更新はスローペースになりますが、今後も『ゲゲマス』をよろしくお願いします。
その日、都心を少し外れた場所の、とある駅にて野外ステージイベントが開催されていた。ステージイベントには、346プロダクションのアイドルユニット『アスタリスク』の二人が招かれ、『解散芸』で有名なトークと歌で舞台は盛況。イベントは大成功に終わった。
「本日のイベントは、346プロダクションよりお越しいただきました、『アスタリスク』のお二人のご協力のお陰で、お客様から大変な好評をいただけました!スタッフの皆さん、今一度お二人に拍手を!」
現地のイベントスタッフ達に囲まれ、拍手と感謝の言葉を贈られ、『アスタリスク』のメンバーである、猫耳アイドルの前川みくと、自称ロックなアイドルこと多田李衣菜は、照れくさそうな表情を浮かべていた。その後、終了したイベント会場ではテントや各種機材の撤収作業が開始され、ゲストとして招かれた『アスタリスク』の二人はプロデューサーと共にその場を去ることとなった。
「それでは、お二人の本日のお仕事はこれで終了となります。私は一度、本社へ戻る必要がありますが、お二人は直帰していただいて構いません」
「分かったにゃ、Pチャン」
その後、『アスタリスク』の二人は家路に着き、プロデューサーは本社へ戻ることとなった。プロデューサーは、イベント会場を訪れるために使用した社用車が駐車されている場所へと向かい、『アスタリスク』の二人は駅へ向かって歩き出した。だが、改札口へ向かう途中で、
「ごめん、みくちゃん。私はちょっと用事があるから、ここで……」
「李衣菜チャン?」
李衣菜が、帰りに寄る場所があるからここで別れたいと言い出した。そんな彼女の言葉に、みくは難色を示す。
「もう夕方にゃ。こんな時間に外を歩いていると、危ないよ?」
みくの指摘は尤もであり、未成年の、しかもアイドルである李衣菜が遅い時間帯に一人で街を歩くのは、危険である。しかも、みくと李衣菜は、学校が終わってからイベント会場へ直行してきたため、制服姿である。不審者に襲われなくとも、補導される可能性もあった。
「あー、うん……分かっているんだけど……」
「その用事って、明日じゃなきゃいけないの?」
「……まゆちゃんの、お見舞いなんだよね」
「あっ……!」
李衣菜が『アスタリスク』とは別に掛け持ちしているアイドルユニット『Masque:Rade』に所属するまゆが入院中であることは、当然のことながらみくも知っていた。加えて、入院する原因となった交通事故による怪我が、面会謝絶にされる程の重傷であることも。
「昨日、ようやく面会謝絶が解けたみたいなんだけど、忙しくて中々行けなくてね……面会時間ギリギリだけど、顔だけでも身に行けたらって思ってさ……」
「む~……李衣菜ちゃんの気持ちも、確かに分かるにゃ。けど、やっぱりみく達だけで行くのは……」
李衣菜の気持ちを察しながらも、承知することができないみく。アイドルが制服姿で夕方に街中を歩いたところで、事件に巻き込まれるとは限らないが、アイドルとしてのプロ意識故に、安易な考えで行動すべきではないと考えていた。
「それじゃあ、あたしが連れて行くっていうのはどうだ?」
まゆの見舞いに行きたい李衣菜と、それを不本意ながら止めているみく。半ば膠着状態になっていた二人に対し、唐突に声が掛けられた。
「なつきち!?」
「夏樹チャン!?」
声のした方を向いた李衣菜とみくが、二人して驚きに目を丸くする。二人に声を掛けたのは、リーゼントヘアーが特徴的な、男勝りな姉御肌の女性。346プロ所属のロックなアイドル、木村夏樹である。
「どうしてここにいるのにゃ!?」
「仕事がたまたま早く片付いてな。それで、すぐそこの駅でお前等がライブやってるって聞いたから、見に来たんだ」
「来てたんだったら、声を掛けてくれれば良かったのに……」
「お前等を驚かせようと思ってな」
悪戯が成功したことに、満足そうに笑う夏樹。そして、二人の反応をとりあえず楽しむと、本題について話し始めた。
「それで、見舞いの件だけど、あたしがだりーを送ってやるってのはどうだ?すぐそこの駐車場にバイク停めてあっから、乗せてってやるぜ」
「え、良いの!?」
夏樹からの思わぬ提案に、喜色を浮かべる李衣菜。夏樹はニカっと笑い、「ああ」と肯定しながら続ける。
「見舞いが終わったら、家まで送ってやるよ。あたしは十八で、一応大人だからな。だりーの保護者ってことで付いて行っても、問題は無いだろう?」
「む~……分かったにゃ。夏樹チャンが送ってくれるなら、安心にゃ」
「やたっ!ありがとう、なつきち!流石ロックだね!!」
「ただし!お見舞いが終わったら、真っ直ぐ帰ってくるにゃ!寄り道なんてしちゃ、駄目だからね!」
夏樹が現れたことで、李衣菜が見舞いに行くことは了承したものの、遅くならないようにと、母親のように念押して、みくは帰っていくのだった。
「そんじゃ、行くか」
「うん、よろしく!」
そして、みくを見送った夏樹と李衣菜は、バイクが停められている駐車場へ向かった。
「そういや、まゆの見舞いって、『Masque:Rade』の他の皆はもう行ったのか?」
「ううん。昨日、美穂ちゃんが誘ってくれたんだけど、私と加蓮ちゃんは予定が合わなくてさ……」
「まあ、皆揃って行くなんてのは、流石に無理だろうからな」
まゆの入院に伴い、『Masque:Rade』はユニットの活動を一時休止し、それぞれが掛け持ちしているユニットに散っている状態なのだ。そのため、これまで以上に全員が集うというのは難しくなっていた。
そして、そんなやりとりをしている内に、夏樹はバイクのタイヤに付けていたチェーンロックを外し終えた。
「それじゃ、出すぜ。ああ、そうだ。言うまでも無いけど、まゆの見舞いには、あたしも一緒に行くからな」
「うん、まゆちゃんも喜ぶよ」
そう言って李衣菜にヘルメットを渡すと、夏樹は自身もヘルメットを被った。その後、李衣菜を後部に乗せ、キーを差し込んでエンジンをかけると、二人を乗せたバイクは駐車場を出発した。
「なつきち、まゆちゃんの病院の場所は知ってるの?」
「安心しろ。さっき調べといたから、道も分かってる」
非常に手慣れたハンドル操作でオートバイを運転しながら、夏樹は李衣菜の問いに答えた。道は空いているので、この分ならば十分足らずで到着するだろうと李衣菜は思う。
だが、その道中――
――許さない
「?」
李衣菜の耳に唐突に聞こえた、謎の声。左右へ視線を巡らせるが、車やバイクは周囲には見られない。
「なつきち、何か言った?」
「うん?なんのことだ?」
声の主は夏樹かと思い、問い掛けてみるも、どうやら違うらしい。
やはり空耳だったのだろうか。そう思う李衣菜だが、……先程の声からは、空耳とは思えないような強い恨みの念が感じ取れた。女性の、それも年若い少女の声のようだが唐突に聞こえたこと故に定かではない。一体、先程の声は何だったのだろうと、夏樹の腰に掴まりながら首を捻る李衣菜。
――許さない
「!?」
そうしている内に、またしても先程の謎の声が、李衣菜の耳に入ってきた。「許さない」と先程よりもはっきりと告げるその言葉には、背筋が凍るような憎悪が籠められているように感じる。
「おい、どうしたんだよ?」
恐怖を感じ、夏樹の腰に回した手の力を無意識に強くしていたのだろう。李衣菜の様子を怪訝に思った夏樹が、何かあったのかと問い掛ける。だが、今の李衣菜の耳にはその言葉は届かなかった。
一体、どこからこの声は発生しているのか……声の主は何者なのか……何故、自分に対して「許さない」などと告げていえるのか……
いくら考えても、李衣菜には何も分からない。分かっていることは、この声に込められた恨みの矛先が、自身に向いていること。そして、声の主は、自身に何か……恐ろしいことをしようとしているということ。
疑問と恐怖ばかりが頭の中を渦巻く中、李衣菜は恐怖のあまり、夏樹の腰に回した手に力を籠めることしかできなかった。だが、次の瞬間――
「あっ……!」
突如として、首に針で刺したような痛みが走った。それと同時に、全身の力が抜けていく。夏樹の腰に回した手の力も徐々に弱まっていき、両手はだらりと下がった。
「おい、だりー?どうしたんだよ?おい!」
バイクを運転していた夏樹も、先程からおかしな李衣菜の様子から、ただ事ではないと察した。李衣菜の腰に回した手の力が弱まり、返事が無くなった時点で、路肩にバイクを止めることにした。
「だりー、何かあったのか?」
「……」
「具合でも悪いのかよ?」
「……」
一体、どうしたのかと話し掛ける夏樹だが、李衣菜からは返事が無い。走行中は腰に回していた手は下がったままで、上体も夏樹の背中にしな垂れ掛かっている状態である。
まさか眠っているのか……夏樹がそう思った時。後ろに座っていた李衣菜の身体が、ぐらりと傾いた。そのまま、バイクの上から滑るように崩れ落ちていき、ドサリという音とともに李衣菜の身体は地面に仰向けに横たわることとなった。
「だりー!?」
地面に倒れてからも、全く微動だにしない李衣菜の姿に、流石にただ事ではないと思った夏樹は、自らもバイクから下り、李衣菜の上体を起こした。身体を強く揺さぶり、名前を呼ぶが、目覚める気配は全く無かった。
その後、バイクの上で突如意識を失った李衣菜は、夏樹が呼んだ救急車に搬送され、病院で治療を受けることとなったのだが……李衣菜の意識が戻ることは、無かった。
「……成程、事情は分かった。それで、僕が呼ばれたということか」
「はい……」
346プロ本社の敷地内に店舗を構えるオープンカフェ、通称『346カフェ』。昼食をとりに来るアイドルや職員で混雑する昼休みを過ぎ、客足も疎らになった昼下がりの時間帯に、席をとっている三人の客がいた。内二人は、346プロの所属アイドルである小日向美穂と白坂小梅である。そして、二人に向かい合うように座っているのは、青い学童服の上に黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを纏い、下駄を履いた少年――鬼太郎だった。
「フム……アイドルが相次いで原因不明の昏睡状態とは……」
「それで、原因になっているのは、昏睡状態になっているアイドルより前に、交通事故で入院している、まゆという少女で間違いないのか?」
「確実とは言えないけど……間違いないと思う」
鬼太郎の髪の毛の中から頭を出した目玉おやじと鬼太郎の問い掛けに対し、小梅は不確実と前置きしながらも、深く頷いた。
小梅と美穂が鬼太郎を呼び出すきっかけとなったのは、昨日・一昨日と連続して発生した、346プロ所属アイドルが原因不明の昏睡状態に陥るという怪事件だった。
事の起こりは、二日前のこと。シンデレラプロジェクトのアイドルユニット『キャンディアイランド』のメンバーである緒方智絵里が、ゲスト出演したラジオ番組『マジックアワー』の収録を収録した後、化粧室にて倒れていたところを、同ユニットのメンバーである三村かな子に発見され、そのまま救急車で病院へ搬送されたのだ。
そしてその翌日、つまり昨日。今度はシンデレラプロジェクトのアイドルユニット『アスタリスク』のメンバーである多田李衣菜が、都内で行われたイベント終了後、同社で交友のあるアイドル木村夏樹が運転するバイクに乗せられての移動中、何の前触れもなく意識を失い、病院へ搬送された。
いずれも突然、何の前触れも無く昏睡状態に陥ったという点と、原因が不明であるという点以外に共通点は存在せず、これら二つの事件に関連性は無かった。しかし、小梅がこの二人の様子を見たことで、二つの事件が結び付けられた。
「智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんの身体から、まゆちゃんの手を握った時に見えたものと同じ……暗くて、怖い……そんな感じがしたんだ」
「暗くて怖い?」
「小梅ちゃんは、霊感が強いからのう。その、まゆちゃんという子に触れたことで、その子が宿す強力な思念を垣間見たのじゃろう」
人間の思念というものは、時として恐ろしい怪異を呼び込むことがある。そして、小梅のように霊感の強い人間は、そういったものに非常に敏感であり、影響を受けやすいのだ。
「人間の思念と言うものは、死に近づけば近づく程強くなるとも言われておる。死にきれない人間の思念は、生霊と化してこの世を彷徨うこともある。それに、恨みや憎しみといった負の思念を抱いた生霊は、時として邪悪な妖怪にもなると言われておる」
「それじゃあ、まゆちゃんの生霊が妖怪になって、二人を襲ったっていうことなんでしょうか?」
「それはまだ断言できん。じゃが、二人のアイドルが昏睡状態になったこととは無関係ではあるまい」
鬼太郎が口にした可能性に、小梅と美穂は緊張に顔を強張らせる。目玉おやじは断言できないとは言っているが、まゆがこの一件に関わっていることは、まず間違いないのだ。それも、人知の及ばない“妖怪”という名の恐ろしい怪異として……
「他には何か、手掛かりのようなものは無いのか?」
「昨日と一昨日で入院した、智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんの病室に内緒で入ってみたんだ。それで、暗くて怖い、あの感じを辿ってみたら……二人の首のところに、小さな、針で刺したような傷を見つけたんだよ」
「針で刺したような傷?」
疑問符を浮かべる鬼太郎に対し、小梅はボールペンとメモ帳を取り出し、二つの小さな黒い丸を書いて見せた。
「ちょうど、これくらいの大きさの傷だよ。智絵里ちゃんは首の後ろのうなじで、李衣菜ちゃんは喉にあったんだ」
「私も、小梅ちゃんに言われて見てみたんです。けれど、私にはそれらしいものは見えませんでした……」
「つまり、小梅ちゃんが見たという、この針で刺したような傷跡というものは、霊感のある者にしか見えんということじゃな」
「もしや、呪いの類でしょうか?」
「そうかもしれん」
腕組みしながら、目玉おやじは頷いた。可能性は高いという見解を示しているが、状況からしてほぼ確定だろう。それを察した小梅と美穂の頬を、冷や汗が伝った。
「仮に一連の騒動が妖怪の仕業だとすると、昏睡状態に陥った二人は、その妖怪を倒さない限り目覚めることはないと考えるべきだな」
「じゃあ、その妖怪を倒すというのは……?」
「まだ今の段階では情報が少なすぎる。妖怪の正体も目的も分からんのじゃ。何か、手掛かりでもあれば別じゃが……」
「それなら、心当たりがあります」
正体不明の妖怪に対し、どう手を打つべきかと唸る鬼太郎と目玉おやじに対し、美穂が一枚のCDだった。ジャケットの写真には、深紅のバラを彷彿させる衣装に身を包んだ、美穂をはじめとする五人のアイドルの姿が映っていた。タイトルには、『Love∞Destiny』と記されていた。
「これは?」
「私が所属しているアイドルユニット『Masque:Rade』のCDです」
鬼太郎に自身の所属ユニットのCDを見せた美穂は、そこに映っている自分以外のメンバーについて順に説明していった。
「この子が、問題のまゆちゃん。こっちの二人が、智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんです。それから、私と加蓮ちゃんもいます」
「加蓮も所属しているのか。つまり、このユニットというのに所属している人間が、標的にされていると?」
「……勿論、これも確証は無いんです。けど、智絵里ちゃんと李衣菜ちゃんが、まゆちゃんに関係することで襲われるとしたら、これ以外には……」
「何か、心当たりがあるのか?」
「………………はい」
余程知られたくない事情だったのだろう。美穂の表情からは、躊躇いがあることが見て取れた。しかし、事態を収拾するには話す他に無いと判断し、長い沈黙を挟んでゆっくりと口を開いた。
「まゆちゃんですが……実は、『Masque:Rade』のプロデューサーさんのことが、大好きでして……」
「プロデューサーのことが……大好き?」
「アイドルの恋愛は、確かご法度ではなかったかのう?」
鬼太郎親子が口にした疑問は、尤もなことだった。人間界の世情に疎い妖怪の二人だが、アイドルに恋愛が許されないことくらいは知っている。
「も、勿論です!……けど、まゆちゃんにとってプロデューサーさんは、それだけかけがえのない存在で……アイドルを始めたのも、プロデューサーさんがきっかけで……え、えっと……」
自ら話し始めておきながら、顔を赤くして慌てふためく美穂。色恋の話をするのが苦手なのか、言いたいことがまとまらず、要領を得ない状態に陥ってしまい、鬼太郎親子は首を傾げるばかり。そんな美穂をフォローしたのは、小梅だった。
「まゆちゃんはね……今のプロデューサーさんからスカウトされて、アイドルになったんだよ」
そこから先の説明は、スムーズに進んだ。
問題のアイドルであるまゆは、読者モデル出身のアイドルであり、彼女にアイドルとなるきっかけを作ったのは、今のまゆの担当プロデューサー兼『Masque:Rade』担当プロデューサーなのだという。アイドル活動とユニット活動を通し、まゆと心を通わせたプロデューサーは、いつしか彼女にとってはかけがえの無い大きな存在となり……いつしか、心の底から愛する想い人となったらしい。しかし、アイドルの恋愛は、業界において許されるものではない。故にまゆは、その想いを口にすることは無く……アイドルとプロデューサーという関係を続けていたらしい。
「尤も、まゆちゃんがプロデューサーさんのことを大好きなのは、皆知ってたけどね……」
「皆ということは、そのプロデューサーさんもかね?」
「うん」
「成程。それで、プロデューサーさんの愛情が他者に向くことが許せず、その……『ますかれいど』?の仲間達を襲ったということか」
佐久間まゆとプロデューサー、『Masqua:Rade』のメンバーとの関係を鑑みれば、そのような結論に至るのは当然だった。これで、妖怪と化した可能性のあるまゆの思念が、智絵里と李衣菜を襲った理由については、一応納得できる。
「確かに、女性の怨念……殊に色恋絡みの嫉妬の感情というものは、時に恐ろしいものじゃ。じゃが、どうしてまゆちゃんという子が抱いた嫉妬の思念は、妖怪になる程に強くなったのかのう?」
「どうしてって……それは、さっき鬼太郎さんが言っていたように、プロデューサーさんを、他の子に取られちゃうことが許せなかったからじゃ……」
「それを言うなら、彼女は当の昔に妖怪になっていた筈だ。父さんが言いたいのは、人間の思念が妖怪になるには、並大抵の感情では足りないということだ」
人間の思念が妖怪になるケースは、確かに存在する。皿を割った罪で殺害された下女が皿を数える妖怪と化した、『お菊の皿』が有名な怪談として知られている。
だが、個人の思念が妖怪を生み出す程に強くなるケースは非常に少ない。多くの場合は、大勢の人間の思念が山積することで妖怪が生まれるのだ。
「事故に遭い、生死の境を彷徨ったことが原因で、思念が強くなったのは間違いないが……何らかのきっかけがあったのは間違いない。彼女が仲間達を恨む程の憎しみを抱く程の理由が……」
「それが明らかになれば、彼女を救う鍵になるかもしれん。妖怪と化した生霊を元に戻すには、その引き金となった憎しみを取り除かねばならんからな」
鬼太郎と目玉おやじが付け加えた説明に、美穂と小梅が神妙な面持ちとなる。妖怪が絡んでいると知った時点で覚悟はしていたが、今回の事件は根が深い。いつもの通り、妖怪の正体を暴いて退治し、一件落着とはいきそうにない。
普段のまゆは、同僚のアイドルやプロデューサー、スタッフに対して優しく振る舞い、アイドル活動に対しては非常に真剣に取り組んでいる、絵に描いたような「良い子」として知られている。しかし、プロデューサーが絡むと、猟奇的な視線と妄想に溢れた狂的な言動をもって周囲を戦慄させる、所謂ヤンデレとしての一面があるのだ。
今回の一件は、その重すぎる愛故の暴走によって引き起こされた可能性が高い以上、事件解決のためには、まゆの心の闇に関わる必要があるのだ。そしてそれは、事件の詳細を知る美穂と小梅に課せられた、まゆの友人としての責務とも言えるものだった。
「ともあれ、まずは妖怪の正体を暴くことが先決じゃ。まゆちゃんの生霊と対話をするにも、居場所が分からねば何もできん」
「妖怪の狙いがユニットのメンバーだとするならば、次に狙われるのは美穂か加蓮ということになります。そういえば、加蓮はどこにいるんだ?」
「加蓮ちゃんですが、明後日に控えたライブのリハーサルをしています。ここから少し離れた場所にある、市民ホールです」
「リハーサル中は、凜ちゃんと奈緒ちゃん、それにスタッフの人達が一緒にいるから、安心だよ……」
闇に紛れて活動する妖怪は、人の多い場所には滅多に現れない。加えて、加蓮の傍には妖怪の存在を認知している凛と奈緒が傍にいるのならば、最低限度の安全は確保できるだろう。だが、件の妖怪はバイクに二人乗りしていた李衣菜を、運転をしていた夏樹に気付かれることなく襲撃している。故に、油断はできない。
「なら、とりあえず加蓮と合流しよう」
「ウム。相手の狙いが分かっておる以上、待ち構えておれば、必ず尻尾を出す筈じゃ」
鬼太郎と目玉おやじの提案に対し、美穂と小梅は首肯して同意した。そして、四人は346カフェを後にすると、加蓮がいる市民ホールを目指して移動を開始するのだった。
346プロ本社から、電車で一駅ほどしか離れていない場所にある、市民ホール。コンサートに演劇、講演会と、あらゆるイベントに活用されるこの公共施設では、二日後に控えた346プロのアイドルによるライブのリハーサルが行われていた。
「はい!『トライアドプリムス』の皆さん、ありがとうございました!次、『セクシーギルティ』の皆さん、よろしくお願いします!」
スタッフの指示に従い、346プロのパッション系ユニット『セクシーギルティ』の三人と入れ替わる形で、ステージの上から舞台袖へと捌ける『トライアドプリムス』の三人。その中には勿論、加蓮の姿もあった。
「ふぅ……」
「加蓮、大丈夫か?控室で休憩していた方が良いんじゃないか?」
「心配し過ぎよ。これぐらいのこと……」
自身の体調を気にかけてくれる奈緒に対し、心配無用と返そうとした加蓮だが、その先は続かなかった。突然の眩暈に襲われ、その場でよろめいてしまったのだ。
「全然大丈夫じゃないでしょ。奈緒の言う通り、控室に行こう」
「……ごめん、凜」
倒れそうになったところを凜に支えられる。流石にこれ以上の強がりは通用しないと観念した加蓮は、スタッフに一言断った上で、二人の手を借りて控室へ行くことにするのだった。
控室へと戻った三人は、飲み物の入ったペットボトルを手に取り、室内に置かれていたパイプ椅子へと座った。ライブ本番の際には、メイク落ち防止のために、飲み物にはストローを差しているのだが、本日はリハーサルのため、ステージ用のメイクはしておらず、普通に飲み口から直接飲んでいる。服装についても、動きやすい私服である。
「加蓮。もしかして、あんまり寝てないんじゃないか?」
「あはは……やっぱり、分かっちゃった?」
「もしかして、智絵里と李衣菜が倒れた件が気になっているの?」
凛の問い掛けに、加蓮は苦笑を浮かべながらも首肯した。目元のクマ等はメイクで誤魔化せても、元々弱かった体調は誤魔化しようが無かった。
「小梅から連絡があってから、不安になっちゃってね……今も、まゆが私のことを狙っているんじゃないかって」
「けど、まゆの仕業だって、まだ決まったわけじゃないだろう?それに、どうしてまゆが、智絵里や李衣菜を襲うんだよ?」
奈緒が口にした疑問に、凜も同意するように頷く。まゆが自身の担当プロデューサーに対して想いを寄せていたことは、『Masqua:Rade』のメンバー全員が知っていた。だからこそ、加蓮をはじめとしたメンバー四人は、その恋を応援するために今まで立ち回ってきたのだ。そしてそれは、まゆ自身も認識しており、感謝すらしていた。故に、まゆが他の四人を恨む理由は無い筈なのだ。
「それなんだけど……実は私、まゆが事故に遭った日に、プロデューサーと仕事が終わった後に会ってたのよ」
「えっ!?」
「加蓮が、プロデューサーと?」
「うん。プロデューサーから相談を受けて、仕事の後に待ち合わせをしてたの。それから……私があの日、プロデューサーと待ち合わせした場所は、“新宿駅”だったんだよね……」
「それって……まゆが事故に遭ったのと同じ場所じゃないか!?」
加蓮がプロデューサーと約束をしていた場所と、まゆが事故に遭った現場が同じ場所だたという事実。その直後に、まゆの生霊の仕業と思しき怪事が起こっているのだ。偶然と呼ぶには、些か出来過ぎていた。そして、これらの出来事が一つの糸で繋がっているのならば、考えられることは一つだった。
「まさか、まゆは加蓮とプロデューサーが、あの日に会っていたことを知っていたの?」
凜が導き出した結論に、加蓮は頷いた。
「確証は無いけどね。それに、事故の状況からして多分、まゆは本社を出たプロデューサーの後を追って、事故に遭ったんだと思う」
「成程……それで、メンバーを見境なしに襲ってるってことか……」
まゆが生霊と化して仲間達を襲っているという仮説には半信半疑だったが、加蓮の話を聞いたことで、確信に変わった。
「だから、まゆにはきちんと話さなきゃならないって思うんだ。あの日、私とプロデューサーさんが会ってた理由を。きっとあの子も、裏切られたと思って、傷付いている筈だから……」
「……そうだな」
「話ができるかどうかは分からないけど、伝えなきゃ駄目だよね」
今回の騒動が、悲しい誤解から始まっているというのならば、まゆもまた被害者なのだ。彼女の苦しみを取り除くことは、必要不可避だと、三人は考えていた。
「それに、加蓮には“山井先生”がいるんだからな」
「んなっ!?」
「プロデューサーを恋愛的な意味で好きになるなんてこと、無いよね」
「凛まで!?」
先程までのシリアスな空気から一転。奈緒と凛の二人がかりで加蓮を弄り始めた。
「お互いのことを想っていながら、連絡すら取れない遠距離恋愛だもんな~」
「妖怪と人間の、許されざる切ない恋……感動的な話だよね」
「だから!山井先生とは、そんなんじゃないって、あれほど言ったでしょ!」
その後、普段は弄る側の加蓮が、妖怪との色恋沙汰(?)ネタで、奈緒と加蓮から散々弄られるという珍しい構図は、数分続いた。
「全く……こんなこと言ってる場合じゃないんだから」
「悪かったって。それで、プロデューサーが加蓮にした相談って、一体何なんだ?」
「まゆに秘密にしていたみたいだし……気になるところだよね」
一連の騒動の遠因となった、プロデューサーからの加蓮への相談事。まゆのプロデューサーへの思慕を知っていた加蓮が敢えて黙っていた内容が何かは、奈緒も凛も気になるところだった。
「ええと、それは―――――」
二人の問いに対し、非常に気まずい表情で視線を泳がせる加蓮。だが、心配してくれる二人の手前、話さずにおくのも気が引ける。言いにくそうにしながらも、説明のために口を開いた加蓮だったが……その先は、唐突に部屋の中に響き渡った、ノックの音によって遮られてしまった。
「トライアドプリムスの皆さん、ちょっと確認したいことがありますので、ステージまで来てくれますか?」
ステージの方からやってきたスタッフからの急な呼び出しにより、三人は会話を中断せざるを得なくなった。凛は「今行きます」と返事をすると、ステージへと向かうべく、椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、私が行って来るから、奈緒は加蓮と一緒にここにいてあげて」
「いいよ、凛。私はもう大丈夫だから」
「無理して行かなくても良いんじゃないか?」
「リハーサルの確認も、立派な仕事だからね。私だけ休んでいるわけにはいかないよ」
多少休んだお陰で血色が良くなった加蓮だが、万全とは言い難い。そんな加蓮を心配する凛と奈緒だが、当人は「大丈夫だから」と言って退かず……結局、三人揃ってステージへと戻ることとなってしまった。
「具合が悪くなったら、すぐに言うんだぞ」
「無理しちゃ駄目だからね」
「分かってるって……」
ステージを目指す道中、加蓮の前を歩く凛と奈緒は、頻りにそんな言葉ばかりを加蓮に掛けてきた。そんな風に、自分のことを過保護なまでに心配してくれる二人に、加蓮は一人苦笑していた。
許さない――
「……え?」
唐突に頭の中に響いた、怨嗟の籠った声に、加蓮は思わず立ち止まった。それは、先程までの和やかな空気を引き裂く、恐怖のノイズだった――――――
「ここが、加蓮達のいるホールなのか?」
「はい。受付には既に話は通してありますから、私達と一緒にいれば入れますよ」
「それじゃあ、行ってみようか……」
346プロ本社を出た四人は、美穂の案内に従い、加蓮達がライブのリハーサルを行っている市民ホールへと到着していた。加蓮に会いに行くことは想定していたらしく、内部へ入るための身分証は既に用意していたらしい。首から提げるタイプのプラカードを身に付けると、関係者用の入口へと向かい、受付への挨拶を済ませると、その横を通り過ぎて、建物の中へと入った。
「控室はこの近くですから、すぐに加蓮ちゃんに会えますよ」
「もしかしたら、ステージにいるかもしれないけどね……」
そう言いながらも、四人はまず控室を目指すことにした。以前このホールを使ったことがあるという美穂の案内に従い、再び歩き始めた……その時だった。
「!」
鬼太郎の妖怪アンテナが反応し、髪の毛が一本、針のように逆立ったのだ。
「妖気だ!近いぞ!」
「えっ!?」
そう言うや否や、鬼太郎は控室へと続く廊下を勢いよく走り出した。突然の事態に困惑してしまった美穂と小梅も、その後を追った。そして、ホールの裏手入口から然程離れていない場所の曲がり角で、鬼太郎は立ち止まり、美穂と小梅も遅れながらも追い付くことに成功する。三人が辿り着いたその場所では――
「加蓮!おい、しっかりしろ!加蓮!!」
「目を開けて!加蓮!!」
加蓮の名前を必死に呼び掛ける、奈緒と凛の姿があった。床に膝を付いた二人によって抱き起された加蓮は、目を瞑った状態で全身が弛緩しており……まるで、死人のようだった。そして、決して覚めることの無い深い眠りについているかのような加蓮の、解かれた髪の隙間から覗く首筋からは……
二つの針で刺したような傷痕が、禍々しい気配を放っていた――――――