ルビィのメールを受け取った
コラボについて詳しく調べてもいないし、ルビィがなにを知りたいのかもわからないが、ゲームの仕様に関することなら相談に乗れるかもしれない。
メールによればルビィは浦の星女学院でAqoursというスクールアイドルグループに加わっているらしい。
返信を終えてから哲也はスクールアイドルについて、Aqoursについて調べ始めた。
数時間後。哲也はようやく
いつのまにか日付が変わっていた。
スクールアイドルは思ったよりもメジャーだった。当事者である高校生よりもまわりが盛り上がる、そういうこともあるのかもしれなかった。哲也が女子高校生ならまた違うのかもしれないが。
またAqoursは――素晴らしかった。九人になったばかりとは思えない連携で、曲も衣装も光るところがあった。急速に人気を伸ばしているらしいのもうなずけた。
それなのにブログでの彼女たちはまさしく自分の同級生そのもので、そのギャップも面白かった。
そして、ルビィ。
おしゃれが好きな女の子だと思っていたのに、それだけではなかった。
小柄な彼女は上級生や同級生の女の子たち(みんな可愛い)にくらべれば体格的なハンデはあるだろう。
それでもPVからもブログからも、アイドルが好きなこと、努力していること、そしてなにより楽しんでいることが伝わってきて、それが彼女の魅力だった。
哲也には誰よりも、輝いて見えた。
その彼女が自分に相談したいといっている。その思いに
・
ルビィが待ち合わせ場所に提案した喫茶店は哲也には初めてだった。落ち着いた雰囲気、リーズナブルな値段は、哲也も気に入った。
テーブル席に座るルビィ。
彼女は今日も可憐な
PVのなかのルビィのイメージが、いま目の前にいる女の子と、しっくり重ならなかったのだった。PVのなかの彼女は、もっと自信にあふれて、輝いていた気がした。
とはいえ、いずれにしても――彼女が可愛いことに間違いはなかった。
話が本題に入ると、彼が事前に調べてきたことの大半は彼女も認識していた。哲也はルビィに心のなかで感心する。
それでも具体的な衣装の話になると哲也のゲーム経験が生きた形になった。
わざわざ呼んでもらったのになにもアドバイスできない、なんてことにならず、彼は
その日の終わり、バス停で。彼女の決めポーズを真似したのは、正解だったのだろうか。ルビィのようすからは判断できなかった。
いつのまにか違和感はすっかり消えていた。
おしゃれが好きでゲームを楽しんでいるルビィ。アイドルが好きなルビィ。学校を救いたいルビィ。努力家できちんとした性格のルビィ。そして、スクールアイドルとして活躍するルビィ。
それらをすべて合わせて、黒澤ルビィという女の子なのだ。
きっと不安もあるだろう。ハンデも彼女自身、感じているかもしれない。でも、それを隠して――いや、それをわかった上で、ライブに
哲也はもう一度、ルビィから大切ななにかをもらったように思った。
§
その数日後、Aqoursはラブライブの予備予選に参加した。あいにく梨子はピアノのコンクールで出られず八人での参加だったが、ライブは大好評で、Aqoursは無事に予選を通過した。
コラボのためのアイデアもようやく形になり、ルビィは練習後の時間を使いメンバーに話すことに決める。
部室で着替えを終えたメンバーを集めて花丸が口火を切った。
「今日はルビィちゃんからお知らせがあるずら」
ルビィはあまり大げさに話すつもりはなかったのだが――最初は、雑談のひとつとして話題に出せばいいと思っていた――話を聞いた花丸は大いに乗り気だった。
「では、どうぞ、ルビィちゃん!」
「は、はい!」
気心の知れたメンバーとはいえ、みんなの視線を集めたルビィは緊張する。でも、こんなところで緊張してなんていられなかった。
「あ、あの、あるスマホのゲームで、スクールアイドルとのコラボがあるんです。コラボっていうのは、ゲームと、そのほかの作品とかが共同で宣伝することで、たとえば最近だと……」
ルビィはノートを見ながら懸命に説明した。ときどき上がる質問にもしっかりと答えていく。
「……だから、浦の星を救うのにも、役に立つんじゃないかなって思うんです」
ルビィがそう締めくくると、真っ先に
「すごい、すごいよルビィちゃん! いいと思う。ぜひやろうよ!」
「いいわね、シャイニーなコラボレイションだわ!」
「悪くないと思いますわ。でも、どんな衣装にしますの? これから忙しくなりますわよ」
東海地区予選が間近に迫っていた。
ルビィはやっぱり来た、と思う。そして相談に乗ってくれた哲也に感謝する。
「うん、それなんだけど、アイデアは考えてみたんだ。ゲームの話になっちゃうんだけど……」
話を終えると今度は
「なるほど、普段着かー。いままでにない衣装だね。面白いよ、ルビィちゃん!」
「ありがとう、曜ちゃん」
ルビィは彼女に微笑んでから続ける。
「一次審査は書類審査だけで、曲もいままでのでいいから、あまり負担にはならないと思うんだ」
「……それでも、その審査を通過したら、衣装のデザインと実技試験ですわね?」
きらりとダイヤの目が輝いた。
「うん、そうだけど……。でも、それだけの価値は、あると思うんだ」
「曲は、どうするの? たぶんそのころには余裕ができてると思うけど、なにがあるかわからないし……」
かわって梨子がきゅっと眉を寄せて懸念を浮かべる。
「あの、それもテーマだけは思いついたんだ。やっぱり学園ものだから、ふだんとはちょっと違う感じにして……」
ルビィは哲也と別れたあとに考えたアイデアを披露した。
「ふーん、なかなかいい感じ。まるで私たちみたいだし」
ふうっとダイヤが息をはいた。
「そうですわね。どうですか、みなさん。とりあえず一次審査だけでも応募してみますか?」
「さんせーい!」
千歌を筆頭にして、メンバーたちは賛成の言葉を口にする。
ダイヤが微笑む。
「アイデアを持ってきたのはルビィですが、考えるのは全員で、ですわよ」
「もちろん! やるからには全力でやらないとね!」
千歌の言葉にルビィも含めて全員がうなずいた。
ルビィの胸になんともいえない感動がわき上がる。それは達成感とみんなへの、それに哲也への感謝が混ざったもので――ルビィの心をぽかぽかと温かくしたのだった。
・
その日の夜、ルビィは哲也にメールを送った。先日、メッセージアプリのIDも電話番号も交換したが、やはりルビィはメールがいいと思う。特に、彼に送るなら。
メッセージアプリは相手が読んだかどうかがわかる。それはそれで嬉しいけれど、読まれても返信がなかったりしたら悲しくなってしまう。相手が忙しいだけかもしれないのに。
それに加えて、相手に義務感を覚えさせてしまうのではないか、ということも気になった。
メールの返事はすぐに返ってきた。
簡潔ながら心のこもった祝福の言葉にルビィの頬がほころんだ。そして、ルビィは息をのむ。
「想いよひとつになれ、とても良かったです。ルビィさん、素敵でした」
ルビィたちのライブ、見てくれたんだ……。
彼は配信を視聴してくれたらしい。彼はどんなふうに感じたのだろう。どこがよかったのだろう。気になって仕方なかった。でも、彼から電話がないということは――わざわざ話すほどのことではない、と思ったに違いない。
ルビィの胸が急にちくりと痛んだ。
それでも必ず次に会ったときには話題には出るはず。ルビィはそれが楽しみでならなかった。
・
ルビィはそれから練習の合間をぬって曜と相談し、衣装のデザインを詰めていった。
二次審査の当選発表は十月末。ルビィは季節感を考えて、晩秋から初冬を念頭に置いた。曜は「いわれてみれば当たり前だけど、よく気づいたね」と感心した。
ルビィのアイデアを、曜が持ち前のセンスと技量でスケッチする。ときどきメンバー全員に見せて意見を聞く。それを数回繰り返したころには、衣装は形になっていた。
夕方の部室。
「できたーっ!」
「こ、こんなのでいいのかな。すごく……普通な感じになっちゃったけど」
曜はスケッチブックを嬉しそうに
「いいと思うよ。本当に着られる衣装。でも、ちょっとだけ
曜は胸をはる。そうすると急に自信がわいてくるのが不思議だった。
「うん、明日、みんなに見せようね!」
ふたり以外のメンバーは先に帰り、そろそろ終バスの時間だった。
あわてて帰り
そうだ。帰りのバスのなかで、曜ちゃんに写真を撮らせてもらおう。そうしたら、哲也さんに見てもらえるもんね……。
次の日、衣装のデザインは全員が太鼓判を押した。もちろん前日の夜には、彼からも賞賛の言葉が届いていた。
善子に相談してAqoursを紹介するためのPVも、何本か選定した。
ルビィが代表してパソコンのキーを押して、「イリス・デュナミス」のコラボ企画への応募は完了した。
一次審査の結果が出るのは、九月の中旬のはずだった。
・
ラブライブ予備予選を通過したAqoursは、すぐに続けて東海地区の地区予選へと臨んだ。
ルビィ自身、曲はよかったと思う。踊りも素晴らしかった。衣装だって負けていなかった。それでも、壁は厚かった。
Aqoursは二位に終わり、Aqoursにとっての今回のラブライブは終わった。
Aqoursの練習は新学期まで休みになった。
夏休みもあとわずか、という朝。ルビィは目を開けて、はっとする。部屋はすっかり明るくなっていた。もう家を出ないと練習に間に合わない。
がばっと布団をはねのけて、気づいた。
ふうっとルビィは、ため息をつく。そしてゆっくりと体を起こして朝の
朝食の席で一緒になった姉のダイヤも、似たような雰囲気だった。
食べ終えて食器を片づけ、部屋へ戻ろうとしたルビィにダイヤがいう。
「ルビィ、夏休みの宿題、しっかり終わらせなさいね」
「はい、お姉ちゃん」
姉のいう通りだった。Aqoursの活動で忙しかったせいで、まだかなりの量が残っている。
ルビィは机に向かい――思い出してスマートフォンを取り出す。
今朝の天気は晴れ。日差しも強いし暑くなりそうだから、と白い帽子をアクセントに使ったコーディネートにする。そして服は――いつかのイベントで手に入れた、白いドレスを選んだ。
白。いまの自分にふさわしい。そんな気がした。
ゲームを閉じようとしたとき、ピコンと音が鳴った。ゲーム内のメッセージの着信だ。
きっとフレンドの誰かか対戦相手からのメッセージだろう。ルビィはなんの気なしに画面をタップした。
ドキリ、と胸が跳ねる。
『過去最高のライブ、拝見しました。お疲れさまでした』
ジェーンからのメッセージだった。でも、どうしてわざわざ、いまこの時間に。
すこし考えて気づく。ルビィはほとんど意識したことはなかったが、フレンドの最終プレイ時間はいつでも確認できる。
ルビィがいまプレイ中であることに気づいて、送ってきたのだろう。
準優勝おめでとうとも、残念でしたね、とも書かれていないメッセージ。しかしそこからは彼の
その彼の想いに応えることは、もうできない。
ルビィは震える手で返信を入力した。
『ありがとうございます。今一歩、力及びませんでした』
送信完了の文字が、にじんだ。
Aqoursが敗退して、入学希望者はもう増えないだろう。浦の星女学院の廃校は避けられないのだろうか。そうしたらAqoursは? 解散するのだろうか。
応募したコラボ企画だって、審査を通過しても解散したら意味がない。
ルビィはスマートフォンをかたわらに置いて、机に突っ伏した。
せっかくスクールアイドルになれたのに、がんばってきたのに。ルビィ、これからどうしたらいいのかな……。
答は出そうになかった。