4月上旬。なんの問題もなく雄英高校ヒーロー科に合格することができたオレは、同じく雄英高校の普通科に合格した鮮菜と一緒に校門を潜った。
「織はよく入学出来たよね、サボり癖があるのに」
「まあ、ソレなりの努力はしてきたつもりだから」
ホント、割りと大変だった。鮮菜が無駄にレベルの高い高校を受けると言い出したから、これまでサボって平均点レベルだった勉強もしっかりやったのだ。だというのにコイツは――
「オレ、お前が言った言葉忘れてないからな」
「えっ!?そんな根に持ってたの…?」
驚いたような、呆れたような顔で鮮菜は言う。当たり前だろう。合格の報告をしてやったら、コイツはまさか本当に受かるとは、何てことを言ったのだ。
謝られたって許してやるものか。
「ソレにしても、だよ。織は本当に雄英でよかったの?」
「別に、絶対ヒーローにならなきゃいけない訳じゃないだろ。その時はその時に考えるさ」
「確かにそうだけど、本気でヒーローを目指してる人たちもたくさんいるんだからそういうこと言っちゃダメだよ」
「分かってるよ」
思わずため息を吐きたくなる。まったく、なんだってオレは雄英なんかを受験してしまったのだろうか。
今になっての遅すぎる後悔からか、オレは拗ねたような口調で返答していた。
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鮮菜と別れたオレは、Aクラス、つまりオレの所属する教室へとやって来た。
以上なほどにデカイ教室の扉を開くと、教室内の生徒のうち、扉周辺にいた3人の生徒がこちらに気付いた。全員、見たことのある顔だった。一人は、眼鏡をかけた真面目そうな、所謂委員長キャラという感じの男。コイツは実技試験の説明の時にプロヒーローに質問していたヤツだ。やたらと声がデカく、ハキハキと喋るもんだから覚えている。そしてあとの二人はそばかすがある癖毛の男と丸顔の女。この二人に関しては試験終了間際の出来事のお陰で忘れてはいない。
そしてどうやら、それは相手からも同じだったようだ。
「あ!入試の時の和服の人!受かってたんだぁ!」
丸顔の女がこちらに駆け寄ってそう言う。
和服の人、か。あれはオレの普段着なのだが、やはり少しばかり入試の場では目立つようだ。
最近は鮮菜や両親、ついでにトーコぐらいにしか会っていなかったから、そんな当たり前のことを思い出した。
「ナイフの…」
ソレに続きそばかすの男がこちらに気付く。
ナイフを装備して入試に望んだ生徒はいなかったようだった。
双方、オレに対する印象は違うものの、目立っていたという一点においては共通していたらしい。
「あの時はありがとね!お陰で助かったよ!」
人懐こい笑みを浮かべて、オレに感謝する。
なかなかオレの周囲にはいないタイプの人間だ。度が過ぎるお人好しなら知っているが、ソイツもこんなに元気よく喋ることはあまりない。思えば、鮮菜のヤツはヒーローに向いているのではないだろうか。困った人間なんかを見過ごすことができない彼女にはその素質があるのかもしれない。まあ、ヒーローになるにはそんな性格だけじゃなく、力の部分もあるのだろうが。
「別に、いいよ。ただの気まぐれだからな」
それだけ言って、オレは教室の前の黒板に目を向ける。黒板には座席表が張り出されていて、出席番号の順で席が割り振られていた。オレは左端の列の最後尾の席だった。
指定された席に行って腰を掛ける。
21人で構成されるこのクラスは、4列で1列につき五人が座る形となっている。つまり、出席番号21番のオレは必然的に孤立するようになっていた。
特に誰かと話す、と言うこともなく窓から外の景色を眺める。
それから間も無く、チャイムの音が響く。教室のドアの方に視線を向けると、数人の生徒達がまだ雑談をしていた。ドアの外の寝袋に入った死んだような目に無造作に伸ばした髪と髭が特徴的な男性がいるが、あれは教師なのだろうか。
そんな異常な光景に気づいているのはオレだけらしい。
「お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここは…ヒーロー科だぞ」
ゼリー飲料を飲み干しながら、その男は言った。生徒はオレを含め呆然としている。
「ハイ静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね」
ゆっくりと起き上がり、寝袋から出た男は教壇の前に立つ。
猫背ぎみで、明らかに寝不足のようなやつれた顔のこの男は、教師なのだろう。雄英高校の教師陣は全員がプロヒーローなことから、この男もプロのはずだ。オレはヒーローに詳しいわけではないのでこの男が何者なのかはよくわからない。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
威厳もなにもないが、そういうヒーローもいるのだろう。
まだオレは、いや、オレたちは、というのが正しいだろう。
オレたちは数分後に待ち受ける受難のことなど知らず、そんな能天気な考えをしていた。