直死のヒーロー志望   作:sakumakasumi

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プロローグ

2月上旬、連絡もなしに鮮菜がやって来た。

 

「こんばんは、織。突然だけど、上がらせてもらうね」

 

唐突な言葉に少々あっけにとられたオレの隙をついて、鮮菜は靴を脱いで部屋に上がってきた。

 

「さっき敵による事件があってたよ。連続失血事件、織も知ってるでしょ?――はいこれ、冷蔵庫」

 

オレの横を通り抜ける際にビニール袋を渡してきた。中身を確認するとハーゲンダッツのストロベリーが数個。

溶ける前に冷蔵庫に入れとけ、ということらしい。

我が物顔でオレの部屋へ向かう鮮菜の図々しさに溜め息をこぼし、その背中を睨みながらオレもそのあとに続く。

 

「織は雄英のヒーロー科志望だったよね?勉強は大丈夫なの?」

「まあ、問題ないくらいには。そういうお前こそ、普通科志望だろ。人の心配する余裕なんてあんの?」

「うっ…まあ、それを言われると痛いね。でも、息抜きも大切じゃない?」

 

女の子らしいその姿をボウと観察する。

黒桐鮮菜という名前のこの少女は、オレとは中学からの友人であるらしい。

髪は染めてなくて、そこそこ長く伸ばしている。温和な顔立ちは美人というよりは可愛いといった印象がある。

道を歩けば通行人の何人かの目には止まるほどの可愛さなのではないだろうか――

 

「織、聞いてる?それで個性の変更届けは出せたの?」

「ああ、特に何かに引っ掛かったりはしなかったよ」

「そっか。あ、最近ずっと家に帰ってないでしょ。だめだよ、ちゃんと顔出さなきゃ」

 

駄目だって、何が駄目だと言うのだろう。

オレと両親の間にはなんら違法なものはない。単に子供が交通事故にあって以前の記憶を損失してしまっただけだ。

それ以外はいつも通りで、周りから見ても、戸籍上も血縁上も家族だ。何ら問題はないはずだ。

 

…鮮菜はいつも人の心の在り方を心配する。

そんなの、どうでもいいことだって言うのに。

 

**

 

夜、散歩をすることにした。

2月ということもあり、外気は凍えるほどに寒い。終電はとっくに過ぎていて、街は静まり返っていた。

この行為に特に意味はない。

ただ、かつての両儀織が嗜好していた行為を反復しているだけに過ぎない。

――2年前。

中学一年の夏に両儀織というオレは交通事故に遭ってそのまま病院に運ばれた。

雨の日の夜のことだ。

幸い身体に大きな傷はなく、出血も骨折もない綺麗な事故だったという。その反面、ダメージは頭の方に集中したらしい。 

以来、昏睡状態が続いた。

そして2年後の春、両儀織は回復した。医師達は死者が蘇生するぐらいのショックを受けたそうで、なるほど、つまりオレの回復が見込まれていなかったということだろう。

そしてオレ自身、ある衝撃を受けた。 

自分の記憶が信用できないのだ。

オレが、オレであるということに実感がない。

両儀織の記憶を思い出すことができても、どこか他人事のようにしか思えない。オレは間違いなく両儀織だというのに。

二年前という空白は、両儀織を無二してしまっていた。

その他人事のような記憶のお陰で両親や知人には以前のオレのように触れあえる。

だが、どうしようもなく息苦しかった。 

――まるで擬態だ。

オレは生きてはいない。生きている実感がない。

そのままで、かつてのオレらしい行動を繰り返す。

理由は単純だ。

そうすればかつてのオレに戻れるかもしれない。

こうすれば、この夜歩きの意味も分かるかもしれないから。

…ああ、そうか。

だとすればオレは、かつてのオレに恋してると言えなくもないワケだ。

 

 

 

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