1. ゲームを始める
雲の切れ間からの光がさっと中庭に差し込んだ。
今朝の天気予報でいっていたように「貴重な梅雨の晴れ間」になるようだった。
四限目、現代文の授業。
「評論はもうひとつ、論展開に考慮することが必要です。たとえば……」
前の席の
善子ちゃん、あいかわらずだな、とルビィはおかしくなる。
でも、あんな風にしてても授業にはついていけてるみたいだし、よかった。
入学直後から休んでいた善子だが、花丸のフォローもあってしばらく前に学院に復帰していた。
昼休み、いつものように三人でお弁当を食べる。
食べ終えるとおしゃべりの時間だ。
「雨が上がってよかったずら」
花丸が空を見て話した。雲はもうずいぶん流れて、青が半分ほどを占めていた。
善子がうなずく。
「そうね。雨は嫌いじゃないけど、どうせなら家にいるときに降ってほしいわ」
「これなら練習もできそうだね」
ルビィもそう同意した。
ルビィたちのスクールアイドルグループ、
朝はあんなに降ってたのに、嬉しいな。
あっ、と思ってルビィは自分の鞄からスマートフォンを取り出した。高校入学と同時に買ってもらったものだ。
ルビィはあるゲームアプリを立ち上げる。
えっと、お天気が晴れたから……。レインコートは脱いだほうがいいよね。
「あんた、まだあれやってるの?」
ルビィのようすを見た善子がたずねた。
「うん、ちょっとずつだけど、続けてるよ」
「よく続くわね。私なんて、そうそうに
善子はなかば呆れたように肩をすくめた。
「イリス・デュナミス」。
ファッションを題材にしたゲームアプリで、先日、善子からふとした話題のはずみに教えてもらったものだ。
ほとんどゲームは遊ばないルビィだが、このゲームは気に入った。
ゲーム内のアバター、つまり自分の分身に、自分の趣味で衣装やアクセサリーを着せるという、いわば着せ替え人形のようなシステムは、ルビィにもわかりやすかった。
ときどき二、三分使ってコーディネートを変えるだけで、あとは放っておけばいい、という気軽さも魅力だった。
放っておくとアバターはゲーム内で学校に行ったり街中を散歩したりして、すこしずつストーリーが進んだり、経験値をもらったりするのだった。
なぜか学校や街中で、ライバル(他のプレイヤーだ)に
自分の衣装やアクセサリーが並ぶのはまるで本物のクローゼットを眺めるようだったし、そこからなるべくセンスのいい組み合わせを見つけるのも楽しかった。
ストーリーも、友情あり恋愛ありの学園もので、ゲームによくあるファンタジーやSFよりも親しみやすい。
そしてなによりアバターが可愛らしかった。
「ルビィには、向いてたのかも」
ルビィはそう答えてから考える。
うーん、せっかく晴れてきたから空をイメージして……青を入れたほうが映えるかな。あとは、えっと。
ルビィはレインコートを外して、アクセサリーボックスから青いシュシュと緑のペンダントを選んだ。オレンジのトップスと合わせて、虹をイメージできるといいな、と思う。
「ほら、可愛いでしょ」
「たしかに、センスがいいことは認めるけど」
「マルも、似合ってると思うずら」
ルビィが画面を示すと、善子はうなずき、花丸は微笑んだ。
・
放課後、屋上に集合したAqoursの六人。ルビィと花丸は先日、正式に加入し、学院に戻った善子も一時的に加わっていた。
「ねえ、善子ちゃん。PVの衣装だけど、アイデアがあるって、ほんと?」
「ええ、私でよければ力を貸すわ……でも、いいの? 堕天使スタイルだけど」
「善子ちゃんの動画、すっごくかっこよかったもん。大歓迎だよ!」
戸惑う善子に千歌は笑いかけた。
「堕天使……ちょっとイメージできないわね」
「オラも、ずら」
ただAqoursの衣装担当、
「いいね、堕天使! 今度じっくり、アイデアを聞かせてよ!」
そういって曜は善子にウインクすると、くるっとルビィのほうを向いて続けた。
「ルビィちゃんも、一緒に作ろう!」
えっ、といきなりの話にびっくりする。
だ、堕天使なんてわからないけど……。でも、曜ちゃんが声を掛けてくれたんだもん、がんばらなくちゃ、だよね。
それに、善子ちゃんだって、せっかくやる気になってるんだし。
「う、うん、よろしくね。善子ちゃん、曜ちゃん」
ルビィが善子に微笑むと、善子もおずおずという感じで笑った。
・
練習を終えて花丸たちと別れ、ルビィは帰宅した。
自室でベッドに座る。疲労感はあったものの心地よい疲れだった。ちょっと昼寝をしたい、と思う。
でも、ここで寝ちゃったら、たぶんお
ルビィは思い出してスマートフォンを取り出す。
うん、いい感じかもしれないです。
彼女の顔がほころんだ。
「イリス・デュナミス」を開くと、アバターはいくつかのコーデマッチをこなして、悪くない「戦績」を上げていた。
コーデマッチの「勝敗」は衣装やアクセサリーの組み合わせが「どのくらい素敵か」で決まるらしい。
うーん、みんな可愛いけどなあ。
あまり優劣を競うものではないと思いながらも、自分の服装が評価されるのは悪くない気分だった。
コーデマッチの相手にはメッセージを残せるので、ルビィは特に気に入った相手へ送る。
『梅雨空に咲くアジサイを思わせる可憐さです』
『統一感のある組み合わせ、感服いたしました』
『これから来る夏を思わせる軽快な衣装、参考になります』
メッセージの文字数はすくなく、いつもルビィは苦労していた。それでも手紙を書くときの心構えとして姉に教えられた通り、丁寧に、心をこめて書いた。
ルビィへもいくつかメッセージが来ていた。ほとんどは「カワイイ!」とか「いいね!」といった単純なものだったが、ルビィは嬉しかった。
「あ、『ジェーン』さんから、また来てる」
そんななかでひとつのメッセージが目を引く。ルビィのものと同様にしっかりとした文章だ。
『雨上がりの虹を思わせる可憐なコーデですね』
こんなメッセージをくれるのは、いつも同じジェーンというプレイヤーだった。
アプリ内の仮想的な友人、「フレンド」に、最初に登録したのもそのプレイヤーが最初だった。もっともそれ以降、フレンドはほとんど増えていないのだが。
フレンドには直接、アプリ内でメッセージを送ることもできたが、ルビィはコーデマッチのとき以外は送らなかった。特に用事もないのにわざわざ送るのは申し
ルビィは微笑み、メッセージを残した。
『お言葉、嬉しく思います。貴方も意外性があり素敵です』
ジェーンの選ぶ組み合わせに、ルビィはいつもハッとしていた。たとえば、モノトーンのなかにひとつだけ原色を入れる。露出の多いボトムスにあえて幼い感じのトップスを組み合わせる。ひとつひとつを見ると奇抜だが、全体では調和がとれていた。
すごい人、いるんだなあ。
ルビィは感心しながら、夜に向けてのコーディネートを整えて、アプリを閉じた。
・
ゲーム内のイベントや、衣装やアクセサリーの入手方法はすこし難しかったが、出てくる単語自体にはなじみがあること、また親切なチュートリアルもあって、適当にルビィは遊んでいた。
アバターの外見――服ではなくて、肌や瞳の色、体形、髪の長さなど――は初期設定時に選べるのだが、ルビィは素直に自分と同じにしていた。ただし身長とプロポーションだけは、すこしだけ大人びた感じで。
赤い長髪(いまはツインテールに設定してある)、エメラルドの瞳、ほっそりとした体は、画面のなかでも可愛かった。
ある日の放課後。
ルビィと善子、曜は部室でPVのための衣装を打ち合わせた。
「一応、書いてみたけど。小悪魔風のイメージよ」
善子は持参したスケッチを示す。
「あ、いいね! いわゆるゴスロリっていうのかな。フリルが可愛いね」
のぞきこんだ曜がぱっと明るい顔する。
「うん、モノトーンで、すごくかっこいい」
ルビィもうなずいた。
「ま、まあ大したことないわよ」
善子はそっぽを向いて、それでもまんざらでもなさそうに話した。善子がほめられて、ルビィは自分のことのように嬉しくなる。
「でも、六人分、バリエーションを考えなきゃか」
曜が腕組みをした。
たしかに、とルビィは思う。
六人全員、同じだと、あまり面白くないよね。えっと……。
「なにか小物とか、組み合わせるとどうかなあ?」
「なるほど。いいかも! 善子ちゃん、なにか使えそうなの、ある?」と曜。
「えっ、急にいわれても……。堕天使のリングかしら?」
「うーん、それはちょっと……」
「じゃ、じゃあ、ハイソックスとか?」
「あ、いいね!」
曜は自分のスケッチブックを取り出して、さらさらとメモを取った。
「ほかになにか、あるかな?」
「あの、髪にリボンとか、カチューシャとか」
今度はルビィが話した。
「お、いい感じだよ!」
曜はそういってスケッチを始めた。みるみるうちに可愛い女の子のイラストが描かれていく。
「ソックスはやっぱりニーハイかなあ。リボンとかも組み合わせて、っと。……よし、どうかな?」
曜はふたりにスケッチを示した。真ん中に立ち姿のひとりの女の子。まわりにはバリエーションが描かれている。
「すばらしいわ。私の堕天使イメージ、そのものね」
「すごい、曜ちゃん!」
善子とルビィが感嘆の声を上げると、曜はえへへ、と頭をかいた。
でも、ドレスはみんな、モノトーンなんだ、とルビィは思った。
うーん、せっかくだから、ドレスもちょっと工夫したいなあ。
ジェーンのコーディネートを思い出す。そういえばこの前の、ベースに淡い色を使い、あえて白と黒をアクセントカラーにしたアレンジが素敵だった。
「あの、ひとりかふたり、ドレスの色も変えたらどうかなあ」
「ん、どういう感じ、ルビィちゃん?」
「えっと、あまり主張しない感じで……クリーム色とかにして、小物は黒にするの。全体の統一感はそのままで、でも、六人で並んだときに変化が出るかなって……」
話している途中で自信がなくなり、小さな声になる。しかし曜は大きくうなずいた。
「なるほど! たしかに六人とも同じ感じだと、ちょっと物足りないなって、思ってたんだ。さすが、ルビィちゃん」
「そ、そんなことはないけど……」
ルビィはあわてていう。
善子がにこっと笑ってくれて、ルビィは微笑みを返した。
まさか、ゲームが役に立ったなんて、善子ちゃんは気づいてないだろうな……。