星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Amaranthine Redolence - Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 『義賊の士師』狼坐(ロウザ)から読み"()"った記憶を元に、(なぎさ)(ゆかり)蓮矢(れんや)の3人が転移した場所。そこは、長きに渡って打ち捨てられ、錆にまみれた廃墟と化した金属質の空間であった。

 「うっわ…最悪レベルの悪趣味な場所ね…」

 薄暗く点灯する蛍光灯の輝きの下、紫は顔を歪めて不快感を露骨にして漏らすと。隣で蓮矢が肩を(すく)めて同意する。

 「子供向け特撮番組でもあるまいし。こんな如何にもって場所にアジトを構えるってのは、何とも時代錯誤(アナクロ)だよなぁ。

 こんな辺鄙(へんぴ)な場所じゃ、物資運びにも苦労するだろうに。今時のアジトなら、亜空間を利用するだろ?」

 「…あたしが言ってる"悪趣味"ってのは、そういう意味じゃないわよ」

 紫がジト目で睨みながら蓮矢に突っ込む。蓮矢はどういう意味なのか分からず、キョトンとした顔を作ってパチクリと瞬きする。

 「まぁ、蓮矢には仕方のないことじゃろうよ。おぬしは捜査官とは名ばかりの脳筋じゃからな。形而上相の雰囲気にはさほど敏感はあるまいしのう」

 渚もまた、ひどく顔をしかめながら語ると。蓮矢はバカにされたような気がしてムッとしつつ、片目を閉じて形而上相視認を行う。

 「何だよ、オレだってれっきとした"チェルベロ"の捜査官なんだぜ? お前さん達みたいにゃ才能や英才教育は受けていなくとも、並の市軍警察のヤツらよりは断然…」

 語りつつ、形而上相に蔓延(はびこ)る術式構造に焦点を当てて――その構造が単なる式構造のみならず、実像として視覚野に像を結んだ瞬間。蓮矢は思わず、「おぅわっ!」と悲鳴を上げてしまう。

 

 この錆びた金属に囲まれた回廊の中には、阿鼻叫喚の地獄の直中(ただなか)に放り込まれた、呻吟(しんぎん)懊悩(おうのう)する魂魄の大群がひしめいていたのだ。

 それは例えて言うならば、自殺の名所と呼ばれる場所で、怨霊の大群を目にした霊能者の気分――と形容できよう。ただし、怨霊の姿はマンガなどで描かれるような、生易しい不気味さではない。もっと生理的に苦痛を訴えて止まぬ、凶悪な姿だ。

 それらは、全て真っ赤な色を呈している――魂魄自体は可視光を反射・収集しない為に"色"を言及するのは可怪(おか)しいが、術式が誘発するクオリアが"赤"を訴えている。

 赤の由来は、血肉の色だ。無惨に引き裂かれ、露出し、(ただ)れた赤黒い危険色だ。

 そして漂う魂魄の姿は皆、余りに無惨な姿をしている。人の形を見出すには、辛うじて残った一部から見分けるしかない。その他の部位と言えば、一見しただけでは人体とすら認識できぬ程に完全に破壊されている。骨も臓器もグチャグチャに掻き回され、グロテスクなハンバーグの残骸…と形容出来るような凄惨な有様を呈している。

 濃密なる形而上相の様相は、視覚のみならず嗅覚や味覚にまで干渉してくる。鼻孔の奥の方では、ムワッと熱を帯びて沸き上がるような酷い腐臭が粘り着く。口の中には鉄錆を舌の上で転がしたような、(よど)んだ血の味が一杯に広がる。

 「んっ…ぐぅえっ!」

 "チェルベロ"の捜査員として、凄惨な殺人現場も目にした事のある蓮矢であったが。五感に強く訴えかけてくる強烈な不快感に、胃袋の中身がこみ上げてくる。何とか飲み下して嘔吐を回避したものの、口の中に一杯に広がる苦酸っぱい味に唾液が大量に分泌され、それを吐き出さずには居られなかった。大口を開き、糸を引く粘液の塊をベチャリと錆びた金属の床に(こぼ)す。

 その感覚が更に蓮矢の不快感を増幅させると共に、形而上相のクオリアによる干渉で意識と感覚が満杯になってゆく。視界がチカチカ輝くようでいて、ボンヤリと暗転するようでもある、奇妙な感覚に捕らわれた頃――。

 「しっかりせんかいッ!」

 鋭い声をと共に、頭頂をコツンと小突かれる。転瞬、蓮矢の意識はハッと鮮明さを取り戻し、怒濤のようにうねるような不快感がピタリと止まる。

 いつの間にかに四つん這いになっていた蓮矢が振り向いて見上げると、そこには両腕を腰に当てた渚の姿がある。彼女が小突くと同時に、蓮矢の意識に干渉して嫌悪感のクオリアを遮断してくれたらしい。

 「…す、すまねぇ…」

 蓮矢は口元を拭うと、まだおぼつかない足取りで立ち上がり、バツが悪そうに後頭部を掻く。そんな彼の背後では、紫が不安げなジト目を作っている。"こんんな頼りない奴、連れてくる必要があったのか?"と云う文句が聞こえてきそうな表情だ。

 

 何はともあれ。蓮矢が我に返ったところで、渚達は話を進める。

 「ここが都市国家(プロジェス)を席巻する呪詛の発端で間違いないようじゃな。

 しっかし、よくもまぁこれだけの怨恨を集めたしたものじゃのう」

 渚が苦々しく語るのも無理はない。呪詛というエネルギーは、術者自身のみ依存するものではない。術者自身を含め、生物の怨恨の蓄積量に比例して強力になエネルギーである。

 つまり、強大な呪詛になればなるほど、他人(ヒト)の恨みを多く買っている…と云うことだ。

 それが都市国家(プロジェス)を覆う程のレベルに達するとなると、どれほどの者達の怨恨を得たことになるのか。

 「数百人くらいをまとめて地獄炉に放り込んで、身体の一片も残らず(しぼ)り取ったレベルじゃないですかね…。

 そんなに大量の犠牲者(ヒト)、どこから手に入れたんですかね…。この都市国家(プロジェス)で、連続誘拐事件みたいな騒ぎは起きてなかったんですかね…?」

 紫は"チェルベロ"の蓮矢に"捜査が足りないんじゃないの?"と云う非難を込めた視線を送りつつ、疑問を口にする。すると蓮矢は、首を傾げて語る。

 「市軍警察からは、誘拐事件なんて話は特に何も聞いちゃないんだ。ホントさ。

 ただ、『女神戦争』が終わって間もない時期だからな。よく復興を進めているとは云え、目の届かない影だって多くあったろうさ。その影に乗じて人(さら)い…ってのは考えられるかも知れない」

 「もしくは、(ヒト)買いで集めたかも知れぬな」

 渚は人道に(もと)る行為に言及し、桜色の唇を血の色に染める程にギュッと噛みしめる。

 「術者はあの"ハートマーク"に属するとの話じゃからな。何でもありじゃ、人買いくらい平気な顔でやってのけるじゃろうて」

 「全く、『戦争屋』は人類の恥…と云うより、もはや災害ですよねー」

 紫はうんざりといった顔を作り、肩を(すく)めてみせる。

 

 ――と、話してばかりも居られない。単に言葉を交わしている間にも、プロジェスでは激闘が続いているのだから。

 それを思い返した渚は、現在位置の周辺状況を素早く確認。左右に延びるそれぞれの通路を眺めて、眉を(ひそ)める。

 「呪詛の反応が強いのは、あっちとそっちじゃな。

 特にあっち(右を指す)の方が反応が極めて強いのう。術者が居る証やも知れぬ。

 逆方向からも呪詛の反応はするが、それに加えてもう一つ、妙な気配がするのう。『神霊圧』"(もど)き"にも似ておるが、少し違うようじゃ。もしかすると、エノクとか云う『士師』"擬き"の気配かも知れぬ。だとすれば…『現女神』に匹敵する程の魔力の保有量を有しておるかも知れぬ。

 どちらにニファーナが居るかは、判別出来ぬ。が、どちらかに居るのは確実じゃろうな」

 さて、誰がどちらの通路へと進むか、という選択肢が突きつけられたワケだが。真っ先に声を上げて、右の方向を指差したのは蓮矢である。

 「そんなら、オレはこっちだ」

 「ちょっとオッサン、さっき呪詛に当てられて脳機能がイッちゃうところだったじゃん! 何ヤバい方を選んでるのよ!」

 紫が非難めいた口調で叫ぶが、蓮矢は酷く真面目な表情を作って答える。

 「呪詛の術者、つまり"ハートマーク"のザイサードが居る可能性が高いんだろ? 逮捕するには絶好の機会さ。

 それに、さっきは柄にもなく頑張って呪詛の術式を見ようとして、アタマがやられそうになったんだ。大人しく鈍感に徹してりゃ、問題はないはずだろ?」

 「でも、呪詛の密度が更に濃密になって、意図しなくとも脳が実像を解釈するようになったらマズいでしょ! 泡吹いて倒れるどころじゃ済まない騒ぎになるわよ!」

 「その時は、紫、おぬしの得意とする治療魔術で凌げば良かろう」

 そう語ったのは、渚だ。その言葉に紫は、目を見開き、尊敬の相手にも関わらず嫌気を露わにする。

 「ちょっと、副部長ッ!

 あたしに、この足手まといのオッサンと一緒に行けって言うんですか!?

 正直、超困るんですけどッ!

 副部長の方が、あたしより断然実力があるじゃないですか! 副部長がオッサンの面倒を見て上げる方が、オッサンの生存率が高まると思いますッ!」

 (オレは殺される前提なのかよ)

 蓮矢は内心苦笑するものの、口には出さずユーテリアの少女2人の話に耳を傾ける事に集中する。

 さて、渚が(いわ)くには。

 「『神霊圧』"(もど)き"は、得体が知れぬ。もしも本物か、それに極めて近い『神霊圧』で、ニファーナが『現女神』に再覚醒していたとすれば、おぬしには相当の不利になるじゃろう。

 『神霊圧』ならば、わしの方が得手がある。適材適所を考慮しての選択じゃ。

 決して、おぬしの実力を信頼しておらぬワケではない。むしろ信頼しておるからこそ、捜査官の身を任せておるのじゃ。分かっておくれな?」

 「…信頼していただけるのは、嬉しいですけど…」

 紫は渚の賞賛に素直に頬を赤らめつつ、ブツブツと語る。が、すぐに表情を改め、吠えるような真摯なる表情を作る。

 「でも、ホントにこのオッサンを守り切れるかは、約束できませんよ!

 呪詛の方だって、かなりヤバい具合ですから! こんなの代物を操る相手と足手まとい付きで戦うのも、相当な不利ですもん!

 オッサンには精一杯、自分の身を守ってもらわないと、私の命まで危なくなります!」

 「その点は大丈夫だよ、毒舌のお嬢ちゃん」

 蓮矢が苦笑いを目一杯浮かべて、宣誓するように片手を上げて言葉を割り込む。

 「オレだって、修羅場を経験してる身の上さ。さっきのヘマは素直に認めるが、そう簡単にくたばるつもりはないぜ。

 自分の身は自分で守るさ。それでもヤバそうなら、いざとなったらお嬢ちゃんだけ置いて、全力に逃げるよ」

 「それもそれで、情けなさ過ぎてムカつくんだけど」

 紫は片眉を跳ね上げて非難するが、蓮矢は苦笑いを引っ込めずに後頭部を掻いて見せるばかりである。紫はとうとう観念して、大きくため息を吐く。

 そこに渚が諫める声をかける。

 「紫よ、『星撒部』のモットーを忘れたかや?

 "希望のためなら、不可能を可能にする"。それがわしら『星撒部』じゃぞ?

 "チェルベロ"の隊員くらい、守り切ってみせい! 赤子を守れというのでないのじゃからな!」

 「…分かりました。オッサンと一緒に行きます。

 その代わり」

 紫はジト目を作って渚を真正面から睨みつつ、言葉を続ける。

 「今回の件が無事に片づいたら、何か飛びっきりに美味しいものでも(おご)ってくださいね!」

 「うむ、良かろう!」

 渚は二つ返事し、その直後こんな言葉も付け加える。

 「なんなら、ロイと二人でのディナーも実現してやるぞい?」

 「な…ッ! なんで、そこでロイが…ッ!」

 火を吹く程に顔を真っ赤にする紫に、渚はケラケラと笑うのであった。

 

 かくして紫と蓮矢、そして渚は、それぞれの目的地に向かう。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 紫と蓮矢の二人は、強烈極まりない呪詛の発信源に向かい、通路を足早に進んでゆく。

 奥へと進むに連れて、通路を覆う金属の壁面や天井は、酷い赤茶色の錆に覆われてゆく。その鈍い色が心許(こころもと)ない電球の光の中にぼうっと映ると、死者の残した凄惨の血の跡のように見えてくる。不気味且つ、不快極まりない光景だ。

 「この錆も、呪詛の影響なのかね?

 どんどん酷くなって行くぞ?」

 蓮矢が気味悪そうに問えば、彼の前を行く紫は何のことも無さそうに肩を(すく)める。

 「さあね、よく分かんない。

 でも普通、呪詛って意識体に作用するって聞くわよね。だったら、偶然なんじゃない?」

 「…よく平気な顔出来るもんだ、スゲェ肝っ玉だよ。

 オレも色んな現場を経験してるけどよ、経験してるからこそ、怖くなっちまうよ。この錆だの、目の前の闇の向こうだのから、音もなく生物兵器でも飛び出して来そうな感じがしてな。背筋がゾクゾクしっ放しで落ち着かねぇよ」

 「真っ先に生物兵器って発想が出るあたり、マンガとかゲームの影響受け過ぎなんじゃない?」

 「確かに、オレはマンガは結構好きだぜ? ゲームはあまりやらんけど。

 だけど、生物兵器ってのはマジの話さ。オレ達をご指名される事件ってのは、大抵がロクでもねぇ酷い有様のもんだからな。連続誘拐犯の正体が、脱走した生物兵器の失敗作だなんてこたぁ、結構あるんだよ。

 …と、そりゃそうとさ…」

 蓮矢はクンクンと空気の匂いを嗅ぐと、酷く顔をしかめる。

 「なんか、臭わないか?

 なんつーか…例えがスゲェ悪趣味で悪いんだけどよ…腐りかけた血液の中にドップリ付け込んだ、腐乱死体みたいな臭いがしてきたんだけどよ…」

 「ああ、それね。呪詛による神経干渉の影響よ…と言い切りたいんだけど、それだけじゃないみたいね」

 紫もまた、険しく顔をしかめる。しかし、不快感を主としている蓮矢と異なり、紫の表情には静かな憤怒が見て取れる。

 「それって、どう言う――」

 蓮矢が訊き返しかけるが、紫は首を振って言葉を遮る。

 「"そんな事"、口にしたくないわよ。

 このまま進めば、嫌でも目に映ってくるでしょうよ。確かめたいなら、黙って素早く進むことね」

 「…分かったよ…」

 蓮矢はちょっと不満げに口を閉じ、歩く速度を早めた紫の後を黙って追う。

 

 暫く進んだ後――。

 壁や天井は相変わらず錆だらけだが、通路を照らす光源が上質な魔術光源へと変わる。明らかに、極最近に人の手が入った証だ。

 その明るさが浮かび上がらせたとでも言うのだろうか…突然、蓮矢の目の前を濁った赤色の"何か"がフワリと通り過ぎて行く。ギョッとした蓮矢が眼差しで追えば――そこに見えるのは、奇妙な"蟲"だ。

 人間の眼球を筋肉ごと抉り出したような先細りの長い胴体に、一つの人間の耳が翼のように生えている。3対の足には、痛々しく爪の剥がれた6本の指が使われている。

 「おいおい、なんだなんだ、この気持ち悪ぃ蟲は!? 呪詛で作った『天使』"擬き"の幼虫かよ?」

 「あ、それ見えるんだ。

 じゃあ…本格的に、敵の領域(テリトリー)に入り込んだってことね」

 紫が少し歩を緩め、声を落として語る。歩行速度を下げたのは、足音を気にしてのことのようだ。

 ――つまり、敵は足音や話し声に反応出来るほど、2人の近くに居る可能性が高――と云うことである。

 「その蟲は、実体じゃないわよ。強すぎる呪詛のクオリアが、オッサンの視覚野に実像を結んじゃった姿よ。物質で出来てはいないんだけど、触れば臓器の感触もするし、嗅げば血の臭いがプンプンするでしょうね。

 でも、襲ってくるような実害はないわ。無視しておけば良いのよ」

 「了解…」

 と言った直後、蓮矢は「ちょっ、ちょっ、ちょっ! おいおいおい!」と声を荒げる。

 何処かへとフラフラ飛び去った"蟲"を見送って前方に視線を戻すと。金属回廊の中を、秋の野原の上空に飛び交う大量のトンボの群を思わせるが如く、人体部位と臓器で出来た"蟲"の大群が漂っていたからだ。

 「げっ! 何時の間にこんなに…」

 ギョッとして叫ぶと同時に、紫が言及した通り、濃密な血肉の臭いが鼻孔に入り込んでくる。流石に幾つもの事件現場を経験しているだけあって、新米刑事のように嘔吐するような真似はしないが…それでも、ウンザリと顔色を蒼白に変える。

 「"ハートマーク"が相手だって時点で、覚悟はしてたつもりだったがよ…。どうにも参ったな、こりゃ…。

 ザイサードってヤツ、"凶人"ってだけじゃなく、完璧に"狂人"だな。こんな有様を作り出すような人間がマトモであるハズがねぇ」

 「それについては同意見ね」

 (うなづ)く紫の横顔にも、露骨な不快感と蒼白の顔色が(うかが)える。"英雄の卵"としても、この状況に対して完全な平静を保つことはできないようだ。

 2人は不気味な蟲の群の中を、渋々怖々、と云った感じで歩調を落として進む。ユルユルと飛ぶ蟲達は所詮実体がないクオリアの実像に過ぎないので、触感を覚えても皮膚や衣服に汚れが着くことはない。それでも2人ともに触れる事を極力避けながら、ゆっくりと歩みを進める。

 やがて――通路が少し広くなったかと思うと。両側の壁沿いに、かなりの距離間隔を開けて、これまた酷く錆び付いたドアが並ぶようになる。

 初めてドアの真横を通り過ぎようとした、その瞬間。

 「うぷ…っ!」

 いきなり紫が口に手を当てて、フラフラとその場に(くずお)れそうになる。慌てて彼女の腕を掴んだ蓮矢は、呪詛による意識干渉を疑い、強めに声をかける。

 「おい、大丈夫かッ!? 聞こえてるかッ!?」

 「だ、大丈夫…」

 紫は苦い唾液を吐き戻した口元を制服の袖で乱雑に拭いながら、まだ若干フラフラしながらも力強く立ち上がる。

 「オッサンの鈍感さが心底羨ましいわ…。この強烈な苦悶のクオリアを感じずに済むんだからね…。

 危うく、意識を持って行かれそうになったわ…」

 「そうか、危ないところだったな」

 蓮矢は頷きつつ、ドアの方に視線を向ける。この向こう側に、紫を苦しめた元凶が配置されているのだろう。

 「…この向こうに、何があるってんだ?」

 蓮矢がそんな疑問を口に出した、その時。紫は蒼白な顔色を憤怒の赤で塗り潰すと。蛍光色を呈する魔力励起光で全身を覆い、魔装(イクウィップメント)を発動。赤白のコントラストが鮮明なギミック満載の機械化軽鎧を身に纏う。臨戦態勢だ!

 「まさか…! この向こうに、ザイサードの野郎が!?」

 「違う。

 だけど、ここら一帯のドアは、全部開けなきゃダメ。

 そして、中身を"成仏"させてあげなきゃ。こんな残酷な行為、ヒトの所業だなんて信じたくない」

 "成仏"? 一体何のことかと蓮矢が疑問符を浮かべている内に、紫は思い切りドアを蹴破る。赤茶色の錆が、ボコン、と鈍い音を立てて崩れて大穴を開けると共に、ドアはひしゃげながらクルリと回転しつつ、室内へと吹き飛ぶ。

 露わになる、ドアの向こう側。そこは光源が全くないものの、通路から差し込む光のお(かげ)でほぼ全容を確認することが出来る。

 

 そして蓮矢は、経験で鍛え抜いたはずの胃袋が危うく反転して口から転げ出しそうになるほどの、強烈な嘔吐感を覚える。

 

 そこに存在していたのは――狂気であり、混沌であり、惨劇であり、そして機械である。

 "それ"は室内の大半の空間を占めている。色は概ね、鈍く(ぬめ)った光沢を放つ赤色――腫れ上がった血肉の色だ。形状は、"混沌"以外の何とも形容することが出来ない。何の計画性もなく砂で山々を作ったとしても、ここまで酷い混沌は形成できまい。

 "それ"は、呻いている。「ううう」だとか「あああ」だとか、口を半分水中の中に沈めたような粘水性の声が、至るところから沸き上がっている。時折、「ぎゃあああッ!」と云う掠れた絶叫が響き渡り、聞く者の頭蓋を貫く。

 "それ"は脈動し、腐敗しながらも、その片っ端から再生を繰り返している。巨大な(あぶく)のように肉塊が盛り上がり、ブシュウと汚い音を立てて破裂して体液をまき散らしたかと思うと。直ぐにテラテラした光沢を持つ肉が盛り上がり、破裂した傷を塞いでしまう。その様相はしかし、"生命力"と云うよりも、"無限に続く拷問"という言葉がシックリくる光景だ。

 ――"それ"の正体。それはごちゃ混ぜになった人体で構成された、禍々しい有機機械である。

 

 「おいおいおい! なんだこりゃ!? 噂に聞く地獄炉ってヤツかよ!?」

 蓮矢は口元を手で覆いながら、無駄な大声で忌々しい感想を述べる。そうでもしなくては、本能を強烈に刺激して止まぬ電撃のような生理的嫌悪に打ちのめされてしまいそうな気がしたのだ。

 「機能のコンセプトは同じよ。肉体と魂魄の両面から逃げ場のない苦痛を与え、生じたエネルギーを絞り出す。この機械の場合、エネルギーは呪詛に転化させているようね」

 紫は眉をひそめて険しい表情を作りながら、蓮矢の質問に答える。呪詛による意識干渉の影響は、まだまだ尾を引いているようだ。

 紫は更に言葉を続ける、

 「でも、地獄炉と"こいつ"じゃ、スタンスの面で決定的な違いがあるわ。

 地獄炉は、生きた人間を燃料に使うけど、決して命を奪わない。炉から出れば、精神構造は変わり果てて疲労困憊だろうけれど、五体満足で人生を過ごすことが出来るわ。

 でもこの機械は、違う。燃料として使っているのは、みんな死者よ。恐らく、執拗な拷問を何度も何度も繰り返されて、ショック死や自死に追い込まれた人達ね。

 惨いのは、肉体が死んでも魂魄を解放せずに、死した肉体の中に閉じ込めてること。そして死した肉体を術式による擬似電気信号で"半分生きてる状態"にしてる。だから細胞が腐敗しながらも、増殖や再生を繰り返しているのよ。

 燃料は死者だから、これ以上死ぬことはない。だから、この機械はほぼ永久に苦痛を与え続け、エネルギーの搾取を続ける。

 …最悪に胸糞悪い代物よ。だから"成仏させたい"って言ってたのよ」

 「…ホントに死んでるのか、このヒト達…!? 声を出してるぞ…!?

 "成仏させる"ってことは、この機械をブッ壊すってことになるだろうが…まさか殺人を犯す事にならんだろうな…!?」

 蓮矢が警察らしい常識を述べれば、紫は物分かりの悪い子供に接するような小さな溜息を吐く。

 「形而上視認で確かめてみたら? ま、オッサンじゃ意識を汚染されて廃人になっちゃうかも知れないけどね」

 紫が毒づきつつ正論な警告を口にするが。蓮矢は警告を耳に入れるより早く、左目だけを瞑って形而上視認の体勢に入る。

 転瞬、視界中をワッと埋め尽くす大量の怨恨のクオリアによって、脳負荷が激増し、意識障害に陥りそうになるが…。直後、まるで濁った水がスーッと澄み渡るかのように、怨恨のクオリアが取り除かれ、視界がスッキリとする。これは、紫が毒づきながらも蓮矢をしっかりとフォローしたお(かげ)だ。彼女は蓮矢の後ろ首に手を置くと、脊椎に対して術式を流し込み、怨恨のクオリアを視覚野上からフィルタリングしたのだ。

 怨恨が消えた室内の形而上相は――非常に、空虚であった。確かに魂魄の定義は見えるが、その反応は非常に弱々しい。零れ落ちる寸前の線香花火を思わせる程度だ。自我は申し訳程度しか感じられず、しかも「痛い」とか「苦しい」といった単調な感情を繰り返すのみ。死語生命(アンデッド)とは比べ物にならない程に原始的…というか機械的な思考ルーチンだ。

 生きているとは、到底言えない。

 「…こりゃあ、外道の所業の極みってところだな…。

 苦痛を覚えさせるためだけに、魂魄を閉じこめてやがる…!」

 「だから、速やかに終わらせてあげる方が彼らの為なのよ」

 紫が頷いて、蓮矢の首から手を離す。蓮矢も形而上相視認を止めると、直ぐに着込んだ防弾装束のポケットを漁る。そして取り出したのは…一握りの術符である。

 「分かった、成仏させてやる。

 だが、そういう汚れ仕事は、警察であるオレの仕事だ。お嬢ちゃんは見ててくれりゃいい」

 紫が同意して頷くと。蓮矢は早速術符に魔力を集中。すると、術符表面に描かれた黒紫色のフラーレン墨から赤い魔力励起光が発生。そのまま宙に術符を放ると、術符はピンと張り詰めて矢のように真っ直ぐに飛び、凄惨な有機機械に触れる。

 転瞬、フラーレンの球状の分子構造に格納された術式が発動。激しい炎を上げて燃え上がり、それは錆びついた天井を焦がす程の高さまで昇る。

 みるみる内に炎に包まれてゆく有機機械の中からは、特に断末魔などは聞こえてこなかった。相変わらず、壊れた玩具のように呻き声を繰り返すばかりだ。だがやがて、肉体が滅んで魂魄が解放されると、魂魄は自由を謳歌するように一気に膨張し、青白い輝きとなって可視化すると、ホタルのように室内をクルクルと小躍りしてから宙空へと蒸発してゆく。一見して直ぐに"嬉しがっている"事が理解できる、気持ちの良い成仏である。

 「ここら一帯の部屋、全部にこの気違いじみた機械があるんだろ!?

 全部燃やし尽くしてやるぜ!

 魂魄は成仏させられるし、都市国家(プロジェス)への呪詛供給も食い止められる。一石二鳥だな!」

 蓮矢は意気込むと、通路を走り回って次々に扉を開けば、炎上効果の術符を発動して回る。やがて通路は、室内から漏れる赫々(かっかく)の火炎の輝きに彩られる。時には開いたドアの内側から炎の手が伸びてくることもあるが、その姿を見ていると、錆ついて汚れたこの施設を浄化しようとする聖火のようにも見えてくる。

 

 ()くして2人は、通路中の有機機械をすべて燃やし尽くす。

 最後のドアに術符を放り込み、激しく炎上したのを確認した2人が前を向けば…数メートル先には行き止まりの壁が立ちはだかっている。

 …いや、単なる壁ではない。その中央には、両開きの扉が設置されている。扉は妙に新しく、錆ついていないどころか、蛍光灯と炎の輝きを(まぶ)しく照り返す程の光沢を有している。しかも、単なる金属ではない。炎に煽られても煤がついたり酸化したりすることはない。明らかに、何らかの防御措置が取られている。

 この光景だけでも十分に威圧感があるが。加えて、ドアの向こう側からズンと重く伝わってくる、魂魄を振るわす魔力の余波がある。

 (居るな)

 (居るわね)

 胸中で(つぶや)いた言葉を視線で交わし合った2人は、互いに(うなづ)くと。紫が前に立ち、開き扉の真正面に進む。

 

 ――この向こう側に、呪詛の術者がいる。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 (これだけの騒ぎを起こしてる。相手は既に気付いてる)

 紫は魔装(イクウィップメント)で作り出した魔法機関内蔵の大剣を片手に構えつつ、ゆっくりと扉に手を伸ばす。

 (待ち伏せている可能性は、高い。

 扉を開いた直後に、勝負は始まる)

 紫の左手が、トン、と扉の表面に触れ――(わず)かに扉の均衡を破った、その直後。

 シュッ――小さくも酷く鋭い、風を斬る音が耳に入る。転瞬、紫は本能的に危険を察知し、屈み込む程に体を低くすると。そのままタックルをブチかますようにして扉に突撃、室内へと入り込む。

 同時に紫は背後の蓮矢へと警告を叫ぶ、

 「()けてッ!」

 実戦経験豊富な蓮矢は言葉を受けて、脊椎反射にまで昇華させた回避行動をとる。半歩横に移動しながら、首を曲げた――その直後。ビュンッ! と派手な風切り音が耳の穴の中へと進入する。

 (何だ!? "通り過ぎた"!?)

 一瞬前まで頭が在った場所を、殺意に満ちた烈風が通り抜ける。その風圧が頬を撫で、衝撃に肉が揺れる。

 ――いや、揺れただけでは済まない。頬にジンワリと広がる、熱と痺れ…そして遅れてやってくる、痛み。慌てて頬に手を伸ばせば――ヌルリとした禍々しい生温かい感触。

 頬がザックリと斬れている。

 (な…っ!

 待ち伏せてるとは思ってたが、こんなタイミングでもう攻撃して来るのかよッ!?)

 蓮矢が目を白黒させている間に。蓮矢の頬を斬った"攻撃"を頭上にかいくぐり、室内を疾駆。大剣を両手で握り直し、水平に刀身を構える。敵が眼前に迫った瞬間に疾走の勢いのままに振り抜き、横一文字に一刀両断する目論見だ。

 だが、紫は――4、5歩走ってすぐに、疑問符を浮かべて足をピタリと止める。

 ――視界の何処にも、敵の姿が見当たらないのだ。

 視界を埋めるのは、室内の光景だけだ。この部屋は今までの部屋とは全く違う(おもむき)をしており、生理的嫌悪とは無縁である。ガランと広い殺風景な金属の箱の中――と言った様相だ。奥の方に金属製で無機質に過ぎるデザインの椅子が、玉座のようにポツンと配置されているが、その他には家具や器具といった類のものは全く見当たらない。

 (何処!?)

 素早く視線を走らせて室内を見回していると――ブワリ、と大気の動く気配を頭上から感知する。慌てて首を上に向けると――"そいつ"は、居た。

 

 巨大な真紅の刀身を持つ大鎌を構え、天井を蹴って急降下してくる男。ジャラジャラとスタッズで飾った漆黒のコートに、大鎌の刀身よりもなお赤い、輝く炎のような真っ赤な長髪を持つ、襲撃者。ギラリと牙を剥くような、それでいて高揚して面白がるような、目を見開いた凄絶な嗤い顔を作っている"凶人"。

 ザイサード・ザ・レッド――彼は、何の宣戦布告も無しに襲撃してきた。

 

 (何のッ!)

 ガキンッ! 響き渡る重厚な金属の衝突音は、ザイサードの大鎌と紫の大剣とか正面から激突して発せられたものだ。

 大鎌を受け止めてすぐ、紫は大剣を大振りに振り抜き、ザイサードを吹き飛ばす。ザイサードは宙をクルリと一回転しつつ、すぐに体勢を保持して着地を試みる。

 対して紫は、黙って着地を許しはしない。大剣の峰に並んだ推進機関を噴かすと、急加速。宙空のいるザイサードの背後へと回り込み、回転のモーメントを利用して旋風のように剣を振るう。

 「おっとッ!」

 ザイサードは嗤い顔のまま声を上げると、大鎌を器用にグルリと回し、紫の大剣を受け止める。衝撃は宙に在るザイサードを吹っ飛ばすものの、彼はすぐに着地して両足を踏ん張り、踏みとどまる。

 紫は更に大剣の推進機関を噴かして、ザイサードを追撃。激しく、そして細かく円軌道を描きながら、ザイサードを激しく斬り付けまくる。

 対するザイサードは、大鎌をグルグルと振り回し、右から左からと襲いかかる紫の斬撃を(ことごと)く受け止める。自身の身長と同程度の大きさに、優に1メートルを越える長さの刃を持つ鎌を自在に操る姿は、百戦錬磨の実力を嫌と云う程に見せつけてくる。

 

 (スゲェ…)

 扉の所で立ち尽くす蓮矢は、2人の嵐のような巨大武器の応酬にゴクリと固唾を飲んで見守る。

 蓮矢も戦闘の経験は豊富だ。だからこそ、ザイサードの武器捌きから彼の実力の高さが痛い程に理解出来る。

 出来る事ならば、紫に助力して交戦をいち早く終わらせたいが…。

 (下手に手を出せねぇ…!)

 目まぐるしく立ち回る2人の間には、どうやっても横槍を入れられなさそうだ――動きが速過ぎる! 下手に手を出しせば、誤って紫の邪魔をしてしまいそうだ。

 (ここは暫く、お嬢ちゃんに任せるっきゃないか…)

 静観を決め込みつつも、致命的な隙を見つけ次第すぐに攻撃できるよう、腰に差した刀の柄に手を置いておく。

 ――そんな彼の頬には、冷たい汗の他に、先に斬りつけられた傷からの出血がダラダラと流れ出ている。…止めどなく。

 

 (このまま、一気に攻めきるッ!)

 紫は息をも吐かぬ怒濤の攻めでザイサードを振り回しながら、推進機関で加速した剣撃を叩きつけ続ける。

 ザイサードは相変わらず嗤い顔だが、ぶつける衝撃は着実に彼の体を翻弄している。立ち位置がズレたり、大鎌が跳ねたりと、影響が見て取れる。

 紫が攻め続けるには、2つの理由がある。1つは、呪詛を使わせる暇を与えない事。都市国家(まち)に溢れている漆黒の天使のような取り巻きが大量に発生しては、分が悪くのは自明なことだ。

 もう1つは、ザイサードが手にしている大型武器の欠点を突くことだ。

 紫は何度も剣撃をぶつけ続けた結果、大鎌がかなりの重量を有する事を(さと)った。そこへ強い衝撃を与えれば、長さと相まって強烈なモーメントが発生し、ザイサードは自分の武器によって体勢を崩されることになる。

 一方、紫の武器も大型の武器だが、推進機関のお(かげ)でモーメントを無理矢理に押し殺すことが出来る。更に高速移動も可能なことから、この交戦においては断然有利なはず。

 (それッ、どうよッ!)

 ザイサードの大鎌がガキンッ! と耳障りな音を立てて、大きく横に振れる。

 「おおっと?」

 ザイサードは流石に嗤いを消して、ちょっと慌てたような表情を作る。――但し、その表情は何処かひょうきんな印象を受けるものだ。その余裕が、紫の心情に烈火を灯す。

 (何その変な顔ッ、甘ったるいわねッ!)

 紫は峰の推進機関を全開に噴かして斬撃の機動を急変化させると。ザイサードの真下から大剣を振り上げ、バランスの崩れた大鎌の刃に激突。彼の腕を大きく上方向に跳ね上げる。

 そしてがら空きになった胴体に潜り込むと、左手を堅く握り込んで拳を作り、腕部装甲から電極装置を解放。強烈な電流を発生させてバチバチと青白い電火を発しつつ、ザイサードの胸元――心臓の辺り目めがけて繰り出す。

 (これで黒焦げに――!?)

 ガクンッ! いきなり、紫の動きが急減速し、倒れ込みそうな程にバランスを崩す。実際、紫は背中に巨大な鉛でも背負わされたような重圧を感じると共に、肉体そのものも鉛と化してしまったかのように重く鈍くなってしまう。

 (まさかッ!)

 直ぐに視線を地面に落とした紫が、そこに見たもの。それは、紫の影の中から泥中のカエルのようにチョコンと顔を出す、異形の姿。真夏の陽光の元に放置したチョコレートのように、デロリと溶融した面持ちを持つ化け物。

 一見して自明な呪詛だ。こいつが足にまとわり付き、紫の運動神経に干渉して運動能力を低下させたのだ。

 思わぬ所で隙を作ってしまった紫に対し、ザイサードは弾かれた大鎌を翻し、赤い落雷の如く紫の頭頂めがけて振り下ろす。

 (マズッ!)

 紫は舌打ちしながら、体の重みのままに屈み込みながら、電極装置を伴う左拳を地面に叩きつける。バチンッ! と激しい破裂音と共に青白い雷光が灯り、呪詛を構築する術式が破壊される。

 身体が自由を取り戻した時には、既に大鎌は頭頂より数センチの位置にまで迫っている。紫は屈んだ体勢から倒れ込み、転がってその場を離脱。一瞬の後、ガキンッ、と金属音が響いて大鎌の先端が金属の床に突き立つ。

 だが、ザイサードの動きは止まらない。重量級の長い獲物を振り回している事を感じさせない軽やかな動きで紫に向かって飛びかかる。突き立てた大鎌を引き抜きながら、左脚で蹴りを繰り出す。紫まで脚が届かない距離のはずだが――赤い一閃が宙空を疾駆し、紫の身体に迫る。

 (!!)

 紫は起き上がりつつ大剣を立て、迫り来る赤い一閃を受け止める。ギィィンッ、と激突音が響き渡る中、ザイサードの動きがほんの一瞬だけ止まる。

 そこで紫が見たのは――ザイサードの穿()いた漆黒のロングパンツを裂いて飛び出す、真紅の刃。まるで、ザイサードの脚から生えて飛び出したかのような暗器だ。

 (こいつ、単なる呪詛使いじゃないッ!)

 紫がギリリと奥歯を噛みしめていると。ザイサードは刃を支点にして跳び上がり、もう一方の脚で前蹴りを放つ。その足裏から、靴底を裂いて真紅の刃がシュッ! と出現。紫の顔面目掛けて一直線に向かってくる。

 紫は大剣を振り、ザイサードの身体を吹き飛ばしてから、勢いのままに回転しつつ横へと移動。そんな彼女の頬スレスレを、真紅の刃が通り過ぎたかと思えば、一瞬にしてザイサードの足裏へと引っ込む。

 距離を開けた2人が対峙すると、ザイサードがクックッと声を上げて嗤う。

 「良いねぇ、流石だねぇ、ユーテリアの星撒部!

 "百聞は一見に()かず"とは言うが、ホントだねぇ!

 想像してたより、ずっと面白ぇ!」

 対して、紫は返事しない。それどころか、ザイサードの言葉の終わりを待たずに、地を蹴って肉薄する。

 「そのシビアさ、良いねぇ!」

 ザイサードは賞賛すると、大鎌を構えて自らも地を蹴り、紫を迎え撃つ。

 

 - To Be Continued -

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