真空管ドールセレクション「アリシアンナ」   作:きゃら める

5 / 6
第三話 反重力町のファーストキャット

 

 

   反重力町のファーストキャット

 

 

          * 1 *

 

 

「これが、反重力町……」

「そうよ。私も来るのは初めてだけれどね」

 たくさんのホウキに乗った人々が行き交う高速空路。

 そこに空飛ぶホウキに乗ってやってきたアリシアとアンナの前に現れたのは、支えもなければ、係留もされていない、空中の町。

 規格化されたモジュールが無数に、そして幾重にも連なる塊が群れを成すように整然と浮かんでいる町並み。

 高速空路の往来を咥え込むように浮かんでいる街塊群は、上にも下にも、右にも左にも、そして見えなくなるほどに奥行きもあり、巨大と言うにふさわしい景観の町を形成していた。

 東京都反重力町。

 長い時間をかけ、主に企業によって計画的に町が空に浮かべられ、最初に建築された反重力町本市の歴史は何世紀にもなっている。

 ジェット噴射式のホウキにまたがるアリシアと、古風なダルマ式ホウキを横座り乗っているアンナは、近づいてきた反重力町の、鳥居にも見える巨大な門を潜り、そのすぐ側にあるエントランスのような発着場に着地した。

「凄いな、ここは!」

「アリシア! 今日は一日ここに滞在するんだから、走り回るのは滞在登録済ませてからにしなさい」

「あぁ、うん。そうだったな」

 ホウキ片手に走り出しそうだったアリシアに声をかけ、エントランスのすぐ側にある建物に向かったアンナ。

 近くには学生服の子供やスーツを着た会社員、様々な作業服や仕事用の制服を着た人々だけでなく、グレイ型の宇宙人など、多くの人々でごった返している。

 東京上空を周遊し、大都市の上やいまのように高速空路上に停泊する反重力町は、その巨大と言える規模に住む人々とともに、多くの外からの人々で賑わっていた。

「さて、早々に仕事を始めようかしらね」

 一度登録済みの人ならば不要だが、初めて来る人には必要な外来者登録を受付で済ませたアンナは、肩の大きなトートバッグを担ぎ直し、そわそわとしているアリシアに目を向ける。

「待て待て。まずは……、こっちだ! ここを登ってみようっ」

 重そうなキャリーバックをものともせず、受付の建物のすぐ横の階段を指し示したアリシアは、アンナが答えるよりも先に登り始めてしまう。

「これは……、凄いな」

「本当に凄いわね」

 登山をしているような高さを登り切り、屋上まで出ると、それまでとはまた違う景色が広がっている。

 柵から一望できるのは、遥か遠くまで、水平線まで続く青い海。

 振り返って見た反対側にあったのは、ところどころ雲に覆われながらも数え切れないほどに浮かぶ街塊と、そこを行き交う無数の人々。

 奥行きは霞んで見えなくなるほどに深く、モジュール化された建物には数多くの商店が建ち並び、町を抜けていく風に乗って人々の喧噪が様々なところから響いてきていた。

 空に浮かぶ町、反重力町。

 アリシアとアンナは今日、生まれて初めてこの町を訪れていた。

 

 

 

 

「それで、今回は調査と捜索と言うことだったが、何を調べれば良いのだ?」

「……あんたねぇ、依頼書事前に見るように言っておいたでしょう?」

 展望の良い屋上から下り、乗ってきたホウキを受付の隣にある外来者向けの駐箒場に預けたアリシアとアンナは、町の中に向けて歩き始める。

 依頼書は事前に受け取っていたというのに、内容をちゃんと読んでいなかったらしいアリシアに、アンナは大きなため息を吐いた。

 今日、反重力町を訪れているのは、仕事の依頼があったからだった。

 つい先日調査事務所として魔法町の行政機関に登録され、早速ソフィアが回してくれた仕事は、あるものの調査と捜索。

 碧い瞳を細めてアンナが睨みつけると、ブラウンの瞳を逸らしながらアリシアは口を尖らせた。

 魔法町に似て、建物の外を複雑に巡るように設置された、しかし魔法町のものよりも上下移動の多いキャットウォーク状の通路を歩き、ふたりは反重力町のエントランスである門前町の街塊から隣の大きな街塊へと移り、たくさんの商店が並び多くの人が行き交うエリアの上層にある、割と大きな森林公園へと踏み込んでいった。

「今日の調査対象は『反重力町のファーストキャット』よ」

「ファーストキャット? わざわざ反重力町まで来て猫の捜索なのか」

 黄色に近い濃い金色のツインテールを揺らして少し不満そうな顔をしているアリシアに、銀色に近い長い金糸のような髪を掻き上げながらアンナは呆れた顔を返していた。

「本当に依頼書見てなかったのね。ちゃんと別紙に概要も書いてあったのに」

「うぅ……。調査と捜索だとわかった時点で準備に入ったのでな。いろいろと忙しかったのだ」

「調査対象もわからないで、何の準備をしていたのよ」

「それは期待してもらっていいぞ。猫の捜索ならば必ずや役に立つであろう!」

 不審を露わにしているアンナが大きく膨らんだトートバッグを肩から提げているのに対し、得意気な顔をしているアリシアはキャリー付きのコンテナボックスを引っ張っていた。

 アリシアの様子が信用できないながらも、アンナは改めて捜索対象を見せてやる。

「捜索対象はこの猫よ」

「ふむ。大きくてふわふわしていて可愛らしいが、普通の猫ではないか」

 バッグから取り出した写真に写っているのは、一匹の真っ白な猫。

 立ち上がれば人間の子供サイズはありそうな大きな猫は、産毛のような純白の長い毛に覆われ、カメラ目線で金色の瞳を撮影者に向けている。

 白い猫がちょこんと座っているのは、先ほどアンナとアリシアがやってきた反重力町の正面エントランス。

 町に降り立とうとした者によって撮影されたと思われるその写真の中で、猫は訪問者を出迎えるようにその場所に座っている。

「ただの猫だったら捜索対象になるわけがないでしょう? この猫こそ『反重力町のファーストキャット』、もしくは『アンチグラビティキャット』と呼ばれている、反重力町の七不思議のふたつ目に語られる伝説的な猫よ」

「反重力町の七不思議……。他にはどんなものがあるのだ?」

 高い茂みに左右を覆われた公園の通路を通り、土がむき出しの広場へと踏み込んでいく。

 そこにあったベンチに座ったアンナは、アリシアの質問に答える。

「七不思議のひとつ目は、魔女アリシア・アインシュタイン」

「アリシア、だと?」

「そう、貴女と同じ名前ね。もしかしたら貴女の名前はその魔女に由来しているのかも知れないわね。金色の長い髪をし、たいてい純白の服を着て、黒猫と黒いカラスを引き連れているという魔女は、反重力町ができた当時からここを護り続けている守護者よ」

「できた当時から? この反重力町はできてから長い時間が経っているだろう? ずっとなのか?」

「えぇ、そう言われているわ。少なくとも彼女の出現が確認されている最古の記録である百年ほど前から、一〇代半ばの女の子の姿で変わっていないらしいのよ」

「凄まじい話だな」

 アンナの隣に座ったアリシアは、考え込むように眉根にシワを寄せる。

「私たちや人間のようにホウキで念力を増幅しなくても空を飛んだり、数多くの奇跡のような魔法を使う魔女と呼ばれる彼女は、人の寿命すら操れるという噂よ。反重力町は高空を回遊しているから、地上に比べて宇宙からの飛来物や様々な有害な電波、地球外からの精神攻撃に曝されやすいのだけど、そうした外部から訪れる危機を防いでいるのがアリシア・アインシュタインという魔女よ。魔法町を納める皇帝、紫亜・ホブリットと並ぶとんでもない魔力を持つ女性ね」

「ほぉー。……ちなみに先に聞いておくが、反重力町の七不思議は魔女と猫の他に、どんなのがあるのだ?」

「ひとつ目とふたつ目の不思議については鉄板だけれど、それ以外は不確定なのよね。私も本の知識しかないのだけれど」

 言ってアンナは、バッグから一冊の本を取り出した。

 タイトルは「反重力町の七不思議 百選」。

 受け取ったアリシアはぱらぱらとめくって中身を見ていく。

「七不思議なのに百あるとは、なんとも本末転倒な」

「反重力町は長い歴史があるのだから、不思議なこともたくさんあるのよ」

「そんなものだな。まぁ、捜索対象もわかったことだし、話は置いておくとして、捜索を始めてしまおう」

 言ったアリシアはベンチから立ち上がり、コンテナの蓋を開けた。

「そら行けーっ」

 アリシアの声に応えてコンテナの中から飛び立ったのは、手のひらに乗るサイズのたくさんの機械。

「なんなの? これは」

「ふふふっ。今回の捜索のために睡眠時間も削って組み立てたダムプラ『電磁戦士マグネタ』だ!」

「……」

「反重力飛行機能で自由に空を飛び、小型だが真空管を搭載しているからちゃんと命令も聞く。捜索ならば内蔵カメラで見た情報を集めてきてくれるし、手に持てるサイズのものであれば持って帰ってくることもできるっ。本当ならば二個中隊くらいほしかったが、組み立ての時間が足りなかったのだ……」

「……へぇ」

 プロペラがなく、二本の腕が生えた、手のひらサイズのヘリコプターのようなマグネタが二〇機以上飛び立っていったのを見送り、アンナは半眼でアリシアのことを見つめる。

「ちなみに今回の依頼、必要経費は報酬に含まれているわよ」

「なっ! は?!」

「依頼書に書いてあったことよ。年に一回の定期調査みたいなものだもの。一〇年に一回の大捜索ならともかく、行政でなく、ファーストキャットを探す会や保護する会って民間の団体が依頼主だからね、経費は別請求なんてことはないのよ」

「そっ、そんな……」

「それに反重力町は開町当時はともかく、いまは魔法町よりも広いのよ。ダムプラの稼働時間で見つけられるかしら?」

 その言葉に、アリシアは崩れ落ちるように地面に膝をついた。

 アリシアと一緒に過ごすようになって、アンナもダムプラがそんなに安いものでないことは把握している。

「まぁもし、ファーストキャットの写真でも撮れたら、その分の特別報酬は優先的に貴女に回してあげるから」

「うぅ……。頼むぞ、マグネタたち……」

 泣きそうな勢いで消沈しているアリシアに、アンナは苦笑いを漏らす。

 頑張っているのはわかるが、頑張る方向が微妙にズレている。

「そっ、そういうアンナはどうやってファーストキャットを探すつもりなのだ! まさかなにも用意してないとは言うまいな?」

「一応用意してきているわ。役に立つかどうかはわからないけれど」

 言ってアンナは肩に提げていた膨らんだトートバッグから取りだしたものを、地面に置いた。

 ひと抱えほどの薄い褐色の土を固めたような素材を、赤い金属製の外枠で補強し、真ん中に深い穴が空いているそれの中に、アンナは続いて取りだした袋から黒い炭を取りだして並べていく。

 さらに一番上に着火剤を乗せ、マッチを使って火を点けた。

「……それはいったいなんだ?」

「七輪という道具よ」

「七輪? 火などおこして何をするつもりだ?」

「まぁ見てなさい、って」

 炭に火が点いたのを確認したアンナは、七輪の側面にある窓に空気が吹き込むよう内輪で扇ぎ、まだ部分的にしか燃えていない炭全体に火を移していく。

 見える範囲の炭が赤くなってきたのを見計らって目の粗い円形の網を上に置き、続いてバッグから取りだした密閉容器の蓋を開けて、細長い生の魚を三匹並べた。

「サンマか? こんなところで魚なんて焼いてどうするんだ? 猫しか寄ってはこないだろう。……いや、しかし、良い匂いだな」

「ふふふっ」

 まだ春であるため脂がのっているとは言えず、細身のサンマだが、焼けて行くに従って香ばしい匂いが漂い始める。

 そして匂いに釣られてか、猫が現れた。

「やはり猫がきてしまったではないかっ。……って、なんだこの数は?!」

「ごめんなさい、アリシア。こっちは火加減と焼き具合見るだけで手一杯だから、猫の相手はお願いするわ」

「わかった。――って、えぇ?!」

 最初一匹現れただけの猫は、茂みの中や道を歩いてきて、あっという間に一〇匹を超え、まだまだ増えている。

 魚をくれ、とでも言うように鳴いている猫たちが七輪に近づかないようガードして回るアリシアも、ベンチに皿を置き、長い箸と内輪を構えるアンナも余裕がなくなってきていた。

「いったい何の意味があるのだ? アンナ! ここでその魚をお昼ご飯にというわけでもなかろう? そろそろ猫たちを押さえ切れんぞっ」

「んー。ちょっとブロッサムから話を聞いてね。知り合いがこの反重力町に移り住んだそうなの。猫を探すなら最適な人なんだけど、調べてもどこに住んでるのかわからなくてね。こうすれば寄ってきてくれるんじゃないかな? とね」

「猫じゃああるまいし、そんな方法で寄ってくる人なんているものかっ。んーーーっ、しかし、この中にはファーストキャットらしき猫はいないな……」

 アンナとアリシアを取り囲むように、半円状に座って声もばらばらに鳴いている猫たちは、黒いのから灰色いのからブチや虎毛、白いものもいたが、ファーストキャットらしき大きく真っ白な猫は見当たらなかった。

 猫が二〇匹を超え、サンマがそろそろ食べ頃になった頃合いで、猫ではない声がかけられた。

「んー。いい匂いにゃ。こんなところでサンマを焼いてるのは誰にゃぁ?」

 そう言いながら広場に現れたのは、私立真空管ドール学院の制服を崩して着、その上から緑の長袖ジャンパーを羽織り、さらにジャンパーについたフードを目深に被った小柄な女の子。

 真空管ドール、ミラ。

「久しぶりね、ミラ」

「ん? ミラだと? ついこの間まで同じ学院に通っていたあのミラか?」

「なんでアンナがこんなところにいるにゃ? それにアリシアまで。それにそのサンマはどうしたにゃ?」

 猫たちが左右に分かれてできた道を通り、不思議そうな顔をして近づいてきたミラに、アンナはにっこりと笑みをかけた。

 

 

          * 2 *

 

 

「ミラをおびき出すためにサンマを焼いてたにゃ? まんまと罠に引っかかったにゃーーっ!」

「別に罠に填めたつもりはないのだけど。貴女に会いたかったけど、どこに住んでるのかわからなかったからよ」

「ということはそのサンマは、食べてもいいにゃ? まだあるのかにゃ?」

「そんなにたくさんは持ってきてはいないけど、食べるために持ってきたわけではないから後は好きにして良いわよ。ほしいなら七輪も残ってる炭も上げるわ」

「やったにゃ! 早速サンマを焼きまくるにゃっ」

 青い瞳を輝かせたミラは、アンナから箸や内輪を受け取り、新たなサンマを焼き始める。

 先に焼き上がっていたサンマは皿に乗せ、器用に箸でほぐして身を分け、小骨まで取り払う。

「ほら、みんなで食べるにゃ」

 三枚の皿にほぐしたサンマを取り分け、集まった猫に振る舞ったミラ。

 そうしている間に次に焼き上がったサンマを皿に移し、七輪の方は空気の流れを止めて消火に入る。

「ん? まだ残っているぞ、ミラ」

「それはいいにゃ。後でミラとマスターで食べる分にゃ。ミラのマスターもサンマが大好きなのにゃ!」

「マスター想いなのね」

「もちろんだにゃっ。ミラには最高のマスターだからにゃ!」

 残り二匹となったサンマの密閉容器を閉め、ミラはささやかな胸を張る。

「そうか。ミラはいま、マスターを見つけてこの反重力町で暮らしているのか。ワタシたちより後に編入してきたのに、よく同じタイミングで卒業できたな」

「なに言ってるのよ。ミラは主席や次席だったりはしないけれど、成績上位の優秀なドールよ」

「そうにゃ! ミラはアンナたちほどじゃないけど、優秀なのにゃ!」

「それは知らなかった……」

「貴女が自分の興味のあること以外、把握してないからよ、アリシア」

「うっ。そうかも知れないがな……」

「ふふぅーん、にゃ!」

 気まずそうな顔をしているアリシアに対し、ミラは顎を反らして得意気に笑み、そんなふたりを見てアンナは肩を竦めていた。

 私立真空管ドール学院で一緒に勉強していたアンナとアリシアにニコニコとした笑みを向けてきているミラは、ふたりより少し遅く編入試験を受けて入学してきていた。

 入学時期こそ遅めであったが、メーカーからロールアウトしてきたときや仕事がひと段落したタイミング、マスターを何らかの理由で失った際に入学してくる真空管ドールも多いため、春に入学式、冬に卒業式はあるものの、入学のタイミングはドールによってかなりばらばらとなっていた。

 在学中にマスターを見つけて退学や休学をするドールも多く、卒業式に出なくとも卒業資格を取って試験を受ければ卒業自体は可能となっている。

 遅れて入学したミラであるが、約三年の在学期間中に先に入学していたアンナやアリシアに追いつき、卒業試験は同時に受け一緒のタイミングで卒業資格を得ていた。

「それでいまはどんな生活をしているの? ブロッサムからここに住んでることは聞いたのだけど、他の誰に聞いても住所がわからなかったのよ」

「あーーーっ。ミラは猫たちみんなと一緒に暮らしてるにゃ。寝床にしてる小さな部屋が反重力町にいくつもあるにゃから、どこに住んでるって言われると……、反重力町全部としか言えないにゃ!」

「本当に猫みたいな生活をしているのだな。そんなんで生活できているのか? 食事とか、いろいろ」

「それは大丈夫にゃ。ミラは市長さん、区長さんから頼まれて、この町の猫たちみんなの管理やお世話をしてるにゃ。すごーく大変で、とぉーっても重要な役目にゃ!」

「ほぉ、それはなかなか大変そうだな」

「でも猫と通じ合えるミラには、最適な仕事ね」

 サンマを食べ終えても大半の猫はその場を離れることなく、広場で昼寝をしたり、ひなたぼっこをしたり、じゃれ合ったりしている。

 アンナたちとともにベンチに座ったミラは、七輪の熱が冷めるのを待ちながら話をしてくれる。

「しかし、この町は本当に猫が多いのだな」

 アリシアが見つめる先では、サンマを食べていた猫の他にも何匹もの猫が現れたり去って行ったりしている。

 ファーストキャットらしい猫は見当たらないが、すでにこの公園の広場を訪れた猫の数は、四〇匹近くに達していることを、アリシアはミラたちと話ながら把握していた。

「そうにゃ。この町の住人で人間の次に多いのは、ネズミとか鳥ではなくて、猫なのにゃ」

「やっぱりそれは、ファーストキャットがいることが関係しているのかしら?」

 アンナがその名前を出した瞬間、深く被ったフードから覗くミラの青い瞳が細められた。

 警戒を表してるだろうミラの視線に晒されながらも、アンナはそれを静かに見つめ返す。

「……アンナとアリシアは、何のためにこの町にきたのにゃ? ミラにサンマを届けに来てくれたわけではないのにゃ?」

「それがあったのも確かだけれど、今日の目的は別ね」

「今日のワタシたちの目的は、アンチグラヴィティキャットの調査と捜索だ!」

 アリシアがそう言った瞬間、彼女の隣に座るミラから冷気のような冷たい空気が漂ってきたような気が、アンナにはしていた。

 ちらりと見てみると、広場にいる猫たちもこちらをじっと見つめてきている。

 それに気づいていないらしいアリシアはなぜか得意気に唇の端をつり上げて笑んでいるが、アンナは言葉を選びながら話を続けた。

「ただの定期調査よ。任意団体が外部委託で一年に一回行う、ね。会えるなら会ってみたいけれど、そもそもファーストキャットは定期調査でも大捜索でも一度も見つかったことも、写真を撮れたこともなく、会えるのは向こうから姿を見せてきたときだけだしね。会えるとは思っていないわ」

「そっ、そんなに見つからないものなのか? うぅむ……。あのもふもふを撫でたり抱きしめたりしたかったのだが……」

 真面目に残念そうな色をブラウンの瞳に浮かべて、顎に拳を添えたアリシアはうつむいてしまう。

 そんな彼女を見て微笑みを漏らすアンナは、アリシアを挟んだ向こう側に座るミラに言う。

「まぁそんな感じで、あくまで調査よ。会えるとは思っていないの。私もアリシアもこの町は初めてだからね、ミラには案内をお願いしたいのよ」

「なるほど、そういうことだったのにゃんね……」

 アンナの言葉にうつむき加減になったミラは、しばし考え込むように黙る。

 いま彼女が見つめているのは、広場に集まっている猫たち。

 何匹かの猫がひと声鳴いて広場から走り去り、しばらくしてから小型の豹かと思うような柄とサイズの猫が現れ、ミラに向かって小さな声で鳴いた。

「わかったにゃ! 反重力町の先輩であるミラが、今日はアンナとアリシアを案内してあげるにゃ!」

「ありがとう、助かるわ」

「突然先輩風など吹かせおって……。まったく」

「まぁまぁ」

 ベンチから立ち上がり腰に手を当ててにやりと笑んでみせるミラの態度に、アリシアが眉根にシワを寄せたのを、アンナはなだめる。

 充分に冷めた七輪や他の道具をトートバッグに収めたミラは、高らかに宣言した。

「早速反重力町の冒険に出発するにゃ!」

「えぇ」

「おぉーっ!!」

 

 

            *

 

 

 空中を回遊する都市でありながら、反重力町は地上の都市と遜色のない機能を有していた。

 東京都に属しながらも独立自治が認められている反重力町には、行政、司法、立法をそれぞれに司る建物が集まったエリアがあり、さらに住宅エリア、商業エリア、工業エリアもある。

 市ごとの建造は単独の企業や団体が行っているため、ライフラインは無秩序に町が拡大していった地上に比べてシンプルで高機能にデザインされ、上下水道などは一部地上に依存している部分もあるが、完全に隔離された状態でも数ヶ月は維持できるように設計されていた。

「本当に凄い都市なのだな、反重力町というのは」

「すごいにゃ。地上も面白くて刺激的なところは多いけども、反重力町はさらに楽しくて住みやすい町だにゃ」

「本当ね。不便なところもいろいろありそうだけれど、綺麗すぎるくらいに綺麗ね」

 数匹の猫とともに商業エリアの通路を歩くミラに連れられて、アリシアとアンナは反重力町の様々なところを歩いて回る。

 先進的で巨大なこの町は、雑多なところは少なく、地上に比べても住みやすそうな町に仕上がっていた。

 ただ、地上よりも事故率が高いためホウキの使用は制限され、エレベーターも数多いものの、町の中の移動はどうしても階段や通路を使わなければならない不便さはあったが。

「そう思えば、そのファーストキャット? アンチグラヴィティキャットいうのは、どういう猫なのだ?」

 名物だと幟が出ていた反重力まんじゅうを買うのをミラに止められ、みんなでソフトクリームを買った三人は、通路の途中にあった休憩用のベンチに座る。

 美味しそうにソフトクリームをなめているミラをちらりと見たアンナは、アリシアの質問に答える。

「ファーストキャットと呼ばれるのは、あの写真の猫が、この反重力町の最初の住民とされるからよ」

「最初の住民? 猫がか?」

「えぇ。反重力町が完成したとき、開町を祝う落成式に際して、すべての人間が一端地上に降りたの。まだ住人も住んでいないからペットもいない。虫くらいはいたかも知れないけど、鳥も三〇〇〇メートルの高度だったから渡り鳥がいるかも知れない、くらい」

「完全に生き物のいない状態になったのだな」

「破壊工作やいたずらも想定されてたから、まだそれほど広くなかった町をくまなく調べて、ね。でも朝になって最初の町長たちが反重力町に上がってきたとき、彼らを待ち受けるように白く大きな猫がいた。それがあの写真よ」

「生物はいないはずだったのに、なぜか猫がいた……。不思議な話だな」

「そうなのよ。まぁ、その猫は町長たちを出迎えてひと声鳴いて姿を消し、当時の人々はいたずらだろうと判断して、とくに重要視しなかった。けれどそれから数年後、その猫がただの猫ではないことが判明する」

 一度言葉を切ったアンナは、溶けかかったソフトクリームを舌を伸ばしてなめる。

 手に垂れてきたソフトクリームを慌ててなめ、残りをコーンごと食べ終えたアリシアと、楽しそうに目を細めてこちらを見ているミラを確認してから、アンナは話を続ける。

「開町から数年後、反重力町は初めての危機に見舞われる。原因はテロとも機能不全とも言われているけれど、反重力町の浮遊機能がすべて失われそうになった」

「この町が地上に落下したのか?!」

「当時はいまほどの規模ではなかったし、落下したんじゃなくて、落下しそうになった、よ。浮遊機能の回復より地上激突が早くなると予想され、対策本部になった部屋に詰めていた人々の全員が絶望しそうになったとき、あの猫が現れて、部屋のど真ん中で大きな声で鳴いたそうよ」

「猫が鳴いた? それだけなのか?」

「えぇ、それだけよ。けれどそのひと鳴きの直後、反重力町の落下速度は大きく抑えられ、機能回復が間に合った。浮上を開始してみんなが安心したとき、猫は現れたときと同じく、いずこかへ姿を消していたそうよ」

「ふぅむ。なかなか興味深いな。だが、本当にその猫の仕業なのか?」

「さぁ? それはわかっていないわ。けれどファーストキャットの起こした奇跡はそれだけじゃないのよ。それからさらに百年後、いくつかできた市の間で争いが発生して、反重力町の中で戦争が起きそうになったときにも現れて、ひと鳴きで両陣営の兵器すべてが使えなくなったとか、つい百年前にも放射性花火の荷崩れが原因で核融合反応を起こしそうになったときにも現れてどうにかなった、とか、人々の目の前に現れた回数はそう多くないのだけど、ファーストキャットのひと鳴きがあった直後、事態が遅滞して対処が間に合った、というエピソードなどが多いわ」

「なかなかに凄まじい能力を持っているのだな……」

 つぶやきを漏らしながら、アリシアは先ほどアンナが持っていた七不思議百選の本を開いて、ファーストキャットの項目を指で追う。

「しかし不思議ではないか、アンナ。年表を見るとアンチグラヴィティキャットが最初に現れてから、もう何百年もの時間が経っている。どうして一匹の猫だと考えられているのだ? それぞれの猫は最初の猫の子供や孫、子孫ではないのか? 猫はそれなりの寿命は持つが、さすがに百年は生きないだろう?」

「そうなのだけれどね。それがファーストキャットが七不思議の第二に必ず入る理由よ。ここを見てちょうだい」

 アリシアが開いている本のページをめくり、アンナはひとつの項目を指さす。

 そこに書かれているのは、残された記録から鑑定した結果、人々の前に現れひと鳴きして去って行くファーストキャットのすべてが同一であるというもの。

 毛を残していかないためDNAで鑑定はできなかったが、骨格も網膜も、似ている猫だったり子供などの子孫ではなく、最初に現れたのと同一の猫が、人々の前に現れ危機を救っているという事実だった。

「これではまるでさっきアンナが言っていた、魔法によって自分の寿命すら操る、魔女アリシア・アインシュタインみたいではないか」

「そうなのよ。魔女のように具体的に何かをしたというのはわからないのだけれど、魔女アリシアは外からやってくる脅威から反重力町を護り、ファーストキャットは町の中で起こった問題を鎮める、と言われているわ」

「なるほどな……」

 本のファーストキャットの項目をひと通り読み終え、その先のページをめくりながら、アリシアは眉根にシワを寄せた。

 向かい合うように座っているミラの方をアンナが見てみると、彼女は嬉しそうにニコニコとした笑みを見せていた。

「ミラは何か、ファーストキャットについて知っていることはある?」

「もちろん知ってるにゃ。この町に住む猫で、知らないことはあり得ないにゃん。猫の噂は人間よりも早いのにゃから、小さな子猫でも昨日あったことのように話せるにゃ」

「それはまた凄いな……」

 本を読む手を止め、アリシアはミラに驚愕の視線を送る。

 得意気に顎を逸らしているミラに、アンナは訊いてみることにする。

「ここ数十年ばかりファーストキャットは人前に現れていないけど、存命なのかしら?」

「もちろん生きてるにゃん。人前に出て行く必要があるときは姿を見せるのにゃけど、必要ないときに出て行くことはないにゃ」

「出てこないときも、反重力町を守っているの?」

「もちろんにゃ。この町が気に入って、この町に住むために地上からやってきたのにゃから、問題が起こったときには手下の猫たちを使ったり、自分が出て行って問題を解決してるにゃ。自分の町を守るためには労力を惜しまない立派な猫にゃ」

「自分の町とは……、人間たちがつくったものであるのに、凄い考え方だな」

「当然にゃ。最初の住人であると言うことは町の所有者と同じにゃ。だから自分の町を守ってるだけなのにゃ」

「なるほどね……」

 胸を張りながら鼻息荒く話すミラの言葉を、アンナはポケットから取りだした手帳に書き留めていく。

「最近だと、どんな問題を解決したりしていたの?」

「最近だと……。ついこの前は、ちょっと前に移り住んできて、無差別に猫を虐める男の人を、この町から追い出したにゃん」

「猫を虐めるなど、最悪な男だな」

「その前にはどんなことがあったの?」

「他にはねぇ――」

 アリシアの合いの手を挟みつつも、アンナはファーストキャットの活躍をミラの知っている範囲で聞き出していく。

「ミラが知ってるのはこれくらいかにゃ? あとはみんなに聞けばわかるかもしれないのにゃけど、すぐにはわからないにゃん」

「ありがとう。……最後に聞きたいのだけど」

「どんなことにゃ?」

「どうして、ファーストキャットはこの反重力町に移り住んできたの?」

 碧い瞳にいつもより深い色を湛え、アンナはミラの少し警戒しているような、けれど真っ直ぐな視線を向けてくる青い瞳を見つめる。

「――確か、もっと高いところでゆっくりとお昼寝したいから、だったと思うにゃん」

「昼寝をするために移り住んだだと?!」

「そうにゃ。誰も住んだことがない、とっても高いところでゆったりと寝そべるためにこの町を空に浮かべて、移り住んだのにゃ」

「なんだそれは。それではまるでアンチグラビティキャットが反重力町を造ったみたいではないか!」

「その通りにゃ。マ――」

 そこまでミラが言ったところで、着いてきていた豹のような大きな猫が「にゃーん!」と大きな声で鳴いた。

 その途端、ミラは開きかけていた口を閉じ、大きな猫と視線を交わしてから、アンナの方に青い瞳を向けてきた。

「どうしたのだ? ミラ。アンチグラビティキャットがどういうことなのだ?」

「――参考になったわ、ミラ。ありがとう。まだ日が落ちるには時間があるし、もう少しこの町を案内してもらえるかしら?」

「わかったにゃ!」

 応えてミラはベンチから立ち上がり、次の場所を案内するために歩き始めた。

「ど、どうしたのだっ。話はまた途中だったろうに!」

「ほら、そろそろ移動しないと、充分にこの町を巡ることができないわ」

「う、うむ……。そうだな」

 ソフトクリームを食べ終えた後の紙をクシャリと潰して手に握り混んだアリシアは、納得できない顔をしながらも立ち上がった。

 アンナもベンチを立ち、振り返って待っていてくれているミラの後を追いかけていった。

 

 

          * 3 *

 

 

 そろそろ夕方が近づきつつある頃合い、ミラたちはエントランスのあった本市から一番遠くにある区画に到着していた。

 遠く、山を望む西の方からは、高度があるため斜め下から陽射しが当たり、町を幾筋もの光の束で幻想的に彩っていた。

「ここがプレストン市にゃ!」

 町を一望できる高台の展望台で振り向き、ミラはニッコリと笑いながらアンナとアリシアに振り返った。

「プレストン市……。確かけっこう前に『モントークの故郷』事件によって、一夜にして崩壊寸前の瓦礫の町になったところ、だったわよね?」

「一夜にして町が瓦礫に?! いったいどうしたらそんなことができると言うのだ? 町中のロボットが反乱でも起こしたとでも言うのか?」

「あまり細かいことはわかっていないのよ。何か大きな事件があったわけではなく、夜のうちに人が住むのが危険なくらいボロボロになってて、住民の半数ほどがどこかに移動したわけでもなく消えていた、という謎の事件ね。いまはプレストン市を建造したプレストン・インスツルメンツからフロイド重工に管理が移管されて、再建がやっと終わってきたところね」

 展望台から見渡す反重力町プレストン市の町並みは、反重力町の中では一番新しい街区であるため整然とした街塊浮かんでいる。しかしそうした街塊の一部には、まだ魔法町の最下層を彷彿とさせる、廃墟のような場所も残っているのが見えていた。

「プレストン市? ん? 確か……」

 疑問の言葉を口にするアリシアは、七不思議百選の本をぱらぱらとめくり、ページのひとつをアンナに見せてきた。

「こっ、ここのことだよな? これは……」

「そうね。へぇ。こんな噂もあるのね」

 開かれたページは、『モントークの故郷』事件の次の項目。

 プレストン市には幽霊が棲んでいて、どこともなく現れたり消えたりするという内容が、金色の長い髪を揺らす女の子らしい不鮮明な写真とともに掲載されていた。

「ゆっ、幽霊などというあり得ないものが出る場所など、長くはいたくないぞっ」

「あら? 怖いの? アリシア」

「こっ、怖いわけがないだろう! そんな非科学的なもの、いるわけがないではないか!!」

「そう? 科学は決して万能ではないわ。幽霊と呼べる未解明の現象があっても不思議ではないと思うのよ」

 アリシアから本を受け取り、内容を読みながらアンナはそんなことを言う。

「んー? プレストン市の幽霊にゃ? あー。これ、クローネにゃんのことにゃね」

 本を覗き込んだミラが、驚いた様子もなくそう指摘する。

「ゆ、幽霊と知り合いなのか?!」

「たまに一緒に遊ぶにゃん。この前一緒にゲームセンターの景品キャッチャーで遊んでたにゃん」

「……ゲームセンターで遊んでた? いったいどういう存在なの?」

「不思議で楽しい子にゃん。一時は崩壊に巻き込まれないために小さな端末に待避してたにゃんが、いまは町の管理者に復帰して日々頑張ってるにゃん」

「幽霊が、管理者? いったいどういうことなのだ?」

「実体はないからいつもはどこにいるのかわからないにゃ。でも会えればたいてい暇してるから、一緒に遊ぶと楽しいにゃん。んー。少しだけアンナに似てるかにゃ?」

「私に似てる? え? 幽霊と遊ぶ? クローネって子は、いったいなんなの?」

「近くにいたら来てもらうんにゃけど……」

 そう言ったミラは、そろそろ暗くなり始めた辺りをぐるりと見回す。

「来てもらうって? 幽霊にか?!」

「近くにいたらってっ!!」

「んー。いまは近くに気配を感じないにゃね」

 顔を引きつらせて抱き合うアリシアとアンナに、ミラは何事もないかのような顔で首を傾げた。

「――ん? んー」

 そんなとき、アリシアがちらりと空を見上げ、何かに頷いて見せた。

 身体を密着させて抱き合っていたアンナから離れ、不満そうに顔を曇らせる。

「どうかしたの? アリシア」

「ステーションに帰還したマグネタから通信があった。詳細はこれから画像を解析しなければならないが、アンチグラヴィティキャットと思われる猫を発見することはできなかったそうだ」

「そう。それは残念ね」

「うむ……。あれだけのマグネタを飛ばしたのだから、見つかると思ったのだがな……」

「毎年の定期捜索でも、一〇年に一度の大捜索でもこれまでファーストキャットが見つかったことはないわ。自分から出てきたとき以外、発見されたことはないのだから仕方ないわよ。――そう思えば、あれだけ大きな事件になった『モントークの故郷』事件ではファーストキャットが現れたという話は聞かないけれど、何もしていなかったのかしら?」

 唇に軽く曲げた人差し指を添えながらそう言うアンナは、目を細めてこちらを見つめて来ているミラの方を見る。

「そんなことないにゃ。当時のことはまだこの町に住んでいなかったから知らなかったのにゃけど、裏から自体を食い止められるよう、いろいろしてたという話は聞いてるにゃ」

「そうなの……」

 碧い瞳と青い瞳を真っ直ぐに向け合い、見つめ合うアンナとミラ。

 日が暮れ、西に茜色の夕空が残るだけになった展望台で、アンナはおもむろに言う。

「ファーストキャットに、会うことはできるかしら?」

 ミラから視線を外すことなく、小柄な彼女を真っ直ぐに見つめるアンナ。

 口元を微かにつり上げて笑み、アンナの視線をしっかりと受け止めるミラは、値踏みするように彼女のことを見つめているだけだった。

「さっき調べてみたが、アンチグラヴィティキャットには懸賞金がかけられているそうだな。写真だけでもはっきり写っているものなら一〇〇万だとか」

「そうね。もし捕獲することができれば最低でも一〇〇〇万、調べた限り一番高いところでは、二億という報奨金を掲げているところもあったわね」

「二億! それは凄いな……。しばらく遊んで暮らせる金額ではないがっ」

「――アンナとアリシアは、捕獲しに来たのにゃ?」

 夜が近づき、緩やかな風にフードを揺らすミラは、これまでの弾んだ口調とは違い、トゲを感じる硬い口調でそう言った。

「会ってみたい、というのが本当かしらね。捕まえるのは……、どうかしら。保護が目的のところや、信仰に近い対象として捉えている団体もあるようだけれど、報奨金を掲げているところには珍獣を手に入れたいという人や、研究対象にしたいと考えている様子のところ、表ではそれらしい情報はないけれど邪魔者として排除しようとしているらしいところすらあるわ。可能かどうかはともかくとして、捕まえるというのが良いこととは思えないのよ」

「何を言っているのだ? アンナ。そんなに難しく考える必要はないだろう?」

 アンナとミラの話に口を挟んできたアリシアは、腰に両手を当てて眉を顰める。

「アンナはあの写真を見て思わなかったのか? あれだけのもふもふの毛をした猫だぞ! 触って撫でて、あの毛に顔を埋めてみたいと思わなかったのか?! それにこの町を自らの手で救うような頭の良い猫なのだろう。知り合いになって、友達になってみたいと思うではないか! この町の守護獣を捕まえるなど、言語道断だ!!」

 力強く、拳を握り締めて語るアリシアのブラウンの瞳には、嘘も偽りの色も浮かんではいないように、アンナには見えていた。

 ミラの方を見てみると、それまであった緊張がなくなり、いまにも笑い出しそうなほど目尻を下げて笑んでいた。

「学院にいたときからそうにゃったけど、アリシアは本当にアリシアにゃ」

「本当にね。これがアリシアなのよね」

「どっ、どういうことだ! バカにしているのか?!」

「違うにゃ。アリシアらしいな、ということにゃ!」

「えぇ。あまり認めたくないけれど、それが貴女の凄いところなのよ」

「ふふんっ。お前にも勝てない部分であろう? アンナ。……しかし、それが、とはどういう部分のことだ?」

 わかっていないらしいアリシアは、ツインテールを揺らしながら大きく首を傾げるだけだった。

 その様子にアンナとミラは我慢できずに吹き出し、ひとしきり笑い声を上げていた。

「あぁ、もう、本当に……」

「うんっ。やっぱりアリシアはアリシアにゃんねぇ」

「むぅー。よくわからんぞっ」

 不満そうに唇を尖らせているアリシアのことは放っておいて、アンナはまだ笑っているミラに話しかける。

「それからもうひとつ、ミラ」

「なんにゃ?」

 夜となり、いまはもう瞳孔が開いてミラの目に内蔵された光電子倍増管の存在がわかるようになっていた。

 光を増幅するその真空管は、アンナの言葉に含まれた嘘や誤魔化しをも増幅して見抜こうとしているように、青い輝きを放っている。

「貴女のマスターには、会うことはできるかしら?」

「……」

 唇を引き結んで黙り込んだミラは、ちらりと豹のような猫に視線を走らせた。

 その猫はまた別の猫に視線を飛ばし、いつの間にか集まっていた何匹かの猫が小さく鳴き声を上げる。

「今日は無理みたいにゃん」

「そう。それは残念ね」

「ミラのマスターか。友達のマスターなのだから、会うことができるならば一度挨拶くらいしておくべきだな。どんなマスターなのかも、興味あるところだしな!」

「いつか大丈夫だというときがあったらお伺いしたいと、伝えておいてくれないかしら? またちょくちょく、良い魚は持ってくるから」

「わかったにゃん。マスターは何かと忙しいし、すごーーーーーく気難しいから簡単には許可が出ないと思うにゃけど、もし大丈夫と言うときがきたら、引き合せるにゃん」

「お願いね」

「うむ。頼むぞ、ミラ!」

 ニコニコと楽しそうに笑っているミラに、アンナとアリシアも笑みを返していた。

「さて、そろそろ帰りましょう、アリシア。今回の調査はここまでね」

「終わりなのか? 今日一日しか調査していないぞ? 結局見つけることはできなかったし……」

「いいのよ。貴重な話をいろいろと聞くことができたし、発見も目的のひとつだけれど、依頼の主眼は調査なのだからね」

「そうか。できれば見つけたかったのだがな」

 不満そうに唇を尖らせているアリシアに微笑みかけ、アンナはミラに片手を上げる。

「じゃあミラ。また来るわ。できればここに来たときに貴女と会えるよう、連絡方法を教えてくれると嬉しいんだけど」

「そうだな。住んでる場所も連絡もできないのでは、せっかく来ても会えないこともありそうだ」

「大丈夫にゃん。近くの猫に言ってくれれば、少ししたらこっちから会いに行くにゃん」

「……そんなんで本当に会えるのか?」

「うんっ! この反重力町の猫たちはみんな、ミラの友達にゃん!!」

「わかったわ、ミラ。それじゃあね」

「うむ。それではな」

 手を振るミラに見送られ、アンナとアリシアは手を振り返しつつすっかり暗くなった展望台から下り、ホウキを預けている本市のエントランスに向けて歩き始めた。

「本当に良かったのか? 結局たいした情報も得られていないだろう?」

「そんなことないわよ。これまで知られていなかったファーストキャットの情報がかなりの量集まってるわ。どれくらいの価値になるのかは依頼主の算定待ちになるけれど、そこそこ期待できるんじゃないかしら」

「そっ、そうなのかっ。それならばこれで新しいダムプラを……」

「これ以上増やすつもり? 本当、懲りないわね……」

 金属製の階段を高らかな足音を立てて下りながら、アンナとアリシアはそんなことを話し合っていた。

 

 

            *

 

 

「さてと……、にゃん」

 真っ暗な町並みを歩き、路地に入って小さな、人では腰を屈めなければ入れないほど小さな扉を開けて中に入っていったミラは、仄かな明かりだけを点けた。

 身体を伸ばして寝るのすら苦労しそうなその部屋は、家具の類いはほとんどなく、清潔で乾燥した空気に満たされ、クッションや毛布などが部屋の隅にまとめられていた。

 肩から提げていたトートバッグをコンクリートが剥き出しになっている部分の床に下ろしたミラは、中から七輪や墨を取り出し、早速火を点ける。

 換気扇を回して匂いが籠もらないようにしつつ、網の上でサンマを焼き始めた。

「お帰りにゃん、マスター」

 部屋の中にはミラの他に人の姿はなく、微かに、部屋の端の方にある換気口の影が動いたような気配があった。

「そうにゃ。今日町に来てたアンナにもらったにゃ。夕食にしようと思って焼いてるにゃ。もう少し待っててにゃん」

 誰が答えるでもなく、気配しかしないマスターに向かって、ミラは気にした様子もなく内輪を仰いでサンマを焼きつつ、そう言葉を投げかける。

「そう思えばマスター。アンナとアリシアが、いつか会いたいと言ってたにゃ」

 ちらりと気配のする方に目を向けたミラは、マスターの答えを待つように沈黙する。

 そのとき小さく、「にゃーん」という鳴き声が聞こえた。

「わかったにゃ。じゃあそのうち、大丈夫になったときには教えてほしいにゃん。ん? 今日は遠くを飛んでたダムプラに挨拶したのかにゃん? 本当、マスターは優しいにゃぁ。ミラはマスターに出会えて幸せにゃ!」

 頬を緩ませ、本当に幸せそうな笑みを浮かべたミラは、姿なきマスターにそんな言葉をかけていた。

 

 

                    「反重力町のファーストキャット」 了

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。