星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Under The Serpent Hiss - Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 渚やヴァネッサが、呪詛によって生まれ『士師』"(もど)き"と激闘を繰り広げていた一方で。都市国家プロジェスの状況は、二転三転と変化していた。

 

 最初の状況は、知っての通り、絶望的な窮地である。

 天を覆わん規模の数を有するばかりか、増殖さえしてゆく黒い『天使』達。彼らの感情無き苛烈な襲撃は、一般市民は勿論、戦闘訓練を受けているはずの市軍警察隊員達をも艱難辛苦のどん底に叩き落とした。

 残る星撒部の部員、紫とアリエッタの戦いは非常に過酷なものであった。ただ『天使』の撃滅に集中すれば良い云うものではない。人々に次々に感染してゆく呪詛の解呪や、避難指示、市軍警察隊員を見つけては彼らを鼓舞する…など、とてもではないが手が回らぬほどの多忙を抱えこむようになった。

 (これは…正直、辛いわね…)

 いつも笑みを絶やさないアリエッタも、その表情が思わず苦々しく歪んでしまった程だ。

 

 終わりの見えぬと思われたこの窮地であるが、幸いにして予想だにしなかった事に一転。状況の天秤がプロジェスの秩序側に大きく傾いた事があった。

 "チェルベロ"捜査官、暮禰(くれない)蓮矢率いる"チェルベロ"機動隊の介入である。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「クッソ、数多過ぎンのよ…ッ!」

 ヴァネッサがパバルと交戦を始めた頃。紫はアリエッタと別行動し、黒い『天使』達の軍勢の撃滅にひたすら(いそ)しんでいた。

 紫が主に狙うのは、トカゲ型を初めとする、路上パフォーマー達から生み出された大型で怪物的な姿の『天使』だ。大多数を占める騎士型の『天使』に比べると、定義術式の強度も複雑さも段違いの大きく、その分生体能力・戦闘能力・呪詛汚染能力も極めて高い。

 騎士型ならば、意気消沈したとは云えども、散在する市軍警察の衛戦部の人ならば何とか対応出来ることだろう。ならば、自分が厄介な相手を減らしさえすれば、状況は少しずつでも好転するはず…そう判断しての行動だ。

 茨の道である事は覚悟の上ではあるが…蓄積し続ける疲労の一方で、終わりが見えそうにない『天使』の増殖を目の当たりにすると、愚痴の一つも叩きたくなってくる。

 (こういう時、地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の不良部隊なら! 市民の被害なんてお構いなしに、対呪詛浄化術式で絨毯爆撃するんだろうね! ムッチャ気持ち良さそうよねッ!)

 そんな物騒な事を胸で叫びながら、魔装(イクウィップメント)の能力で作り出した大剣を嵐のように振るい、電光の拳で盛大な閃光の爆発を起こす。胸中の苛立った激情を、そのまま暴力に転化して叩きつけているようだ。

 とは云え、紫は決して無闇な暴力に走っているワケではない。くぐり抜けた幾多の交戦の最中、彼女は敵を斃すだけでなく、しっかりと分析も行っていた。その結果、紫は怪物様の呪詛『天使』達に共通してみられる定義の傾向を把握した。その傾向から逆算し、『天使』達が苦手とする術式を見つけ出すと、初戦に比べれば随分と少ない労力で『天使』を破壊する事が可能となった。

 しかし、ハサミで紙を切るように――とまでは行かないのが実状だ。『天使』達は元となった人物の性質に()るのか、それぞれに性能差がある。中には呪詛と相性の良い性質だったのか、紙どころか岩石のように強固な個体も居る。そんなものを相手にすると、どれほど手慣れて来たと言っても、思わず舌打ちしたくなる程の手間が掛かる。

 ――そしてこの時、紫はそんな厄介な類の『天使』2体に加え、他にも4体の怪物様天使…計6体を同時に相手を勤めていた。

 (ああ、もうッ!

 ホント、面倒面倒面倒ッ!)

 紫は手にした大剣に魔力を込め、刃の術式構造を変化。真紅に燃えて輝く光の刃を作り出すと、周辺を囲む6体へ対してグルリと回転しながら横一文字の斬撃を与える。

 ギィィィンッ、と耳障りな金属的激突音が響いたかと思うと、翼が生えたイノシシに似た『天使』が黒紫色の蒸気と化して消滅する。だが、その隙間を埋めるように、すかさず新たな2体の怪物様『天使』が現れ、デタラメな牙を向いて襲いかかってくる。

 (いい加減、静かにしろってのッ!)

 紫は大剣の柄を握り直すと、(かかと)にギュッと力を込めて、逆方向に回転を始める。この一撃で何体か斃せれば御の字だ…と思った、その矢先。

 (ザン)(ザン)(ザン)(ザン)(ザン)(ザン)(ザン)ッ! 7度の連続する斬撃音が響いたかと思うと、周辺を囲む7体の『天使』達が(ことぼと)く黒紫色の蒸気へと昇華。紫の周囲は、一気に凪の空間へと転じる。

 「…は?」

 何が起きたのか理解できず、勢い余って空しく半回転する紫が、眉を(ひそ)めてキョトンと声を上げると。

 「加勢にしに来たぜ、女子学生!」

 耳に入る、ヘラヘラとした軽薄な物言い。その声音に、紫は聞き覚えがある。

 紫は声の主を脳裏に描くと、安堵の溜息を密かに吐いた後、陰のある笑みを浮かべて毒を吐く。

 「これだけの騒動が起きたってのに、どこにも姿が見えないから、本部に逃げ帰ったものかと思ってたんだけど。

 意外と根性あったのね、捜査官」

 「逃げるかよ! 自分から目をつけた現場だぜ!?」

 苦笑しながら律儀に真面目な回答をするのは、紫の想像通りの人物。"チェルベロ"捜査官の暮禰(くれない)蓮矢である。

 「本部に戻ってたのは本当だがよ、逃げるどころか、戦う為の布石だぜ?

 それで現に、アンタはオレに助けられたワケだろ?」

 そう語る蓮矢の姿は、紫が以前に見た格好とは大分違う。全身を機動隊隊員が着込むような魔化(エンチャント)されたジャケットを着込み、手には一振りの抜き身の刀を持っている。陽光の反射だけでは到底説明できない、目映いほどの純白の輝きを放つ刀身は、強力な術式を作動させて魔術励起光を発している事を物語っている。

 彼の装備一式を見て取った紫は、蓮矢の言う"戦う為の布石"が真実であると(さと)る。すべての装備が対呪詛用に(あつら)えられたものだと、一目で見抜いたからだ。

 (へえ…単独行動を取るような捜査官だから、ある程度の護身能力はあると思ったけど――結構戦えるんだ)

 紫は胸中で感心しながらも、口に出したのは厳しい突っ込みだ。

 「そんな恩着せがましい台詞ヘラヘラ吐いてる暇が在るなら、『天使』の一匹も斃したらどうなの?」

 「勿論、そのつもりさ。

 けどな、そんなに(せわ)しなく構えなくてもいいぜ。何故なら…」

 蓮矢が言葉を続けようとした矢先。怪物様と騎士型の入り交じった呪詛『天使』どもが津波の如く沸き上がり、会話を交わす2人の元へと怒濤の勢いで押し寄せる。

 「言わんこっちゃないッ!」

 紫は唾棄して大剣を構え、迅速に対応しようと一歩踏み出した――直後。

 

 

 (ドウ)ッ! 空気を破砕する轟音が轟いたかと思うと、曇天の空の下に一条の(まばゆ)い純白の輝線が走る。輝線はそのまま、長大な刀身のように空を薙ぎ、押し寄せる呪詛『天使』どもの体を一閃。すると『天使』達の体に綺麗な一直線の分断創が形成され、そこを中心に黒紫色の術式の蒸気がムワリと発生。そのまま一気に昇華してしまう。

 紫は気負いが空回りし、踏み込みの勢いを押し殺しきれずにつんのめって転びそうになる。

 何が起きたのか――その自問の答えは、背後から蓮矢に向けて投げ掛けれられる、生真面目な男の言葉が与えてくれる。

 「捜査官、この一帯は私がクリアします。

 敵を気にする必要はありません、その学生との話を進めてください」

 そう語るのは、紺と黒という昔ながらの機動隊員カラーに染められた機動装甲服(MAS)に身を固めた、一人の人物である。頭をスッカリとヘルメットとマスクで覆っているため、見た目だけでは性別の判断は出来ない。ツルリとしたヘルメットの額と、角張った肩部装甲には、どちらにも三首の犬のマークが張り付いている。"チェルベロ"所属の人員である事を示す証だ。

 この機動装甲歩兵(MASS)こそが、"チェルベロ"の機動部隊隊員である。機動装甲服(MAS)は"チェルベロ"ではオーソドックスにしてカスタマイズしやすい"聖騎士(パラディン)"と呼ばれるタイプのもので、両肩には中長距離攻撃用の砲が一門ずつ装備されている。

 「おう、じゃ任せるわ。

 丁度ミディとも連絡取りたかったしな」

 蓮矢は一緒にプロジェス入りした情報人(ミーマー)の同僚の事を引き合いに出しつつ応じる。すると機動隊員は素早く(うなづ)くと、腰部および脚部に装備された推進機関をふかし、砂埃を上げながら呪詛『天使』の群れへと単身で突入してゆく。

 「…良いの、あれ? 単独行動させるのって、マズいんじゃないの?」

 紫が訊けば、蓮矢はウインクして笑う。

 「近場にゃオレが居るから、"チェルベロ"基準じゃ単独ってことにはならんのさ。

 それに、捜索任務じゃなくて制圧だからな。しかも、こちとら指先一つで呪詛どもをノックダウン出来る戦力を用意して来てる。よっぽどの間抜けじゃなきゃ、怪我すらしねぇさ」

 蓮矢の言葉を"チェルベロ"の上層部が聞けば、間違いなく眉を(ひそ)める事だろう。しかし、戦力に関する言及は至極(もっと)もだ。現時、紫が手間を掛けて斃す『天使』を、斬撃の一閃、砲撃の一発で滅している。

 「腐っても、流石は武闘派公的機関って事ね。状況把握から最善装備の準備、現場介入までの手並みはお見事ねー」

 紫の言葉は一応賛辞であるが、"腐っても"の言葉にも見られるように、やはり毒を含んだものである。そんな軽口を叩けるようになったという事は、紫は"チェルベロ"の存在に少なからず安堵した証である。

 蓮矢は紫の毒に対して苦笑するに留めると、機動隊員がチラリと言及していた"話"を進める。

 「オレらは見ての通り、本気の戦力を投入してプロジェスの混乱の収束、およびテロ行為の犯行グループの制圧に当たってる。

 そこで、アンタら星撒部とも連携が取れれば、尚のことスムーズに事を進められると考えてる。

 ってことで、早速だが、先輩たちを集めてくれないか?」

 「現地の市軍警察戦力を差し置いて、一介の学生グループに協力を仰ぐワケかー」

 紫がそう毒を吐くと、蓮矢は慌ててパタパタと両手を振り、紫の言葉を打ち消す。

 「いやいや、そういうワケじゃない。市軍警察の方にも勿論、協力を取り付けてるさ。

 一緒に現地入りした情報人(ミーマー)の同僚が、中枢行政区の状況クリアがてら、指揮系統回復支援に当たってる。

 オレと違って、()えてる冷静なヤツだからな。もうとっくに、市軍警察の上層部と折り合いつけて――」

 語っている矢先に突如、蓮矢の眼前に平面的なホログラムディスプレイが出現する。通信機器が動作した様子はないので、魔術またはそれに準ずる通信のようだ。

 青緑色がかったディスプレイには、真っ黒ながら時折思い出したように砂嵐のようなノイズが走る光景を背に、一人の女性の上半身が映る。生真面目そうに"チェルベロ"の制服を着込んだ、黒髪三つ編みに凛々しくも大人の魅力に溢れた顔立ちを持つ人物。蓮矢の同僚である情報人(ミーマー)の捜査官、四条ミディだ。

 「蓮矢捜査官」

 ミディは外観をそのまま音声に置き換えたような、お堅い口調で単刀直入に状況報告を始める。

 「こちらは、プロジェス市軍警察の上層部との接触に成功しました。現在、私たちの機動隊と連携をとりながら、混乱している現場の統制を行っているところです。

 そちらは――見たところ、目的の人物と合流出来たようですが?」

 ミディは視線を蓮矢から一度も外さないのにも関わらず、彼女の視界に入らないはずの紫の事を把握し、言及する。これは形而上相に存在の重きを持つ情報人(ミーマー)では当たり前の知覚だ。彼女らにとって、形而下的な物質身体は他の生物とコミュニケーションを取りやすくするための媒体に過ぎない。目・鼻・耳といった一般的な感覚器官は()わば飾りに過ぎず、形而上相にある本体こそが真の感覚器官である。

 「ああ、その通りだ」

 蓮矢は簡潔に(うなず)くと、ミディは言葉を続ける。

 「それでは、当初の予定通り、主犯の逮捕はお願いします。

 私は引き続き、指揮系統と現場志気の回復に勤めます」

 それだけ語ると、ミディは一方的に通信を切断し、ホログラムディスプレイを消滅させる。

 蓮矢は肩を(すく)めると、紫に向き直って口を開く。

 「…ってなワケだ。君らの少数精鋭、しかも地球圏治安監視集団(エグリゴリ)にも匹敵する力を頼んで、今回のテロリズムの主犯逮捕に協力して欲しい。

 相手には、最悪の凶人『戦争屋』、"ハートマーク"も絡んでると思われる。頼んでおいて虫の良い言葉だが、十分気をつけた上で、事に当たって欲しい」

 「げっ、"ハートマーク"かぁ…」

 紫は舌をベロリを出しそうな程に嫌な顔を作り、頬を引きつらせる。紫を含めて星撒部の者達は――入部して日が浅いノーラを除いて――"チェルベロ"も警戒する最凶の『戦争屋』"ハートマーク"の存在は知っている。

 知っているどころか、部員の中には"ハートマーク"と直接関わりを持った――それが良きにせよ悪きにせよ――者も居る。

 紫は関わりを持った事はないが、話を聞いた限りでさえ、彼らの厄介さを痛感している。

 「なるほどね。道理で『女神戦争』集結直後の疲弊しているはずの都市国家で、ここまで盛大な呪詛騒ぎが起こるワケだわ。すんごい納得!

 ヤツらが関与してるってのなら、ヘラヘラしてられないわね。直ぐに先輩達に連絡入れるわ。…尤も、交戦中の可能性が高いから、直ぐに返事がもらえるとは限らないけどね」

 「流石はユーテリアの"英雄の卵"、理解が早くて助かるぜ!」

 蓮矢が賞賛を送っている最中にも、紫はナビットを取り出すと、早速通信を始める。

 

 紫は3人の先輩に対して一斉に通信を申し込んだが。この頃、『士師』"(もど)き"と激戦を繰り広げている渚とヴァネッサは通信を気に留めることなど無く、連絡は返ってこなかった。

 一方、アリエッタは3コールもしない内に3Dディスプレイで顔を見せる。彼女も『天使』と交戦を繰り広げていた身の上、いつもはふんわりとした穏やかな雰囲気ながらキッチリ整えている身なりも、埃にまみれて汚れ乱れている。しかし、その顔には普段通りのニコニコとした柔和な笑顔だ。

 「アリエッタ先輩、今大丈夫ですか?」

 「ええ。"チェルベロ"の方々のお陰で一区切り着いたところだったの。何の用かしら?」

 「あっ、もうそっちにも"チェルベロ"の機動隊が行ってるんですね。意外と手回し良いんですね、"チェルベロ"って」

 「当たり前だろ。こんな危急の時にノロノロしてられっかよ」

 紫の毒にすかさず蓮矢が反応してボソリと漏らすが、紫は無視して話を続ける。

 「こっち、あの蓮矢捜査官が来て居るんです。それで、今回の事態の犯人を逮捕したいから、私たち学生に手を貸して欲しいって依頼されました。

 そのミーティングをしたいようなので、こちらに来てもらえませんか?」

 「ええ、構わないわよ。

 こっちは"チェルベロ"と市軍警察の方に任せて大丈夫そうだし。

 すぐにそっちに向かうわね」

 そうアリエッタが語った、その直後。ナビットのスピーカー越しに、(やかま)しい男の声が介入する。

 「(あね)さん、何処かに行くんですか!? オレも絶対に着いて行きますよ! ここまで来て置いてけぼりなんてされたら、ガン泣きしますよ、オレ!」

 その声は、紫にも聞き覚えがある。ただ、声の主がどんな顔をしていたのか、どうにも思い出せず、眉をしかめる。

 そこへ、蓮矢がズイッと紫の隣に顔を並べると、男に声をかける。

 「おっ、ウォルフ君じゃねーか!

 お前みたいな調子だけは良い野郎が、よく生き残ってたな!」

 そう、声の主は蓮矢と共に奇病騒ぎの調査に回っていたプロジェスの若手治安部警官のウォルフ・ガルデンである。その名を耳にして、紫も"そう言えば、そんなヤツも居たっけ"と思い出して納得する。

 ウォルフは体育会系部活の後輩部員のように、やたらとハキハキした言葉遣いで語る。

 「はい、姐さんのお陰でなんとか!

 いや、スゲェやばかったんですよ ! 頭が割れそうに痛くなって、意識がグニャグニャに歪んで、ブッ倒れるかと思ったんですけどね!

 姐さんの素晴らしい剣舞のお陰で、この通り! ピンピンしてますよ!」

 アリエッタの背後に顔を出したウォルフは、二の腕の力瘤を作って見せつけながら語る。…とは云え、その力瘤は衛戦部の隊員が見たら鼻で笑われる程度のものである。

 一方、アリエッタはウォルフの言動に対して困った苦笑を作る。

 「ウォルフさん、私より年上なのに、"姐さん"なんて言うものだから…恥ずかしいような、窮屈なような感じがして。止めて欲しいんだけど…」

 紫に向けての言葉だったが、ウォルフは素早く反応して反論する。

 「年の上下なんて関係ないですッ! 尊敬すべき者は丁重に敬え、というのが我が家の教えですから!」

 アリエッタは言い聞かせても時間の無駄だと悟り切って、小さく肩を(すく)めてみせる。

 

 ともあれ、アリエッタは通信の後、直ぐに移動を開始。10分程して、息を切らして滝のように汗を流すウォルフを伴ったアリエッタが、小走りで姿を現した。

 アリエッタ単身ならば、もっと速く移動も出来たであろうが。ウォルフの歩調に合わせたのが目に見える。

 そんなゆっくりした行動が仇にならなかったのは、プロジェスの状況が大分落ち着いている証であると言えよう。

 ――実際、この時のプロジェスは平穏のピークを迎えていた。丁度この頃、ヴァネッサは『吟遊の士師』パバルを打破し、『天使』の生成能力を大きく奪っても居た。

 「そろそろ、副部長とヴァネッサ先輩にもう一度連絡を取ってるわ」

 アリエッタが間近に来るのを待たずに、紫はナビットの操作を始める。

 

 その動作が引き金になったとでも言うように――プロジェスの状況の天秤は、再び混沌側に大きく傾くこととなる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「…!?」

 プロジェスの一画にて。"チェルベロ"機動隊員が機動装甲服(MAS)の計器の反応に対して、眉をしかめる。

 「どうかしたのか?」

 二人一組(ツーマンセル)を組む別の隊員が、その様子を察して問いかける。

 「っこっちの形而上相のレーダーに、妙な存在定義が引っかかって来た。

 呪詛らしいんだが…今までのものと、パターンがかなり違う」

 「新手ってことか? 厄介だな…」

 機動隊員2人組は、揃って顔に苦渋の色を張り付ける。彼らの装備している機動装甲服(MAS)は、ある程度機能に柔軟性を持たせてはいるものの、基本的には蓮矢とミディが収集・解析してたロジェスの現状に合わせてカスタマイズされている。その範疇を大きく外れるような事象に直面した場合、最悪、カスタマイズが仇となって状況の打開が困難になることさえある。

 「ミディ捜査官なら把握済みかも既に知れんが、一応連絡入れておく」

 "チェルベロ"隊員の対応は、迅速且つ素直だ。本部に連絡しておけば、装備班による素早い換装が期待できる。

 「分かった、任せ――」

 隊員の一人の言葉の途中。彼の言葉をかき消して響く、鼓膜を聾する大音声。

 グワアアアァァァッ! その叫びは、これまで闘ってきた呪詛の発する濁声とは全く異なる。大樹を根こそぎ引っこ抜いて倒すような、強烈にしてある種の爽快感すら感じさせる、"咆哮"――そう、巨大な生物が大口を開いて発する絶叫そのものだ。

 "連絡する"と言っていた隊員も、この突然の絶叫の音圧に思考を吹き飛ばされ、忘我のままに目を見開き、立ち尽くしたまま声のした方へと視線を投じる。

 

 地上6、7階建ての背の低い摩天楼の間から、"そいつ"はヌルリと滑り出るようにして姿を現す。

 その体表の色彩は、2人が撃滅してきた呪詛『天使』どもと同様、漆黒である。少々違うのは、その表面が曇天の陽光を(わず)かに反射する金属光沢を呈するということだ。

 また、形態もこれまでの呪詛『天使』どもと明確な相違がある。これまでの『天使』と来たら、悪夢に出てくる異様な怪物じみた姿をしていた。しかし"そいつ"は、生物として非常に整った姿をしている。

 即ち――爛々と輝く双眸に、太い剣山を思わす密集した牙が生えた大口。太く長い首に続くのは、筋骨隆々とした3対の脚を持つ巨大な胴体。そして、背中には天空を覆わんばかりのコウモリに似た翼が存在する。鈍い金属光沢を呈する体表は見るからに堅固な巨大な鱗が重なり合ったものだ。そして、臀部には鞭と形容するには太すぎる、しかししなやかに動く長大な尾がある。

 翼に由来する烈風を伴って現れた"そいつ"の全容を視認した隊員2人は、全く同じ感想を胸に抱く――こいつは、"粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)"だ!

 (なんでこんな都市(まち)中に、こんな魔法体質生物が出てくる!?)

 地球圏治安監視集団(エグリゴリ)や市軍警察を初めとする公的組織が尽力して、居住地域から徹底的に遠ざけているはずの怪物どもが、何故この混乱に介入してきたのか!? 疑問符が頭上に浮かぶものの、隊員2人は直ぐに気持ちを切り替える。

 「新手と思われる個体を確認! 映像を送信する! 解析および換装の準備を求む!」

 連絡を買って出ていた隊員が機動装甲服(MAS)の計器のデータと共に粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)の姿を送信する。一方でもう一人の隊員は、この怪物をせめて足止めするためにも、推進機関をフル稼働させて烈風の勢いで接近する。

 粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)は、そんな"チェルベロ"機動隊の姿など目にもくれない。漆黒の中で不気味な黄色に輝く双眸で区画の奥へと視線を投じ、大きく羽ばたいて加速しては、一直線に進んでゆく。

 (マズいな!)

 迎撃というよりも追撃に泣ってしまった隊員は、機動装甲服(MAS)のマスクの舌で歯噛みする。

 漆黒の粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)の向かう先には、更に幾つかの中型のビルディングが建ち並んでいる。そこを抜けると、比較的大きな公園が広がっており、隊員達は市軍警察と協力して対呪詛用の結界を作って避難拠点にしていたのだ。

 万が一、結界がさほど役に立たなかったら…折角状況に収拾を付けたと言うのに、再び犠牲と混乱が生じてしまう。

 (クソッ、追いつけェッ!)

 隊員は推進機関を限界まで稼働させ、風の中を滑るように飛翔する粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)を追う。

 粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)が翼を畳んで魚雷のような形態となり、建築物の間に突入した頃。事態を嗅ぎ付けたプロジェス市軍警察の衛戦部が姿を現し、手にした魔化(エンチャンテッド)重火器から眩い魔力励起光を放つ弾丸による一斉掃射を行う。

 雨霰と注ぐ魔化された弾丸の雨だが――粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)は全く怯まない。それどころか、鱗に(さわ)る衝撃に憤ったのか、グワァッ、と牙を剥き出して威嚇の声を張り上げると。叫ぶままに牙の輝く大口を開き、市軍警察隊員へと突っ込んでゆく。

 ボキン、バキン――骨や肉が暴力的にひしゃげる音が鈍く響いたのは、ほんの一瞬の後だ。突進した粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)は、開いた大口で衛戦部隊員達を一気に(かじ)り咥える。魔化(エンチャント)されたジャケット等を着込んでいるとは言え、機動装甲服(MAS)のような耐久性を持たない装備は、竜の顎が作り出す絶大な力に耐え切れなかったのだ。彼らは悲痛な絶叫を上げて、竜の顎から飛び出した上半身やら下半身やらをバタつかせてもがく。

 (まだだ、まだチャンスは在るはずだ!)

 衛戦部の者達が齧られようとも、追撃に向かう機動隊隊員は決して救出を諦めない。今の状態で竜を(たお)しさえすれば、彼らの命が失われることはないはずだと信じて――。

 機動隊隊員は推進機関をジェットエンジン波にふかし、大きく跳躍。空中から竜の頸を狙おうとする。…が、竜はそんな隊員の動きを覚ってのことか、急激に頸を天に向けて回して方向転換。爆発的な烈風を巻き起こす羽ばたきを残して急上昇してゆく。

 ヒトを喰らう、または殺害するのが目的ならば、更に奥へと進んで避難民達を狙うはず。何故、ここで上昇という行動を取るのか、機動隊隊員には理解できない。

 竜の上昇は、空を覆う曇天に届くかと思われる程の高度まで至る。機動隊隊員は着込んだ機動装甲服(MAS)の性能では追いつけず、舌打ちして地上に降下するしかない。

 (換装の際には、飛行用装備も必須だな…チクショウッ!)

 隊員は胸糞悪い劇場で胸腔を満たしながら、竜の上昇を痛恨の思いで見届けていると――。

 (ドン)ッ! 響く爆音と、曇天の真下に水に溶いた墨汁のように広がる漆黒の爆裂。

 機動隊隊員は、マスクの下で思わずあんぐりと口を開く。予想だにしないことに…突然、竜が自爆したのだ。

 (一体、何だってんだ…?)

 天空で広がりゆく漆黒の爆煙を、呆然と見守っていると――(にわか)に、機動装甲服(MAS)のセンサーが(やかま)しく警告ブザーを鳴らす。

 モニターを兼ねるゴーグルが、警告の内容をメッセージ表示する。そこに書かれた文字は、"精神汚染警告"の文字。

 転瞬、機動隊隊員の思考にゾクリと、まるで冷や水を頭の中に直接注ぎ込まれたように、怯懦に似た衝撃が走る。神経が極度に緊張し、筋肉は岩と化したようにガッチリと硬直する。

 極端な恐怖反応だ。

 そんな隊員の微動だにせぬ視界の中では、漆黒の爆煙が散開しながら或る形状へと変じてゆく。左右と下方に長く尾を引きながら大きく広がる形は、鳥――いや、幅広く展開する下方を鑑みるに、尾翼というよりもスカートのようだ。とするとこの形は…黒い天使のそれだ。

 (これも、呪詛なのかよ…)

 理性は叫ぶものの、硬直した本能は隊員の肉体を指一本たりとも動かないし、ましてや連絡中の仲間に通信を行うことすら出来ない。

 訓練を受けているはずの自分ですらこの有様なのだ。何ら抵抗力を持たぬ避難民達への影響は計り知れないぞ…と、ジットリと冷や汗を掻きながら思考していた、その時。

 グイッと肩を引っ張られると同時に、暗黒の怯懦に塗り潰されていた思考にミントのような爽やかな感覚が差し込む。途端に隊員は、ハッ、と痙攣するように一呼吸して我に返る。

 振り向いて肩を引っ張ってくれた者を見れば、連絡の任に当たっていた相棒だ。

 「大丈夫か!? 反応出来るか!?」

 「あ、ああ。助かった。

 あの爆発、強烈な呪詛を放つらしい。呪詛耐性を強化しているはずの"パラディン"の防御をアッサリと突破しやがった…!

 お前、この短時間でよく抗体術式(ワクチン)を作り出せたな」

 「俺じゃない。四条捜査官から供給されたものを使っただけだ。

 ただ、完全な術式とはいかないらしい。爆発の直視は極力避けろ、との指示だ」

 相棒の話を鑑みて、隊員は直ぐに[r[b:都市国家>プロジェス]]の危機的な現状を(さと)る。

 「四条捜査官がわざわざ抗体術式(ワクチン)を作ったってことは、あの粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)の出現は此処だけに限らないってことか」

 「その通りだ。現在、あちこちで目撃と応戦の報告が入っているそうだ」

 相棒は尚も掴んだ情報を口にしようとするが、不意に口を(つぐ)むと舌打ちする。

 先に自爆した粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)が出現した方角から、多数の呪詛反応を検知したからだ。

 「来るぞ! 応戦だ!」

 「了解だ! 今度はそうそうやられて――」

 推進機関をフル稼働さえ、鋼鉄の疾風と化して迎撃に向かう2人。その烈火の如き戦意は、不幸にも数瞬の後に、忘我の驚愕にまんまと塗り潰されしまう。

 何せ、中型のビルディングの合間から出来たのは――先の個体よりもずっと小型ながら、両手の指の数ではとても足りないほどの数量を誇る粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)達がわんさかと現れたからだ。

 これらの竜も、先に自爆した個体と同様、爛々と輝く眼を除けば陽光を吸い込む漆黒一色だ。その禍々(まがまが)しさは、正に魂魄を喰らい呪いをタップリと蓄えた怪物の姿だ。

 「チックショウ、やるっきゃねぇだろうがッ!」

 機動隊隊員は一瞬の忘我の後、自棄(やけ)にも聞こえる叫びを上げて、竜の群に突撃する。

 竜は巧みに翼を操り、同士討ちしないよう絶妙の距離感を保つと、大口を開いて咽喉(のど)の奥より真紅の火炎を吹き出す。

 四方八方から迫り来る業火であるが、覚悟を決めた機動隊隊員を怯まない。機動装甲服(MAS)に付与された防御術式を起動しながら、極力炎の直撃を避けて潜り込みつつ、手近な一体に肉薄する。

 (さっきのお返しだッ!)

 隊員は腕部装甲に折り畳まれていた聖化された過電粒子の刃を持つブレードを展開。鱗が比較的少ない腹部へ、横薙ぎの一閃を浴びせる。

 (ザン)――重量感のある肉塊を切断した鈍い感触が、隊員の腕を伝わる。その感触に裏切らず、竜の腹部はパックリと大きく割れ、体内を露わにする。

 その傷口を見た隊員は、困惑に眉をしかめる。何せ、竜の体内は体表と同じ漆黒一色に塗り潰されていて、臓器や骨格と云った器官が全く見当たらないのだ。体液の噴出すら、見られない。

 (何なんだ、こいつは…!?)

 疑問符を頭上に浮かべたと同時に。竜の肉体が、まるで息を吹かけられた蝋燭の炎が渦巻いて消えるような有様で、黒紫色の術式の煙となって消滅する。だが、何も残らないワケではない。煙がスッカリ消えた後には、1つの物体が姿を現す。

 地味な灰色をした金属の表面を持つ、細長い棒状の物体。後部には十字状に尾翼を持ち、さらに後部には火霊術式によるジェット噴射が見て取れる。そして、丸みを帯びた全部には、隊員がブレードによって付けた真っ直ぐな(きず)が見て取れる。

 その物体の正体は――信管部が破壊された、ミサイルだ。

 「なっ!!」

 隊員は驚愕と共に防御術式を展開、結界を形成する。同時に――ミサイルは派手な轟音と閃光を振り撒き、暴風と凶悪な破片をバラ撒いて爆発する。

 「ッがぁッ!」

 隊員の結界術式は不完全のまま、爆発に飲み込まれる。隊員の体は蹴られた小石のように吹き飛び、何度ももんどり打って大地を転がる。

 「大丈夫か!」

 相棒が通信で無事を確認するものの、彼は支援に駆けつけてはくれない――いや、駆けつける余裕が()せてしまったのだ。

 

 何故ならば――この修羅場には竜に引き続いて、新たな"敵"が姿を現したからだ。

 

 初め、"そいつら"は竜の翼の羽ばたきと巻き起こる烈風が入り混じって見えた現象だと思い込んだ。

 野太い筆で豪快な絵文字を描くような、掠れを交えた黒々とした線が、滑る疾風のように大地を幾つも駆けるのだ。

 (新手の呪詛現象か!?)

 機動隊隊員は正体を解析すべく、ゴーグル越しに計器をフル稼働させた…その直後。突然、ゴーグル越しの視界が漆黒に閉ざされる。

 (!?)

 駆け抜ける漆黒の烈風の一陣が、隊員に激突する――と思った矢先、烈風は突如として停止。そして、爛々と輝く鋭い眼差しでこちらを射抜いてくる。

 ――そう、"そいつら"は風のような無機物ではない。そして、黒い『天使』のようなルーチンに沿って動く疑似魂魄存在でもない。双眸に燃えるような確固たる意志を宿した、れっきとした生物――ヒトだ。

 体格は隊員と同程度。着込んだ漆黒の鎧は機動装甲服(MAS)と違い機械構造を持たぬ古風な物で、禍々しいトゲに覆われている。顔はノッペリとしたフルフェイスで覆われ、眼に当たる部分だけに横一文字の細長い穴が開き、憎み怒れる双眸を覗かせている。

 (まさか、『士師』"(もど)き"を量産してるのか!?)

 隊員は中枢区で指揮をとる四条ミディに通信を取りたい気持ちに逸りながらも、腕部装甲から聖化荷電粒子のブレードを展開。まずは眼前の敵を打ち払うべく、横一文字に切りつける。

 転瞬――眼前の漆黒が、(かす)れて消える。まるで墨の塊を水に溶いたかのように、薄い黒色の残像を残して姿を消してしまったのだ。ブレードは虚しく空を切り裂くのみとなる。

 (何処だ!?)

 右へ首を巡らせた直後、隊員の全身から冷や汗が噴き出す。消えた"そいつ"が、そこに居る。もう十数センチも進めば密着、という距離にまで迫っている。

 隊員はブレードをもう一度と振るわんと逸り立ったが、行動は伴わなかった。"そいつ"の迅速な反撃を見に受けて、吹き飛んだからだ。

 "そいつ"はトゲの着いた漆黒の鉄甲で覆われた拳で裏拳を放ち、隊員の顔面を真正面から叩く。隊員の頭部はフルフェイスで守られているものの、"そいつ"の拳撃は魔化(エンチャント)をやすやすと潜り抜けて、高速射出した釘のような衝撃を隊員にブチ込む。隊員の頸はゴキリ、と骨の悲鳴を上げて、グリンと天を向く。そのまま全身が浮き上がると、砲弾のような勢いで吹き飛ぶ。

 一度目の盛大なバウンドをする頃には、隊員の意識は寸断され、指一本動かぬ状態となっている。

 残るは、爆発を間近に受けた隊員だが。彼は既に複数の漆黒の烈風――いや、鎧を着込んだ『士師』"擬き"に周囲を囲まれている。先の衝撃が抜けきっていない隊員は十分な抵抗を行う気力を失い、諸手を挙げて降参の意を示す。

 だが、『士師』"擬き"達は容赦しない。墨で描いた烈風のような拳撃を隊員の腹部に叩き込み、その意識を寸断させる。

 ――()くして、平穏を取り戻していたはずの都市国家(プロジェス)の一画は、再び呪詛の魔手によって蹂躙を開始される。

 

 先に四条ミディ捜査官が抗体術式(ワクチン)を供給した際に言及した通り、この危急の事態は此処一画のみ問題だけではない。

 見る間にプロジェスの天空は黒々とした翼を広げた粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)ども覆われてゆく。

 更に、その背に乗っていたと思わしき漆黒の鎧に身を包んだ『士師』"擬き"どもが、巨大な雹のように墨汁状の軌跡を残しながら次々と降下。『天使』を圧倒し、平穏を取り戻しつつある地上は、再び禍々しい暴力の暗黒の色に染まってゆく。

 プロジェスの天秤は大きく混沌に傾き、阿鼻叫喚の地獄が再燃する。

 

 - To Be Continued -

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