ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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佐久間まゆ編
エヴリデイナイトメア 赤い血染めのリボンは永遠に…… ①


 大手芸能プロダクション『346プロダクション』の本社。時間は夜中の八時を回り、残業をしている社員が数名いる程度であり、広大な敷地内の建物全てが無人に近い状態になっていた。

 

「もしもし。俺だけど、今大丈夫か?……そうか、ありがとう。今、仕事が片付いたところなんだ。予定通り、これからそっちに向かうから、駅で待っててくれ」

 

 そんな346プロダクション社内にある、とあるプロジェクトルームの中。一人の男性が、携帯電話で通話をしていた。この男性は、346プロのアイドル部門に所属するプロデューサーであり、人気ユニットの一つ『Masque:Rade』の担当でもあった。このプロジェクトルームの管理者でもある彼は、自身が担当しているアイドル全員の帰宅を確認し、それから三十分程して自身もまた帰路につくのが日常だった。

 しかし、この日は違っていた。終業後、真っ直ぐ帰宅するのではなく、ある人物と会う約束をしていたのだ。

 

「え?……ああ、大丈夫だって。皆帰ってるから。勿論、ユニットの他のメンバーにも内緒にしてある。……ああ。勿論、まゆになんて言えるわけないだろう?そんなことしたら、大変になることくらい、俺にも分かってるって」

 

 電話口から心配そうな声で入念に確認してくる通話相手の担当アイドルに、苦笑しながらやれやれと肩を竦めるプロデューサー。今日のこれからの予定が、他の担当アイドルに知られてはならないことは、彼が一番理解している。故に、通話もこうして終業後に無人と化したプロジェクトルームで行っているのだ。

 

「心配性だな……まあ、良いか。それじゃあ、すぐに行くから。今日はよろしく頼むな!」

 

 通話を終えたプロデューサーは、携帯をスーツのポケットにしまうと、鞄を手に持ち、部屋の電灯を切ると、軽快な足取りでプロジェクトルームを去っていった。

 そうして、完全に無人と化し、暗闇に包まれたプロジェクトルームの中で……

 

 

 

「ガタリ」と音を立てて、椅子がひとりでに動き出した――

 

 

 

 そして、机の下から小柄な人影が、ゆっくりと姿を現した。窓から入る月明かりが照らし出したのは、肩まで伸ばした茶髪にリボンをつけた少女。左手首には、頭につけているそれとは別に、赤いリボンを幾重にも巻いていた。

 

「プロデューサーさん……」

 

 少女――佐久間まゆは、ハイライトが完全に消えた瞳で、プロデューサーが出て行った方のプロジェクトルームの扉を見つめながら、一人呟いた。

 彼女が先程のプロデューサーの通話を聞いたのは、偶然だった。たまたま忘れ物をしてプロジェクトルームへ戻ってきた彼女は、まだ残っているであろうプロデューサーを驚かそうと悪戯心を働かせ、机の下に潜り込んだ。だが、結果として彼は椅子に座らず、まゆが隠れていることに気付くことは無く……先程の通話を聞くこととなったのだった。

 

「まゆに隠れて……何をしようとしているんですか?」

 

 この場にはいない、プロデューサーに問い掛けるように、再度呟くまゆ。その声には、感情が恐ろしい程に込められていなかった。

 先程の通話で分かったことは、自身のプロデューサーが今夜、プライベートで何かの用事に出かけるということ。その用事は、自身をはじめとした担当ユニットのアイドルに知られると都合の悪いことであると言うこと。待ち合わせの相手は、まゆ以外のMasque:Radeのメンバーの誰かであるということ。そして、通話の様子からして、二人きり(・・・・)で出かけるということ――――――

 

「………………」

 

 その先を想像するよりも早く、まゆの足が動き出した。暗闇に包まれたプロジェクトルームを出た彼女は、つい先程出て行ったプロデューサーを追い掛けるべく、本社の出入り口である正門を目指す。まゆが一階に到着すると、プロデューサーはちょうど、正門を通るところだった。追い付くことに成功したまゆは、そのまま尾行を続行。先を急いでいるのか、プロデューサーは後を追うまゆの存在には気付かない。

 346プロ本社を出たプロデューサーは、徒歩で最寄りの駅へ向かい、電車を乗り継いでいく。そうして辿り着いたのは、新宿駅。気付かれないように一定の距離を保ちながらプロデューサーを尾行し、改札口を出たまゆだが、駅を行き交う人の多さ故に、距離を保つことがままならない。そうして距離が開いていく中、大通りの横断歩道に差し掛かったプロデューサーが、向かいの通りに向かって手を振り始めた。

 

(あそこに……)

 

 待ち合わせの相手は、すぐそこにいるのだと確信するまゆ。だが、プロデューサーが手を振っていることが確認できても、人通りの多さ故に向かいの通りで手を振っているであろう相手の姿は見えない。

 そして、信号が青に変わるとともに、プロデューサーもまた、横断歩道を渡り始める。急いで後を追おうとするまゆだが、人ごみが邪魔で中々進まない。そして、人ごみを強引に押しのけて、横断歩道を渡ろうとしたその時――激しいクラクションとブレーキ音が響き渡った。

 

「えっ……?」

 

 突如聞こえたその音に、はっとなって我に返るまゆ。プロデューサーを追い掛けるのに夢中で気付かなかったが、まゆが経っているのは横断歩道の真上で、しかも赤信号。そして、音の聞こえた方向……即ち、まゆから見た右方向を振り返ると、そこにはトラックがすぐそこまで迫っていた。

 

「――!」

 

 悲鳴を上げる間もなく、まゆの身体に衝撃が走った。吹き飛ばされ、まゆの身体は舞う。そして、アスファルトに叩きつけられ、車道をごろごろと転がっていった。衝撃と共に、まゆの視界は天地が目まぐるしく逆転していった。それが終わったところで、まゆはようやく、自身が信号を無視して車道に出てしまったがために、トラックに轢かれてしまったのだと理解した。

 

「プ、ロ……デュー……サー………………さん……」

 

 アスファルトの上に倒れ、全身に走る激痛に指一本動かせず無い状態の中、まゆは想い人の名前を口にしようとした。だが、当のプロデューサーの姿は、既にまゆの視界からは消えていた。自身を中心にして、人だかりができてきているが、そんなことはどうでもよかった。

 

(何で……)

 

 どうして、プロデューサーは自分に対して隠し事をしたのか――

 

 どうして、自分に何も相談してくれなかったのか――

 

 どうして、自分に一緒に出掛けようと誘ってくれ中たのか――

 

 どうして、こんな目に遭っている自分のもとへ、プロデューサーは来てくれないのか――

 

 

 

 どうして、想い人(プロデューサー)は自身のことを見てくれないのか――

 

 

 

 どうして――と、そんな疑問ばかりが渦巻いていた。誰かが聞けば、おかしな疑問だと思うかもしれない。だが、まゆにとってはそれら全て、理不尽なことに思えてならなかった。

「この人さえいれば、それで良い」と、そう思った相手が、自分のもとからいなくなってしまうという事実――実際にはまゆの思い込みだが――は、まゆの心に引き裂かれるような痛みを与えていた。それこそ、今現在、交通事故による怪我で感じている痛みが、些細なことのように思える程に――

 

 

 

 許さない――――――

 

 

 

 そんなまゆが抱いた『嫉妬』という想いが最終的に行き着いたのは、『憎しみ』だった。自身の前からいなくなってしまったプロデューサーは勿論のこと。何より許せないのは、そのプロデューサーを奪った“誰か”――Masque:Radeに所属している、自分以外の四人の内の誰かであろうその人物へ、復讐したいと……そう願いながら、まゆの意識は暗転した。

 そしてその瞬間、まゆの“左手”がピクリと動いたことには、その場に集まった誰も気づくことは無かった――――――

 

 

 

 

 

 『嫉妬』――それは、自分の愛する者の愛情が他に向くことを恨み憎む感情である。七つの大罪にも数えられるこの感情は、古今東西、人種、性別、地位に関係なく、誰もが持っており、時に国すらも巻き込み……その末に、大勢の人死にすら出してきた、災厄の種でもあった。

 そしてそれは、現代社会においても同じこと。殊に女性の……それも、恋愛絡みの嫉妬というものは、恐ろしいものがある。人を狂気に駆り立て、凶行に及ばせるのみならず……時として、人を文字通りの“化け物”に変えてしまうことすらあるのだ。

 この物語は、そんな恐るべき“嫉妬”という感情の化身と化した少女が引き起こす、“凶事”を描いた物語である――――――

 

 

 

 

 

 

 

 その日、346プロダクション本社の中は騒然としていた。その中でも、とある一室……アイドルユニット『Masque:Rade』のプロジェクトルームの中は、一際重い空気に包まれていた。プロジェクトルームに集まったユニット所属のアイドル三人――北条加蓮、多田李衣菜、緒方智絵里とプロデューサーは、出社して早々に知らされた衝撃の事実に対し、皆一様に顔を伏せ、嗚咽を漏らす者もいた。

と、その時。

 

「プロデューサーさん!まゆちゃんが事故に遭ったって、本当ですか!?」

 

 部屋の扉を勢いよく開き、この場にいなかったメンバーの一人である、小日向美穂である。彼女は、今この場に集まることができる『Masque:Rade』の最後のメンバーでもあった。

 

「……事実だ」

 

 そんな彼女が開口一番に口にした問いに対して答えたのは、彼女等のプロデューサーだった。部屋の奥に設置された業務用チェアに座り、額を手で覆った状態で、美穂が知りたいであろう、この場にいないメンバーの身に起こった出来事の仔細を話し始める。

 

「今朝、病院から連絡があった。まゆは昨日の夜、交通事故に遭って病院へ搬送されたらしい」

 

 その言葉に、美穂は思わず口を覆った。美穂より先に部屋に到着していた他の面々は、既に話を聞いていたようだが、再びプロデューサーの口から語られたその事実に、表情を険しくしていた。

 

 佐久間まゆが事故に遭った――

 

 その衝撃の事実が346プロへ齎されたのは、早朝のことだった。早朝に出社した事務員が病院からの電話連絡を受け、担当プロデューサーへと事の次第を報告。その後、まゆが今現在掛け持ちしている『Masque:Rade』以外のユニットを担当しているプロデューサーや、まゆが出演予定の各種イベント、テレビ番組の関係者へと連絡が行われたのだった。無論、各方面へ連絡を行った際には、今はまだ他言無用にするようにと言っていた。しかし、人の口には戸は立てられないものであり……関係するプロデューサーへの連絡に際し、他のアイドルにもこの情報が洩れ、瞬く間にこの事実は346プロ全体に広まったのだった。

 

「昨日の夜、どうやら本社を出て寄り道をしていた時に、交通事故に遭ったらしい。横から迫るトラックに撥ね飛ばされて、その後に地面を転がったらしい……」

 

 プロデューサーの生々しい状況説明に、顔を歪める一同。吐き気を催した者もおり、口を必死で押さえていた。

 

「全身を強く打ったようだが、幸いなことに、内蔵の損傷や骨折にまでは至っていないらしい。ただ……頭も強く打ち付けていたらしい。意識が……まだ戻っていないということだ」

 

「そんな……まゆちゃんが、どうして……?」

 

「事故当時の様子については、まだ確認できていない。まゆも意識不明の状態で、聴取ができない状態にあるから、原因の追究はまだできそうにない」

 

「あの……まゆちゃんは、良くなるんですよね……?」

 

 恐る恐る口を開き、プロデューサーに対して問いを投げ掛けたのは、智絵里だった。華奢な細身の体は不安で若干震えており、話し方もいつも以上に、おどおどしていた。そんな彼女に対し、しかしプロデューサーは……

 

「……今のところは、何とも言えない。今朝入った情報によれば、一命は取り留めてはいるものの、意識が戻るかは分からないとしか言えないそうだ。最悪の場合、このまま植物状態になり、目覚めないかもしれない……」

 

「そんな……!」

 

 プロデューサーが苦々し気に語った、まゆに身に起こり得る最悪のケースを聞いた、智絵里をはじめとするアイドル達の表情がますます暗くなった。命が助かっているといっても、眠りから目覚めない状態が続くのでは、死んでいるも同然と言える。また、このまま目が覚めず、数週間、数カ月……数年と時間が過ぎて行けば、仮に目覚めることができたとしても、アイドルへの復帰はまず不可能である。

 

「どうにか……できないんでしょうか?」

 

「俺達では、どうすることもできん。できることといえば、まゆが自然に目覚めるのを、待つことだけだ」

 

 プロデューサーが告げたその言葉に、一同は沈痛な面持ちになる。同じ事務所の、同じユニットの仲間が危機的な状況にあるにも拘わらず、何もできない自分達の無力感に打ちひしがれている様子だった。

 

「せめて、お見舞いだけでも……」

 

「まゆは今、集中治療室に入っているそうだ。命の危険は脱したが、あと二日は面会謝絶になるそうだ」

 

「そんなに酷い怪我だったんだ……」

 

 プロデューサーの話に顔を青ざめさせながら、加蓮が呟いた。病院に長らく入院していた時期が合った彼女は、事故で重症を負って搬送された患者を何人も見たことがある。まゆが彼等と同じような状態になっていると想像するだけでも恐ろしかった。

 

「まゆも心配だが、彼女のことばかりの心配をしている場合じゃない。彼女の不在は、この場にいる皆は勿論、346プロ全体の仕事にも影響する」

 

「仕事って……!」

 

「李衣菜、落ち着きなよ。プロデューサーだって、気持ちは同じだよ。」

 

 まゆが事故に遭い、意識不明の状態で入院しているこの状況下で仕事の話をするプロデューサーに怒りを覚える李衣菜だが、加蓮がそれを宥める。

 

「私達はアイドルなんだよ?どんな状況だったとしても、ちゃんと活動はしなきゃならないでしょう?」

 

「まゆちゃんが怪我をして入院しているといっても、それはあくまで私達の事情だもんね……」

 

 それを聞いて、若干感情的になっていた李衣菜が落ち着きを取り戻す。まゆのことを心配しているのは、皆同じ。しかし、この場にいる面々は皆、まゆの仲間であるのと同時に、アイドルなのだ。譬え仲間が欠けたとしても、活動を疎かにして良い理由にはならない。

 そんな彼女等に対し、プロデューサーは内心を押し殺して、まゆが不在となったこの状況ですべき話を進めていく。

 

「まゆが復帰できない以上、『Masque:Rade』の活動は休止にせざるを得ない。これは、他のユニットについても同じだ。既に請け負っている各種イベントの仕事は、別のユニットに担当してもらうように話を通すつもりだ」

 

「……仕方ない、ですよね……」

 

 まゆが入院している以上、妥当な処置ではあるものの、『Masque:Rade』というユニットへの思い入れ故に、心の底では納得できない部分もあった。それを押さえ込み、四人はプロデューサーの決定を受け入れた。

 

「それから、お前達四人についてだが、しばらくは掛け持ちしている方のユニットか、参加予定の期間限定ユニットの活動に集中してもらいたい」

 

 346プロダクション所属のアイドルは、二つ以上のユニットを掛け持ちしている場合が多い。数あるプロダクションの中でも、多彩な個性を持つアイドルを大勢擁している346プロは、その個性を最大限に活かし、あらゆるジャンルの活動をカバーできるように、ユニットもまた多様なバリエーションを揃えているのだ。

 『Masque:Rade』に所属しているアイドルも例に漏れず、全員が複数のユニットを掛け持ちしていた。

 

「加蓮はプロジェクトクローネの『トライアドプリムス』、智絵里と李衣菜は、シンデレラプロジェクトの『キャンディアイランド』と『アスタリスク』へ戻ってくれ。美穂はここに残って、『ピンク・チェック・スクール』の活動だ」

 

「分かったよ、プロデューサー」

 

「今の状態じゃ、そうするしかないですよね……」

 

「分かり、ました……」

 

「まゆちゃんを放っておかなきゃならないっていうのがロックじゃないけど……やるしかないんだね」

 

 加蓮、美穂、智絵里、李衣菜が不承不承ながら頷く。まゆを一人残すということが、どうにも心残りに思えてしまうが、プロデューサーの言う通りにする他に無いと理解していたのだろう。

 

「活動方針の変更については、今日中に関係各所へ通知するから、明日からはさっき言ったユニットで活動できるようになるだろう。済まないが、今日は各自で自主練をしてくれ」

 

 プロデューサーのその言葉を最後に、打ち合わせは解散となった。『Masque:Rade』のユニット活動休止を言い渡された四人は、全員がプロジェクトルームを後にし、各々、ダンスレッスンやボイスレッスンといった自主練を行うためのレッスンルームへと向かうのだった。

 プロジェクトルームに一人残されたプロデューサーは、まゆの身に起こった出来事についての説明と、今後の活動方針についての説明が、穏便と言える形で完了させることができたことに、一人安堵の溜息を吐いていた。

 そして、先程四人に説明した通り、四人が明日以降、それぞれのユニットでの活動ができるように連絡を行おうと受話器を取った……その時。

 

 

 

 許さない――――――

 

 

 

「!?」

 

 突如としてプロジェクトルームに響き渡った、誰のものとも知れない声。それを聞いた途端、プロデューサーは驚愕に目を見開きながら、ぶるりと震えあがった。誰かいるのかと、椅子から立ち上がり、部屋中を見回すも……人の姿は見えなかった。念のためにデスクの下等の死角となっている箇所も確認するが、当然ながら人の姿は無かった。

 

「……気のせい、か」

 

 空耳とは思えない程に、心胆を寒からしめる声だったのだが、プロデューサーはこれを疲れによるものと結論付けた。恐らく原因は、まゆが事故に遭ったことだろう。先程のユニットメンバー同様、自分自身もまた、自分自身が想像している以上にショックを受けているのだと思った。

 デスクの下を探したりするあたり、まゆのことを無意識下で心配していることの現れである。思えば、聞こえた幻聴の声も、まゆにそっくりだったかもしれない。

 

「……しっかりしないとな」

 

 先程、アイドルの面々にも言った通り、まゆのことばかりを気にしている場合ではないのだ。自分自身が一番しっかりしなければならないのだからと、プロデューサーは深呼吸を一つすると、気持ちを切り替えるよう努めて業務に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

「おかえり、美穂ちゃん」

 

 時刻は夕方の六時過ぎ。346プロの所属アイドル達が利用している女子寮の正面玄関にて、その日の仕事を終えて帰ってきた美穂を、小梅が出迎えた。いつもより疲れた表情の美穂に、小梅が心配そうに声を掛けた。

 

「美穂ちゃん、大丈夫……?」

 

「うん……多分、平気」

 

 から元気で答える気力も無かったようで、美穂は苦笑を浮かべながら答えた。小梅が心配しているように、不調であるという自覚は美穂自身にもあったのだ。

 

「もしかして……まゆちゃんのこと?」

 

「……うん。やっぱり、どうしても心配で……」

 

 まゆの入院に伴い、プロデューサーから『Masque:Rade』の活動休止が言い渡されてから、三日が経過した。ユニットのメンバーは皆、それぞれ掛け持ちしていたユニットの活動に勤しんでいたが、一人病院に入院しているまゆのことが、どうしても頭から離れなかった。事故時に頭を打ったことが原因で意識不明の状態となり、集中治療室に籠もっているため、面会謝絶の状態が続いていたのだ。

 

「ちゃんとしなきゃって分かってるんだけどね……」

 

「……美穂ちゃんだけじゃなくて、他の皆心配しているよ」

 

「そうかもしれないね……」

 

 まゆの入院について特に衝撃を受けているのは、『Masque:Rade』をはじめとした、彼女が所属しているユニットのメンバーだが、まゆを知る他の346プロ所属アイドル達も、気持ちは同じだった。

 美穂もここ数日仕事をする中で感じていたが、『ピンク・チェック・スクール』のメンバーである卯月と響子も、ふとした時に不安な表情を浮かべることがあった。恐らく、まゆのことを心配していたのだろう。

 

「こんなことじゃ、またプロデューサーさんに怒られちゃうね。しっかりしないと!」

 

「けど、あんまり無理ちゃしちゃ駄目だよ……」

 

「うん、分かってる」

 

 気持ちを入れ替えなければと、美穂は両手で自身の頬を叩いて自らに言い聞かせた。そんな美穂の姿を、小梅は先程と同じく不安な表情で見つめていた。

 と、そこへ――

 

「あ、電話だ」

 

 上着のポケットの中から振動を感じ取った美穂が、携帯電話を取り出す。発信者は、プロデューサーである。一体、何の用だろうと思いながらも通話に出る美穂。挨拶をしてから、いくつか言葉を交わしていく。すると……

 

「本当ですか!?」

 

 突然、美穂が大きな声を上げた。そのいきなりの声に、小梅は軽く驚かされていた。そして、そんな小梅に構わず、美穂は通話に夢中になっていた。

 

「はい……はい!分かりました!……そう、ですか。分かりました。それじゃあ明日、仕事が終わったらすぐに行きます!それじゃあ!」

 

「……何かあったの?」

 

 通話を終えた美穂に、小梅が恐る恐る尋ねる。対する美穂は、顔に喜色を浮かべて答えた。

 

「プロデューサーさんからなんだけど……まゆちゃん、お見舞いに行けるようになったって!」

 

「まゆちゃん、目が覚めたの?」

 

「それはまだだけど……集中治療室からは出て、面会ができるようになったって言ってた」

 

「そっか……良かったね」

 

「だから明日、仕事が終わったら行ってみようと思うんだ。小梅ちゃんもどう?」

 

「明日……うん、大丈夫。仕事は午前中だけだから、行けると思うよ」

 

 その後、美穂と小梅はまゆの見舞いに行くべく、準備を進めるのだった。また、『Masque:Rade』のメンバーをはじめとした、まゆと親しい間柄のアイドル達にも連絡を入れ、見舞いに誘うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでは、そろそろお別れのお時間です。マジックアワー、お相手は私、高森藍子と……」

 

「皆さん、マジアワ。三村かな子と……」

 

「マジアワです。緒方智絵里でお送りしました」

 

「皆さんが、魔法のひと時に包まれますように……」

 

『バイバ~イ!』

 

 346プロダクションのアイドルによるラジオコンテンツ『マジックアワー』の収録が行われているブースの中。その月のパーソナリティである高森藍子と、出演者である三村かな子、緒方智絵里による別れの挨拶が行われていた。その後、副調整室にいるラジオ局スタッフからも、窓越しにOKサインが出たことで、その日の収録は完了するのだった。

 

「お疲れさまでした!今日もありがとうございます!」

 

「はい。こちらこそ、いつものフォロー、ありがとうございました」

 

 収録ブースを出た三人は、いつもの通りスタッフの面々に挨拶を行っていく。その後は、収録した番組の放送日や、今後のスケジュール等について軽く打ち合わせを行い、出演者のアイドル三人はその場で解散となった。

 

「智恵理ちゃん、藍子ちゃん。この後お茶しない?美味しいシフォンケーキで有名な喫茶店がこの近くにあるんだ~」

 

「あ、良いですね。私もお邪魔して良いでしょうか?」

 

 荷物をまとめ、ラジオ局を出る段になったところで、かな子から喫茶店に行かないかという提案が出た。美味しいスイーツに目が無いかな子からの勧めだけあって、藍子は乗り気だった。だが、智絵里はというと、

 

「ごめん。今日はこの後、ちょっと用事があって……」

 

「用事?」

 

 アイドルとしての今日の仕事は、全て終わっていることを知っているかな子は、一体、何の用事だろうと疑問に首を傾げる。友人からのせっかくの誘いを断ることに、少々の罪悪感を覚えた智絵里は、躊躇いながらも理由を話した。

 

「まゆちゃんのお見舞いに、美穂ちゃんから誘われてて……」

 

「ああ……そういえば、ようやく面会ができるようになったって言ってたよね」

 

 まゆが事故に遭い、意識不明の状態で入院していることは、既に346プロのアイドル全員が知っていることだった。しかし、まゆの容体等に関しては、ユニット等の仕事上で直接的な繋がりのある面々にのみ知らされていたのだった。

 

「まゆちゃん、早く目が覚めれば良いんだけど……」

 

「智絵里ちゃん……」

 

 一命を取り留めたとはいえ、今も目が覚めないまゆのことを思い、表情を陰らせる智絵里。他のメンバー同様、彼女もまた、まゆのことを心から心配していたのだ。

そんな智絵里を見たかな子は、何かを決心したように頷くと、口を開いた。

 

「ねえ、智絵里ちゃん。私も一緒に、お見舞いに行っても良いかな?」

 

「え……?」

 

「私も、まゆちゃんのことが心配だからね。様子を見に行きたいなって。藍子ちゃんには悪いけど、喫茶店はまた今度で……」

 

「ううん、気にしてないよ。それより、私も一緒に連れて行ってくれると嬉しいかな」

 

「かな子ちゃん……藍子ちゃん……うん!一緒に行こう。まゆちゃんもきっと、喜ぶよ」

 

 自身と想いを共にしてくれる友人二人に、感激のあまり涙が出そうになる。それを堪えながら、智絵里は笑顔で頷いた。

 

「あ、でもちょっと待ってて。今、美穂ちゃんへの連絡と、あと変装してくるから」

 

 思い出したように待ったをかけた智絵里は、そのまま速足で化粧室へと向かっていった。

その後ろ姿を見て、かな子と藍子は苦笑していた。

 

「智絵里ちゃんは大袈裟だなあ~。私なんて、変装なんて伊達眼鏡くらいだよ?」

 

「まあ、たまにファンの人に出待ちとかされちゃうからね。できるなら、本人だって分からないくらいに念入りにやっておいた方が良いのは確かだから」

 

 そう言ってくすくすと笑い合いながら、かな子と藍子もまた、変装道具をカバンから取り出して身に付けながら、智絵里を待つのだった。

 

 

 

 

 

「さて……これで良いかな?」

 

 化粧室に駆け込んだ智絵里は、見舞いに行く際に身バレを防ぐための変装を、鏡を見ながら大急ぎで終わらせていた。変装のために取り出した道具をカバンにしまい、スマートホンを取り出して美穂への連絡を行おうとする。だが――――――その時。

 

 

 

 許さない……

 

 

 

「……っ!?」

 

 突然聞こえた、凍えるような冷たく、憎悪に満ちた女性の声。智絵里はビクリと震え、恐怖のあまり固まってしまった。

 

(な、何……?)

 

 まさか、誰かいるのだろうか。そう思い、化粧室の中を見回すも、個室は全て空いている。空耳だったのだろうか……そう思ったが、

 

 許さない……

 

「ひっ……!」

 

 またしても聞こえた声に、小さく悲鳴を上げてしまった。空耳などではない……確かに、誰かが智絵里に向かって囁いているのだ。だが、相手の姿は前後左右どちらを向いても見えない。まさか天井に……と思って視線を上に向けるも、やはり何も無い。

 

 許さない……

 

「い、一体誰なんですか……っ!」

 

 足をガクガクと震わせながら、半ば涙声で、自分に囁きかける何者かに呼び掛けるも、返事は返ってこない。もう一度化粧室の中を見回してみるも、誰の姿も無い。

 本当に、何者なのだろうかと、恐怖と共に疑問に思う智絵里。聞こえて来る女性らしき声には、聞き覚えがあるように思えた。だが、智絵里がその正体に辿り着くことは、できなかった……

 

「うっ……!」

 

 突如首に走る、ちくりと針で刺されたような痛み。それ程大した痛みではなかったのだが……それを感じた瞬間、智絵里はその場に崩れ落ちた。身体を動かそうとしても、指一本動かせない。それどころか、視界が徐々にぼやけていき、意識まで遠のいていく。

 

許さない……!

 

(そう、だ……)

 

 この期に及んで、ようやく自身に語り掛ける声が、誰のものだったのかを思い出した智絵里。だが、それは遅すぎた。結局、自分に何が起こったのか理解できないまま、智絵里の意識は闇の中へと落ちていった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが、まゆちゃんの入院している病室、だね?」

 

「うん。間違いないよ」

 

 その日、仕事を全て終えた美穂と小梅は、まゆが入院している病院を訪れていた。本当は、まゆを除く『Masque:Rade』のメンバー全員と一緒に来たかったのだが、流石に予定が合わず、来れるメンバーのみで来ることとなった。

 

「智絵里ちゃんがこの後合流する予定だから、私達は先に入っていようか」

 

「うん」

 

 そうして、美穂は意を決して扉をノックし、開いた。中には看護士の姿は無く、ベッドの上に横たわるまゆがいるのみだった。

 人工呼吸器のようなものは取り付けられていなかったが、脳波を測定するためのセンサーがいくつか頭部に取り付けられており、腕には点滴のチューブが刺さっていた。包帯も体の各所に巻かれていたが、見た限りでは酷い怪我ではないようだ。しかしその容姿は、最後に見た時よりも幾分か痩せたように思える。

 

「まゆちゃん、美穂だよ。今日は小梅ちゃんと一緒に、お見舞いに来たんだよ」

 

「まゆちゃん、久しぶり……」

 

 二人揃って、ベッドに横たわるまゆに呼び掛けるも……当然のことながら、何の反応も返ってこなかった。部屋の中で聞こえる音は、医療器具の電子音と、まゆの規則正しい呼吸音のみだった。

 

「……本当に、ただ眠っているようにしか見えないのにね」

 

「うん……」

 

 今にも目を覚ましそうなのに、いつ目を覚ますか分からない友人。その姿に、「もしかしたら、このまま目覚めないのかも」という考えに囚われそうになる。

 

「私、花瓶の水を取り替えて来るね」

 

「分かった」

 

 まゆの姿を直視し続けることができなくなった美穂は、部屋に飾られた花瓶の水替えを理由にその場を離れた。一人残された小梅は、眠り続けるまゆの顔をじっと見つめ……ふと、思い付いた。意識の無いまゆに、自分達がこの場にいることが分かるようにと、手を握ろうと。小梅はまゆのベッドの脇に歩み寄り、その左手へと自身の両手を伸ばす。そして、その手に触れた途端――――――

 

 

 

許さない――

 

 

 

「!?」

 

 小梅の頭の中に響き渡る、怨嗟に満ちたまゆの声。気のせいなどではない。はっきりと、握った手を通じて感じる、まゆの心の叫びが、小梅の精神を揺さぶる。

 

 

 

許さない――

 

許さない――許さない――

 

許さない――許さない――許さない――

 

 

 

許さないっ!!

 

 

 

「――――――か、はぁっ!」

 

 頭の中に流れ込んでくる、どす黒い劇場。憤怒、嫉妬、憎悪、殺意……人間が持ち得る、ありとあらゆる負の感情を詰め込んだような、深淵の見えない程の昏い感情に、脳を焼かれそうになる。まゆの手を離したことで、その本流から逃れることができたが、息が上がって呼吸も……立っていることすらも儘ならず、床の上に膝を付いてしまう。

 

「小梅ちゃん!?」

 

 花瓶の水を取り替えていたところ、異変を察知した美穂が、ベッドの傍で息を荒くして膝を付く小梅のもとへ駆け寄る。美穂に背中を擦ってもらったお陰で、小梅の呼吸は徐々に整っていった。

 

「どうしたの、小梅ちゃん?」

 

「まゆちゃんに触ったら……すごく、怖いのを感じて……」

 

 若干混乱しているのか、言っていることは抽象的で、要領を得なかったが、どうやらまゆに触ったことが原因でこのような状態になったらしい。それを聞き、試しに美穂もまゆの手に触れてみたが……特に何も感じなかった。何故、小梅だけこのようなことになったのか、原因は分からない。

 ともあれ、小梅は著しく衰弱しており、これ以上この場に留まるべきではないのは明らかだった。こんな状態の小梅を一人で帰すわけにもいかないので、美穂は見舞を切り上げ、小梅を寮に連れ帰ることにした。

 

「ごめんね、美穂ちゃん……」

 

「ううん、気にしないで。智絵里ちゃんには、後から連絡しておけば大丈夫だろうから」

 

 一人では歩くことも儘ならない小梅に手を貸しながら、ゆっくりと病院の入口を目指す美穂。そして、病院の正面入り口へと差し掛かろうとした時、一台の救急車が到着しているのが、遠目に見えた。どうやら、急患らしい。後部のハッチが開かれ、患者を載せた担架と、患者の身内らしき医師以外で数名の人物が下りてきた。

 

「かな子ちゃん!?それに、藍子ちゃんまで!?」

 

 その人物達――かな子と藍子の二人を見て、美穂と小梅は、驚きに目を丸くした。本来、まゆの見舞いに際して合流する予定だった二人が、救急車に乗って来たのである。そして、担架に載せられている患者の姿を見た途端……二人はさらなる驚愕に襲われた。

 

「まさか……智絵里ちゃん!?」

 

 担架の上に覗く、その顔には、確かに見覚えがあった。かな子と藍子同様、一緒にまゆの見舞いに訪れることを約束していた、一人であり、美穂とまゆと同じ『Masque:Rade』のメンバーでもある、緒方智絵里である。

 見舞いに行くことを約束した相手が、救急車で搬送されてきたという予想外の事態に、美穂は呆然と立ち尽くすことしかできなかった。そして、その隣に立つ小梅は……

 

「!?」

 

 担架に載せられて搬送される智絵里を見た途端に、背筋が凍るような悪寒を覚えた。だが、それだけではない。小梅には、智絵里の身体から湯気のように立ち込めている、どす黒い煙のようなものが見えていたのだ。それは、常人には見えない……霊感の強い小梅だからこそ視認できたものだった。

 そしてそれは、今しがたまゆに触れた時に小梅の中へ流れ込んできた、言い表せない程のどす黒い激情と、同じ色をしていた。

 

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