悪の情を含んでいる。

 「『女神戦争』は、もう終わったんだよ…! あの時、私は確かに負けちゃったけど…それでも、別の『現女神』の娘が、あの怖い『現女神』をやっつけてくれた! だからといって、この都市国家(まち)に君臨するでなく、自治をそのままに、立ち去ってくれた…!

 このプロジェスは、平和になったんだよ! 昔から望んでいた独立だって、崩れたワケじゃない! むしろ、私が『現女神』だった頃よりも、今の方がよっぽど活気に(あふ)れてる!

 同盟を組んでくれる都市国家だって増えて、襲われるような事なんて殆ど考えられない!

 もう、戦うことなんてないんだよ! 求めていたものは、手に入ったんだよ!

 それなのに…これ以上、何を望んでるの!? エノクさんは、皆は!? 一体、何が欲しいの!?」

 「平和…? 独立…? 活気…?」

 エノクが尋ね返す。その有様に、怯えるニファーナは露骨にビクリと身体を震わせ、一歩後ずさる。

 その時のエノクと来たら…岩のようであった面持ちを崩したかと思うと、灼熱のマグマから噴き出す火焔のような怒気を孕んだ、鬼面の如き憤怒の表情を張り付けたからだ。

 ニファーナがエノクと知り合ってこの方、全く見たことのない激情である。

 「貴女様は、プロジェスの現状を見て、左様に()れた感想を抱きなさるのか…!」

 ニファーナは、全く分からない。エノクが一体、何に対してそこまで憤っているのか、微塵も理解出来ない。

 汗水流した努力の果てに掴む大きな実りよりも、平々凡々ながらも誰もが手に出来る小さな幸せこそ尊ぶニファーナには、理解できようはずがない。

 長きに渡るプロジェスの有刺鉄線の如き辛酸の味に染まり、その呻吟(しんぎん)の奈落を這いずり回りながら、夢や希望を掴み取り握り締める者達の激情など、理解できようはずがない。

 「貴女様は、感じられませんか!? それとも、(かまど)の女神の如き器が大き過ぎるが故に、把握し切れぬのでしょうか!?

 この都市国家(プロジェス)を蝕む堕落を、惰弱を、腐敗を、下劣を!

 貴女様が神の座を捨ててまで守り通そうとした誇りと秩序の、無惨なる瓦解を!」

 堕落? 惰弱? 腐敗? 下劣? 瓦解? ――何もかも、ニファーナにはピンと来ない言葉ばかりだ。むしろ、先に彼女自身が言った通り、現在のプロジェスに対する不満などないのだ。

 エノクの眼には一体、何が見えていると云うのか?

 ニファーナの戸惑いに応えるように、エノクは激しく頭を振りながら訴える。

 「これは、冒涜なのです! 神の座を失ってまでこの都市国家(プロジェス)を守り抜いた貴女様への、あまりに惨い冒涜だ!

 街並みの光景を振り返ってみてください! 下賤なる民草が何に現を抜かしているのか! 貴女様への恩義など、とうに頭の片隅からすら忘れている! 代わりに何に傾倒しているかと云えば、外入してきた数々の虚ろなる駄戯ばかり!

 貴女様を称えるでもない、都市国家(くに)を誇るでない、長きの労苦を慰めるでもない! 勝手気ままな独り善がりの押しつけ!

 偉大なる第一の慰問者、フリージア様方の意志を歪んで解釈し、自身の成り上がりの踏み台としか考えぬ糞の部外者ども!

 その糞を黄金のように有り難がる、眼の腐りきった蠅の如き民草!

 これを冒涜と言わず、何と形容できましょうか!?」

 エノクはプロジェスの出身者ではない。だが、プロジェスに尽くし、プロジェスの『現女神』を支える内に、その魂魄はすっかりとプロジェスの色に染めぬかれている。彼は"若神父"であるより、元の『士師』であるより、プロジェスの真摯なる市民なのだ。

 「…今回の事件のこと…狼坐さんや、あの喚き声を出していたのは恐らく、パバルさんじゃないかと思うけど…エノクさんと同じ考えのヒトって、沢山いるの…?」

 ニファーナが怯えつつも、震える唇でなんとか尋ねると。エノクはハッとして激情を露わにした面持ちを冷たい無表情に鎮めて、感情を押し殺した淡々たる言葉を告げる。

 「はい。

 我ら元『士師』ばかりではありません。現状を憂う真摯なる民草の数は、甚大です。

 彼らの内で、今この時に行動を起こしておらぬ者は居ません。皆、今こそがプロジェスの冒涜を打倒し、ニファーナ様を神の座と据えた、誇り高く気概溢れるプロジェスの姿を取り戻そうと血汗を流しております」

 この言葉を真正面から受け止めたニファーナは…申し訳なさそうな様子で、モジモジと指を合わせて動かしながら、(うつむ)いて黙り込む。そのまま数秒の時間が流れた後、ニファーナの桜色の唇が、恐る恐るに震えつつ言葉を紡ぐ。

 「…もう『現女神』でもない私を慕ってくれるヒト達が沢山いるって云うのは…嬉しい…んだと思う。『現女神』の座にあっても、大したこと出来てなかった私を必要としてくれて…すごく、有り難いと思う。

 …だけど…」

 ニファーナは震える身体を必死に動かし、キビキビと深く頭を下げる。

 「ごめんなさい。

 私、エノクさん達の想いには、応えられないです」

 その台詞を、エノクは無表情のまま、岩のように受け止める。怒っているのか、悲しんでいるのか、全く読み取れずに、ニファーナの脊椎を不安が這い回る。

 だが、彼女は不安に屈せず、言葉を続ける――エノクの意を(くじ)く為の言葉を。

 「私は…元々、『現女神』になりたいなんて思ってなかった人間です。

 ただただ…ダラダラとで良いから、平穏に、平凡にその日その日を暮らせたら良いとしか思っていなかった、そんなダメ人間です。

 正直…『現女神』になってしまった時は…ずっと重くて、苦しかったです。こんな座なんて、すぐにでも捨てたいと思ってました。

 エノクさん達が…言い方は悪いんだけど…勝手に盛り上げてくれたから、何とかなっていた…そういう人間です。

 そんな私が…もう一度『現女神』になったところで、この都市国家(プロジェス)に何が出来るワケでもないでしょうし…そもそも、なりたいと思わない。思えない。

 あんな重くて苦しい責任を背負うなんて、もう二度とやりたくない…」

 ニファーナがそう語ると、それまで成り行きを傍観していた派手な男が、不意にパンパンと大きく拍手を始めて、ケラケラと嗤う。

 「前評判と大分印象が違うねぇ。

 ぐーたら無責任、だなんて飛んでもない! スンゲェ真面目で良い娘じゃんか、お嬢さん!」

 ニファーナはその評価に対して、否定的な意見を述べようとした、その矢先。「だけどよぉ」と派手な男がニヤニヤと続ける。

 「残念ながらな、オレを雇ったこの神父サマはよ、君の真面目さを真っ直ぐに受け止めてくれるようなマトモな相手じゃねぇのさ。

 じゃなきゃ、オレみたいな凶人に声をかけるワケがねぇ」

 自らをして"凶人"と称してなお、恥じることも自虐することもなく、ただただ嗤ってみせる、派手な男。そんな彼の言葉の真偽を問うべく、ニファーナがエノクに視線を注ぐと…。

 エノクは慌てて否定する素振りなど微塵も見せず、ドッシリとした岩のような態度のまま、淡々と口を開き、ニファーナに答える。

 「ニファーナ様、貴女の想いは十二分に伝わりました。理解も出来るし、同情も出来る。

 しかしながら、この期に()いては、貴女様の意志は関係ない」

 バッサリと切り捨てるような無情な言葉に、ニファーナの表情が固まる。

 派手な男が言った通りだ。ニファーナの想いを、エノクは全く受け付けてはいない。

 「私は、貴女様に"女神になっていただく"と語った。"いただきたい"と云う願望ではなく、これは確定です。

 貴女様が歓喜しようが忌み嫌おうが、私達には問題ではありません。

 ただただ、私たちには『現女神』として貴女に再臨していただく事が必要なだけです」

 「そんな、そんな…! エノクさんは、そんな事を言うヒトなんかじゃ…!」

 ニファーナが衝撃と共に訴える一方で、派手な男が再びパンパンと手を叩く。しかし今度の音は感激の拍手ではなく、場を鎮めるための威嚇だ。

 「はいはい、ストップストップ。

 これ以上言い合いを続けたところで、堂々巡りするだけ。時間の無駄じゃねぇか、神父さんよ?

 それに、仕事を請け負った身の上のオレとしちゃあ、アンタに満足してもらった上でキッチリと仕事を果たしたいって気持ちもある。

 だからよ、鉄は熱い内に打て、だ。サッサと"やっちまおう"。星撒部だのチェルベロだのに、冷や水ぶっかけられちまう前にな!」

 一体何を"やっちまう"というのか。当然、ニファーナには理解出来ず、疑問が湧く。しかし、それを口にする暇は与えられない。

 派手な男の言葉に頷いたエノクが、即座にニファーナの手首を掴んで、グイと引っ張ったからだ。

 「痛…っ」

 ニファーナは小さく悲鳴を上げる。エノクときたら、無機質な人形をぞんざいに扱うかのように、容赦なく力を込めたのだから。

 「申し訳ありませんが、この期においてこれ以上貴女様の抵抗を間に受ける(いとま)が惜しいのです。非礼ではありますが、力づくでも従っていただく」

 「エノク…さん…! あなたは、そんなヒトじゃないよ…! どうして、そんなに…!」

 ニファーナは非難の言葉を続けるが、エノクは全く耳を傾けない。ただ派手な男に視線を投じて語る。

 「ザイサード」

 エノクがニファーナの前で、初めて派手な男の名を呼ぶ。

 「これよりニファーナ様を連れて行くが、そちらの準備は万全なのか? 私と共に来る必要はないのか?」

 「あー、ないはずだ。うん、ないない」

 ザイサードはパタパタと手を振りながら答える。

 「オレはそっちの装置を面倒見るよりも、そこのお嬢ちゃんの魂魄励起を引き起こすエネルギーを生成しなきゃならんからね。それが出来なきゃ、この計画はオジャンだ。

 つーワケで、アンタとはここで一端、お別れだ。

 カワイくなったその娘と一緒にもう一度会えることを、楽しみにしてるぜ」

 「了解した。

 それでは、そちらの作業はくれぐれもお願いする」

 ザイサードがヒラヒラと手を振る姿に背を向けて、エノクはニファーナを引きずりながら、錆びついた金属の回廊の奥へと歩み出す。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「何時(いつ)から…なの?」

 ポツリと呟いたニファーナの声は、錆びた金属で囲まれた狭い回廊に大きく響き渡る。

 エノクに手を引っ張られて歩くこと、およそ10分は経過しただろうか。心許ない電球がプラプラと天井からブラ下がり、薄暗く回廊を照らしている。数メートル先は真闇に近く、少しエコーがかった足音が吸い込まれてゆく。その向こう側に青白い顔をした亡霊が立っていても可怪しくないような、不気味な雰囲気だ。

 「何時から…とは?」

 エノクはニファーナを振り返らず、淡々とした無機質な声で問い返す。

 「そう…だね。今回の事件を起こそうと考えたというか…心に決めたのは、何時からなの…?」

 「善きフリージアの演奏会を覚えていますか? ニファーナ様が誘ってくれた、素晴らしい演奏会でした。」

 エノクは淡々と即答する。

 「あれが終わって、約1週間ほどでしょうか…このプロジェスに、彼女らの志を理解せずに、ただただ便乗する下賤の輩が跋扈(ばっこ)するようになった頃からです。

 我々はどうしても、この冒涜に耐えられませんでした。誇り高きプロジェスへと回帰…いや、変革する必要があると云う意識が、我々の中に共通で芽生えました」

 「我々…ってことは、その頃にはもう、狼坐さん達とも接触していたんですか…?」

 「はい」

 エノクはやはり振り向かぬまま、頷く。

 「ニファーナ様が『現女神』の座を失ったとしても…いえ、失ってしまったからこそ、このプロジェスの今後を如何に導くべきか。その事については、我ら『士師』は勿論、その他の志高い同志とはよく語り合っていました」

 「その結論が…今回の、この騒動って事…?」

 「そうです」

 エノクは振り向かぬまま、キッパリと肯定する。

 「これはプロジェスを(けが)す涜神者達への断罪であり、志高き真なる市民を選び出す淘汰です。

 下賤に染まり、堕落した卑民どもは、この先もプロジェスの仇となるだけでしょう。故に、その魂魄を『天使』へと転変させる。その点から考えれば、淘汰と云うよりは、浄化と表現するべきでしょうか」

 エノクの言葉に淀みは全く含まれていない。恐ろしいまでに独り善がりで偏執に満ちた内容を、平然と語ってのける。

 最早彼の心は、石のように堅強に凝り固まっている。どんなに(さか)しい言葉をかけたとて、水のように溶ける事はないだろう。――ましてや、今の惰弱なばかりのニファーナの言葉が、どんな功を奏せると云うのだろうか。

 何か語っていれば、エノクの雰囲気が普段のように和らぐのではないか、と希望を抱いていたのだが。それが到底叶いそうにない事を覚りきったニファーナは、小さな嘆息を挟むと、話題を別のものに切り替える。

 それは、純粋な疑問…というか、好奇心にも近い内容だ。

 「エノクさんと一緒に居た、派手な格好のヒト…あれは、誰? 見たことないヒトだから…プロジェスの外のヒトだよね?

 あのヒトは、エノクさんの言うところの"下賤な輩"じゃないの? あのヒトは、エノクさん達にとって、どんなヒトなの?」

 「彼は、この変革をコーディネートしてくれた、作戦の要。

 この地球――いや、超異層世界集合(オムニバース)でも屈指の『戦争屋』。"ハートマーク"の一員で、ザイサード・ザ・レッドと云う者です」

 「…!」

 ニファーナは『戦争屋』と云う忌むべき単語に衝撃を覚え、思わず足を止める。しかしエノクは構わずに彼女の手を引いて前に進むものだから、ニファーナはつんのめって前に倒れ込みそうになってしまう。

 周辺事情への関心が薄いニファーナであるが、『戦争屋』についてはよく知っている。『現女神』の座にあった頃、プロジェスを脅かす対外勢力の話題の中でチラホラと出てきた名前だ。

 人類の(いさか)いを餌に世界を蹂躙する事で利益を貪る、凶人ども――それが、ニファーナの中における『戦争屋』への評価だ。

 ただし、"ハートマーク"と云う『戦争屋』集団の名は、今回初めて耳にしている。

 「ニファーナ様が驚かれるのも無理はないでしょう。貴女様が『現女神』の座あった時分、我々と『戦争屋』は[(すべから)く敵同士として関わってきましたから。

 しかしながら、それはそのような情勢が続いたというだけの事。彼ら自体は絶対悪であり、人類の敵だと云うワケではありません。

 特に、此度の変革においては、彼らの姿勢と能力は無比の味方です」

 「でも…! あのヒト達が戦争に介入して、状況を引っ掻き回して、犠牲を広げているのは事実だよ…!」

 「確かに、その事は否定しません。

 しかしその事態を生んだのは、彼らの存在が直接の要因ではありません。

 彼らの存在を望む者達の思惑が在ってこそ、です。

 何せ彼らは、料理に用いる包丁のように、戦争を確実に進めるための道具なのですから」

 「分かった、分かったよ! 『戦争屋』は悪じゃないって事は、分かったよ!

 でも、"戦争"そのものは悪でしょう!? 他人の権利を力で蹂躙して、ねじ伏せて、時には有無を言わせず命すら奪う!

 いくらプロジェスの現状に不満が有るからって、そんな悲惨な"戦争"を変革の手段にするのは、可怪しいよ!」

 「果たして、"戦争"はそれほど悪いものでしょうか?」

 エノクの台詞は相変わらず淡々としていたが、ニファーナはこめかみを思い切り殴りつけられたような衝撃を覚える。

 ニファーナは自身のことを散々な出来損ないだと考えている。そんな自分ですから理解できる初歩的な倫理を、プロジェスの発展に貢献し続けてきた偉人が何故に疑問符を付けるのか。全く理解が出来ない!

 対するエノクは、振り向かずともニファーナの衝撃を理解したようで、彼女を諭す反論を口にする。

 「もしも戦争が悪ならば、ニファーナ様も感激なされた善きフリージアの方々も皆、悪となります」

 一体どういう理由から、そんな意見が出るのか。理解できずに眉をひそめるニファーナに、エノクは言葉を続ける。

 「彼女らがこの都市国家(まち)で行った演奏会。その功績の陰には、『戦争屋』が居るのですよ」

 「…! 嘘…!」

 ニファーナが目を見開く。エノクは失笑もせず、やはり淡々と言葉を続ける。

 「ニファーナ様、貴女の"戦争"に対する見識は余りに狭い。

 確かに、"戦争"は国家を始めとする大規模な組織間で行われる殺傷行為を意味する。しかしそれは、狭義の解釈に過ぎません。

 何らかの障害に対して戦い、争うこと。それこそが"戦争"の原義です。

 その障害の対象が国家であろうと、社会であろうと、市場であろうと構わないのです。

 そして善きフリージアにとっての障害は、困窮と疲弊です。自らが届けたい意志を阻むそれらの精神的な障害を取り除くために、彼女らは『戦争屋』を用い、人心を和ませるための状況を作り出したのです。あの会場も、会場に満ちる和やかな雰囲気も、『戦争屋』のコーディネートがあってこその実現だったのです」

 「そんな事、誰に…!」

 「直接聞きましたよ、善きフリージアの皆様に」

 エノクは即答し、ニファーナの否定の言葉を塞ぐ。

 「ザイサードと知り合ったのは、善きフリージアを支えた偉大なる『戦争屋』からの紹介です。同じく"ハートマーク"に属し、実績が確かで、我々の目的実現を叶える最高の手段となりえる者。それが、彼と云うワケです」

 ニファーナはエノクの言葉に不満を抱き――その中身がどんなものなのか、当人すらよく知り得なかったが――とにかく拒絶しようと息を吸い込んだが。その意気込みが言葉になるよりも早く、エノクが不意に歩みを止めたかと思うと、ようやくニファーナの方へ振り向く。

 「着きました。

 貴女様が再び『現女神』の座を得るための間――再臨の間とでも申しましょうか」

 そう語りながら軽く開いた右手で通路の壁を示す、エノク。手の先にあるのは、壁と同じく酷い錆びが広がる、金属製の扉だ。神々しさなど微塵も感じられない、薄汚い開き扉である。

 ニファーナが何か反応を示すより早く、エノクはサッとドアノブを握って回す。ギギィ、と耳障りな音を立てて扉が開くと――途端に、扉の隙間から猛烈な異臭がムワリと噴き出す。

 「う…っ!」

 ニファーナは思わず手のひらで鼻と口を覆う。胃袋が暴れるような、鼻孔をブチ壊すような、不健全な熱を帯びたような粘ついた悪臭。

 やはり、神々しさなど感じられない。むしろ、その真逆――罪人が煮られる地獄の池から立ち上る臭気を連想させる。

 ニファーナの反応など意に介さず、エノクはそのまま扉を開く。部屋の中は照明が無く、真闇に包まれている。回廊から差し込む薄暗い照明だけが心許ない一条の光線となって室内に入り込んでいるだけだ。

 その光は、キラキラと輝きながら宙を舞う埃と共に、何やら不格好な立体の姿をチラリと真闇の中に浮かび上がらせる。

 「さぁ、こちらの中へ」

 エノクは(うやうや)しい態度で礼をしながらニファーナを中へと誘う。ニファーナは露骨に顔を不快感に歪めながら、開いた入り口へと恐る恐る足を運ぶ。

 室内では、回廊にさえ濃密に漏れていた異臭が、更に濃度を増して充満している。ニファーナの胃袋はいよいよ暴れ狂い、酸っぱいものが食道にこみ上げてくる。酷い刺激が涙腺をツンと刺激し、思わず涙がボロリと滲み零れる。

 (一体…何なの!? 何が在るの、この場所に…!)

 その疑問の答えは――一瞬の後、真闇から一転して室内に満ち満ちる煌々たる輝きの元に露わになる。

 

 そして、それを目にしたニファーナは…絶句する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 真闇をひっくり返したような眩しい輝きは、天井のみならず壁一覧にも設置された光源によるものだ。単なる電灯ではなく、光霊系の魔術による照明らしい。その証拠に、太陽を直接覗くような(まばゆ)さだと云うのに、明順応による網膜の負荷を殆ど感じない。輝きに眼球が痛むことも無ければ、反射的に瞼が降りてくることもない。

 …だが、それらの生態反応が起きた方が、ニファーナにとって幸いであったろう。

 何の覚悟もなく、室内を埋め尽くす"地獄"の光景を、網膜に()き付けねばならなくなったのだから。

 

 「ひぃ…っ!」

 ニファーナは息を飲み、涙腺から流れる涙を更に大粒にしながら、悲鳴を上げる。

 照明の元に晒されたのは、(うずたか)く積もり上がった、赤一色。それは夕日のような鮮やかで感動的な赤ではなく…凄惨な傷跡から流れ出し、濁り固まった黒々とした赤である。`

 その赤の正体は…結論から云えば、"血"と"肉"の色だ。

 真闇の中でもチラリと見えた、室内を満たす不格好な立体の正体。それは、"器械"だ。と言え、電力や魔力を源として工業的作業を生み出す"機械(マシーン)"ではない。そもそもこの代物は、電力や魔力を必要とするものではない。

 ハンドルやら紐など、手動を要する部位が幾つも見える。何と云うか…幼児の玩具を連結して巨大化した代物に見える。

 いや…そこにもう一つ、"凶悪化"という言葉を添えるべきだろう。

 この器械には、不穏な部品が多数見受けられる…いや、不穏な部品しかない、と評価しても過言ではない。

 トゲの着いた車輪やキャタピラ。火を吹く巨大な釜。険悪な凸凹(でこぼこ)が着いた鋳型のような部品。

 それらの全てに付着しているのは…酷く痛めつけられた、人体だ。皮膚を剥がされ、臓物(はらわた)をデロリと露出し、ポタリポタリと粘つく血液をワインのように滴らせる、無惨な体躯達。

 つまりこの器械は、巨大な拷問器具だ。

 ニファーナの衝撃を促進させたのは、この器械に取り込まれて傷ついた者達が皆(ことごと)く、存命であるということだ。虫の息であろうと、その胸は小さく上下し、四肢の先端はピクピクと動いている。だが、喘ぎの声すら聞こえないのは、その舌に大きな十字の傷がある為のようだ。この傷が発声の邪魔をしているらしい。

 この残酷に過ぎる光景に、ニファーナの胸中に様々な衝撃の感情が走り抜ける。困惑、嫌悪、恐怖、悲哀…それらがグルグルと混ざり合い、最終的に行き着いた感情は…憤怒である。

 ニファーナは眉を怒らせ、涙が溢れるままの眼でエノクを睨みつけると、火を吐く声をぶつける。

 「何なの、これ!? どういう事なの!?

 何してるの、早く手当してあげてよっ! こんな酷い事、どうして平気な顔してやれるのっ!」

 エノクはニファーナに評された通り、凍り付くような冷淡な表情で、淡々と答える。

 「貴女様に神の座を与える装置です。

 再び神に至るための信心を集結させ、賦与するためにザイサードが設計構築した逸品です」

 「信心…!? こんなもので、どうやって信心なんて集められるのっ!

 痛めつけるだけの器械で集められるものなんて、恨みでしかないじゃないっ! 信仰なんかじゃないよッ!」

 「その通りです」

 エノクはあっさりと肯定する。その反応にニファーナが絶句するよりも早く、エノクは言葉を継ぐ。

 「そして、それで何の問題もありません。

 所詮、信仰と怨恨は色が違うだけで、同一のベクトルです」

 そんな馬鹿な! ニファーナは大声を上げて否定したくて仕方ない。一方は敬う心であり、もう一方は憎む心だ。それが同一であるなど、一般的な感覚で捉えれば、相反する全く別の概念としか思えない!

 そんなニファーナの胸中を察したように、エノクは一般を超越した(ことわり)を口にする。

 「信仰も怨恨も、一なる対象への強い感情の投射です。心を注ぐことに代わりは在りません。

 また、怨恨は長期的に鑑みれば、信仰と同一になります。

 怨恨は最初、爆発的な拒絶反応であり、信仰とは色彩が全く異なります。故に、常人はそれを同一のものであると認識できません。

 しかし、爆発的な反応は永続しません。爆発的である期間内に状況を打開できなければ、心的エネルギーは減衰し、萎んでしまう。すると、拒絶への意志は衰弱し、代わりに諦観としての畏怖が芽生えます。丁度、暴動を苛烈に鎮圧され続けた市民達が、最終的に暴政に甘んじ、暴君に忠誠を誓うように。

 その境地に達してしまえば、課程がどうであろうと、信仰も怨恨も、"対象を自身の上に戴く"と云う点で等しいのです」

 ニファーナは、エノクの理屈を理解できない。彼女は理論的な思考の持ち主ではなく、直感に頼る落第生なのだから。だが、エノクの理屈が不愉快だと云うことだけは、心に深く刻まれる。

 「エノクさんの解説は正しいんだと思うよ、エノクさんは私と違って優秀なヒトだもん!

 でも、正しいとか間違ってるとか、そういう問題じゃないよ! こんなに沢山のヒトを…その…痛めつけてさ、何とも思わないワケ!?」

 「神の再臨に比べれば、賤民の苦悶など些事です」

 エノクは再びキッパリと言い切る。ニファーナはパクパクと口を動かして、エノクの冷酷な言葉を如何にしてねじ伏せるかと思案する…が。

 ニファーナの思考に幸いにして妙案が浮かぶよりも断然早く、エノクはニファーナの腕を掴み上げる。

 「痛…ッ!」

 ニファーナが声を上げるも、エノクは回廊を歩いてきた時と同様、彼女に見向きもせずに、(おぞ)ましい室内の奥へと彼女を引っ張り誘う。

 「止めてよ、止めてってば!」

 ニファーナがジタバタと手足を動かして抵抗しても、エノクの歩みの枷にはならない。プロジェスの繁栄の為に戦い続けてきた男の身体能力に、今や自堕落な落第生に過ぎない少女の体力が敵うワケがない。

 引きずられながら、少女は進むごとに密になる地獄の光景を網膜に灼き付ける事になり、ますます視界が涙で滲む。

 虫の息になった、凄惨な人々の暗澹たる表情がニファーナに向けられ、嘆願とも憤怒とも付かぬ激情を注がれる。その衝撃に、ニファーナの思考は猛獣の牙に食いちぎられたように蝕まれてゆく。

 

 やがて2人が達したのは…この広い室内の中央よりやや奥に位置する、小高くなった"台座"の上。

 血反吐で汚れた赤黒い台座の階段の上に、円形の床が室内を睥睨できるように設置されている。その床の中央に設置されているのは…地獄の様極まれり、と云った感のある、あまりにも惨たらしい玉座。

 それは、複数の壊滅的にひしゃげた人体を組み合わせて作った、残酷なる座席だ。苛まれ続けた苦悶によってゲッソリと()けた東部や、黒々として見えるほどの真紅を露出した骨や臓物が、奇っ怪なオブジェのように組み合わさっている。勿論、その1人1人が致命的な状態でありながらも、ヒィッヒィッとか細い呼吸音を上げて、なけなしの生にしがみついている。

 この異形の玉座には、ポタリ、ポタリと粘っこい糸を引く滴が一定にリズムを刻んで零れ落ちている。この滴の出元を辿って視線を上げれば、そこにはやはり赤色を呈する、十字架が天井から吊り下がっている。

 勿論、この十字架も人体によって生成されたものだ。他と少し(おもむき)が異なるのは、器械のような芯を中心にしてまとわりついているのではなく、煮凝(にこご)りのように血肉が癒合して生成されている点である。ゼラチン質を思わせる表面からは骨がアクセントのように飛び出し、その先端から赤の滴――溶解した肉と血の混じった汚滴が零れ落ちている。

 

 「さぁ、ニファーナ様。

 これが貴女様の新たな神の座です」

 エノクは言葉の響きこそ(うやうや)しいものの、粗暴とも言える動作でニファーナを椅子へと突き放す。

 ニファーナは凄惨な椅子にぶつからぬように、何とか足を踏ん張ってその場に留まると。涙が溢れる眼差しでエノクを射抜きながら、叫ぶ。

 「冗談じゃないよッ!

 こんな…こんな酷いものに、座れるワケないよッ!」

 「いいえ、貴女様は座りますよ」

 エノクはニファーナを椅子に追いつめるように歩み迫りながら、凍ったような無表情のまま両手を肩ほどの高さに上げると。そのまま、パチリ、と指を鳴らす。

 転瞬、部屋中の器械がゴキリゴキリと不気味な音を立てて駆動を始める。拷問が鈍く重い動作で無惨な人体を更に痛めつければ、部屋中に金切り声の絶叫が四方八方から響き渡る。

 余りにも惨い声音に、ニファーナは両耳を塞ぐ。しかし、手越しにも鼓膜を(ろう)する絶叫の怒濤は雪崩れ込み、ニファーナの精神を蝕む。

 …そう、声はニファーナの鼓膜だけでなく、精神――ひいては、魂魄に作用を及ぼし始める。

 彼女の胸中に渦巻く悲哀や憤怒の感情の中に、まるで花火が灯るように、なんだか心躍るような"興奮"が、心臓をドクンと突き動かす。

 (何…!? 何なの…!?

 私…何で、こんなにドキドキするワケ!? 何を興奮してるワケ!? 何で…(よろこ)んでるワケ!?)

 「貴女様を畏怖し称える"聖歌"に、歓喜を覚えているのですよ」

 エノクがニファーナの胸中を見透かしたように答える。

 「その反応こそが、貴女様が再び神の座に付くに相応しい証。

 貴女様は堕落した民草を罰し、導く、より強靱な神格として再臨する」

 ニファーナは拒絶しようと必死に意識を巡らす。だが、どうしても胸の興奮は収まらない。悲哀や憤怒が縮んでゆくのを、つなぎ止められない。

 (やだよ、やだよ、やだよ…!)

 必死の叫びも、胸中から外へと噴出することもない。

 ニファーナは、エノクを見つめる。無機質な表情から、次第に口角が上がり、薄い笑みへと変じてゆく彼の表情を、見つめる。

 (どうしてこんな風になっちゃったの、エノクさん…!)

 その叫びは、エノクの胸にも脳にも届かない。

 

 そして、ニファーナの魂魄は、阿鼻叫喚の色へと塗りつぶされてゆく。

 

 - To Be Continued -

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