◆ ◆ ◆
術者は"キーワード"と呼ばれる性質に該当する物質を、同じ"キーワード"を含む物質へと振り替えることが出来る。
ザイサードの場合、"キーワード"は"赤"――つまり、赤い物を別の赤いものへと変化させることが出来る。
赤いリンゴと赤いトマトへと。赤い血を赤い炎へと。赤い光を、赤色を呈する水銀イオンへと、変化させることが出来る。
"赤"を支配し、その定義を替えてしまう能力の持ち主。"赤"を統べる王と言っても過言ではない力を持つが故に、ザイサードは"
(そっか、それであたしの体に穴が空いたのか!)
ここに至って紫は、交戦中に二度も衝撃を知覚せずに体部に焦げた穴を空けられた現象について、合点がゆく。
あれは
ザイサードが高速移動した理由も、同じように理解が出来る。真紅の髪を持つザイサードは、"赤"のキーワードに該当する存在として見なされているようだ。よって、赤の光へと変化し、光速にて椅子の所まで移動したのである。
呪詛に、
(副部長に聞いてた通りね、"ハートマーク"はバケモノ揃いだわ!)
紫が胸中で舌打ちしているところに、ザイサードは余裕綽々の嗤い顔を張り付けて、嫌みをタップリ含ませて語る。
「済まねぇなぁ、お嬢ちゃん。君は今回の騒動のジョーカーに当たっちまったワケだ、気の毒に…ねぇッ!」
語尾と同時に、ザイサードは体を赤の光線に変化。光速で紫の懐まで潜り込むと、すさかずに火炎が渦巻く真紅の大鎌を振り下ろす。
――以降、ザイサードの独り舞台と称しても過言ではない、強烈なる猛攻が始まる。
文字通り四方八方から間断なく襲い来る、"赤"の猛攻。
ザイサードによる大鎌や刃による斬撃の嵐は勿論のこと。床や宙から呪詛が突然沸き出しては、手にした凶悪な武器を振るってくる。
紫は大剣を盾にし、転身を繰り返して斬撃を防ぎ続けるものの、完璧に回避し切れるワケなどない。刃は紫の装甲を削り、その下の柔肌を露出させる。
何とか炎を消したいところだが、対応する余裕などない。次から次へと刃が嵐のように襲いかかってくる。致命傷にならないよう
紫に襲いかかるのは刃だけではない。
降りしきる水銀の雨粒も致命的である。水銀は剥がされてゆく装甲の隙間に流れ込み、紫の皮膚へとジンワリと浸透してゆく。そして、神経を初めとした体組織に中毒症状を引き起こしつつ、血流に乗って全身を巡るのだ。こうして紫の神経は侵されてジクジクとした痺れと共に、吐き気を催す深いな熱によって思考がボンヤリとしてくる。足下はフラつくし、大剣を持つ両手の指にも力が入らなくなってゆく。
更に、水銀の雨粒が高出力の赤外線と化し、不意に体を穿ってくるのも恐ろしい。ひたすらに熱いだけで、一切衝撃を伴わぬ"無音の凶器"によって、紫の装甲にはボコボコと穴が空き、炭化に至ってしまった円形の火傷が幾つも露出する。
これらの険しすぎる攻撃を、一切休むことなく、捌き続けなくてはならない。理性で判断していては遅すぎる。もはや本能の勘に頼って、滅茶苦茶で良いから動き続けて的を絞らせないようにして、大剣を操り続けるしかない。
しかし、結局は全て後手後手の防御行動だ。ザイサードの体に刃を当てようと隙を伺うような余裕など、瞬きほどの間もない。
そして時間が経過するほどに、披露と共に水銀中毒の症状によって着実に運動能力と思考を奪われてゆく。
(何なの何なの何なの何なの…ッ!)
胸中で叫ぼうと、ザイサードの一切動きを緩めてはくれない。
ザイサードは無尽蔵にも見える体力と魔力を駆使し、猛獣のような嗤いを張り付けたまま、紫の命を執拗に狙い続ける。
――このままでは、紫の命の灯火が消えるのは時間の問題だ。
それでも紫本人は、そんな懸念を抱くことも出来ぬまま、ひたすらに動き続けるしかないのだ。
◆ ◆ ◆
窮地に陥る紫へ、熱く応援の視線を送り続けている者が居る。
先に紫によって、交戦の場から遠退けられ、死地から脱した蓮矢である。
しかし彼は、自身の命が助かった事への安堵など、一片も感じては居なかった。むしろ、自身に対する情けなさと憤り、そして紫に対する申し訳なさで胸中を一杯にしている。ギリリと歯噛みする有様は、己の歯を噛み砕かんばかりに力が入っている。
(まだ成人してない学生が、あんなにまで戦ってるってのに…! "警察"なんて大義名分を振りかざしてるオレが、このザマかよ…ッ!)
ザイサードによる
(このまま見殺しにするだなんて…格好悪いどころの話じゃねぇ…ッ! オレの存在意義そのものが
このまま傍観者に徹してなんて居られない。絶対にもう一度戦いの場に立ってみせる!
そう決意するものの、蓮矢一人の力では満足に手足を動かすことも出来ない。
しかし蓮矢は、根性論で状況を乗り切ろうとするような馬鹿者ではない。窮地だからこそ、熱さを感情にぶつけず、思考をフルに回転させる為の燃料とする。
数瞬後、蓮矢はノロノロとした動きで土気色の手を上着の内側へと潜り込ませ、通信端末を取り出す。そして震える指先でタッチスクリーンを操作し、通信を開始する。
数コール後、3Dディスプレイに現れたのは、一緒にプロジェス入りした同僚、四条ミディ捜査官である。
「
「ああ…オレは半殺し状態…一緒に来たお嬢ちゃんは…絶賛交戦中だが…形勢はかなり危うい…」
「では、直ぐに増援を!」
「ダメだ…そりゃマズい…」
蓮矢はノロノロと紫色の唇を動かして語る。
「あのザイサードって野郎…呪詛だけが芸の男じゃねぇ…。
「それなら、どうするって言うの!?」
蓮矢は震える頬を総動員させて、精一杯にニヤリと笑ってみせる。
「オレが…行くさ…。
散々間近で見て…手の内は分かってる…。それに…自分で言っちゃあナンだが…下手なヤツよりゃ、強いつもりだしな…」
「でも、その体じゃ満足に動けないでしょう!? 今のあなたこそ、足手まといそのものじゃないの!」
「そこで…お前に頼みたいことがあるワケだ…」
蓮矢は笑みを消すと、精一杯舌をしっかり動かし、険しい口調で語る。
「血液充填の
それに…重金属汚染に耐性のある装甲と…術符。術符は特に…耐性だけじゃなく…解毒作用のあるものも欲しい…。装甲は、耐火性能も高いヤツを頼む…。
ザイサードの野郎は…赤いモノなんら何でも支配して、なんでも創り出しちまう…現に、血液に炎、そして水銀イオンの高濃度水溶物まで創り出してやがる…。だから、装甲は"赤"が定義に含まれない部品だけで構成されたものが良い…。
そいつを一式、こっちに転送して欲しい…出来るか? 呪詛による妨害とか…無けりゃ良いんだが…」
「通信から受ける感じだと、妨害はなさそうよ。
だから、直ぐに転送させるわ。
でも…本当に、援軍なしで大丈夫なの? あなたの視覚記録を上層部に提出した上で説得すれば、もっと熟達した人員を配備してくれるはずよ。」
蓮矢はゆっくりとだが、力強く首を横に振る。
「上層部が決定を下すまでの間に…お嬢ちゃんが、殺されちまう可能性が高い…。
それに…ザイサードの野郎、確実にゲリラ戦を得意にしてやがる…大人数で突っ込む方が…同士討ちの危険性やら…身動きが取りづらくなって…危険だ…。
2人くらいが…丁度良いはずだ…」
その言葉を聞いたミディは、もう蓮矢を説得することはない。ただ黙って頷くと、両目を閉じて暫く黙る。備品班の方に連絡を取り付けているようだ。
やがて、ミディが眼を開くと。その直後から、蓮矢の眼前に蛍光色の魔力冷気光の柱が次々と淡く立ち昇ると、柱の中に物体が出現する。備品班から転送されてきた、各種装備だ。百枚単位で束になった術符やら、橙色を呈する炭酸を帯びた
蓮矢は直ぐに
「それ、かなりキツいって話だから気をつけてね。備品班が急
「…ああ、最悪の気分だ。視界がグルグル回ってる…。味が炭酸系スポーツドリンクっぽいのが救いだな…。
だが…効き目は確かだな。体がスーッと軽くなってきたし、呂律も回るようになってきた…! 文句のつけようなんてないさ。
…ただ…」
蓮矢はムクリと起き上がり、肩や首を回して体の具合を確かめながら、ジト目で
「装甲とは言ったが…
「四の五の言わないの。
それに、そのモデルの
「その
「とにかく、備品班がこの短時間であなた用にカスタマイズして用意できたのは、それなのよ。
時間が惜しいんでしょ? 文句言ってる暇があるなら、サッサとそれを身につけて紫ちゃんを助けに行ったらどうなの?」
ミディの"紫ちゃん"という呼び方に、蓮矢は思わずニヤリと笑う。先に連絡を取り合っていた短時間の間に、随分と親睦を深めたようだ。
「分かったよ、了解だ。
そんじゃあ、高性能の
蓮矢はそう残すと、テキパキと
◆ ◆ ◆
蓮矢とミディがやり取りしている間にも、紫の窮地は確実に地獄へと向かってゆく。
ザイサードは一瞬たりとも、手足を止めることは無い。荒れ狂う水銀の雨と炎の嵐の中、大鎌と刃を携えて通り魔的に斬撃を浴びせ続ける。
時には、水銀の滴を弾丸のように打ち出したり、高出力赤外線のレーザーを打ち放つこともある。勿論、呪詛による多面的な同時攻撃だって行ってくる。
そんな行動をひっきりなしに続けているというのに、ザイサードの息は乱れないし、魔力も尽きる様子はない。
それどころか、攻めれば攻める程に、ザイサードの顔には笑みが深く刻まれ、残虐な歓喜の色を
――紫が力尽きて行く様を見て、
それとは真逆に、紫は徐々に徐々にと力を失ってゆくのだ。ザイサードの猛攻への絶え間ない対応だけでも疲労に苛まれると言うのに、肉体へ着実に蓄積してゆく水銀による中毒症状もある。
今の紫は、視神経も
(何か…! 何でも良い…! 羽虫が飛び込んでくる程度でも構わない…!
何か、転機が欲しい…!)
ゼェゼェと荒くなった息で、ザイサードの竜巻のような大鎌の一撃を防御すると…大剣のガァンと響く金属と共に、両腕がダラリと垂れ下がってしまう。同時に、這い上がってくる痺れに指の力が完全に脱力してしまい、大剣の柄を手放してしまった。大剣は重力の為すがままにグラリと倒れ、真っ赤な水銀イオンの液体の中にビシャンッ! と盛大な水音を立てて倒れ込む。
「あ…ッ!」
紫が、呆然と声を上げる。しかし、失意や絶望を感じてはいない――感じるような
そんな紫の蒼白にして
(はい、さようならッ! ユーテリアの学生ちゃんッ!)
ザイサードは大鎌に一層の爆炎を
霞むような勢いで迫る
ギィンッ! と鳴り響く金属の激突音は、紫の窮地を救った天使の鐘の音にも等しい音。
次いで、
紫は、予想だにしなかった"支援"の介入に、気怠い[r[b:眼>まなこ]]をぱちくりとさせていると。彼女の眼前に飛び込んで来て、ザイサードの一撃を受け止めた"援軍"は、チラリともこちらを見ずに左手で何かを放り投げてくる。
淡い蛍光色の魔力励起光を放ち、糸で引かれたようにスィーっと宙を一直線に走るそれを目にした紫は、熱っぽい思考でも瞬時に"術符"であることを理解する。…それも、紫を窮地から救い出す類の、歓迎すべき効能のものだ!
"使え"――そう言われずとも紫は術符をパシッと掴み取り、即座に魔力を注入。表面に描かれた黒紫色のフラーレン墨に封入された術式を解き放つ。
蛍光色が輝きを増すと、黒紫色の墨から術式が溢れ出し、紫の肉体へと入り込む。術式は体内の水銀に干渉し、魔術によって定義を振り替えられた形跡が残した脆弱性を突く。途端に水銀は存在を一転し、純水へと変換されてゆく。
体内から水銀が消えたことで、紫の肉体から不気味な発熱と鈍重さが激減する。しかし、傷ついた細胞が直ちに修復されるワケではない。とは言え、紫には回復魔術がある。渡された水銀中和の術符を体に張り付けて中毒を回避しながら、自身の肉体に魔力を流し込んで体組織の回復に努める。
(アリガトね、おっちゃん!)
紫は胸中で自らの救い手――
黒と紺を基調とした軽量型
(オラッ、さっきの分のお返しだッ!)
暴風を伴っての刀による斬撃で、ザイサードを胴体を狙う。ザイサードは身を赤の液体――恐らくは赤絵の具を解いた水だ――に変質させて斬撃を通過させると、右腕から血液の刃を作り出して、ザイサードに反撃する。
しかし、ザイサードが腕を振るう頃には、蓮矢の姿は視界にない。彼は体の回転の勢いを利用して推進機関を噴かし、クルリと小回りに円を書いてザイサードの背中に回り込んだのだ。そして霞む勢いのままに、装甲で強化された脚を振るって真っ赤な長髪が延びる後頭部へと叩き込む。
「おっとッ!」
ザイサードはチラリと視線を後ろに向けて目を見開き、声を上げたかと思うと、全身を赤外線へと振り替える。そして光速でその場を後にしようと試みる。
…が、彼の体は一瞬の赤い光を放ったかと思うと、ほとんどその場を動けずに、肉体を戻してしまう。
「…はぁ!?」
ザイサードは何が起こったか分からないと言った風に声を上げると。そこに蓮矢の高速の蹴りが直撃する。
頭が胴体から離れても可笑しくない勢いであったが、ザイサードは自ら跳んで勢いを殺してみせたのか、体ごと大きく宙に舞うばかりだ。
そこへ襲いかかるのは――完全に回復した紫だ!
「ハァッ!」
足裏と大剣の峰の推進機関を使って急上昇した紫は、そのまま急降下してザイサードの体に直撃する。大剣の刃はエネルギー化しており、例えザイサードが液体や気体へと変化しようとも、物質を変成させて着実にダメージを与えるものだ。
とは言え、ザイサードは肉体を変化させる暇もなく、水銀の水溜まりがウヨウヨしている床へと強烈に叩きつけられる。その胸から右腕に掛けては、凄惨な切り傷がクッキリと刻まれている。
床に転がったザイサードは、更に急降下してくる紫を眺めながら、(そうか)と納得する。
赤外線へと変化するのに失敗した理由。それは、紫の両腕から突出したままになっている電極装置が物語っている。
赤外線は電磁波の一種。ならば、電極装置で電磁気を発生させることで干渉が可能なのだ。それでザイサードを絡めとって見せたのだ。
それからザイサードは、ニンマリと愉悦の
(ザコと思ってた"チェルベロ"のおっさんも使い物になってきたし…! 2人掛かりたぁ、楽しくなって来たじゃねぇかぁッ!)
――凶人集団の一員であるザイサードは、あくまで命のやり取りを
ブシュゥッ! 床に転がったザイサードの凄惨な傷口から、不自然なまでの勢いで盛大に血液が吹き出す。
それらは大小十数の球体へと変化すると、弾丸の勢いで2方向へと散る。
1つは、急降下を続ける紫へ。もう一方は、推進機関を噴かして床を滑るように接近する蓮矢へ。血液の弾丸は水銀の雨を吸収し、円錐系に成形しながら、装甲を穿つべく飛翔する。
対して紫も蓮矢も、手にした大剣や刀を衝撃波と共に振るい、弾丸を弾き飛ばす。その勢いのままに踏み込み、倒れたザイサードを追撃。両側からまっすぐに刃を振り下ろし、ザイサードの両断を試みる。
ザイサードは呪詛を床に発現させると、背中を引っ張らせてその場から待避。二振りの銀閃は惜しくも空を裂き、金属の床に叩き込まれて深い傷跡を残す。
ザイサードはそのまま呪詛に押させて、四肢を使わずにグンと奇妙に立ち上がる。その頃には胸の傷は復元し、コートに刻まれた凄惨な裂け目だけが傷の名残を留めているだけだ。
ザイサードは真紅の大鎌に、今度は不気味な漆黒を呈する呪詛をまとわりつかせる。
蓮矢は退くどころか推進機関を噴かしてザイサードへと突撃。大鎌に構わず、懐へと潜り込もうという算段だ。肉薄した大鎌は装甲の籠手で受け止める。装甲は
そのまま蓮矢はザイサードの心臓めがけて刀を突きだそうとすると――ガクン、とその動きが鈍くなる。状況を確認すべく、顔に着けたバイザーから情報を引き出すと、思わず「げっ」と声を漏らしてしまう。
(
ザイサードの大鎌にまとわりついた呪詛が、蓮矢の
(これだからイヤだっつってたんだよッ!)
このままでは、術式が暴走し、最悪自爆してしまうところだが…不意に、警告表示が次々と消え始める。
何が起こったかと思えば――蓮矢はハッと気づく。背中に紫の手が置かれている!
紫が呪詛を中和して、
(サンキュー!)
蓮矢がニヤリと笑う最中。紫は蓮矢を跳び越してザイサードの頭上に迫ると、足裏と大剣の峰の推進機関を一気に噴かし、急降下を行う。刃先は盛大にエネルギーへと転化させ、もうもうと円上する
「おおっとォ!?」
ザイサードは大鎌を器用に
そこへすかさず、蓮矢が加速して接近し、ザイサードの頸を
(うへぇ!)
ザイサードは柄から片手を放し、血液の刃を作り出して蓮矢の一撃を受け止める。それで頸の皮が文字通り繋がったが、今度は紫の落下に抵抗し切れない。ふんばっていた残る腕がグニャンとおかしな方向へと曲がったかと思うと、紫がそのままザイサードに雪崩れ込んでくる。
(だけどよぉ、今ならッ!)
ザイサードは自身の全身を高出力赤外線へ化し、光速で離脱しながら、紫ならびに蓮矢の体に強烈な熱量を与える。紫は電極機関の発動に間に合わず、ザイサードの逃亡を見送るしか出来ない。
それでも、エネルギーの刃が赤外線と干渉したお陰で、紫は体が黒焦げにならずに済んだ。蓮矢の方も
離脱したザイサードは一瞬にして部屋の天井に至る。足裏からは血液の刃を突出させて天井に差し込み、屈んだコウモリのようにそこに落ち着く。
紫と蓮矢は直ぐザイサードを見つけ、追撃行動に出る。対するザイサードは、ギラリと歯を覗かせて嗤うと――これまでの中で一番激しい
室内に充満する炎や、炎から発される赤い光――いや、通路で暴れるそれらまでをも一気に操作すると――室内から通路にかけて、大量の赤い液体が現れる。
紫は即座に形而上視認を行い、液体の正体を看破する。――全て、水銀だ!
津波のように押し寄せる真紅の水銀は、部屋を削り取る勢いで渦を巻きつつ、急速に水位を上げて行く。渦の勢いはザイサードが操作しており、その有様は電動ノコギリのようだ。中に巻き込まれれば、重く激しい水銀の暴走によって血肉は紙切れのように破壊されてしまうことだろう。
紫と蓮矢はほぼ同時に、推進機関を噴かして宙空へと飛び上がる。そして天井にへばりつくザイサードへと大剣と刀を振るう。彼に手傷を負わせて魔力の集中を解く算段だ。
(さぁ、きやがりなッ!)
ザイサードは両腕から血液の刃を延ばすと、紫と蓮矢の斬撃をそれぞれ受け止める。しかし、紫も蓮矢も一撃では諦めない。嵐のように執拗に武器を振るい、ザイサードの防御をこじ開けようと奮戦する。
(おーおー、がんばるねぇッ!
だけどなぁ、絶ッ対にやられてやんねぇッ!)
ザイサードは渦巻く水銀の水位を増しつつ、2人の攻撃を
(さぁて、これで詰み――)
ザイサードは一気に2人を水銀で飲み込もうとした、その時。2人が一瞬視線を交錯したかと思うと、口元にうっすらと笑みを浮かべた有様を見て、眉をひそめる。
だが、疑問符をいじり回す余裕などない。
まず、蓮矢がいきなり、自ら水銀の水面へと突入してゆく。自殺行為かと思いきや、蓮矢は両手で術符をバラ撒いて水銀の中へと叩き込む。
術符は、紫の体から水銀を抜いたものと同様の効能を持つものだ。それが一斉に煌々たる蛍光を発して発動すると、水銀は弾けるようにして、水位の大半を一瞬にして消滅させる。
(おいおい、あの術符、そんなに強力なのかよ!?
それとも、あのおっさん、ヘボかと思いきや有能なのかぁ!?)
背筋に走る衝撃にザイサードが目を見開き、あんぐりと口を開いて呆気にとられている頃。その隙を見逃さず、紫がザイサードの懐へと潜り込むと、腕の電極機関を最大出力にして胸に叩き込む。
バチンッ! ザイサードの全身にヘビの群のように青白い電流が駆けめぐり、彼の体はガクガクガク、と痙攣する。斬撃と異なって出血を伴わない攻撃のため、血液の弾丸による反撃は出来ない。
「ッりゃぁっ!」
そのまま紫は痙攣するザイサードを背負うと、天井から引き剥がし、水銀に濡れる金属の床へと叩きつける。
「んがぁっ!」
頭から床にぶつかったザイサードは、ゴキンッ、と痛々しい音を立てつつ、一度床を跳ねる。
その間に紫は上空から、蓮矢は地上から、ザイサードに迫ると。それぞれが全力で大剣と刀を振るい、ザイサードの体に大きなバツの字の傷を負わせる。
斬撃は通常、派手な出血を伴うはず。だが今回は、鮮紅は宙に舞い飛ばない。
何故ならば…紫は大剣の刃を電流へ、蓮矢は斬撃を全て鋭い衝撃へと転化させ、皮膚を裂かずに体組織や内臓への直接攻撃を行ったからだ。
(卑怯だなんて、思わないでよねッ!)
(バケモノ相手にタイマンなんて、張ってられっかよッ!)
紫と蓮矢はニヤリと凄絶に嗤いながら、勢いづいたままにザイサードへの反撃を開始する。
一方でザイサードは、冷たい汗を頬に伝わせながら、胸中でぼやく。
(おーおー、こんなの2人も相手にするってのは、流石にちょいとヤバいかなぁ)
――赤を巡る激闘は、遂に終局へと向かってゆく。