ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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酒あわせを守る戦い!最強妖怪 VS 346アイドルAfter20 ②

 鬼の妖怪達が支配する、日本有数の酒造業者『鬼ヶ島酒造』が東京に持つ支社の社長室にて相対する、妖怪と人間がいた。

 片や鬼軍団の頭領たる酒吞童子。片や346プロ所属のトップアイドルたる高垣楓。異なる二つの世界の頂点に立つ者同士が向かい合うこの空間は今、非常に気まずい沈黙に支配されていた。

 

「……この俺に、勝負を挑む、だと?」

 

「はい」

 

 先程の、楓が高らかに宣言した言葉を反芻し、聞き間違いではないかと口を開く酒吞童子。しかし、対する楓は、テレビ等でお馴染みの魅力的なアイドルスマイルで肯定してみせた。

 そんな楓に、流石の酒吞童子も戸惑いを隠せない。それは、楓を連れてきたゲゲゲの鬼太郎と、酒吞童子の傍に仕える茨木童子も同様であり、楓の言葉に非常に混乱した様子だった。

 

「ふむぅ……一体、どういうつもりなのかね?楓さん」

 

 楓以外の妖怪達が唖然とする中、その沈黙を破ったのは、鬼太郎の髪の中に隠れていた目玉おやじだった。一体、どのような経緯でそのような考えに至ったのかと、その真意について尋ねる問いに、楓はこの場に来た時から変わらない調子でその答えを話し始めた。

 

「酒吞童子さんは、一月後に発売される、新しい日本酒を使って人間を支配しようとしているんですよね?私としては、それをやめて欲しいと思っているんです。けれど、きっとお願いしても聞き入れてくれないでしょうから、勝負をして、私が勝ったら言うことを聞いてもらおうと思ったんです」

 

『………………』

 

 楓の考えを聞かされた一同は、またしても黙り込んでしまった。酒吞童子と茨木童子は勿論のこと、鬼太郎と目玉おやじでさえ、「こいつ、何言ってんだ?」的な反応を示している。

 酒吞童子が行おうとしている、人間を支配するための作戦を聞かされれば、支配される側である楓としては、止めたいと思うのが道理である。しかし、そのための手段として、勝者が言うことを聞くことを前提とした勝負を挑むというのは、あまりにも無茶苦茶である。

 

「……我々の作戦を阻止したいというあなたの考えは、一応理解できました。しかし、そのための手段として、酒吞童子様へ勝負を挑むという考えは、全く理解できません。そもそも、酒吞童子様がそのような話を受ける理由がありません」

 

 理解不能な思考回路をした二十五歳児に翻弄される中、酒吞童子の側近である茨木童子が、その場にいた面々の中で最も早く落ち着きを取り戻して反論した。

 一見、冷静に見える茨木童子だが、その口調からは僅かながらの刺々しさが感じられた。しかし、それも無理も無い話である。怨敵たる人間から日本を丸ごと奪い取り、主君である酒吞童子へ献上するためのこの作戦は、茨木童子をはじめとした鬼軍団の悲願なのだ。茨木童子等が千年を超える、とてつもなく長い期間をかけて下地を作り、築き上げたこの作戦。その行く末を、勝負事で決めようという楓の提案は、茨木童子をはじめとした鬼軍団にとってはこの上ない侮辱である。酒吞童子の勝ち負けに関わらず、許せるものではなかった。

 そして、茨木童子が口にした尤もな正論に、鬼太郎と目玉おやじでさえ、内心で同意してしまっていた。楓の真意がどうあれ、酒吞童子にはそれを受ける義務は無い。故に、楓が一方的に叩き付けた挑戦は、酒吞童子本人が承諾でもしない限りは成立しないのだ。しない、のだが……

 

「まあ待て、茨木」

 

「酒吞童子様?」

 

「せっかくここまで来たんだ。その度胸に免じて、話だけでも聞いてやろうじゃねえか」

 

 茨木童子の正論を、酒吞童子が止めた。「ククク」と笑いながら、面白いものを見るような視線を楓に向ける酒吞童子は、本気でこの状況を楽しんでいるようだった。どうやら、鬼太郎を伴っているとはいえ、人間の身でありながら、鬼の巣窟たるこの場所へ乗り込んできたその覚悟と度胸が気に入ったらしい。「それで」と前置きをして、肝心の勝負の内容について、楓に問い掛ける。

 

「俺と勝負をすると言ったが……一体、何で勝負するつもりだ?まさか、妖怪を相手に殴り合いの殺し合いをやろうだなんて思ってないんだろう?」

 

 楓の正体が陰陽師や魔法使い、或いは悪魔といった、特殊な能力を持つ人間や、人間を超越した存在だったならば、それも可能だろう。だが、こうして間近で話してみる限りでは、楓はアイドルという以外は、何の特別な力を持たない普通の人間である。そんな彼女が、一体、どんな勝負を挑もうというのか。酒吞童子は勿論、この場にいる誰もが非常に気になっていることだった。

 そして、問い掛けられた当人たる楓は、艶然とした笑みを浮かべながら、口を開く。

 

「それは勿論、酒吞童子さんもお好きなことですよ。」

 

「ほう……面白い。聞く限りでは、この俺の得意分野で勝負をしようと思っているようだな。なら、話してみろ。内容次第じゃあ、受けてやる」

 

「ありがとうございます。それでは、勝負の内容ですが――」

 

『!!』

 

 楓の口から語られた勝負の内容。それを聞かされた鬼太郎、目玉おやじ、酒吞童子、茨木童子の四人は、再び驚愕に目を剥くこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓と酒吞童子の対談から、およそ一カ月が経過した。その間にも、酒吞童子率いる鬼軍団による日本征服作戦が水面下で着々と進められ……遂に、決行当日を迎えた。既に作戦の成功、即ち酒吞童子の鬼軍団の大勝利が確定しているも同然の状況にあっても、茨木童子の警備は緩められることはなかった。酒吞童子が陣取る東京会場をはじめ、全国のイベント会場には、酒吞童子の配下である四天王をはじめとした屈強な鬼の軍勢が配備されている。

 茨木童子の指示のもと、既に準備は万端。あとは、鬼ヶ島酒造の東京支社があるこのイベント会場より、酒吞童子が日本全国へ向けて妖力を解放するのを合図に、大量の鬼軍団によって全国の要衝を制圧すれば、作戦は完了。日本は酒吞童子の手中に収まるのだ。

 

「くそっ……遂に止めることができなかったか……!」

 

「歯がゆいわね……このままあいつが、日本を征服するのを見ているしかできないなんて……」

 

 東京支社のイベント会場にて、鬼太郎とねこ娘の二人は、ステージ上で行われている新酒の販売イベントが順調に勧められているその様を、何もできずに見ていることしかできなかった。二人の体には、一月前の酒吞童子の戦闘によって負わされた火傷が未だに残っていた。その服の下には、大量の包帯が巻かれていた。

 当然ながら、鬼太郎達は酒吞童子の作戦を阻止するための術を模索し続けていた。しかし、酒吞童子の腹心たる茨木童子が張り巡らせた策略には一切付け入る隙が無く、深手を負わされていた鬼太郎達には、為す術も無く、この日を迎えてしまったのだった。

 

「鬼太郎さん、ねこ娘さん、落ち着いて……」

 

「そうですよ!まだ負けたと決まったわけじゃないじゃないですか!」

 

 自分達の無力に打ちひしがれる鬼太郎とねこ娘を、小梅と美穂が宥める。楓と同じ346プロ所属のアイドルにして、ここ最近の妖怪騒動で頻繁に関わりのあるこの二人は、オフだったこの日を利用し、鬼太郎と共にイベント会場を訪れていた。

 一月前に行われた、酒吞童子との戦闘に際し、解き放たれた膨大な妖力。それを感知した小梅は、就寝中だった美穂や蘭子、飛鳥を起こして346女子寮を飛び出した。そして、酒吞童子のもとから敗走していた傷付いたねこ娘達を保護し、酒吞童子の野望についても聞かされたのだった。

 

「楓さんが言っていたじゃないですか。酒吞童子さんの野望は、必ず止めるって」

 

「だが、相手はあの酒吞童子だぞ?人間が妖怪に挑むというだけでも無茶だというのに、あんな圧倒的に不利な勝負を挑むなんて……」

 

「アイドルっていうのは、本っ当に何を考えているんだか分からないわよね……」

 

 希望はまだ残されていると口にする美穂。だが、鬼太郎とねこ娘は顔に手を当てて頭痛を堪えるように顔を伏せていた。美穂が言うように、酒吞童子の野望を阻止する最後の砦は、確かに存在する。それは、彼女等と同じ346プロのアイドル、高垣楓が酒吞童子へと申し込んだ『勝負』である。

 一月前、酒吞童子は楓に申し込まれた勝負の提案を、哄笑と共に受け入れた。勝負に負けた者は、勝った者の言うことを聞くというルールに基づいて行われるこの勝負に楓が勝利すれば、酒吞童子の野望は作戦を発動することができなくなる。

 しかし、それは言う程簡単なことではない。ある意味では、酒吞童子を正面から打ち破るよりも難しい……不可能に等しい、巨大な困難なのだ。それは……

 

『皆さん、本日はお忙しい中でお集りいただき、ありがとうございます!それではこれより、次のプログラムに進ませていただきます。しかし、次のイベントは、皆さんにお配りしたプログラムには載っていません!本イベントに駆け付けてくださいました、346プロダクションのアイドルの皆さんを交えた、事前告知無しの、スペシャルプログラムなのです!!』

 

 ステージに立つ、イベントの司会進行役の言葉により、次なるプログラムの開始が宣言される。しかし、これから行われるイベントは、予め告知されていたプログラムには無い、サプライズイベントの類だった。しかも、本イベントに参加している346プロのアイドルまでもが参加すると聞かされた観客達は、驚きと期待で騒然となる。

 

『まずは、本日のイベントゲストとしてこの会場へお越しいただきました、346プロのアイドルの皆さんをご紹介いたします!皆さん、ステージの上へどうぞ!!』

 

 その宣言とともに、舞台袖に待機していた、346プロ所属アイドル達が、次々にステージ上へと姿を見せる。先頭を切るのは楓である。司会進行役からマイクを受け取り、自己紹介を行い、次のアイドルへと回していく。

 

『高垣楓です。鬼ヶ島酒造のブランドの大ファンなので、このイベントに参加できて、とっても感激です』

 

『ハ~イ!みんな大好き、プリティアイドル・川島瑞樹で~す!』

 

『片桐早苗よ!お酒も良いけど、酔っ払って人に迷惑かけたりなんてしたら、シメるわよ!』

 

『柊志乃よ。鬼ヶ島酒造は日本酒も良いけど、ワインもイチオシね』

 

『高橋礼子よ!鬼ヶ島酒造のブランドは、どれも野趣溢れるものばかりだから、私も大好きなの!』

 

『姫川友紀!今日もかっとばして行くよー!!』

 

『佐藤心ことしゅがーはぁとだよぉ☆今日はよろしくね☆』

 

『みんなの笑顔を守る正義のアイドル・ウサミン仮面!同胞・ナナの願いを受け、ここに見参です!!キャハッ!』

 

 楓を筆頭として挨拶をしていく錚々たる面々に、観客はさらに湧き立つ。

元女子アナとして培ったトーク力を活かし、バラエティ番組の司会やラジオのMC等で活躍している川島瑞樹。

元婦警であり、イベントの司会やテレビドラマにて活躍している、瑞樹と同じくバブリー世代アイドルの片桐早苗。

 早苗も出演している人気ドラマ『酒税課の女』のレギュラーとして人気を博している柊志乃。

事務所最年長にして、大人の色気に満ちたセクシーアイドルとして知られる高橋礼子。

プロ野球チーム『キャッツ』を応援している熱狂的な野球ファンアイドルとして知られる姫川友紀。

「しゅがーはーと」を自称するに十六歳の、「スウィーティー」が決め台詞の過剰なぶりっ子アイドル、佐藤心。

メイド服にアイマスクを被った正体不明(?)の正義のアイドル、自称ウサミン仮面。同事務所において「永遠の十七歳」を自称するアイドルの同胞を名乗っていた。

 総勢八名もの346プロのアイドル達が観客席に手を振りながら姿を現したことで、観客のテンションはさらに高まっていく。皆、いずれも346プロの中では“大人のアイドル”として名の知れた人気アイドルである。

 

『それでは次に、弊社『鬼ヶ島酒造』側からのプログラム参加者を紹介させていただきたいと思います。ところで、話は変わりますが……皆さんは、この『鬼ヶ島酒造』という会社名の由来をご存知でしょうか?』

 

 プログラム参加者の紹介の筈が、いきなり会社名の由来について話し始める司会進行役。そのいきなりの話題転換に、観客達は一様に疑問を浮かべていた。そんな観客達に対して、司会進行役は得意げに笑みを深めながら続けた。

 

『この『鬼ヶ島酒造』という会社名は、お酒が大好物の伝説の鬼の妖怪『酒吞童子』にちなんで付けられたものです。そして、千年物昔に人間によって討伐された酒吞童子ですが……この現代に蘇っており、なんとこの会場へ来ているのです!!』

 

 プログラムの余興の演出として語られたストーリーに、観客達は期待に湧き立つ。そんな観客の反応を見て笑みを浮かべた司会進行役は、このプログラムを盛り上げる主役の一人をステージの上へと招き入れる。

 

『それでは、来ていただきましょう!酒吞童子様、こちらへどうぞ!!』

 

 司会進行役が、舞台袖からステージの中央へ招待するように、腕を広げる。それに応じ、舞台袖から姿を現したのは、豪奢な和装に身を包んだ巨体の赤い鬼――酒吞童子である。

 

『本日のプログラムの参加者の一人であり、本日のイベントの開会式でご挨拶いただきました当社の新社長、鬼柳千真(きりゅうかずま)さん。果たしてその正体は、伝説の鬼妖怪・酒吞童子様だったのです!!それでは、一言ご挨拶をお願いします』

 

『よく来てくれたな、人間ども!この俺様こそが、酒吞童子様だ!!』

 

 ステージ上に姿を現した、新社長・鬼柳千真を名乗る酒吞童子の迫力に、観客達は騒然とする。日本全国の鬼軍団を統べる大妖怪である酒吞童子の放つ威圧感とカリスマは、人間相手でも遺憾なく発揮されており、観客全員の視線を釘付けにしていた。その圧倒的な存在感に、アイドル目当てで集まっていた観客達もまた、興奮している様子だった。

 

「……どうやら観客は皆、本物の酒吞童子だとは思っていないようだな」

 

「そりゃそうでしょう。きっと、かなり高度なメイクだとでも思っていることでしょうよ」

 

 妖怪としての酒吞童子の姿そのままでステージに上がった時には、流石の鬼太郎とねこ娘も度肝を抜かれた。しかし、酒吞童子を見る観客は湧き立ってはいるものの、非常に手の込んだリアルなコスプレ、メイクによるものだと思っているらしく、本物だなどとは微塵も疑っていない様子だった。

 酒吞童子としては、恐らくは人間達に対して自身の威光を見せつけることを目的にこのような演出に及んだのだろう。しかし、作戦が決行されていない現段階では、観客は勿論、取材に来ているカメラマン達も含め、全て演出と捉えているらしく、イベントの範疇を超える大きな騒動にはなっていなかった。

 しかし、それも酒吞童子の作戦が発動するまでの間だけである。鬼太郎とねこ娘は、ステージ上に立つ酒吞童子に警戒しながらも、司会進行役の説明に再度集中し始めた。

 

『この鬼ヶ島酒造の新酒の披露目イベントを盛り上げるための、346プロの人気アイドルの方々にも参加していただくプログラム……それはズバリ!!』

 

 司会進行役がそこまで言うと、ドラムロールが鳴り響いた。勿体ぶってかなりの間を置いた末……その演目が、舞台のスクリーンに映し出された。それと同時に、司会進行役もまた、観客達に対し、スペシャルプログラムのタイトルを高らかに宣言した。

 

『その名も、<酒豪対決!酒吞童子 VS 346アイドルAfter 20>です!!』

 

 司会進行役が口にした予想外の演目に、観客たちは目を見開いて驚愕を露にすると同時に、歓声を上げる。会場のテンションが盛り上がりを見せる中、司会進行役の説明が続けられた。

 

『ルールは簡単!346プロのアイドルの方々と、酒吞童子とで、本日販売の新酒『伊吹大明神』を飲んでいただき、たくさん飲んでいただいた方が勝利するというものです!!』

 

 そう。楓が酒吞童子へ提案した勝負とは、飲んだ酒の量で勝者を決める、『新酒の飲み比べ』なのだ。

そして、その驚愕のルールを聞かされた観客達は、騒然とした。要するに、アイドル八人のチームと酒吞童子による酒の飲み比べである。ちなみに、酒吞童子一人と相対するアイドルの人数が八人なのは、『伊吹大明神』という新酒の銘柄に由来している。『伊吹大明神』とは、酒吞童子の父と目されている、頭が八つの伝説の怪物『八岐大蛇』を指しているのだ。

 酒吞童子一人に対してアイドル勢は八人、しかも酒豪揃いである。普通に考えれば、勝負になどなる筈が無い。観客の誰もが、アイドルチームの勝利を信じて疑わなかった。

しかし……

 

「楓さん、大丈夫かな……」

 

「楓さんとか川島さんとかは、担当プロデューサーさんがお酒には強いって、言ってたけど……」

 

「人間と妖怪とでは、酒量が段違いじゃからのう……」

 

「しかも、相手が悪過ぎる。酒吞童子は妖怪の中でも並ぶ者がいないと言われた程の酒豪だ」

 

 小梅と美穂が口にした不安そうな呟きに対し、目玉おやじと鬼太郎はそう告げた。その非情過ぎる宣告に、美穂は勿論、小梅でさえも顔を青くする。

 

「それって……具体的には、どのくらいなんですか?」

 

「妖怪の酒量は、その種類にもよるが、大概が人間より多く飲める。人間で酒豪と呼ばれる人間と同じくらいだ」

 

「しかし、酒が好物の妖怪はその程度では収まらん。酒吞童子は、そんな妖怪における酒豪の中の酒豪じゃ。飲める酒の量は、並の妖怪の十倍は下らん」

 

「それって……まさか、人間の酒豪十人分以上ってことですか!?」

 

 それが本当ならば、人間である楓達が、酒吞童子を相手に勝利を収めるのは不可能等しいことになる。酒吞童子一人に対し、楓のチームは八人。全員が酒豪であると仮定しても、互角に戦うには、全員で酒豪二人分以上をカバーする必要がある。形勢は楓のチームが圧倒的に不利なことは間違いなかった。

 

「楓さん達、勝てるかな……?」

 

「それはわし等にも分からん。酒吞童子を相手に一対一でない以上、圧倒的な大差で負けるということは無いじゃろうが……勝ち目は薄いとしか言えんのう」

 

 ステージの上に飲み比べを行うための新酒『伊吹大明神』の酒樽が運ばれる様子を見つめながら、目玉おやじはそう呟いた。

 

「そういえば、鬼太郎さん。この勝負って、楓さんから酒吞童子に挑戦したことがきっかけって聞いたけど……八人を相手にするって言い出したのは、酒吞童子なんだよね?」

 

「ああ。その通りだが……それがどうかしたのか?」

 

「何か気になることでもあるのかね?」

 

 これまで起こった、アイドル絡みの妖怪騒動の中で、その霊感・霊能力をもって鬼太郎達を救ってきた小梅の意見は、鬼太郎や目玉おやじも気になるものだった。

 

「うん。酒吞童子さんなんだけどね、どうしてこんな勝負を受けたのかなって……」

 

「そんなもの、酒吞童子の気まぐれでしょう。それに、酒量を競うお酒の飲み比べとなれば、酒吞童子が圧倒的に有利なのは間違いないじゃない」

 

 ねこ娘の言うように、鬼太郎と目玉おやじも頷いて同意した。特に鬼太郎と目玉おやじは、勝負を挑んできた楓を見た時の酒吞童子が、面白そうにしていた反応を見ている。楓が決死の覚悟で挑んだこの真剣勝負も、酒吞童子にとっては座興に過ぎないのだろう。

 そして何より、妖怪の中でも随一の酒好きである酒吞童子が、飲み比べ勝負で負ける筈が無いのだ。或いは、酒好きとしての矜持が勝負を断ることを許さなかったのかもしれない。楓曰く、「酒吞童子さんなら、さけ(・・)られない勝負」と言って了承させたように……

 しかし、小梅だけはその説明でも納得できない様子だった。

 

「日本征服が間際なのに……その直前でこんな勝負をするものなのかな?」

 

「余裕で勝てる勝負だから、そういうの関係無いんじゃない?」

 

「けど、気まぐれで付き合うにしては、なんだか必要以上に凝ったルールにしているように思えて……」

 

「……確かに、小梅ちゃんの言うことも一理あるのう。それに、酒吞童子は以前、人間によって酒に酔わされた隙を突いて倒されておる。である以上、このような重要な局面で飲み比べなどしようとは思わん筈じゃ」

 

 小梅に指摘されて気付いたが、酒吞童子が飲み比べ勝負を受けた時の経緯には、今思えば不自然に思える点があった。小梅が言ったように、わざわざ条件を互角にするために一対八の形式を自ら提案したこともそうだが、酒に酔わされて殺された経験を持っているのだから、そういったリスクは極力回避するために動く筈。実際、酒吞童子の腹心である茨木童子も、座興とはいえこの勝負には反対の意を示していた。

 部下の反対を振り切ってまで行うこの勝負には、酒吞童子にとって何か大きな意味があるのではないかと、そう思えてしまう。

 

「まあ、この局面に至っては、考えても詮無き事じゃ。もし機会があるのならば、本人に聞いてみるしかあるまい」

 

「呑気よねぇ……そんな機会、あるかどうかも怪しいのに」

 

「今更言っても仕方ないだろう。それより、始まるようだぞ」

 

「楓さん、頑張って……」

 

 酒吞童子に別の思惑があるのではという仮説が浮上したが、結局、その疑問が晴れることの無かった。そして、鬼太郎や小梅等を含めた観客と、テレビで生中継されているこのイベントを見ている視聴者が見守る中、勝負は幕を開けるのだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 ステージの上は、酒吞童子とアイドル八人が向かい合う中、飲み比べ勝負のためのテーブルと椅子、酒樽が設置され、準備は万端。あとは開始の宣言をするのみとなっていた。

 

『それでは、勝負の開始前に、両者に意気込みを聞いてみましょう!まずは、酒吞童子様から、一言どうぞ!!』

 

 開始前に意気込みを聞かせて欲しいと言って、司会進行役はまずは酒吞童子に向けてマイクを差し出した。対する酒吞童子は、意気揚々とマイクを受け取ると、自信満々な表情で鋭い牙を見せながら笑みを浮かべ、口を開いた。

 

『この酒吞童子に愚かにも勝負を挑んできたアイドルの胆力には感服するが、それもここまでだ!酒の飲み比べでこの俺が負けることなどあり得ない!そして、俺が勝った暁には……』

 

 獰猛な笑みをアイドルチームへ向けながら、ビシッと人差し指を突き付け……そして、驚愕の一言を放った。

 

『貴様等全員、この俺の妾にしてくれる!!』

 

 酒吞童子が高らかに叫んだトンデモ宣言に、会場に来ていた観客達は勿論、テレビで中継を見ていたアイドルのファン達、そして妾にする宣言をされたアイドル達は、一様にシンと静まり返ってしまった。そして次の瞬間には、猛烈な怒りのブーイングの嵐が会場を埋め尽くした。それもそうだろう。演技とはいえ、アイドル八人をまとめて妾にするなどと口にすれば、怒り狂うのがファンと言うものである。

 酒吞童子に対し、「死ね」だの「殺す」だのというありとあらゆる暴言が、割と本気で放たれるが……しかし、当の酒吞童子は「がはは」と笑い飛ばしていた。会場に集まった数百人のファンの悪意を前に、全く動じることの無い豪胆かつ極悪な態度に、怒り心頭だったファンの面々も、最後には感心してしまう程だった。

 そして、マイクは酒吞童子と相対する、アイドルチームのリーダーである楓へと渡る。

 

『それでは、次にアイドルチームのリーダーである楓さんに、意気込みを尋ねたいと思います!楓さん、どうぞ!!』

 

『はいっ!』

 

 酒吞童子の迫力満点の極悪スマイルを前に、若干委縮してしまっているアイドルが多い中、楓だけはいつもと変わらない調子でマイクを受け取ると、その意気込みを語った。

 

『酒吞童子さんは強敵ですが、お酒好きでは私達も負けていません!酒豪な私達の(しゅごう)ところをお見せして、勝ちたいと思います!皆さん、応援よろしくお願いします!!皆行きますよー!!』

 

『おーっ!!』

 

 楓の全くブレない駄洒落交じりの掛け声に、先程の酒吞童子のトンデモ発言と極悪スマイルに気圧され、若干委縮していたアイドルチームは、その士気を取り戻す。そんな、アイドルチームの姿を目にした酒吞童子は、その獰猛な笑みを深めるのだった。

 

 

 

 

 

『それでは、スペシャルプログラムをいよいよ開始したいと思います。アイドルチームは、一人ずつ出ていただき、もう飲み切れないと思ったところでギブアップしていただき、次の方に代わっていただくことになります。それでは、アイドルチームからは、トップバッターとして、安部な……コホン。ウサミン仮面さんに出ていただきます!』

 

「ちょっとっ!その名前で呼ぶのは無しだって言ったじゃないですかっ!」

 

「菜々ちゃん頑張ってー!!」

 

「川島さん!だからナナ……じゃなくて、私はウサミン仮面ですってば!!」

 

『二人とも、酒枡を手にどうぞ!』

 

司会進行役とアイドル仲間の弄りにより、早くも仮面の中身がバレそうになって焦りまくる、自称『ウサミン仮面』のメイドヒーローアイドル。

 

(ああ……ナナのイメージがぁ……)

 

 彼女の仮面の下は、彼女が同胞と呼ぶ『永遠の十七歳』を自称するメイドアイドルヒロイン本人である。実年齢は飲酒が可能な年齢には達しているものの、その自称故にこの手のイベントは、アイドルとしてのイメージを崩壊させかねないだけに、本来ならば顔出しNGなのだ。だが……一月前、スペシャルプログラムの参加者を募っていた楓が彼女のもとへと現れた。現れてしまった。イベントで飲み比べ対決をするための酒豪として出て欲しいという楓の頼みには、当然のことながら難色を示した。そして、当初は断ろうとした彼女だが……いつになく真剣な態度で深々と頭を下げる彼女の姿に、最後には折れてしまい、こうして参加するに至ったのだった。せめてもの抵抗として着用していた仮面だが、最早この場においてはその機能は失われつつあった。尤も、「ウサミン仮面」などと名乗っている時点で手遅れなのだが……

 そんな彼女を余所に、司会進行役はプログラムを進める。終いには、ステージ上に立った時からその正体に気付いていたファンの観客達からも、弄りネタが飛び交う始末。最早止められないと察した自称『ウサミン仮面』は、抵抗を諦めて渋々席に座り、酒吞童子と共に酒枡を手に取るのだった。サイズは一般的な酒枡よりもやや大ぶりの二合枡。そこへ、ステージに上がったアシスタントが酒樽より柄杓で新酒『伊吹大明神』を掬い上げ、酒枡の中へ注ぎ入れる。

 

『それでは、勝負・開始です!!』

 

(プロデューサーさん、恨みますからねぇ……!!)

 

 ことここに至っては、最早逃げ場は無いと、覚悟を決めて酒枡に口を付ける。そして、酒豪を探していた楓に対し、「あいつ、収録後の飲み会で相当な量を飲んでいたんですよ」などとバラし、このような催しに出る原因を作った人物に対して心中で恨み言を呟きながら、自棄酒気味に一気に呷るのだった。

 こうして、トップバッターたるウサミン仮面の心中の慟哭とともに、人間の未来を賭けた妖怪との戦いの幕は開けたのだった――――――

 

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