ルビィ、ゲーム始めました!   作:Kohya S.

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4. ペアを選ぶ

 夏休みのある日の朝。

 ジェーンからの、ペアを組みませんか、というメッセージを見て、ルビィは飛び上がらんばかりに喜んだ。

 

 わあっ、ジェーンさんからだ……!

 

 ルビィはあわててメッセージを返信しようとする。

 

 あこがれの女性から選んでもらった喜びと感謝。いつも参考にしていること。私のコーデをどう思うか。ペアマッチの衣装の方針について――。

 

 書きたいことが山のようにあって、逆になにも書けなかった。

 

 深呼吸をひとつして、ルビィは考える。

 

 あまり変なことを書いて、子供だなって思われたら嫌だな。

 ルビィが、しっかりした子だってこと、わかってもらわないと。

 

 結局、簡潔にお礼だけを書いて送った。

 それは正解だったらしい。練習の昼休みには返事が来ていて、ルビィはにっこりと微笑んだ。

 

        ・

 

 それから数日、ジェーンからの連絡はなかった。コーデマッチで出会うこともなく、ルビィはだんだんと不安になってきた。

 

 ルビィに不満でもあるのかな。……ううん、それは大丈夫だと思うけど。

 もしかして体調とか、崩してるんじゃ……。

 

 まだ見たこともないとはいえ、ゲームのなかでいつも交流していた相手が突然いなくなり、ルビィは心が痛んだ。

 いつの間にかジェーンのことを(した)うようになっていたのだった。

 

 イベントまであと数日に迫った日。練習の昼休み、暑い屋上から部室へ避難したAqours。

 食事を終えたルビィはスマートフォンを開いた。

 

「あっ!」

 

 思わず声をもらす。

 

「どうしたずら、ルビィちゃん?」

 

 花丸が不思議そうに聞いた。

 

「あっ。えっとね、フレンドの人から、メッセージが来てたの!」

「フレンドって……もしかしてゲームの話?」と善子。

「うん」

 

 それを聞いた善子は面白そうにいう。

 

「へえ、ルビィもゲームだと人見知りじゃないのね」

「ル、ルビィ、人見知りじゃないもん!」

 

 それは、前はそうだったかもしれないけど、と心のなかで付け加える。

 

「どうかしらね。……まあ、昔にくらべたらずいぶんマシになったと思うわ」

「それは間違いないずら」

 

 善子は肩をすくめ、花丸はうなずいた。

 

「でも、ずいぶん嬉しそうだね、ルビィちゃん」花丸が続ける。

「うん、最近、ずっと来てなかったから」

 

 そう答え、ルビィはドキドキしながらメッセージを開いた。

 

「わっ、ど、どうしよう!」

 

 予想もしていなかった――いや、ほんのすこし期待していたのだが、それが現実になるとは思っていなかったルビィは目を白黒させた。

 

 まさかジェーンさんから、こんなこといってもらえるなんて。

 で、でも、どうしたらいいんだろう。

 

 そろって首をかしげる花丸と善子にルビィは話す。

 

「会って話しませんか、っていわれちゃった……」

 

 きょとんとするふたり。

 

「……ゲームじゃなくて実際に、ってこと?」

 

 最初に反応したのは善子だった。ルビィはうなずく。

 

「ええっ、それってまずいパターンじゃない?」

 

 鼻息荒くまくしたてる善子。

 

「絶対、なにか下心があるわよ。きっと相手はルビィを狙ってるの。会って弱みを握ろうとしてるんだわ。ルビィをそんなやつの毒牙(どくが)に掛けるわけにはいかないわ!」

「ジ、ジェーンさんは、そんな人じゃないもん!」

 

 ルビィの声もつい大きくなる。

 

「いや、そうに決まってるわ。だって、どうして会う必要があるのよ。ゲームの友達でしょ」

「ゲームだとお話、できないし。ルビィだって、会いたいなって、思ってたんだから」

「ますます怪しいわね。そうやってルビィをじっくり、籠絡(ろうらく)するなんて」

「ルビィ、籠絡なんてされてないもん!」

「まあまあ、ふたりとも、落ち着くずら」

 

 花丸がなだめるように割りこんだ。

 ぶすっとしながらも黙るふたり。

 

「ルビィちゃん、会いたい、ってどういうことずら?」

「あのね、花丸ちゃん、善子ちゃん」

 

 花丸の問いにルビィは説明した。

 ジェーンというプレイヤーとは、ずっと交流していること。ペアでプレイするイベントが開催されるが、心当たりはジェーンしかいないこと。メッセージの文字数制限が厳しいこと。

 

「よくわかったずら」と花丸。

「まあ、会いたいっていうのは、わからなくもないわ。でもね……」

 

 善子は一息ついてから続ける。

 

「そのジェーン、って人、本当に大丈夫なの?」

 

 ああ、自分のこと、考えてくれてるんだ、とルビィは嬉しくなる。しかし、ジェーンへの疑いは晴らしておく必要があった。

 

「うん、それは間違いないよ。ほら」

 

 すこし恥ずかしかったがルビィは過去のメッセージを開き、ふたりに見せた。

 ふたりはしばらくのぞき込んで、先に花丸が顔を上げた。

 

「すごくしっかりしているずら」

 

 感心したようにうなずく。

 善子も不承不承というようすで同意した。

 

「そうね。……でも、わからないわよ。とりあえず、メッセージアプリのIDでも、送ってみたら。あれならいざとなれば、ブロックできるでしょ?」

 

 たしかに名案だとルビィも思う。

 さっそくIDを入れて、ジェーンに返信する。しかし画面に表示されたのは、見慣れないメッセージだった。

 

「あれ? なんだか、送れないみたい?」

 

 ルビィは画面を善子に示した。

 

「ああ、なるほど。きっと出会い系とか、そういう使い方、されないようになってるのね」

 

 善子は続けて、そう推測した理由を説明した。ルビィは納得する。

 

 やっぱり会うしかないんだ。でも、どうしよう。ルビィ、ジェーンさんを信じてるけど。善子ちゃんの言葉も気になるし。

 

「ルビィちゃん」

 

 花丸の声に、ルビィはいつの間にかふせていた顔を上げる。

 

「ルビィちゃんも、会いたいと思ってるんだよね」

「うん。そう思ってるよ」

「マル、会ってみてもいいんじゃないかな、と思うずら。ジェーンさんの文章、とても誠実に見えるから」

 

 花丸はにこりと笑う。

 

「私は、やめておいた方がいいと思うけど」

「善子ちゃん……」

 

 善子ちゃん、ルビィのこと心配してくれてるんだ。でも、ルビィ、やっぱり会ってみたいよ……。こんな機会、二度とないかもしれないし……。

 

「ああもう、そんな目で見ないでよ! ……わかったわ。私もついていく。それならいいわ」

「善子ちゃん!」

「オラも、お供するずら」

「花丸ちゃんも!」

 

 いい友達を持ったな、とルビィは思う。

 

「そうと決まったら、さっそく返信、しておきなさいよ。きっと喜ぶわよ、その、ジェーンさんも」

「うん!」

 

 ルビィはいそいそと返信のメッセージをしたためた。

 

 ジェーンからはすぐに、お礼のメッセージが届いた。

 

        ・

 

 ルビィは短い文字数のなか何度もメッセージをやり取りして、Aqoursの練習が休みになる次の土曜日に、沼津市街で会う約束をした。

 

 前日、ルビィはなかなか寝付けなかった。

 

 学校の友達以外の人と会って、話をする。ルビィにとって珍しい経験だった。

 Saint Snow(セイントスノウ)のふたりがそうだったが、Aqoursのみんなと一緒だったので緊張はしなかった。

 明日も、花丸とは内浦(うちうら)から、善子とも沼津市街で落ち合うことになっていて、そこは安心だった。

 

 それでも、ジェーンと実際に会話をするのは自分の役目だ。

 仲良くなれるかな、と不安になる。

 

 大人の人から見たら、ルビィなんて子供かな。

 でも、ルビィの衣装、いつもほめてくれるし。ときどきは厳しく、アドバイスしてくれるし。大丈夫だよね。

 もしルビィのこと嫌いなら、明日だって誘ってくれなかったと思うんだ。

 

 そう自分にいい聞かせると今度は期待が大きくなった。

 

 本物は、どんな人なのかな。素敵な人だよね、きっと。ゲームのなかでも、あんなに素敵なんだもん。

 やっぱり美人さんなのかな。

 髪の毛はお姉ちゃんみたいに長くて、さらさらっとしてて……。スタイルもよかったりして。

 あっ、声はどんな感じかなあ。

 

 わくわくするのを()められなかった。

 

 ルビィは不安になったり期待したりするうち、いつの間にか眠りに落ちていく。

 

黒澤(くろさわ)ルビィ。素敵なお名前ですね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 夢に出てきたジェーンの外見は、よくわからなかった。

 

        ・

 

 翌朝。ルビィは時計のアラームが鳴る直前に目覚めた。すっきりとした目覚めだった。

 いつものように姉のダイヤとふたりで朝食を食べる。

 

「ルビィ、今日はお出掛けですか?」

「うん、花丸ちゃんと善子ちゃんと、沼津に遊びに行くんだ」

 

 ルビィは、ゲームで知り合った友人に会いに行く、とは姉にはいえなかった。

 いままでゲームのことは話していないし、もし話したら止められてしまうかもしれない、と思う。

 ごめんなさい、お姉ちゃん、とルビィは心のなかで(あやま)った。

 

「そうでしたか。ずいぶん楽しそうですわ」

 

 そんなルビィの気も知らずダイヤは微笑む。ルビィはちくりと罪悪感を覚えた。

 

 ジェーンさんのこと、あとで紹介するね、お姉ちゃん。仲良くなってくれたらいいな……。

 

 食事を終えて、身支度(みじたく)を始めるルビィ。

 

 着ていく服は前日から決めてあった。

 先日、沼津に行ったときに買ってきた、暖色系で淡い色使いの花柄のワンピースだ。胸元とスカートの(すそ)にはレースのフリルがついている。

 

 この服を店で見つけたとき、ルビィは、あっ、と思った。「イリス・デュナミス」のなかで、瓜二つの衣装を持っていたのだった。

 決してレアリティは高くないが優しい感じのするその衣装を、ルビィは愛用していた。

 

 鏡に映して、くるりと回ってみた。

 スカートの(たけ)は膝より上で、肩も大きく出ていた。ルビィはちょっと大胆かな、と思う。

 

 でも……悪くない、よね。

 

 レザーのブレスレットと、同じくレザーで石のついたネックレスを付ける。

 髪型こそ普段と同じツインテールだが、いつものゴムではなくビーズのついたもので留めた。

 

 簡単に化粧もして、準備は万端だ。

 

「行ってらっしゃい、ルビィ」

 

 ダイヤに送られてルビィは家を出た。

 

        ・

 

「おはよう、ルビィちゃん」

「あ、花丸ちゃん。おはよう」

 

 バス停で花丸と一緒になる。

 

 やってきたバスは()いていて、ふたりは海の見える側の座席に座った。

 

「いい天気になって、よかったずら」

「うん、本当に」

 

 花丸の言葉にルビィはうなずいた。

 雨だったら、このお洋服は選べなかったかも。まるで天気まで味方してくれてるみたい、と思う。

 

 バスは内浦の海を左手に見ながら走っていく。波がきらきらと朝日を反射して、すこしまぶしかった。

 

「今日は、どこで待ち合わせるのかな?」と花丸。

「えっとね、沼津駅の南口なの。善子ちゃんには、昨日、連絡しておいたよ」

「了解ずら。待ち合わせの目印は、もう決めた?」

「ううん、まだなんだ。早く決めたほうがいいよね」

 

 ルビィはスマートフォンを取り出して、ゲームアプリを開く。期待した通りジェーンからメッセージが来ていた。

 

『おはようございます。当方予定通り。目印連絡願います』

 

 ルビィはすこし悩み、決める。

 

『おはようございます。アバターと同じ(よそお)いで(まい)ります』

 

 ルビィはアプリを操作して、クローゼットから衣装を選んだ。小物もなるべく似せた。

 我ながらいい考えだ、と思う。

 

 操作を終えたころジェーンから返信が届いた。

 

『素敵なお考えですね。私も同様にします。面会待望です』

 

 自然に笑みがもれた。

 

 ジェーンさんにほめられちゃった。似合ってる、とかいってもらえるといいな。

 

「目印は決まった?」

 

 スマートフォンをしまったルビィに花丸が聞く。

 

「うん、大丈夫。たぶん、すぐわかると思うよ」

「そっか」

 

 花丸は微笑んで続けた。

 

「ルビィちゃん、すごく嬉しそうだね」

「えっ、そうかな……」

 

 ルビィは言葉を濁す。

 

 ルビィ、そんなには気にしてないつもりなのに……。ううん、花丸ちゃんのいう通りかも。

 ゲームのなかで知り合った人に会うのがこんなに嬉しいなんて、変かな。

 

「ジェーンさん、きっと素敵な人だよ。あんなにしっかりした文章、書くんだもん。心の美しさが現れていると思うずら」

「ありがとう、花丸ちゃん」

 

 花丸の言葉にルビィはにこっと笑った。

 

        ・

 

 バスは沼津駅に到着した。待ち合わせの時間までは十五分ほどある。

 

「おはよう。ルビィ、ずら丸」

 

 バスターミナルで待っていた善子が目元に逆ピースを当てて挨拶した。

 

「善子ちゃん、おはよう」

「おはよう、ずら」

 

 ターミナルから駅ビルのほうへ歩きながら善子が聞く。

 

「ねえ、ルビィ。私たちが一緒にいるってこと、向こうの人には、いってあるの?」

「ううん、なにもいってないよ。いっておいたほうが、よかったかな?」

「そうね……。向こうの人の正体を見極めるなら、いわなくて正解だと思うわ」

 

 ジェーンさん、そんな人じゃないもん、とまたルビィは思った。

 

「それじゃ、マルたちはすこし離れて、見守っているずら」

「うん。よろしくね、花丸ちゃん、善子ちゃん」

 

 ふたりが近くにいるなら安心だった。

 

 ルビィは駅ビルの軒下の日陰、改札へ続く通路の角で待つことにした。

 ふたりは手を振って離れていき、通路をはさんだ先にある自販機の向こうへと見えなくなった。

 

 ルビィはスマートフォンを取り出す。待ち合わせまではあと十分ほどだ。

 

 ゲームを立ち上げると、ジェーンのアバターはシンプルな白いシャツ、紺のパンツルックに変わっていた。あまり見ないスタイルだが、やはりよく似合っていた。

 

 ルビィはあたりをきょろきょろと見渡す。いまのところ、待ち合わせらしい人は誰もいなかった。

 

 ルビィはふうっ、と息をはいてスマートフォンを手にしながら待った。

 

 どこから来るのかな。そう思いながらルビィが右を見たり左を見たりするうちに、人待ち顔の男女があらわれた。

 

 花丸と善子のいる自販機のほうに中年の女性。ルビィと同じ側、すこし離れて高校生くらいの男性。さらにタクシーから降りてきたスーツ姿の男性も、腕時計を気にしながらルビィの近くに立った。

 

 それでもジェーンらしい人は見つからなかった。

 

 どうしよう、とルビィは不安になる。

 

 もしかして、全部、嘘だったのかな。……そんなことない、そんなことないと思うけど。

 

 ピロンとスマートフォンが音を立てた。開いてみると、メッセージアプリに善子からの文章が届いていた。

 

『相手はまだ来ないの?』

 

 善子と花丸が自販機の陰から顔を出すのが見えた。

 

『まだみたい』

『ゲームにメッセージ、来てるんじゃない?』

 

 あっ、と思って確認する。

 

『沼津駅南口に到着いたしました。紅玉さんはいかがですか』

 

 数分前の時刻だった。

 

 ええっ、どうして? ルビィ、ここにいるのに!

 

 もう到着していると返信してから、ルビィはあらためて周囲を眺めた。

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