ルビィ、ゲーム始めました!   作:Kohya S.

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8. 想いを届ける

 ルビィがAqoursの一員だと知ってからというもの、哲也はAqoursの情報をチェックし続けた。

 ルビィにアドバイスをした数日後、ラブライブの予備予選がおこなわれた。Aqoursのライブは素晴らしかった。もちろんルビィも。

 

 配信が終わり感動の波が引いていき、哲也はスマートフォンを取り上げた。ルビィに電話をしそうになり――あわてて止める。

 そもそも生配信だ。電話がつながるわけがなかった。

 それならメール、と思って、やはり()める。

 

 自分なんかが送っても、きっとルビィは戸惑うだけだろう。ゲームで知り合った友人で、スクールアイドルの話をしたのは前回会ったときだけ。それもルビィは大いに恥ずかしがっていた。

 ふうっと息をはいて、スマートフォンを置いた。

 

 それでもきっと、次に会う機会があれば話題には出せるだろう。彼女に自分の感動を伝えたかった。そしてそのとき彼女はどんな反応をするのか。楽しみだった。

 

 数日後、ルビィからコラボ企画の件がメンバーの賛同を得られた、というメールが届いた。

 よかった、と思う。

 

 俺のアドバイス、多少は役に立ったのかな。ルビィさんは、しきりにお礼、書いてくれてるけど。

 

 ルビィはしっかりと自分で調べてきていた。きっと自分がいなくても問題なかっただろう。ただそれでも哲也は我が事のように嬉しかった。

 

 返信を書いて、しばらく悩んでから、前回のライブの感想を付け加えた。

 

 このくらいなら、きっと大丈夫だよな。

 

 送信ボタンをタップする。

 ルビィからの返信はすぐに届いた。再度のお礼に加えて、ライブをほめてくれたことへのお礼も書かれていた。ただそれはとても短くて――哲也は、やはりライブの件で電話やメールをしなくてよかった、と思った。

 

        ・

 

 十日ほどあとには、もう東海地区予選だ。曲も新しい。Aqoursの、スクールアイドルの忙しさにはまったく頭が下がる。

 哲也は期待を胸に自室のパソコンの前に座った。

 

 Aqoursの順番は最後だった。彼女たちのパフォーマンスは過去最高だったといっていいだろう。予備予選よりも間違いなく上だった。

 優勝したグループとは甲乙つけがたい出来だったと思う。

 それでも時の運は彼女たちに味方せず――Aqoursは敗れた。

 

 哲也の心は痛んだ。

 ルビィに電話しようかとも考えたが、前回と同じ理由でやはり止めておいた。

 

 それでも哲也は彼女のことが気になって仕方がなかった。廃校を阻止するために彼女たちは活動している。優勝を(のが)したいま、Aqoursの存在意義はなくなって、解散するのかもしれなかった。

 そうしたらルビィがあれだけ努力した、コラボ企画への応募も無駄になる。ルビィは悲しんでいることだろう。

 

 やはり連絡したほうがいいのだろうか。悩みながら数日がすぎた。

 

 本選に進めなかったとはいえ、地区予選準優勝は結成半年に満たないグループとしては悪くない結果だ。優勝しなかったら即廃校だと決まったわけでもないだろう。もしかしたら結果に満足しているのかもしれない――。

 

 いや。彼女に関しては……ルビィに関しては、それはないな。

 

 決して長くない付き合いだが哲也には断言できた。

 

 ある日の朝、哲也はいつものように「イリス・デュナミス」を立ち上げた。習慣的にフレンドリストを確認するとルビィがログインしていた。彼女としてはかなり遅い時間だった。

 哲也はすぐに気づく。Aqoursの練習が休みになったせいに違いなかった。

 

 ルビィ――紅玉のアバターを開くと、彼女は白いドレス姿だった。ルビィと最初に「走った」イベント。そのときの衣装だ。赤い髪はツインテールにまとめている。

 アバターは(うれ)いを帯びた表情で静かにたたずんでいた。アバターの表情はときどきランダムに変化するが、プレイヤーが変えることもできる。ルビィがこの表情を選んだのかどうかは、わからない。

 それでもアバターとルビィが重なってみえた。

 彼女が泣いている。そんな気がした。

 

 胸が締め付けられた。

 

 いま、ルビィは回線がつながった、その先にいる。どんな表情でスマートフォンを見つめているのだろう。

 余計なお世話かもしれない。それでもなにか声を掛けたかった。

 

 無意識に哲也はメッセージ作成ボタンをタップしていた。いつもそうしていたように。

 しかし、そこで手が止まった。なにを書けばいいのだろう。

 しばらく悩んで――当たり(さわ)りのない文面にした。

 

 紅玉からの返信はすぐに届いた。以前と同じような簡潔な文面だが、ルビィのいままでの想いがこめられていた。彼女は決して満足なんて、していなかった。

 

 哲也はゲームアプリを終了し、連絡先からルビィを選んだ。発信ボタンをタップする。

 二回、三回と呼び出し音が鳴る。哲也が五回目を数えたとき。

 

『はい、黒澤ルビィです』

 

 小さな声が聞こえた。いつもの元気な彼女からはほど遠い。

 

「哲也だけど、いま大丈夫かな」

『大丈夫です。あ、メッセージありがとうございました』

 

 ルビィの声がわずかに大きくなった。彼女は続ける。

 

『でも、どうかしたんですか、哲也さん?』

「うん、ルビィさんがゲームしてるみたいだから、その……」

 

 衝動的に電話を掛けてしまったもののなにをいえばいいのか、わからなかった。予選のことは、いまは電話では話したくなかった。

 

「今日、予定ある?」

 

 思わず哲也はそう口にしていた。

 

『えっ……』

 

 ルビィが電話の向こうで息をのむ気配がした。無理もない。哲也が取り消しの言葉を口にしようとしたとき。

 

『ルビィは、特に予定はありません』

 

 ささやくような声が聞こえた。

 

「えっと、それじゃ」

 

 哲也は大きく息を吸って心を落ち着ける。

 

「よかったら、会えないかな。沼津でもいいし、俺が内浦(うちうら)まで行ってもいいし」

『はい、あの、ありがとう。あっ、ルビィ、今日は沼津に買い物に行こうと思ってたんです』

「それなら、ちょうどよかったかな」

『そうですね』

 

 ルビィの声がすこしだけ明るくなった気がした。ルビィが本当に沼津に来るつもりだったのかはわからない。わかるのはルビィのほうでも哲也に会いたいと思ってくれた、ということだ。

 いまはその言葉に甘えることにした。

 

 待ち合わせ場所と時間を決めて電話を切る。せめて昼食はおごろう。哲也はそう決めた。

 

        ・

 

 沼津駅南口に近い待ち合わせ場所にあらわれたルビィは、シュシュやアクセサリなど小物のアレンジは異なるものの、最初会ったときと同じワンピースだった。

 あれから一か月もたっていないのに、ずいぶん関係は変わったと思う。

 

「ごめん、ルビィさん。急に声を掛けちゃって」

「いえ、ルビィも予定はなかったので、大丈夫です」

 

 にこりと笑うルビィ。ルビィの愛らしさはもちろんそのままだった。

 なんとなくふたりは歩き出す。

 

「でも、急に哲也さんから電話が来て、びっくりしました。あの、ルビィになにか御用ですか?」

 

 哲也はどきりとする。なぐさめたかった、というのはおこがましい。

 

「うーん、特に用事とかはないんだけど。友達を遊びに誘ったら、ダメかな」

「あっ。ぜんぜんダメじゃないです。むしろ嬉しい、っていうか……」

 

 後半、ルビィの声は小さくなって哲也には聞き取れなかった。

 

「ルビィさんの買い物、先に済まそうか?」

「えっと、どうしようかな。あの、すこし考えさせてもらっていいですか」

「うん、かまわないけど……それじゃ、適当に歩こうか」

「はい!」

 

 ルビィと話して商店街のほうへ足を向ける。

 ふたりはショーウィンドウを眺めたり、店内に入って冷やかしたりしながらゆっくりと歩いた。

 

「あ、このお店、お友達のお気に入りなんです」

 

 ルビィが立ち止まったのは看板や店頭に黒っぽい装飾のほどされた店で、商店街のなかでもやや浮いていた。ショーウィンドウのなかには魔法陣が描かれたタペストリーが掛かり、杖や水晶玉、輝く石のアクセサリなどが並んでいる。

 

「へえ、めずらしい感じ……だね。入ってみる?」

「ルビィは、遠慮しておきます」

 

 ルビィは苦笑した。哲也も特に興味があるわけではなかったが、彼女の友達の趣味は気になった。

 

 商店街のなかほどまで来て哲也は話す。

 

「そろそろおなかすいたね」

「そうですね」

 

 ルビィは笑顔で答えた。とりあえず楽しそうでよかった、と思う。

 

「お昼、よかったらおごるよ」

「えっ、そんな、悪いです」

「いや、いいよ。こっちまで来てもらったしね」

「それはルビィの都合ですけど……」

「いいからいいから。どこか行きたい場所、あるかな?」

「いいんですか?」

 

 哲也はうなずく。

 

「それじゃ……」

 

 ルビィが挙げたのは商店街から五分ほど離れた、狩野川(かのがわ)ぞいの店だった。

 

 昼を過ぎていたせいか店には並ばずに入れた。店内は大きく開いた窓から川が見渡せて開放感があった。ふたりでランチコースを頼む。

 

 料理はルビィが希望しただけあっておいしかった。デザートが来たところで哲也は思い出す。

 

 ここまではまるでデートのようで楽しかった。ルビィも気分転換になってくれたならいいと思う。でも、あの件を聞かないでいるのは不自然だった。

 

 それに……ルビィさんもきっと、話したいことがあるんじゃないかな。

 

 デザートと一緒に来たコーヒーで口を湿(しめ)らせて話す。

 

「あの、ルビィさん?」

 

 ルビィは頼んだ紫芋のアイスクリームから顔を上げた。

 その顔があまりにも可愛らしくて――至福の表情だったので、哲也はとりあえず後回しにする。

 

「ごめん、食べ終わってからでいいよ」

「すみません……」

 

 ルビィは恥ずかしそうに頭を下げた。

 彼女は実においしそうに食べ終えて、紙ナプキンで唇を軽くぬぐった。

 

「哲也さん……?」

 

 そのようすに見とれていた哲也は我に返る。

 

「あ、えーと、この前のライブだけど」

「あっ、はい。見ていただいたんですね」

 

 一転してルビィの顔が曇った。

 

「うん。残念だったね」

「はい。ルビィたち、がんばったんですけど、でも、ダメでした」

「すごくよかったけど、ね」

 

 運が悪かったとか、相手の学校は生徒が多かったからだ、というのは簡単だった。でもルビィはそんな言葉は求めていないだろう。

 ルビィはこくりとうなずいて、そのまま目を落とす。

 

 しばらくふたりとも無言だった。

 やがてルビィが話す。

 

「あの、哲也さん、すみません。ゲームの企画、もし通ったとしてもダメになっちゃうかも」

「それは、もしかして、Aqoursが……」

「はい。まだ、わからないですけど」

 

 予想通りだった。あれだけやる気になっていたのだ、きっと彼女も無念に違いない。

 でも、彼女はどうするのだろう。

 

 スクールアイドルについて話すときの興奮したようす。企画を考える真剣な表情。ステージの上で、きらきらと輝いていた彼女。

 

 そんなルビィさんがいま、俺の前にいる。あのアバターのような物憂(ものう)げな表情で。もちろん黒澤ルビィさんは素敵な女性だ。スクールアイドルを抜きにしたって。でも……。

 

 ぐっと胸が締め付けられる。

 

 そうだ、俺はまだルビィさんの歌を、踊りを、直接この目で見たことはないんだ。

 

「ルビィさんのステージ、もう見られないのかな」

「はい。ちょっと難しいかもしれません」

「そっか。残念だね」

 

 また胸が痛んだ。ルビィには続ける気持ちはない、ということらしい。

 ルビィはうなずいてまた目を落とし――はっと顔を上げた。

 

「あの、Aqoursの、じゃなくてですか」

「あ……」

 

 そうだ。俺は、ルビィさんのと口にした。もちろんAqoursのステージだって見たい。でも俺は……。

 

 ルビィの(あお)い瞳に見つめられながら哲也は微笑む。

 

「うん。Aqoursのルビィさんが、一番だけど」

「……ありがとう、ございます」

 

 ルビィはささやいた。

 

        ・

 

「おいしかったですね、哲也さん! おごってくれて、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 あの静寂のあと、ルビィはつとめて明るく振る舞っているようだった。哲也もそれに同調することにした。

 

「ルビィさんの買い物、付き合うよ」

「いいんですか?」

「もちろん」

「あの、秋物のお洋服、ちょっと見ていこうかな、って思うんですけど……」

 

 ルビィは申し訳ないような期待のこもったような表情だ。

 そう来たか、と哲也は内心苦笑しながらうなずく。

 

「いいよ。付き合うよ」

「ほんとですか。きっと哲也さんなら、素敵なアドバイス、してくれると思うんです」

 

 ルビィは微笑んだ。

 服のアドバイスを期待される男子、というのもどうだろう、と思いつつもその信頼と笑顔とが嬉しいのはたしかだった。

 

 ふたりで商店街に戻り、今度は服飾店を中心に回った。

 女性向けの店を訪れるのは哲也は初めてで(ひとりではとても無理だ)、売り場によっては目の毒だったりしたが(ルビィも顔を真っ赤にしながらそういったところは素通りした)、楽しい体験だった。

 ゲームの攻略に役立ちそうなディスプレイもあった。

 

 ルビィはときどき哲也の意見を求めた。

 

「このふたつ、どっちがいいと思いますか?」

 

 これからの季節に使えそうなふたつのニットのカーディガンを両手に持ち、彼女が聞く。

 

「うーん、右側はローゲージで、すこし重い感じがするかな。形と色は悪くないと思うんだけど」

「そうですね、いま持っていてもそんな感じです。あったかそうですけど」

「それも大事だね。左側はちょっと地味だけど、逆になにかワンポイントで加えれば、いいと思う」

「あっ、ルビィもそう思ってました」

「それに色もルビィさんの髪に、よく合ってるかな」

 

 ルビィはにこっと微笑み、うなずいた。

 

 結局ルビィは、途中で休憩をはさみながら線路を超えて北側のショッピングモールまで回り、小遣いと相談しながらだろう、何点かを慎重に選んで購入した。

 哲也も楽しんだが、このあたりのファッションに掛ける情熱はさすがに女の子だと思わざるを得なかった。

 

 沼津駅の南口まで戻ってきたころには、空はすっかりオレンジに染まっていた。

 

 バスの時間までにはまだ余裕があって、哲也は感謝する。

 ふたりでベンチに座った。

 

「あの、今日はありがとうございました」

 

 隣に置いたいくつかの紙袋をちらりと見てから、ルビィが頭を下げた。

 

「退屈じゃなかったですか?」

「いや、俺も楽しかったよ。ゲームの攻略にも役に立ちそうだし、ね」

「そ、それならいいんですけど」

 

 太陽がビルの向こうに入って、あたりが急に夕方の気配を強くした。

 

「……あの、哲也さん」

「ん、なに」

 

 ルビィは哲也と視線を合わせず、地面を向いたまま話す。

 

「本当ですか? あのときの言葉」

「もちろん」

 

 哲也は即答する。

 パソコンの狭い画面越しに、また直接彼女と会って、ルビィからはたしかに、なにかを受け取ったのだ。自分にはない、なにかを。

 

 そんなルビィのステージをこれ以上見られない。そんなに残念で、もったいないことはなかった。

 

 いま隣にいるルビィはとても小さく見える。でも彼女はそんな姿からは想像もつかない、とても大きなものを、輝きを、内に秘めているのだ。

 そんなルビィをずっと見守っていたい。力になりたい。ずっと隣にいたい。そう思った。

 

「……ルビィさんを応援したいって思ってる」

「あの、ルビィ……ひとりじゃとても無理だから……まだみんながどうするか、わからないけど……」

 

 哲也は黙って次の言葉を待つ。

 

「Aqoursのみんなに、話してみようと思います。きっとみんなも、止めたいだなんて、思ってないはずだから……」

 

 哲也の心に安堵(あんど)と期待が生まれて、彼はうなずいた。ルビィは顔を上げる。

 

「それに、ゲームのコラボ、ルビィ、自信あるんです。絶対に合格するって、思うんです」

「俺も、そう思う」

「はい。哲也さんのおかげです」

「いや、ルビィさんの力だよ」

「そんな、ルビィなんて……」

 

 ルビィはいいかけ、哲也の笑顔を見て、止める。

 

「ゲームをしてくれてるみんなに、Aqoursのことを、スクールアイドルのことを、知ってほしいなって」

 

 彼女の目に、輝きが戻っていた。

 

 

 

        §

 

 

 

 新学期。Aqoursと廃校の行方(ゆくえ)が決まらないまま、練習は再開された。

 数日後。入学希望者が思ったよりも増えなかったことで学校説明会の中止と学院の統廃合が正式に決まり、全校集会で理事長である鞠莉(まり)から生徒たちに伝えられた。

 とうとうAqoursは解散するかもしれない。

 その日の練習は休みになり、ルビィの心はふたたび揺れた。

 

 やはり無理だったと哲也に伝えるしかないのだろうか、と思い、すぐに打ち消す。まだやれることはあるはずだ。彼にだって、まだライブを見てもらっていない。

 花丸に、善子に、千歌に、みんなに、そう話そう。

 

 翌日、ルビィはいつもよりもずっと早く登校した。Aqoursのメンバーも全員、同じ気持ちだったらしい。

 Aqoursは再起動を決めた。

 

 哲也にAqoursの活動再開についてメールを送ると、彼からはすぐに祝福の返信が届いた。末尾には「次のライブには必ず行きます」と書かれていて、ルビィの心を温かくした。

 

 学校説明会に、早くも次のラブライブの予選。Aqoursはにわかに忙しくなった。

 

        ・

 

 九月の半ば、さらに嬉しい知らせが届いた。

 

 昼休み、食事を終えて花丸、善子と部室に顔を出すルビィ。メンバーは昼休み、余裕があれば部室に顔を出すので、全員がそろうことも珍しくなかった。

 

 ルビィが扉を開くと同時に、千歌の声が響いた。

 

「あっ、ルビィちゃん! やったよ、当選したよ!」

「当選?」

「それをいうなら通過か、せめて合格ですわ」

 

 ダイヤが訂正する。部室のテーブルで六人がパソコンを囲んでいた。

 

「ゲームのコラボ、一次審査、(とお)ったって!」

 

 曜がウインクした。

 

「だって、ルビィちゃん!」

「やったわね、ルビィ」

 

 左右から花丸と善子が声を掛ける。ルビィたちは急いでパソコンをのぞき込んだ。

「一次審査通過のお知らせ」という件名のメール。差出人は「イリス・デュナミス」の運営会社だ。間違いなかった。

 

 努力はした。自信もあった。まだ一次審査で、次に二次試験が控えている。それでも嬉しかった。ルビィの目に涙が浮かんだ。

 

「おめでとう、ルビィ」

「やるじゃない!」

「ありがとう、ありがとう、みんな」

 

 メンバーが口々に祝福の言葉を投げる。それを温かく受け止めながら、ルビィは彼のことを思い出していた。

 

        ・

 

 放課後、いつものようにいったん沼津まで出て練習する。

 練習をしながら哲也のことを考えた。駅の北側に住んでいるらしい。きっといまこの時間にも、すぐ近くにいるはずだ。でも会いに行くことはできなかった。

 

 内浦組のみんなと一緒にバスに乗る。姉と一緒に帰宅して、まっすぐに自室へ向かった。

 この時間が待ち遠しかった。直接、彼と話したかった。

 

 ルビィは深呼吸してから彼に電話を掛けた。

 

『はい』

 

 彼の声だ。きゅっとルビィの胸が痛む。

 

「あの、哲也さん。ルビィ、やりました!」

『えっ、なにを?』

「あっ、ごめんなさい。ゲームの、ゲームのコラボ、一次審査通過しました!」

『そうなんだ。おめでとう』

「はい。哲也さんのおかげです。本当に、本当に……」

 

 言葉に詰まる。

 

『いや、ルビィさんの力だよ。おめでとう、ルビィさん』

 

 彼の声には優しさがこめられている気がした。

 

『それに、まだ一次審査だから、ね』

「は、はい。ルビィ、がんばります」

『がんばルビィ、だね』

「がんばルビィ、です!」

 

 彼が笑っているのが聞こえた。

 

 それから雑談をして――姉からそろそろお風呂にはいりなさい、という声が掛かった。それは電話の向こうの哲也にも聞こえたのだろう。

 

『ごめん、長々と話しちゃって』

「ううん、大丈夫です。お話に付き合ってもらって、ありがとう」

『いや、俺のほうこそ。……あ、そうだ』

「はい?」

『来週の金曜日、空いてるかな。もしよかったら、会いたいんだけど』

「えっと、ルビィは……」

 

 その日も練習があるはずだ。でもおそらくすこし早めに抜け出して、彼に会うことはできるだろう。

 哲也は沈黙をためらいと取ったのか、急いで続けた。

 

『あ、なんなら俺が内浦まで行くよ』

「そ、それは平気です。ルビィたち、いま沼津で練習してるんです」

 

 ルビィは経緯を簡単に説明する。

 

「だから、終わったら電話します」

『わかった。そこなら、すぐに行けると思う』

 

 おやすみなさいをいって電話を切った。

 直接、お礼をいえてよかった。彼も喜んでくれていた。二次審査まで時間はないけれど、曜ちゃんとみんなとにお願いして、いいものを作ろうと思う。

 

 でも、とルビィは思う。

 

 哲也さん、急に会いたいなんて、なんだろ。二次審査のアドバイスとか、してくれるのかな。だとしたら、嬉しいな。

 

 ルビィは来週の楽しみがさらにひとつ増えて、にこにこと微笑んだ。

 

        ・

 

 翌週、木曜日の放課後。部室でルビィと梨子の合同誕生パーティが開催された。

 ふたりの誕生日は二日しか離れていない。学校説明会やラブライブ予選、それにコラボ企画の準備で忙しい今年は、真ん中の日を使って一緒に祝うことになった。

 

 メンバーは「一緒になっちゃってごめんね」とふたりに話したが、むしろルビィは自分だけが主人公にならなくてすんで、すこしほっとしていた。

 

 ふたりになったぶんプレゼントの数も二倍で、パーティは盛大なものになった。

 

 翌朝。ルビィは洗面所でダイヤと顔をあわせる。

 

「ルビィ、誕生日おめでとう」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 昨日さんざんいわれたとはいえ、姉から直接、お祝いの言葉を受け取るのはやはり嬉しかった。

 

「今日はお友達と会うのですね」

「うん。ごめんね、練習、早めに抜けさせてもらって」

「いえ、いいと思いますわ。あまり遅くなく帰るのですよ」

「はい」

 

 もちろん門限(沼津で練習することになり、特別に練習のある日だけはさらにのびた)までには帰ってくるつもりだ。それに家族だけのささやかな誕生パーティも予定されている。

 

「また今度、(わたくし)にも紹介してくださいね」

 

 ダイヤはにこりと笑って洗面所をあとにした。

 ボウルに水をためながらルビィは考える。

 

 哲也さんを紹介したら、お姉ちゃん、どんな顔をするのかな。意外に思うかな。ルビィが男の子なんか、紹介したら。でも、哲也さんは……。

 

 ふと、ふたつが結びついた。誕生日に会う。もしかしたら。

 

 ううん。そんなこと、ないよね。

 

 ルビィは冷たい水を、ぱしゃりと顔にあてた。

 

        ・

 

「お先に失礼します!」

 

 ぺこりと頭を下げてルビィはレッスンルームをあとにした。

 更衣室で哲也にメッセージアプリで連絡し、急いで制服に着替えて、出口に向かう。

 

 レッスンルームの前をもう一度、通りがかると廊下で花丸が待っていた。

 

「花丸ちゃん?」

「ルビィちゃん、がんばってね。マルがいいたいのは、それだけずら」

 

 花丸と善子にだけは哲也と会うことは話してあった。

 花丸はにこっと笑うと、扉を開けてレッスンルームに戻る。

 

 どうして花丸がわざわざ、とルビィは疑問に思い――それでも嬉しくなって口元をほころばせると、足早に待ち合わせ場所に向かった。

 

 沼津駅北口、待ち合わせの目印の時計はすぐにわかった。時計の下には人影。哲也だ。

 

「こんにちは、哲也さん」

「こんにちは。こんばんは、のほうがいいかな」

「そうですね」

「ルビィさん、あまり時間、ないんだよね」

「はい、でも、一時間くらいなら大丈夫です」

「それならよかった」

 

 安心したように笑う哲也。ルビィも思わず笑顔になる。

 

 哲也は近くの喫茶店に行きたいと話し、ルビィも同意した。

 席についてメニューを選ぼうとしたとき。

 

「このお店、スイートポテトがおいしいらしいよ」

「えっ、ほんとですか。じゃあそれにします!」

「即決だね」

 

 哲也はまた微笑む。一緒にアイスミルクも頼んだ。哲也も同じものを選ぶ。

 届いたスイートポテトはたしかに絶品だった。

 

 ふと気づくと哲也が面白そうにルビィを見つめていた。

 

「な、なにかついてますか、哲也さん……」

「いや。おいしそうに食べるなって」

「だって、おいしいんだから仕方ないです」

 

 ルビィはちょっとむくれてみせる。哲也はごめんごめんと謝った。

 

「でも、どうしてルビィがスイートポテトが好きって、知ってたんですか?」

「それは、プロフィールに書いてあったから」

 

 哲也はさも当然、というようにうなずいた。ルビィはあっ、と思う。たしかにAqoursのサイトにはメンバーのプロフィールが掲載されている。

 

「でも、本当に好きなんだね」

「本当ですよ。うそを書いたりなんか、しません。ルビィは」

「それはよかったかな」

 

 哲也の話し方は気になったが、まずはルビィはスイートポテトに専念した。

 食べ終えて、口の中の甘味を残りのミルクで緩和してから、口の周りを軽くふいた。

 

「ごちそうさまでした」

「いいえ」

「あっ。これはおごってもらうつもり、とかじゃないですから」

「うん、わかってる」

 

 哲也はまた面白そうに笑った。

 店員が空になった(うつわ)を片づけていくと、哲也は鞄からブラウンの紙袋を取り出した。ルビィの前にすっと置く。

 

「それじゃ、これを渡しても問題ないかな」

「……なんですか、これ」

「誕生日おめでとう、ルビィさん」

「ど、どうして今日がルビィの……あっ!」

 

 プロフィールには誕生日も書いてあった。

 まったく予想していなかった――いや、本当は心のどこかで期待していたのかもしれない。それが現実になり、ルビィの目が熱くなる。

 

「ありがとう、哲也さん。ルビィ、とっても……」

 

 言葉に詰まる。ぐすっと鼻をすすって、続ける。

 

「開けてみてもいいですか?」

「もちろん」

 

 なかに入っていたのはクリーム色のマフラーだった。

 

「ちょっと早すぎるかな、とは思ったんだけど。この前のカーディガンにも、あいそうだから」

 

 丁寧に取り出すルビィ。

 

「あ、リバーシブルで、裏はグレンチェックなんだ」

「うん、そのほうが使いやすいと思って」

 

 いくつかあいそうな服が思い浮かんだ。ルビィはゆっくりと指を走らせる。肌触りからして、きっとカシミアに違いない。

 

「あっ、あの、こんな高いもの、いただけません!」

「いや、混紡(こんぼう)だから、そこまでしないよ」

 

 哲也はあわてて否定する。

 

「せっかくの誕生日だし、その、いろいろ楽しかったし、そのお礼も兼ねてっていうことで」

「でも……」

「ルビィさんが喜んでくれれば、俺も嬉しいんだけど。ダメかな」

 

 ルビィは首を振り、そしてうなずいた。

 

「ありがとうございます。大切にします」

 

 哲也は照れくさそうに微笑んだ。

 

 ふたりはそれから時間の許すかぎり話した。ルビィが次のライブの予定――予選のほうだ――を伝えると哲也は必ず行くと答えた。

 

 それから足早に南口まで移動して、ルビィはぎりぎり終バスに間にあった。

 

「それじゃ、気を付けて、ルビィさん」

 

 バスの前で哲也がいう。

 

「はい、哲也さんも、気を付けて」

 

 ふたりともそれきり、黙りこむ。

 

 もうしばらく彼には会えない。学校説明会にラブライブの予選、忙しくなる。次がいつになるか、わからなかった。

 ルビィの胸が、きゅんと鳴った。初めての経験だった。

 

「あ、あの、ルビィ……」

 

 彼と視線が交錯した。

 なにをいえばいいのか、わからなかった。

 どう言葉にすればいいのか、わからなかった。

 

 背後から、間もなく出発します、のアナウンスが聞こえる。

 ルビィはステップを上がった。哲也が一歩、バスに近づく。

 

「あの、ゲーム、毎日プレイしますから」

「うん、俺もね」

 

 ブザーが鳴り、ドアが閉まった。

 

        ・

 

 バスの席に座り、ルビィはひとつ、息をはいた。

 喫茶店での会話を思い出す。

 

「ルビィさんを見てて、俺もなにかやらなきゃって思ったんだ」

 

 そう哲也は話した。

 

「ルビィを見て、ですか」

「うん、ルビィさんはひたむきに努力してて、くじけなくて。みんなにいろんなものを与えてる。すごいと思うよ」

「そんなこと、ないですけど」

「俺なんか、毎日のんびり生きてるだけだもんね」

 

 哲也は天井を見上げて笑った。

 

「で、でも、哲也さんいろいろ詳しいし、ルビィを助けてくれたし」

「いや、俺なんかぜんぜんだよ。だけど、うん、ルビィさんの役に立ったなら嬉しいな」

「はい。役に立ちました!」

「ありがとう」

 

 哲也は笑った。

 

「だから、思ったんだ。俺たちが知り合ったのは、『イリス・デュナミス』がきっかけだよね」

 

 ルビィはうなずく。

 

「あのゲーム、わりと人気があって、スクールアイドルとコラボするところまで来てる。それって可愛いだけじゃなくて、ゲームとしてよくできてるからだと思うんだ」

 

 それはルビィも同意だった。ほかのゲームをプレイしたことはほとんどないが、とても()きつけられるものがあった。

 その証拠に、曜は最近すっかり、はまっているらしい。

 

「それだけが理由ってわけじゃないけど、俺も、ゲームを作ることについて、本格的に勉強しはじめたんだ」

「遊ぶほうじゃなくて、作るほうですか? ゲーム会社に就職するんですか?」

 

 哲也は肩をすくめた。

 

「最終的にはそうなるかもね。進学先も考えなくちゃだけど。それまでに、まずはいろいろ調べて、ひとりでも作ってみて……」

「えっ、ひとりで?」

「うん、スマホのゲームでも、ひとりで作ってるものとか、あるよ。もちろん『イリス・デュナミス』みたいなのは無理だけど」

「そうなんですね……」

「うん。遊んでくれた人に、なにか感じてもらえられたならな、って思う」

 

 ルビィにはあまりイメージできなかった。作曲も作詞もひとりでやる、シンガーソングライターみたいなものかな、と思う。

 でも、ルビィにもよくわかることがあった。

 

「ルビィ、哲也さんの作ったゲーム、遊んでみたいです!」

「ありがとう。そのときは、ぜひ頼むよ」

「はい!」

 

 哲也は目を細くして笑った。

 

 ルビィのせいで彼は動き始めたらしい。ルビィなんかいなくても、結局はそうなったんじゃないかな、という気がしたけれど。

 それでも彼の言葉は嬉しかった。スクールアイドルをやっていてよかった、と思う。そしてスクールアイドルを続けられたことも。

 これからもみんなに、なにかを届けられたらいいな、と思った。

 

 かたわらに置いたふくらんだ鞄には、着替えと、彼からもらったマフラーが入っている。

 

 今日、彼を目にしたときのときめき。プレゼントをもらったときの喜び。彼の言葉を聞いたときの温かさ。最後、彼と別れるときの胸の痛み――。

 

 すべてが急に、あるべきところに落ち着いた。そんな気がした。次に会ったときには、もう言葉に迷うことはないだろう。

 

 ルビィは外を眺めた。

 ひとこと、ぽつりとつぶやく。

 窓が彼女の唇を映していた。












 最終話を掲載するちょうどこの日、ゐろりさんよりイラストをいただきました。ありがとうございます!

【挿絵表示】


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