「なんだ、このゲーム?」
高校二年に進級し、ゴールデンウイークが明け、新しいクラスにもすっかり慣れたある日の昼休み。
昼食を終え、教室でスマートフォンでSNSアプリを開いていた
女の子が微笑む可愛らしいイラスト。
いつもなら女性向けのゲームはスルーするのだが(どうして男に
哲也はいわゆるゲーマーだった。
ただ、高校に入ってからは勉強に部活にと忙しくゲームに
また、最近のソーシャルゲーム、いわゆるソシャゲにはすこし疲れていた。課金しないと勝てない傾向が強くなり、
このゲームもソシャゲらしいが、ゲーム性をうたうくらいなら多少マシかも知れなかった。
「イリス・デュナミス」というそのゲームを哲也はインストールした。
プレイすること二十分ほど。
「ふーん、よくある感じじゃないか」
ちょうど昼休みが終わるころ、チュートリアルを終えた哲也は既視感を覚えていた。
ゲームのシステム自体は既存のRPGをほぼ踏襲している。武器や防具、魔法などのアイテムが、衣装やアクセサリーに置き換わっただけだ。
こりゃ長続きしそうにないな、と思う。
まあ、いまほかに面白いゲームもないし。ありがちなら、むしろ気楽に遊べるかもな。
そう考えながら哲也はスマートフォンを鞄に戻した。
・
しばらくあと、ある日の朝。
高校の駐輪場へ自転車を止めて教室へ向かっていた哲也は、昇降口で靴を履き替えたところで声を掛けられた。
「よう、哲也」
同級生の
「おはよう、裕司」
「おう」
そういうと裕司は眠そうにあくびをした。
「またゲームしてたのか?」
「まあな。『フォーティファイド』、面白いぞ」
哲也も名前は聞いたことがあった。据え置きゲーム機用のオンライン対戦型
裕司もゲーマーだが哲也とは異なり筋金入りで、高校に入っても据え置きからスマートフォン、さらにアーケードゲームまでこなしていた。
裕司が靴を履き替えるのを待って、一緒に廊下を歩きながら哲也は答える。
「俺、ハード持っていないからさ」
「ああ、そうだっけ。ウラノス
「部活もあるしな」
「俺みたいに帰宅部所属でいいじゃん」
「部員、すくないからなかなか抜けづらくてさ」
哲也たちの通う
哲也は地学部だった。
中学ではバスケ部に属していたが、中学入学時には高いほうだった背はあまり伸びず、卒業時には真ん中のあたりになっていた。
そこで高校では別の部活にしようとして、なんとなく――本当になんとなくとしかいいようがない――部活紹介で先輩に勧誘された地学部に入部した。
ただ裕司にはそういったものの、化石を採集に行ったり夜の学校で星を見たりするのは楽しく、部活自体は気に入っていた。資料をまとめたり発表会の準備をしたりで、妙に忙しいのは
「もっぱらスマホゲーか」と裕司。
「まあね」
教室に着いても裕司の席で会話は続いた。
「なにか面白いのあるか、最近?」
「そうだなあ……」
いくつかゲームを思い浮かべる。メジャーどころは裕司のほうが詳しいだろう。
あまりないね、といおうとして、哲也はいま一番、真面目にプレイしているゲームがあることを思い出した。
「『イリス・デュナミス』かな」
「なんだそれ?」
裕司は知らないようだった。無理もない、と思いながらスマートフォンを取り出してゲームを立ち上げる。
「これだよ」
「……乙女ゲー?」
「違うって」
ただピンクが基調で装飾過多の画面はそう思われても仕方なかった。
どこから説明すればいいかな、と哲也は悩む。
「システムの基本はRPGで、プレイヤー間の戦闘がメインなんだけど、それが『おしゃれ』の勝負なんだよ」
「はあ」
まだわからない、という顔の裕司に哲也は説明する。
武器や防具といった装備が衣装やアクセサリーになっていること、ゲーム内通貨兼課金アイテムでショッピングという名のガチャが回せること。
コーディネートを設定して適当に放っておくと、アバターが学校に行ったり、街にお出掛けしたりすること。
このとき、ときどき他のプレイヤーやコンピュータの操るキャラクタに遭遇して、おしゃれ勝負の「コーデマッチ」で勝負するのがポイントだった。
「まあ、対人メインのソシャゲか」
「そういえばそうなんだけどさ、システムがよくできてるんだ。この手のソシャゲって、普通、いわゆるレアリティ勝負だろ」
「まあな、運営もそれで金を稼いでるわけだし」
ガチャで出てくるのは、英雄やモンスター、アイドルだったり武器だったりと、ゲームによってさまざまだが、通常、いくつかのランクにわけられている。当然、レアなものほど強くて、たまにしか出てこない。
それは「イリス・デュナミス」も同じだ。
「このゲームだと、わりと低いレアリティでも勝てるんだよ」
「そういう触れ込みのゲーム、よくあるけど、たいてい滅茶苦茶プレイ時間かかるじゃん」
やれやれという感じで裕司は頭を振る。
「いや、なんか妙にパラメータが多くてさ。うまくはまると……
哲也は言葉を選びながら続けた。
「たとえばこう、全身を適当なSRで固めるより、色合いとか雰囲気とか考えたRのほうが強いんだ」
「それも、よくあるなあ。コンビネーションとかだろ」
「それだけじゃなくて、ほら、ファッションがテーマだからさ」
「はあ」
説明しているうちにわかってきたが、自分は相当、このゲームを気に入っているらしい、と哲也は思う。
「リアルの天気とか気温も影響するんだよ。雨なのに傘を持ってないと、とたんに勝てなくなるんだぜ。あとは平日と土日、朝と夜、マップでの行き先とかも、戦闘結果に影響するし」
「へえ、それはたしかにちょっと珍しいな」
ようやく裕司が興味を示す。
「だろ。無課金で進めてるんだけどようやく衣装が揃ってきて、デッキ、というかコーディネートの幅が広がってきてさ」
「まあ、デッキだと思えばゲームとしてはありか」
「この前、
裕司はなにもいわなかった。疑問を覚えた哲也に対して、裕司はちらっと視線を横に送る。
近くの席でクラスの女子がふたり、こちらを見ながらひそひそと、なにか会話していた。
「……というわけで、裕司、お前もやろうぜ?」
「考えとく」
こりゃ望み薄だな、と哲也は思った。
・
ゲームは大人気というほどではなかったが、中高生の女子を中心に、それなりの人気を得ているようだった。
ターゲットが若年層と明確なだけに課金要素がすくないのも、哲也には好印象だった。
哲也はファッションについてはなにもわからない。またインターネット上での情報も決して多いとはいえなかった。
そこで哲也は他のゲームの攻略法を応用して運営会社――というよりもゲームデザイナーの心を読むようにして、ゲームを続けた。
梅雨に入ったころ。
哲也のアバターは無課金としてはかなりのペースで、レベルアップしていた。
しかし、いったいいくつ、パラメータ設定したんだよ……。梅雨になるとヘアゴムやリボンの評価値が上がるとか……もしかして、髪がまとまりにくくなるから、ってことか。
いつも新しい発見があり、ゲームの底はまだ見えなかった。
そのころ哲也はあるプレイヤーの存在に気づいた。
きっかけはフレンド申請をしたことだった。「イリス・デュナミス」ではフレンドの人数に応じて、ごくわずかだが経験値にボーナスがもらえる。
「紅玉」という、始めたばかりと思われるそのプレイヤーにフレンド申請をしたのも、ボーナスが目当てだった。
哲也はゲームでのプレイヤー名にいつもは「ジョン・ドウ」、英語で「名無しの権兵衛」を使っている。ただアバターが少女というゲームにその名前はふさわしくない気がして、女性版の「ジェーン」にしていた。
アバターの外見は性能には関係ないようだったので、適当に選んだ。
名前のせいかアバターのせいかわからないが、フレンド申請はすぐに受理された。
紅玉とはときどき、ゲーム内で遭遇した。
そのプレイヤーは急速にレベルを上げていた。当然、プレイヤーが最初に持っているアイテムは数も限られ、レアリティも低い。たが紅玉は、そういった基本アイテムの組み合わせが絶妙に上手いようだった。
さらに「空気を読む」のも長けていた。
晴れ、雨、曇り。寒い、暑い。風が強い、弱い。土日、平日。時間帯。
そういったさまざまな要素を判断して、コーディネートに盛り込んでいた。
哲也がデータを読みながら装備を決める、どちらかというとゲームデザインとしては邪道なプレイスタイルなのに対して、紅玉はコーディネートの可愛さを追求する正統派のプレイだった。
イベントにはあまり積極的に参加しないようだが、重要なアイテムを取り逃すこともなかった。
ただ、それだけなら単なる
その日も哲也は「同一シリーズの衣装で揃えつつ、ひとつだけまったく違うアイテムを組み合わせる」と、同一シリーズだけ(あるブランドの衣装で全身を統一するようなものだ)の場合よりも効果を発揮するらしいことを発見し、検証していた。
つまり哲也のアバターのコーディネートは、最大効率を狙ったもので、外見はまったく考慮していなかった。
そしてその日、哲也は紅玉と遭遇して、
「ふう、惜しかったな。まあ、いつも会うし、メッセージ送っておくか」
天候をすぐに反映するスタイルはさすがだと思う。ただ嫌味にならない程度に負け惜しみを入れるのは
『雨上がりの虹を思わせる可憐なコーデですね』
雨が上がらなかったら俺のほうが勝っていたぞ、と
しばらくしてアプリを立ち上げると、メッセージが届いていた。
『お言葉、嬉しく思います。貴方も意外性があり素敵です』
うむ、と思う。
やっぱり同一シリーズに別アイテムを入れる攻略法、紅玉も気づいてるな。使いどころ、気を付けないと。
紅玉からのメッセージは、いつもこんな感じだった。
哲也も、他のゲーム、他のプレイヤーなら、もっとくだけた感じになるのだが、いつの間にか紅玉へはきちんとした文章で送るようになっていた。負けられない、なぜかそんな気がした。
丁寧な文章。規則正しいプレイ時間。正統派のスタイル。
このあたりから哲也は、相手が社会人ではないかとにらんでいた。
性別はわからないが、男性の確率が高いだろう、と思う。偏見だということはわかっていたが、女性にありがちなこだわり――自分が気に入ったものしか使わない、気に入ったものはコーデを無視して必ず使う――が見られなかった。
アバターはとても可愛らしいが、ゲームでは実際の外見とまったく異なるキャラクタを演じたくなるのも、よくあることだ。
哲也はライバルとして、またこんなゲームに手を出す物好きとして、知らず知らずのうちに紅玉に親近感を抱いていた。