星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

83 / 100
Under The Serpent Hiss - Part 2

 ◆ ◆ ◆

 

 紫・蓮矢・アリエッタ達が集まる区画も、竜と『士師』"(もど)き"の群による苛烈な攻勢に晒されている。

 一際な大きな巨体を持て余す竜――そのサイズは、大型の人員輸送ヘリコプターよりも2回り以上デカい――が、巨体に見合わぬ敏捷さで天空をクルリクルリと旋回する間に、翼の下に控える小型の竜達が地上へと降下。牙のゾロリと並ぶ大口から火炎を吐いて人々に襲いかかる。

 区画に集合した衛戦部の隊員は竜どもへと対応するが、その動きは露骨にしどろもどろしたものだ。

 何せ、竜は打倒した瞬間に、ミサイルやら術式爆弾へと変化し、盛大な自爆を遂げるのだ。迂闊(うかつ)に手出しをすれば、自分だけでなく、周囲の一般避難民にまで被害を出しかねない。

 ――どう対応しろってんだ!? 手にした重火器に近接用の魔化(エンチャンテッド)ブレードを見つめて思案するが、不幸にも彼らの頭に妙案など浮かばない。

 そこで、彼らに救いの手を伸ばしたのは、蓮矢とアリエッタ。両者共に重火器を持たず、刀剣を獲物にする戦士だ。

 彼らは竜と向き合う際に、獲物を一度鞘に納める。そして、牙を剥いたり炎を吐いたりと攻め因る竜を真正面に捉えた状態で、抜刀。(かす)む銀閃が一瞬キラリと輝いたかと思うと、爆発的な衝撃波が発生。それが竜の腹部等にブチ当たると、竜は派手に傷口を破裂させて、きりきり舞いしながら宙に吹き飛び――肉体を黒煙へと昇華させ、ミサイルへと転化し、虚しく宙空での大爆発を起こす。

 この光景を見て感嘆の声を上げるのは、プロジェス市軍警察のウォルフである。彼は特に、"姐さん"と慕うアリエッタの力に見入っている。

 「姐さん! そんな力があるなら、わざわざ踊るなんてまどろっこしい真似しないで、直接叩き斬っちまえば良いじゃないですか!」

 対してアリエッタは、ニッコリした顔を崩さずに、次々と向かってくる竜から顔を背けずに答える。

 「私の刀は、戦うためのものじゃない。魅せるものだもの。どんな相手であろうとも、そのスタンスは貫くのが私のアイデンティティなの」

 「そ、そうッスか…」

 頷きながら、ウォルフは苦笑を浮かべて胸中で呟く。

 (それにしても、そのスタンスを貫いて、この状況下で立ち振るまえるんだもんな…人斬りなんかより、よっぽどの怪物じゃないか…)

 2人に襲いかかるのは、竜だけではない。地に落ちる竜の影の中に潜むようにして、漆黒の軌跡を(なび)かせながら、漆黒の鎧に身を包んだ『士師』"擬き"の軍勢も容赦なく迫り来る。

 『士師』"擬き"の最も厄介な点は、疾風を思わせる高速移動以上に、攻撃がすり抜けてしまう体構造だ。行動時に墨汁の蒸気のように変じる肉体は気体化しているらしく、斬撃も銃弾も突き抜けてしまう。これには各地で戦う"チェルベロ"機動隊もプロジェス衛戦部も頭を抱えている。

 この厄介な防御に対して、蓮矢は広く剣風の衝撃波を振り撒く斬撃で対抗する。全身を蒸気化さえされなければ、体の何処かに衝撃波が当たり、打撃を与えられるはず…その目論見は的を得ている。『士師』"擬き"達は蓮矢の斬撃に吹き飛び、大地や建造物の壁に強かに激突して、呻き声を上げる。

 だが、蓮矢の戦法には弱点がある。派手な動作を実現するために、一度の攻撃における消耗が激しいのだ。

 (くそっ、こんなのが何時までも続いたら、押し込まれる!

 早めに"頭"を押さえ込まねぇと!)

 逸る蓮矢の一方で、アリエッタの『士師』"擬き"対策は非常に静かでシンプルだ。即ち、居合い抜きの要領で抜刀した…かに見えた瞬間、刃の強い煌めきを放った直後、カキィン! と大きな鍔鳴りを響かせて刀を仕舞い込む。斬撃とは程遠い、正に演舞の域の動作だ。

 だが、この動作は『士師』"擬き"の肉体は斬らずとも、その心を斬る。どんなに加速して動き回ろうとも、鍔鳴りを耳にした"擬き"達は呆然とその場に立ち尽くすと、漆黒の鎧が滅多切りにされたかのように分解。黒紫色の煙と化して中空に消滅する。残る"擬き"の本体――今や単なる人間だ――は、支えを失った棒きれのように地面にへたり込み、呆然とする。

 アリエッタにとっては、無機質が変じている竜よりも、殺意であろうと心を宿す『士師』"擬き"の方がアルテリア流剣舞術の威力を存分に発揮出来るのだ。

 ウォルフはそんなアリエッタの行動に対して、勿論激しい尊敬の念を抱いて止まない。

 (姐さんが怪物であろうと無かろうと…この攻撃の理屈が全然理解できねぇ…!

 理解できねぇが、敵を確実に打ち倒しているのは事実なんだよな…!)

 …こうして蓮矢、アリエッタの2人が敵を引き受けていると。プロジェス衛戦部の人員達も負けじと気力を取り戻し、彼ら――特に実行可能そうな蓮矢を真似て、激しい抗戦を行うのであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 一方、紫は激闘する2人の後方、避難民達が集結する巨大な結界の手前の方で、連絡に奮闘している。

 片手にはナビット、もう一方には蓮矢から託された"チェルベロ"の通信端末を持ち、2人の人物の会話を取り持っている。

 1人は四条ミディ捜査官。もう1人は、通信に応じてくれたヴァネッサである。

 ヴァネッサはパバルとの激闘を終えたばかりで、3D映像で描画された彼女の姿は傷と汚れにまみれている。

 「渚からの連絡はないんですの?」

 「通信したんですけど、応答がなかったです。まだ交戦中なのかも」

 「折角こちらで、『士師』を一人拘束しましたのに。渚に情報を掘り返してもらう算段でしたのよ」

 「渚さんの事は置いておいて。

 今はこちらの話を進めましょう。猶予はないのだもの」

 ミディがそんな言葉で割り込むと、キビキビとした口調で語る。

 「公的機関に属する身の上で、学生のあなた方を頼りにするのは情けない限りなのだけれども。蓮矢や風の噂に聞くあなた達の実力を見込んだ上で、是非協力して欲しいわ。

 少数精鋭である利を生かして、今回のテロリズムの首謀者と目される『戦争屋』、ザイサード・ザ・レッドを無力化して欲しいのよ」

 ミディは端末を通して、蓮矢達にも魅せたザイサードの写真を見せる。

 紫は一目で"キモいほど派手ねー"といった毒舌を口にしたくなったのだが。話を進めるために、言葉をグッと飲み込んでミディの話に耳を傾ける。

 「あなた達の副部長、渚さんの能力(ちから)を使えば、人体に全く苦痛を与えずに正確な情報を聞き出せるらしいわね。

 丁度、ヴァネッサさんが『士師』を捕獲したようだから、彼に尋ねてザイサードの居場所を特定して欲しいのよ。

 …手法には人権的問題があるのかも知れないけれど、状況が状況だもの。目を(つぶ)るわ」

 「…そういう事って、天下の"チェルベロ"がやっちゃって良いワケ? 不良捜査官の行為そのものだよ?」

 ミディを心配しているつもり…というよりも、好奇心で尋ねる、紫。するとミディは嘆息を吐いて語る。

 「私は悪い意味でも現実主義者よ。暮禰捜査官とは、そういう点では気が合うわ。

 1人の人権を多少侵害することで、千も万もの人々が救えるなら、迷わずその選択肢を掴むわ。

 それに、今回はテロ行為の現行犯だもの、刑罰の適用という事で十分に正当化可能よ」

 「うっわ、"チェルベロ"ったら、おっかない」

 思わず陰を含んだ笑みを浮かべて毒づく紫だが、ミディは特に反応を返さず、話を続ける。

 「それで、あなた達の副部長さんはまだ取り込み中なのよね?

 まだまだ時間が掛かりそうなら、渚さんより精度は劣るかも知れないけれど、私が動くけれど――」

 そう語った矢先。「その必要はないぞい」と、独特の口調の言葉が割り込む。それはスピーカー越しの言葉ではなく、滑らかな大気の振動として紫の耳に届く。

 声のする方――背後の方だ――に振り向けば、そこに見えるのは街並みの光景の中に開いたファスナーのようにポッカリと開いた穴と、その向こう側に見える極彩色の悪空間。その穴をヒョイとくぐり抜けて出てくる、3つの人影。

 中央に立つのは、勿論、星撒部の副部長にして声の主である立花渚だ。その制服や肉体に付いた傷や汚れが、直前まで激闘を繰り広げていた事を物語っている。それでも彼女のハチミツ色の金髪や澄んだ紺碧の瞳は、一向に濁りを讃えず、爽やかな輝きを放っている。

 彼女の右隣に居る――性格には、渚に引きずられている――のは、全身がダラリと脱力した男。渚と激闘を繰り広げ、手痛い敗北を喫した元『士師』である狼坐(ろうざ)である。

 そして左隣に立ち、キョロキョロと辺りを見回しているのは、巨躯の男子学生。室国(むろくに)灰児(かいじ)である。彼のボロボロ具合は渚と比べて段違いに酷いが、立ち歩ける程には体力が戻っているらしい。

 「予め方術陣によるマーキング無しでの、自由な空間転移かよ…。スゲェもんだな…」

 灰児が感心して、背後で閉じる穴を眺めている最中。紫はまず、花咲いたようにパァッと表情を輝かせて渚に語りかける。

 「立花先輩!

 大丈夫でしたか!? 周りの雑魚学生どもが、足を引っ張りませんでしたか!?」

 「そういう言い方をするでない。

 寧ろ、こやつらはよくやってくれたわい」

 渚は親指で灰児を指し、苦笑する。途端に、紫の笑顔に暗雲が立ちこめ、刃物のように鋭い視線を伴った不機嫌顔が作られる。

 「誰です、そのデカブツ?

 どう見ても、素行の悪い腐れ不良学生なんですけど?」

 「ンだと、コラッ!?

 初対面の人間に対して、随分な語りようだな!? ユーテリアって学校じゃあ、礼儀作法ってヤツは教えてねぇみてぇだな、あ!?」

 灰児がこめかみに青筋を立てて振り返り、紫との間に視線の火花を散らす。面倒な事になりそうな気配に、ミディはモニターの中で困り顔を作り、溜息と共に制止の言葉をかけようとする…が。

 「そんな些末な事で言い合いしている暇は無かろう!

 二人とも、状況を鑑みて行動せい!」

 渚が素早く一喝し、2人はビクリと体を震わせて黙りこくる。その際、紫は灰児に"アンタの所為よ"という非難の視線を送っていたが、灰児は口笛でも吹き出しそうな顔を作って、"自業自得だろ"と物語る。かくて2人の間の視線の火花は消えることは無かったが、言い争いが続くことはなかった。

 一方、ヴァネッサも灰児とは初対面なので眉を顰めていると。渚が手短に灰児の事を紹介する。

 「こやつは、セラルド学院でのわしのクラスメートじゃ。中々見所のある魔術と戦闘技術を持っておる。

 とは言え、連れてくる気はなかったんじゃが、どうしても聞かんでな。今も、わしに無理矢理ついて来たんじゃ」

 すると灰児は、腕を組んで語り出す。

 「聞けば、お前達は女ばかりだって言うじゃねぇか。

 そんなところで、男がスゴスゴと後ろにすっこんでるなんて、やってられねぇよ」

 「…性別を物差しにしてるなんて、何時の時代の脳味噌なんでしょうねー」

 紫が軽口を叩き、灰児は再びカチンと来て言い返そうとするが。渚が紫の名を鋭く呼び、(いさ)めて制するのだった。

 ――かくして、ミディの揃えたい役者はここに勢揃いする。

 「早速だけど、渚さん。あなたが引き()って来たのって…ええと、その…『士師』、なのよね?

 あなたの能力(ちから)を使えば、彼からザイサード・ザ・レッド――えーと、今回のテロリズムの主犯格のこと、訊き出せるわよね?」

 「"訊く"とは違うのう」

 渚はギラリと意地の悪い笑みを浮かべて見せる。そして、虫の息ながら未だに意識のある狼坐に、その鋭い視線を投げつける。まるで、餌食のネズミに食欲の視線を注ぐキツネのように。

 狼坐が口角だけをヒクヒクさせて表情を精一杯ひきつらせる所に、渚はこう言ってやる。

 「こやつの中から知識を"こじ開けてやる"んじゃよ。無理矢理に、横暴に、挙強制的に…のう!」

 渚の言葉の後半はブラックユーモアがたっぷりと盛ってある。それは渚の眼孔の奥に揶揄の輝きが見て取れることから自明なのだが。狼坐は表情をひきつらせたまま凍り付き、瞳を恐怖と狼狽とでオロオロと震わせる。

 ミディは小さく溜息を吐いて、「穏便にね」とは言ったが、狼坐をフォローするような事は特に口にしない。それに、渚の言い方も、脅迫罪とも取れなくはないが、敢えて目を瞑る。ミディも"チェルベロ"である前に一人の人間(ヒト)、狼坐にはこれくらいの罰が当たっても問題ないだろうという判断だ。

 渚が尋問(?)に取りかかろうと行動を起こそうかと云う時に、すかさずヴァネッサが声を上げる。

 「わたくしの方でも『士師』を捕縛したのですけれども…渚が捕縛したんでしたら、必要ありませんわよね?

 どうしましょう、これ…」

 3Dディスプレイには映っていないが、ヴァネッサは大地に横たえた、棺のようにパバルの全身を覆い固めた水晶の巨塊に視線を投じる。

 すると渚は、キンコン、と澄んだ鐘の音と共に、背後に拘束具で体を包んだ『天使』を召喚。そして『神法(ロウ)』を行使して宙空に大きな錠前の着いた扉を作り出す。転瞬、錠前は勝手にガチャリと音を立てて外れると、扉がギギィと音と立てながら両開きする。その向こう側に見えるのは――ヴァネッサと、その横に倒れるパバルの姿。

 渚の『神法(ロウ)』による、空間接続だ。

 「一緒に持ってくれば良かろう。

 1人より、2人の記憶をこじ開けた方がより良い情報も得られるというものじゃ」

 「分かりましたわ。それじゃあ、このキザで音楽家被れの『士師』の事、頼みますわよ」

 ヴァネッサは水晶の棺を引きずって扉を潜り、渚に預ける。渚は(うなず)いて引き取ると、狼坐の隣に並べる。

 そして渚は右腕をピシッと伸ばして高く上げる。すると、拘束具まみれの『天使』がミイラの包帯が解けるように展開すると、渚の右腕に絡みつく。壷を手にはめたような形を経てから、右腕は『神霊力』のエネルギーによって純白に輝き、獣面を模した籠手となる。

 この右手を握ったり開いたりしながら胸の高さまで下ろした渚は、今度は足を肩幅ほどまで開くと。地面に拳を打ち下ろすような格好で、狼坐の胸を標的にして拳を作り、振り上げる。残る左手は、狙いを定めるように狼坐の胸の辺りに(かざ)す。

 (何すんだ? 痛めつけて訊き出すってのか? 拷問じゃねぇか…)

 灰児は眉を(ひそ)めるが、すぐにその眉は驚嘆のために跳ね上がる。

 狼坐の胸の中央付近に純白の輝きが現れたかと思うと、眩い閃光を経て、錆一つない輝く錠前が出現する。

 (また錠前!? これがこの立花の、『神法(ロウ)』なのか…?)

 疑問符を浮かべている間にも、渚は拳を振り下ろし、錠前をガチンと打ち()える。転瞬、ガキン、と金属音を立てて錠前が分解。同時に、狼坐の胸部を中心に直線的な亀裂が幾つも走ると、機会仕掛けの窓が展開するように、狼坐の上半身が開く。

 「あ、あああ…」

 狼坐が情けない声を上げる。その声はしかし、苦痛による嗚咽ではなく、純粋な怯懦(きょうだ)による疑問符だ。

 展開された胸の内に広がっているのは、外科手術から想像されるような、不気味な赤の血肉の世界ではなかった。溢れる眩い輝きと、その中に浮かぶ定義式で構築された大小の球体である。

 渚がこじ開けた先は、体内の臓物ではない。狼坐の意識世界だ。

 「本来なら、わしの主義に反する行為なのじゃが。事は危急じゃからのう、(あば)かせてもらうぞい!」

 渚は狼坐の精神世界の中に獣面の手を突っ込み、彼の意識に触れて情報を引き出す。

 「ああああ…! あうあああ…! うああああ…あふはへは」

 徐々に呂律の回らなくなる悲鳴を上げる、狼坐。意識が『神法(ロウ)』に介入された為に、脳が精神のフィードバックを正しく受け取れずに電気信号が混乱しているようだ。

 渚はこの作業に取りかかりながら、紫達に向けて左手をヒラヒラさせる。

 「こやつらの処遇はわしに任せておくが良い。おぬしらは、話を進めておいてくれい」

 紫とヴァネッサは彼女の言に従って頸を立てに振ると、渚に背を向けてミディを含めて囲み合い、今回の騒動の収拾と主犯格の捕縛について語り合い始める。

 一方で灰児が、手持ち無沙汰気味に渚の後ろですごすごと立ち尽くしつつ、ちょっと躊躇(ためら)いがちに声をかける。

 「なぁ…あの口の悪い女含めて、みんなお前の仲間…つーか、『士師』なんだろ?

 その力と、本物の『天使』を召喚すりゃ、こんな事態一発で解決出来るんじゃねぇのか?」

 すると渚は、振り向きこそしなかったが、案外軽い口調で答えてくれる。

 「いやいや。紫もヴァネッサも、そして此処には居らんがアリエッタも、皆『士師』なんぞではないわい。

 わしは『士師』も信徒も持たぬ主義じゃからな。

 そもそも、『現女神(あらめがみ)』で女性の『士師』を作るような物好きは、わしの知る限りでは居らぬぞい」

 「…え。女の『士師』って、居ないのか?」

 灰児は目をパチクリさせる。

 先のセラルド学院内での交戦においては、3人の女子生徒が『士師』を名乗り、それに相応しい能力(ちから)を振るっていた。故に、女性の『士師』は普通に有り得るのだと、灰児は思っていたのだが…。

 「出来んことはないのじゃよ、女性の『士師』を作ること自体はのう。

 じゃが、女性の定義上の性質らしいのじゃが、その魂魄のレベルを『士師』に引き上げるためのエネルギーが飛んでもなく高いのじゃ。理由として様々な学説が出ておるが、まだはっきりとはしておらぬ。

 理屈はどうあれ、『士師』を目指すならば、自らが『現女神』になる方が余程気楽じゃと、わしは思うぞい」

 「へぇ…そんなモンなのか…」

 元『現女神』とクラスメイトを続けていたとは言え、特に親しい間柄でも無かったために知り得なかった――例え親しくとも、ニファーナならば知らなかったかも知れないが――『現女神』達の事情に、灰児は興味深げに頭を縦に振ったのだった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 さて、紫達3人による事態収拾を図る議論はトントン拍子で進んでゆく。

 まずはミディが、主犯格の捕獲に関する作戦について言及する。

 「渚さんが情報を得て、ザイサード達の居場所を特定したら、蓮矢捜査官を含めた3、4人で逮捕に向かってもらいます。

 2人にしないのは、相手の拠点にはザイサードだけが居ると限らないからです。ザイサードの逮捕を優先する組と、逮捕を阻む勢力を抑える組を用いて、確実に相手を追いつめます」

 「蓮矢のおっちゃんが此処を離れたら、あの粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)達の攻撃が捌ききれなくなるんじゃないの?」

 そう紫が問えば、ミディは予測していたように即答する。

 「増援として3部隊をプロジェスに派遣するよう、手配済みよ。対竜装備の部隊だから、既に配置済みの対呪詛装備部隊と連携すれば、敵勢力と充分に対抗出来るはずよ。

 ただ一つ、問題になるとすれば…」

 「(ドラゴン)の操者、ですわね?」

 ヴァネッサが口を挟むと、ミディは眉を(ひそ)めて首を縦に振る。

 「竜達が厄介なのは、あの『天使』"(もど)き"のようにルーチンプログラムされた呪詛による存在ではないことよ。

 あの竜は、一人の人間が――というより、『士師』が能力(ちから)を使って作り出しているのよ。そのバリエーションは、ルーチンプログラム的な呪詛と違って膨大な数に上るわ。こちらの対竜装備に対応されて、押し返されてしまう可能性は充分に考えられるの。

 そうなる前に、ザイサード達を逮捕して事態を収拾するか――」

 「操者を倒してしまうか、ですわね」

 ヴァネッサはそう語りながら、制服の上着の内ポケットを漁る。そのポケットはヴァネッサが独自に空間拡張した物であり、中には彼女手製の霊薬(エリクサ)が収まっている。

 その内の1つの小瓶を取り出し、コルク栓を抜きながら、ヴァネッサはこう切り出す。

 「竜の操者は、わたくしにお任せなさいな。

 わたくしも使役系の能力(ちから)を使いますし、相性は良いでしょうから」

 その言葉に対して、ミディは頼もしそうに安堵するどころか、懸念たっぷりに顔を渋らせる。その様子にヴァネッサは眉をはね上げつつも、淡い蛍光色を放つ霊薬(エリクサ)を口にする。

 霊薬(エリクサ)は細胞の回復を劇的に促進するもので、パバルとの戦いで負った傷を手早く治療するものだ。

 懸念するミディは、脅し掛けるような低い声で語る。

 「操者は、とても厄介な相手よ。 あなたの倒したパバル・ナジカよりも断然(たち)が悪いわ。

 彼の名は、マキシス・ミールガン。プロジェス市軍警察衛戦部の現役少佐で、元『竜騎の士師』。恐らく、衛戦部で最強の個体戦力でしょうね。

 実際、彼はこのテロ行為に当たって、自身が所属する基地で陣営に組みしない隊員や将校を全滅させているわ。

 彼の『士師』時代の能力は、無機物の定義構造を変質させ、粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)を作り出すこと。『士師』"擬き"になった今もその能力(ちから)は健在のようね、ミサイルを初めとする射出兵器を竜化させているもの」

 「『士師』との2連戦になるんですね…先輩、大丈夫ですか?」

 紫が尋ねる頃には、ヴァネッサは霊薬(エリクサ)によって傷も体力も回復し、唯一のボロボロな制服を纏いながらも気力充分な不敵な笑みを浮かべて、己の拳と手のひらをバシッと打ち合わせる。

 「問題ないですわ!

 竜を作り出すと言っても、所詮は呪詛で引っ張り出した似非(えせ)神法(ロウ)』による紛い物ですもの。

 日頃から本物の暴れ竜と手合わせしてるわたくしが、敗北を喫するなんて有り得ませんわ」

 "本物の暴れ竜"――それは、星撒部部員であり賢竜(ワイズ・ドラゴン)たるロイ・ファーブニルの事だ。

 ミディがその事情を把握しているかどうかは不明だが、ヴァネッサの自信に頷きを(もっ)て答える。

 「それじゃあ、お願いするわ。

 私たちの機動隊も、露払い程度になるかも知れないけれど、援護させるわ。

 ――ところで、問題はもう1つあるの。

 マキシス少佐の他にもう一人、『士師』"擬き"の存在が確認されているわ。

 『武闘の士師』ヴィラード・ネイザー。元衛戦部の隊員だったようだけれども、『女神戦争』後は退役して、姿をくらましていたわ。どうやら、当時から今回のテロリズムに備えて動いていたようね。

 彼が多数の『士師』"擬き"を率いて、地上で暴れ回っているのよ。彼も引き留める必要があるわ、既に甚大な被害を出しているもの」

 「その辺り、"チェルベロ"に頑張って欲しいんですけど…? 無能ばっかりなんですか、"チェルベロ"って?」

 紫がジト目で睨みつけると、ミディはバツの悪い苦笑を浮かべる。

 "チェルベロ"にも地球圏治安監視集団(エグリゴリ)隊員にも匹敵する個体戦力は所属している。しかし、その数は多くは無いし、引っ張りだこなので自由に呼び出すことなど不可能だ。

 決して機動隊が弱いワケではないのだが、"殲滅"を目的とし得ない彼らは、軍と比較するとどうしても精神的・戦略的に劣りやすい。

 ミディの無言の苦笑を反論できぬ答えと取った紫は、はぁー、と溜息を吐くと、ナビットを操作。アリエッタとの接触を試みる。ヴァネッサがマキシスに当たるならば、自分かアリエッタがヴィラードに当たらねばならない。

 1度切りのコール音を経て、アリエッタは直ぐに連絡に出たのだが――音声のみの通信、且つ口早な調子で有無を言わさぬ言葉が出る。

 「紫ちゃん、ごめんね! 今、手が放せないの! 『士師』と交戦中だから…!」

 それだけ語ると、アリエッタは一方的に通信を切断してしまう。

 紫が目玉をパチクリとさせていると。ミディは早速「[rb:情報人>ミーマー]]の特性を用いて情報を収集、アリエッタの状況を把握して――ハッと目を見開く。

 「彼女、既に接触しているわ! ヴィラードと!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ミディの言う通り――アリエッタが避難区画を支えている一画では、壮絶な闘いが繰り広げられている。

 「シィィィヤアァァァッ!」

 呼吸音と言うよりも唾棄するような叫びを上げ、墨汁の軌跡のような漆黒の烈風を幾度も幾度も大蛇の群のように(はし)らせる男。ダイヤモンドのように絞り込まれた筋骨隆々の肉体に、厳つい(トゲ)をあしらった漆黒の革鎧に身を包み、野球の審判の被るマスクにも似た面を被った彼こそ――『武闘の士師』、ヴィラード・ネイザーである。

 ヴィラードの拳や蹴りは、量産された『士師』"擬き"達と同様、気化した墨のように実体のない状態で相手に肉薄する。だが、いざインパクトとなると、巨大な鉄球をぶつけたような重くて堅い衝撃が炸裂する。

 ヴィラードの攻撃の特性は、それだけに留まらない。彼の拳足は墨の蒸気と化した直後、その姿を消したかと思うと――突如、真横や真後ろ、真上と云ったあらぬ方向から現れる。つまり、拳足がヴィラードの胴体を離れ、遠隔操作でもしているかのように攻撃を加えるのだ。それでも爆発的な破壊力は健在である。形而下では距離が隔たって見えていても、どうやら形而上相においては胴体と拳足は密接に関係しているらしい。

 あらぬ方向から、デタラメな流星群のように絶え間なく注がれる、ヴィラードの厳撃。それを静かな笑みを浮かべつつ、風に舞う花弁のようにヒラリヒラリと優雅にかわして対応するのは、アリエッタだ。

 (やっぱりスゲェな、姐さん…! 頭の後ろや上にも目が付いてんのか…!)

 アリエッタの近辺で、衛戦部の隊員と肩を並べて『士師』"擬き"を対処するウォルフは、時折チラリと彼女の戦いを目にしては、その度に胸中に驚嘆の念を湧かせる。

 衛戦部の隊員が量産型『士師』"擬き"にすら手を焼き、完全武装の上でも血反吐を吐きながらも必死に抵抗していると云うのに。制服姿で軽装そのもののアリエッタが、始終笑みを絶やさずに攻撃を捌き切る姿は見事としか言いようがない。

 だが――。

 (それでも姐さん、刃を当てないのかよ…!)

 そう、アリエッタは免許皆伝を収めたアルテリア流剣舞術の思想に忠実に(のっと)り、激しい暴力に対しても、あくまで"魅せる演舞"で対抗している。

 ヴィラードの拳足は、時にアリエッタの持つ刃引きの刀に激突し、耳障りな金属音を奏でる。更にはアリエッタが衝撃をいなし切れず、その体が小石のように吹き飛ぶ事もある。

 一方でアリエッタは、ヴィラードの拳足の嵐を潜り抜け、(わず)かな機会に鋭くつけ込み、刀を振るう。だが、その(ことごと)くは、絶対にヴィラードの鎧にも肌にも届かない。ヴィラードがかわしているワケではない、アリエッタが当てないのだ。

 横一文字の斬撃は、眼球の前を通り過ぎる。絶妙の居合いの一撃は、振り抜くどころか鍔の近くの金属の輝きを見せた転瞬、鋭い鍔鳴り音と共に鞘の中に収まってしまう。軽やかな木の葉のようにヴィラードの頭上を回転しながら跳び越える時にも、抜いた刃はヴィラードを斬るどころか、輝く風車のような美しさを魅せるばかり。

 ――そして、この戦い方…いや、魅せ方こそが、ヴィラードを呼び寄せてしまったのだ。

 (骨身を斬らずに、魅力で心を斬るってか! それで実際に、同胞を無力化させちまってるんだから、驚きだわな!)

 ヴィラードの胸中は、アリエッタと交戦を初めてからずっと、昂揚と驚愕で満ち満ちている。

 

 先刻、ヴィラードは同胞達から"ワケの分からぬ強者"の話を耳にした。

 正に舞踊のようなアクロバティックで大振りな動きを繰り出しながらも、マキシスの竜や『士師』"擬き"に引けを取らぬ少女のこと。しかも、手にした獲物で相手を斬るどころか触れることすら無いのに、竜も『士師』"擬き"も"チェルベロ"機動隊よりポンポンと無力化させる、奇妙な実力者のこと。

 己を磨き上げると同時に、強者との戦いを求めて『士師』の道を志したヴィラードにとって、興味を()かぬワケのない相手だ。

 ヴィラードは脇目も振らずに漆黒の烈風となって戦場を駆け抜け、一気に話の少女――アリエッタの元へと接近した。

 有無を言わさぬ挨拶代わりとばかりに放った、全身全霊のコンビネーションブロー。『士師』の能力(ちから)を駆使し、あらゆる方向から険しく拳足を叩き付けるはずが――アリエッタは初見にも関わらず、ヴィラードの攻撃の嵐を風の中に漂う羽毛のようにヒラリとかわしてみせた。

 その邂逅はヴィラードに電撃的な衝撃を脊椎に与え、強者を得た事への興奮と、それを打ち(たお)す機会を得た歓喜とに震えた。

 ――以降、ヴィラードは名乗りもせず、拳足と刀とで語らえとばかりに、アリエッタと攻防の応酬を繰り広げている。

 

 (一々大仰で派手な動きを見せるくせして、実戦の中にキチンと活きてやがる…!

 オレより断然若い身空だっつーのに、長年武道に身を置いてきたような経験と実力をビシビシ感じさせやがる!

 だがよぉ…ッ!)

 ヴィラードは面の下でこめかみに青筋をクッキリと浮かび上がらせながら、漆黒の烈風と化した拳を振るう。その一撃は例によって腕を離れると、アリエッタの顎付近に突如出現。首ごと引っこ抜く勢いでアッパーを浴びせる。

 対するアリエッタは、少し体を仰け反らせながら、桜色の長髪や制服の裾をふんだんに駆使し、花が咲き誇るような様相でクルリと回転して回避。同時に刀で居合いからの横薙ぎの一閃を放つが――やはり、ヴィラードの体には当たらない…いや、当てない。

 曇天の下でも(くら)まんばかりの輝きを放つ銀閃は、ヴィラードの網膜にキラリと()き付いたが…。確かに一瞬、"美しい"と見惚れはするものの、沸き立つ戦意の血気が感情の塗り潰す。

 (斬るどころか、当てもしねぇ刀で、何をオレが(たお)せるワケねぇだろッ!)

 ヴィラードは、胸中の言葉を激しい呼気として吐き出しながら、アリエッタの銀閃をやり過ごした直後に肉薄。至近距離で彼女の脇腹に固めた拳を放つ。

 対するアリエッタは、すかさず回転を停止してサイドステップし、ヴィラードの一撃を回避する。その顔に浮かぶ表情は――ヒヤリとした驚愕の表情ではなく、相変わらずの春の微風のような微笑みだ。

 (全く、()りねぇし、勿体ねぇ女だなぁッ!)

 ヴィラードはすかさず大地を蹴ると、再び嵐と化してアリエッタに襲いかかる。

 

 (はた)でチラチラと見やるウォルフを初めとする衛戦部隊員や"チェルベロ"機動隊隊員達は、アリエッタ本人よりも肝を冷やしつつ、戦いの行く末を案じるばかりだ。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「なるほど、アリエッタは既に頭の1つを抑えているわけですわね。

 それはそれで好都合ですわ。下手な衛戦部の隊員よりも、あの()になら本物の『士師』だって任せられますもの。

 ねぇ、渚?」

 ミディの言葉を聞いたヴァネッサが、己の評について渚に同意を求めるのと。渚が『士師』"擬き"2人の胸中の意識世界から情報を"こじ開け"終えたのとは、ほぼ同時であった。

 渚は立ち上がって伸びをしながら、「うむ」と同意した上で続ける。

 「むしろあやつなら、引き留める方が気を悪くするじゃろうからのう」

 アリエッタを知る渚達だからこそ、口に出きる信頼の言葉である。事実、アリエッタはアルテリア流剣舞術の免許皆伝を収めただけでは飽き足りず、更なる高みを目指して――その昔、鞘から剣を引き抜くだけで戦争を止めたという伝説の使い手をも追い抜く事を渇望している。斬らず当てずの戦いが如何に不利であろうと、アリエッタは絶好の修練の場として歓迎していることだろう。

 「アリエッタのことはさておき、じゃ。

 わしの仕事は終わったぞい。敵の新鳴る頭2人とその本丸は、しかと把握したわい。

 ということで…ええと、捜査官殿」

 「四条ミディよ」

 ミディは渚に名乗っていなかったことに思い至り、手早く自己紹介する。

 「では、四条捜査官。いつでも蓮矢捜査官を呼び戻してくれい。

 わしの方では直ぐにでも攻め込めるぞい」

 ミディは3Dディスプレイ越しに(うなづ)く。

 「ありがとう、そして分かったわ。

 増援がこちらに到着し次第、彼を合流させるわ」

 「って事は、敵の根城に攻め込むのは、副部長とあたし、そして蓮矢のおっちゃんって事か」

 紫がそうまとめた時。"忘れるな!"と強烈に自己主張するように、パァン! と拳と手のひらを打ち合わせる音が響く。

 音の主は、渚の近くに立つ灰児だ。その顔は飢えた猛獣のように凄絶な笑みを浮かべ、もうもうたる湯気が沸き上がるような気力に満ちている。

 「4人欲しいって話だろ? それなら、オレが行くぜ。

 こんな滅茶苦茶をやってくれたフザケた野郎共、一発ブン殴らねぇと気が…」

 「ダメじゃ」

 灰児が語り終えるより早く。渚がピシャリと続く言葉を遮り、拒否する。

 灰児は一瞬、面食らってキョトンとするが。直ぐに噛みつくような態度で渚に言い返そうとする。しかし、またしても渚は言葉で灰児の口を塞ぐ。

 「相手には、超異層世界集合(オムニバース)において最悪といって過言でない戦争屋、"ハートマーク"が居る。

 おぬしは確かに、凡夫と呼び捨てるには勿体ない才能と実力の持ち主じゃ。…それでも、あやつらの前では赤子のようなものじゃろう。

 一緒に来られても、正直に言って、足手まといじゃよ」

 「"ハートマーク"…?」

 灰児は耳にした事のない組織の名前に、疑問符を浮かべる。何も知らぬ彼にとっては、その名は恐ろしさとは全く無縁の、緊張感のない可愛らしさしか感じ得なかったようだ。

 だから渚は、説得が通じるように少し話を掘り下げる。

 「敵の主格の1人、ザイサード・ザ・レッドなる者は、たった1人でこの都市国家(プロジェス)を引っ掻き回した呪詛の仕組みを作り上げた男じゃよ。

 おぬしもわしもそやつと直接交戦した経験はないが、想像は付くじゃろう? そやつの莫大な魔力と、地獄を地上に引っ張り上げるような実力がのう。

 そんな奴を相手にして、おぬしが命の危機に瀕したとしても、わしも紫も手助けなどする余裕はない。おぬしが無駄に命を散らすだけじゃよ」

 「…だ、だがよ…!」

 灰児はなおも退かずに言葉を挟む。

 「主犯は2人っつったよな!? なら、そのザイサードとか云う奴じゃない方に当たれば、問題は…」

 「大有りじゃよ、たわけ」

 渚は嘆息と共に灰児の言葉を三度遮る。

 「もう1人の相手というのは、この都市国家(プロジェス)において大変有名な実力者。"若神父"の名で知られる、元『僧侶の士師』、エノク・アルディブラじゃよ」

 「…!! 嘘だろ…!」

 灰児は思わず目を見開いて声を上げる。

 プロジェスにおいて、エノクの名は小さな子でも知っている。プロジェスの独立性を強化する切っ掛けを作ったのが『現女神』ニファーナであるならば、切っ掛けそのものの動機であり、切っ掛けを実現へと導いた人物として、万人に見知られて親しまれている人物だ。

 その彼が、どうしてプロジェスを地獄のような混沌の渦に投げ込むのか? 不良であることを自認している灰児も、余りに人道からはみ出したこの所業を全く理解できない。

 灰児の胸中を汲み取ったように、渚は肩を(すく)めて見せる。

 「"ハートマーク"との接触を主導のも、そやつだとのことじゃ。

 そやつは、『女神戦争』以後のプロジェスが尊厳を捨てて堕落し切っておると嘆き、憤っておる。

 そして以前の"強く、尊く、素晴らしいプロジェス"を復活させるために、ニファーナを再び『現女神』にすべく、無理矢理の求心活動を行っておるワケじゃ。

 呪いと祈りは表裏一体、対象へ強い念を捧げることには変わりない。その呪詛の力で住民達にニファーナへの念を強制的に植え付けるための、この騒動じゃよ」

 「そんな事、マジで考えてるのかよ、あのヒトは…!

 なんでそんな…! そんな事して、死体の山の上に成功を収めたって、どこが尊いってンだよ…! 素晴らしいってンだよ…!」

 灰児の反発に、渚は首を縦に振って同意する。

 「わしも全くの同感じゃ。じゃからこそ、この事態を早々に終わらせねばならぬ。

 エノクと云う男、『士師』になる以前も専門が聖職とは思えぬ程の力量で、プロジェスへの対外的な圧力を鎮めて来ておるようじゃな。そこに今、呪詛の力を借りた(まが)いモノとは言え、『士師』の力を得ておる。

 十中八九、バケモノじゃと考えて良いじゃろう。

 そこに灰児(おぬし)が加勢に来たからと言って、やはり足手まとい以上のものにはなれぬじゃろうよ。そうでなくとも、ニファーナという枷がわしらにはあるのじゃから」

 「…分かったよ」

 灰児は(はなは)だ悔しげに奥歯を噛み締めてから、唾棄するように言葉を吐く。

 だが、『士師』3人掛かりを1人で倒した人物の下す険しい評価だ。2人掛かりでも『士師』を倒しきれなかった灰児では、役不足であると痛感する。

 失意に染まろうとする灰児に対し、フォローを口にするのは、なんとミディ捜査官である。

 「灰児君、あなたにはあなたの出来る範囲でこの都市国家(くに)に貢献できる事があるわ。

 『士師』や"ハートマーク"も驚異だけれども、彼らには力で劣るものの、数量が揃っている(ドラゴン)や武装民、それに呪詛の『天使』だってまだ残ってる。

 あなたの実力は、超学生級よ。その力を衛戦部や"チェルベロ"に貸して欲しい。今は相手の数量を押し返す戦力が、1人でも欲しいのよ!」

 その言葉に灰児は、ニヤリと笑みを浮かべて失意を払拭する。こんな風に面と向かって"力を貸して欲しい"と頼まれたのは、人生で初めてのことではないか。その爽快感と、貸せられた責任への重圧と期待から生まれる高揚感が、灰児の心を震わせる。

 「よっしゃあ、それでやってやるぜ!

 市軍警察どもにも"チェルベロ"どもにも見せつけてやるぜ、オレの練りに練り上げた実力って奴をな!」

 

 ◆ ◆ ◆

 

 こうして、事態収拾へ向けての一行の算段は整った。

 「それでは、お先に行きますわよ。

 あのハエみたいに五月蠅い(ドラゴン)ども、直ぐに黙らせてあげますわ!」

 そう意気込んだヴァネッサ、パッと開いた右手を前に差し出すと。掌の中央辺りから、ピキパキと音を立てて濃い水色を呈する水晶が生まれ、急速に成長してゆく。その体積はヴァネッサ自身を優に越え、荒削りな表面を持ちながらもディテールを整えると――立派な翼を有する、水晶の竜が出来上がる。

 ヴァネッサはその背にヒラリと飛び乗ると、渚達一行に向けてウインクを残し、竜を羽ばたかせる。竜は重い水晶の体をフワリと浮かび上がらせると、数秒のホバリングを経た後に、巨大な弾丸のように一直線の軌道を描いて大理石様の曇天へと上昇する。

 同時に、同じ様な色と軌道を呈する上昇が、周辺で点々と見られる。これは、ヴァネッサが避難区画防衛のために(あらかじ)め作り出していた水晶製の騎士を、竜に変えて一斉に飛び立たせたものだ。

 これらの竜を使い、市軍警察や"チェルベロ"が苦戦するマキシスの漆黒竜に対抗する算段なのだ。

 ヴァネッサが去ってから、残る渚と紫は蓮矢との合流待ちになる。ただ待つのでは時間の浪費と見た2人は、その間に灰児とも合わせて竜や『士師』"擬き"達の打破に挑む。

 魔化(エンチャント)した拳足を嵐のように振るい、次々と敵を打破する渚。灰児は勿論、その姿に感嘆する一方で、初めて見る紫の戦いぶりにも目を見開く。

 (スゲェ…! あの体格で、あんなバカデカい剣を腕の延長みたいに自由に振るいやがる…!

 それでいて、反応も早けりゃ、応用も利く…!

 ユーテリアの奴らってのは、みんなこんなバケモノ揃いなのかよ…!)

 灰児は感嘆してばかりではない。自らも『虹翼の拳』を振るって激しく応戦しているものの、渚や紫ほどの手際で敵を撃破できやしない。一対一で押し込むのがやっと、という有様だ。

 (今日って日は、上ばかり見せつけられて…クソ、(しゃく)に障るぜ…!)

 奥歯をギリリを噛みしめながら、灰児は何とか2人と張り合おうと、全身全霊で敵をブン殴り続ける。

 

 ――それから暫くして。魔力励起光に輝く刀身を振るい、敵を次々に斬り捨てながら迫る蓮矢の姿が現れる。

 「おう、待たせたな!」

 蓮矢はニッカリと笑って渚達と合流する。

 「持ち場は増援に任せて来た! 本部の奴ら、大判振る舞いで5部隊も出してきてくれやがった! 何処にそんなに遊んでる隊員達が居たんだかな!」

 「それだけ"ハートマーク"逮捕に重いているのよ。初動時の評価が過小に過ぎたのよ」

 今や灰児の手中にある通信機を通して、ミディ溜息を吐きつつが蓮矢に語る。

 「ともかく、役者は揃ったワケじゃな!

 それでは早速! 相手の本丸に乗り込むぞい!」

 渚は一声をあげると、キンコン、と何処からともかく済んだ鐘の音を響かせる。

 そして背後から現れた拘束具だらけの『天使』に命じ、眼前に大きな錠前を持つ大きな扉を作り出すと。錠前は勝手に、ガチャリ、と音を立てて開錠され、極彩色が乱れ舞う亜空間の回廊を露わにする。

 この道の先に、ザイサードとエノク、そしてニファーナが潜む場所が広がっている。

 「それでは、暫し分かれるぞ、室国!

 "チェルベロ"や機動隊とうまくやって、達者で乗り切るんじゃぞ!」

 渚がそう言い残す様は、まるで母親のようだ。灰児は苦笑して、首を縦に振る。

 …そして渚、紫、蓮矢の3人は極彩色の回廊の中へと飛び込み――直後、扉はバタンと素早く閉じて、中空に消滅したのであった。

 

 - To Be Continued -

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。