ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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今回で『高垣楓編』は完結です。
今後の執筆については、後書きに詳細を書きますので、そちらをご覧ください。


酒あわせを守る戦い!最強妖怪 VS 346アイドルAfter20 ③

 鬼ヶ島酒造主催の新酒お披露目イベントにて、サプライズとして催されたスペシャルプログラム<酒豪対決!酒吞童子 VS 346アイドルAfter 20>。開始から二時間以上が経過し、酒吞童子と対決しているアイドルチームは……

 

「うぐぐ……すみません。ナナ、もう限界ぃ~……」

 

 酒量とともに、仮面でカバーしたキャラが限界を迎えたウサミン仮面が崩れ……

 

「はぁと……もう、らめぇ……こいつ、本当の鬼みてえに強すぎ……☆」

 

 いつものスウィーティーキャラを保てない程に酔った心が倒れ……

 

「三番・ユッキー、アウトォォオ……!」

 

 友紀が潰れたことで、トリプルアウトを迎え……

 

「ごめんなさい……私は、これが限界……」

 

 常の美白肌を真っ赤に染める程に飲んだ志乃がリタイアし……

 

「やるわね……!まさか、私が負けるなんて……!」

 

 酒量には相当な自信があったらしい礼子が、想定外の降伏をすることとなり……

 

「も、もう飲めない……その酒量、犯罪的(ギルティ)だわ……」

 

 早苗が『犯罪的(ギルティ)』と評する酒吞童子の圧倒的な酒量に敗れ去り……

 

「私も、もう無理……楓ちゃん、あとよろしく……」

 

 七人目の酒豪、瑞樹までもが完全に余裕を失った状態で倒れ伏した。

 

『さあ、アイドルチームはこれで七人がリタイアとなりました!これでいよいよ勝負も大詰め!アイドルチーム最後の砦、高垣楓さんの出陣です!!』

 

「はーい!高垣楓、行っきまーす!!」

 

 司会進行役の指示に従い、意気揚々と席に座る楓。二合枡を手に取り、アシスタントから酒樽の『伊吹大明神』を注ぎ入れてもらっていた。注がれる透明に光る新酒をうっとりとした、見る者をドキリとさせるような表情で眺めているのだった。

 そんな彼女とは対照的に、隣に座っていた酒吞童子は、酒を飲む手を止めており、その呼吸はやや乱れていた。酒豪アイドル七人を相手に、互角以上の酒飲み対決を繰り広げていた酒吞童子だったが、追い詰められていたのは酒吞童子も同じだった。

 

「……拙いな、親父。想像以上に追い詰められてるな」

 

「一対八とはいえ、人間が酒吞童子様と酒飲みでここまで渡り合うとは……」

 

 ステージ上にて行われている酒吞童子とアイドル達の戦いを見ながら、舞台袖から見ていた鬼童丸と茨木童子がそう呟いた。二人とも、この勝負は酒吞童子がほぼ間違いなく勝つだろうと予想していただけに、これ程までに互角な戦いを繰り広げるアイドル達の奮闘ぶりに心底驚いていた。

 

「残り一人だから、まあ勝てるだろうが……もしかしたら、もしかするかもしれねえな」

 

「それは非常に困ります」

 

 鬼童丸の言葉に、常に氷のような表情を崩さない茨木童子の顔に動揺が走る。その頬には、冷や汗が伝っていた。酒吞童子が不在の間、鬼軍団を統率し、鬼ヶ島酒造を立ち上げて切り盛りしてきたのは、他でもない彼女である。故に、この作戦の立案・決行には誰よりも神経を擦り減らして臨んでいたのだった。

 

「とは言っても、要の親父が酔って倒れちまったら、どうにもなりませんよ」

 

「……万が一、酒吞童子様がそのような事態になった場合には、鬼童丸様に作戦を実行していただきます。既に我らが軍は、国内各所の要衝を押さえるために布陣しています。一気呵成に侵略することができなかったとしても、この国の人間社会に致命的な打撃を与えることは可能です。多少予定は遅れますが、日本征服は十分可能です」

 

「……あのアイドルの姉ちゃん達との約束は?」

 

「そのようなものを守る義務はありません」

 

 楓が酒吞童子に提示した条件を、平然と保護にしようとする茨木童子。彼女にとってこの勝負は、主君である酒吞童子が気まぐれで受諾したものに過ぎず、勝負の行方がどうなろうと、知ったことではなかった。もとより、人間である楓どの約束を守る必要性というものを、微塵も感じていなかったのだ。

 

「約束を破るんですか?親父が納得しますかねえ……」

 

「全ては酒吞童子様のためです。千年前の雪辱を晴らし、この国を酒吞童子様のものとする……そのためならば、私は手段を選びません」

 

「親父のため、ですか……」

 

 全ては酒吞童子のためと口にし、その目的を果たすことのみに執念を燃やす茨木童子に、鬼童丸は頭を掻きながら何とも言えない表情を浮かべた。彼女の酒吞童子を敬愛する気持ちは、肉親である鬼童丸を除けば右に出る者はいない。でなければ、千年もの年月をかけた計画など立てられる筈が無いのだから。

 しかし、その忠誠心故に、鬼童丸は危うさも感じる。日本征服は、確かに酒吞童子が千年前から抱いていた野望である。しかし、その目的を叶えるためならば、本当に何をしても良いのか。妖怪の中でも極悪非道として知られる鬼らしいと言えばらしいが……それでも、踏み越えてはいけない一線があるのではないかと、鬼童丸は思う。

 

「しかし、親父はどうしてこんな勝負を受けたんでしょうね?」

 

「酒飲み対決を仕掛けられれば、酒吞童子様の立場では、譬え相手が人間でも逃げるわけにはいきません。ただ、それだけですよ」

 

 楓からの勝負を受諾した酒吞童子の心情を、酒吞童子としての矜持故であり、それ以上の意味など無いと、茨木童子は断じた。今はもう、日本征服の野望を果たすことにしか意識が向いていない茨木童子に、鬼童丸はそれ以上のことは言わなかった。

 

 

 

 

 

(くっ……人間風情が、中々やるな……!)

 

 アイドルチーム全部で八人いるアイドルチームのメンバーの内、七人をリタイアに追い込んだ酒吞童子だが、自身をここまで追い込んだアイドル達には、素直に感服していた。同時にその酒量には戦慄も覚えていたが……

 

(こいつ等、本当に人間か……一人あたり、二升は飲んでるぞ……!)

 

 鬼ヶ島酒造の新酒『伊吹大明神』のアルコール度数は十五度である。人間が飲める酒量には個人差があるが、少なくとも一升飲めれば十分以上に酒豪である。それを、アイドルチームのメンバー達は、一人あたり倍以上飲んでのけているのだ。酒好きの酒吞童子をして、人間とは思えないという評価は尤もなものだった。

 

(だが……酒吞童子たるこの俺が、負けるわけにはいかんのだ!!)

 

 酒吞童子にも、最強の酒豪妖怪としてのプライドがある。である以上、この戦いに敗れるわけにはいかない。酒を飲む手を止めた状態で瞑目し、大きく深呼吸する。そして、カッと目を見開くと……

 

「おい、“あれ”を持って来い!!」

 

 酒吞童子の酒枡に酒を注ぎ入れていたアシスタントに対し、大きな声でそう呼び掛けた。指示を受けたアシスタント頷くと、舞台袖へと下がっていった。そして、ある物を持ち出してきた。

 

『おーっと!酒吞童子様、ここでトンデモない物を持ち出してきたー!!』

 

 舞台袖に下がったアシスタントが取り出してきたのは、巨大な盃だった。二升半は余裕で入るような、超巨大な盃である。鬼太郎やねこ娘、観客達は、巨大盃の登場に驚愕し、楓すらもが、酒枡を飲もうとしていた手を止めていた。

 アシスタントは酒吞童子の手前にその巨大盃を置くと、盃とともに取ってきたのだろう、盃に見合う巨大な柄杓を手に取り、注ぎ入れ始めた。たっぷりと新酒を注ぎ入れ、二升半に昇る量で満たしていった。

 

「さて……これで、終わらせてもらおう!!」

 

 高らかな勝利宣言とともに、二升半もの日本酒が注ぎ入れられた盃をぐっと呷った。観客全員が驚愕して沈黙する中、二升半もの日本酒は、ゴクリゴクリと喉を鳴らしながら嚥下する酒吞童子の胃の中へと吸い込まれていった。その場にいた誰もの視線を釘付けにしていた酒吞童子は、盃に入っていた日本酒を全て、飲み干してのけた。

 その光景に、観客達は目を見開き、口を開けた状態で硬直していたが、その無理も無い反応である。これまで、アイドル七人を相手に互角に飲んできた酒吞童子は、既に合計十四升に相当する量を飲んでいるのだ。既に人間が飲める酒量を超えている上に、そもそも十四升、即ち二十五・二リットルである。いくら巨体とはいえ、どこにそんな容量があるのかと思わされる程に飲んでいる上に、さらに二升半を一気飲みである。この勝負の真相を知らない観客達も、酒吞童子が人間ではないのではないか、本当の鬼なのではないかと疑い始めている程だった。

 

「クックック……これで俺の勝ちだな」

 

 見事に飲み切って見せた酒吞童子だったが、流石に二升半一気飲みは堪えたのだろう。先程よりもかなり息が荒くなっている。そんな勝ち誇った様子の酒吞童子を、楓は唖然とした表情でしばらく見ていた。楓の戦意をへし折るために取ったかなり強引な力業だったが、効果は覿面だったらしい。

 

「……アシスタントさん」

 

 やがて驚愕した状態からはっと我に返った楓は、ゆっくりと酒枡を持つ手を下ろし、手前のテーブルの上へと置くと、利き手である左手をゆっくりと挙げ、アシスタントを呼んだ。その楓の行動を見た、酒吞童子を含めた誰もが思った。これは、降伏のサインなのだと。まだ一口も酒を飲んでいない楓だが、酒吞童子が見せつけた飲みっぷりを前にすれば、戦意が折れても仕方が無い。

 観客達はやや落胆しながらも概ね同情的にその決断を認め、鬼太郎とねこ娘、小梅と美穂はその顔を絶望に染め、茨木童子をはじめとした鬼軍団は勝利確定に内心で歓喜していた。だが、楓が下した決断とは……

 

「私にも同じものをください!!」

 

 

 

………………

 

 

 

 会場が、一瞬にして沈黙に包まれた。そして、楓の宣言を聞いた一同は思った。このアイドルは、一体何を言っているのか、と。酒吞童子の一気飲みに気圧されて、降伏すると思っていた筈が、同じもの……即ち、酒吞童子が先程持ち込んだものと同一の盃を持って来いと言っている。そしてそれはつまり、先程酒吞童子が飲んだのと同じ量の酒を、楓が飲むと言うことなのか。それを理解した途端、誰もが楓の正気を疑った。人間離れしている酒吞童子――実際、人間ではないのだが――ならばともかく、楓が同じこと……二升半もの量の酒を一気飲みすることなど、できる筈が無い。もしそんなことをしようものならば、放送事故まっしぐらである。止めるべきだと、観客のファンの誰もが同じことを思った。

 だが、そこへ……

 

「はい、お待たせしました」

 

 舞台袖に控えていた鬼童丸が、ステージ上へと姿を現した。それも、酒吞童子が使ったものと同サイズの巨大盃を手に持って。

 

「ありがとうございます」

 

「どういたしまして。それじゃあ、お酌よろしく」

 

 そして、楓からの感謝の言葉を受け取ると、アイドルチームの盃に酒を注いでいたアシスタントに大型の柄杓を手渡し、そのまま舞台袖へと下がっていくのだった。それと同時に、ステージ上に立っていた司会進行役とアシスタントも正気に戻り、再びプログラムを進行させるのだった。

 

『……と、とんでもない展開になりました!高垣楓さん、酒吞童子様と同じ盃で勝負をすると言い出しました!!果たして、飲み切れるのでしょうか!?』

 

 その場にいた全員が騒然とする中、楓の巨大盃には大量の日本酒が注がれていく。その様子を、酒吞童子は勿論、常に冷徹な茨木童子ですら、信じられないものを見るような顔で見ていた。

 やがて、巨大盃は先程の酒吞童子のものと同様、二升半相当の日本酒で満たされた。そして楓は、それを両手で持つと、その細腕からは考えられないような力を発揮して軽々持ち上げ……ゆっくりと仰いでいった。

 

ゴクリ……ゴクリ……ゴクリ……ゴクリ………………

 

 一口、また一口と、楓が盃の中身を飲み込んでいく音が、非常に大きく聞こえた。それは、まるで会場中に響いているかのような錯覚すら起こさせる程だった。何分が過ぎただろうか、やがて楓は、盃をゆっくりと手前のテーブルへと置いた。そして、

 

(しゅ)あわせ♪」

 

 うっとりとした笑顔で、そう感想を口にした。あれだけ大量の酒を飲んでおきながら、ケロリとしている楓の姿に、観客は本日何度目になるかも分からない驚愕に見舞われ、唖然としていた。

 その姿に、酒吞童子と茨木童子だけでなく、鬼太郎やねこ娘といった面々までもが、背筋に薄ら寒い感覚を覚えていた。これまで退けてきた七人もそうだったが、この楓は別格である。本心から「こいつ、人間なのか?」と疑問に思ってしまう程だった。

 

「すみませーん!もう一杯、お願いします!」

 

『!?』

 

 そして、まさかのおかわり宣言である。衝撃のあまり、楓の相手である酒吞童子だけでなく、司会進行役までもが口をあんぐりと開けて衝撃を受けてしまった。楓の傍に控えていたアシスタントは、ぎこちない動作ながらもいち早く復活し、楓の盃に酒を注ぎ始めた。皆が顔を引き攣らせながらその様子を見守る中、楓の手前のテーブルに置かれた盃の中身は、再び酒で満たされていった。

 やがて、盃が満杯になったところで、楓は再び盃に手を掛けた。そして、その細腕からは考えられないような腕力でもって二升半もの酒で満たされた盃を持ち上げ、呷り始めた。

 

「馬鹿、な……」

 

 酒吞童子が思わず呟いたその言葉は、会場に集まった人間と妖怪全ての心情を代弁していた。誰もが驚愕で信じられないと言わんばかりに目を見開く中、楓は先程と全く変わらないペースのまま、どんどん盃を傾けていき……全てを飲み干した。

 

「ふぅ~……やっぱり、(しゅ)あわせ!

 

 盃に入っていた酒全てを飲み干した楓は、空になった盃をテーブルの上に置き、ほんのりと朱に染まった頬に手を当て、心の底から幸せそうな表情を浮かべながら、そう口にした。まるで、酒を飲んだことで若返ったかのような艶やかな楓の姿に、観客一同は勿論、会場の見張り役の仕事をしていた鬼の妖怪達の中にもまた、見惚れる者がいる程だった。

 

「くっ……こっちも酒を注げ!!」

 

 そんな楓に負けられないのが、酒吞童子である。あのような飲みっぷりを見せられては、最強の酒飲み妖怪としては、黙っていられない。酒吞童子自身、七人を下したその上に、二升半の一気飲みを行い、既に酒量は限界を迎えている。だが、その限界を振り切ってでも挑まねばならない勝負がそこにはある。

 酒吞童子の指示に従い、アシスタントが空の盃へと酒を注ぎ入れる。やがて、再び酒で満たされた盃を手に取り、酒吞童子はこれを力強く一気に持ち上げ、呷った。

 

ゴクリ……ゴクリ……ゴク――――――

 

 だが、酒吞童子が盃の酒を飲み干すことはできなかった。酒を飲むごとに慣らす喉の音が唐突に止み……それと同時に、酒吞童子が持っていた盃がゆっくりと下がっていた。中に残っていた酒に、酒吞童子が顔を付けた状態で――――――

 

「酒吞童子様!?」

 

 盃の中の酒に首を突っ込み、溺れている状態の酒吞童子を見た茨木童子が、思わず悲鳴に似た声を上げた。誰がどうみても、これ以上の飲酒ができる状態でないことは明らかだった。そしてそれは、酒吞童子の敗北を意味する。

 

『な、なんということでしょうか!?我らの酒吞童子様が、お酒に溺れています!最早、お酒を飲むことなど不可能でしょう!!』

 

 その様子を見ていた誰もが、司会進行役と同じことを思った。そしてそれは、この勝負の決着を意味することでもある――

 

『よってこの勝負は、アイドルチームの勝利です!!大妖怪・酒吞童子様は、アイドルの酒豪達を前に、敗れました!完膚なきまでの敗北です!!』

 

 司会進行役の勝利宣言に、しかし観客達は楓の一気飲みの衝撃に唖然としていたままだった。だが、観客達は徐々に正気に戻ってゆき……楓の勝利を認識し、会場は大歓声に包まれるのだった。

 

「酒吞童子様!しっかりしてください!酒吞童子様!!」

 

「駄目だな。完全に酔い潰れてやがる……」

 

 楓率いるアイドルチームの勝利に観客達が湧き立つ一方で、茨木童子と鬼童丸は、文字通り酒に溺れていた酒吞童子を起こし、目覚めさせようとしていた。茨木童子が常の冷静さを失った状態で、半ば必死の声色でその名前を呼んでみるものの、酒吞童子は気を失った状態で目覚めない。頬を叩いても同様である。

 

「こりゃあ、しばらくは目覚めそうにねえな。この有様じゃあ、日本全土へ向けた妖力の解放なんてできやしねえ。茨木姐さん、残念だが……」

 

「いいえ、まだです。酒吞童子様の行動不能という、最悪の展開となってしまいましたが、全く想定していなかったことではありません。鬼童丸様さえいれば、不完全ながらも作戦は実行できます。それに、酒吞童子様さえいれば、作戦が不完全でも、日本征服は十分可能です。鬼童丸様、プランBの実行をお願いします。四天王には、私から連絡を行います」

 

 作戦の要たる酒吞童子様が戦闘不能に陥りはしたものの、まだ望みはある。国内全域の飲酒者を鬼に変えることはできないが、この関東会場をはじめとした、日本国内各所の要衝を押さえてしまえば、日本征服に王手はかけられる。

 観客達は今、勝利を収めたアイドルチームの主将たる楓に注目している。その隙に、酒吞童子抜きでの作戦実行のための段取りを鬼童丸と手短に行った茨木童子は、作戦変更の旨を、ここ以外の国内四カ所の要衝に布陣している四天王へと携帯電話で連絡を取ろうとする。だが、携帯電話を手に取った茨木童子の手を止める者がいた。

 

「酒吞童子様……!?」

 

「………………」

 

 茨木童子の作戦決行を止めたのは、酔い潰れていた酒吞童子だった。酒吞童子の手が、携帯電話を握る茨木童子の手をがっちりと握り、離さない。茨木童子の作戦実行を、絶対に許さないとばかりに……

 

「……茨木姐さん、ここまでだ」

 

「鬼童丸様……」

 

 主君である酒吞童子が作戦実行を拒んだ以上、部下である茨木童子も、息子である鬼童丸も、それに従わざるを得ない。茨木童子は、主君の命令とはいえ不承不承ながらも携帯電話を握る手を下ろすしかなかった。

 

「……茨木姐さん、一先ず親父をここから連れ出しましょう」

 

「分かりました……」

 

 鬼童丸の意見に賛成した茨木童子は、鬼童丸と共に、未だ酔い潰れた状態の酒吞童子に肩を貸して舞台袖へと撤収していくのだった。

 

『それでは皆さん!アイドルチームの方々と善戦した、酒吞童子様にも、盛大な拍手をお送りください!!』

 

 司会進行役の言葉とともに観客席から注がれる、大歓声を背に受けながら――――――

 

 

 

 

 

 

 

 酒吞童子とアイドル八人による酒飲み対決という特別プログラムが終了した後は、新酒紹介のためのイベントは恙なく進んだ。八人ものアイドルを動員したイベントに、ファンやメディアは大いに湧き立ち、鬼ヶ島酒造のイベントとしては、大成功を収めていた。

 そう、飽く迄、鬼ヶ島酒造のイベントとしては………………

 

「まさか、千年もの時をかけて計画してきた我々の計画が、このようなことで頓挫するとは……!」

 

「茨木姐さん……」

 

 鬼ヶ島酒造の新酒紹介イベントの真の目的たる日本征服計画が不発に終わったことに、作戦の司令塔を務めていた茨木童子は、歯噛みしていた。今、彼女と鬼童丸がいるこの場所は、イベントスタッフが詰めている特設テントだった。そして、二人の目の前には、一台の大型ベッドが置かれていた。その上には、アイドル八人を相手に酒飲み対決を行った末に酔い潰れた酒吞童子が眠っていた。

 

「確かに、今回の作戦は延期せざるを得ません。しかし、鬼ヶ島酒造は未だ健在です。これならば、次の新酒紹介イベントの開催が狙えます。それでなくとも、この国には年中祭事があるのですから、妖力を込めた酒を使った作戦はいくらでも実行の機会があります」

 

 不本意ながらも、今回の作戦は諦めざるを得ないことを認める茨木童子。しかし、酒を使った作戦自体は諦めるつもりは無いらしい。

 しかし、そんな茨木童子の意見に対し、鬼童丸は難色を示した。

 

「……それで仮に日本を手に入れられたとして、本当に親父は喜ぶんですかね?」

 

「鬼童丸様……?」

 

 作戦はまだこれからだとする茨木童子に対して、気が進まないと言いたげな態度を示す鬼童丸に、茨木童子は怪訝そうな表情を浮かべる。自身の主君であり、鬼童丸の父親である酒吞童子の夢を叶えようというのに、何故、消極的なのか。鬼童丸の心の内が、茨木童子には分からなくなってしまった。

 

「おじゃましま~す」

 

「なっ!?」

 

「あんたは……!」

 

 ベッドで眠る酒吞童子の前で、茨木童子と鬼童丸が向かい合う中、気の抜けるような訪問者の声が響く。三人が入っている特設テントの中へ入ってきたのは、先程、酒吞童子と酒飲みの激闘を繰り広げていた楓だった。巨大盃で二杯もの量を飲み干してから、一時間程度しか経過していないにも関わらず、頬がほんのり酒に染まっている程度で、あまり深酔いしている様子はなかった。

 楓の後ろには、鬼太郎とねこ娘が立っていた。さらにその後ろには、楓と同じ事務所に所属している小梅と美穂の姿もあった。前者の妖怪二人は楓の御英訳、後者のアイドル二人は楓と鬼太郎達を心配してついてきたらしい。

 

「一体、何のご用ですか?我々の作戦は、あなたの思惑通りに潰えました。まさかこの上、酒吞童子様の命まで奪おうとでもお思いですか?」

 

 酔い潰れて眠っている今の酒吞童子ならば、鬼太郎達でも殺すことは十分可能である。千年前の……かつて酒吞童子が首を刎ねられた時がそうだったように、今回も酔い潰れた酒吞童子の寝首を搔きにきたとしても、おかしくはなかった。しかし、当然のことながら、茨木童子はそれを許しはしない。酒吞童子を守るように前へ出ると、妖力を滾らせて臨戦態勢をとる。

 

「やめろ、茨木童子。お前達の計画が不発に終わった今、僕達はこれ以上酒吞童子を攻撃するつもりは無い」

 

「鬼太郎さんの言う通りですよ。私は少し、酒吞童子さんとお話ししたいことがあって来たんですよ」

 

 酒吞童子に危害を加えるつもりは無いと言う鬼太郎と楓だが、酒に酔わされて主君を殺された経験故に、茨木童子は信用することは無かった。

 

「落ち着いてください、茨木姐さん。こいつら、本当に親父を殺しに来たってわけじゃないみたいですよ」

 

 鬼童丸に宥められ、ようやく殺気と妖力を収める気になった茨木童子だが、警戒を緩める気配は無く、後ろのベッドで眠る酒吞童子を守れる位置に立ち、そこから動こうとはしなかった。

 

「……それで、酒吞童子様へ害為すつもりが無いというならば、一体何をしに来たというのですか?」

 

「はい。酒吞童子さんと、少々お話しがしたくで、この場を訪れさせていただきました」

 

 茨木童子の問いに答えたのは、楓だった。隣に立つ鬼太郎とねこ娘は、溜息を吐きながら頷いているところを見るに、どうやら嘘ではないらしい。

 

「しかし、酒吞童子様は今お休み中です。あなたとお話しすることは叶いません。お引き取り願います。」

 

 しかし、肝心の酒吞童子が酔い潰れて寝ている今、話をすることなどできない。酒吞童子に対して危害を加えるのではという不信感もある以上、これ以上この場に止まらせるわけにはいかないと判断した茨木童子は、楓等にこの場を去るように促す。しかし、

 

「待て、茨木」

 

「酒吞童子様……!?」

 

 それに待ったをかけたのは、ベッドの上で眠っていた酒吞童子本人だった。酔いが完全には醒めず、若干ふらつきながらもベッドから起き上がると、鬼童丸の手を借りながら立ち上がった。

 

「俺に話があるそうだな。一体、何の用件だ?」

 

「酒吞童子さんに、聞きたいことがあったんです。それは、茨木童子さんにも、ぜひ聞いて欲しいことなんです」

 

「……私にも?」

 

 一体、酒吞童子に聞きたいこととな何なのか。それに、茨木童子にも聞いてほしいと言っている。茨木童子が怪訝そうな表情で聞き返す一方、酒吞童子と鬼童丸は、思い当たることがあったらしく、気まずそうな表情を浮かべていた。

 そんな二人の態度を見た楓は苦笑すると、改めて佇まいを直し、今度は真剣な表情で酒吞童子に向き合った。

 

「酒吞童子さん。あなたは本当は、今回の日本征服の計画について、本当は乗り気じゃなかったんじゃないですか?」

 

『なっ……!?』

 

 いきなり切り出してきた楓の問い掛けに驚愕する一同。鬼太郎や目玉おやじ、ねこ娘は勿論、同伴していた小梅や美穂までもが、楓が口にした言葉の意味をすぐには理解できず、目を丸くしていた。中でも一番反応が顕著だったのは、茨木童子だった。

 

「……どういうことですか?酒吞童子様が、この作戦に反対していたとでも言いたいのですか?」

 

「その通りです」

 

 茨木童子が、苦々し気に口にした推測を、楓はあっさり肯定した。それを聞いた茨木童子は、先程よりも剣呑な空気を纏い、若干声を荒げながら否定した。

 

「そんな筈がありません!日本征服は、我等鬼妖怪の悲願!千年前のかつても、酒吞童子様はこの国を手中に収めるために、我等と共に邁進していました!それを、酒吞童子様本人が否定することなど、断じてあり得ません!!」

 

 主君たる酒吞童子が、日本征服の野望を果たすことに消極的だなどという楓の推測は、茨木童子にとって、譬え冗談であっても許すことができないものだった。酒吞童子に対する忠誠心を貫き通し、その野望を果たすために力を尽くしてきた彼女にとって、酒吞童子の野望の否定は、酒吞童子が帰ってくるまでの彼女の千年間を否定することと同義なのだ。

 一方、鬼太郎や目玉おやじ達は、茨木童子程ではないものの、酒吞童子がこの作戦の実行に消極的だという事実には懐疑的だった。何故そのような推測に至ったのか、目玉おやじが問い掛けた。

 

「茨木童子の言うことも尤もじゃ。楓さん、どうして酒吞童子が、日本征服を果たすための作戦に反対しているなどと思ったのじゃ?」

 

「酒吞童子さんは、日本を征服することに反対していたんじゃありませんよ。この作戦に……日本酒を使って人間を鬼に変える作戦を実行することに反対していたんです」

 

「それってつまり、目的じゃなくて手段が気に食わなかったってこと?」

 

 ねこ娘が一連のやりとりから考察して口にした結論に対し、楓は頷いた。そしてそのまま、酒吞童子の内心に迫るように続けた。

 

「私も酒吞童子さんと同じで、お酒が大好きだから分かるんです。お酒っていうのは、ただ美味しいだけじゃなくて、飲むだけで幸せになれる……そんな素敵な飲み物なんです。だから、譬え憎い相手だったとしても、他の誰かを不幸にするためにお酒を利用することは、許せないんじゃないかって……そう思ったんです。違いますか、酒吞童子さん?」

 

 楓がそう問い掛けるのと同時に、その場にいた全員の視線が酒吞童子へと向けられた。酒吞童子当人は、顔を俯けて地面を見つめていたが、やがて震えながら口を開いた。

 

「………………その通りだ。」

 

「酒吞童子様……!」

 

 酒吞童子が絞り出すように口にした言葉に、茨木童子が先程以上に驚愕に顔を染めて声を上げた。酒吞童子の反応を見る限り、とても嘘とは思えない。その場にいた誰もが、楓の推測が正鵠を射ているものだと確信していた。

 

「俺は確かに、千年経った今でも、日本を征服することを諦めていなかった。俺を酒に酔わせて騙し討ちしやがった人間を憎んでいるのも事実だ。だが……それでも、酒をこんなことに使うのだけは、間違っている。それだけは、千年前から変わらない考えだ……」

 

「ならば何故、茨木童子に対して作戦の中止を言い渡さなかったのじゃ?」

 

「……言えなかったんだよ。茨木達は、この千年もの間、大勢の子分の面倒を見ながら俺の帰りを待っていてくれた上に、こんな立派な酒蔵まで作ってくれていたんだ。譬えやりかたが間違っていたとしても、俺のためにここまでしてくれた連中の想いを否定するような真似は、とてもじゃねえが、できなかった……!」

 

 身体を震わせながら、涙声交じりに懺悔する酒吞童子に対して、誰も声を掛けることができなかった。唯我独尊で血も涙もない最強妖怪として世に知られている酒吞童子だが、同胞に対する思い遣りや義の心というものは、確かにあったのだ。だからこそ、自身の価値観と、部下達からの羨望や期待の板挟みになり、主張を貫くことができないこともある。今回の場合も、千年もの不在故に多大な苦労をかけた茨木童子達に対する負い目故に、その期待や羨望に応えなければという考えに駆られ、流されるままに作戦実行に至ってしまったのだった。

 

「成程……楓さんの勝負を受けたのも、最初に僕達と戦った時に追撃をかけてこなかったのも、作戦を止めてくれるのではないかと期待していたからということか」

 

「……その通りだ。だが、本心では賛成できないとはいえ、やるとなった以上は、手を抜くことはできん。全く、虫のいい話だと自覚はしていたがな……」

 

 小梅が抱いた、何故、酒吞童子はわざわざ酒飲み勝負を受けて立ったのかという疑問。そして、初戦で追撃をかければ皆殺しにできた筈の鬼太郎達に、何故、手心を加えたのかという疑問。それらが氷解した瞬間だった。

 茨木童子達の推し進める作戦を止めることができなかった酒吞童子の最後の望みは、自身を倒して作戦を止める程の強者の出現だったのだ。尤も、最強と呼んでも過言ではない大妖怪である酒吞童子を倒せる者など、そうそういる筈がない。酒吞童子が自嘲した通り、全くもって虫のいい話だった。

 

「俺も、力尽くで俺を止めてくれる奴が現れるなどとは正直期待していなかったが、まさかこのような方法で計画を止められるとは、流石に予想外だったがな……」

 

「酒吞童子さんに褒められるなんて、光栄です」

 

「……まあ、そうだな」

 

 酒吞童子の「予想外」という言葉を誉め言葉と捉えた楓が笑顔で返す。酒吞童子としては、自身を破った楓や今回の勝負に参加した他のアイドル達のことを、勿論誉めはしたものの、それ以上に人間なのかと疑いたくなるような酒量に戦慄している部分が大きかった。

 

「……話が逸れたな。ともあれ、これが本当の俺だ。部下を制することもできず、自分の主張を通すためには、憎んでいた人間にすら頼らなければならない……全く、大妖怪が聞いて呆れる。妖怪の世界の笑い種だ」

 

 そう言って自嘲する酒吞童子。そこには先程までの威厳とカリスマに満ちた大妖怪の姿は無かった。その地位立場故に様々な柵に囚われ、板挟みになって動けなくなったその姿は、人間のそれとあまり変わらないようにも見えた。

 

「茨木、お前にも詫びなければならん。千年前、人間相手に油断したために殺されて、千年も苦労をかけたお前や、他の子分達の想いに、俺は全く応えられなかった……!」

 

「それは違います!!」

 

 恐らく、数ある部下の中でも最も苦労をかけたであろう茨木童子に向けて頭を下げ、謝罪する酒吞童子。だが、酒吞童子は大声を上げてそれを否定した。

 

「本当に謝罪せねばならないのは、私です!酒吞童子の代わりに皆を統率する立場にありながら、肝心の主君である酒吞童子様のご意思を汲み取れなかった……この私こそ、責められるべきなのです!!」

 

 悲痛な叫びと共にそう叫んだ茨木童子は、地面に膝を付いて土下座した。何においても最優先にしなければならない相手でありながら、その意思を蔑ろにしてしまった、自身の主君に対して……

 

「酒吞童子様にそのようなご心痛を強要したのは、人間に対する憎しみのあまり目が眩んだ、この私の至らなさ故です!全ては酒吞童子様のためと言いながら、私情を優先し、主君の意に背いた私には、酒吞童子様のお側に控える資格はありません……!」

 

 先程の酒吞童子同様、身体を震わせながら涙声で話す茨木童子。酒吞童子の右腕たる彼女には、主君の考えを正確に伝える義務がある。私情を挟み、主君の意に反する作戦を立案するなど、もってのほかである。茨木童子本人が言う通り、決して許されることではないのだ。

 

「酒吞童子さん。あまり、茨木童子さんを責めてはいけませんよ」

 

 酒吞童子と茨木童子の間に気まずい空気が流れ、誰もが沈黙するしかなくなったその状況の中で口を開いたのは、楓だった。

 

「私、実は未成年だった頃からずっと、鬼ヶ島酒造のファンだったんです。お父さんやお母さん、周りの大人の人達は、皆そのブランドのお酒が大好きで、飲んでいるところを見ると、本当に幸せそうでした。それで、二十歳になって初めて飲んだのが、鬼ヶ島酒造の……茨木童子さん達が作ったお酒でした。とっても美味しく、一口飲んだだけで、日本酒の虜になっちゃいました。けど、ただ美味しいだけじゃなくて……飲む人を幸せにしたいっていう、優しさに溢れていたように思えたんです」

 

 鬼ヶ島酒造の日本酒を初めて飲んだ当時のことを、初恋の思い出を話すかのように、頬を朱に染めて懐かしそうに話す楓。彼女にとって、鬼ヶ島酒造の日本酒との出会いは、恋人との出会いに等しく印象に残るものだったのだろう。

 そして楓は、鬼ヶ島酒造で作られた日本酒の味の理由について、自身が感じて得た答えを語りだす。

 

「けれど、鬼ヶ島酒造のお酒が美味しい理由が、今日ようやく分かったんです。茨木童子さんも、他の鬼の方々も、酒吞童子さんに飲んで欲しいと思って……幸せになって欲しいと思って、千年もの間、帰りを待ち続けながら作っていたんです。やり方は間違っていたかもしれませんけど、茨木童子さん達が酒吞童子さんに対する想いは、本物です。だから、どうか許してあげてください」

 

 両手を祈るように組み、茨木童子を許して欲しいと懇願する楓。それに対し、酒吞童子は首を横に振った。だが、楓の懇願を断ったのではなかった。

 

「許すも何も、俺には茨木を責めるつもりも資格も無い。今回の作戦は、部下を制することができなかった俺の責任なのだからな。それに、俺の右腕は茨木童子以外にあり得ん」

 

「酒吞童子様……!」

 

 茨木童子を咎めるつもりは無いという酒吞童子の言葉を聞き、楓は安堵する。茨木童子は、酒吞童子の言葉に感涙していた。

 

「茨木姐さんじゃねえと、俺達をまとめ切れねえからな。親父にも、まだまだ姐さんは必要だ」

 

「鬼童丸……関係ない風を装っているが、お前、本当は気付いていたんじゃねえのか?」

 

「まあな」

 

 酒吞童子の鋭い指摘に対し、しかし鬼童丸は飄々とした態度を崩さずにあっさりと肯定した。そんな鬼童丸の態度に、酒吞童子は溜息を吐く。

 

「気付いていたなら、茨木に教えてやれば良かったものを……」

 

「いや、それは本人が気づくべきことだろ。もしくは、親父の口から直接話すべきことだ。俺に説明責任を求めるのは、お門違いじゃねえか?」

 

「そりゃあ……まあな」

 

 酒吞童子の一人息子であり、鬼軍団の若頭に相当する地位にある鬼童丸には、父親の右腕である茨木童子を補佐する義務がある。だが、酒吞童子の右腕ならば、その内心を理解できなければならない。鬼軍団の組織に重大な損害を与える可能性のある重大事項ならば、茨木童子に進言する義務はあるだろうが、今回の場合は鬼童丸の言うように、茨木童子が自ら気付く、もしくは酒吞童子が自ら話すべきことだった。鬼童丸の言う通り、義務は無いのだ。

 しかし、鬼童丸とて意地悪で話さなかったわけではない。茨木童子に自ら気付いてほしいと願い、敢えて黙っていたのだ。それを分かっていたからこそ、酒吞童子はそれ以上鬼童丸を責めることはしなかった。

 

「皆さん、とりあえず仲直りができたようで良かったです。それに、お酒を使った日本征服作戦も実行せずにいてくれるようで、安心しました。せっかく売り出された鬼ヶ島酒造の新酒が、このまま美味しくないままなんて、勿体無さ過ぎると思ってましたから」

 

「美味しくない?……そりゃあ、どういうことだ?」

 

 鬼ヶ島酒造の新酒が美味しくないと言った楓の言葉が気になった鬼童丸が、楓に問いを投げる。対する楓は、苦笑しながらその理由を話し始めた。

 

「一月前に、販売日を前倒しして分けていただいた『伊吹大明神』を飲んのですが……どうしても、美味しいとは思えなかったんです。けど、鬼太郎さんから酒吞童子さん達の計画を聞いた時に、その理由が分かったんです」

 

「酒に籠められた妖力を、感じ取ったというのか……!?」

 

 酒に籠められた妖力は、味覚や嗅覚では感知できない。鬼太郎のように妖力を感知する能力に優れた妖怪や、小梅のような霊能力者、或いは陰陽師といった者達でなければ、まず見破ることはできないのだ。そのいずれにも属さない筈の楓が、酒に籠められた妖力という異物を感知してのけたことに、酒吞童子達は勿論、鬼太郎と目玉おやじまでもが驚愕していた。

 

「成程な……お前が俺を止めることができた理由が、分かった気がするぜ」

 

「ずっと鬼ヶ島酒造のお酒を飲んできたファンですから」

 

 日本酒をこよなく愛するが故に、今回の作戦を見抜いたのみならず、酒吞童子を止めることすらできたのかもしれない。そんな酒吞童子の推測を、楓は笑顔で肯定した。

 

「それより、今回の勝負に勝てたら、言うことを聞いていただくという話なのですが……」

 

「ああ、分かっている。酒を使った日本征服作戦は、金輪際行わん。だが、酒吞童子の名にかけて、日本征服自体を諦めるわけにはいかん。いずれはまた、この国を支配するために行動を開始するが……少なくとも、お前達が生きている間は何もしないことを誓おう」

 

「でしたら、向こう百年の侵略活動の停止とするのはいかがでしょう?」

 

 先程まで号泣していた茨木童子だったが、即座に立ち直り、いつもの秘書然とした佇まいで酒吞童子に対して提案を行う。それに対し、酒吞童子は頷き、楓に向き直った。

 

「そうだな……それでどうだ?」

 

「はい。異論はありません」

 

「……僕達も、その条件で文句は無い」

 

 今回は退くが、日本征服は諦めず、百年の侵略活動停止で手を打つことで、楓と鬼太郎は了承した。人間にとっては非常に長い、恐らくは生きていられないであろう年月であるが、妖怪にとっては瞬く間に過ぎていく時間である。千年以上の時間を生きてきた酒吞童子達にとっては、大した問題ではなかった。鬼太郎達にしても、百年もの期間があれば、十分に対策が練れる。何より、酒吞童子の所在が明らかになっている状態ならば、その動向を監視し、侵略活動を察知することも可能となる。

 ともあれ、目下の問題であった酒吞童子の作戦は、これで止めることができた。条件についても擦り合わせも完了した。これで交渉は完了………………誰もがそう思った時だった。

 

「それでは、これで私の望みは聞いていただけましたので、他の七人のお願いを聞いていただくとしましょう」

 

『………………は?』

 

 楓の言葉に、目を点にする一同。楓はそのまま、その場の一同の思考が回復するのを待たずに続けた。

 

「アイドルチームは、私を含めて八人でしたので、勝ったひと全員の言うことを一つずつ聞いていただきます」

 

「ちょっと待て。俺のところに交渉に来ていたのは、お前一人の筈だろう」

 

「はい。その通りです。しかし、負けた方が勝った方の言うことを聞くというお約束でしたので、チームの皆に一人ずつ言うことを聞いていただきたいと思います」

 

「そ、そんな横暴な!あなたの言うこと以外を聞く義務など……!」

 

「それじゃあ、皆さんからの希望をまとめた紙を用意いたしましたので、こちらの内容を叶えていただきますようお願いします」

 

「聞きなさい!」

 

「……まあ待て、茨木。話だけでも聞こうじゃねえか」

 

 取り乱して声を上げる茨木童子の言葉に聞く耳を持たず、そのまま自身の要求を押し付けようとする楓。当然のことながら反論する茨木童子だったが、酒吞童子から冷静になれと窘められ、楓から渋々紙を受け取った。

 しかしそこには、冷静沈着な茨木童子ですら目を剥くような要求が、各メンバーの名前とともに書かれていた――――――

 

 

 

ウサミン仮面:鬼ヶ島酒造グループの社員全員、アイドルチームのメンバー全員と安部菜々のファンクラブに入会し、CDも買う。

 

佐藤心:鬼ヶ島酒造グループと346プロダクションでスポンサー契約を結び、今後開催する新酒関連のイベントに、アイドルチームのメンバー全員と安部菜々の都合がつく限りゲストとして招待する。

 

姫川友紀:鬼ヶ島酒造グループがスポンサーをしているプロ野球チーム『キャッツ』の試合のチケットを、アイドルチームのメンバー全員と安部菜々の都合がつく限りVIP席で提供する。

 

柊志乃:鬼ヶ島酒造グループが開催しているワイナリーツアーの年間フリーパスをアイドルチームのメンバー全員と安部菜々に提供する。

 

高橋礼子:鬼ヶ島酒造グループが主催するパーティーに、アイドルチームのメンバー全員と安部菜々をゲストとして招待する。

 

片桐早苗:鬼ヶ島酒造グループが経営している天然温泉兼エステサロンの年間フリーパスをアイドルチームのメンバー全員と安部菜々に提供する。

 

川島瑞樹:鬼ヶ島酒造グループが製造している酒を原料とした高級化粧品を、毎月アイドルチームのメンバー全員と安部菜々に送る。

 

 

 

『………………』

 

 その、あまりにもあんまりな要求内容に、酒吞童子達は沈黙してしまった。鬼太郎や小梅達も、思わず顔を引き攣らせていた。しかも、各種『年間フリーパス』については、346プロダクションとのスポンサー契約が持続する限り、永続的に提供しなければならないのだ。

 しかし、それも仕方の無い話である。今回、このイベントにおいて酒飲み対決という仕事を依頼した当初、チームのメンバー達は参加に難色を示していた。ウサミン仮面は言わずもがな。アイドルに大酒飲みという印象は、マイナス要因になりかねないのだ。故に、この手のイベントへの参加に消極的になるのは、致し方の無いことだった。そこで楓は、この勝負に勝てれば鬼ヶ島酒造の社長に働きかけて、様々な要求を呑ませることができると話したのだった。その説得の効果は覿面であり、難色を示していたアイドル達は一様に手の平を返し、参加を承諾したのだった。

 

「これは……あまりにも欲張り過ぎでは?」

 

「勝負に負けた方が、勝った方の言うことを聞くということでしたので、私を含めて八人全員のお願いを聞いていただくのは当然のことだと思いますよ?」

 

 勝負に負けた方が勝った方の言うことを聞くという条件だったが、言うことを聞く相手の数を指定していなかった。そこで楓は、契約の盲点とも呼べるこの部分を突いたのだった。

 

「それでは、お願いしますね。アイドルが(さけ)を飲んで勝ち取った勝利なんですから、やっぱり駄目だなんて、口がさけ(・・)ても言っちゃ駄目ですよ。もう、さけ(・・)られないものだと、思ってくださいね」

 

「………………良いだろう」

 

 いつもと変わらないペースでダジャレを連発する楓に対して、酒吞童子は力なく頷くのだった。結局、アイドルチームの要望に唖然としてしまった一同だったが、鬼ヶ島酒造の社長である酒吞童子の宣言により、その全てが了承されることとなり……346プロダクションは鬼ヶ島酒造とスポンサー契約を結び、結果的に両社はさらなる繁栄を遂げることとなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや~。それにしても、何もかも丸く収まって、めでたしめでたしだぜ」

 

「よく言うわよ。そもそもあんた、鬼太郎に妖力が盛られたお酒を盛って失敗した挙句、鬼の手下にされたくせに」

 

 いつもの通り、ゲゲゲの森に集まっているねずみ男のぼやきに、ねこ娘が呆れながら突っ込みを入れた。茨木童子妖力を受けて鬼と化したねずみ男だったが、作戦が中止となったことで、無事に元の姿に戻ることができたのだった。その様子を、鬼太郎と茶碗風呂に浸かった目玉おやじが苦笑しながら見ているのだった。

 酒吞童子とアイドル達の激闘から一週間。人間界は勿論、妖怪達の住処であるゲゲゲの森には、平穏が戻っていた。あれ以来、酒吞童子率いる鬼軍団は、楓との約束を守り、人間界での悪さをすることは一切無くなり、鬼ヶ島酒造の経営者として日々酒造りとそれに関連したグループ事業に精を出していた。ちなみに、酒に混入されていた妖力については、酒吞童子が全て霧散させたことで、新酒『伊吹大明神』はただの日本酒へと戻り、多くの人々に愛飲されている。

 

「酒吞童子も大人しくなったお陰で、平和そのものですね」

 

「全くじゃわい……おお、小梅ちゃん、もう少しお湯を入れてくれんかのう?」

 

「はい、目玉おやじさん」

 

 目玉おやじの要望に応え、茶碗風呂へとお湯を注ぎ足す小梅。ゲゲゲの森にある鬼太郎の家に遊びに来ている彼女だが、実体はない。幽体離脱の術を高い練度で習得している小梅は、今や人間の世界と葉離れた次元に位置するゲゲゲの森を行き来することができるのだ。人間界では、物に触れることすらできない幽体だが、人の理から外れたゲゲゲの森ならば、実体がある時と同様に、薬缶を手にすることもできるのだった。

 

「楓さん達も、ファンもお仕事も一気に増えて、喜んでいたよ」

 

「最強の鬼軍団をアイドルのファンにしてしまうとは、恐れ入るわい」

 

「全くですね」

 

 日本征服作戦を止めるだけでなく、仲間を巻き込むことで、ちゃっかり得をした楓の強かさには、その場にいた鬼太郎や目玉おやじは勿論、後から話を聞いた砂かけ婆や子泣き爺すらも感心してしまう程だった。

 そうして、楓が酒吞童子と繰り広げた壮絶な戦いと事後について苦笑しながら談笑している時だった。鬼太郎の家の窓から、白く長い姿をした仲間の妖怪、一反もめんが姿を現した。

 

「お~い、鬼太郎!妖怪ポストに手紙が届いとるぞ!」

 

「ああ、ありがとう。ええと、宛名は……」

 

 妖怪ポストから取り出してきたという手紙を一反もめんから受け取る鬼太郎。とりあえず、宛名を見てみることにしたが……そこには、意外な名前が書いてあった。

 

「酒吞童子!?」

 

「はぁっ!?」

 

 まさかの宛名に、鬼太郎は驚きに声を上げ、ねこ娘も思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。先程まで話に出ていた鬼軍団の頭領である酒吞童子が、鬼太郎に手紙を寄越したのだ。一体、鬼太郎に何の用があるというのか……全く見当がつかない。一先ず、中身を読んでみることにした鬼太郎は、封筒の中に入っている便箋を取り出して広げた。ねこ娘と小梅、ねずみ男、一反もめんもまた、手紙を読んでいる鬼太郎の後ろに回り込み、その内容に目を通す。

 そこには、鬼太郎達の予想の斜め上を行く内容が記載されていた………………

 

 

 

 

 

ゲゲゲの鬼太郎へ

 

先日の一件では、世話になった。

お前が楓と俺を引き合わせてくれたお陰で、酒飲み勝負を経て、結果的には茨木達の計画を止めることができた。

その点については感謝している。

 

ところで、日本計画を先送りにした俺だが、代わりに新たな目標ができた。

それは――――――

 

 

 

俺と勝負をした、楓をはじめとした酒豪アイドル八人全員を嫁にすることだ。

 

 

 

既に八人には先日の勝負の勝利報酬であるイベントの仕事やパーティーへの招待を通して積極的に迫ることを考えているが、色恋沙汰に明るくない俺にとって、八人を攻略するのは、正直に言って日本を征服するよりも難しい。

そこで、アイドルの知り合いが大勢いるお前にも、仲立ちを願いたい。

報酬は望むものを用意する。

色良い返事を待っている。

 

酒吞童子より

 

 

 

 

 

『………………』

 

 その手紙の内容を呼んだ五人は、まるで時間が止まったかのように一様に沈黙してしまった。最強妖怪である酒吞童子から出された、まさかの色恋の手助けをして欲しいという依頼には、それだけの衝撃があったのだ。

 

「……鬼太郎さん、どうするんですか?」

 

「……協力する訳が無いだろう」

 

 ようやく立ち直った小梅の問い掛けに、鬼太郎は呆れた様子でそう答えた。妖怪ポストは恋愛相談窓口ではない。鬼太郎も目玉おやじも、その仲間達も、酒吞童子の相談に乗る義務は無い。

 

「それにしても、何だって酒吞童子はこんなことを考えだしたんだ?唐突過ぎて意味が分からないぞ……」

 

「大方、この前の酒飲み勝負で、楓さん達の飲みっぷりに、惚れちゃったってところじゃない?」

 

 ねこ娘が口にした推測に、鬼太郎や小梅は成程と納得した。というより、酒吞童子と楓達との接点と言えば、先日の酒飲み勝負しか無いのだから、理由もそれ以外に考えられない。

 

「酒吞童子さんを虜にしちゃうなんて、楓さん達、凄いね……」

 

「フム……まあ、妖怪と人間が結ばれるという話も、決してあり得ないということでもない。妖怪と人間の間が交わることで起こる不幸も多い以上、その絆を育むことは困難なことは間違いないが……実際に結ばれ、子を生した例もあるのは事実じゃ」

 

「けど、酒吞童子が人間を……それも大勢嫁にするなんて、茨木童子達は何も言わないのかしら?」

 

「しっかし、アイドルでハーレムを作ろうなんて、全く大したもんだぜ。俺としちゃあ、羨ましい限りだ」

 

「それも、全て酒吞童子達の問題だ。あいつが悪事を働きでもしない限り、僕が動くことは無い」

 

 気にならないと言えば嘘になるが、首を突っ込めば最後、とんでもない厄介事に巻き込まれる可能性が非常に高い。である以上、必要以上に干渉するべきではないと判断した鬼太郎は、不干渉という選択を取ることにした。

 しかし、ねずみ男は……

 

「待てよ、鬼太郎!考えてもみろ。鬼ヶ島酒造の社長からの依頼だぜ。報酬もガッポリもらえるんだから、受ける価値はあるだろ!」

 

「あんたは黙ってなさい!!」

 

 金目当てで酒吞童子の色恋沙汰に、鬼太郎を巻き込んで首を突っ込もうとするねずみ男だったが、ねこ娘の爪の制裁で黙らされるのだった。しかし、鬼太郎はそんな二人のやりとりなど目もくれず、手紙の内容を読み返して深く溜息を吐いていた。

 

「ようやく日本征服の野望を止めたというのに、さらに厄介な問題が発生してしまったのう……」

 

「本当ですよ、父さん……」

 

 目玉おやじの呟きに同意しながら、目の前に現れた新たな厄介事から目を逸らすように、窓の外へと視線を向ける鬼太郎。そこには、妖怪と人間が交わることで引き起こされる、前途多難な問題とは無縁の、青色一色の晴れ渡る空が、ただただ広がるのみだった――――――

 




次回の更新は、2019年1月以降の予定です。
ストーリーについては、また活動報告でアンケートを行って決めたいと思います。
来年も、ゲゲマスをよろしくお願いします。
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