星ヲ撒ク者ドモ   作:眼珠天蚕

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Epilogue Part 1

 ◆ ◆ ◆

 

 ――都市国家プロジェスの騒動が終焉を迎えてから、約1週間の時が流れた。

 

 プロジェスの騒動は、地球圏の都市国家のメディアどもに大きく取り上げられた。都市国家の繁栄に寄与し続けて来た"英雄"達が、不満を抱えて反逆を起こしたと云う構図は、同じく一部の"英雄"的な人物に守護を頼る弱小の都市国家に、今後の繁栄の在り方を考えさせる一因となった。

 他方、メディアが触れ得ぬ政治や科学の深淵では、地球圏のみならず超異層世界集合(オムニバース)中の眼が、熱心にプロジェスの騒動に注がれた。特に、呪詛を祈りに読み替えて『現女神(あらめがみ)』を降臨させようとする試みは『握天計画』のヒントになるのではと、魔法科学の研究者の血走った好奇心を呼び寄せたが。地球圏治安監視集団(エグリゴリ)の調査団によって、呪詛の作り出した存在は高々『現女神』の(もど)きであり、それ以上言及する要素がないと言い捨てられてしまうと――彼らの視線は一気に冷め、何事もなかったかのようにそっぽを向いたのだった。

 

 エノクを始めとする、騒動(テロリズム)の首謀者達は皆、"チェルベロ"によって逮捕された。

 元『士師』達は"拳闘"のヴィラード・ネイザーが激しい抵抗を見せたものの、その他は皆、大人しく手錠を受け入れ、術式による堅固な封印が施された檻に入った。

 彼らの態度は概ね良好だと云う。特に、主犯首謀格であったエノクの態度は極めて模範的で、監視している看守がバツの悪さを感じてしまう程だと云う。

 「それでも、あいつは厳罰を免れないだろうよ」

 それは、渚の元に訪れた蓮矢の口から漏れた言葉である。蓮矢は渚達『星撒部』の部員を今回の功労者として敬意を払い、"チェルベロ"が引き取った後のエノクらの処遇について教えてくれる。

 「あいつが狂わせ、奪った人生の数は甚大だ。監獄(ブタバコ)の中でどんなに模範的な態度を取ろうが、恩赦なんてとてもじゃないが望めるようなレベルじゃない。

 これから先、一生日の目を見ない人生を送るのは当然だな。加えて、"地獄炉"に放り込まれて魂魄を搾取されるとか、生体実験の被験体として延々いじくり回されることか、それくらいの処遇を言い渡されても可怪(おか)しくないだろうよ」

 「むうぅ…(あわ)れなものじゃな。

 これまで散々、故郷を捨てて都市国家の為に人生を捧げて来た挙げ句の果てが、(いたわ)りの言葉一つすらない、地獄の底に叩き込まれるのじゃからな」

 渚はそう同情を寄せるものの、同じような憐憫を抱くプロジェス市民は少なくない。今回の騒動の被害者であった者でさえ、これまでのエノクの実績や恩義を忘れず、減刑を訴える者も多いそうだ。

 「確かに、オレだって可哀想だなって思わんでもないさ。

 だがよ、客観的に、無機質に言い切っちまえば、勝手に働いていたくせに同調を求めて、それが叶わなかったからムカついて暴れた…ってことだろ? そこだけ抜き出して聞かされりゃ、誰だってクズ野郎だなって思っちまうわな」

 「うむ、それも理解出来る。

 理解は出来るが、ヒトとして生まれた身の上ゆえ、どうしても感情が出しゃばるのを抑え切れぬわい」

 「『現女神(あらめがみ)』だろうと、それくらいの人間味があった方が可愛げがあって良いじゃねぇか」

 「…おだてても何も出さんぞ」

 「そんなつもり無ぇよ。第一、社会人のオレが学生のお前にたかるなんて、格好つかないっての」

 ――また、蓮矢は紫と共に交戦した相手、ザイサードについても言及する。

 「あのクソ野郎、目の前であそこまで追いつめたってのに、まんまと逃げられちまった。

 あいつこそ、地獄炉にブチ込んでやりたかったぜ」

 「ザイサード・ザ・レッドのう…わしの知らぬ"ハートマーク"のメンバーじゃな。

 まぁ、わしらとて何時でも"ハートマーク"の相手をしておるワケじゃなし、分からぬことがあって当たり前じゃがな。

 …ところで、あのエノクという神父と、ザイサードなる怪物を引き合わせたのは、"牙穿(がせん)"のヤツなのじゃろう?」

 「"牙穿(がせん)"?」

 蓮矢が疑問符を浮かべてながら聞き返すと、渚はキョトンとしてから、ハッと思い至ったように言い直す。

 「"調達屋"ツィリン・ベリエルの事じゃ。おぬしら警察は、"牙穿(がせん)"の(あざな)をあまり意識しておらんのじゃったな。

 …えーと、そのツィリンが引き合わせたのじゃろう?」

 「ほぉー、"牙穿(がせん)"なんて物騒な呼ばれ方もしてんのか、あのチビ。流石は"ハートマーク"、非戦闘民なんて存在しないワケか。

 …それはそうと、その通り、あのチビが引き合わせたそうだ。

 あのチビに連絡を入れたのは、エノクの方からだったそうだ。世界を渡り歩いている"調達屋"なら、自分の望みの実現に助力してくれる人材にコネがあるだろうってワケだ。で、紹介されたのが、あのクソ赤野郎なワケだ」

 「つまり、元凶はツィリンのヤツとも言えるじゃろう? 犯罪幇助という事で、逮捕してしまえば良いのではないか?」

 「そうしたいのはヤマヤマなんだけどよ…上層部(うえ)が乗り気じゃないんだよ。

 むしろ、(かば)い立てする上役(ヤツ)まで居るのさ、"今回の件は、彼女は直接関与しているワケではなく、適切な情報を渡しただけなのだから犯罪幇助と扱わないべきだ"とかな」

 「妙な話じゃのう」

 渚は眉を曇らせる。

 「ザイサードと云うヤツ、おぬしの同僚の…四条ミディと言うたな…が目を付けているような犯罪者ではないか。そんなヤツに引き合わせている時点で、マトモな用件ではない事くらい、誰の目から見ても明らかであろうに」

 「オレもそう思うんだがよ。

 ツィリンのヤツが捕まると、困る上役(ヤツ)が結構居てな。それで贔屓されてるのさ」

 蓮矢は事情を説明ながらも、自らも納得出来ていない事を示して眉を"八"の字に寄せて眉間に皺を寄せる。

 「"調達屋"ツィリンが調達するのは、単なる物品だけじゃない。人材や情報まで、広く扱ってるんだよ。

 そんなツィリンの有益性を、"チェルベロ"の上層部は評価しているのさ。んで、難事件の際には、あいつに接触して情報を得たり、時には専門家を紹介してもらう事もある。これがまた、かなり良い仕事をするんだよ。

 だから、あいつをいつでも使えるように、何だかんだ理由を付けて、泳がせてるのさ」

 「なるほどのう」

 渚は溜息を吐いて、理解を示す。

 「あいつら"戦争屋"が関与する"戦争"は、物理的な命をやり取りする闘争のみに非ず、じゃからな。正義が犯罪と闘うのもまた、"戦争"と見なしておるワケか。

 それにしても…天下の"チェルベロ"様が外部の人材、しかも"戦争屋"を(たの)むとは、情けない話じゃのう」

 「全くさ」

 蓮矢は肩を(すく)めて自嘲の笑みを浮かべて同意するが。直ぐに笑みを引っ込めて、拳をギュッと握り締めて語る。

 「だが、オレが必ず"戦争屋(あいつら)"を"チェルベロ"と縁切りさせてやる。

 その為にゃ、実績積んで上を目指さないとな」

 その言葉を歓迎した渚はニッコリと微笑む。

 「応援しておるぞ、未来の"チェルベロ"幹部よ」

 「オウ!」

 ――そんな会話を交わした後、蓮矢は渚と別れ、"チェルベロ"本部のある別宇宙惑星リバル・μへと去った。

 

 エノクが逮捕された事により、彼が信奉していた宗教である"メジャナの瞳"が俄に注目を受けた。地球圏では余りに馴染みの薄い宗教だっただけに、メディアはエノクの所業から受けた印象から"危険思想の塊"として取り上げ、世論は"メジャナの瞳"を"正体不明の悪の秘密結社"のように扱っていた…が。

 "メジャナの瞳"側は、そんな地球圏の反応に対して激情的な反応を示すことはなく。むしろ、非常に紳士的な態度で非難を受け入れた上で、自分達を知ってもらう事で偏見を無くそうと、自らメディア露出を増やして行った。

 結果、"メジャナの瞳"の慣用さ、真摯にして謙虚な態度、そして馴染み安さから、地球圏の人々に即座に受け入れられていった。

 "メジャナの瞳"との交流が盛んに叫ばれ、ビジネスとして注目されるまでに至ると…エノク・アルディブラという人物は"何処にでも存在しうる、希有な過激思想を持った犯罪者"として見なされ、"メジャナの瞳"とは切り離されて考えられるようになった。

 と云うよりはむしろ…テロリズムの被災地域であるプロジェス以外の都市国家では、エノクの名は市井の記憶から薄れていった。

 

 さて、プロジェス自体の様子は、と云えば。

 『女神戦争』から立ち直って、さほど間を置かない二度目の大災厄とその復興と云うことで、市民達の間にはウンザリとした雰囲気が円満していたが。

 プロジェスに進出していた外部企業――特に建設や製造業は、復興による需要こそビジネスチャンスとして、活発な行動を見せていた。

 一方、プロジェスの市民は概ね、このような外部企業の活動を受け入れ、歓迎すらしていた。彼らとて外部企業が慈善ではなく利潤の為に活動していることは理解しているし、それ故に外部企業に対して嫌悪を抱いた市民も居る。それでも、市民からの概ねの評価が良好なのには、先の『女神戦争』とは異なる事情による。

 まず、『女神戦争』終結後、復興に関する観光などプロジェスの懐が潤っていた事。そして、短期間でもう一度自らの手足を酷使するような"疲弊に向かう意固地"を嫌ったことだ。行政は潤沢な資金を外部企業に注ぎ、自らの手をほとんど汚す事なく、復興の実現に取り組んだワケだ。加えて、プロジェスとしても外部企業の作業員に宿泊施設や食料を提供する事で、自らもまた利益を得ることが出来た。

 更には、先の『女神戦争』直後に入都してライブを行う有名パフォーマーも次々と現れ、プロジェスの復興は都市国家を挙げてのお祭り騒ぎの様相を見せるに至った。

 ここに、エノクらのような過激な思想を持つ回帰主義者が一掃された事情も相まって、プロジェスの復興には陽気さが大きく目立つ事となった。

 

 ――そして最後に。今回のテロリズムに加害者として参加はしていなかったものの、その中心に据えられてしまった人物…元『現女神』の二ファーナ・金虹は…。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 「ニファっちには全然責任ないのにさ!

 元『士師』の連中が勝手にやらかした事じゃん!

 なのに、どうしてニファっちが責任取らされるような事になるワケ!?」

 不満そうな声を挙げたのは、二ファーナのクラスメイトであり、ゴシップ屋の美樹・ジェルフェロードである。

 ――そこは、プロジェスの市壁に極近い辺境地域である。近隣に居住区はなく、草木が鬱蒼と茂る緑地を背にした、広大な"空き地"である。元はプロジェスの国土を広げるための開拓拠点がもうけられていたようで、背の低い草や苔で覆われた大地には、所々に瓦解しかけた廃小屋が見受けられる。

 普段は市軍警察の地域部の巡回監視員くらいしか足を運ばないような場所だ。しかし今は、普段からは考えられないような数のヒトビトが集まっている。

 彼らの内訳はこうだ――まず、美樹をはじめとした、ニファーナとクラスメイトの一部。勿論、全員が居るのではなく、ニファーナに縁深い者達だ…即ち、美樹、ナセラ・リンと(ジエ)凜明(リンミン)、そして学級委員長の本樹(もとき)(しゅう)。加えて、今回の騒動の集結に手を貸した室国(むろくに)灰児(かいじ)の姿もある。

 次に、ニファーナ・金虹本人だ。彼女はクラスメイト達の中には居らず、彼らと対峙する位置に立っている。俯きがちなのは、今回の騒動に対しての責任を感じているからなのだろうか。

 ニファーナの隣に寄り添うようにして立つのは、"チェルベロ"の捜査官である四条ミディである。その表情の読み取れない無機質な面持ちは、犯人を粛々と連行してゆく者の姿を想起させるが――ニファーナの腕には手錠は掛かっていないので、彼女を逮捕しに来たワケではなさそうだ。

 ニファーナのクラスメイトの集団の外側を囲むようにして立つのは、立花渚を初めとする『星撒部』の面々である。ニファーナと彼女のクラスメイトは、渚以外の『星撒部』とは初対面だったため、顔を会わせて直ぐの頃は如何にも学生の交流らしい騒がしさでこの閑寂な土地を賑わわせた。

 ニファーナとミディの横や後ろを固めるのは、プロジェスの市軍警察の治安部の人員達だ。そこには蓮矢と行動を共にしていたウォルフ・ガルデンの姿もある。彼らは決して重装備ではないものの、皆、手には機銃を携えている。戦闘員というよりは、護衛と云った印象だ。

 治安部の人員達の更に背後には、戦闘機より一回り程大きな、概ね細長い三角錐の形状をした機体が着地している。これは"チェルベロ"御用達の異相世界横断用航行機だ。非常にシンプルで無機質なデザインは、かなり古い時代の陳腐なSF映画を思わせるが、"チェルベロ"の技術局が曰くには「無駄を極限まで削ぎ落とした、最もエレガントな航空機」とのことだ。

 ――さて、話の焦点を会話に戻そう。

 美樹の不満の声に呼応するように、ナセラが不服そうに眉を立てて、頷きながら語る。とは言え、美樹のような感情的な口振りではなく、大人っぽい抑えた口調だ。

 「私も納得出来ない。ニファーナは完全に被害者だ。

 それに、操られての行動も罪になると云うのならば、呪詛によって邪悪な『士師』"(もど)き"となった私達3人こそ罰されねば、不公平というものだ」

 凛明は、うんうん、と頷いてナセラに全面同意するが。美樹はギクリと顔を引きつらせる。

 「いやー、あたしまで罰されるのは、ちょっと困るけどー…」

 そうポツリと漏らしてから、咳払いを挟んで口調の勢いを取り戻すと。再びニファーナの隣に立つミディに食って掛かる。

 「と、とにかくさ!

 ニファっちは何の問題もないじゃん!

 なのに、どうしてニファっちがこの都市国家(まち)を離れなきゃいけないのさ!」

 

 …そう。この集まりは、ニファーナがプロジェスを去るに当たっての送別会でもあり、抗議の場でもあるのだ。

 エノク達が起こした騒動の後、学校は2日の休校を挟んだ後、授業を再開した。被害の割に素早い再開となったのは、優秀な外部企業による高度な暫定精霊(スペクター)による高速の修復のお蔭によるものだ。

 授業が再開した後は、渚も留学を全うしてセラルド学院に通学していたが。ニファーナ・金虹は一行に登校しては来なかった。

 大規模な呪詛の浸食による影響で体調不良でも起こしているのかと、クラスメイトの誰もが思っていたが。彼女の転校…というより、移住が決まった事を知らされたのは、ほんの昨日のことであった。

 …とは言え、渚だけはこの情報を事前に把握してはいたのだが。クラスメイトに話をしなかったのは、ニファーナ自身からの要望に従ったからである。

 

 ――そう、ニファーナは他意によってプロジェスを後にするのではない。

 

 「勘違いしないで、みんな」

 ミディが堅い表情のまま、クラスメイト達の非難に対して口を挟む。その表情は怒っているようにも見えるが、鋭い観察眼を有する者であれば、彼女もまた不満に耐えつつも、その様子を表に出すまいと努めている表情であると見抜くことだろう。

 「金虹さんがこの都市国家(まち)を出るのは、別に罰だと云うワケじゃないわ。

 むしろ、あなた達の言う通り、金虹さんは今回の件において落ち度はないの。

 ただ…金虹さんの希望なのよ。プロジェスを…地球を離れるのは」

 「なっ! 地球自体から離れちまうのかよ!」

 そう声を上げたのは灰児だ。そんな彼に対し、秀が言葉を挟む。

 「"チェルベロ"の異相世界横断航行機が来てるんだ、その事態は予測出来るだろう」

 「た、確かに言われてみりゃそうだけどよぉ!

 だけど、何も地球から離れるなんて…そんなに責任感じる必要、無ぇんじゃねぇのか!?」

 「そうだよ、ニファっち!」

 美樹が灰児を差し置いてズズイッと体を乗り出す。

 「他惑星だとか、異相世界だとか、そういう場所って環境が全然違うっていうか、地球人にとっては有害極まりない場所も多いって、授業で言ってたじゃん!? ニファっちにとって、地獄みたいな場所かも知れないじゃん!

 なんでそんな、自ら罰ゲームに当たりに行くような真似するのさ! しかも、これはゲームじゃなくて、人生に関わる問題なんだよ!」

 ナセラや凛明も美樹に同意し、思い留まるように語る…が。

 それまでジッと黙っていたニファーナが、ようやくゆっくりと、その桜色の唇を開いて語るには…。

 「室国君は…"責任感じる必要はない"、って言ってたよね?

 うん…わたし、責任を感じたくない。責任が在るとしても、それを放り投げ出したい。無責任で居たい。

 だからこそ…行くんだ。

 要は…逃げ出すの」

 "逃げ出す"。その言葉を耳にしたウォルフら市軍警察の人員達の間に、刺々しい不快感が漂う。

 "チェルベロ"もプロジェス市軍警察の上層部も、ニファーナが今回の件について責は無い事を認めている。その決定について、ウォルフ達現場の人員達も、黙って従ってはいる。

 だが…あの騒動の現場で、多数の市民に被害が出ているのを目の当たりにした彼らにとって、責は無くとも引き金になったニファーナが無責任に徹しようとする姿は、気持ちの良いものでないのだ。

 一時は都市国家の趨勢を担う『現女神』だったのだから、少なくとも市民の前で詫びや(ねぎら)いの言葉の一つも掛けるのが筋ではなかろうか? そういう不満が沈黙の中にヒシヒシと蔓延していた。

 

 だが…その雰囲気こそが、ニファーナを逃げに追いやった"苦役"なのだ。

 もしニファーナが気丈さ、または鈍感さを発揮してプロジェスに居残ったとすれば。公式には無罪と言われようとも、必ずやニファーナの存在を(うと)んで責める者が出てくるであろう。

 そんなヒトビトの視線を鼻歌を歌いながら無視出来るほどに、ニファーナは気丈でも無ければ鈍感でもない。むしろ…押し潰されそうな程の苦痛に苛まれ、居ても立っても居られなくなる。

 だからこそニファーナは、渚に、そして"チェルベロ"のミディに相談し、移住を決めたのだ。

 渚もミディもニファーナの性格を鑑みて、彼女の意見に賛同したのだ。

 

 「ニファーナの事を悪く言うヤツなんて、私がブッ飛ばして上げるよッ!」

 凛明が拳を作り、鼻息荒く語るものの。ニファーナは力ない笑みをクスリと浮かべるだけだ。

 「ありがとう…皆の気持ちは、凄く嬉しい。こんなわたしを受け入れてくれるんだもの、とてもとても嬉しいよ。

 でもね…ごめんね…嬉しいんだけど…同時に、苦しくもあるんだ」

 ニファーナが徐々に消え入りそうな声音でそう呟くと。クラスメイト達は、ギクリ、とその身を固めてしまう。

 彼らが想像だにしていなかった言葉なのだ。単純に元気付けたいと思って、良かれと思って語った言葉なのに。それが"苦しい"と言われるなど、露ほども考慮していなかったのだ。

 ニファーナは、ぎこちない笑みを浮かべたまま、言葉を次ぐ。その笑みは、クラスメイト達の温情を無下(むげ)にしてしまう事への恥ずかしさと、そんな自分への嘲りで構築されている。

 「私は…本当に情けない人間なんだよ。

 誰からも頼りにされたくない。何の責任も負いたくない。注目されるような面倒なことになりたくない。

 ただ、ただ…静かに、流れに身を任せて暮らしたいんだ。

 でも…この都市国家(ばしょ)に居続けるなら、そんな事は絶対に叶わない。

 被害者として憐れまれたり…加害者だとして憎まれたり…エノクさん達みたいに、またまた『[r[b:現女神>あらめがみ]]』である事を望まれるかも知れない。

 そういうの…全部、やだ。

 何もかも、捨てちゃいたい」

 ニファーナの言葉は、彼女自身が浮かべる嘲笑が余りにも相応しい程に、非常に情けなく、自分本位な言葉である。

 背後に控える市軍警察の人員達が思わず、殺意かと思える程の憤怒の気配を漂わせてしまう。

 そんな彼らの雰囲気を悟ったニファーナは、肩を(すく)める。"ホラ、言った通りでしょう?"とでも言いたげだ。

 対してクラスメイト達の態度は…別段、失望するようなことはない。ニファーナが元来、自発性に大きく欠けている人物であることは分かり切っているのだ。特に女子3人は、ニファーナに全面的に同情し、説得の言葉を(つぐ)んでしまう。

 しかし――今回の騒動まで、ニファーナと殆ど接点を持たなかった灰児は、彼女の情けなさに髪を逆立てる程の憤りを見せる。

 「おいおい、なんだよ、その言い分は! そういうのは身勝手って言うんじゃねぇ、甘ったれってンだよッ!

 被害者だって可哀想がられるなら、良いじゃねぇか! 別にお前が頼んだワケじゃねぇ、好き勝手に憐れんでるんだからよ、シメシメと貰っておけばいいだろうが!

 加害者だって憎まれようが、無視してりゃいいじゃねぇか! ヒトってのは、生きてりゃ絶対にソリの合わないヤツと出会うもんさ! どんなに気をつけてても、何の理由かもよく分からねぇ内に因縁付けられたりしてるモンさ! そんなのを一々取り合ってたら、キリがねぇだろ! そんなのガン無視で良いんだよッ!

 お前が何処に逃げようが、そういうモンは必ず着いて回るんだ! それと向き合えないってンなら、人生止めるしかねぇだろ!」

 「お、おい、灰児…」

 噴火の如く憤怒をまき散らす灰児を、秀が宥めようとする。折角の説得が無駄になってしまうと恐れたに加えて、ニファーナを萎縮させてしまうのでは、と気遣ったのだろう。

 しかし、ニファーナは硬直することなく…烈風の中にそよぐ野草のような、力無い程に柔らかな笑みを浮かべる。

 「室国君は強いからね、そういう事言えるんだよ…。

 だけど、私はね、そんな強さ…一生掛かっても、持てないよ。

 それとも…」

 ニファーナは、意地の悪さを笑みの端に滲ませながら、灰児を見つめる。

 「室国君が、その強さを私にくれるの?」

 そう言われてしまうと、灰児はたじろぐばかりだ。

 「いや…あげるとか、そういうモンじゃねぇだろ、こういうものって…。

 自分の中から、絞り出すしか、無いからよ…」

 「それなら、やっぱり、無理だよ」

 そう即答するニファーナに、灰児は再び憤りの情が湧いてくるが…何か言葉をぶつけることは、しない。…どうして何を言ったところで、堂々巡りになるだけだと、悟ってしまったのだ。

 それくらい、ニファーナの身体は、雰囲気は、力に乏しかった。

 

 クラスメイト達が(だんま)りすると…。ニファーナは、その視線を渚の方へと向ける。

 「立花さん…わたし、あなたに会えて良かったよ。

 それに、"鋼電"のレーテさんに会えたのも、良かった」

 「ほほう。わしとあやつから、おぬしは何を得たのじゃ?」

 渚が試すような意地の悪い伏し目を向けてニファーナに尋ねると。ニファーナは、やはり自嘲を含んだ笑みを浮かべてみせる。

 「カミサマ…って言うのは、可笑しな話なのかな…ともかく、この超異層世界集合(オムニバース)の仕切ってる"誰かさん"は、わたしを選んだみたいにいい加減な考えばかりで『現女神(あらめがみ)』を選んでないって事を、この眼で確かめられたし。

 それに、立花さんに関して言えば…正真正銘の『現女神』の力がどんなに偉大なものか、この身を通して感じられたし。

 そんな凄いヒト達…いや、女神様達と知り合えたんだもん。わたしの人生の宝物だよ」

 普段の渚なら、この言葉を聞いて反発を感じる事だろう。自身も『現女神』であった身ながら、その事に一切触れずに卑下し、他者ばかりを持ち上げる。そんな卑屈な態度に、怒りを感じずにはいられなかっただろう。

 だが、渚は何事もなく、屈託なく笑って見せる。そこには、ニファーナをこれ以上どうすることも出来ないという諦観が含まれているのかも知れない。

 「うむ! 新天地で存分に自慢するが良いぞ!

 レーテのヤツはともかく、偉大なる"解縛の女神"様と知り合いなのだぞ! と大威張りして、写真を見せてやれい!」

 …渚は予め、ニファーナの要望に応えて、『現女神』の姿でツーショットの写真を撮っていた。

 ニファーナはその後、『星撒部』の面々に視線を向けると、ぎこちない笑みを浮かべる。

 「みなさんとは、全然話す機会が無かったけど…今回の騒動を鎮める手助けをしてくれて、本当にありがとう」

 「それが仕事ですからね、当然ですわよ!」

 そんな風に高飛車な態度で応じるのは、ヴァネッサである。残る2人は――アリエッタは笑みを浮かべたまま、紫はジト目気味の無表情を張り付けたまま、特に何も答えはしなかった。

 …こうして声を掛け終えたニファーナは、隣のミディに視線を向けると。

 「もう、行きます」

 と告げて、さっさと踵を返し、異相世界横断航行機へと歩き出してゆく。

 長年、慣れ親しんで来た土地、そして友との別れにしては、あまりにもアッサリとした態度である。

 この態度でミディは戸惑いを感じ、もう少し何か――名残惜しむような何かをしなくて良いのか、と引き留めるべく手を伸ばそうとして…辞める。ニファーナの背は、ミディの人情など素通りしてしまうほどに、儚い力の無さを露呈していた。

 ニファーナは何も言わなくとも、残る友の方はそうではない。よくニファーナと(つる)んでいた美樹は一歩、足を踏み出して身を乗り出し、言葉を掛ける。

 「通信…ううん、それが嫌ならメールでも良い! 絶対にするよ! 気が向いたら、読んでね…!」

 「うん…」

 ニファーナは意外にも首を縦に振って返答すると、チラリと美樹に視線を向けてこう続ける。

 「美樹と秀君の惚気(のろけ)話、ちょっと興味あるから」

 その台詞に、美樹と秀はほぼ同時に顔色を火焔の如く真紅に染める。

 

 今回の騒動が終結した後、秀は美樹に告白。美樹はちょっと戸惑ったが、真摯な秀の態度に打たれ、それを受け入れたのである。

 

 「い、良いよ!」

 美樹は顔を真っ赤に染めながら、ちょっと自棄(やけ)になりながら叫ぶ。

 「一杯一杯、ノロケてやるんだから! だから、たまには返事ちょうだいね! じゃないと、メールするモチベーション、下がるからさ!」

 「…うん…たまに、ね」

 ニファーナは、控え目な口調で儚い約束をしたのだった。

 

 それが、プロジェスにおけるニファーナの最後の言葉になる。

 その後、ニファーナはミディと共に航行機に乗り込む。それから数分して、航行機は烈風を発することもなく、静かにフワリと宙に浮き上がる。かなり優秀な風霊機関による飛行機能を実現しているようだ。

 航行機はクラスメイトの視線に見送られながら、高く高く、鉛直方向に浮き上がると。眩しい程の虹色に近い魔力励起光を纏ったかと思うと、そのまま光の柱となり――地球から離脱する。

 「さよなら」の一声すら掛けられなかった、余りにもアッサリとした別離であった。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ニファーナと分かれた一行は、市軍警察に連れられて緑地帯を越えると。人気の少ない最外縁の居住区の、古びた道路上に待ち受ける大型の護送車に乗り込む。

 「こんな大仰な乗り物でなくとも、小型バス程度で良かったじゃろうに」

 護送車に乗り込んだ渚が刺々しくウォルフに向けて語ると。

 「仕方ないだろ! 俺たち市軍警察は公共交通会社じゃないんだからよ!

 お前達くらいの人数を運べる(アシ)って言ったら、コイツくらいしかないっての!」

 そう語気強く言い返してくるのであった。

 

 ちなみに、護送車の運転はウォルフの同僚が担っている。

 

 護送車が軽快に出発する。しかしながら、頑強な魔化(エンチャンテッド)鉄格子をはめた窓は、とてもではないが外の風景を楽しめやしない。

 そこでセラルド学院とユーテリアの学生が、目的地到着までの時間潰しに取った行動は…勿論、お(しゃべ)りだ。特に、社内は女子学生が多いので、正に(かしま)しい有様を呈する。

 「立花としか交流出来なかったのは、本当に残念だったよ。

 他の皆さんも、立花さんと一緒に留学してくれれば良かったのに。せめてこの一週間だけでも、ね」

 本当に残念そうに眉を曇らせて語るのは、ナセラである。向上心の高い彼女は、渚以外のユーテリアの学生の振る舞いから、自己研鑽の為の新たなモチベーションを得たかったことだろう。

 これに対して、ユーテリアの3人の言い分は。

 「わたくし達がこの都市国家(まち)に入都した目的は元来、留学や交流ではなく、仕事のためですわ」

 そう返答の口火を切ったのは、ヴァネッサである。

 「渚があなた方の学院に留学したのも、元はと言えば、今回の騒動の引き金となった奇病――実際には呪詛でしたけれども――を探るためでしたもの。

 …まぁ、渚は目的を果たした後も、留学を楽しんでいたようですけれども」

 ヴァネッサはジト目で渚を睨むが。当の渚は悪びれた様子なく、ハッハッハ、とちょっと大袈裟に屈託なく笑う。

 「学園長からは、好きなだけ留学して見聞を広めよ、と言われておるからな。学生として、立派に学業に(つと)めておるだけじゃよ」

 「…そうやって、(てい)の良いことを(つくろ)うんですから」

 ヴァネッサは諦観の溜息を吐くと。それ以上は渚の事を言及せず、自身の事について語る。

 「わたくしは希望を振り撒く『星撒部』の理念に(のっと)って、再びの災厄に見舞われたこの都市国家(まち)のため、復興作業に(いそ)しんでいましたわ。

 一学生としては、皆さんとの交流に多大な興味がありましたけれども…とてもじゃありませんが、それを楽しむ暇はありませんでしたわ」

 ヴァネッサの言は誇張ではない。彼女は水晶を操り、それで構成された使い魔を多数生み出して使役することが出来る。その能力は復興作業において大いに重宝がられ、様々な現場に引っ張りだこになっていたのだ。彼女がボランティアの学生でなければ、この労働で多大な利益を得られたことだろう。

 次に口を開いたのは、アリエッタである。

 「私は、ヴァネッサちゃん程には忙しくなかったし、渚ちゃんと一緒に留学すれば良かったわね」

 そう言った途端――護送車の前部、市軍警察の人員が乗り込むスペースから、ウォルフの慌てた抗議が割り込んでくる。

 「冗談じゃないッスよ、姐さん!

 姐さんが居てくれなかったら、かなりマズかったですよ! どれだけの被害が出てた事か!」

 騒動は終結したものの、都市国家(まち)の領土から全ての呪詛が直ちに消え去ったワケではなかった。確かに、大半の呪詛はザイサードの逃亡によって消滅したのだが…呪詛による被害者の怨念が生み出した二次的呪詛が点々と発生し、ヒトビトを奇襲するという事案が相次いだ。

 これに対応したのは、市軍警察は勿論のことなのだが、一番目覚ましい活躍をしたのがアリエッタである。呪詛は下手に破壊すると、己の怨念を強めて成長してしまう厄介な習性がある。しかし、アリエッタの見事な剣舞は、呪詛を破壊するでなく"浄化"して消滅させるのだ。彼女の尽力によって、速やかに安全が確保出来るようになった地域は多数に及ぶ。

 「…うーん、やっぱり私も留学して皆さんと交流する余裕は無かったみたいです」

 アリエッタは残念さを滲ませた笑みを浮かべるのであった。

 最後に言及したのは紫であるが…彼女は他の2人と違い、セラルドの学生達を見下すような刺々しい高飛車な態度を取り、大仰に肩を(すく)めてみせる。

 「あたしは先輩達と違って、最初(ハナ)っから留学なんて御免ですね。

 こんなレベルの低い凡人達の間に囲まれたところで、得られるモノなんて何も無いですからね」

 この言葉にセラルドの誰もがムッと顔をしかめる。特に反応が大きかったのは、美樹と灰児だ。

 「何よ、その言い草! いくら都市国家(まち)を救ってくれたからって、酷過ぎるんじゃない!?」

 「テメェ、初めて会った時も散々な言い方してくれやがったがよ! ユーテリアに籍を置いてるってだけで、どんだけ偉いってんだよ、アァンッ!?」

 しかし渚は、ハンッと鼻で笑って、2人の抗議を軽くいなす。そして再び口を開いて、お得意の毒舌を叩きつけようとする――が。

 そこに柔和な態度で分け入って来たのが、アリエッタである。

 「そういうツンデレな事、言わないの。誤解されちゃうでしょう?」

 「ツンデレって、あたしは別に…」

 「それに、紫ちゃんもヴァネッサちゃんに劣らず、凄く大忙しだったじゃない。留学する余裕なんて取れなかったのよね」

 アリエッタの言う通り、紫も多忙な復興作業生活を送っていた。彼女の場合はヴァネッサのように作業員としての働きではなく、貴重な治療魔術の使い手として被害者の手当に当たっていたのだ。呪詛による精神汚染など、本業の医者でも難色を示す症状を、次々と手早く片づけて行ったのである。その成果から、プロジェスの医師協会から、卒業後の就職を打診されたほどだ。

 「まっ、そうですね」

 紫はアリエッタの言葉に同意する。

 「凡人相手に割ける暇なんて、無かったワケですよ。時間の無駄極まりないですからね。

 そんな時間の無駄に付き合ってあげられる副部長の器の大きさには、感服するばかりですよ」

 「…テメェ、喧嘩売ってンのかよ…!」

 「いくらユーテリアの学生だからって、ここまで言われっぱなしなのは、(しゃく)に触るなぁ!」

 灰児と美樹が視線から火花を散らして紫を睨みつける。アリエッタは困った顔をして紫に視線を向けるが、当の紫は何処吹く風と云った様子で、刺々しい雰囲気を収めない。

 

 紫がセラルド学院の生徒に――いや、ユーテリア以外のあらゆる学校の生徒に対して反抗的な態度を取るのには、勿論理由がある。

 それはユーテリアに入学する前、とある都市国家の学生であった頃に直面した、"不幸な不遇"に由来するものだが。その話はまた、いずれ言及することにしよう。

 

 「これ、紫。いい加減にせい」

 渚が少し責めるような口調で語ると。紫はハッとして、慌てて態度を鎮めて、黙り込む。――紫は、渚に全く頭が上がらないようだ。

 渚は更に、紫の頭をガッシリと掴むと、険悪な雰囲気になってしまったセラルドの学生達の方向へと力付くで向かせて、頭を下げさせる。

 「すまぬな。こやつは毒袋を持っておってな。定期的に吐き出さねば、自分の毒にやられてしまうのじゃ。

 それでも、復興の方には大分手を貸しておったのでな、それで勘弁してあげてはくれぬかや」

 「…立花さんがそう言うなら…。

 でも…いくらユーテリアの学生だからと言っても、発言には気をつけてほしいね」

 そう凛明が答えると、渚はニッコリと笑って、渚の頭から手を離す。かなり力を入れていたらしく、紫は顔を上げながら涙目で頭をさすっている。そして、口は災いの元だと痛感したようで、黙り込むことにしたようだ。

 微妙になった場の雰囲気を帰るべく、ポン、と手を叩いて、ニコニコと声を上げるのはアリエッタだ。

 「ここで知り合ったのも何かの縁ですし。連絡先を交換しましょうよ。

 今度は私たちがユーテリアにご招待しますから、そこで思い切り交流しませしょうよ。私も手料理を振るいますから」

 「え、あたしらがユーテリアに行けるの!? 何それ、凄いじゃん!」

 美樹が目を輝かせて、真っ先に食いつく。ユーテリアの評判は、地球圏は勿論、異相世界にも広く轟いている。一般的な学生には、"英雄を志す者達が集う、激しい競争社会"と認識される一方で、"競争にさえ適用できれば、遊園地のような興奮に満ちた夢の学園生活の場"として語られているのだ。そこに競争の要素無しの完全なゲストとして訪問出来るのだから、大歓迎なのである。

 「うむ、それは名案じゃな!」

 渚がアリエッタの意見に賛同し、首を縦に振る。

 「わしらの『星撒部』の真の素晴らしさも見て貰いたいからのう!

 それに、灰児、おぬしには是非やってもらいたい事があるしのう!」

 「オレ?」

 灰児がキョトンとして言い返すと、渚は首を縦に振る。

 「おぬしとウチの大和との試合、是非とも見てみたいからのう!

 あっ、蒼治が相手でも良いかも知れぬ! あやつは甘っちょろいからのう、おぬしが速攻を決めれば勝機十分じゃろうて。

 何せおぬしは、ユーテリアでもやっていけること間違いなしの人物じゃからな」

 「ユーテリア、ねぇ…」

 灰児は視線を遠くへやってボンヤリと口ずさむと。ゆっくりと(かぶり)を振る。

 「いや、遊びに行く程度で十分だ。

 オレは、この都市国家(まち)でやりたい事が出来ちまったからな。此処を離れて暮らす気にはなれねぇよ」

 そう語る灰児の顔は、不良の険がすっかり取れた、穏やかな微笑みが点っている。

 

 灰児の"やりたい事"。

 それは、彼の能力(ちから)を存分に発揮して、プロジェスの発展に貢献して行くことだ。

 今回の騒動を通して、中々認められずイジケていた自分の小ささを痛感した。彼の上を行く存在はゴロゴロしているのだと、小山の大将になったところで何も誇れはしないのだと、よくよく認識した。

 だから、キチンとした形で成果を残し、ヒトから認められるようになりたいのだ。

 それは単に、自己承認欲求なのかも知れない。だが、イジケた薄暗く狭いコミュニティでジメジメと暮らすよりは、よっぽど気持ちが良いはずだ。

 灰児とよく一緒に居る3人には、この話は既に通してある。彼らは灰児の爽やかな決意を歓迎して受け入れ、彼らもまた灰児と共に歩みたいと、真面目な努力を始めている。

 

 「ところで、立花さ。

 どうせ闘うってンならよ、その大和だの蒼治だのって中途半端な実力のヤツじゃなくて、本物の強い男とやらせてくれよ。

 良い経験にも、刺激にもなるだろうからさ」

 そう語る灰児に対して、渚は即座に手をパタパタ振って却下する。

 「ダメじゃダメじゃ! 残りの男どもは…バウアーも、イェルグも、そしてロイのヤツなんぞ特に! 手加減の"ネジ"が吹っ飛んでおる!

 流石に命を取るようなバカな真似はせぬだろうが、深刻なトラウマを負わせて、おぬしの人生を狂わすのが落ちじゃ!

 灰児、おぬしの事を決して見下しておるワケではないが――おぬしでは、あやつらの相手はとてもでないが勤まらぬ」

 その言葉に対して、灰児は憤ることはなかった。渚との交戦や、呪詛の騒動を地肌で体感した身の上として、自分の実力はまだまだ及ばない事を痛感している。

 憤る代わりに、灰児は意地悪な笑みを浮かべて渚に反撃する。

 「でもよ、立花、お前の手加減の"ネジ"の外れっぷりも、相当なモンだったじゃねーか。

 思いっきりボコボコにしやがって、死ぬかと思ったぜ」

 すると渚は、悪びれもせずにハッハッハと笑う。

 「死ぬかと思うただけで、死なんかったではないか。

 むしろ、おぬしの底力を引っ張り出してやったではないか。

 わしは学園(ユーテリア)でも手解(てほど)き上手で通っておるからのう、おぬしはわしに感謝こそすれ、非難するのはお門違いと云うものじゃよ」

 「…へいへい、そりゃありがとさんでしたね」

 灰児はもう観念して、渚の言葉に特に反発することなく、諦観の溜息と苦笑と共にそう答えるのであった。

 

 それからセラルドとユーテリアの生徒達は、護送車を降りるまで専ら交流に関する話題で盛り上がる。

 特にセラルドの学生がユーテリアに対して描くイメージ…学食が豪勢だとか、授業がとんでもなくハイレベルだとか、志高い生徒達の厳しい自主訓練だとか…の話が多い。渚達が、概ねその通りだ、と答えればセラルドの学生達は「おおー!」「ハンパないなー!」と歓声を上げる。

 …一方で、離別したばかりのニファーナについての話題は、皆無である。

 特にセラルドの学生達は、ニファーナに対する思い入れは少なからぬところであろう。それでも話題に出さなかったのは…別れ際のニファーナの気弱な態度に対して、思わず愚痴(ぐち)(こぼ)したくなってしまうからだろう。

 都市国家の繁栄を担ってきたはずの『現女神(あらめがみ)』が、あれほどまで情けない思考の持ち主だったと痛感しては、失望は免れない。

 それでも、もう会えないかも知れない人物の事について陰口を叩くのは、人道に(もと)る最低の行為だと自覚している。

 ――もう会えないのならば、思い出を美化する方が断然マシだ。

 そう考えたであろうセラルドの学生達は、ニファーナの話題を避け、思い切り楽しめる話題に没頭することにしたのだ。

 

 ――こうして、2つの学校の生徒達は、愉快な時間を過ごすのであった。

 

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