夏休みのある日の朝。
ジェーンからの、ペアを組みませんか、というメッセージを見て、ルビィは飛び上がらんばかりに喜んだ。
わあっ、ジェーンさんからだ……!
ルビィはあわててメッセージを返信しようとする。
あこがれの女性から選んでもらった喜びと感謝。いつも参考にしていること。私のコーデをどう思うか。ペアマッチの衣装の方針について――。
書きたいことが山のようにあって、逆になにも書けなかった。
深呼吸をひとつして、ルビィは考える。
あまり変なことを書いて、子供だなって思われたら嫌だな。
ルビィが、しっかりした子だってこと、わかってもらわないと。
結局、簡潔にお礼だけを書いて送った。
それは正解だったらしい。練習の昼休みには返事が来ていて、ルビィはにっこりと微笑んだ。
・
それから数日、ジェーンからの連絡はなかった。コーデマッチで出会うこともなく、ルビィはだんだんと不安になってきた。
ルビィに不満でもあるのかな。……ううん、それは大丈夫だと思うけど。
もしかして体調とか、崩してるんじゃ……。
まだ見たこともないとはいえ、ゲームのなかでいつも交流していた相手が突然いなくなり、ルビィは心が痛んだ。
いつの間にかジェーンのことを
イベントまであと数日に迫った日。練習の昼休み、暑い屋上から部室へ避難したAqours。
食事を終えたルビィはスマートフォンを開いた。
「あっ!」
思わず声をもらす。
「どうしたずら、ルビィちゃん?」
花丸が不思議そうに聞いた。
「あっ。えっとね、フレンドの人から、メッセージが来てたの!」
「フレンドって……もしかしてゲームの話?」と善子。
「うん」
それを聞いた善子は面白そうにいう。
「へえ、ルビィもゲームだと人見知りじゃないのね」
「ル、ルビィ、人見知りじゃないもん!」
それは、前はそうだったかもしれないけど、と心のなかで付け加える。
「どうかしらね。……まあ、昔にくらべたらずいぶんマシになったと思うわ」
「それは間違いないずら」
善子は肩をすくめ、花丸はうなずいた。
「でも、ずいぶん嬉しそうだね、ルビィちゃん」花丸が続ける。
「うん、最近、ずっと来てなかったから」
そう答え、ルビィはドキドキしながらメッセージを開いた。
「わっ、ど、どうしよう!」
予想もしていなかった――いや、ほんのすこし期待していたのだが、それが現実になるとは思っていなかったルビィは目を白黒させた。
まさかジェーンさんから、こんなこといってもらえるなんて。
で、でも、どうしたらいいんだろう。
そろって首をかしげる花丸と善子にルビィは話す。
「会って話しませんか、っていわれちゃった……」
きょとんとするふたり。
「……ゲームじゃなくて実際に、ってこと?」
最初に反応したのは善子だった。ルビィはうなずく。
「ええっ、それってまずいパターンじゃない?」
鼻息荒くまくしたてる善子。
「絶対、なにか下心があるわよ。きっと相手はルビィを狙ってるの。会って弱みを握ろうとしてるんだわ。ルビィをそんなやつの
「ジ、ジェーンさんは、そんな人じゃないもん!」
ルビィの声もつい大きくなる。
「いや、そうに決まってるわ。だって、どうして会う必要があるのよ。ゲームの友達でしょ」
「ゲームだとお話、できないし。ルビィだって、会いたいなって、思ってたんだから」
「ますます怪しいわね。そうやってルビィをじっくり、
「ルビィ、籠絡なんてされてないもん!」
「まあまあ、ふたりとも、落ち着くずら」
花丸がなだめるように割りこんだ。
ぶすっとしながらも黙るふたり。
「ルビィちゃん、会いたい、ってどういうことずら?」
「あのね、花丸ちゃん、善子ちゃん」
花丸の問いにルビィは説明した。
ジェーンというプレイヤーとは、ずっと交流していること。ペアでプレイするイベントが開催されるが、心当たりはジェーンしかいないこと。メッセージの文字数制限が厳しいこと。
「よくわかったずら」と花丸。
「まあ、会いたいっていうのは、わからなくもないわ。でもね……」
善子は一息ついてから続ける。
「そのジェーン、って人、本当に大丈夫なの?」
ああ、自分のこと、考えてくれてるんだ、とルビィは嬉しくなる。しかし、ジェーンへの疑いは晴らしておく必要があった。
「うん、それは間違いないよ。ほら」
すこし恥ずかしかったがルビィは過去のメッセージを開き、ふたりに見せた。
ふたりはしばらくのぞき込んで、先に花丸が顔を上げた。
「すごくしっかりしているずら」
感心したようにうなずく。
善子も不承不承というようすで同意した。
「そうね。……でも、わからないわよ。とりあえず、メッセージアプリのIDでも、送ってみたら。あれならいざとなれば、ブロックできるでしょ?」
たしかに名案だとルビィも思う。
さっそくIDを入れて、ジェーンに返信する。しかし画面に表示されたのは、見慣れないメッセージだった。
「あれ? なんだか、送れないみたい?」
ルビィは画面を善子に示した。
「ああ、なるほど。きっと出会い系とか、そういう使い方、されないようになってるのね」
善子は続けて、そう推測した理由を説明した。ルビィは納得する。
やっぱり会うしかないんだ。でも、どうしよう。ルビィ、ジェーンさんを信じてるけど。善子ちゃんの言葉も気になるし。
「ルビィちゃん」
花丸の声に、ルビィはいつの間にかふせていた顔を上げる。
「ルビィちゃんも、会いたいと思ってるんだよね」
「うん。そう思ってるよ」
「マル、会ってみてもいいんじゃないかな、と思うずら。ジェーンさんの文章、とても誠実に見えるから」
花丸はにこりと笑う。
「私は、やめておいた方がいいと思うけど」
「善子ちゃん……」
善子ちゃん、ルビィのこと心配してくれてるんだ。でも、ルビィ、やっぱり会ってみたいよ……。こんな機会、二度とないかもしれないし……。
「ああもう、そんな目で見ないでよ! ……わかったわ。私もついていく。それならいいわ」
「善子ちゃん!」
「オラも、お供するずら」
「花丸ちゃんも!」
いい友達を持ったな、とルビィは思う。
「そうと決まったら、さっそく返信、しておきなさいよ。きっと喜ぶわよ、その、ジェーンさんも」
「うん!」
ルビィはいそいそと返信のメッセージをしたためた。
ジェーンからはすぐに、お礼のメッセージが届いた。
・
ルビィは短い文字数のなか何度もメッセージをやり取りして、Aqoursの練習が休みになる次の土曜日に、沼津市街で会う約束をした。
前日、ルビィはなかなか寝付けなかった。
学校の友達以外の人と会って、話をする。ルビィにとって珍しい経験だった。
明日も、花丸とは
それでも、ジェーンと実際に会話をするのは自分の役目だ。
仲良くなれるかな、と不安になる。
大人の人から見たら、ルビィなんて子供かな。
でも、ルビィの衣装、いつもほめてくれるし。ときどきは厳しく、アドバイスしてくれるし。大丈夫だよね。
もしルビィのこと嫌いなら、明日だって誘ってくれなかったと思うんだ。
そう自分にいい聞かせると今度は期待が大きくなった。
本物は、どんな人なのかな。素敵な人だよね、きっと。ゲームのなかでも、あんなに素敵なんだもん。
やっぱり美人さんなのかな。
髪の毛はお姉ちゃんみたいに長くて、さらさらっとしてて……。スタイルもよかったりして。
あっ、声はどんな感じかなあ。
わくわくするのを
ルビィは不安になったり期待したりするうち、いつの間にか眠りに落ちていく。
「
「あ、ありがとうございます!」
夢に出てきたジェーンの外見は、よくわからなかった。
・
翌朝。ルビィは時計のアラームが鳴る直前に目覚めた。すっきりとした目覚めだった。
いつものように姉のダイヤとふたりで朝食を食べる。
「ルビィ、今日はお出掛けですか?」
「うん、花丸ちゃんと善子ちゃんと、沼津に遊びに行くんだ」
ルビィは、ゲームで知り合った友人に会いに行く、とは姉にはいえなかった。
いままでゲームのことは話していないし、もし話したら止められてしまうかもしれない、と思う。
ごめんなさい、お姉ちゃん、とルビィは心のなかで
「そうでしたか。ずいぶん楽しそうですわ」
そんなルビィの気も知らずダイヤは微笑む。ルビィはちくりと罪悪感を覚えた。
ジェーンさんのこと、あとで紹介するね、お姉ちゃん。仲良くなってくれたらいいな……。
食事を終えて、
着ていく服は前日から決めてあった。
先日、沼津に行ったときに買ってきた、暖色系で淡い色使いの花柄のワンピースだ。胸元とスカートの
この服を店で見つけたとき、ルビィは、あっ、と思った。「イリス・デュナミス」のなかで、瓜二つの衣装を持っていたのだった。
決してレアリティは高くないが優しい感じのするその衣装を、ルビィは愛用していた。
鏡に映して、くるりと回ってみた。
スカートの
でも……悪くない、よね。
レザーのブレスレットと、同じくレザーで石のついたネックレスを付ける。
髪型こそ普段と同じツインテールだが、いつものゴムではなくビーズのついたもので留めた。
簡単に化粧もして、準備は万端だ。
「行ってらっしゃい、ルビィ」
ダイヤに送られてルビィは家を出た。
・
「おはよう、ルビィちゃん」
「あ、花丸ちゃん。おはよう」
バス停で花丸と一緒になる。
やってきたバスは
「いい天気になって、よかったずら」
「うん、本当に」
花丸の言葉にルビィはうなずいた。
雨だったら、このお洋服は選べなかったかも。まるで天気まで味方してくれてるみたい、と思う。
バスは内浦の海を左手に見ながら走っていく。波がきらきらと朝日を反射して、すこしまぶしかった。
「今日は、どこで待ち合わせるのかな?」と花丸。
「えっとね、沼津駅の南口なの。善子ちゃんには、昨日、連絡しておいたよ」
「了解ずら。待ち合わせの目印は、もう決めた?」
「ううん、まだなんだ。早く決めたほうがいいよね」
ルビィはスマートフォンを取り出して、ゲームアプリを開く。期待した通りジェーンからメッセージが来ていた。
『おはようございます。当方予定通り。目印連絡願います』
ルビィはすこし悩み、決める。
『おはようございます。アバターと同じ
ルビィはアプリを操作して、クローゼットから衣装を選んだ。小物もなるべく似せた。
我ながらいい考えだ、と思う。
操作を終えたころジェーンから返信が届いた。
『素敵なお考えですね。私も同様にします。面会待望です』
自然に笑みがもれた。
ジェーンさんにほめられちゃった。似合ってる、とかいってもらえるといいな。
「目印は決まった?」
スマートフォンをしまったルビィに花丸が聞く。
「うん、大丈夫。たぶん、すぐわかると思うよ」
「そっか」
花丸は微笑んで続けた。
「ルビィちゃん、すごく嬉しそうだね」
「えっ、そうかな……」
ルビィは言葉を濁す。
ルビィ、そんなには気にしてないつもりなのに……。ううん、花丸ちゃんのいう通りかも。
ゲームのなかで知り合った人に会うのがこんなに嬉しいなんて、変かな。
「ジェーンさん、きっと素敵な人だよ。あんなにしっかりした文章、書くんだもん。心の美しさが現れていると思うずら」
「ありがとう、花丸ちゃん」
花丸の言葉にルビィはにこっと笑った。
・
バスは沼津駅に到着した。待ち合わせの時間までは十五分ほどある。
「おはよう。ルビィ、ずら丸」
バスターミナルで待っていた善子が目元に逆ピースを当てて挨拶した。
「善子ちゃん、おはよう」
「おはよう、ずら」
ターミナルから駅ビルのほうへ歩きながら善子が聞く。
「ねえ、ルビィ。私たちが一緒にいるってこと、向こうの人には、いってあるの?」
「ううん、なにもいってないよ。いっておいたほうが、よかったかな?」
「そうね……。向こうの人の正体を見極めるなら、いわなくて正解だと思うわ」
ジェーンさん、そんな人じゃないもん、とまたルビィは思った。
「それじゃ、マルたちはすこし離れて、見守っているずら」
「うん。よろしくね、花丸ちゃん、善子ちゃん」
ふたりが近くにいるなら安心だった。
ルビィは駅ビルの軒下の日陰、改札へ続く通路の角で待つことにした。
ふたりは手を振って離れていき、通路をはさんだ先にある自販機の向こうへと見えなくなった。
ルビィはスマートフォンを取り出す。待ち合わせまではあと十分ほどだ。
ゲームを立ち上げると、ジェーンのアバターはシンプルな白いシャツ、紺のパンツルックに変わっていた。あまり見ないスタイルだが、やはりよく似合っていた。
ルビィはあたりをきょろきょろと見渡す。いまのところ、待ち合わせらしい人は誰もいなかった。
ルビィはふうっ、と息をはいてスマートフォンを手にしながら待った。
どこから来るのかな。そう思いながらルビィが右を見たり左を見たりするうちに、人待ち顔の男女があらわれた。
花丸と善子のいる自販機のほうに中年の女性。ルビィと同じ側、すこし離れて高校生くらいの男性。さらにタクシーから降りてきたスーツ姿の男性も、腕時計を気にしながらルビィの近くに立った。
それでもジェーンらしい人は見つからなかった。
どうしよう、とルビィは不安になる。
もしかして、全部、嘘だったのかな。……そんなことない、そんなことないと思うけど。
ピロンとスマートフォンが音を立てた。開いてみると、メッセージアプリに善子からの文章が届いていた。
『相手はまだ来ないの?』
善子と花丸が自販機の陰から顔を出すのが見えた。
『まだみたい』
『ゲームにメッセージ、来てるんじゃない?』
あっ、と思って確認する。
『沼津駅南口に到着いたしました。紅玉さんはいかがですか』
数分前の時刻だった。
ええっ、どうして? ルビィ、ここにいるのに!
もう到着していると返信してから、ルビィはあらためて周囲を眺めた。