星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Under The Serpent Hiss - Part 3

 ◆ ◆ ◆

 

 重く垂れ込める大理石様の曇天の下。争乱で彩られる街並が眼下に広がる中、ヴァネッサは数十匹の結晶の竜を率いて、自らの結晶竜の背に乗り、雲霞(うんか)の如く群れ飛び交う漆黒の竜の群の中へと突入する。

 ヴァネッサの水晶竜と『竜騎の士師』マキシス・ミールガンの生み出した漆黒の竜とでは、数量の点においては後者に軍配が上がる。だから、ヴァネッサと突入は、漆黒の積乱雲の中へと進入する渡り鳥の群のように見える。

 質の点で云って、マキシスの竜の方が上だと言えよう。ヴァネッサの作り出した竜は、"竜"である前に結晶だ。その性質は体を構成する結晶の性質に依存し、応用の幅は狭い。対するマキシスの竜は鋭い爪や烈風を巻き起こす翼に加え、種々の事象を吐き出す息吹(ブレス)や、自在な身体(フィジカル)魔化(エンチャント)を付与出来る鱗などの高性能な体器官がある。

 ヴァネッサの竜の吐く息吹(ブレス)は、細かな結晶を奔流として吐き出すものでしかない。これをうまく身体(フィジカル)魔化(エンチャント)で対抗されてしまうと、結晶竜が出来ることは純然たる物理攻撃――噛みつきや引っ掻き、尾撃といった暴力でしかない。

 だが、ヴァネッサの結晶竜には、"竜"である以前に結晶であるが故の利点がある。

 ヴァネッサの竜は、漆黒の竜達の反撃を喰らい、水晶片へとバキバキに粉砕されてしまう。だが、ここにヴァネッサの魔力が加わると、粉砕された水晶片1つ1つが急激に成長。まるで切断されたプラナリアが分裂し、個々で独立活動するように、1体の粉砕から数体が生まれ、果敢に漆黒の竜へと向かうのだ。

 とは言え、漆黒の竜も一筋縄では行かない。彼らは"竜"であると同時に、"無機物"でもある。爆弾から転じた竜は、致命的な傷を負ったと同時に元の爆弾の姿へと戻ると、激しい爆発を起こす。戦闘機から転じた竜は、体の内側から機銃を放ち、掃射される弾丸の1つ1つが小さな竜と化して飛び回り始める。

 もっとも面倒なのは、輸送機から転じた巨大な竜だ。その中から漆黒の鎧を着込んだ『士師』"擬き"が顔を出しては、墨汁のごとき疾風と化して竜の背中を飛ぶように渡り、結晶竜を叩き潰してゆく。中には、竜の背に乗って降下し、地上の衛戦部や"チェルベロ"機動隊に仕掛けに行く者達もある。

 (あの悪趣味な詩人の『士師』とやり合う方が、よっぽど気楽でしたわ!

 本体の『士師』の元に近づくどころか、索敵もままなりませんもの!)

 ヴァネッサは胸中で舌打ちしながら、絶え間なく襲いかかる竜や『士師』"擬き"をいなしつつ、竜の群の中を飛び回る。

 竜の作り手、マキシスを斃しさえすれば、似非(えせ)『神霊力』は消え去り、プロジェスを苛む竜の群は直ちに消え去ることだろう。だが、こうも竜や『士師』"擬き"の密度が多くては、形而上相視認でマキシスの居場所を割り出そうとも、大量の定義術式が思考に雪崩込んでしまい、意識障害を起こす可能性がある。

 ――実際、一度は索敵を試みたものの、一瞬の内に酸素中毒を想わせる意識の混濁を感じたので、頭を振って試行を取り止めている。

 (抑え込むだけなら、さほど手間ではありませんけれども…!

 量の割に定義までもこれほど混んでいると、本体探しも骨が折れますわねッ!)

 そうは言うものの、ヴァネッサは決して失意にも絶望にも沈んでいない。両手に水晶で作り出した剣を持ち、背に乗った竜を自在に操りながら、次々と漆黒の竜を(ほふ)ってゆく。

 爆発する竜に対しては、即座に剣を構成する水晶の性質を変化させ、火霊を結晶格子内に閉じこめる。そしてそのエネルギーを使って別の結晶を作り出し、竜に対抗されるよりも早く、術式の粒子砲を放ち、数体を貫いて撃墜する。

 『士師』"擬き"が結晶竜の上に乗ってきて、ヴァネッサを直接狙ってくることもある。体構造を気化して漆黒の風となり、物理攻撃を無効にしてくる性質は厄介なはずだが、ヴァネッサにとっては足した問題ではない。何故ならば、気化した彼らの体ごと、結晶の棺の中に閉じ込めてしまうのだから。

 ヴァネッサは、結晶の棺を単に放置したりはしない。すぐさま蹴りつけると、大きな結晶はツルリと水晶の竜の背を滑る。砲弾のように宙空を滑空しながら、表面に幾つもの巨大な(トゲ)毬栗(いがぐり)のように生やしながら、漆黒の竜へと突撃する。

 対する竜は、迫り来る結晶に対して迎撃するような真似はしない。回避しようと試みるか、翼を殻のように閉ざして防御するか、の二択だ。彼らを操る『士師』マキシスは、同志を切り捨てるほどの非情さは持ち合わせていないらしい。

 (物量から想像する程には、厳しくはありませんけれども…!

 問題は、時間ですわね…!)

 ヴァネッサは少なからぬ焦燥に眉を(ひそ)めながら、絶え間ない攻撃を繰り広げる一方で、胸中で呟く。

 水晶の竜の数も、破壊された破片から再生・構築させる事を繰り返すことで、マキシスの数量に迫ることは出来る。だが、量が増えれば、それだけ魔力の消費は激しくなる。

 ヴァネッサは、広範囲魔術制御を得意としている方だ。それは先に都市国家アオイデュアで『獄炎の女神』の求心活動に対抗した時の手際で証明済みである。しかし、そんな彼女とて無尽蔵の魔力とスタミナを有するワケではない。

 広範囲戦闘をこなしながら操者(マキシス)を捜索し続ければ、やがては疲労に押しつぶされてしまう。

 マキシスとても条件はヴァネッサと同じはずだが、呪詛という体外要素が彼の魔力やスタミナを援助している可能性は充分に考えられる。長期戦は、恐らくヴァネッサに不利だ。

 (早く見つけ出したいところですけれども…!

 こうも定義にウジャウジャされていては、面倒極まりないですわね!

 何とか手を考えないと…!)

 結晶製の剣で手近に迫った竜の翼を切り落とし、背中に迫る『士師』"擬き"を振り向きもせず結晶に閉じ込めた、その矢先のこと。竜の群れが蚊柱のように集って、ヴァネッサの方へと向かい来ようとして――。

 (ドン)、と大きな破裂音と共に、竜達の体が一気に蒸発。黒紫色の煙へと変じる。

 何事かと案ずるヴァネッサのすぐ隣から、少しノイズが混じったスピーカー越しの声が聞こえる。

 「よう、加勢に来たぜ! ユーテリアのお嬢さん方!」

 そこには、飛行用の装備を積んだ機動装甲服(MAS)に身を包んだ男が1人、宙に浮いている。紺と黒をベースとした色合いは、地上で見た"チェルベロ"機動部隊を想起させる…実際、彼はその一員だ。フルフェイスの額に、三つ首の犬のマークが描かれている。

 「学生、しかもレディに任せての、随分な重役出勤ぶりですわね」

 ヴァネッサは苦笑しながら、おどけつつ声をかけると。機動隊隊員はフルフェイスの頭を撫でて、スピーカー越しにバツの悪い笑いを漏らす。

 「面目ない。組織ってヤツは、動くにしても色々と面倒なモンさ。

 学生の君らの自由さが羨ましいよ」

 そんな会話を交わしている最中、2人の平穏が引き裂かれることはなかった。何せ、竜の群の中にはヴァネッサの眼前にいる男と同じ姿をした機動装甲歩兵(MASS)が入り交じり、竜や『士師』"擬き"を追い回しているのだから。

 ヴァネッサと接触してきたということは、眼前の隊員はこの人員達を纏める指揮官なのだろう。

 ヴァネッサは周囲の隊員の奮闘を一望すると、ホッと一息を吐き、眼前の隊員に柔和な表情を見せる。

 「でも、正直助かりましたわ。

 これで竜達の頭を抑えることに集中できそうですわ」

 「いやいや、助けられてるのはこっちの方さ。

 『士師』なんて大物、本来ならオレ達の方で処理するべきだろうに。君みたいな学生に任せちまうんだからな。

 しかし、たった1人でこんな広範囲に使い魔展開して、自らも戦えるなんてなぁ! ウチの隊に是非スカウトしたいモンだぜ!」

 「生憎(あいにく)と、卒業後の就職先は決まっておりましてよ。残念ながら、"チェルベロ"ではありませんのよ」

 「へぇ! じゃあ、どこなんだい!? 君みたいな超絶実力の持ち主のハートを射止めた就職先って?」

 「"お嫁さん"、ですわ」

 ヴァネッサはウインクして見せると。眼前の隊員が、フルフェイスの向こうで困惑した瞬きをする気配がヒシヒシと感じられる。

 その気配を気にした…というワケではないが、ヴァネッサは1人で勝手に顔を曇らせて顎の下に指を置き、独りごちる。

 「…あら、"お嫁さん"と言うのは可笑(おか)しいかしら。わたくしの方が婿を取る身ですし。

 それだと、"奥さん"と言うのが正解なのでしょうけれども…やっぱり、"お嫁さん"という響きの方が可愛らしいですわねよね?」

 未だ呪詛の竜が飛び交う混沌の中で、何とも牧歌的な独り言に興じるヴァネッサを、機動隊隊員はクックッと笑う。

 「いやはや! これだけの相手とたった独りでやり合おうとしていたお嬢さんだけの事はある!

 こんな状況下で、そんな夢現(ゆめうつつ)の話をヌかす余裕があるなんてな! 大物にも程があるってモンだ!」

 するとヴァネッサは、ニッコリと微笑みを浮かべる。

 「性差なんて過去の話になって今の世の中、度胸もイイ女になる条件ですわよ」

 そう言い残すと、ヴァネッサも何時までも会話に興じてはいられないと気持ちを切り替える。機動隊隊員に軽い敬礼のような仕草で別れと感謝の挨拶を送ると、水晶の竜を力一杯羽ばたかせ、漆黒の竜の群の中を駆ける一陣の蒼跡となって宙を疾駆する。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 "チェルベロ"機動隊の増援の登場は、ヴァネッサにとって大いなる助けとなった。

 竜や『士師』"(もど)き"を引き受けてくれる事は勿論、歓迎の極みだ。加えて、彼らの交戦の様子から、竜や『士師』"擬き"の存在定義の質が理解出来てくる。

 後者の恩恵は、形而上相視認において如実に現れる。竜や『士師』"擬き"の定義の傾向をフィルタリングする事で、竜の操者マキシス・ミーリガンの探索が随分と容易になるのだ。

 (なるほど…! 同じ使役系の能力使いとして、勉強になりますわね…!

 わたくしも使役物を生成する際には独立学習型の疑似魂魄を構築しますけれど…わたくしの組み方とはかなり違いまわすね。

 特に、変化の元となった存在の定義を保持しつつ、竜の定義を前面に出す構造は見事なものですわ)

 敵に感心したところで、敵からの攻撃の手は緩むことはない。手数はだいぶ減ったものの、ヴァネッサを狙う攻撃はまだまだ健在だ。

 ヴァネッサは水晶の竜を俊敏に、時にはアクロバティックに動かしながら彼らの攻撃をいなし、時には彼らを撃破しながら、竜の群の中を縦横無尽に飛び回る。そして、竜の疑似魂魄の定義依存関係を(さかのぼ)り、マキシス・ミールガンの姿をひたすらに探す――!

 そして数十分後。ヴァネッサは遂に、マキシスの姿を視界に捉える。

 指揮官たるはずのマキシスは、意外にも比較的小型の竜の上に乗り、群の中にひっそりと紛れ込んでいる。権威に胡座(あぐら)をかくような尊大な指揮官のようなタイプではなく、あくまで自分も戦闘を支える戦力の一員として行動している事が(うかが)える(たたず)まいだ。

 竜の上に立つマキシスは、全身を竜を総記させる漆黒の鎧で覆っている。頭部も怒る竜を想わせるフルフェイスでスッポリと覆っており、素顔は全く見えない。

 腕を組み、直立する堂々たる巨躯は、この戦闘を趨勢(すうせい)を支える巨木を想わせる存在感がある。

 この姿を見たヴァネッサは、感嘆や畏怖よりも、怜悧(れいり)な理性で歓迎すべき好機を感じ取る。

 (そんな隙だらけの格好! うまく紛れて隠れているつもりでしょうけれど、それが仇になりましてよッ!)

 ヴァネッサは乗る水晶の竜に指示を与え、グルリと天地逆さまにさせると。その背を蹴って飛び出し、マキシスの頭上めがけて降下。両手には幅広の水晶の剣を一振りずつ持ち、バツの字にマキシスを斬り裂こうと構える。

 対するマキシスは、ヴァネッサの接近に気付かぬのか、腕組みを解かずに前方を向いたままだ。このままヴァネッサが双剣の一撃を与えられるならば、倒すに至らなくとも、以後の展開は随分有利に進められたであろうが。

 世の中においては、そう事が巧く運びはしない。

 グニュリ――腕組みし直立したままのマキシスの両肩の鎧が変形し、縦方向に伸びたかと思うと。転瞬、それは二首の漆黒の竜の頭と化す。両者共に黄色に輝く眼光でヴァネッサを射抜くと、一気に大気を吸い込み――息吹(ブレス)として吐き出す。

 (!!)

 ヴァネッサ慌てて双剣を体の前で交差させ、防御態勢を取る。直後、二つの竜頭から飛び出した炎と雷の息吹(ブレス)が強烈な衝撃を伴って激突。(まばゆ)い赤と黄の炸裂を盛大に撒き散らす。

 (やはり、元『士師』だけのことはありますわね! 一筋縄で行かない!)

 衝撃に吹き飛ぶ中、体勢を立て直すべく、ヴァネッサは中空に水晶で出来た足場を形成。それに両足の裏を付け、マキシスの居た方向へと再び飛び出そうと膝に力を込める――その矢先、眩い縛炎の中から、砲弾の勢いで巨大な"塊"が突進してくる。

 "塊"の正体は、マキシスだ! 背中から1対の竜翼を生やし、それを用いて高速で飛翔した彼は、一気にヴァネッサの元へと肉薄。ゴツゴツとした突起に覆われた籠手を纏った右拳で、ヴァネッサの頭を殴りつけに来る。

 (!!)

 ヴァネッサは咄嗟(とっさ)に宙空に結晶の盾を生成。マキシスの拳撃を受け止める――その瞬間。

 ガギンッ! と結晶が悲鳴を上げ、直後にピキピキと小さな雑音が響く。同時に、結晶の盾の中央が徐々に輝く真紅に染まり、表面がドロリと溶融を始める。

 マキシスがインパクトの瞬間、己の拳を竜の頭に変じると。高熱線の息吹(ブレス)を放ち、盾ごとヴァネッサを焼き尽くそうとしているのだ。

 ヴァネッサはすぐにも液化しそうな結晶の盾をそのままに、身をギリギリまで低く構えて足場を蹴る。そして、盾の下を潜り抜け、マキシスの下半身へと接近。手にした双剣を振るう。

 対するマキシスは、臀部から延びる金属製の竜尾を鞭のように振るい、ヴァネッサの斬撃に対抗する。ヴァネッサは竜尾ごと斬り落としてマキシス本体へ攻撃する算段だったが…竜尾は、切断できない!

 硬質の魔化(エンチャンテッド)金属を鱗に持つ粗竜(サヴェッジ・ドラゴン)が存在すると言うが、その鱗を再現したものかもしれない。結晶の剣は高い高度に阻まれてヒビ割れ、微細な破片を霧のように撒き散らす。

 同時に、盾を溶融し尽くした熱線がヴァネッサの頭上を疾駆。マキシスはその熱線を放つがままに、まるで炎の剣を振り下ろすが如くに、ヴァネッサへ叩きつけてくる。

 (この程度では終わりませんわよッ!)

 ヴァネッサは足に結晶で出来た翼を生成。それを用いて大きな弧を描く軌道で宙を飛翔し、マキシスの背中側へと一気に回り込む。同時に手にした結晶の双剣を再生しつつ、その性質を変化。世界最高レベルの硬度を持つ結晶、金剛石(ダイヤモンド)による剣を作り出し、独楽のように回転しながらマキシスに斬りつける。

 だが、この攻撃も功を奏さない。マキシスの肩から生えた竜の首の内の一本が素早く延びると、ヴァネッサの剣に食いつき、動きを止める。

 そしてもう一本の竜首は、ヴァネッサを真正面に見据えると、ヒュゥッ、と大きな音を伴って吸気。転瞬、口腔内で魔力励起光を物語る、網膜を焼かんばかりの青白い輝きが灯り――(ドウ)、と言う轟音を伴い、過電粒子の息吹(ブレス)を吐き出す。

 迫り来る破壊的な閃光を前に、ヴァネッサは取り乱さず、冷静に素早く剣から手を離すと。水晶で小さなを足場を作り、それを蹴りつつ足に着けた結晶の翼を羽ばたかせて水平移動。同時に、閃光を遮るようにして、姿見鏡のように大きく板状の結晶を生成。荷電粒子の奔流を受け止めさせる。

 バチンッ、ガリガリガリッ! 結晶板

は荷電粒子の激突の衝撃を受けて大きな音を立て、盛大な亀裂を走らせ、粉雪のような破片を撒き散らす。だが、瓦解するより前に、荷電粒子の奔流は鏡で反射された光線のように、あらぬ方向へと屈折して飛んで行く。

 

 ヴァネッサが作り出した結晶板は、強烈な帯電性質を持つ物体だ。これが発する電場が荷電粒子を構成するプラズマに干渉し、その進行方向を屈曲させたのだ。

 

 ヴァネッサは以後も結晶板をいくつも作りだし、荷電粒子の奔流を短距離内で3、4度と反射させる。反射の直後に板は瓦解するが、奔流は多少勢いを落としながら着実に方向を換え――果てには、マキシス自身に向かって突撃する。

 (面白い能力、そして発想力だ)

 マキシスは胸中で静かに賞賛しつつ、迫り来る荷電粒子の奔流の方へ双肩の竜の頭を向ける。竜の頭は大口を開いて吸気を始めると、過電粒子の奔流は麺の束がバラリと広がるように散開し、竜の大口の中へと吸い込まれてゆく。

 その隙に、ヴァネッサはマキシスの背後へ回り込むと、空になった己の手に剣を生成すると共に、宙空にも幾つもの水晶の剣を生成。それらを雨霰とマキシスへと突撃させる。

 マキシスはチラリと首を回してヴァネッサの行動を確認するが、完全に向き直りはしない。そのまま臀部から伸びた竜尾を高速で回転させると、飛びかかる水晶の剣を叩き落とす。水晶の剣は粉砕まで至らぬとも、破片の霧をパッと撒き散らして、あらぬ方向へ散らされる。

 そこへ、マキシスの頭上へと移動したヴァネッサが、再び降下突撃。両の手の双剣を合わせ、一つの大剣を作り出し、そのギラつく鋭い切っ先で脳天を貫かんとする。

 対するマキシスは、視線をほとんど動かさず、小さくクルリと身を回して大剣の一撃を回避。大剣の刀身に沿うようにしてクルクルと身を回しながらヴァネッサの元へと飛翔すると、漆黒の烈風にも見える勢いで回し蹴りを放とうとする。

 そこへ、大剣の刀身から結晶が急成長。巨大な錐と化してマキシスの銅をへと肉薄する。マキシスはハッと行動を切り替えると、蹴りで水晶の錐を叩き折ろうと試みる。

 マキシスの蹴撃は、呪詛による『神霊力』"(もど)き"のお蔭で、爆発的な衝撃を有する。その一撃は見事に水晶の錐の表面をボコリとへこませ、蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた――が。水晶は、砕けない。

 それどころか、急激に成長を始めると、マキシスの脚を飲み込んでシッカリと捕まえる。

 (もらいましたわッ!)

 ヴァネッサは一気にマキシスの体へと肉薄しながら、結晶製の刺剣(レイピア)を生成。マキシスの肉体を貫くために、疾風の速度で突きを放つ――が。

 突如、ヴァネッサの側に一匹の漆黒の竜が飛び出してくると。自ら黒紫色の煙を放出して元の無機物へと姿を変じると――そこに現れたのは、ミサイルだ。

 (ッ!?)

 回避する暇などない。ヴァネッサは結晶による防壁を作り出すことを即断、水晶はピキピキと音を立てながら素早く成長するが――ヴァネッサの体を覆う程のサイズに達するよりも遙かに早く、ミサイルは爆発。(ゴウ)、と爆音と閃光を振り撒いて衝撃と炎熱が怒濤となって押し寄せる。

 「あうっ!」

 皮膚を焼き、内臓と骨格を揺さぶる衝撃に、ヴァネッサは苦鳴を上げずにはいられない。足に装着した結晶の翼は衝撃に当てられて粉砕してしまい、ヴァネッサは体中に火傷を負い、制服からブスブスと黒煙を上げながら、流星のような速度で地上へと落下する。

 これにより、ヴァネッサの魔力集中が(おろそ)かになってしまう。漆黒の竜の群の中で戦う水晶竜の動きや強度が低下するのに加え、マキシスを捉えていた水晶の柱も一気に脆くなる。マキシスは楽々と脚を振り回して水晶柱を破砕し自由を得ると、竜翼を羽ばたかせて急降下。落下するヴァネッサの元へと肉薄すると、両手を組んで頭上に振り上げ、鉄槌のようにヴァネッサの腹部に叩き込む。

 (ドン)ッ! インパクトの瞬間、危険な衝撃音が響いたかと思うと。マキシスの組んだ両手が大きな竜頭へと化し、その巨大な口から熱線の息吹(ブレス)が噴射される。

 真夏の太陽の輝きを思わせる熱線は、ヴァネッサの腹部を容赦なく貫く。肉や骨は炎を上げる暇もなく一瞬で溶解し、ポッカリとした大穴が開く。

 (…ッ!)

 ヴァネッサは激痛よりも肉体の喪失感に打ちのめされ、目を丸く見開いたまま、さらに加速して地上へと降下する。

 …そこでは、更なる悲劇がヴァネッサを襲う。

 マキシスの"擬き"の『神霊力』が大地の一画まるごとに作用。グゴゴゴッ、と地響きを起こしながら間欠泉のように長大に上昇すると――現れたのは、巨大な竜の首だ。

 それはグワッと桁外れに大きな口腔を開くと、落下してきたヴァネッサを一飲み。転瞬、(あぎと)を閉ざした際に響いた、ガギンッ、という残酷なる無機質な音が、水晶色の長髪を称えた少女の無惨な結末を憐れむようであった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「眠れ、勇敢なる涜神者」

 マキシスはポツリと呟き、巨竜の首の閉じた顎をしばし見つめてから…背中の竜翼を羽ばたかせ、上空の戦闘に参戦すべく上昇する。

 

 ――だが。マキシスの戦闘は、彼の意図に反して、幕を閉じてはいなかった。

 なぜならば――。

 

 - To Be Continued -

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