星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Under The Serpent Hiss - Part4

 ◆ ◆ ◆

 

 体の中央に大きな穴を開けられたのなら、死ぬ。それは多くの者が思い描く事実である。

 実際、ヴァネッサ自身もそう考えていた。だからこそ、数多の戦場において、そのような悲惨な結末に至らぬようにと、ある種の恐れを抱いて行動を起こしていた。

 さて――こうして実際に体のど真ん中に穴を開けられた彼女は、何を思ったか。まずは体部を失ったことによる喪失感と困惑だ。

 そしてジンワリと滲み出してくる、市への恐怖。ここに至ってようやく、激痛が思考の中へ怒濤のように流れ込んでくる。

 ――常人ならば、ここで迫り来る死に対する狼狽やら拒絶を感じながらも、何も出来ぬ絶望感に打ちひしがれたことであろう。

 だが、『星撒部』として死線をも潜り抜けている彼女の精神構造は、非常に強靱であった。

 (まだ…ですわ!)

 ヴァネッサはポッカリと開いた腹部の傷口周辺に身体(フィジカル)魔化(エンチャント)。神経伝達を鈍化させて鎮痛しながら、制服の裏ポケットを漁る。そして取り出したのは、青白い魔力励起光を放つドロリとした液体を収めた瓶――彼女手製の霊薬(エリクサ)だ。

 ヴァネッサは素早くコルク栓を抜くと、中身を一気に(あお)る。霊薬(エリクサ)は発光の際に吸熱反応を起こしているため、食道を下る際にはヒンヤリした感覚を得る。

 霊薬(エリクサ)は腸への到達を待たず、食道の組織の中に素早く吸収されてゆく。そしてさざ波を立てるように次々に細胞核を次々に活性化させてゆき…やがては腹部の傷口に到達する。

 鍾乳石のようにドロリとした滴状の塊が幾つも付着する一方、真っ黒に炭化した傷口は、みるみる内に表面の組織をボロボロと落としてゆく。その内側に新鮮なピンク色をした組織が姿を現すと、水を得た海綿のようにニョキニョキと膨張して腹部を再生してゆく。

 ――こうして数秒の後に、ヴァネッサの腹部は、凄惨な傷口が遠い昔の悪夢だったかのように、ツルリと完治してしまった。但し、急激な組織再生は完全に元の状態を再現できてはおらず、以前よりも幾分か筋肉の薄い、若干貧弱な印象を与える体躯となる。

 加えて、多少の突っ張りのような感触も覚えるが――激痛や臓器をゴッソリ失ったことによりショックに比べれば、どうということはない。

 

 さて、こうして回復したヴァネッサは、周囲を見回して竜の体内を確認する。

 彼女は竜の(あぎと)に噛まれた際、激痛の中でも力を振り絞って結晶の盾を作り、致命的な牙から身を守っていた。故に、盛大な破砕音が響いてはいても、ヴァネッサは更なる傷を負うことなく、竜の食道の奥へと滑り込むことが出来た。

 こうして竜の"胃袋"に到達したヴァネッサは、そのあまりに無機質な光景を前に、思わず肩を(すく)める。

 (外見は細かいくせして、中身は随分と等閑(なおざり)な造りですのね)

 ――そう、ヴァネッサの感想の通り。竜の"胃袋"の様相は、おおよそ臓器と呼べるものではない。土で四方を覆われた、単なる洞穴でしかない。消化液もなければ、肉の脈動も感じられない。

 この巨竜はマキシスが土から作り出したもの。故に、体内が洞穴のようになっているのは理解できるが、余りに中途半端だ。

 (本物の『士師』時代なら、もっと精巧に生成できたのかも知れませんわね)

 そんな考えが頭を過ぎった、その直後。ヴァネッサの胸中は急に、煮え(たぎ)るマグマのような激情に駆られる。

 (わたくしってば…こんな『士師』"(もど)き"に、命を取られるほどの遅れを取ったワケですの…!?)

 ヴァネッサは先述した通り、星撒部の活動を通して、何度も死線を潜り抜けている。その最中では、本物の『士師』と交戦した経験も少なくない。

 それでもヴァネッサは、命を落とすことなく――しかも、今回ほどの危なげを与えられることなく、切り抜けることが出来たのだ。

 それを、こんな良いようにやられてしまうとは、屈辱極まりない!

 広範囲に大量の使い魔を呼び出して操作し、魔力を消費していたから…と云うのは言い訳に過ぎない。戦場ではどんな状況だろうが、相手が加減してくれることなどない。自分が決めたやり方なのだから、自身で責任を取って状況を切り抜けるのが本筋だ。

 それを十分理解しているからこそ、ヴァネッサは悔しさを噛みしめる。

 (このままで終わらせるなんて、到底できませんわよッ!)

 ヴァネッサはギリリと歯噛みして、己の激情を表現する一方――竜の体内の様相を鑑みて一計を案じる。そして、ニヤリとギラつくような含み笑いを浮かべると、"胃袋"の乾いた土塊(つちくれ)の表面に手のひらを接する。

 そして、魔力を注ぎ込む――マキシスへの反撃への布石として。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 一方のマキシスは、ヴァネッサのことなど最早一分の気にもかけず。己の能力(ちから)で作り出した漆黒の竜の群に混じり、"チェルベロ"の増援部隊との戦闘を繰り広げている。

 仕留めた相手へ憐憫(れんびん)や感嘆の情を抱く(いとま)など、戦場にはない。後ろを振り返るのは、奇襲を警戒する時だけで良い。ただひたすらに(たお)されぬよう、(たお)し続ける。それが戦場で生き抜くための真理だ――それはマキシスに限ったことでなく、長く戦場に身を置く者なら誰でも考えることだろう。

 マキシスは怒濤のように漆黒の竜を操り、"チェルベロ"の隊員達を翻弄しては、自らも巨大な砲弾のような勢いで疾駆。竜化させた拳や脚を使い、熱線や吹雪の息吹(ブレス)を放ちながらの大打撃を与える。

 対する"チェルベロ"の隊員は、幸いにも脱落者は出ていないものの、それが生じてしまうのは時間の問題と言える。

 対竜の装備によってかなり助けられてはいるが、装備は万全の無敵というワケではない。余りの高出力の息吹(ブレス)の前には、溶鉱炉の熱の前に()け出す鉛板のようになってしまう。

 (チックショウッ! "(もど)き"のはずだってのに、何なんだよ、この強さは!

 このままじゃあ、死人だって出ちまうぞ!

 軍人じゃねぇってのに、冗談じゃないッ!)

 機動隊隊員がフルフェイスの下で汗をベットリと流し、眉根に皺を寄せて舌打ちする。その(わず)かな仕草の合間にもマキシスとその竜の攻撃は容赦無く割り込み、厳しい攻撃の連続が嵐のように襲いかかってくる。

 機動隊の士気を下げる要因は、マキシスの強さばかりでない。ヴァネッサが討ち取られてしまった光景を目にしたこともまた、彼らの心に大いなる(かげ)りを落としている。

 (学生の身空で、こんな怪物と戦わせちまって…! 挙げ句の果てに死なせちまうなんて…! オレ達は阿呆で無能の集まりかよッ!)

 

 そんな機動隊隊員の胸中に、激しい突っ込みでも入れるかのように――突如、大地から響き渡る、盛大な瓦解の轟音。

 ビキビキビキッ、ガラガラガラッ! 大気を揺るがす轟音の源へと視線を向けるのは、機動隊隊員だけではない。マキシスもまた、竜面の向こう側で眉を跳ね上げつつ、多少の驚きを以て音の方角を見やる。

 彼らが見たのは、先刻ヴァネッサを飲み込んだ、大地から生えた竜に起こった異変である。その体がブクッと一回り膨らんだかと思うと、直線的な亀裂がジグザグと走り、内部から破裂したかのような様相を見せつつ瓦解したのだ。

 破壊されて零れ落ちる破片を注視すれば、そこにはやや青みがかった透明の結晶が見て取れる。

 それが氷であると覚った者は、恐らくこの場には1人だに存在しないだろう。

 瓦解の進行と共に生成される、もうもうたる土煙。その一画が素早く、細く長く伸びたかと思うと――その先端に居るのは、グレデーションの掛かった青髪を称えた、1人の少女。制服の腹部と背部には大きな穴が開き、瑞々しい肌がポッカリと覗いている。その両手には刃の長い剣を一本ずつ持ち、強気な気配を漂わす美しい面立ちには、烈火の如き憤怒が浮かび上がっている。

 その姿を見て、機動隊隊員は――そして誰よりマキシスは、息を飲んで驚愕する。

 竜の体内より生還した、ヴァネッサだ!

 

 ヴァネッサは竜の体内にて己の魔力を注ぐと、竜の体を構築する土塊(つちくれ)の中に存在する水に作用し、一気に氷結させたのだ。

 普通、魂魄を有する生物は勿論、擬似魂魄を有する暫定精霊(スペクター)が相手であろうとも、その体内に直接魔術を作用させるのは至難の(わざ)だ。魂魄および擬似魂魄が持つ定義の恒常性が、術式による第三者からの干渉を強く拒むからである。

 マキシスの創り出した竜は、外観の通り生物に近い存在であり、上記の事情に(なら)って術式を嫌う。――しかし、その事情が適用されるのは、生物的な定義構造を有する体表およびその近傍のみだ。

 その体内となると、ヴァネッサが見てきた通り、()き出しの無機質に他ならない。

 そして事実、ヴァネッサの術式は何ら抵抗を受けることなく、巨竜を構築する土塊(つちくれ)にアッサリと干渉。内包された水分を結晶化――即ち、氷に変えたのだ。

 水は結晶化することで、体積が増加する。故に、巨竜は土塊で出来た体組織の内側から結晶に押されて破裂。結果、瓦解したと云うワケだ。

 

 巨竜を完膚なまでに破砕した(わざ)も見事だが、マキシスが何よりも目を()いたのは、ヴァネッサの快復し切った腹部だ。確かに高熱線で()き貫いてやったはずななのだ!

 (あの女、再生能力を有しているのか!?)

 巨竜などに任せず、自らの目で確かめられる形で頭か心臓を破壊しておけば、確実に絶命させられたかも知れぬ――そう考えたマキシスは、ギリリと奥歯を噛みしめる。

 その合間に、近くに居た機動隊隊員が大型の重火器による射撃を行ってきたが。マキシスは振り向きもせず、分厚い竜鱗のある両拳でぞんざいに弾丸を捌き切ると。隊員の存在など初めから無かったかのように、ヴァネッサにのみ意識を注ぐと、背中から生えた一対の竜翼を強烈に一打ち。落下する漆黒の彗星のような有様で急降下し、ヴァネッサの元へと肉薄する。

 (今度こそ、トドメを刺すッ!)

 一方、マキシスを迎え撃つ側のヴァネッサもまた、(はらわた)の煮えくり返る激情に青筋を浮かべながら、迫り来る相手を睨みつける。

 (今度こそは、無様を晒しませんわよッ! 似非(えせ)竜など、地べたに這いつくばらせてやりますわッ!)

 まず仕掛けたのは、ヴァネッサだ。彼女は結晶で出来た翼を使わず、宙空に幾つもの結晶の足場――と云うか"壁"を造りながら、それを蹴って上昇。手に掴んだ水晶の剣をマキシスに向けると、彼女の周囲に巨大な氷柱(つらら)のような鋭い結晶塊が出現。剣を一振りすると、それが指揮棒であるかのように、氷柱(つらら)の群はマキシスへと飛翔する。

 対するマキシスは、速度を緩めずに降下を続ける。そのまま氷柱(つらら)に身を貫かれるかと思いきや…彼を助けるのは、横から介入してくる幾匹もの竜達だ。頑丈な鱗を持つ彼らは、氷柱(つらら)に激突し、それを粉砕したり吹き飛ばしたりする。

 が、氷柱(つらら)の役目はここで終わらない。破砕されたり吹き飛ばされた氷柱(つらら)は、ガキンガキン、と音を立てて急速に成長。荒削りの巨大な鎧騎士の姿を取ると、背中から翼を生やして竜へと突入してゆく。

 「我らが姫のためにッ! 竜殺しの名誉、戴くッ!」

 ゴキゴキと結晶の動く音を立てながら、騎士達は太い声で宣言し、竜達と激しい空中戦を繰り広げる。

 ()くして、マキシスは独りヴァネッサへと肉薄する事となる。

 (かと言って、この策に何の益があるか!?

 再び凄惨なる風穴を開けてくれるッ!)

 マキシスは両腕を組み、作り出した巨拳を竜の顔へと変化。稲妻のように振り下ろしつつ、(あぎと)を開き、灼熱の太陽を思わせる高熱線を放射する。

 対するヴァネッサは――作り続ける結晶の"壁"を蹴って大きく横へと飛び、熱線を回避。そしてすかさず連続して"壁"を作って蹴ると、再びマキシスへと向かう。

 だが、マキシスも熱線を止めたりしない。竜の(あぎと)が吐き出すままにヴァネッサの動きを追って熱線を振るい、ヴァネッサの体を溶融分断しようと攻め続ける。

 ヴァネッサは"壁"を蹴り続けて、熱線の斬撃を器用にかいくぐる。一方で、"壁"は熱線によって溶融・昇華し、破片どころか蒸気と化して大気中に漂う。

 ――こうして、ヴァネッサの回避の連続によって、マキシスの眼下には破壊された結晶による雲状の(もや)が垂れ込める。

 (…なるほど。それが布石と云うワケか)

 マキシスは眼下の光景をみやると、胸中でほくそ笑みつつ独りごちる。

 そしてすかさず、両の竜翼を強烈に一打ち。激しい烈風を巻き起こして、ヴァネッサの結晶の破片が作り出した(もや)へ叩きつける。靄は押し潰されて薄く伸びながら輪状に拡散し、ヴァネッサの周囲は晴れ渡る。

 マキシスの行動は、ヴァネッサが微細な結晶粒子を操り、罠を作り出すような攻撃行動を取るだろう事を予測してのことだ。

 澄み渡った大気の中を跳躍し続けるヴァネッサを、マキシスは執拗に高熱線の息吹(ブレス)で追い詰める。ヴァネッサは懲りずに"壁"を作っては跳び、熱線に破壊させて靄を作るが、その度にマキシスは竜翼を打って靄を払う。

 一方で、マキシスはヴァネッサのスタミナ切れを待つほど悠長ではない。ヴァネッサを追い回しつつ、両肩から伸びた2つの竜頭に吸気させると、新たなる息吹(ブレス)攻撃を準備する。跳躍程度では回避不能な広範囲を標的にする、強烈な息吹(ブレス)を。

 2つの竜の口が魔力励起光で青白く輝き始めた、その頃。ヴァネッサの跳躍の方向が思わぬ方向へと変わる。

 逃げ回る目的での水平方向から、あろうことか、マキシスへ一直線に接近する方向へ。逡巡も怯懦もなく、真っ直ぐに速やかに、跳躍する。

 (息吹(ブレス)を予測して上で、先手を取って潰す算段か?

 しかし、その接近速度では、"遅過ぎる"ッ!)

 "遅すぎる"――その意は、双肩の竜の息吹(ブレス)に対応するにしても、ヴァネッサは到底間に合わない…と云うことではない。双肩の竜が万全な準備を整えるまでには、まだ時間がかかる。

 では何が"遅過ぎる"かと言えば――マキシスがヴァネッサを迎撃するのには、余りにも余裕綽々な時間が在るということだ。

 そしてマキシスは、容赦なく迎撃を実行する。合わせた両手より発する高熱線の奔流をヴァネッサの足下から頭頂へ向かう方向へと振り上げ、彼女を両断せんと試みる。

 対するヴァネッサは、と言えば。結晶で盾を作るでなく、むしろ"壁"を作って新たな足場を形成し、それを強かに蹴ってマキシスの懐目掛けて飛び込む。

 それは同時に、マキシスの超高熱の息吹(ブレス)に自ら身を投げた事を意味する。

 (負け博打に飛び込むか! 邪神に従う涜神者には似合いの愚かさよ!)

 マキシスは胸中で罵声を叩きつけつつ、ヴァネッサの足先に高熱線を叩きつける。

 

 その瞬間――マキシスの視界はチラリと、妙なものを見つける。

 高熱線が狙う足先の部分に、やたらと蒸気を振り撒く白っぽい結晶が生じたのだ。

 盾にしては、形状は余りに粗雑だ。岩石のようにゴツゴツした姿をしており、防御と言うよりは、蹴り飛ばして攻撃する武器ではないか、という外観をしている。しかし、このタイミングで攻撃行動に転じるというのは、余程の命知らずの愚者でない限り、可笑(おか)しな話だ。

 何のつもりだ――その疑問符が頭に張り付くより前に、マキシスの腕は更に進み、高熱線はヴァネッサの作り出した結晶に触れる。

 高熱線の温度は、優に千度を超える。パイロエンデュライトのような火霊の要素が強い結晶は耐え切る可能性も見えるが…蒸気を放って昇華するような結晶では、ひとたまりもなく速やかに蒸発してしまうことだろう。

 実際、高熱線に触れた結晶は、一瞬にしてその姿を消滅させる。――だが、それで事は終わらない。

 (ドン)ッ! 突如、鼓膜を聾する轟音が鳴り響き、空間をも振動させるような衝撃波が振り撒かれる。この事を予想だにしなかったマキシスは、必死に竜翼を動かしてバランスを保ち、吹き飛ばされることを防ぐ。

 だが、衝撃波に翻弄される最中、マキシスはある事に気付く。合わせた両手から吹き出していた高熱線が、消えてしまっている!?

 (何が起きた!?)

 困惑するマキシスの懐に、疾風のように滑り込んでくる人影がある――どのような対策を取ったのか、衝撃波に翻弄されずに的確にマキシスへと接近したヴァネッサだ!

 「ハァッ!」

 ヴァネッサは気合一閃。手にした双剣でマキシスを"バツ"の字に斬りつけると共に、前蹴りを放って腹部を強打。マキシスをあらぬ方向へと吹き飛ばす。

 

 ヴァネッサがマキシスの高熱線を消滅させた絡繰(からく)り。その要は勿論、足先に生成した結晶にある。

 その結晶の正体は、ドライアイスだ。

 常温より遙かに低い融点を持つドライアイスに千度超える結晶が触れれば、急激な昇華が起こり、気体の二酸化炭素屁と爆発的に転じる。

 また、二酸化炭素は非常に安定的した物質だ。高熱を浴びせられても、電離する程のエネルギーを与えられない限りは、化学変化を起こさない。それどころか、その安定性故に燃焼せず、消火剤として働く。

 高熱線に対して爆発的に発生した二酸化炭素は、衝撃波で高熱線の構成要素を吹き散らすと共に、その燃焼反応を停止させたのだ。これにより、マキシスの放った高熱線はエネルギーを失い、消滅したのである。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 (クソッ! このオレをッ!)

 マキシスは竜面の下で渋面を造りつつ、竜翼を動かして自身の身にブレーキをかける。

 幸いにも、ヴァネッサの斬撃はマキシスの竜鱗の鎧を切り裂くに至らず、マキシスは無傷だ。だが、安堵をしている(いとま)などない。

 ヌッとした大きな影が、背後よりマキシスの体を覆う。

 何事かと首を回して視線を向ければ――そこには巨大な水晶の巨人が、大剣を水平に構えて横一文字に斬撃を放たんとする姿がある。

 吹き飛ばされたマキシスは、自らが竜翼の羽ばたきで吹き散らした靄の中へ突入してしまったのだ。そこでヴァネッサは微細な破片を操作して成長させ、水晶の騎士を創り出していたのだ。

 (ここまで読んだ上での、布石だとでも言うのか!?)

 マキシスの自問への答えが出ぬ間に、水晶の騎士は「()ッ!」と叫びながら稲妻のような一閃を見舞う。

 首に迫る巨刃に対し、マキシスは肩から生えた竜首を動かし、刃を咥えて対応。水晶の刃は竜の口角をギチギチと切り裂いて数センチ進むも、ガッチリとした牙の捕らえられ、両断には至らない。

 マキシスは拳を固めて、水晶の騎士への反撃を行わんとした、その時。別の方向からもう一つの大きな影が、マキシスの頭上を覆う。目を丸くしてそちらに視線を走らせれば、そこにはもう一体の水晶の騎士が既に刃を横薙ぎに放つ姿がある。

 (なんだとッ!)

 マキシスは反撃を停止し、体を捻る。マキシスの首を狙っていた斬撃は、首を覆う鎧の襟の表面を掠めて過ぎ行くと――そのまま、刃を咥えている竜の首へ強かに突き立った。

 (ザン)ッ! 空間さえも斬り裂くような、重い音。それは、水晶の刃が強固な鱗で覆われた竜の(くび)をスッパリと切り離した事を示す音だ。

 「(フン)ッ!」

 竜に刃を咥えられていた水晶の騎士が、気合いと共に剣を振り上げると。マキシスから切り離された竜の頭が引っこ抜かれる。綺麗な平面をした断面からは、一瞬の沈黙の後、噴水のような夥しい出血が巻き起こる。

 竜面の向こう側では、マキシスが脂汗をブワリと吹き出させて、苦悶に歯噛みする。彼は無機物だけなく、自身の肉体をも竜へと変じることが出来る…それが今回は仇になった。肩より生やした竜の頸が斬られるということは、肩の肉をゴッソリと抉られるに等しい状況だ。出血もすれば、激痛とてマキシスの身体を駆け巡る。

 「ぬがぁっ!」

 マキシスは激痛を吹き飛ばすように叫びながら、竜の頸を引っこ抜いた水晶の騎士に拳を叩きつける。筋組織を竜と同等の強靱なものへと変化させた一撃は、水晶の騎士の胴体のど真ん中に派手な凹みを生じさせ、蜘蛛の巣のような亀裂を四方八方に走らせる。

 だが、騎士は砕け散らなかった。それどころか、高速で抉られた傷口周辺の結晶を再生させると、体内に潜り込んだ拳をガッチリと咥え込んだ。

 そしてもう一方の騎士が、大上段に大剣を構えると、マキシスを脳天から両断すべく振り下ろす。

 「やらせるかぁッ!」

 マキシスは絶叫し、脚を蹴り上げて大剣にぶつける。強靱な竜鱗の鎧で守れた脚の裏は、激突した水晶の大剣をバラリと刃(こぼ)れさせながら、シッカリと受け止め、両断を阻む。

 だが、水晶の大剣も(ただ)でマキシスの行為を許しはしない。瞬時にピキピキと音を立てながら再生、成長すると、(いばら)のようにマキシスの足裏に伸びて絡み付く。

 結果、マキシスは片手片脚を封じられる格好となる。

 (だが、ここで折れるオレではないッ!)

 マキシスは、ガァッ、と声を張り上げると、竜の筋力を得た脚を振り動かす。その動作は脚に絡みつく水晶の騎士の巨躯を振り子のように動かし、滅茶苦茶に振り回す。力付くで束縛を打開する算段だ。

 そんな頭に血が上ったマキシスの頭上に、満を持して登場するのは、ヴァネッサ本人だ。

 相変わらず水晶で創り出した刺剣(レイピア)を突き出し、マキシスの頭頂を貫かんと迫る。

 (如何に貴様の使役術が卓越していようとも! 貴様自身の体術がこうも粗末では、片腹痛いッ!)

 マキシスは血の昇った思考でありながらも、しっかりと視界の端にヴァネッサを捕らえると。わざとヴァネッサの方を注視しないようにしながら、残る肩から生えた竜の頸を素早く延ばし、ヴァネッサに噛みつきに向かう。

 グワッと開いた真紅の口腔に、ゾロリと生え揃った鋭い牙がおぞましくヴァネッサに迫る――一方で、彼女は怯懦の素振りを微塵も見せずに、刺剣(レイピア)を竜の口内へと突き立てる。

 グサリッ――肉を貫く鈍い音と共に、バキリッ――竜の閉じた(あぎと)が水晶を粉砕する音が響く。

 マキシスはまたも肩に激痛を得るが、竜頭化が解除されるほどのダメージではない。マキシスはそのまま竜に吸気させ、息吹(ブレス)の準備に入る。この戦いにおける経験上、武器を失ったヴァネッサは距離を取って体勢を立て直すはず。その隙に、今度こそ彼女の全身を息吹(ブレス)の衝撃で消滅させてやる算段であった。

 だが――マキシスは予想だにしていなかった。武器を失ったヴァネッサが、尚もマキシスの元へと接近する事を。

 そして、何も持たぬ手で拳を固め、堅固な竜鱗のフルフェイスヘルメットで守れた頭部に拳撃を放ってくることを。

 (策を潰され、自棄に走ったかッ!)

 マキシスは拳撃のことなど意に介さず、竜頭に吸気を続けさせ、息吹(ブレス)の準備に万全を期す。

 準備が整うより前に、ヴァネッサの拳がマキシスの頭に届く。ゴツン、と云う激突音は、兜が砕ける音ではなく、ヴァネッサの骨に響く痛々しい音だ。

 

 しかし、マキシスはヴァネッサの行為を愚考だと(わら)うことは出来なかった。

 否――嗤う暇など、なかった。

 

 (ガン)ッ――いきなり、兜越しの頭蓋骨に激突音が響く。同時にマキシスは天地がひっくり返ったような感覚を得ながら、視界がチカチカと明暗する。

 全身から急激に力が抜け、身体から魂魄が抜け落ちたようなフワフワした感覚を得る。かと思えば、絶叫マシーンにやたらと振られて三半規管が狂ってしまったような不快感を覚える。

 その感覚がどれほど続いたのか――混濁したマキシスの感覚では、相当長い時間のように思えた。だが、実際にはほんの短時間だったのかも知れない。

 (ドウ)ッ! 全身を襲う強烈な激突音と共に、骨格全体に響く激痛が駆け巡る。この時になって、ようやくマキシスの意識は混濁から解放される。

 そして知る――彼は落下し、大地に五体を(なげう)って(うつぶ)せに倒れ込んでいることを。

 (何が…起きた!?)

 疑問符を浮かべる彼の上に、ヴァネッサが落下してくる。そして竜鱗の鎧で覆われた背中の中央に両の踵を叩き込むと。ガツン、という踵に響く音が響いた直後、ズンッ! と脊椎から内臓にかけて貫くような激痛が走る。

 「ンガアアァァァッ!」

 思わず絶叫するマキシスは、憤怒と苦悶の意識の中で、鎧を貫くヴァネッサの攻撃の正体を知る。

 

 ――練気だ!

 "気"と呼ばれる生物の生命エネルギーを、文字通り"練り"上げて術式を作り、解き放つ技術。

 "気"は生命エネルギーという性質上、生物の身体に作用を及ぼしやすい。通常の術式ならば魂魄の恒常性が抵抗するものの、練気の場合は意図して抵抗せぬ限り、音叉が共鳴するようにして影響が及んでしまう。

 ヴァネッサは練気の一種、勁によって鎧を伝搬して貫通し、マキシスの肉体に直接作用する衝撃を放ったのだ。

 …ヴァネッサは、水晶操作を得意とするものの、それだけが取り柄と云う一辺倒ではない。ユーテリアでの授業や星撒部の仲間から学び取った技術が、確実に彼女の血肉となっているのだ。

 

 「キサマァッ!」

 マキシスは激痛ごと振り払うように身体を回し、その勢いのまま拳を振るってヴァネッサを狙う。ヴァネッサはフワリと後方に跳び退(すさ)りながら、両手に結晶の短剣を生成。それをマキシスに投げつけて威嚇しつつ距離を取る。

 マキシスは竜鱗の小手で覆われた腕を振り動かして短剣をあらぬ方向へと弾き飛ばすと。勁の衝撃が抜けぬ身体に鞭を入れ、山のように起き上がる。

 そしてヴァネッサを睨めつければ――彼女は両脇に巨大な水晶の騎士を(はべ)らしながら、自らも右手に鋭く輝く刺剣(レイピア)を持って構えている。

 この刺剣(レイピア)は、結晶でできたものではない。眩いほどの金色の金属光沢を放つ、正に金属製の逸品だ。刀身は細身ながらも、刃零れ一つなく鏡のように曇天越しの陽光を照り返している。(つば)の部分は五月蠅すぎない程度に草花の装飾が施され、控えめにはめ込まれた赤の宝石がアクセントとしてキラリと輝いている。

 この逸刀こそ、ヴァネッサがユーテリアの入学の祝いとして父から授けられた宝剣。銘を"風鳴"と云う。

 (あの(アマ)、まだ隠し玉があるのか…!

 出し惜しみをしてこのオレと戦っていたとは、ふざけたことを…!)

 マキシスはゴクリと唾を飲み込み、口内に溜まった吐血を飲み下しつつ、歯噛みすると。臀部から伸びた金属質の竜尾を大地に立て、魔力を注入。途端に、マキシスの眼前の大地が盛り上がったかと思うと、網の中にすくい上げられた大量のウナギのようにうねり暴れる地竜の群れと化し、ヴァネッサへと疾駆する。

 対するヴァネッサは、手にした宝刀を一振り。転瞬、金色の刀身の周囲に激しい大気の渦が生じる。"風鳴"の銘の通り、風を操る能力が魔化されているのだ。渦の中で、朝日の中に輝く粉雪のようにキラキラして見えるのは、ヴァネッサの能力で作り上げた結晶の微少片だ。

 これを手にヴァネッサは、騎士達と共に大地を強く蹴ると。迫り来る地竜の群へと向かって前進する。

 それを受けて、マキシスもまた地竜の後ろに続いて、大地を蹴って走り出す。

 

 「殺すッ!」

 マキシスの口から発された罵声は、声だけでヴァネッサの頸をへし折らんばかりの怨恨が()もっていた。

 

 - To Be Continued -

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