ルビィ、ゲーム始めました!   作:Kohya S.

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第二章
6. 一歩、近づく


 ルビィを乗せたバスはゆっくりと左折して視界から消えていった。

 高梨(たかなし)哲也(てつや)はふうっとひとつ、大きな息をはく。

 

 沼津駅南口のロータリー。夏休みも(なか)ばになると日が短くなり、西の空にわずかに赤さが残るだけだ。

 思っていたよりも遅くなってしまった。門限とかで怒られなければいいけど、と考えてから首を振る。

 

 いや、彼女も高校生だし、大丈夫だよな。「紅玉(こうぎょく)」さん……黒澤(くろさわ)ルビィさん、か。

 

 先週までおこなわれていた「イリス・デュナミス」内のイベント。

 哲也とルビィのふたりはペアとして(のぞ)み、予想以上によい結果を出した。今日はその報告と反省と祝勝会を兼ねて、沼津市街で待ち合わせたのだった。

 

「ありがとうございました、その、哲也さん!」

 

 待ち合わせの駅前、開口一番、ルビィはぺこりとお辞儀をした。

 

「いや、俺のほうこそ、ありがとう。ルビィさん」

「ジェーンさんの……あっ、違った。哲也さんのコーデ、とってもいい感じでした!」

 

 どっちでもいいけれど、と哲也は内心、苦笑する。ルビィは心のなかでは、いまだに「ジェーン」と呼んでいるらしい。

 

「ルビィさんのも、ね」

 

 哲也がそういうとルビィは嬉しそうに微笑んだ。哲也のほうは早々に「ルビィ」に慣れた。それはアバターの印象が本物そっくりだったからかもしれないし、紅玉=ルビィだったからかもしれない。

 

 今日のルビィは薄いピンク、袖なしの、ややゆったりしたシルエットのワンピースだった。胸元に濃いピンクのリボンがあしらわれ、(すそ)はフリルで飾られている。それに白いレースのボレロを羽織っていた。

 髪と同系色の服はルビィによく似合い、可愛かった。

 

 それからふたりで(前回会ったときと同じ)喫茶店に入り、さきほどまで会話をしていたのだった。

 ゲームのことについて一通(ひととお)り話し終えても、話題は尽きなかった。

 

 ゲーム以外の趣味のこと、学校について、友達や部活のこと――。

 

 本や漫画は人並みに読むものの、哲也はこれといった趣味はなかった。あえていえば、以前パソコンでもゲームをしていた関係で、そのあたりは人よりは強いかもしれない、と哲也が話すとルビィは目を輝かせた。

 

「ルビィ、あまり詳しくないので憧れます。未来ずらー、ですね!」

「なに、その、未来ずらーって?」

「お友達の口癖(くちぐせ)です。仲良くしてもらってる」

 

 なにかを思い出したように口元をゆるめるルビィ。哲也はきっと大事な友達なのだと思う。

 

 ルビィはファッションに詳しいのはもちろん、自分で服や小物を作ったりもするらしい。哲也が感心すると彼女は「そ、それほどでもないです」と顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。

 

 また、ルビィの(かよ)う浦の星女学院は廃校の危機にあると彼女は話した。そのときだけはルビィの表情は暗く沈んだ。

 

 哲也が地学部の天体観測や化石採集、学校への泊まり込みや合宿について説明したときには、ルビィは憧れの表情を浮かべた。

 

「合宿先、すごく星がきれいでさ……星が降るよう、ってああいうのかな。天の川とか、初めてじっくり見たかも」

「素敵ですね……。あっ、でも、内浦(うちうら)も、空が澄んでいるときには見えますよ。秋のお空とか」

「へえ、同じ沼津でも市街とは違うんだね。それは見てみたいな」

「ぜひ、内浦へ来てほしいです!」

 

 ルビィはにこりと笑う。天真(てんしん)爛漫(らんまん)という言葉がふさわしいそれは彼女が「紅玉」でしかなかったころの、丁寧で、若干硬さのある文章からは想像もできなかった。

 しかし、とても素敵な笑顔だと哲也は思った。

 

 彼女は一呼吸おいて、なにかに気づいたようにはっとする。

 

「もしかして、ジェーンさん……哲也さんがゲームに来なかったの、合宿のせいですか?」

「今月のあたまごろ? それなら、そうかもね」

「圏外になっちゃうくらいのところなんですね」

「ああ、それは違うよ」

 

 哲也は笑って否定する。

 

「このゲーム、位置情報が近いプレイヤー同士をマッチするから、離れた場所の人とは会いにくくなるんだ」

「あ、そうなんですね。ルビィ、哲也さんが体調とか(くず)してるんじゃないかって、ちょっと心配してたんです」

「そっか、メッセージでも送ればよかったかな。とにかく、ありがとう」

 

 哲也の言葉にルビィは、ほっとしたように微笑んだ。

 ただ、ルビィは自身の部活については言葉をにごして、哲也は帰宅部なのかと推測した。

 

 別れぎわ、ルビィは前回の言葉の通りふたりぶんの会計を支払った。

 

「ありがとう、ルビィさん」

「どういたしまして!」

 

 そう話す得意そうなルビィの顔は、しっかりと思い出せた。ずっと話に夢中だったせいかほんのりと頬を紅潮させたところも。

 

 ルビィさん。見ず知らずのゲームのなかの人を思いやるなんて、なかなかできないよな。

 

 哲也は向きを変えて、駅のほう、自宅のほうへ歩き出す。

 ひさしぶりに会ったルビィとは、そうは思えないほど話が弾んだ。気のおけない友人と話すようだった。

 そして哲也はそれだけでなく、ルビィからなにか温かいものを受け取ったように感じていた。

 

        ・

 

 それからしばらくして、夏休みも後半へ入ったある日の朝。

 哲也はいつものように「イリス・デュナミス」を起動した。ログインボーナスをもらってからお知らせをざっと読んでいく。

 いつものようなイベント案内、メンテナンス情報のなかで、毛色の変わったメッセージが哲也の目を引いた。

 

「コラボ企画のお知らせ?」

 

 哲也の知る限り、このゲームがコラボ――コラボレーションの略で、別のゲームやアニメ作品などと共同でイベントやキャンペーンをおこなうこと――したことは、なかった。

 安易な宣伝に走らない。それはやわらかい外見とは裏腹(うらはら)に硬派な、このゲームらしいところで、哲也は好感を覚えていたのだが――。

 すこしの不安を抱きながら哲也は詳細をタップした。

 

「スクールアイドル……?」

 

 お知らせには、スクールアイドルからゲーム内衣装を募集する、さらに採用グループの楽曲はゲームの挿入歌として使用される、と書かれていた。

 

 哲也もスクールアイドルという名前だけは聞いたことがあった。部活のひとつとして、アイドル活動をするものらしい。たしか自分の通う城斉(じょうさい)高校にもあったはずだ。ただ哲也の認識はそこまでで、軽音楽部との違いもよく分からなかった。

 

 お知らせは簡潔で、具体的な内容はWebを参照という感じで締められていた。

 たしかにアイドル活動をしているなら衣装も曲も、お手の物だろう。ゲームのユーザー層にもマッチしている。

 

 まあ、悪くないんじゃないかな。

 

 ただ、いまのところは特典やイベントは予定されていないようだったので、哲也はそう思ったきりコラボのことはいったん忘れた。

 

 哲也がふたたび思い出したのは数日後だった。

 その日の夜、スマートフォンにメールが届く。差出人はルビィだった。

 

 

 

        §

 

 

 

 楽しかったな……。

 

 心地よいバスの揺れに身を任せながらルビィは考えていた。

 哲也との祝勝会。今日はひさしぶりにゲームの話を堪能(たんのう)できた。花丸(はなまる)善子(よしこ)は興味を持って聞いてくれるが、さすがにあまりに細かいことを話すのは気が引けた。

 趣味について同好の士と、遠慮なしに会話するのはやはり心が躍る。

 それはスクールアイドルについて花丸や善子と(いつの間にかふたりともルビィと同じように興味を持ってくれていた)、またふたたびAqours(アクア)に加わった姉と話すのと同じだった。

 

 そのほかの趣味、学校や友達の話にも花が咲いた。花丸たちとのおしゃべりと同じようで、でもすこし違うとルビィは思う。

 彼女たちとの会話は気心の知れた心地よいものだが、今日のそれはとても新鮮で驚きに満ちていた。彼がほかの学校だからだろうか。部活が違うからだろうか。

 とにかく、時間のたつのも忘れるほどだった。

 

 ルビィはちらっとスマートフォンの時刻を確認する。

 

 うん、まだ大丈夫。

 

 中学時代に午後六時だった門限は高校に入って八時に延びた。今日も十分、間に合いそうだ。せっかくなのでゲームアプリのコーデを調整して、スマートフォンを鞄に戻す。

 

 ジェーンさん、ずいぶん想像と違ったけど、でも、よかったのかも。ルビィに、あんな素敵なお友達ができたんだもん。

 

 車窓の外を眺めるルビィの口元は、自然にゆるんでいた。

 西の空、駿河湾(するがわん)の上に、白い三日月が優しく輝いていた。

 

        ・

 

 数日後、練習の昼休み。ルビィたちAqoursメンバーは部室にいた。練習は広い屋上でしているものの、さすがに日差しが暑い。部室はクーラーこそないが、風が通りまだ涼しかった。

 

 食事を終えてメンバーはめいめい休んでいる。

 ルビィも机でスクールアイドル雑誌のページをめくっていた。内浦には書店がないので、沼津市街に住んでいる善子が今朝、買ってきてくれたものだ。

 

 ふと、ルビィの目がある記事に止まった。見覚えのあるロゴ。

 

 あれ、これって、あのゲームの……スクールアイドルの雑誌に、なんだろう。

 

 ルビィは興味を引かれて記事を読んだ。そこには「イリス・デュナミス」のコラボ企画について書かれていた。

 

 衣装募集。そっか、ゲームのなかの衣装になるんだね。えっ、採用されたら実際に作ってもらえるんだ。それは素敵かも……。

 あとは、えっと、ゲームの曲として採用されるの? すごい。

 

 ルビィは興奮してきた。アバターに着せられるだけではなくて、自分たちがプロの手で作ってもらった衣装を着られる、ということだ。

 さらに曲を使ってもらえるとなると、宣伝効果も抜群に違いない。ゲームのユーザーは中高生女子が中心でスクールアイドルのファンも多い。浦の星の廃校を救う、ひとつの手段になるかもしれなかった。

 

 ルビィはみんなに、いますぐにも話したくなる。目を輝かせて顔を上げたところで、あっ、と思った。

 

 でも、みんな、ゲームのことあまり知らないよね。どういうゲームで、どういう人が使ってて、どういうふうに素敵なのかって、きちんとわかってもらわなきゃ。

 これから予備予選で、地区予選。曲も衣装も、作らないとだし……そんな時間はありませんわ、っていわれたら、ちょっと寂しいもん。

 

 花丸と善子はともかく、ほかのみんなには、自分の考えをまとめて準備をしてから話したほうがいいだろう。みんなを説得できるように、とルビィは思った。

 

 雑誌にもう一度、目を落とす。ページ半分ほどの記事だが、無限の可能性が秘められているようにルビィには感じられた。

 

        ・

 

 練習が終わり、夕日のなか、浦の星女学院から続く坂道を下る。

 ほかの学年のメンバーとは声が聞こえないくらい離れていることを確認して、ルビィは口を開いた。

 

「善子ちゃん。今日は雑誌を買ってきてくれて、ありがとう」

「さっきも聞いたわよ」

 

 善子はそういってから首をかしげる。

 

「その顔だと、なにかいいたいことがあるみたいね。なあに、あらためて?」

「実はね、あ、花丸ちゃんも聞いてほしいんだけど、さっきお昼に読んでたら、面白い記事があったんだ」

「記事、ねえ」

「聞かせてほしいずら」

 

 ルビィは言葉を選びながらコラボについて話す。

 

「……だからね、きっとAqoursのためになると思うんだ」

 

 そう締めくくると花丸はうなずいた。

 

「マルも同感だな。いいと思うよ、ルビィちゃん」

 

 花丸の笑顔にルビィはほっとする。

 

「私も悪くないと思うわ。……でも、どうして昼休みに話さなかったの? みんな、いたじゃない」

 

 善子の疑問は当然だった。

 

「ルビィ、説明とかあまり上手じゃないから……しっかり調べて、準備してからのほうがいいかなって思ったの」

 

 限られた紙面では細かいことまではわからなかったものの、幸い締め切りまではかなり余裕がある。

 

「うん、それにも同感ずら」

「そうね。たしかにそのほうがいいと思うわ。特に、彼女たちを攻略するなら、ね」

 

 善子は前を歩くふたりに視線を向ける。たまたまだろう、ダイヤと梨子(りこ)が肩を並べていた。

 

「お、お姉ちゃんなら、きっとルビィのこと、わかってくれるもん。梨子さんだって、その、曲が使われたら嬉しいんじゃないかな……」

 

 ルビィ自身も真っ先に姉のことを思い浮かべたのは事実だった。梨子には曲作りを頼まなくてはならない。ふたりにはしっかりと納得してもらう必要があった。

 

「ルビィちゃん、がんばルビィ、だよ」

「うん、がんばルビィ!」

 

 花丸が笑いながらルビィの口癖を真似てみせる。ルビィもそれに、両手をぎゅっと握りしめて返した。

 

        ・

 

 ときを同じくしてコラボ企画はゲーム内のお知らせでも発表された。

 インターネットで調べたりしながら、ルビィは自分なりにコラボについてメモにまとめていった。企画の概要、メリットとデメリットなど。

 

 審査は一次と二次の二回で、どちらもユーザーの投票ではなく運営会社が選ぶらしい。

 一次審査は、応募衣装のラフスケッチと今までのPVでおこなわれる書類審査。二次審査は詳細なスケッチと実際に歌と踊りを披露する面接だった。

 楽曲の提供は、衣装採用後になるらしいので、応募のための新曲を作らなくてもいいのはありがたかった。

 とはいっても、もし採用されたなら作詞、作曲が必要になる。それは考慮する必要があった。

 

 さらに考える。

 

 みんなに話す前に、どんな衣装でどんな曲にするか、すこしは考えたほうがいいよね。じゃないと、さらにみんな忙しくなっちゃうもん。ゲームのこと、一番よく知ってるのはルビィなんだし。

 

 せっかくの機会だ。どうせなら採用される確率をなるべく上げたい。

 数日間、ルビィは頭を悩ませた。ゲームのなかで使われる衣装。それはステージ衣装とはやはり違うのかもしれない。

 なんとなくイメージは浮かんだが、なかなかそれを具体化できなかった。

 もうすこし誰かの意見が聞きたかった。

 

 ある日の夜、机で考えていたルビィの心に、ふと哲也のことが浮かんだ。いや、ずっと心のどこかにあった想いに、ようやく向きあったというのが正しいだろう。

 彼はゲームのことを自分以上に知っていて、かついろいろと深く考えている。有効なアドバイスがもらえるに違いない。

 しかしルビィは躊躇(ちゅうちょ)した。

 

 この前に会ったときには、どうしても自分がスクールアイドルを、Aqoursをやっているということは口に出せなかった。単純に恥ずかしかった、というのが最大の理由だった。

 そして、もしかしたらやっと得られた友達関係が、ぷっつりと切れてしまうかもしれないという不安も。

 

 Aqoursはみんなのおかげで、すこしずつ人気を得ている。自分も、みんなにはまだまだ(かな)わないけれど、がんばっていると思う。

 でも、人前で歌って踊るような子には距離を感じてしまう、そんな人だっているだろう。特に、男の子なら。

 

 逆に自分のことをアイドルとしてしか見てもらえなくなるのではないか。そんな気持ちもあった。

 

 もちろん、哲也がスクールアイドルであることも含めて、自分を好きになってくれるならそれが一番だが――。

 

 そこまで考えてルビィは、あっと思う。

 

 もちろんこの好きは、その、友達としての好き、だけど。

 

 それでもいつか必ず、彼には話さなくてはならないだろう。ルビィのアイデンティティのひとつがスクールアイドルなのだから。

 

 ルビィは決心して、スマートフォンを取り出した。

 

         ・

 

 哲也とメールをやり取りして、翌々日には沼津市街で会うことになった。

 いままで会っていた喫茶店だとテーブルが狭い。ルビィは花丸や善子とときどき行く店を提案した。

 

 その日、ルビィは約束の時間より十分ほど早く店に着いた。

 入り口の自動扉にルビィの姿が映る。ピンク系、細かいストライプのオフショルダーのカットソー。襟元には大きめのリボンがあしらわれている。それにダークブラウンのキュロットスカート。悪くないよね、と思った。

 

 店員に待ち合わせであることを告げると、案内されたのはフロアの隅のテーブルだった。

 ルビィは鞄から鏡を取り出して髪型と化粧をチェックした。

 

 注文したカフェラテを待ちながら、ルビィはなんども入り口を確認した。

 カフェラテが届いたころ。

 

 ルビィは扉の向こう側に見える影に気づく。見守るうちに扉が開いた。

 いつかと同じような白いシャツに紺のスラックス。間違いない。哲也だ。ルビィの顔がふわっと明るくなる。

 彼はきょろきょろと店内を見渡し、すぐにルビィを見つけ、にこっと笑った。

 ルビィは小さく手を振ってみせた。

 

 哲也は店員と話してからテーブルまで歩いてくる。ルビィはわずかに浮かせていた腰を戻して、姿勢を正した。

 

「こんにちは、ルビィさん。ごめん、遅くなって」

 

 そういいながら哲也はルビィの正面に座った。

 

「こんにちは。いえ、いま来たところです。今日はわざわざ、すみません」

 

 ルビィはぺこっと頭を下げた。

 今日は同じゲームをプレイしているというだけで呼び出してしまった。申し訳ない気持ちと、彼が来てくれたことへの嬉しさで胸が一杯になる。

 

「いや、気にしなくていいよ。俺のほうも……」

 

 哲也はいったん言葉を切った。ルビィにはそれを意識する余裕はなかった。

 

「……すぐ近くだから」

「すぐにわかりましたか、このお店? あっ、それとも、もう知ってましたか?」

「いや、駅の南にはあまり来ないから初めてだけど。ルビィさんのメールの説明で、すぐわかったよ」

「それならよかったです」

 

 スマートフォンで検索をすればすぐに地図も表示される時代だけれど、ルビィはせめてもの礼儀としてなるべく丁寧に場所を書いて送った。

 

 哲也が注文したアイスコーヒーが届いて、彼が本題に入る。

 

「それで、コラボの話だけど。ルビィさん、スクールアイドル、やってたんだね」

「はい、えっと、僭越(せんえつ)ながら……」

 

 お姉ちゃんみたいな言葉(づか)いになってしまった、と思いながらルビィは消え入るような声で話した。かろうじて目はそらさずに哲也の話を聞く。

 

「動画とか、見せてもらったよ。俺、スクールアイドルとかまったく知らなかったんだけど、すごいね」

 

 そっか、調べてくれたんだ……。ルビィは嬉しくなると同時に不安にかられる。

 

「あの、おかしくないですか? ルビィがスクールアイドルとか、やってたりして」

「えっ、どうして?」

 

 その声は純粋な驚きを帯びていた。

 

「だって、ルビィ、その、背も低いし、子供みたいだし、歌も踊りもまだまだだし……」

「いや、そんなことないよ」

 

 哲也はさえぎるように話した。

 

「むしろずっと大きく見えたかな。Aqoursのみんなも、歌も踊りも、上を見ればきりはないけど、でも、魅力的だった。特にルビィさんは……なんていうか、こういうのもあるんだ、って思った」

「そうですか」

「とにかく、ルビィさんにはよく似合ってると思うよ」

 

 哲也はコーヒーを飲んだ。

 大きく見えた、というのはよくわからなかったが、悪くいわれているのではないらしくてルビィはほっとする。

 彼はグラスを置いて続ける。

 

「『イリス・デュナミス』のコラボ、応募しようと思ってるんだ。Aqoursで?」

「うん、そうできたらいいな、って思うんです」

「でも、どうして俺なんかに相談を?」

 

 疑問はもっともだった。ルビィは説明する。まだメンバーには持ちかけていないこと、説得するために準備をしたいこと、できればアイデアを考えておきたいこと。そして哲也の意見を聞きたいこと。

 Aqoursでの衣装と曲の担当わけについても話した。

 

「なるほどね」

「お願いできますか?」

「もちろん。どこまで役に立つか、わからないけど」

 

 哲也は笑ってうなずいた。

 

 ルビィは鞄からノートを取り出した。いままで自分で考えたことが書き留めてある。

 

「あの、ゲームに応募するメリットは、いろいろ考えてみたんです」

「うん、聞かせてくれるかな」

 

 ルビィは懸命に話し、哲也はときどき質問をはさみながら聞いた。

 

「よくまとまってると思うよ。たぶん、みんなにも伝わるんじゃないかな」

 

 話を終えたルビィは、哲也の言葉に安堵する。ただ、自分でもここまでは整理できたという感触は持っていた。ここからが問題だ。

 

「ありがとう、哲也さん。でも、衣装とか、曲とか、どうしようかな、って考えてて。やっぱり普通のステージ衣装とは違うほうがいいのかな、と思うんです」

「ゲームのなかの衣装だから、まあ、そうかもね」

「だからよくわからなくなっちゃって……」

 

 哲也はうーんと腕組みをした。しばらく考えて話し出す。

 

「たぶんだけど、一緒にゲームのイベントもやると思うんだ」

「イベント、ですか」

「うん。ただ衣装を募集するだけだともったいないから、衣装と……曲はどうかわからないけど、絡めたストーリーでね」

 

「イリス・デュナミス」のストーリーには、いわゆる本編であるメインストーリーと、イベントごとの特別ストーリーがある。

 特別ストーリーはライバルとの対決だったり、文化祭や体育祭、修学旅行といった学園のイベントを題材にしたり、友情や、それこそ恋愛をテーマにしたりと幅広い。また、季節感を生かしたものも多かった。

 

 ルビィは疑問を口にする。

 

「スクールアイドル、のイベントかな?」

「かもしれない。スクールアイドル部、まで行かなくても、学園でライブをする、とか」

「そうですね」

 

 それならステージ衣装を考えればよさそうだ。対象は、ゲーム内の主要キャラクタをイメージすればいいだろう。

 考え始めたルビィに哲也は続けた。

 

「でも、もしかしたらぜんぜん違うストーリーかもしれない。ほら、主要キャラにはCVが付いてるよね」

 

 CV――キャラクターボイス、つまりここでは声優さんのことだ。ルビィはうなずく。

 

「イベントでライブするなら、曲は彼女たちが歌うと思うんだ。今回、楽曲提供は歌詞と曲だけ、じゃないよね」

 

 ルビィは手元のノートを確認する。

 

「はい。スクールアイドルの歌う曲が、ゲームの挿入歌になるって書いてありました。それに、二次審査には実技もあります」

「だとしたら、イベントストーリーは、あまりアイドルと関係ないかも」

 

 哲也はそういって肩をすくめた。

 

「それじゃ、あまり衣装は、ライブを意識しないほうがいいのかな。それよりも、ゲームのなかで、ふだん着られるような……」

「うん、そうかもしれない」

 

 今回の衣装は、もし採用されれば実際に作ってもらえる。それを考えるとちょっと残念な気がした。でもいつも着られる服をデザインする。それも素敵かもしれない。

 

 ルビィには、まだまだ最後のデザインは無理だけど。アイデアは伝えられるかな。そうしたら、(よう)ちゃんと話して……形になればいいな。

 

「なんとかなりそうかな?」

「はい。ルビィ、考えてみます!」

 

 ルビィは目を輝かせ、哲也も微笑んだ。

 

「あ、それだと曲も、アイドルっぽくないほうがいいのかな?」

「アイドルっぽい曲っていうのがどういうのか、わからないけど。可能性はあると思う」

「むしろゲームにぴったり来るような感じで……」

「それも、よくわからないけど」

 

 哲也は苦笑した。

 ルビィも話してはみたものの自分自身でもよくわからなかった。

 

「ただ、ユーザーは女子、中高生中心だから、そのへんを意識するといいかもね」

「そうですね」

 

 ルビィは納得した。それならなんとかなりそうだ。

 ふと思い出してルビィは付け加える。

 

「社会人は、あまり考えなくてよさそうですね!」

「男子高校生もね」

 

 哲也はすこし恥ずかしそうに笑った。

 

        ・

 

 ふたりはさらにコラボについて話してから、店を出た。ルビィは自分が誘ったのだから、と主張して代金を払った。

 夕日のなか、ふたりはバス停まで一緒に歩く。

 

「コラボ、採用されるといいね」

「はい。あの、ルビィ、すこしでも浦の星女学院の廃校を()ける力になれたらなって、そう思ってます」

「うん、俺も期待してる」

 

 内浦まで行くバスの本数はすくなくて、しばらくバス停で待った。

 ふたりはゲームのことを話すだけでなく、雑談――雑談としかいいようがない、とルビィは思う――をした。

 あっというまに時間が過ぎ、バスが近づいてくるのが見えた。

 

「あの、今日はありがとうございました」

「どういたしまして。役に立ったなら、いいんだけど」

「すごく役に立ちました! ルビィ、がんばります!」

「がんばルビィ、だね」

 

 哲也はそういって両手を握り、口元で組んだ。きっとAqoursのブログか、動画のどれかで知ったのだろう。

 ルビィはとたんに恥ずかしくなり、顔を赤く染めて下を向いた。でも、嬉しかった。

 哲也の顔は見られなかった。

 

 バスが止まる気配がしてルビィは顔を上げる。哲也が面白そうに口元をゆるめる。

 ルビィはぺこりと頭を下げてバスのステップを上った。

 

 吊革につかまるとブザーが鳴り、扉が閉まる。

 哲也が小さく手を振っているのが、ずっと車窓から見えていた。

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