酒あわせを守る戦い!最強妖怪 VS 346アイドルAfter20 ①
「フンフン~♪」
都心の一角に屹立する高級マンションのとある一室。夜も更けた時間帯に、上機嫌に鼻歌を奏でながら晩酌の用意をする女性がいた。長身痩躯の均整のとれたスタイルに、ボブカットの髪型。左右で異なる色をした瞳に、左目の泣き黒子が特徴的な、ややあどけない顔立ちの童顔のこの女性。名前は高垣楓といい、346プロダクション所属のアイドルだった。
346プロダクションのモデル部門出身の彼女は、持ち前の優れた容姿と、レッスンの中で開花させた歌とダンスの才能をもって、アイドルとしての急成長を遂げ、瞬く間にブレイクした。今や346プロのアイドル部門を代表する顔役の一人として、芸能業界全体としてもトップアイドルと呼ぶに相応しい人気を博すに至ったのだった。
「フフフ……さてさて、お待ちかねの新酒お披露目~」
そして、人気アイドルとしての激務に追われる日々を送る彼女にとって、この晩酌は一日の中で何よりの楽しみであり、まさに至福の時と呼べる瞬間なのだ。しかも今日は、お気に入りの日本酒ブランドの新酒が手に入ったのだ。アイドルでありながら、無類の酒好きな一面もある二十五歳児の楓は、仕事先の酒造業者伝手を使い、手に入れたものだった。新酒を購入した大手酒造業者『鬼ヶ島酒造』は、楓の一月後の仕事先である。仕事の内容は、新酒販売のPRイベントであり、楓はプロデューサーと業者の関係者に頼み込み、新酒を融通してもらえるよう交渉していたのだ。そしてその甲斐あって、楓はこの通り、およそ一月も早く新酒を手に入れることに成功していた。その歓喜のあまり、ここ最近はまるで夏休み前の子供のようなテンションで過ごしてきたのだった。
帰り道で手に入れた新酒の酒瓶と、棚の中に置いてあったお気に入りの江戸切子のグラスを取り出した楓は、リビングのソファーへと座った。酒瓶の蓋を開けると、切子のグラスへと注ぎ入れる。グラスが満ちていくのにつれて、爽やかな日本酒の香りが部屋の中を満たしていくような感覚に、楓の頬がさらに緩む。注いでいる間ですら、蕩けるような感覚に酔いしれることのできるこの新酒。一体、口に含んでみれば、どんな味わいがするのだろうか。逸る気持ちを抑えながら、楓は酒で満たされたグラスを眺め始めた。
(綺麗……)
水よりも透明で、一点の濁りも無い、どこまでも清らかな無色を讃える新酒は、丹念なカットが放つ輝きを、より強くしているように思えた。ひとしきりグラスに注がれた新酒を眺めて満足した楓は、聖水とも呼べる輝きを放つそれを味わうべく、グラスに口付ける。
口に含んだ途端に広がるのは、言葉に表せないような上品な香りと風味、そして日本酒独特のコク。香りは強すぎず、甘みはしつこ過ぎず、絶妙なバランスが織りなす繊細な味わいは、楓が今まで飲んできたどんな銘酒にも無かったものだった。そして、そんな銘酒を口にした楓は一言――――――
「美味しくない……」
そう呟いた。何故こんなことを言ってしまったのか、楓自身も分からない。お気に入りの日本酒ブランドの新酒は、楓の予想を大きく上回るものだった。彩りも、香りも、旨味も、口当たりも……全てにおいて、今まで味わった日本酒を凌駕する、上質なものだった。
楓自身も、個以上無い程に「美味しい」と……そう感じているのに、一体どうしてこんなことを言ってしまったのか。美味しい筈なのに、美味しいと思えない……この気持ちは、一体何なのか。いくら考えても、楓には分からなかった。
「はぁ……」
至福の時を過ごすための晩酌の筈が、心中には妙なもやもやが発生してしまった。楓は溜息を吐くと、気晴らしに夜風に当たろうとベランダへ出ることにした。既に夜中で、外を出歩いている人間は少ないとはいえ、アイドルが自宅のベランダに出るのは好ましくないため、普段は気を付けているのだが、この晴れない気分をどうにかする方法は、これ以外には思い付かなかった。
ベランダに出た楓は、柵に凭れ掛かって、ただぼーっとしていた。目の前に広がるのは、夜の静寂に包まれた東京の町。ドラマ等で見るような、壮大な夜景が広がっているというわけではなく、ちらほらと深夜営業の店の灯りが見える程度の、何の変哲も無い夜の町の風景だった。何の面白みも無い風景に加え、夜風もあまり心地よくない。ベランダに出たのは失敗だったかと思った楓は、もう今日は寝ることにした。そして、部屋の中へと戻ろうとした時……
「……?」
ふと、妙な臭いがした。少ししか飲んでいないのに、酔いが回ったのかと思ったが、ベランダに残って、もう一度辺りの臭いを嗅いでみると、やはり何かおかしな臭いがする。それは、何かが焼け焦げたかのような……そんな臭いだった。
(まさか……火事!?)
本当に火事ならば、消防を呼ばなければならない。しかし、臭いの根源はどこなのか。ベランダの左右上下へと視線を巡らせるが、発火場所は分からない。それに、物が焦げたような臭いも、非常に薄い。火事は楓のマンションで起こっているのではないのかもしれない。
そう考え、風上の方向を見やる。そして、向かいの道路を見た時、思わぬものが楓の目に入った。それは、街路灯の下を歩く、小学生くらいの少年だった。その身に纏う青い長袖・半ズボンの学童服と、その上からは負った黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこは、ところどころ焼け焦げ、少年の手足にもまた、遠目でも分かるような火傷の痕があった。まるで、火災現場から逃げ出してきたかのような少年は、ふらふらと覚束ない足取りで歩き……次の瞬間、地面に俯せに倒れた。
(……まさか、あの子が?)
服が焼け焦げ、火傷を負っていることから、臭いの根源があの少年であることは間違いなさそうだ。しかしそれより、今重要なのは、火傷を負って見るからに重症の少年が路上で倒れているということである。夜中で人通りもない路上に倒れている以上、あのまま放置すれば、命が無いことは言うまでもない。楓は急ぎ部屋へ戻ると、家の鍵とスマートフォンを手に取り、急ぎ自宅のマンションを出て、少年が倒れている路上へと向かった。
マンションを飛び出し、急いでベランダから見えた場所へと向かった楓の目の前には、地に倒れ伏した少年の姿があった。服はあちこちが焼け焦げ、全身の至る場所に火傷を負っている。加えて、こうして近づいてみると、服や紙が燃えたことによる焦げた臭いがしている。
「君、大丈夫!?」
地面に膝を突き、少年を仰向けにして揺するが、反応は無い。呼吸をしている以上、死んではいないのだろうが、重症には違いない。何故火傷をしているかは分からないが、このままでは少年の命が危険である。そう考えた楓は、スマートフォンを取り出し、救急車を呼ぼうとする。
「ちょっと待ってくれんか?」
だが、そんな楓の行動に制止をかける者がいた。一体、誰の声だろう。辺りを見渡すが、声の主の姿は見えない。一体、どこにいるのだろうと疑問に思う楓に対し、姿なき声が語り掛け続ける。
「ここじゃ、ここ。鬼太郎の頭の上じゃ」
鬼太郎というのは、恐らくこの子供のことだろう。では、頭の上というのはどういうことなのか。疑問は尽きないが、とりあえず目の前の少年の頭の上を見ることにした。すると、そこには……
「息子を助けてくれてすまんが、病院に運ぶのは待ってはくれんかのう?」
眼球に体が付いた姿の、小さな小人のような何か。しかし、童謡に出て来る小人のような、メルヘンなビジュアルではなく、どちらかといえば日本の怪談話に出て来る妖怪のような……
「もしかして、目玉おやじさん?」
目の前に現れた非現実的な存在を目にした楓の口から驚愕よりも先に漏れたのは、そんな呟きだった。その姿が、346プロ事務所内において今ホットな噂で聞き知った、妖怪の子供の父親にそっくりだっただけに……
『鬼ヶ島酒造』とは、京都府に拠点を置く老舗の大手酒造業者である。日本酒、ビール、ワイン、ウイスキーと、あらゆる酒類及びその関連商品の製造・販売を行い、日本全国の各地に工場や営業所を持つことで知られており、海外にもその名前を広く知られていた。その歴史は非常に深く、日本国内において最古の酒造業者と言われており、公式情報によれば、創業は江戸時代からとされている。一方で、平安時代にまで遡るという噂もあるが、本当のことは定かではない。
そして、そんな日本有数の歴史と規模を誇る大手酒造業者『鬼ヶ島酒造』が、全国に持つ営業所の一つにして、京都にある本社に次ぐ規模を持つ、東京支社の工場の敷地の中へと密かに侵入する複数の人影があった。
時刻は夜中で、楓が晩酌の用意を始めた時から一時間程前のことだった。工場、事務所共にその日の業務を終了させており、敷地内は無人と化していた――筈だった。
「こんな夜分に、一体どのようなご用ですか?ゲゲゲの鬼太郎」
暗闇に包まれた敷地内に、突如として響く、女性の声。それと同時に、工場の敷地内に青白い光を放つ炎がいくつも浮かび上がる。人魂のように浮かぶそれらは、製造した商品を大量に出荷のために広く確保されていた工場の敷地内のスペースを不気味に照らし出した。
工場の敷地内へ忍び込んだ侵入者――ゲゲゲの鬼太郎とその仲間達は、突如として現れた人魂に包囲され、その動きを止めた。
そんな彼らの目の前に姿を現したのは、スーツを纏ったセミロングヘアの女性だった。ねこ娘よりも長身で、スレンダーながら鍛えられていることが分かる体格の持ち主である。息を呑むような、絶世の美人と言っても遜色のない、怜悧さを伺わせる美貌を持つその女性は、氷のように冷たい視線を鬼太郎達へ向けながら、隙の無い動きで歩み寄る。
「……やはり、僕の名前を知っていたか」
「勿論ですとも。しかし、あなた方がこの場へ来ているということは……やはり、彼は失敗しましたか」
「やはりお前の差し金じゃったか。わし等のもとに、あんな物を持って来させたのは」
目玉おやじがそう言うと、後ろに控えていたねこ娘が動き、ロープで簀巻きにされたねずみ男を突き出した。
「痛ててて……おい、ここまで案内してやったんだから、もう良いだろう!早く解放してくれよ!」
「やれやれ……ゲゲゲの鬼太郎の親友というから、少しばかり使えると思って雇い入れたのですが……やはり、見当違いでしたか」
「残念だけど、あたし達はそいつにしょっちゅう面倒な目に遭わされてるのよ。こんな見え透いた手が通じるなんて思わないことね。それから、これも返すわよ」
そう言うと、ねこ娘は女性に向かってある物を投げつけた。ねこ娘の妖怪としての力をもって、目にも止まらぬ速度で投げつけられたそれは、しかし女性によって容易く受け止められてしまった。女性の手の中に収まったものは、『鬼ヶ島酒造』のラベルが貼られた酒瓶だった。
「しかし、よく気が付きましたね。この新酒の中に込められていた、我等の妖力に」
「鬼太郎の妖怪アンテナは、微力な妖気も感知できる程に鋭敏なのじゃ。ねずみ男が持ってきたこの酒を開けた瞬間に、妖力が籠っていることは容易に看破できたわい」
「そろそろ聞かせてもらおうか。お前達が何者で、ねずみ男にこんな物を僕等に飲ませて……一体、何を企んでおる?」
鬼太郎達が夜分にこの場所……鬼ヶ島酒造の工場を訪れることとなったのは、昼間に起きたとある出来事がきっかけだった。ゲゲゲの森でいつも通り、仲間達とまったりと過ごしていた鬼太郎達の元を、古くからの悪友であるねずみ男が訪ねてきたのだ。いつもの通り、食べ物や金の無心でもしに来たのかと思いきや、意外や意外。驚くべきことに、新しい仕事として酒造メーカーで働き始めたと言う。しかも、そこでもらった酒を土産に持ってきたのだ。酒好きの子泣き爺は、ねずみ男の手土産に大喜びだったが、他の皆は、阿漕な商売ばかりに手を出すねずみ男が、一体何を考えているのかと一同は疑問と不安を抱いた。しかし、「俺の酒が飲めないのか」と強く勧めて来るねずみ男に押され、結局全員で飲むことにするのだった。しかし、いざ飲もうと酒瓶の蓋を開いたところ……鬼太郎の妖怪アンテナが、酒瓶の中にある妖気を察知したのだ。詳しく調べてみると、ねずみ男が持ち込んだ酒には、妖気が混ざっていることが分かった。
これは一体どういうことなのかとねずみ男を締め上げた結果、この酒をゲゲゲの鬼太郎とその仲間に飲ませろと頼まれ、持ってきたのだと白状したのだった。そして、さらにねずみ男を問い詰めて吐かせた場所が、この『鬼ヶ島酒造』だったのだ。
「……ねずみ男を上手く使ってあなた方は処理するつもりだったのですが……ここまで来てしまった以上は、仕方ありませんね。私自ら相手をしましょう」
観念したように、しかしその冷徹な表情を崩さずに、女性はそういうと、その身に妖気を滾らせた。鬼太郎達が警戒を強める中、次の瞬間、女性の身体は辺りを照らしているものと同じ、青白い炎に包まれた。女性の体を覆った炎は、ほんの数秒で霧散。炎が消えた先には、先程まで女性だった“人外”が姿を現した。
体格と服装、氷のような表情はそのままに、しかし服の合間から覗く、両手と顔の肌の色は青く染まっていた。そして何より特徴的なのは、女性の頭部に生えた、二本の角だった。
「お初にお目にかかります、ゲゲゲの鬼太郎とそのご一行。私は茨木童子と申します。そして……」
隙の無い、しかし流麗さすら感じさせる動作で会釈する女の青鬼こと茨木童子。さらに、茨木童子が右手を挙げると、それを合図に工場の屋根から四条の影が飛び出した。それらは鬼太郎達を囲むように地面に着地する。辺りを照らす青白い炎に照らされたその影の正体は、茨木童子と同じく、頭に二本の角が生やした、黒、白、緑、黄の四者四様の体色の男の鬼達だった。いずれもが二メートル近い身長の屈強な肉体と、茨木同時に匹敵する妖気を放っていた。
「これが私の部下達です。星熊童子、熊童子、虎熊童子、金童子と申します」
次々に現れる強大な鬼の妖怪達に、鬼太郎達は冷や汗が止まらない。一体一体が鬼太郎と互角かそれ以上の妖怪である。まとめて相手して、勝ち目があるとは到底思えなかった。
「既にこの工場の区画は、鬼火の結界によって隔離しました。あなた方には、逃げ場はありません。それでは、始めましょうか……!」
その戦闘開始の宣言と共に、茨木童子と、鬼太郎を囲む四人の鬼達の体から、より一層凄まじい妖気が溢れた。そして、鬼太郎達と強大な鬼達がぶつかろうとした――――――その時だった。
「ちょっと待ってくれ、茨木姐さん」
暗闇の向こう、工場の中から響いたその声が、鬼太郎に飛び掛かろうとしていた茨木童子とその部下達を止めた。茨木童子が動きを止め、振り向いたその先から姿を現したのは、着流しの和装の青年だった。茨木童子より一回り大きい体格で、肌の色は赤く、その頭には鬼の象徴である二本の角が生えていた。
「鬼童丸様……いかがいたしましたか?」
「いやなに。鬼太郎を助けようってわけじゃないんだ。ただ、“親父”が久々に暴れたいって言うからさ……」
これから戦いを始めようとしていたところに水を差され、やや冷ややかな視線を向ける茨木童子だったが、鬼童丸と呼ばれた赤鬼が口にした言葉で、その意図を察したらしい。臨戦態勢を解くとともに、右手を上げて四人の鬼達へ再度指示を送る。四色の鬼達は、各々がその場から退き、鬼太郎達がいる場所から距離を取りながら、茨木童子のもとへと集まった。
一方の茨木童子と鬼童丸は、互いに道を開けるように互いに距離を取った。そして、青白い鬼火でも照らせない暗闇の彼方から、
それは、現れた――――――
『!!』
暗闇の彼方に潜んでいた“それ”が姿を現した途端に、異変は起こった。まず、鬼太郎達を囲んでいた青白い鬼火の色が、血を彷彿させる赤色へと変化したのだ。さらに、先程の茨木童子の比にならない程の妖力の奔流が鬼太郎達を襲う。一歩、また一歩と暗闇の向こうから姿を露にするごとに、身体を押し潰さんとする、重力にも似た感覚が増していく。
そして、永遠とも思える、しかし数分にも満たない時間を経て姿を見せたのは、日本の角を有する、二メートル相当の非常に大柄な、和装の鬼の妖怪。先程姿を見せた鬼童丸と同じ、赤い体色の鬼だが、他の鬼達とは明らかに格が違う。茨木童子や鬼童丸、その配下の鬼達ですら比較にならない程の、妖力と存在感を撒き散らしている。滲み出る威圧感は、ただでさえ大柄なその体を、何倍、何十倍にも大きく感じさせており……まるで、巨大な城か要塞が歩いているかのような錯覚すら覚えさせられる。さらにその服装と相まって、大名や極道の頭領を彷彿させる、上に立つ者としての強い威厳やカリスマを纏っているように感じられる。
そんな大妖怪に対し、茨木童子と配下の四人の鬼達は、一様に臣下のように地面に膝を付いて頭を下げた。
「酒吞童子様」
その名を呼ばれた鬼の大妖怪――酒吞童子は、ゆっくりと茨木童子の方へと横目で視線を向け、口を開いた。
「茨木……あの小僧が、ゲゲゲの鬼太郎か?」
「はい。本来でしたら、我々で始末をするところなのですが……」
「良い。あの幽霊族の最後の生き残りがどの程度のものなのか、俺も気になっていたところだ。何より、千年ぶりにこっちに戻って来たんだ。鈍った体を慣らすには良い機会だ。俺自ら相手をする」
茨木童子を一瞥し、それだけ言葉を交わすと、酒吞童子は鬼太郎達のもとへ向けて再び歩みを進めた。対する鬼太郎達は、迫りくる巨大過ぎる存在を前に立ち尽くし……その圧倒的な威圧感に、一歩も動けずにいた。
「酒吞童子……やはり、復活しておったか……」
「あれが、日本最強の三大妖怪の一人……!」
『酒吞童子』とは、平安時代に京の都を襲撃した、鬼の大妖怪である。日本国内において最も有名な妖怪であり、九尾の狐こと『玉藻前』、大天狗の『崇徳上皇』と並ぶ、日本三大妖怪としてその名を知られている。そしてその配下は、茨木童子や四天王と称される強大な鬼達を筆頭として、数千、数万にも及ぶ大軍勢を率いていたとされていた。
当時最強の妖怪軍団として知られた酒吞童子率いる鬼の軍勢は、都において殺戮や略奪をはじめ、悪行の限りを尽くし、都中の人々を恐怖の渦に陥れていた。しかし、そんな酒吞童子の天下は、都から派遣された討伐隊によって終わりを告げることとなった。源頼光や渡辺綱を筆頭とする頼光四天王で構成された討伐隊が、頭領である酒吞童子を罠に嵌め、首を刎ねて成敗したのだ。結果、残された鬼の軍勢は瓦解して敗走。後に酒吞童子に攫われた娘から生まれた息子の鬼童丸も、父親の仇を討とうとするも、返り討ちにされたと言われていた。
こうして人間達に討伐された酒吞童子だったが、妖怪というものは、肉体は滅べど、その魂は滅びない。酒吞童子の魂はこの世に残り続け、数百年もの年月を経た今、破滅したその肉体を取り戻したのだった――――――
「妖力が強過ぎるのも困りものだな。お陰で復活するまで、千年以上かかっちまった。茨木、お前等にも苦労をかけたな」
「しかし、お待ちした甲斐はありました。お陰様で、酒吞童子様へこの日本を献上するための用意が整いました」
戦闘開始の準備とばかりに指や首をゴキゴキと鳴らす酒吞童子に対し、茨木童子は膝を付きながら恭しく答える。その、茨木童子が口にした言葉の中には、聞き捨てならない内容が含まれていた。
「日本を献上……だと!?」
「酒吞童子!お主は一体、何を企んでおるのじゃ!?」
激しい剣幕で捲し立てる目玉おやじ。そんな目玉おやじに対して、酒吞童子は余裕そうな冷笑を浮かべていた。
「茨木、説明してやれ」
「しかし、酒吞童子様……」
「構わん。どの道、奴らには為す術は無いんだからな」
「かしこまりました。ゲゲゲの鬼太郎とその仲間達。酒吞童子様からお許しをいただきました。これより我等が為さんとする計画を教えてさしあげます」
地面に膝を付いた姿勢から立ち上がった茨木童子は、酒吞童子から鬼太郎の方へと向き直り、自分達が水面下で進めている企みについて語り始めた。
「この鬼ヶ島酒造は、我等が酒吞童子様のために創立した企業であり、酒吞童子様の復活を待ち、この百数十年の間、只管に事業を拡大することのみに力を入れてきた企業です。そして、酒吞童子様にこの日本を献上するための、作戦の要でもあるのです」
「酒造業者が……作戦の要?」
「一体、酒を使って何をするつもりなのじゃ!」
茨木童子の作戦の意図が読めず、ねこ娘や砂かけ婆が疑問の声を上げる。そんな一同に対し、茨木童子は冷徹で変化に乏しい表情のまま、しかし先程よりも饒舌に続けた
「ねずみ男に運ばせたのは、我が社が一月後に売り出す予定の新酒です。そしてご存知の通り、その新酒の中には鬼の妖力が混ぜ込まれています。妖力は、その酒を飲んだ人間や妖怪の体内に残留します。妖力そのものは、人体には無害ですが、強大な鬼の妖怪が念じることで、一気に活性化します。このように……」
そう言うと、茨木童子はねずみ男に向けて右手を翳した。途端、茨木童子の右の手の平から妖力の波動が発生する。そして、その波動を受けたねずみ男に異変が起こった。
「ぐふぅっ……!がぁぁぁああ!!」
「ね、ねずみ男!?」
「一体、どうしたんじゃ!?」
簀巻きにされた状態で、苦し気な叫び声を上げながらのたうち回り始めるねずみ男。恐ろしく強い力で暴れるため、ねこ娘達の力では押さえ切れない程だった。ねこ娘達の手を離れたねずみ男は、自身を拘束していたロープを引き千切ってしまった。
さらに、異変は終わらない。ねずみ男の体がボコボコと音を立てて膨れ上がっていったのだ。身に纏っていた服を破り、その体は膨張して大きくなっていった。身長は二メートル近くまで巨大化し、口には鋭い牙が並び、頭には二本の角が生えていた。
「ぐ、ぉぉおおお!!」
「こ、これって……!」
「お~に~……?」
「ねずみ男が、鬼になっても~た!」
それは、“鬼”だった。かつてねずみ男だったものは、目の前に現れた酒吞童子や茨木童子と同じ、鬼へと変わったのだ。
「まさか……これがお前達の狙いなのか!」
「察しが良いようで助かります」
鬼の妖力が込められたらしい新酒を口にしたねずみが、茨木童子の妖力の波動を受けた途端に、鬼へと変化した。一連の出来事から、鬼太郎は茨木童子の企みが何なのかを理解した鬼太郎に対して、茨木童子は続けた。
「新酒に含まれている鬼の妖力は、外部から鬼の妖力の波動を受けることで活性化し、これを飲んだ人間や妖怪を、我等と同じ鬼にすることができるのです。この鬼の妖力を含んだ新酒を販売するのと同時に、酒吞童子様が持っておられる膨大な妖気を、日本全体に向けて解き放つ……それにより、これを飲んだ日本中の人間を鬼にして挙兵し、一気呵成に日本を制圧するというのが、我々の計画です」
その恐ろしい計画に、鬼太郎達は戦慄した。冷静になって聞けば、荒唐無稽で実現など到底できそうにない計画に聞こえるかもしれない。だが、底知れない叡智と鬼謀を垣間見せる茨木童子の語る計画に、隙があるとは思えなかった。そして案の定、続く説明によってそれが予感ではなかったと証明された。
「新酒の発売は一月先ですが、既に試飲会やサンプル販売、特定の人物へのサンプル提供によって、相当な数の人間がこの新酒を飲んでいます。新酒を送った人間は、いずれも政界や財界、裏社会における重鎮です。また、一月後の販売イベントは全国で開催し、百万人を超える愛好家に振る舞われます。彼等全てを鬼にして支配下に置けば、速やかにこの国は我等の手中に収まることでしょう」
あまりにも隙の無さ過ぎる計画に、鬼太郎も目玉おやじも言葉が出ない。酒吞童子だけでも国を亡ぼせるだけの災厄級の大妖怪だというのに、その配下に百万人の鬼がつくとなれば、最早止められる者などいないだろう。
「……お前達のやろうとしていることは分かった。それで、作戦を確実に成功させるために、僕達を鬼にしようとしたということか」
「ゲゲゲの鬼太郎の力は、我々もよく知っています。人間の味方をしているあなたならば、必ず我々の計画を邪魔しに来るでしょう。ならば、事前に手を打つのは当然です」
尤も、その策謀も、酒瓶の蓋を開けた途端に見破られて失敗してしまったのだが。しかし、ねずみ男にはそれ程期待はしていなかったのだろう。茨木童子やその配下の鬼達の顔には、落胆の色は全く無かった。
「もう良いだろう、茨木。人間の味方をするような奴が、俺達の仲間になどなる筈が無い。歯向かう奴には、死あるのみだ」
最早言葉は無用とばかりに、酒吞童子がそう言って締め括る。指をコキコキと鳴らしながら、鬼太郎達のもとへ向かって、また一歩前へ出る。対する鬼太郎達もまた、酒吞童子の圧倒的な存在感に気圧されながらも、臨戦態勢を維持していた。しかし、酒吞童子という規格外の妖怪に、僅かな勝機も見出せない状態にあった。
作戦が発動すれば最後、日本は酒吞童子の手に落ちる。それを防ぐためには、計画の要にして鬼軍団を統べる頭領である酒吞童子を、この場で倒すほかにない。である以上、鬼太郎は全てを賭して挑むほかに無かった。
「酒吞童子!お前の野望は、ここで終わらせてもらう!!」
「フッ……終わらせられれば、良いな。それじゃあ、始めようか。ゲゲゲの鬼太郎!!」
茨木童子達は以下が、鬼と化したねずみ男を伴って後退したことを確認した酒吞童子が口にした、戦闘宣言。それと同時に、酒吞童子の肉体から膨大な妖力が溢れ出した。
「なっ……!」
「くぅっ!」
「何という妖力じゃ……!!」
酒吞童子による妖力の解放。それは、まるで火山が噴火したかのような衝撃を鬼太郎達に齎した。想像を絶する妖気の奔流に、鬼太郎達は猛烈な爆風を浴びたかのような感覚に陥った。まだ戦闘は始まってすらいないのに、戦力はあまりにも圧倒的だった。
だが、鬼太郎達とてここで退くことはできない。妖力の奔流に晒され続ける中、己を奮い立たせて酒吞童子に立ち向かう。
「皆、行くぞ!」
『おう!!』
鬼太郎の掛け声とともに、仲間達が酒吞童子を取り囲むように散らばっていく。そして、一番手の攻撃は鬼太郎から開始された。
「髪の毛針!」
無数に射出される、鋼鉄と同等の強度を持つ鬼太郎の毛針。機関銃のように発射されるそれらは、酒吞童子を攻撃範囲に捉えていた。だが、命中した毛針は酒吞童子の体に突き刺さることなく、硬質な音とともに地面に落ちていった。
「……温いわ」
「くっ……なんて頑強な体だ!髪の毛針が通らないなんて……!」
「なら、今度は私が!……ニャァアアッ!」
髪の毛針を受けて平気な顔をしている酒吞童子に対し、今度はねこ娘が仕掛ける。伸長させた鋭い爪を振り翳しながら、酒吞童子の背後へと攻撃を仕掛ける。両手の爪による、乱れ引っ掻きの連撃は、酒吞童子の纏う衣服を引き裂くが……その体には、傷一つ付けることすら叶わなかった。それどころか、ねこ娘の爪が、刃毀れしたように欠けていたのだ。
「私の爪が効かないなんて……!」
「ならばこれでどうじゃ!毒砂!!」
ねこ娘に次いで攻撃を仕掛けたのは、砂かけ婆。毒素を含んだ特性の砂を酒吞童子に浴びせかける。並みの妖怪ならば、毒気で動けなくなるか、動きが鈍る等して行動に支障が出るのだが、酒吞童子にはそのような様子は全く無かった。それでも、幾度となく砂を見舞うのだが、やはり効果が無い。
「鬱陶しい!」
苛立ち交じりの声とともに、酒吞童子が腕を一振りする。その勢いにより、砂かけ婆がかけた砂は全て、酒吞童子の周囲から吹き飛ばされた。
「ならば今度はわしじゃ!一反もめん、頼んだぞ!」
「コットン承知!」
砂かけ婆の毒砂が吹き飛ばされるのと同時に仕掛けたのは、子泣き爺と一反もめん。子泣き爺を尾の部分に結び付けた一反もめんは、そのまま飛翔する。そして、子泣き爺を空中で勢いよく振るい、遠心力を最大限に活かして酒吞童子目掛けて凄まじい勢いで放り投げた。
「おぎゃあ!おぎゃあ!」
空中に投げ出された子泣き爺は、赤ん坊のような泣き声を上げて石化した。石になった子泣き爺の重量は、三トンを超える。それが一反もめんとの連携により、凄まじい勢いで投げ飛ばされているのだから、衝突時の衝撃は計り知れない。
対する酒吞童子は、自身に凄まじい速度で迫ってくる石化した子泣き爺を前に、全く動じなかった。その場に立ったまま、右手を突き出しすと……
「ふんっ!」
石化した子泣き爺を、難なく受け止めた。流石に勢いまでは殺しきれなかったのか、足元の地面が若干陥没していたが、酒吞童子自身は大したダメージを受けた様子は無く、健在そのものだった。三トン超の石化した子泣き爺を受け止めて無傷の酒吞童子の姿に、鬼太郎や他の仲間達は驚愕に目を見開く。
「ぬり~!」
酒吞童子が子泣き爺を受け止めたことで、その瞬間を狙い、地面からぬりかべが現れる。そのまま、酒吞童子へと向かって倒れて、重さにものを言わせて押し潰そうとする。だが、
「返すぞ」
「ぬりっ……!?」
酒吞童子はそれだけ口にすると、右手に受け止めた子泣き爺を、ぬりかべ目掛けて投げつけたのだ。途轍もない怪力で投げ返された石化した子泣き爺は、倒れかかっていたぬりかべを押し返して仰向けに倒れさせた。子泣き爺は、ぬりかべの全面に深くめりこんで罅を作っていた。
「くっ……ならばこれでどうだ!霊毛ちゃんちゃんこ!」
仲間達の攻撃が尽く防がれる中、鬼太郎が攻撃を続ける。ちゃんちゃんこを巨大な風呂敷のように伸長させ、酒吞童子を頭から覆い尽くす。鬼太郎の霊毛ちゃんちゃんこには、拘束した妖怪の妖力を吸収し、圧縮・消滅させる力があるのだ。この能力は非常に強力であり、怪力自慢の妖怪であっても、抜け出すことはほぼ不可能である。
だが、酒吞童子は……
「くだらん……」
「なっ……!」
自身を覆うちゃんちゃんこを、その怪力をもって引き千切ったのだ。前述のとおり、ちゃんちゃんこには妖怪の妖力を吸収する力がある。である以上、ちゃんちゃんこに覆われた状態で、その拘束を力業で抜けるなどで、できる筈が無いのだ。
「妖力を吸収するちゃんちゃんこか……並の妖怪にとっては確かに脅威だ。だが、吸いきれない程の莫大な妖力を持っている、俺のような妖怪には通用せん」
頑強さも、腕力も、妖力も、何もかもが規格外過ぎる。数多の妖怪と激闘を繰り広げてきた鬼太郎だが、これ程までの力を持つ妖怪との相対したことは無かった。圧倒的な力の差があることは、戦闘開始前から感じていたことだったが、まさか本当に、文字通りに手も足も出ないとは思わなかった。
「もう終わりか?なら、今度はこちらから仕掛けさせてもらおう……」
今までずっと、鬼太郎達の攻撃を受け続けていた酒吞童子が、攻勢に転じるという。鬼太郎達が身構える中、酒吞童子はその体に妖力をさらに滾らせ……その力の全てを、鋭い牙が並ぶ、口へと集中させる。そして、深呼吸するかのように体を軽く逸らせると……体内に溜め込んだものを、吐き出した。
「ガ、ハァアッッ!!」
途端、鬼太郎達が最後に見たのは、酒吞童子の口からカッという音と共に放たれた、赤い光だった。そして次の瞬間、鬼太郎と仲間達の視界は紅蓮一色に染まり、何もかもを燃やし尽くすかのような凄まじい灼熱が全身を覆った。
「ぐぅっ……ぁぁあああああああっっ!!」
骨まで残さず焼き尽くさんとする凄まじい炎の奔流に呑み込まれた鬼太郎達の、断末魔の叫びとも呼べる、苦痛に満ちた叫び声が響き渡る。鬼太郎達を襲った炎の正体。それは、酒吞童子が放った『鬼火』だった。『鬼火』とは、鬼の妖怪が炎を操るために使う妖術である。一般的な鬼火は、バスケットボール大程度の大きさの火の玉を操るのだが、酒吞童子のそれはレベルが違った。鬼太郎達諸共、工場の敷地の一角を炎で埋め尽くし、二十メートルにも及ぶ高さの巨大な火柱を作り出したのだ。
酒吞童子が放った、業火と呼ぶべき鬼火はやがて収縮していき、黒く焼け焦げた地面を露にした。炎は未だにところどころで燻っており煙を上げていた。文字通りの焦土と化した敷地内だが……そこには、鬼太郎達の姿は無かった。死体の欠片も残さずに焼き尽くしてしまったのかとも思われたが、すぐにそれは違うという結論に至った。
「逃げたか……」
「親父、やり過ぎだ。周囲に被害を出さないための結界を破っちまったら、意味が無いだろ」
息子である鬼童丸の尤もな指摘に、酒吞童子はばつが悪そうな顔を浮かべた。その強大過ぎる炎の奔流は、鬼太郎達への攻撃に止まらず、戦闘開始前に張った結界すら破壊してしまったのだ。鬼太郎達の死体が残っていなかったのは、結界が破壊されたのと同時に、敷地の外へと飛び出した、或いは吹き飛ばされたことが原因だった。
「すぐに追っ手を放ちましょう。待機している鬼達を動員すれば、瞬く間に捕らえることができる筈です」
仕留め損なったとはいえ、酒吞童子の炎をまともに受けている以上、鬼太郎達も相当な深手を負っていることは間違いない。そう考えた茨木童子が、追撃を進言する。だが、酒吞童子はそれに対して首を横に振った。
「無用だ。あの炎を食らっている以上、連中は無事ではあるまい。少なくとも、俺達の計画が発動する一月後までに全快することは不可能だ。それより、敷地内の損壊の修復が先だ。朝までに全て直しておけ」
「はっ!」
数多の妖怪と戦いを繰り広げてきた歴戦の勇士たる鬼太郎達を、圧倒的な力をもって捻じ伏せてみせた酒吞童子は、それだけ指示を出すと、その場を部下に任せて鬼童丸と共に去っていった。残された茨木童子をはじめとした部下達は、戦闘の痕跡を抹消するために動きだすのだった。
「そんなことがあったんですか……」
自宅付近で倒れていた鬼太郎を保護した楓は、目玉おやじの頼みを聞き入れ、自宅へ鬼太郎を連れ帰って手当を行っていた。火傷に対して一通りの処置を終えた楓は、目玉おやじから酒吞童子との戦いの顛末を聞かされていた。
「鬼太郎は酷い火傷を負っておるが、明日には目が覚めるじゃろう。楓さんには、これ以上迷惑はかけんから、安心してほしい」
「いえ、私は迷惑だなんて思ってませんよ。けど……まさか、あの鬼ヶ島酒造にそんな秘密があったなんて……」
テーブルの上に置かれた、本日融通してもらった鬼ヶ島酒造の……鬼の妖力が込められているという新酒を悲しそうな瞳で見つめながら、そう呟いた。鬼ヶ島酒造の日本酒ブランドの楓にとって、酒造業者が鬼の妖怪に支配されており、その名声を利用した計画を実行しようとしているという事実は、ショックなことだった。
「しかし、鬼太郎がこの有様では、酒吞童子を止めることなどとてもではないができん。ねこ娘や砂かけ婆も、鬼太郎と同じかそれ以上の火傷を負っているとあっては、猶更じゃ……」
酒吞童子一人ですら、鬼太郎達が束になって掛かっても太刀打ちすらできないのだ。次に会う時には、茨木童子や鬼童丸、配下の四天王といった強力な鬼達まで含めて相手することになれば、勝算は皆無である。他の妖怪を仲間に引き入れようにも、酒吞童子とその配下の鬼軍団を相手できる妖怪など、そうそういる筈も無い。八方塞がりであり、打つ手が全く無いこの状況を打破する術は無いかと、鬼太郎の枕元で目玉の頭を抱えて試案を巡らせる目玉おやじだが、いくら思考を巡らせても妙案は浮かばない。
そんな目玉おやじの隣に座っていた楓もまた、同じように何かを思いつめた表情で考え込んでいた。そして、やがて何かを決意した楓は一人真剣な表情で頷き、目玉おやじの方へ向き直り、声を掛けた。
「目玉おやじさん」
「む?なんじゃね、楓さん」
「鬼ヶ島酒造のこと……私に任せてもらえませんか?」
「ほほう……まさか昨日の今日で、こんなに早く再会することになるとは、思わなかったぞ。ゲゲゲの鬼太郎」
「酒吞童子……」
鬼太郎達が鬼ヶ島酒造へ襲撃を仕掛け、酒吞童子に返り討ちにされた翌日。鬼太郎は、敵陣である鬼ヶ島酒造の東京支社ビルの最上階にある社長室にて、高級デスクとセットの高級チェアに座っている和装の酒吞童子と対峙していた。その傍には、秘書として茨木童子が控えている。一方の鬼太郎の隣には、楓が立っていた。
酒吞童子との戦闘から一夜明けた本日の朝。鬼太郎は意識を取り戻し、火傷からもある程度回復し、何とか立って歩ける程度にまで回復していた。そんな鬼太郎を介抱していた楓は、酒吞童子を止める方法を探る鬼太郎と目玉おやじに、ある提案をした。それは、酒吞童子が運営する鬼ヶ島酒造の東京支社のビルへと、真正面から乗り込むというものだった。
しかし、何故こうして鬼ヶ島酒造の社長職に就いている酒吞童子に容易く会えたのか?それは、楓が一月後に控えた、ある仕事において得た伝手を使ったことによるものだった。
「申し訳ございません。まさか、ゲゲゲの鬼太郎が一月後に開催される新酒の販売イベントのゲストと知り合いだとは……」
酒吞童子へ一礼して謝罪を述べる茨木童子。そう、楓は鬼ヶ島酒造が一月後に控えている、新酒の販売イベントにおいて出演予定のゲストアイドルだったのだ。鬼ヶ島酒造の新酒を一月も早く入手できたのも、この仕事を引き受けたことでできた伝手を利用したことによるものだった。
そして今、楓は自身が仕事の中で得たコネクションを活用し、鬼太郎と共にこうして酒吞童子のもとへと乗り込んできたのだった。
「茨木が気にすることなど何も無い。こいつ等をこの場へ通せと言ったのは俺だ。まあ、まさか人間の女を伴って来るとは思わなかったがな」
「私も驚きましたよ。まさか、鬼ヶ島酒造の社員の方々が、本物の『鬼』だったなんて」
「……鬼太郎を伴ってこの場へ来た以上は予想していたが、やはり俺達の正体を知っていてこの場へ乗り込んできたのか。『アイドル』といったか……成程、大勢の人間の注目を集めるだけに、大したタマだな」
酒吞童子が鬼の大妖怪であり、鬼ヶ島酒造自体が鬼妖怪の巣窟であると知りながら乗り込んできたその胆力に、酒吞童子は素直に感心していた。鬼太郎を伴って訪問してきたと聞いた当初は、安倍晴明のように強大な力を持つ陰陽師なのかと疑いもしたが……こうして実際に会ってみれば、特段危険視しなければならないような人間ではなかった。
対する楓は、酒吞童子を前にしながらも、動揺や恐怖を一切感じさせず、いつもと変わらない調子で、微笑みすら浮かべて話していた。隣に立つ鬼太郎すらも、楓の態度には軽く驚いていた。
「それで、昨晩俺に戦いを挑んで丸焦げにされた奴が、一体何の用だ?性懲りも無く俺に喧嘩を売りに来たなら、いくらでも買ってやるが……要件はそれじゃねえんだろ?」
昨晩の戦いで重傷を負った鬼太郎が、仲間の一人も伴わずに再戦のためにこの場を訪れたとは考えにくい。何らかの秘策があり、勝算があってこの場へ来た可能性もあるが、それならば、正面から堂々と乗り込むような真似はしない筈。となれば、鬼太郎がこの場へ姿を現したのは、戦闘以外の目的があってのこと。そしてそれは、恐らく隣に立つ楓が関連していることだと、酒吞童子と茨木童子は考えていた。
そして、そんな二人の鬼から目的を話せというニュアンスの視線を向けられた楓は、全く臆することなく口を開いた。
「鬼太郎さんに同行を頼んだのは私です。酒吞童子としてのあなたと話をしたかったので」
「俺に話しだと?」
「はい。あまり色々と話をすると長くなりそうですので、単刀直入に言わせていただきますね」
そうして一拍置いた楓は、先程までの微笑みを浮かべた、クールで余裕のある態度から一変。その顔は強い決意を秘めた、真剣な表情へと変わり、酒吞童子を見据えながら、口を開いた。
「酒吞童子さん。あなたに、勝負を挑ませていただきます!!」