◆ ◆ ◆
ギィンッ! ガキィンッ! キィィッ! ガゴンッ!
連続する金属の衝突音は、紫とザイサードの長大な武器の応酬によるものだ。2人は再び、近距離での嵐のような斬り合いを展開している。
対する紫にも、ザイサードが持ち得ない強みがある。それは、同じく重量系の武器を持ちながら、推進機関を用いた高速移動が可能である事だ。
「ホッ! スゲェッ!」
とザイサードが讃辞を送りながら、防戦一方に徹する場面も何度もある。
しかし、紫の苛烈な連続攻撃も、どうしてもザイサードの皮膚に届かない。ザイサードは大鎌と体から突出させる真紅の刃で、紫の攻撃を全て受け止めてしまう。
だが、残念ながら、その結果は必然と言えよう。紫は高速移動出来るとは言え、常に左右へと忙しく回り込む手間を掛けて攻撃している。対するザイサードは、ほぼ行き足を止めた状態だ。紫が回り込む間に、彼は振り向くだけで動きに対応してしまう。
(このままじゃ、ジリ貧ね…あたしの体力が尽いちゃうわ。
…それなら…ッ!)
紫が打ち出した打開策。それは、彼女にとっては博打の要素の強い、新しい試みだ。
紫は足の裏の推進機関を一気に噴かし、ザイサードから距離を取る。退避が目的なのではない、ザイサードに攻めに来させようと云うのだ。そしてザイサードのものであった利を、自分のものとしようと云うのだ。
しかし、これには弱みがある。ザイサードには呪詛や伸縮する真紅の刃による遠距離攻撃がある。わざわざ紫に近寄る必要もない。
この時もザイサードは肘打ちするような格好を取ると、肘から真紅の刃を高速に打ち出して来る。同時に、刃の影に隠れるようにして、床の上を漆黒のシミが素早く接近してくる。足止めを狙った呪詛だろう。
この事態は当然、紫も想定済みだ。この対抗策こそ、彼女の"博打"なのだ。――何せ、初めて実戦投入するどころか、ぶっつけ本番の試みなのだから。
紫は、
(やれる、やれない、じゃないッ!
やるしかないのよッ!)
紫の右手に蛍光の魔力励起光を放つ術式が収束し、物質化して具現化する――こうして現れたのは、大剣より尚長大な、優に2メートルを越す大きさを持つ、"砲"だ。
紫は、遠距離攻撃用の武器を創り出したのだ! 試みは成功だ!
(呪詛も刃もまとめてブッ飛ばして、あの赤ロン毛を引きずり出すッ!)
紫は砲を両手で持ち、ロクな狙いは付けずにザイサードの方へと砲口を向けると。魔力を集中し、砲の内部に荷電粒子を模した"浄化"のクオリアを持つプラズマを蓄積すると――一気に、放出する。
「おおっとぉッ!?」
ザイサードはヒラリと転身して奔流を回避。その動作の勢いのまま大地を蹴ると、大鎌を振りかぶって紫へと突進してくる。
――狙い通り! 立場が変わった!
紫はチロリと舌舐めずりしながら、すぐさま砲を大剣へと転変させると。直後、嵐のように大鎌を振るうザイサードを
ザイサードは目論見通り、紫の死角を突くべく絶え間なく移動を繰り返して攻め続ける。対して紫は振り向くだけでザイサードの動きに対応する事が可能とはなったが…決して安堵は出来ない。ザイサードの一撃一撃は激しく重い。移動による加速が加わった分、前よりも衝撃が激しい。相当気合いを入れて捌かないと、大剣が弾き飛ばされてしまいそうだ。
…それ以前に、激しい衝撃がジンジンと手を伝わり、指が痺れてきそうだ。
(でも、バカ力だけが勝敗を決めるワケじゃないッ!)
ザイサードの大振りながら、剣閃が霞むほどの高速の横薙を繰り出し、紫の首を
以降、紫は大剣と脚部装甲の推進機関を全開で起動。慣性を無視した鋭角的な動きでザイサードの背後へと瞬時に回り込む。そして、回転の力を利用しながら転身しつつ、大剣を横薙ぎ。ザイサードの背後の両断を目論む。
対するザイサードは紫の急激な高速移動についてこれず、辛うじて首を巡らすくらいしか出来ない。このままザイサードは紫によって仕留められた…はずだったが。
ガギィィンッ! 金属音が鳴り響き、紫の動きが止まる。想定外の事象に、紫は目をまん丸く見開いて驚愕を露わにせざるを得ない。
紫の大剣の一撃は、水飴のように伸びた真紅の塊によって
(何よ、これ!? どこから!?)
見開いた視線で、塊の根本を追うと。それはなんと、大鎌の柄に繋がっている。――つまりこの塊は、大鎌の刃が変形したものだ。
(液体金属!?)
紫が状況判断している間に、ザイサードがギュルルと高速で転身。同時に腕と脚から真紅の刃を長く延ばし、紫の体を切断せんと動く。
「ちぃっ!」
紫は大きく舌打ちしながら足裏の推進機関を吹かし、大きく跳び退る。ザイサードの真紅の刃は虚しく空を斬ったが――彼の行動は終わらない。
ザイサードはすぐさま大釜の刃をグニュリと変形させて元の形に戻すと、そのまま大鎌を大きく振るう。直後、刃がズルリと柄を離れ、高速回転しながら宙に居る紫の元へと飛びかかる。
紫は大剣を振るって飛来した刃に叩きつけ、その動きを止めようとするが。刃はズルリと液体らしく柔らかに両断されると、2つの小さな刃と化して大剣の上を伝い、更に紫に接近する。
(もうっ!)
紫は足裏の推進機関を全開にし、高速の蹴りを打ち上げる。刃を蹴り飛ばすというより、衝撃波で液体の刃を吹き飛ばして撒き散らす算段だ。
紫の目論見通り、刃は割れたシャボン玉のように飛沫と化して天井の高さまでビチャビチャと吹き飛ぶ。しかし、直後に一滴一滴がオタマジャクシのように宙を泳ぎながらザイサードの手にした柄に集合し、再び大鎌を形成する。
着地した紫は、どう攻めるべきかと考えを巡らして、ギリリと歯噛みする。
(こいつッ! まだまだ何か隠してる…ッ!
何をしかけてくるつもりなのか、全然予測できないッ!?)
大剣のまま、斬りつけに行くべきか。砲での牽制を行うべきか。逡巡している彼女をあざ笑うように、ザイサードは余裕の嗤いを浮かべて、肩にトンと大鎌を乗せる。
「ビビっちまった? そりゃそうだよなぁ、呪詛使いなんて根暗なヒョロガリってイメージだしさぁ。こんなバカデカい武器持って振り回してくる時点で、既に予想外だろぉ?
なのに、戦えば戦うほど、スルメみたいに後から後からと色々出てきちまう。
怖くなってきちまうのも、当たり前…」
ザイサードはヘラヘラと語りながら、いきなり膝を折ってしゃがみ込み、左手で大地に触れる動作を行う。
転瞬、攻め
(ヤバッ!)
紫が冷や汗をブワリと出して焦るのと同時に。
「だよなぁッ!」
ザイサードが言葉尻を叫びながら、大鎌を大きく振り上げる。すると、液体の刃からブヨリと真紅の塊の一部が飛び出すと、それは5等分になり、それぞれが体積を増す。そして水面から飛び出したサメの
(こんのッ!)
紫は腕の電極装置を展開すると、バチバチと派手に青白い電光を灯してから、パァンッ! と空気の破裂する音と共にその場で強烈な閃光を爆発させる。呪詛も悪霊と同じく形而下の存在を電磁気に大いに依存している。これに干渉して、呪詛を取り除こうとしたワケだ。
紫の試みは何とか成功し、足下の呪詛は光の中へ蒸発して消えて行く。これで拘束から解放されたものの、肉を抉られた痛みは消えない。それでも、グズグズいてはいられない!
紫は即座に足裏の推進機関を吹かして天井まで飛び上がる。その直後、紫の居た場所に真紅の刃が5つ、虚しく宙を切り裂いた。――しかし、それだけにとどまらず、刃はグニュリと変形し、それぞれが一度宙に浮かぶ球体へと変じると、そのまま三日月の形へと変じ、紫に向かって飛び上がる。
(しつこいっ!)
紫は手にした大剣を振り回し、餌をめがけて突き進むツバメのような真紅の刃たちを叩き斬って吹き飛ばす。
そこの最中――紫は視界の端に、霞む勢いで間近に姿を現した存在を見つけ、目を見開く。ザイサードが飛びかかって来たのだ。
「そぉりゃっ!」
ザイサードはオーバー気味の行動を取り、紫を頭頂からかち割ろうと大鎌を振り下ろす。紫は大剣を横薙ぎに払いつつ、最後の1つの真紅の刃を叩き落としながら、天井を蹴って身を回転。ザイサードの大鎌をやり過ごす。
そこへ、ザイサードが
ギィィンッ! 耳障りな音が響いた一方で、紫はギョッと目を見開く。装甲の表面がガリガリと削られて、パラパラと金属片を零したのだ。装甲の強化を失念していたら、脚がスッパリを切断されていたことだろう。
ここを機に、ザイサードは真紅の刃を嵐のように振るい、大鎌のみならず腕脚を絶え間なく振るって紫を攻め続ける。その表情と来たら、怯えて穴蔵に隠れているネズミを
紫は距離を取って体勢を立て直すことも考えようとしたが、すぐに頭の中から振り払う。
(それなら、近距離で利を取ってみせるッ!)
紫はザイサードの鎌を受けながら、少しずつ大剣に魔力を注入。そして、魔力が溜まりきった瞬間に、あたかも割り箸を割るようにして、両手でもった大剣の柄を二分すると。大剣は蛍光色と共に姿を変えて、二振りの曲刀と化す。
長さは元の大剣よりずっと短いが、重量は軽いし、モーメントの影響も小さい。以前より迅速で軽やかな攻撃を展開出来る!
天井まで飛び上がっていたかと思えば、床に降りたりと、目まぐるしく位置を変えながら戦い続ける2人。その中でザイサードの嗤いに、明らかに苦々しいものが浮かんでくる。重量系の武器である大鎌を振るうのに負担がかかっているようで、紫の曲刀の動きに追随しきれなくなってきたのだ。
「おっわッ!」
などと声を上げながら、鎌の刃をグニョリと変化させて曲刀の一撃を防ぎつつも、次いで放たれた二撃目を苦笑しながら脚の刃で受け止める。その体勢はかなり苦しく、今にもバランスを崩しそうだ。
紫が目論んだ通り、形勢は彼女に傾いてきたとみるべきだが――紫は内心で眉をひそめ、状況に疑問を呈する。
(…何かおかしい…
あたし…勘違いしてる気がする…)
形勢は紫に傾いてきたとは言え、ザイサードも凶人集団と恐れられる"ハートマーク"の一員である。どれほど苛烈に攻めようとも、彼の漆黒のコートを破くことは出来るものの、皮膚を裂くまでには至らない。ザイサードは呪詛を扱える余裕がなくなったらしいが、それでもグニョリと器用に変形する大鎌と、体部から突如として飛び出す真紅の刃を駆使し、紫の攻撃を受け止めては、時折反撃しさえする。
それでも紫の方が一枚上手なのは、日頃重量系の武器を扱う身の上だからこそ、大鎌の弱点を的確に突いた行動を逐一取っているからだろう。ザイサードは次第に、大鎌の勢いにフラフラと振り回されつつある。
安堵出来るほどではないが、着実に追い込んでいると言っても差し支えない状況だ。――それでも紫は、違和感を覚える。
(あの大鎌も、体から生えてくる刃も――単なる液体金属なんかじゃない)
魔力に応じて流動するだけの液体金属ならば、物理法則に
だが、実際はどうだ。大釜はどれだけ伸びても、厚みが減じることはない。むしろ、拳のように大きく膨張した形を取ることすらある。刃を三日月のように飛ばしても、柄についた大鎌の刃の体積が減じたようには見えない。
体部から伸びる刃だって、そうだ。どんなに伸びようとも、その厚さも密度も変わることはない。
まるで、体積がザイサードの任意によって自由に増減しているかのようだ。
(ナノマシン? それとも、別の何か?)
形而上相視認によって確認したくとも、その暇を作るのは極めて困難だ。ザイサードは体勢を崩しつつあるとは言え、その立て直しが恐ろしく速い。気を抜けば、体勢を立て直す勢いのままに大鎌を振られて、首と胴が切り離されてしまう気がする。
(…警戒はしつつ、取り敢えずは好機よ! 攻め続けるッ!)
そして紫は一つ、ザイサードを打ち倒すための"罠"を仕掛ける。
それは、ほんの少しのミスを装ったものだ。大きなミスでは、実力者ならば露骨な誘引だと覚ってしまう。
紫は勢い付いて高揚したかのように、二本の曲刀を一斉に振るう。そして、ザイサードの大鎌を一気に叩き下ろし、金属の床にグサリと深々と刺し込んだのだ。
「おっとっとッ!?」
ザイサードは大鎌と共に両腕を叩き落とされ、胸部が無防備になる。
紫はそこで"しめた"とばかりに瞳を輝かせ、曲刀を
この構図だけ見れば、どこもミスには見えはしない。だが、相手がザイサードである場合は、思慮に欠いたと言えよう。
何せ、ザイサードは体の何処からでも真紅の刃を出すことが出来る。
紫の曲刀を胸の間近にまで引きつけたザイサードは、転瞬、ニヤリと凄絶に嗤う。そして右腕に長い三日月状の刃を形勢し、大鎌の柄を離すと、紫に袈裟斬りに叩きつける。
紫は一瞬、"しまった!"、と云う表情を作ったが――それこそが、彼女の"罠"である。ザイサードの刃はシュンッ! と虚しい風切り音を響かせて、宙を切り裂くに留まる。
(おりょ?)
いきなり視界から消えた紫に、ザイサードがキョトンとしていると。ズドンズドンズドンッ! と発砲音の連続と共に、脇腹に突き刺さる鈍く重い衝撃。
見れば、両足の推進機関を巧みに操った紫がザイサードの後方に回り込み、曲刀を
流石のザイサードもダラリと冷や汗を流し、苦痛と嗤いを交えた奇妙な表情を張り付けながら、腕の刃を振るって反撃しようとする。しかし、紫はすぐにザイサードの懐へと潜り込むと、弾丸をたたき込んだのとほぼ同じ位置に「[rb:銃剣>バヨネット]]の刃をズブリッと差し込む。
紫が
そして超高振動する刃は、ザイサードの血肉を派手に抉り、真紅を
紫はそのままザイサードに蹴りを叩き込み、尚も迫りつつある真紅の刃を遠退かせる。そして二つの銃口をザイサードの顔面に向けて、引き金を引かんとする。
これでトドメ――のはずが、紫は背筋にゾワリと悪寒を覚える。
宙を舞う、幾つもの真紅の滴。その光景が、やけに不吉に網膜に
赤。血の色。肉の色。
赤。大鎌の色。体から飛び出す刃の色。
赤。変幻自在、体積の増減すら思いのままの存在。
(――まさか!?)
思い至った時には――ザイサードの苦悶の表情が一転、ニンマリとした嘲笑へと変わっている。
◆ ◆ ◆
(マズいッ!)
紫は慌てて手にした双銃を合わせて、魔力を集中。大剣への変形を急ぐ。
その間にも、嗤うザイサードから零れた血肉の滴が――紫の悪寒の通りに――"動く"。
赤の一滴一滴が、突如重力の
大剣への変形は、血肉の弾丸が接触する直前ギリギリでどうにか間に合った! 転瞬――ガガガガガンッ! 激しい激突音が連続し、大剣を激震が駆けめぐる。柄を掴む両手に衝撃に衝撃が走り出し、指と手のひらにジンジンと痺れが生じる。
(この
通常、
ザイサードの場合、キーワードは"赤"。血だろうが肉だろうが、赤い色の存在ならば、自在に動かすことが出来る。
(呪詛に
血肉の弾丸を受け切った紫は、大剣で盾を作りながらも、間合いを広げるどころか、ザイサードへと距離を詰めようとする。
(血や肉を操作出来るなら、さっき私が付けた
再生し切られる前に、致命傷を与える!)
紫は大地を踏みしめ――途端に、焼け付くような意味が脇腹から頭頂へと駆け抜け、動きが鈍る。
衝撃も何も感じなかったはずが、何が起きたのかと視線を巡らせば――ちょうど脇腹の部分に、身につけた装甲を綺麗に円状に抉って貫いた、親指ほどの大きさの創がある。出血は見当たらないが、どうやら傷口が焼けているからのようだ。
(何よ、これ…!?
これも
一体、どんな"赤いもの"を操ればこうなるのか? ――
(あいつッ、まだ隠し玉を持ってるっての!?)
紫が舌打ちしながら、身体に鞭打ってザイサードに詰め寄ろうとするが。脇腹から走る激痛は紫の理性を押さえ込み、動きを鈍らせてしまう。
取り敢えず、回復が先決だ。紫は大剣で盾を作ったまま、出来る限り力を込めて後ろに飛びつつ、右手で脇腹を覆う。そして魔力を集中させ、体組織の再生を促進させる。
「運
体勢を立て直したザイサードが、右手を伸ばして人差し指を左右に振りながら、あざ笑う。
「正義感だか倫理感だかで、オレの作った装置を燃やしてくれちゃったみたいだがよ。
それって、お嬢ちゃん自身で墓穴を掘っちまってるんだわ。
こんな風に…よぉッ!」
ザイサードの語尾が弾けるように強まった途端。バカァンッ! と激しい音が響き渡ると共に、紫の背後の方から何か大きなものが高速で宙を駆け、天井にぶつかってガツンッ! と痛々しい音を奏でる。そのまま重力に引かれて落ちたところをみると――吹っ飛んできたものの正体は、扉だ。
直後、紫は視界の後ろの方が輝かんばかりの真紅に染まるのを覚る。急いで振り向いてみれば――通路の両端、非道の人体機械を燃やしていた火炎が竜巻のような速度で室内に張り込んできている。
ザイサードの
(こんな時に…!)
まだ満足に動けない紫は、ハッと思い出す。激闘の最中、全く存在を忘れ切っていたが…この部屋にはもう一人、紫の見方が居る! しかも実戦経験を積んだ実力者だ!
「蓮矢のおっさんッ! その炎、どうにか抑えられない!? ほんの少しの間で良いからッ!」
ザイサードに筒抜けでも構わず、鋭く叫ぶ紫だが――返事は、ない。
――まさか、急激に吹き込んできた火炎に飲まれてしまった? 実力者だと吹聴していた"チェルベロ"の捜査官にしては、あまりにもお粗末だ。それは有り得ないとは思いつつも、何か問題は起こっていると判断した紫は、内心で舌打ちしながら振り返る。
「ねぇ、聞いてンの!?
さっきから見てばっかりなんだから、こんな時くらい――」
紫の毒舌は、不意に止まってしまう。
彼女が振り向いた先。扉が吹き飛んで通路が丸見えになった出入り口の向こうに、業火に包まれた通路が見える。ザイサードの
扉の傍に居たはずの蓮矢は、どうなったか。一瞬姿が見えず戸惑ったが、高熱の大気によって景観が
(何を暢気にノビてンのよ!
まさか、ホントに吹き飛ばされたってンじゃないでしょうね!?)
紫は急に足枷を付けられたような不快感を得て表情を渋くしながら、部屋の中を暴れ狂う炎をかいくぐり、蓮矢の元へと走る。流石に、見殺しにすることは出来ない!
幸いにも、ザイサードは火炎を操る事に専念し、背中から紫に襲いかかることは無かった。それとも、
ともかく、渦巻く火炎と高熱に髪の毛や皮膚をチリチリと焦がされつつも、蓮矢の元にたどり着いた紫。早速文句の一つもぶつけてやろうとするが――言葉は舌に張り付いて、外に出られなかった。
何故ならば――うつ伏せに寝転ぶ蓮矢は、真っ赤な粘っこい水溜まりの中に浸っていたのだから。
顔を中心に薄く広がるこの水溜まりの正体は、血液だ。蓮矢の頬の
この部屋へと進入する際、ザイサードの奇襲を避けきれずに負った、頬の創。カッターでスーッと皮膚を薄く切ってしまった程度の創のはずが、今の今まで止血することなく、血が流れ出続けているのだ。
そのため、蓮矢の顔はすっかりと病的な土色へと化し、皮膚を濡らす赤黒く変色した血液が無惨な彩りを添えている。
どう見ても、ザイサードの
結果、蓮矢は貧血を起こし、倒れて伏したというワケだ。
「すまねぇ…。ザイサードの野郎、呪詛使いだとばっかり思ってたが…妙な業を使いやがる…。
足を引っ張ちまった、すまねぇ…」
「ホントよねッ!」
とは毒づきつつも、紫は蓮矢を肩に背負うと、見る間に室内を埋め尽くす火炎地獄の中に、何とか蓮矢を安置出来る場所はないかと目を凝らす。
――だが、流石のザイサードも、これ以上は紫を自由に泳がせるつもりはないようだ。
紫は頭上に目も
(もぉッ!)
蓮矢を肩に負う紫は、大剣を使って防御することが出来ない。ギリリと歯噛みしながら、紫は足裏の推進機関を吹かし、派手な烈風を巻き起こしながら蹴りを放ち、火の粉に吹き飛ばす。
直後――紫はギョッと目を見開く。吹き飛ばした火の粉の向こう側から、炎に包まれた真紅の大鎌を手にしたザイサードが肉薄していたからだ。
(やるっきゃないじゃんッ!)
手の塞がっている紫は、火の粉を蹴散らした勢いのまま、そのまま高速で転身し、横薙ぎに迫る炎の鎌に回し蹴りを叩き込む。
「ぐぅっ!」
三半規管を揺さぶられてクラクラするが、紫は即座に足裏の推進機関を吹かして体勢を立て直す――その最中、蓮矢を負う腕に激痛が走る。
肉を裂き骨を貫く、その激痛の正体を探るべく、視線を蓮矢の方へと向ければ。蓮矢の頬から流れ、紫の腕に垂れた血液が、
(
あいつにとって
火炎に血液の操作、そしてザイサード自身による攻撃行動を目の当たりにした紫は、激痛と共に後悔を感じながら眉を険しく立てる。
余裕なんて持てるワケがない。…でもこちらには、怪我人という足枷がある。
この制約に紫は、自身の五体を引き裂きたくなるような焦燥感に駆られる。――活路を
そう逡巡している間に、紫の四方で炎がグワッと持ち上がったかと思うと。それぞれが炎のローブを纏った死神のような姿と化し、手にした鎌や斧、大剣といった大型武器で紫に襲いかかる。恐らくは
「ったくッ!」
紫は怒気を吐き捨てながら、足裏の推進機関を噴かし、床の上を器用に滑りながら滅多打ちに振り回される武器を回避。そして、烈風を纏った蹴りを放ち、斧を手にした"炎の死神"をブッ飛ばすと、こじ開けた合間の中へと即座に身を入れる。
その最中、負われた蓮矢が紫の耳元で、紫色に変色した唇をフルフルと震わせながら、
「オレ……足手まとい……置いて……お前だけでも……」
「そうしたいのは山々よッ!」
紫は怒声を張り上げて即答する。
「でもそれじゃあ、星撒部のポリシーに反するし! 何より、副部長に怒られるってのッ!」
そう答えるものの、実際には蓮矢は酷いお荷物だ。彼をどうにかしなければ、未だに隠した
(取り敢えず、ブン投げてでも、おっさんをこの戦場から遠ざけるッ!)
そう決意した紫は、早速出入り口へと移動する。通路にも火の手は回っているというものの、火は室内に向かって流れ込んでいる。通路の奥の方は平穏そのものだ。
出入り口付近まで至る間にも、炎が次々と立ち上がっては形を作り、"炎の死神"が現れて武器を振るって邪魔をしてくる。彼らを打破するまで付き合っていては、ザイサード自身に奇襲されるかも知れない。それを恐れた紫はひたすら回避に専念し、床の上を推進機関で滑りながら、出入り口付近を目指す。
(見えてきたッ!)
炎熱によって混沌とした虹色に変色した金属壁の中に、ポッカリと開いた出入り口が見える。紫はもう一踏ん張りと云わんばかりに推進機関を噴かし、目的地に急ぐが――。
突如、炎の中から巨大な真紅の切っ先が現れ、紫の首を掻っ斬ろうと迫る。この刃と共に炎の中に姿を現したのは――ザイサード自身だ!
彼は紫の行動を予測して、先回りしていたらしい。
(最悪ッ!)
紫は速度を殺さず、最大限横方向へと滑ってザイサードの鎌をかわそうとするが。横薙ぎに振り抜かれた鎌からビチャビチャと弾き飛ばされた真紅の滴が、全て弾丸の速度で紫の体に肉薄してくる。
紫は烈風を纏った蹴りで弾丸を弾き飛ばそうと試みるが――蹴りを構えた途端、強烈な熱と激痛が右の太股に走る。
チラリと眺めれば、先に脇腹にやられたように、傷口を焼き焦がす綺麗な円形の穴がポッカリと開いている。
急に脱力してバランスを崩した紫は、推進機関の勢いを
仰向けになって床へと落下する彼女へ向けて、真紅の滴が直角に方向転換し、紫の体中に風穴を開けようと迫る。
(やられてたまるかってのッ!)
紫は左の足裏の推進機関だけを大きく吹かし、中空で独楽のように回転しつつ、致命的な滴の雨をギリギリで回避する。一瞬前まで紫が居た空間の真下では、滴の激突によって金属の床がボコボコボコッ! と大きく歪んで凹んでいる。
そのまま推進機関を制御して無理矢理立ち上がった紫は、
炎に満ちる通路の中を高速で一直線に駆け抜けてゆく蓮矢。それを見たザイサードは、通路の方へと手を延ばし、通路に満ちる炎を操作。蓮矢を四方から取り囲み、一気に燃やし尽くそうと企む。
蓮矢は戦力にはなり得ないが、彼への攻撃は紫を焦らせ、足枷となるとの目論見による行動だろう。
しかし、紫は蓮矢に気を遣うことはしなかった。むしろ、蓮矢に気を取られたザイサードの隙を突き、穴の開いた右足の推進機関をも駆使してザイサードに接近すると。電極装置を突出させた右拳でザイサードの顎を思い切り殴りつける。
バチンッ! 赤一色に染まった室内を上書く、青白い電光。その輝きと共に四方八方へと高速の蛇のように散る、電流の群れ。
「ンゲッ!」
ザイサードは間の抜けた声を上げながら吹き飛びつつ、全身を駆け巡る電流にビクビクと四肢を痙攣させる。当然、魔力の集中は乱れ、蓮矢を囲む火炎は勢いを失う。そして蓮矢を引いて飛ぶ大剣は、まんまと炎の通路を突破する。
――これで、足手まといの問題は片づいた! 紫は薄くほくそ笑みながら、ポッカリと開いた右腿の穴に手を触れて回復魔術を遣いつつ、ザイサードの動向を注視する。
痺れていたザイサードだが、数瞬の後に中空でフワリとコートを
「お見事な問題対処だねぇ」
「そりゃ、どうも…ねッ!」
答えながら、紫は両足裏の推進機関を吹かして、高速でザイサードに突進する。右足の穴は、ほぼ塞いだ。少し突っ張るが、動きに支障はない。――ならば、虚を突いて思い切り攻める!
「オホッ! 元気の良い
ザイサードはあざ笑いながら答えると、火炎を纏った大鎌を振りかぶりつつ血を蹴る。そして紫の胴体に袈裟斬りに振り下ろしつつ――肩の辺りから出現させた真紅の刃を先行させて、紫の額を狙う。
紫は突進の勢いを殺さずに、額を狙う刃を掠めるようにしてかわすと、電極機関で振り下ろされた炎の大鎌を防御。途端にザイサードの大鎌は爆発を起こすが、紫もまた電流の爆発を起こして対抗。真紅と蒼白の輝きが積乱雲のように巻き起こる。
そのド派手な現象が引き金となったかのように、紫とザイサードの至近距離での撃ち合いの第二幕が開く。
◆ ◆ ◆
自ら突進した紫であるが、撃ち合い初めは圧倒的不利な形勢を強いられた。
何せ紫は、蓮矢を助けるために大剣を手放してしまったのだ。
紫は身に纏っている装甲と、蓮矢を逃がす為に放った大剣を造り出すために、"素材"をほぼ使い切っている。故に、大剣のような高機能な物体を造り出すには、大量の"素材"を新たに生成する必要がある。これは大変骨の折れる作業であり、交戦のような刹那的対応が求められる状況下で成し遂げるのは"無理"と言い切れるほどに困難なことだ。
紫は体術を武器に、ザイサードと渡り合うことになる。対するザイサードは、部屋に充満している"赤"の存在ならば、自在に操って己の武器とすることが出来るのだ。紫に分が悪くなるのは当たり前と言えよう。
それでも紫は、ザイサードと良く渡り合った。そこまで凶人に食らいつけたのは、彼女の苛烈な覚悟に依る。
(防御を考えてたら、後手後手に回って押し切られる!
腕も脚も捨てて構わない位の勢いで、攻め続けるッ!)
そう覚悟したとは言え、紫も流石に本気で後先考えずに行動したワケではない。実際には強力な体組織再生の
この自動的な守護のお
「スゲェスゲェ! よくやるなぁ、お嬢ちゃんッ!」
ザイサードはそう絶賛しながら、紫の攻撃を身に受けてはニンマリと嗤って立ち直り、何倍もの手数で以て紫に襲いかかるのだ。
紫は鎮痛作用に
――その努力がやがて、身を結ぶことになる。
大剣がようやく、蓮矢を安全圏にまで運んだのだ!
それを感知した紫は、即座に大剣を術式に分解。形而上相を通じて己の直ぐ間近にまで引き戻す。
そしてザイサードを殴りつける行動を取りながら――術式を再構築し、大剣を創り出すと。ザイサードの体に叩きつけたのだ。
突如として現れた大剣に目を丸くしたザイサードは、脊椎反射的に後退して回避を試みようとするが、間に合わない。長い大剣の刃によって胸を横一文字に切り裂かれる。
派手に血が噴出するが、ザイサードは苦痛に顔を歪めるよりも、ニヤリと厭らしく笑んでみせる。何せ、"血"と言う武器が増えたのだから。
これを弾丸のように飛ばし、紫を蜂の巣にしようと試みるものの――紫の次の一手の方が、速い。
大剣の峰に並んだ推進機関を全開にした紫は、急速に逆回転すると、ザイサードの顔面を狙って大剣を振るう。
ザイサードは神業がかった反射神経で地を蹴り、後ろに飛ぼうとする――が、ここで紫はもう一手、攻めに加える。
大剣の刃の部分の定義を再構成し、青白く燃える炎のようなエネルギーの刃と為すと。プラズマ状のそれをブワリと膨張させて、ザイサードの顔に延ばしたのだ。
仮にザイサードが『宙地』を使って更に後ろに飛ぼうにも、避け切れる速度ではない。
ザイサードの顔が、エネルギーの刃によって、パックリと二分される――かに思えたが。
ここで、ザイサードの"とっておき"の
ピカッ――網膜を
いきなり、ザイサードの姿が消えてしまったのだ。
(…何よ!?)
全く予想だにしなかった展開に、紫はパチクリと瞬きをして、キョロキョロと視線を動き回らせて、ザイサードの姿を探す。
彼の姿をようやく見つけた時、紫はポカンと大口を開きそうになる。
何せ、ザイサードは部屋の最奥、椅子が配置されている辺りに移動していたのだから。
(高速移動!?)
そんな
(違う! そんな
これは、別の違う
そう思考している間に、ザイサードはハァー、と深く息を付きながら椅子に腰掛ける。致命的な隙と言えるが、"謎の能力"を使って見せた今では、誘っているように見えて警戒感が拭えない。
「やっぱ、ユーテリアの生徒さん。根性在り過ぎだわ」
パンパンと手を叩いて、うんざりしているようにも感心しているようにも見える表情を作る、ザイサード。――だが、その表情は直ぐに変じる。
お化け屋敷の人形が、
「その根性が、寿命を縮めちまうから、可哀想なモンさ!」
そう言いながら、芝居がかった動作でバンッ! と椅子を叩きながら立ち上がる、ザイサード。直立した彼は、十字を作るようにして両腕を水平に広げ、そして天井を仰ぐ。
「さぁて、ここからがオレ様の真骨頂ッ!」
部屋に響き渡る大声を発した、その直後。室内に異変が起きる。
ポツリ、ポツポツ、ポツリポツリ、パラパラパラ――。
紫は装甲に覆われていない皮膚に、生温かい滴が触れる感覚を覚える。それは少しずつ密度と勢いを増し、やがて視界には火炎に混じって、赤の縦縞が幾つも現れる。
灼熱の火炎が渦巻く室内だというのに、真っ赤な雨が降ってきたのだ。
(血の…雨?)
紫は掌を広げて滴を受けてみる。小粒の滴は皮膚の上を滑り、
…が、その滴は見る見る内に体積を減らし、仕舞いにはすっかりと消えてしまう。
火炎の熱に当てられて蒸発したかと思いきや、何か様子が違う。何より、掌にジンジンとした痺れと気怠い熱が帯びてくる。
――一体、この液体の正体は何か。片目を閉じて形而上相視認した紫は…すぐに物質の正体を知ると、ギクリと脊椎に電撃的な衝撃が走る。
液体の正体は、水銀――常温で液体である唯一の重金属であり、人体に恐ろしく有害な元素である。
室内に降り出したのは、水銀の雨だ!
この時――ようやく紫は、ザイサードの"とっておき"の正体を知る。
炎や血液の"赤"から、水銀イオンの"赤"へ――一般化すれば、或る"赤"から別な"赤"へと存在を取り替えてしまう、そんな魔法技術。
(
紫は手と顔がジンジンと痺れを増すのを感じつつ、衝撃と焦燥の檻に閉じこめられる。
- To Be Continued -