星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Amaranthine Redolance - Part 4

 ◆ ◆ ◆

 

 ザイサードとの交戦直後のこと。蓮矢は確かに、紫の足手(まと)いになることを恐れ、傍観者に徹していた。実際、あの時の彼はザイサードの超人めいた動きに着いていくことが出来なかったろう。

 だが、四条ミディによって手配された、彼用に特別チューンアップされた機動装甲服(MAS)を身につけて今、蓮矢と紫の歯車はガッチリと噛み合っている。

 彼ら2人は、まるで巣作りに励む(つがい)の小鳥のように、絶妙に互いを補い合い、隙を塗り潰してザイサードを攻め続けている。

 (おっさんってば、中々やるじゃん! 機動装甲服(MAS)のデザインは結構趣味悪いけど!)

 (着いていけるようになると、スゲェ痛感するなぁ! このお嬢ちゃん、頼りになりまくりだぜ!

 オレがちょっと機動装甲服(MAS)に振り回されそうになっても、察して隙を潰してくれる!

 同士討ちが不安だなって思ってたが、敵だけじゃなくて、オレのこともよく見てやがる!

 こりゃあ、気持ちいいくらいに噛み合ってるぜ!)

 赤で染まった室内の中、2種類の銀閃は間断ない豪雨のように輝きを空間に走らせ、厳しく攻める、攻める、攻める!

 一方のザイサードは、2人の実力者を相手にしてなお、恐ろしく巧みに立ち回っている。とは言え、流石に顔に浮かぶ嗤いには揶揄の表情はなく、苦々しくて険しい。

 (ヤベェヤベェ! 気を抜いたら、バッサリじゃんかよッ!)

 ザイサードは長大な大鎌の柄を捨て、手足に生やした血液の刃を振るい、紫と蓮矢の攻撃の嵐に対応している。至近距離での行き着く間のない連撃を相手にしては、モーメントの大きな大型武器は隙を生み出す枷としか働かないのだから。

 ザイサードは大型武器を捨てた分だけ、身軽になったようでもある。コンパクトながらも激しく踊り狂うダンサーのように、アクロバティックながらも洗練された動きで血液の刃を振るい、防御のみならず反撃すらもしてみせる。

 今はちょうど、蓮矢の振り下ろされた一撃をかわしつつしゃがみ込むと、延ばした血液の刃と共に蹴りを叩き込んだところだ。刃は蓮矢の装甲を貫くには至らなかったが、ザイサードの一撃は見事に蓮矢の脚をすくい上げ、彼をステンと宙に転ばす。

 すると、蓮矢への追撃を許さぬ紫が大剣を振り下ろしてくる。そこで蓮矢は、もう何度か試みている、全身の赤外線化を実行しようとする。が、すかさず紫が腕部の電極機関を動作させ、彼の動きを止めてしまう。

 (またダメかよ、よく反応しやがるなぁ!)

 ザイサードは苦々しく(わら)いながら跳び上がり、紫の大剣を回避する。しかし、紫の大剣は地に付くより早く、キュンッと運動の方向を変えて、ザイサードを追って下から迫る。大型武器を振り回しているというのに、なんという器用さだろうか!

 ザイサードは宙空で足裏から血液の刃を突き出し、紫の大剣を受け止める。だが衝撃は打ち消せず、天井へと吹き飛ばされるザイサード。

 (おっと、しめたッ!)

 ザイサードはこれを好機と退避のために体を赤外線へ変えようと試行するが。その頃にはすでに、体勢を立て直した蓮矢がザイサードを先回りして天井付近に浮かび上がっている。そしてザイサードに思い切った(かかと)落とし脳天から喰らわせる。

 (マジかよッ!)

 すかさず頭上で両手を組み、凝固させた血液で盾を作り出す、ザイサード。直後、砲撃のような衝撃が彼を襲い、落雷の勢いで金属の大地へと叩きつけられる。

 しかし、それで気を失うザイサードではない。彼は即座に片腕で自らの体を持ち上げ、大きく弧を描くように立ち上がりつつ、額から派手に噴き出した血液の滴をバラまく。滴は直ちに高エネルギーの赤外線へと変じると、瞬時に宙を駆けて紫と蓮矢の身体を穿つ。

 紫は太股に、蓮矢は肩口に、それぞれ高出力のレーザーを受けて貫通痕を得てしまうが。ピクリと眉をしかめたものの、戦意が喪失する気配はない。むしろ、痛みを起爆剤にしたかのように表情を怒らせ、ザイサードの元へ迫ると銀閃の嵐を浴びせる。

 ザイサードも真紅の斬撃を巧みに操り、2人の怒濤の攻撃を(さば)いて捌いて捌きまくる。ザイサードのスタミナは恐ろしく強靱だ、2人の攻撃を受けた上で攻撃まで放って見せても、その動きが鈍ることはない。

 ――それでも、彼の頬や鼻面に、ツツーッと熱い水滴が垂れてゆく。疲労を物語る汗の滴だ。

 加えて、流石に体細胞も激しい動作に酸素欠乏を起こし始め、息も荒くなってきた。

 

 ザイサードにとって、窮地と言って過言でない状況。

 事実、彼の胸中には敗北の危機感が盛り上がり、チリチリと背筋を刺激している。

 だが…いや、そんな状況だからこそ、"凶人"ザイサード・ザ・レッドは嗤いを浮かべてみせる。

 ("身内"相手以外でよぉ! こんなに焦った気分になったのはよぉ! スンゲェ久しぶりじゃねぇかッ!)

 

◆ ◆ ◆

 

 ザイサードの脳裏に浮かび上がるのは、まだ"ハートマーク"の身内でなかった頃の記憶。

 "正体不明の連続殺人鬼"として暗躍し、都市国家(くに)を恐怖と混沌に陥れては、ほくそ笑んでいた日々。ありとあらゆる残虐な手法を用いて犠牲者を(なぶ)り、()いて()き出す赤を眺めては、悦に浸っていた下衆な時代。

 市軍警察も"チェルベロ"も、彼に全く辿り着けずにいたと言う。"そいつ"――後にザイサードは彼の事を畏怖と敬意を込めて"旦那"と呼ぶようになる――が現れた。

 男の不満をヘラヘラと並べ立てるばかりの阿婆擦(あばず)れ女どもを廃墟に閉じこめ、精肉工場でやるように脚に鉤を突き立てて宙吊りにし、ニンジンの皮でも剥くようにして少しずつ皮膚を削ってゆく。絶叫と共に露わになる鮮紅をニンマリと眺めては魔力を放ち、存在振替(オルタネイション)を発動。炎にして少しずつ火(あぶ)りにしたり、水銀にして泡を吹いて昏睡するまでジワジワと中毒に陥らせるような鬼畜の所業を繰り返していた時のこと。

 「随分と陰険でみみっちい"戦争"をするもんだ。見栄えだけは悪いないが、それも自慰の時に眺める愛玩具程度の安っぽさじゃねぇか」

 (ほの)暗い闇の中から、"そいつ"は夜空の星のように浮かび上がる純白を身につけて、堂々と高らかに足音を響かせて現れた。

 「あぁん?」

 聞き返すザイサードは、特に不平不満を込めてはいなかった。自分の行為が陰険であることも、唾棄されるほどに矮小であることも自覚していたからだ。

 単に彼は、何の脈絡もなく現れた"そいつ"の正体が図れず、困惑しただけなのだ。

 その証拠に、彼は即座に地を蹴った。そして息も絶え絶えな女たちから搾り取った血液で刃を作り出し、それを両腕に装着すると。一気に"そいつ"の懐へと肉薄した。

 (くび)を一閃し、頭と胴を切り離して息の根を止める…そのつもりであった。

 だが…ザイサードが腕を振るおうとした瞬間。彼は恐ろしく奇妙で、気味の悪い感覚に陥ってしまった。

 足が、大地から離れた気がした。いや、大地の中に沈み込んでしまったようにも思えた。それとも、足自体が水か何かの液体と化してしまい、直立が不可能になってしまったようにも思えた。

 上も下も、右も左も、全く分からない状態になった。一瞬前までは確かに大地を蹴って走っていたのに。今は宙空をクルクルと乱雑に回転する独楽(こま)と化したしまったように感じる。

 そして、胃袋そのものが口から吐き戻ってしまうような激しい不快感に苛まれた。

 (なンだ、これ…!? どんな能力(ちから)なんだよ…!?)

 そう疑問符を浮かべるものの、ザイサードは見つからぬ答えに何時までも終着はしなかった。方向・平衡感覚は(ゆが)み狂おうとも、視界は激しく回転しているが、見えなくなったという事はなかった。

 ザイサードは吐き気をギリリと歯噛みで押し殺しつつ、これまでの重ねてきた殺人行為で蓄積してきた呪詛を練り上げ、"そいつ"にぶつけた。

 "[[rb:窮/泣>キュウ]"]と名付けられたその業は、呪詛を殺意を宿した複数のヒト型として生成し、対象を囲んで滅多斬りにすべく襲いかかる。ザイサードが直接手を下さずとも、"そいつ"は多数の呪詛の刃の雨に斬り刻まれ、無惨な肉片の赤と化す――はずだった。

 だが"そいつ"は、うっすらと嗤いを浮かべた程度でほぼ微動だにしていないというのに――ただの一撃の斬撃も、その身に受けることはなかった。

 何せ、呪詛達は音速をも越える強風にぶつかった泥人形のようにパァンッと弾け、黒紫色の飛沫(ひまつ)と化して四方八方に飛び散ってしまったのだから。

 呪詛が弾けるほんの一瞬、網膜を()くような閃光が走っていた。ザイサードはこれを、呪詛に対抗する光霊素による魔法現象だと"勘違い"していた。

 (真っ白い服装と云い、さっきの業と云い…! こいつ、浄化屋か何かかよ!?)

 そんな自問を抱いている間に、"そいつ"の体が視界から消えた――いや、コマ落ちフィルムのように、眼前にまで肉薄された! ザイサードは目を丸くし、体を縮めて防御体勢を取ろうとした、方向感覚が歪み切っていた当時、その試みがうまくいったのかどうかは今でも分からない。

 ともかくザイサードは、全身の体組織が細胞単位で分解されるかのような、"砲撃"と云う形容表現が(かす)む程の衝撃を受けて、一気に吹っ飛んだ。自分が"飛ばされた"と理解できたのは、背中から部屋の壁に強かに激突した事を知覚したと同時に、方向感覚が回復したからだ。

 ザイサードの全身の毛穴からブワリと冷たい汗が噴き出した。ついさっきの一撃は、恐ろしく雄弁なものであった。ザイサードは自身のことを"怪物"だと信じて疑わなかったが、"そいつ"の前ではノウサギも同然だ。

 "そいつ"は、怪物の世界の中において、怪物どもに圧倒的な暴力をはたらいては悠々と補食する、"怪物の中の怪物"だ。

 ――そう確信した時、ザイサードの顔に浮かんだ表情は…絶望でも失意でもなく、なんと嗤いであった。

 (面白ぇ…!)

 ザイサードは体中を駆け巡る激痛の軋みに負けずに立ち上がると、両腕に血液で作った刃を装着。更に定義振替(オルタネイション)で爆炎と化すと、"そいつ"へと突撃した。

 (テメェがオレの死刑宣告者ってワケか!?

 残念だがよぉ、大人しく(くび)ぃ渡すオレじゃねぇんだよッ!)

 

 ザイサードが呪詛に傾倒した理由。それは世の中への不満だ。

 生まれて直ぐに直面した、理不尽な差別と(いじ)め。それでも真っ直ぐにあろうと努力しても、(ことごと)くが裏目に出てしまう。良かれと思ってやったことは、(すべから)く険しい非難の豪雨に晒される。

 そんな世界に心底嫌気が差した。自分がこんなにも呻吟(しんぎん)している中、無邪気に笑ってるヤツが胸糞悪かった。

 だから、そんなヤツらに自分と同等以上の地獄を味合わせるために、殺人に走った。

 ザイサードは決して、被害者を一撃の下に命を奪ったりしない。必ず極限まで痛めつける。ただ痛めつけて楽しむだけだと面白くないからと、呪詛の技術を身につけた。

 その最中で、"赤"に対する存在支配(ドミネイション)存在振替(オルタネイション)の技術が身についた。何時身についたのかは、ザイサード自身も把握してない。ただ、被害者の血肉を見てせせら嗤い続けてきた結果、"赤"に対して並々ならぬ感情を抱いたのかも知れない。

 非道の所業によって強大な力を得たザイサードだが、彼は何時か自分が罰される事を信じて疑わなかった。うまく行った試しのない人生なのだ、楽しんだ分だけ酷い仕打ちを受けることだろう…と。

 

 その終焉が今、この時にやってきたのだと、ザイサードは疑わなかった。

 同時に、その終焉すらあざ笑ってやろうと、出来うる限りの大暴れをしてやろうとも決めていた。

 

 結果――ザイサードは、"そいつ"に完膚無きまでに叩きのめされた。

 (そりゃあさぁ、オレの人生なんてうまく行かねえ事ばかりのクソ溜まりだがよぉ…こんなんクソの中のクソ、ひでぇイカサマじゃねぇか…!)

 こちらの業は、どんな事をやっても"届かない"。もう半歩すらの距離もないまでに肉薄していたはずも、振るった拳も刃も"そいつ"の身につけた白衣にすら届かない。

 火炎による爆発で吹き飛ばそうとした事もある。しかし、先に呪詛を吹き飛ばした閃光を伴う衝撃によって、爆発はあらぬ方向へと散乱されてしまう。

 そのくせ、"そいつ"の拳は恐ろしく速く、堅く、強く肉体に(えぐ)り込まれ、ザイサードはボロ雑巾のように吹き飛んでは転がる。

 吐いたり流れたりした血を存在支配(ドミネイション)で操作する余裕もない程に疲れ果て、壁に寄りかかってやっと上体を起こしている状態にまで陥ったザイサードに対して。"そいつ"はケラケラと嗤ってみせた。

 「面白ぇ能力(ちから)持ってやがるくせして、1人2人をいたぶって殺す程度のみみっちぃ"戦争"なんてしてるから、宝の持ち腐れになるんだよ。

 期待外れも良いところだ。こんな駄人を買うなんて、オレの目も結構な節穴らしい」

 そんな言い方をされたら、ザイサードは(いら)つかないワケがない。そもそも彼は、苛つきやすい性質(さが)だからこそ、殺人などと云う陰険残虐な方法で憂さ晴らしをしているような人物なのだから。

 ザイサードはギリリと歯噛みし、歯茎を剥き出しにして激怒すると。まるで身の内の血液が沸騰し、その莫大な熱エネルギーを全身に与えたかのように、疲れ果てた肉体に力が満ち満ちる。そして感情が爆発するに任せて、己の飛び散った血液を一斉に存在支配(ドミネイション)。"そいつ"の四方八方より、巣を(つつ)かれたハチの群のように飛びかからせた。

 "そいつ"は、これまで通りにザイサードの攻撃を回避した能力を実行したはずだ。だが、次の瞬間、嗤っていた"そいつ"の顔がピクリと驚愕の表情に固まる。

 "そいつ"が扱う謎の防御能力を突破して、血液の弾丸が"そいつ"へと着弾し始めたのだ! それはつまり、"そいつ"の魔力よりもザイサードのそれが上回り、防御能力を突破した事を意味する。

 ダンダンダンッ! 肉を穿(うが)つ着弾音が連続し、ブシュブシュブシュッ! と鮮紅の飛沫が"そいつ"の体から飛び出す。流石に全弾命中とは行かなかった――いくつかは防御能力に阻まれてしまった――が、全く打撃を与えられなかったこれまでの経過に比べれば、大きな進歩だ。

 そしてザイサードは、"そいつ"の体中に塗りたぐられた赤に対して存在振替(オルタネイション)を発動。火焔(かえん)へと替えて火だるまにする。

 それを見届けたザイサードは、中指を立てて突き出すと、ヒャハハハハッ! と狂ったような甲高い哄笑を上げる。

 「何だよ、何だよ! アァンッ!?

 偉そうなクチきいてた割にゃあ、呆気ねぇもんだなぁ、おい!?

 火ダルマ、焦げダルマ、そのまま炭ダルマだぁな!」

 そう一通り騒いだ、その直後だ。猛然たる火焔の中で、人影がモゾモゾと動いたかと思えば――。

 「やっぱり、やれば出来るんじゃねぇか。安心したぜ、オレの感覚も相当鈍っちまったかと思ったからな」

 炎の中から響く、涼しげな声。ザイサードはギクリと顔を歪めた――その転瞬。

 ()ッ! 地を蹴る強烈な音。それとほぼ同時に、ザイサードは咽喉(のど)を万力のように締め上げられる感覚に捕らわれる。

 ――いや、実際締め上げられている! 酸欠と血液不足で歪む視界の中央には、何処から現れたのか、一人の少女が居る。彼女はザイサードの首に手を伸ばし、色白の肌に似合わぬ怪力で咽喉を潰しそうと指を食い込ませている。

 (ど、何処から出てきやがった!?)

 ザイサードに向けられているのは、剥き身の刀のような鋭い殺意。それが闇の静寂の中から、突如として閃いた稲光のように、一気に湧いて出たのだ。

 少女の顔立ちは、非常に美しいものだ。神にも見紛う技術を持つ至高の芸術家が、自身の理想をそのまま作り上げたかのような、可憐にして美麗な顔立ち。しかしそれが浮かべている表情は、玉のような笑顔ではなく――漆黒の色をした猛火のごとき、陰惨で凄絶な憤怒。

 このまま数分もすれば、ザイサードの頸椎はゴキリと音を立てて砕けた事だろうが…。

 「(いき)り立つなよ、紫音(しおん)。そうやって直ぐに殺そうと突っ走るところ、悪い癖だぜ」

 ケラケラと笑いさえしてみせるその声は、間違いなく、白衣を着た"そいつ"のものだ。

 その事実を裏付けるように、ザイサードの意志と関係なく、火焔が破裂するように赤を振りまいて弾けた。四散した炎の中から平然と姿を現したのは――衣服が少し焦げた程度の損傷しか受けていない、"そいつ"の姿。

 (嘘…だろぉ…!?)

 これまで人生の中で、間違いなく最高の水準だった魔力をぶつけたはずなのに。市軍警察との交戦ならば、相手がどれほどの戦力を有していようとも撃破できると確信できる程の攻撃だったのに。――何故こいつは、こうも平然とくぐり抜けて笑っている!?

 平然としている"そいつ"の姿を見た少女は、安堵したようにニッコリと微笑む。どんな花でも敵わないような輝かしい笑みの後、彼女は不意にザイサードの首から力を抜く。意識が暗転する寸前だったザイサードは、突如支えを失っても自重を支えきれず、ゴロリとその場に倒れ転がる。

 「すみません、"賢人(セージ)"さん。この程度なら大丈夫と、頭では分かってるつもりなんですけれども。どうしても本能というか、体が反応してしまうのを抑えきれないんです」

 「その癖は早く直して欲しいな。じゃないと、折角見つけた有望株が、(つぼみ)も付けずにポッキリ()っちまう。

 そうなっちまうってンなら、散歩以外の用事でお前を連れて歩くのは、金輪際辞めなきゃならん」

 「それは酷いですよぉ」

 少女は愛らしい桜色の唇に指を咥え、モジモジと困った様子を見せる。ここだけ見るなら、ブリっ子ながらも可愛い娘だ、程度の感想を抱くに留まるのだが。先のスピードと云い、怪力と云い、造作を全て擬態した怪物としか見えない。

 (こいつら、何なんだよ…?)

 少しずつ脳に血液が巡り始め、視界から陰が消えてきた頃。ザイサードが畏怖と共に疑問符を浮かべていると、少女をその場に残して"そいつ"がスタスタとこちらに近づいてくる。

 そして、寝転がったザイサードの間近に迫ると、しゃがみ込んで彼に視線を投じる。その時の"そいつ"の顔に浮かんだ表情と来たら、まるで不良生徒が思わぬ好成績を残したのを目にした教師が見せる、暖かな賞賛の表情だ。

 「なぁ、ザイサード」

 ――初対面のはずなのに、何故名前を知っているのか。その疑問を浮かべるよりも、ザイサードはもっと大きな困惑に胸中を塗り潰される。

 "そいつ"が、手を伸ばしてきたのだ。明らかに、握手をしようとしている意図が見て取れる。

 「オレと、友達になろう」

 あまりにも意外な申し出に、ザイサードは己の脳がイカれたのかと自問してしまった程だ。

 目を丸くしたまま返答できずに居るザイサードに対し、"そいつ"は笑みを浮かべて誘う。

 「お前は、こんなみみっちい戦争の枠に収まるような[r[b:人間>ヒト]]じゃない。その魔法技術も、戦闘能力も、一人二人の女子供を(なぶ)るだけに使う程度じゃ勿体なさすぎる。

 お前に相応しい舞台は、万人、億人を相手にするような大戦争だ。国家を根(こそ)ぎ転覆させるような、阿鼻叫喚の大戦争だ。

 オレなら、お前をその舞台に連れて行ってやる。いや、連れて行ってやりたいし、お前がそこで大暴れする姿を見てみたいんだよ。

 だから、オレと友達になろう」

 

 屈託のない笑顔に、穏やかに軽く指を伸ばした手のひら。

 自分を完膚無きまでに叩きのめした怪物が、それを無防備にこちらに突きだしている光景を目にした瞬間。ザイサードの胸中から疑問も困惑も、全てが吹き飛んでしまった。

 代わりに湧き出てきたのは、爽やかさ――そう、これまでの人生の中で感じたことのない、初夏の晴天に吹く涼やかな微風のような爽快感である。

 眼前の怪物は、その強大な暴力でいくらでも自分を屈服させることが出来るはず。"付き従え"と頭ごなしに命令出来るはず。

 しかし彼は、命令していないのだ。自分と同じ目線に立ち、そして誘い、お願いしているのだ。

 これまでのザイサードの人生では、考えられなかった状況だ。いくら他人(ヒト)との和を得ようと優しさを心掛けても、一向に省みられなかったどころか、付け込まれては嘲笑と共に裏切られるばかり。友と呼べる存在など在るはずもなく、世の全てが敵か[(ムシ)ケラであり、(なぶ)るか利用する事が最善の選択肢であると確信していた日々。

 その陰険なる負の螺旋を断ち切る程の、強烈な衝撃。

 単に"友"として認めようとしてくれるという喜びだけではない。この怪物が自分のことを同列と扱おうとしてくれる、その心意気。

 ザイサードが歓迎しないワケがなかった。

 

 ザイサードは、疲労で震える腕を伸ばして、"そいつ"の手を取った。

 「こんなオレで良いなら…喜んでなるよ、"旦那"」

 そう語ると"そいつ"改め"旦那"は苦笑を浮かべつつ、少し険しい声音で語る。

 「"こんなオレ"なんて卑下するなよ。

 お前は立派な怪物だ、人類(ヒト)を掻き回す怪物だ。

 だから胸を張れよ、"(ザ・レッド)"」

 ――こうしてザイサードは、"ザ・レッド"の姓を名乗るようになった。

 

 ――"旦那"に認められたオレが、こんなところで焦った挙げ句にやられてやるワケにゃいかねぇ!

 ザイサードはギラリと嗤い、己の魔力を極限まで高める。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ジリジリジリッ!

 室内が真っ赤に染まり、室温が急上昇する。蓮矢の機動装甲服(MAS)では計器が外気温の危険を関知して警告音を鳴らす。紫の魔装(イクウィップメント)による装甲服には計器はないものの、気温上昇に伴う空間中の術式密度の増加に危惧を抱く。

 (こいつ、何かしかけてきやがる!)

 (しかけられる前に、やってやるわ!)

 2人が各々推進機関を全開にして突撃した頃には――ザイサードは、"もう遅い"とばかりにグワッと大きく嗤い、四肢を大きく広げる。

 (テメェらに、至高の"(ザ・レッド)"を見せてやるぜ!

 (もっと)も、視認出来ねぇかも知れないがな!)

 そしてザイサードは、室内に充満する"赤"に対し、強烈な存在振替(オルタネイション)を実行する。

 

 転瞬、紫および蓮矢の視界が、一気に煌々たる輝きに覆い尽くされる。網膜の細胞が過負荷に耐えきれず、そのまま死滅してしまうのではないか、と疑う程の強烈な輝きだ。

 同時に、彼らの周囲――いや、室内の温度が爆発的に上昇する。単に高熱の炎が充満したと云う代物ではない。室内の金属が溶融するどころか、蒸発して電離する程の――恒星の表面に迫る超高熱だ。

 (ヤバい! おっさんの装備じゃ、これは耐えられない!)

 ザイサードに突撃しようと身構えていた紫だが、即座に行動を中止。代わりに、隣で亀のように身を固めて防御態勢を取ろうとする蓮矢の方へと飛び、彼を覆うようザイサードとの間に立ち尽くす。

 そして、両腕の電極機関をフルパワーで稼働させると、強烈な電磁場を展開。周囲で膨張して暴れ回る赫々(かっかく)のプラズマに対抗する。

 「おい、なんかオレの機動装甲服(MAS)のヤツがキシキシ音を上げてンだけどよ!?」

 蓮矢が紫に大声で叫ぶ。電磁場とプラズマが激突するバチバチと云う騒音が酷過ぎて、普通の声音の会話などとてもでないが成り立たない。

 「磁化してるからよ! 脱磁の魔化(エンチャント)があるはずだから、やっておいて! そのままだと装甲がアンタの体ごとグニャグニャに歪んで、ひん曲がった棺桶になるわよ!」

 「磁化だぁ!? こいつ、鉄みたいな磁力を帯びる金属じゃねぇぞ!?」

 「あたしの電磁場で磁性化したのよ! あたし今、神経が焼き切れても可怪しくないレベルの電磁場を出してるから! 調整して、あたしらの体に影響でないようにはしてるけど、余裕がなくなりそうだから、その時はアンタでなんとかして!」

 「はぁ!?」

 蓮矢は何が起きているのか、室内に充満した赫々(かっかく)のプラズマの正体が何か、理解出来ていない。しかし紫は形而上相の様子を一瞥して、即座に理解した。

 異常に上昇した室温は、恒星表面に"匹敵する"ものなどではない。恒星表面そのものと言える。何故なら、この"赤"は恒星表面にて起こる、強烈な電磁的高熱現象なのだから。

 この現象の正体は――"紅炎(プロミネンス)"。太陽上では、地球を丸飲みにして尚有り余る程の莫大な規模のプラズマが大蛇のように恒星表面から飛び出す現象だ。

 ザイサードの作り出したものは、規模こそ室内とその周辺十数メートル規模であろう。しかしながら、その構造は太陽表面で見られるものとほぼ同等のものだ。

 防御を解けば、人体も一瞬にして電離し、命を落とす。

 (あの男、本気になりやがったわね!

 こんな代物を扱うなんて、流石は"ハートマーク"の怪物!)

 ザイサードの姿を探そうにも、超高熱のプラズマが発する閃光によって視界が眩む。術者のザイサード自身は、このプラズマ地獄の中で、一体どんな状態を保っているのだろうか? 自らもプラズマの一部と化し、この輝きの中を動いているのだろうか? それとも、これほどの魔法現象の操作に専念するために、身動きを取らずにいるだろうか?

 そんな疑問を浮かべた直後、紫は希望的観測である後者を頭から振るい落とす。怪物相手に甘い考えを思い浮かべては、命を落とす!

 そして――紫の厳しさは、的を得ていた事が、数瞬後に理解される。

 バチバチバチッ! ミキミキミキッ! 電磁場がねじ伏せられてゆくような悲鳴を上げる。何事かと紫が視線を巡らせるより早く、蓮矢が悲鳴を上げる。

 「テメェッ! しつこいんだよッ!」

 蓮矢が腕部装甲に仕込まれた機銃を放つ。その弾道の先には、電磁場を破こうと両腕に赫々のプラズマの刃を生やし、旋風のように斬りつけてくるザイサードの姿がある。

 蓮矢の放った術式の弾丸は、ザイサードには直撃しない。紫の電磁場がそれらの術式を絡めとってしまったのだ。紫が弾丸一つどころか、雨粒の一滴分もの穴すら開けていない証拠だ。少しでも穴を開けてしまうと、プラズマの奔流が一瞬にして2人を飲み込んでしまうことだろう。

 「おい、お嬢ちゃんッ!

 弾丸だけ通るように調整してくれッ!

 このままじゃジリ貧だろうがッ!

 反撃しねぇとッ!」

 「うるさいわねぇッ!

 穴なんて開けられるワケないでしょッ!」

 「だがよ、このままじゃ攻め込まれるのも時間の問題だぜッ!」

 蓮矢の言葉は正論だ。紫はずっとフルで魔力を注ぎ続けている。長くは保たない。どうにかしてザイサードに重傷を負わせ、魔力の集中を解かせて状況を打開しなければならない。

 ――しかし、どうやって!? 恒星表面に匹敵する温度のプラズマの中、どうやってザイサードに接近する!? 下手すれば、一瞬のうちに素粒子に分解されてしまう!

 紫が逡巡している内にも、ザイサードは赫々のプラズマの中を、大海を悠々と泳ぎ回る魚のように飛び回り、プラズマの刃を突き立てまくる。その度に電磁場の防御壁は着実に半径を減らし、徐々に縮小し始める。このままでは、5分と保たずに防御壁は崩壊する!

 (何か…! 何か手は…!)

 

 その時――焦燥に駆られる紫の思考に、ある光景が過ぎる。

 それは過去の記憶のようでもあるし、絶望を無理矢理に払拭しようと悪足掻(あが)いた希望の生み出した妄想のようにも思える。

 ともかく――紫の思考に浮かび上がったのは、同じくユーテリアの学生であり、この1年程の間共に戦って来た戦友。ロイ・ファーブニルだ。

 思考の中の彼は、ポリポリと頭を掻きながらこんな事を言ってくる。

 「お前ってさ、なんつーか…頭で考え過ぎるっていうか、考え過ぎが足枷になっちまいがちだよな?」

 そんな彼に、紫は喚き散らすように反発の声を上げる。

 「だって、負けたら悔しいで済まないのよ!? 命が掛かってるのよ!?

 だからこそ、確実な勝算を考えるんじゃない!」

 「でも、その"確実な勝算"ってのは何時、思い付くんだよ? 考え続けてる内に、後手後手に回って押し切られるちまうんじゃねーの?」

 「それは…それは、正論かも知れないけど…」

 紫の意気が一瞬、弱くなるものの、直ぐに烈火のような焦燥と苛立ちをぶつける。

 「だからって、アタシはアンタみたいに大雑把で頑丈じゃないんだから! 考え無しに突撃して、何とか出来るってモンじゃないのよ!」

 「そうか? 随分弱気なモンだな、いつもと違って」

 「だって…だって、それは…こんな状況じゃ…」

 自分の思考が作り出したロイだと言うのに、紫は彼の言葉を打ち負かすことが出来ない。それどころか、しどろもどろと苦しい言い訳を語るばかりだ。

 ――言い訳?

 ふと、紫は気付く。何故、"言い訳"なのだ? 放棄の泣き言でもなければ、言い負かす正論でもない。自分を無理矢理に丸め込もうとする、"言い訳"。

 ――本当は、賭けてみたい策はあるのではないか? それを、自信の無さや決め付けの諦観、そして努力の放棄で楽になろうとしているだけではないのか?

 その事をハッと自覚した時。思考の中のロイはニカッと、ヒマワリのように笑う。

 「そうだよ、やっちまえばいい」

 ロイは笑いながらも、しかし金色の瞳の奥に鋭く強い輝きを宿し語る。

 「死ぬ気なら、何でもやって、ぶつかってみた方が良いだろ?」

 

 (その通りよね、ロイ!)

 紫は歯噛みする口の端にニヤリと笑みを浮かべると。蓮矢に向かって声を張り上げる。

 「おっさん、協力して!

 あの真っ赤野郎に一泡吹かせてやるわ!

 こっち来て、耳貸して!」

 「マジかよ!? 何か手が有るってのかよ!?」

 蓮矢は目を丸くしつつ、紫の元へと走る。今の彼に選択肢などない。良策があると言うのならば、従ってみるだけだ――何もしないで可能性をゼロにするよりは、確実にマシなのだから。

 紫は電磁場の維持でマトモに動けないので、蓮矢の方から紫の口元へと耳を寄せると――ボソボソと囁かれた言葉の内容に、ギョッと肝を冷やして顔色を青くする。

 「おいおい、それ、ヤバいだろ!

 特にオレ! ジュースになっちまうんじゃねぇのか!?」

 「どうせ、このままなら素粒子の蒸気になるんだし。ジュースになる位、大したことないでしょ!」

 蓮矢は数瞬絶句していたが…ゴクリと固唾を飲み込む。覚悟決めた証だ。

 「分かった、分かったよ!

 オレに策なんてないんだからな、乗るしかねぇよな! チクショウが!」

 「それでこそ男よ、おっさん!」

 

 突然、苦々しいながらも不敵な笑みを浮かべて見せる、2人。

 それを眺めていたザイサードは、ピクリと片眉を跳ね上げるが。すぐにニヤリと嗤う。

 (へぇ! 仕掛けてくるつもりかよ!

 面白ぇ、マジ面白ぇ!

 やってみなよ、楽しませてみろよ!)

 

 ――そして、紫と蓮矢が取った行動は――。

 

 - To Be Continued -

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