ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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お待たせしました。
佐久間まゆ編は、今話で完結です。


エヴリデイナイトメア 赤い血染めのリボンは永遠に…… ⑤

 美穂が囮となり、一連のアイドル襲撃事件の元凶たる蛇帯の正体を暴くための作戦が、鬼太郎と目玉おやじ主導のもとで行われていたその頃。

 鬼太郎達とは別行動を取っていた小梅は、346プロ本社にいた。それは、妖怪によって引き起こされたこの事件を解決へ導くために必要な、最後の鍵となる人物に会うためである。

 

「……白坂さん。それは、何の冗談だい?」

 

「冗談なんかじゃ、ないよ……」

 

 346プロ本社のエントランスにて、小梅は黒井スーツを纏った二十代後半くらいの男性――まゆのプロデューサーと相対していた。いつになく真剣な声色で話をする小梅に対し、しかしプロデューサーの方は、冷ややかな視線を小梅に送っていた。

 

「ここ最近、Masqua;Radeのアイドル達が立て続けに原因不明の昏睡状態に陥っていることは俺も知っている。けど、それを“妖怪”の所為で……しかもそれは、まゆが化けて出たものが原因だなんて、質の悪い冗談にも程があるんじゃないかい?」

 

 相手が別の事務所のアイドルなだけに、表面上は丁寧な口調で話しているプロデューサーだが、その表情からは隠しきれない苛立ちが見て取れた。そんな不機嫌丸出しの大人を相手にしても、小梅は怯まない。

 

「……プロデューサーさん。まゆちゃんが入院してから、Masqua;Radeの子達が倒れた意外に、何か変わったことは無かったですか?」

 

「変わったこと……」

 

 小梅にそう尋ねられ、プロデューサーの脳裏に浮かんだのは、まゆが入院した翌日の出来事。Masqua;Radeのメンバー四人に今後の仕事について言い渡し、解散したその直後、幻聴が聞こえたのだ。思えばあの時、「許せない」と言っていた声は、まゆに似ていたかもしれないと、プロデューサーは思った。

 そして、そんなプロデューサーの反応を、小梅は見逃さなかった。

 

「まゆちゃんが皆を襲ったのには、きっと理由がある筈だよ。そしてプロデューサーさんは、その理由を知っている……」

 

「か、関係無いだろうっ!妖怪なんて馬鹿馬鹿しい!」

 

 声を荒げて小梅の言葉を必死に否定しようとするプロデューサー。だが、その反応は、小梅の言葉が図星を突いていることを物語っていた。

 

「今、この事件で苦しんでいるのは、襲われた皆や、その友達だけじゃないんだよ。まゆちゃん自身だって……きっとこんなことをは望んでいない。それは、プロデューサーさんが一番分かっているでしょう?」

 

「……妖怪なんて、いるわけがないんだ!」

 

 尚も妖怪の存在を否定し、今回の一件がまゆの仕業であるという小梅の話を一蹴しようとするが、その顔には必死さと迷いがあるように見えた。そんなプロデューサーに対し、小梅はさらに言葉を重ねる。

 

「けれど……一番つらいのは、プロデューサーさんなんじゃないかな?」

 

「……どういう意味だい?」

 

「まゆちゃんがこんなことをして……その理由を知っているプロデューサーが、何もしないでいられるの?プロデューサーさんだって、まゆちゃんを助けたい筈だよ」

 

「それは……っ!」

 

 小梅の言葉に、プロデューサーは動揺を隠せない。小梅の話については、完全に否定できず……半信半疑ながら、もしかしたらと思っていることも事実。そして、それが本当ならば、今すぐにでもまゆのもとへ行きたいと、そう思っていた。

 

「まゆちゃんが戻ってこれるかは、プロデューサーさんにかかっているんだよ」

 

「……」

 

「だからプロデューサーさん、まゆちゃんのところに、一緒に行こう……」

 

 相変わらず、長い袖に隠れた状態の手を差し伸べながら、一緒に行こうと呼び掛ける小梅を前に、プロデューサーは自分自身に問い掛けた。

 

 今、プロデューサーとして自分がすべきことは何なのか?

 

 小梅の言う通り、まゆが苦しんでいるのならば、それを見過ごしても良いのか?

 

 アイドルと真正面から向き合うことを避けて、プロデューサーが務まるのか?

 

 

 

 このまま、まゆというアイドルに背を向け、逃げ続けることが、プロデューサーとして最善の選択なのか――――――?

 

 

 

 妖怪の存在を完全に信じたわけではない。だが、まゆが自身のユニットメンバーのアイドル達を襲う理由について、確かに心当たりがあることも事実。今までまゆには隠しておいたことだが、それを伝えることができたならば、アイドル達を襲う理由となった誤解を解くことはできるだろう。だが、まゆに対して隠し続けてきたのは、まゆを傷付ける可能性があったからだ。誤解が解けたとしても、その後……まゆがどうなるかは、全く分からない。もしかしたら、今以上に状況が悪くなるかもしれないのだ。いっそのこと、このことはいつまでも黙ったままにしておき、まゆのことも放置してしまえばと……そんな考えが過った。

 

「そんなわけにはいかないだろう……!」

 

 だが、プロデューサーは自身の頭の中に浮かんだその案を、呟きとともに握り潰した。秘密を打ち明ければ、まゆを傷付けることになるだろうし、場合によっては自分が傷付けられる可能性もある。それでも、プロデューサーとして逃げるわけにはいかない。アイドルの全てを受け入れ、正面から向かい合うのは、プロデューサーの責務なのだから。

 

「分かった。白坂さん、一緒に行こう」

 

 未だに小梅の妖怪云々の話に対しては半信半疑だが、プロデューサーは協力を求める小梅に応じることにした。もとより、自身の担当ユニットであるMasque;Radeのメンバーが相次いで昏睡状態になったこの事件の解決については、藁にも縋る想いだったことは事実だったのだ。信憑性以前に、荒唐無稽な話であっても、賭けてみたいと思っていた。

 

「ありがとう、プロデューサーさん」

 

「それで、まゆがいる病院へ行けば良いのかな?確か、電車は……」

 

「ううん。電車は必要ないよ。連れて行ってくれる人がいるから……」

 

 連れて行ってくれる人とは、一体誰なのだろうか。疑問符を浮かべるプロデューサーをよそに、小梅は背負っていたリュックを地面に置き、そのチャックを開いた。すると――

 

「よーやっと、話が終わったのね!いや~、リュックの中は息苦しかばい!」

 

「待たせてごめんね、一反もめんさん」

 

 リュックの中から、白い布状の何かが飛び出し……さらに喋り出したではないか。そんな非日常の光景を見せられたプロデューサーは、目を見開いて驚愕していた。

 

「それから、おいは人じゃなくて妖怪よ、小梅ちゃん」

 

「うん、そうだったね。それじゃあ、鬼太郎さん達のところへ連れて行ってね」

 

「ほいきた!さあさあ、二人とも、おいの背中に乗った乗った!」

 

「うん。プロデューサーさん、早く行こう………………プロデューサーさん?」

 

 その後、一反もめんの登場に驚愕し、硬直して動けなくなったプロデューサーを何とか正気に戻した小梅は、一反もめんに乗って何とか鬼太郎達がいる講堂を目指して飛ぶことに成功したのだった。ちなみに、移動中のプロデューサーは放心状態だったが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あとは、プロデューサーさん次第だね……」

 

「まゆちゃんのこと、何とか説得してもらえれば良いんだけど……」

 

 講堂のステージの上で向かい合う、蛇帯とプロデューサーを、不安そうに見つめる小梅と美穂。人間の、特に女性の嫉妬や憎しみが妖怪化したものは、恐ろしい力を発揮すると目玉おやじは言っていた。プロデューサーを呼んだのは、鬼太郎が苦戦するこの状況を予想したからこそである。そして幸い、プロデューサーの姿を見た蛇帯は、鬼太郎を締め付ける動きを止めてくれた。このまま話し合いを通して、まゆが蛇帯という妖怪から人間へと戻ってくれれば幸いなのだが、果たして上手くいくかどうか……

 

「今は彼に任せるしかあるまい。蛇帯に宿った心の闇を取り除けるか否かは、彼の説得にかかっておるのじゃ」

 

「いざとなったら、おいが助けに行けば良か」

 

 美穂の手の上に乗った目玉おやじと、小梅の傍でひらひらと浮遊する一反もめんがそう言った。四者が固唾を呑んで見守る中、蛇帯とプロデューサーの対話は始まった――――――

 

 

 

 

 

『プロデューサー……さん?』

 

 人語を話す大蛇という、この世の条理を外れた存在を前に、ビクリと体を震わせるプロデューサーだったが、ゆっくりと歩み寄っていった。

 

「まゆ……お前、なんだな……?」

 

『プロデューサー、さん……』

 

 鎌首をもたげた蛇帯は、自身のもとへ近づいてくるプロデューサーのことを、じっと見つめていた。蛇であるが故に、その表情に変化は無い。しかし、頭の中に響くその声からは、愛する人に会えたことによる嬉しさとともに、寂しさからくる悲しみが感じ取れた。

 

『プロデューサーさんが、いる……プロデューサーさんが、私の、目の前に……』

 

「まゆ、俺が分かるんだな……」

 

 妖怪化したことで、まゆの自我は嫉妬心と憎しみに由来する残虐性を残して消えてしまっていたようだが、プロデューサーの存在だけは、かろうじて認識できたようだった。しかし、まともな会話ができるかは疑問であり、この状態をいつまで保てるかも分からない。

 しかし、だからこそ……まゆがまゆである内に、伝えなければならない。まゆが事故に遭ったあの日、何を隠していたのかを。譬えそれが原因で、まゆの心を深く傷付け、自身に危害が及ぶことになったとしても――――――

 

「まゆ、聞いてくれ。お前が事故に遭ったあの日、俺は加蓮に相談しようとしていたんだ。お前に、あることを伝えるために……」

 

 まるで、自身の罪を懺悔するかのように話し始めたプロデューサーを前に、蛇帯は鎌首をもたげてプロデューサーを見たまま動かない。プロデューサーの話をじっと聞いているようであり、少なくとも今すぐに襲い掛かる様子は無い。今のところは、だが……

 そして、プロデューサーは十秒ほどの間を置き、意を決して自身の秘密を明かした。

 

「まゆ……実は俺、結婚することにしたんだ!

 

『!!』

 

 プロデューサーが発した『結婚』という言葉。その場にいた者達は、アイドル、妖怪を問わず驚愕に目を見開いた。まゆに知られることを忌避して隠し続けてきた秘密というだけに、相当重大なことだということは予想していたが、これは予想外だった。

 だが、美穂と小梅の二人は、驚愕はしたものの、その後すぐに納得した。アイドルの中でも、プロデューサーに対する愛情が一際重いまゆである。プロデューサーに対して、年上の恋人か……或いは夫のように接する姿を見ていれば、慎重な対応を心掛けるのは当然のことと言えた。

 そして、愛する人の結婚宣言によってビクリと震えた蛇帯を前に、プロデューサーはさらに言葉を重ねていく。

 

「相手は、346プロの歌手部門に所属しているシンガーソングライターで……俺の幼馴染だったんだ。俺より先に地方から出てきていて、入社したての頃には色々世話になったんだ。時々、アイドルに対する接し方とかのアドバイスももらって……いつしか俺の中では、彼女はかけがえのない……大切な存在になっていたんだ」

 

 文面だけ読めば、惚気話としか思えないかもしれないが、実際に話しているプロデューサーの表情は罪悪感故の陰りがあることが、が傍から見ても明らかだった。

 

「プロポーズをしてからは、お前達にも事情を話そうと思っていた。けれど、このことを知れば、まゆは酷くショックを受けると思ったんだ。だから、できるだけまゆを傷付けない方法が無いか、加蓮に相談しようとしていたんだ」

 

 プロデューサーも大人の男性である。まゆが自身に対して、どのような感情を抱いていたのかは、理解していた。故に、まゆの精神へのダメージを最小限に止めるための方策を水面下で探し、加蓮に相談する等していた。しかし、隠し事というのは、相手が親しい間柄である程に隠し通すのは難しい。今回の件がそうであったように、加蓮への相談が綻びとなり、まゆに不安と猜疑心を抱かせた結果……彼女は事故に遭って入院したのだ。さらには、積もり積もった嫉妬心と憎しみを爆発させ、妖怪にしてしまった。プロデューサーの罪悪感は、言葉では言い表せない程のものだろう。

 

「けど……その結果がこれだ。担当アイドルと正面から向き合うことを避け続けて、不安にさせて、仲間達を傷付けさせて……最低だ。俺はプロデューサー失格だよ……!」

 

 プロデューサーは、体と声を震わせながら、吐き捨てるようにそう言った。その目には涙が浮かんでいた。

 

「まゆ……本当にすまなかった。今更、許してくれなんて言う資格が俺にあるとは思えない。だが、これ以上仲間達を傷付けるのはやめてくれ。この通りだ……!」

 

 涙声で、絞り出すように頼み込んだプロデューサーは、床に膝と両手を付けてひれ伏し、頭を下げて必死に懇願していた。そんなプロデューサーを、蛇帯はただじっと見つめていた。

土下座するプロデューサーと、それに向かい合う蛇帯。張りつめた緊張故に両者の異様に長く感じる――それでいて十数秒程度しか経っていなかった――時間は、唐突に終わりを告げた。

 

『うぅ……』

 

「まゆ……?」

 

 蛇帯から、まゆのくぐもった声が聞こえてきた。今まで以上のノイズが混じったその声は、声をおさえて無くような……嗚咽だった。そして、異変は声だけには止まらない。蛇帯の鎌首や、とぐろを巻いて鬼太郎を締め上げている胴体といった、体全体が嗚咽に伴い震え始めたのだ。

 

『うぅうう……うう……うぁぁああああぁぁああ!!

 

 そして、呻き声から始まった、悲鳴染みた壮絶な慟哭。ステージの上に響き渡るそれは、空気を震わせ、床を震わせ、ステージ全体を震わせた。

 

「ぐっ……なんて、声……!」

 

「耳が……!」

 

 阿鼻叫喚とも呼べる悲愴に満ちた叫び声は凄まじく、舞台袖に立っていた美穂と小梅、目玉おやじと一反もめんはすぐさま耳を塞いだ。しかし、それでも音を完全に遮断することはかなわず、立っているのもやっとな程の眩暈を覚えていた。

 そんな中、音源である蛇帯のすぐ傍で土下座するプロデューサーは、耳の痛みに只管に耐え続けていた。これは、まゆの魂の叫びであり、その気持ちを裏切られた痛みそのものなのだ。まゆの担当プロデューサーとして、この叫びに対して耳を塞ぐことなどできないと……心からそう思っていた。

 

『あ゛あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛……!!許、せない゛!!許ぜ、ない゛!!う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』

 

 プロデューサーが打ち明けた秘密が余程に衝撃的であり、精神的に大きなダメージだったのだろう。蛇帯は既に正気を失い、僅かに残っていたまゆとしての自我は完全に消し飛んだ様子だった。許せないと喚き散らしながら、長大な体を撓らせてのたうち回り、ステージの上でただ只管に暴れ回っていた。

 

「がはっ……!」

 

「プロデューサーさん!」

 

 そんな中、プロデューサーも蛇帯の暴走に巻き込まれ、長い尾に腹部を撃たれて舞台袖まで吹き飛ばされてしまった。だが、蛇帯は狙ってプロデューサーを攻撃したわけではないらしい。負傷して美穂と小梅に介抱されているプロデューサーに追撃を仕掛けることなく、ステージ上でただ只管に暴れているのみだった。

 

『あ゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!』

 

「まゆちゃん……」

 

 そんな蛇帯の様子を、美穂や小梅、そしてプロデューサーは悲しげな表情で見つめていた。たかが失恋程度で、と誰もが思うかもしれない。しかし、アイドル・佐久間まゆにとってのプロデューサーは、唯一無二の存在だったのだ。

 以前、美穂はまゆから聞いたことがあった。読者モデルからアイドルへと転向して間もない頃のまゆは、慣れないことやそれ故の失敗ばかりで、この先本当にやっていけるのかと強い不安を抱いていたという。そんな困難を乗り越えてここまでやってくることができたのは、全てはプロデューサーのお陰だった。レッスンが辛かった時や、イベントで失敗して落ち込んだ時、プロデューサーはいつだってまゆの傍に寄り添っていてくれた。時に優しく、時に厳しく接してくれるプロデューサーは、まゆにとってはかけがえのない心の支えになっていた。

 そんなプロデューサーだからこそ、まゆは初めて心から愛していた。そして、それと同時に、その愛情が失われることを、何よりも恐れていた。そんな重すぎる愛故に妖怪化して、仲間達を傷付け、自身も傷付き……受け入れ難い現実の前に、狂気に駆られるしかできなかったのだ。

 

「鬼太郎さん……まゆちゃんを、助けてくださいっ!」

 

 狂気に惑わされ、暴走する蛇帯の――まゆの姿を、美穂はそれ以上見てはいられなかった。それは、隣にいる小梅も同様である。そんな美穂の願いに応じ、鬼太郎が立ち上がった。

蛇帯が暴れ出したのと同時に拘束を抜け出していた鬼太郎は、ステージの上で悲痛に暴れ狂う蛇帯に向けて、指を構えた。そして――

 

「指鉄砲!!」

 

 鬼太郎が構えた右手の人差し指の先から、青白い閃光が迸った。まるで流星のようにステージの上を突き抜けた光弾は、蛇帯目掛けて飛来し、その硬い鱗に覆われた頭部を撃ち抜いた。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……!!』

 

 断末魔の叫びとともに、蛇帯の体はどす黒い妖気となって霧散した。後に残されたのは、蛇帯をはじめとした妖怪の核を為す人魂――まゆの魂と、蛇帯の器となっていた、赤いリボンのみだった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 鬼太郎が蛇帯を倒し、まゆの魂を解放してから三日後。妖怪によって引き起こされた、アイドルの連続昏睡事件に終止符を打つことに成功した鬼太郎は、目玉おやじを伴い、事件に深く関わった美穂と小梅に会っていた。

 

「それでその後、襲われた皆や、蛇帯となったまゆちゃんという子は目覚めたのじゃな?」

 

「はい。鬼太郎さんのお陰で、皆元気になりました。本当に、ありがとうございます」

 

「ありがとうございます……」

 

 今回の事件を解決に導いてくれた鬼太郎に対し、美穂は感謝の言葉と共に答えた。隣にいた小梅も、美穂に倣って頭を下げた。

 蛇帯の妖毒によって昏睡状態に陥っていた、智絵里、李衣菜、加蓮の三人は、蛇帯が倒されたその日に病院にて無事に目を覚ました。その後、三人は病院にて精密検査を受け、無事に退院し、アイドル活動に復帰している。ちなみに、加蓮は目覚めたその日に無理を押して病院を退院し、予定されていたライブに参加した。しかしその後、事務所と病院の両方から厳しく叱責されることとなり、改めて検査入院をさせられる羽目になったという。そんな加蓮に、美穂と小梅、そして一緒にステージに上がった凛と奈緒も心から同情していた。

 今回の騒動を引き起こした根源であり、被害者としての一面も持っているまゆもまた、蛇帯が倒されたその日に目覚めた。その翌日、事件の真相を知る美穂と小梅、そしてプロデューサーが彼女のもとを訪ねていくつかの質問をしたが、まゆは事故で意識不明になって以降の記憶を……妖怪・蛇帯となって仲間達を襲っていた時のことを、全く覚えていなかった。この事実に、まゆに質問をした三人は内心で安堵した。自分が妖怪になってアイドルを襲っていたと知れば、まゆはショックを受けるだろうし、巻き込まれたアイドル達との関係もギクシャクした状態になることは間違いなかったからだ。しかし……一つだけ、有耶無耶にできないこともあった。

 

「それで……プロデューサーの婚約の話は、したのか?」

 

「はい……」

 

 一連の事件の後始末の中で、最も問題であったであろう事柄について触れた鬼太郎の問いに、美穂は暗い顔をしながら頷いた。

 プロデューサーの婚約については、まゆが目覚めたその日にプロデューサー自身の口から説明された。まゆにありのままを伝えることには難色を示していたプロデューサーだったが、今回の一件で腹を括ったらしい。また、まゆが事故に遭ったその日、相談相手となった加蓮もまた、「どのように言い繕っても、まゆが受けるショックは微塵も軽減できない。ならば、互いにダメージを負うことを覚悟の上で、最初から包み隠さずに話すしかない」とアドバイスしていたこともプロデューサーの決断を後押ししていた。

ともあれ、プロデューサーの婚約については、遂にまゆも知ることとなったのだが……

 

「まゆちゃん、プロデューサーさんの話を聞いても、全然取り乱した様子が無かったんです」

 

「……プロデューサーのことが大好きだったっていうのに?」

 

 美穂が説明した、当時のまゆの様子について、不審に思う鬼太郎。妖怪になる程に愛していた相手が、自分以外の女性と結婚するのだから、冷静ではいられない筈である。それこそ、先日の蛇帯の時のように、発狂してもおかしくない。

 

「まゆちゃん、プロデューサーさんの話を聞いている間もずっと、穏やかな表情で相槌を打つばかりで、「おめでとうございます」なんて言っていたぐらいなんです。一体どうしたんだろうって、本当に驚きましたよ」

 

「しかも、無理をしている様子とか、全然無かったしね……」

 

 不気味なほど大人しく話を聞いていたと、当時の状況を話す美穂と小梅に、鬼太郎はますますわけが分からなくなった。一方、頭上の目玉おやじは腕組みしながらまゆの現状について一つの推測を立てていた。

 

「もしや、まゆちゃんは蛇帯になっておった時のことを、完全には忘れておらんのかもしれんのう……」

 

「それって……まゆちゃんが、嘘を吐いているってことですか?」

 

「そうではない。妖怪化した時に、仲間のアイドルの子達を襲っておったということは、恐らく本当に覚えておらんのじゃろう。じゃが、プロデューサーが結婚することとなったということを聞かされた時の衝撃は、相当なものだった以上、記憶に強く刻みつけられたとしてもおかしくない。ならば、その時のプロデューサーの話だけは、断片的に覚えているという可能性もあるということじゃ」

 

「確かに……それなら全部、説明がつくかも」

 

 プロデューサーが自分以外の女性と結婚するという事実を――正確には、それを知ったことによる絶望を――予め知っていたのならば、まゆが取り乱さなかったことも少しは納得できる。しかしそれでも、まゆが終始穏やかだったというのは、不自然に思える。

 

「妖怪化したせいで、その子の精神に何か異常が起きているのでしょうか?」

 

「そんな……!まゆちゃん、大丈夫なんでしょうか?」

 

「まあ、落ち着きなさい、美穂ちゃん。それも、本人に直接会って聞いてみなければ分からん」

 

「そうですね、父さん。僕らは、そのためにその子に会いに行くわけですしね」

 

 今、鬼太郎達が目指している場所は、まゆが入院している病院である。他のアイドルと違い、事故による打撲で意識不明となって入院した彼女は、体こそ回復したが、脳に以上が無いかを確認するために、もう一週間程ほど入院することとなっていた。鬼太郎と目玉おやじは、まゆが完全に人間に戻っており、妖怪化する危険が無いかを確認するために、美穂と小梅の案内のもと、病院を目指しているのだった。

 そして、歩き続けることしばらく。鬼太郎達は、目的地であるまゆが入院している病院へと辿り着いた。

 

「美穂、まゆという子の病室に案内してくれ」

 

「あ、はい。それじゃあまずは、受付の方へ……」

 

「鬼太郎さん!あれ!!」

 

 病院の敷地内への入口に差し掛かり、美穂に案内を頼んだその時。小梅が、大声で鬼太郎の名前を呼んだ。普段、大声を上げることなど滅多に無い筈の小梅の様子に何事かと思った鬼太郎達だったが、小梅の視線の先――病院の屋上――へと視線を映した途端、小梅と同様に驚愕に目を剥くこととなった。

 

「あれは……!」

 

「まさか……まゆちゃん!?」

 

 鬼太郎達が見つめる先の、十階建ての病院の屋上に、一人の少女――まゆの姿が見えた。普段の服装と異なり、病院服を纏っているが、同じアイドルである美穂と小梅が見間違う筈が無かった。そして、今一番問題なのは、まゆの立っているその場所がフェンスの外側(・・・・・・・)だということだった。

 

「まゆちゃん、まさか……!」

 

「飛び降りるつもりか!」

 

 遠くて表情はよく分からないが、フェンスの外側に立つまゆの目は虚空を見つめており、自殺する人間のそれと同じであり、飛び降りるつもりなのは明らかだった。

 

(まさか、プロデューサーの話を聞かされても、あんなに冷静だったのって……!)

 

(最初から、こうするつもりだったんだ……!)

 

 まゆにとっては悲報とも呼べるプロデューサーの結婚話。にも拘わらず、まゆはそれを聞いても、どこまでも穏やかだった。そんな彼女に、どこか危うさを感じていた美穂と小梅だったが、まさか自殺に走るとは思わなかった。

 同じプロダクションに所属するアイドルであり、友人でありながら、そんなまゆの危険な兆候を見過ごしてしまったことに、忸怩たる思いを抱く美穂と小梅だが、後悔している暇は無い。まゆは今すぐにでも、病院から飛び降りようとしているのだから。

 

 

「鬼太郎さん!まゆちゃんを、助けて――」

 

 この場で唯一、まゆを救うことができそうな鬼太郎に対し、助けを求める美穂。だが、その時だった。

 

「まゆちゃんっ……!」

 

「……っ!!」

 

 屋上のフェンスの外側に立っていたまゆが、遂に身を投げ出したのだ。その衝撃の瞬間を目にした美穂と小梅は、反射的に口に手を当て、ショックのあまり硬直して動けなくなってしまった。

 動けたのはただ一人――鬼太郎だけだった。

 

(霊毛ちゃんちゃんこを……間に合え!)

 

 即座に霊毛ちゃんちゃんこを脱いだ鬼太郎は、まゆの落下場所目掛けてそれを投げつけようとする。伸縮自在の霊毛ちゃんちゃんこの性質を利用して、トランポリンのように変化させて、落下場所に滑り込ませようとしているのだ。だが、まゆが落下する場所と鬼太郎の立っている場所とでは、かなりの距離がある。霊毛ちゃんちゃんこを間に合わせるのは、非常に難しいが、他に方法は無い。

 そして、鬼太郎が一か八かの賭けに出ようとした、その時。

 

「!」

 

 妖怪アンテナが、妖気を捉えて逆立った。非常に強力な妖気で、しかも出所となった場所はかなり近い。まさか、この非常事態に新手の妖怪が現れたのか。だが、今は妖怪の相手をしている場合ではない。まゆを救助するべく、霊毛ちゃんちゃんこを全速力で飛ばした。

 今まさに、地面に向かって落下しているまゆ。その真下へと、猛スピードで迫るちゃんちゃんこ。果たして、間に合うのかと……数秒にも満たない僅かな時間が、何時間にも感じられる緊張感が漂う空間の中、皆が固唾を呑んで見守っていた。そして、その行く末は――――――

 

「なっ……!?」

 

「まゆちゃんが……!」

 

「消えた……!?」

 

 思わぬ闖入者の登場によって、全く予想外の結末を迎えた。

 それを齎したのは、突如として病院の建物の表面を滑るように飛び出した、黒い影。それは、凄まじいスピードで地面に向けて落下中だったまゆのもとへ迫り……影がまゆに接触するのと同時に、その姿はかき消え、弧を描くように視界から消えた。まゆが落下しようとしていた地面には彼女の姿が無く、先程投げつけたちゃんちゃんこがトランポリンのように広がっているのみだった。

 

「鬼太郎、一先ずはあそこに行ってみるのじゃ!」

 

「は、はい!父さん!」

 

 予想外の事態に翻弄される鬼太郎達だったが、目玉おやじに促され、影が弧を描いて消えた場所へと向かい、何が起こったのかを確かめてみることにした三人。そして、現場へと駆け付けた一同を待っていたのは……赤いワイシャツに黒のズボンというラフな格好をした、若い長身の男だった。そして鬼太郎達は、この男に見覚えがあった。

 

「鬼童丸!?」

 

「ん?……おお、鬼太郎か」

 

 予想外の人物……否、妖怪がいたことに、再度驚きの声を上げる鬼太郎。この一見ヤクザの若頭のようにも見える柄の悪そうな人相と恰好の男は、以前鬼太郎が敵対した大妖怪、酒吞童子の息子、鬼童丸だった。

何故こんな場所で出会うこととなったのか、混乱する鬼太郎の代わりに、目玉おやじが尋ねた。

 

「どうしてお主がこんな場所におるのじゃ?」

 

「ウチの会社がスポンサーをやっている346プロのアイドルが、妖怪に襲われて眠っているって噂を聞いてな。親父と茨木姐さんに頼まれて、様子を見に来たんだよ」

 

 鬼童丸の説明に、事の次第を納得した鬼太郎と目玉おやじ。彼の父親である酒吞童子は、自分達の日本征服計画を酒飲み対決によって阻止した酒豪アイドル達に非常に入れ込んでいる。そのため、スポンサー契約を結んでいる346プロを助けるのと同時に、騒動を解決してアイドル達の点数稼ぎをしようとしていたのかもしれない。

 

「でもって、病院に来てみたら、妖怪になったって噂のアイドルがいきなり屋上から飛び降りてきやがったから、とりあえず助けてやったわけだ」

 

 そう言って鬼童丸が指差した先には、地面にへたり込んでいるまゆの姿があった。どうやら、先程の妖気は鬼童丸のものであり、そのずば抜けた運動能力をもって、飛び降り自殺を敢行したまゆを助けてくれたらしい。

 

「まゆちゃん!」

 

 まゆの無事な姿を確認し、駆け寄っていく美穂と小梅。一時はどうなることかと思ったが、どうやら最悪の事態だけは避けることができたらしい。

しかし……

 

「どうして……」

 

「え?」

 

「どうして、死なせてくれなかったんですか!?」

 

 涙を流しながら、死ねなかったことを嘆くまゆ。鬼童丸がどうやって助けたか云々よりも、まゆにとっては自殺することができなかったことの方が問題だったらしい。そんな彼女の言動に、美穂と小梅は衝撃を受けた様子だった。

 

「私には、プロデューサーさんしかいなかったのに……プロデューサーさんさえいれば、他に何にも……譬えアイドルでいられなくなっても良かったのに!!こんな世界で生きていくことに、意味なんて無いんですよっ!!」

 

 プロデューサーが自分ではない他の女性と結婚する……自分のもとからいなくなってしまうという事実が、まゆには耐えられないものだった。アイドルを続けていくことも、生きていくことすらも儘ならない程に。そして、そんな世界で生きていくことが苦痛だったまゆには、他に取れる選択肢が無かったのだ。

 事情を知らない人間から見れば、まゆの考えは非常に極端であり、異常に思えるかもしれない。しかし、蛇帯という妖怪と化し、その慟哭を聞いていた美穂と小梅は、まゆがどれ程までに本気でプロデューサーを愛していたのかを知っており……かける言葉が見つからなかった。このままでは、まゆはまた何度でも自殺を図ることだろう。どうすれば、彼女の心を本当の意味で救うことができるのかと……美穂と小梅は必至に考えるも、何の妙案も浮かばなかった。

だが、そこへ……

 

「うだうだうだうだと……馬鹿なこと言ってんじゃねえよ」

 

 鬼童丸が割って入った。さらに無遠慮に、まゆの嘆きを「馬鹿なこと」と切って捨てた。

 

「ちょっ……鬼童丸さん!」

 

 鬼童丸の勤め先である鬼ヶ島酒造が346プロの大手スポンサーであるとはいえ、今回の件において鬼童丸は部外者であることに違いない。安易に踏み込まないで欲しいと咎める美穂だったが、鬼童丸はお構いなしに続けた。

 

「要するに、痴情のもつれって奴でこんな馬鹿な真似をしたんだろう?そんなにプロデューサーとやらが好きなら、自分の物にできるまで、どこまででも追い掛けりゃあ良かったじゃねえか。他の女と結婚するってんなら、強引にでも寝取って既成事実を作るなりなんなり手はあっただろうに」

 

「無茶苦茶だと思う……」

 

 人間の道徳や倫理とはかけ離れた、鬼童丸の鬼としての理論に対し、小梅が突っ込みを入れた。そしてこれには、美穂のみならず、鬼太郎と目玉おやじも同意していた。そもそも、鬼童丸の言うようなことをすれば、それこそさらなる痴情のもつれが起こったことは間違いない。だが、鬼童丸はやはり構わず続ける。

 

「それをやらなかったって事は、本当は分かってんじゃねえか?自分が、そいつのことを本当に幸せにできねえってことをな」

 

「!!」

 

 鬼童丸の言葉に、まゆは図星を突かれたかのようにビクリと体を震わせた。そんなまゆに対し、鬼童丸は冷ややかな視線を浴びせつつ、さらに追い詰めるように言葉を重ねていく。

 

「大好きで大好きで仕方が無い相手だが、ライバルが現れた途端に腰が引けたってところか。自分以上に相手を幸せにできるかもしれない存在を前に、相手のことを全部知っていたという自信が消えて、自分の愛情が一方通行だったということに気付いた。終いには自殺という逃げ手に走るとは……お笑い種だな」

 

「……」

 

 言いたい放題の鬼童丸だが、当のまゆ本人は本心を突いた指摘故なのか、全く反論することはできなかった。

 

「そんな言い方、しなくてもいいじゃないですか!まゆちゃんは、優しいから……だから、プロデューサーさんを責めることも、告白することもできなかったんです!」

 

 鬼童丸の言い様に、美穂が普段の彼女からは考えられないような憤りを露に、声を荒げて意義を唱えた。常の穏やかな彼女を知る者が見れば、驚愕のあまり気絶してしまったかもしれない程の怒り心頭な態度に対し……しかし、鬼童丸はフンと鼻で嗤って答えた。

 

「俺達鬼から言わせれば、“優しさ”なんてモンは、美徳でも何でもねえ。優しいから何もできなかったなんてのは、ただの逃げ口上だろうが」

 

「なっ……!」

 

 美穂の怒りを前にしても、鬼童丸の実にくだらないという態度は微塵も揺るがない。そんな鬼童丸の放った言葉に、美穂をはじめとした面々は唖然となった。

 

「お前等、世の中の仕組みって奴がよく分かってねえようだから、教えてやる。自分が幸せになるってことは、他の誰かを不幸にすることなんだよ。これは人間だろうが妖怪だろうが同じだ。希望と絶望は差し引きゼロ、誰かが得をすれば、誰かが損をする。それが世の中ってモンだ」

 

「……」

 

 先程まで怒り心頭だった美穂だったが、鬼童丸の核心に迫る話を前に、何も言えなくなってしまった。千年の時を生きた妖怪の発する言葉の中に、計り知れない重みを感じたということもあるが……最たる理由は、美穂や小梅といったアイドルには、鬼童丸の話に思い当たる節があったことが挙げられる。そして鬼童丸は、そんなアイドル達の心中もお見通しだった。

 

「お前等アイドルが最たる例だ。オーディションで受かったお前等が、アイドルとしての成功を謳歌している一方で、落ちた連中は地獄を見て……夢を諦めている奴もいる。お前達の今は、そういった連中の不幸の上に成り立っているんだよ」

 

 その言葉に、美穂達アイドルは何も言えなくなった。アイドル活動は、常に仕事の取り合いである。346プロのアイドルに選ばれるためのオーディションに始まり、イベント、グラビア、CM、テレビ番組の出演等々……活躍の場を多く得られたアイドルだけが、世間の注目を浴びてブレイクすることができる。逆に仕事が得られなかったアイドルは、日陰者に落ちぶれる一方であり……誰にも気づかれないまま、引退するということもざらにある。

 346プロのアイドルとして、比較的成功を収めている部類に入る美穂、小梅、まゆといった面々は、そのような意味では他社の多大な不幸を積み上げた上で今を勝ち取ったと言えなくもなかった。

 

「誰も彼もが幸せなんて都合の良い話なんざありゃしねえんだよ。“優しさ”なんてのは、弱者が望みを叶えられない言い訳にしか過ぎない。でなけりゃあ、望みを叶えた強者の驕りだ。

分かったか?物欲だろうが色欲だろうが、欲望を叶えるのには、何一つとして楽なことなんて無えんだよ。本当に叶えたいことがあるんなら、手段を選ぶな。綺麗事を持ち込むな。他人を踏み躙る……それこそ、“鬼”になる覚悟って奴が必要なんだよ」

 

 文字通り、俺のようにな、と最後に茶化した鬼童丸だが、その――こちらも文字通り――鬼気迫るものを感じさせる口調と表情で放たれた言葉には、一切否定することができない、非常に強い説得力を感じさせるものがあった。そんな、これ以上無い程に厳しい言葉を投げ掛けられたまゆは、そこで初めて顔を上げ、鬼童丸を見上げて口を開いた。

 

「そんな……他の人を不幸にするような、酷い女の人になって……好きになった人は、振り向いてくれるんでしょうか?」

 

「それはお前次第だ。だが、完全に相手を落とせたのなら、そんなものは問題にすらならん。内にある醜さすらも魅力に感じて、離れられなくしちまう……それが、“酷い女”って奴だ。

まあ……俺はどちらかと言えば、そういう女の方が好みだがな」

 

 そこまで言うと、鬼童丸はフッと笑った。その顔には、欲望を愛し、欲望のために生きる、鬼らしい凶悪な――それでいて人を惹き付ける魅力のある――“酷い男”の笑みが浮かんでいた。

 

「それじゃあ、俺はもう帰るぜ。妖怪騒動は、鬼太郎が先に解決しちまったみたいだしな」

 

 そして、鬼童丸はその場にいた者達に背を向け、踵を返して立ち去っていった。その背中を、地面にへたり込んでいたまゆは、一人呆然と眺めていた――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まゆの自殺未遂を鬼童丸の助力を得て阻止し、蛇帯によるアイドル襲撃事件が完全に終結したことが確認できたその日から二週間後。

問題の人物であるまゆは、アイドルとして復帰していた。テレビや雑誌で見る彼女の笑顔からは、事故による後遺症も、失恋による心の傷も感じさせない、今までと同じ……否、それ以上の魅力に溢れたものとなっていた。

 ちなみに、初恋の人であるプロデューサーとまゆの関係は、彼が結婚した今も続いていた。但し、今までのように、まゆがプロデューサーという男性を恋愛対象として見るようなことはなく……“アイドルとプロデューサー”という、本来あるべき姿に戻った形となっていた。ちなみに、プロデューサーの結婚式にはまゆも出席し、二人のこれからを祝福するスピーチすらしていた。

 まゆがプロデューサーに懸想していたことを知る、美穂や小梅をはじめとした同僚のアイドル達やプロデューサー本人は、そんなまゆの急激な変化に戸惑いを隠せなかった。失恋したというのに、何故これ程までに立ち直りが早いのか、と。

 誰もが疑問に思ったまゆの変化。その理由を知る者は……

 

 

 

 ゲゲゲの森に、一人いた。

 

 

 

「………………」

 

 ゲゲゲの森にある家の中で、鬼太郎は今朝、妖怪ポストに届けられた、ある知り合いの妖怪が寄越した手紙を読んで固まっていた。その内容とは……

 

 

 

ゲゲゲの鬼太郎へ

 

先日の一件では、俺の会社がスポンサーをしている346プロのアイドルを助けてくれたようで、感謝している。

ところで、病院で騒動の原因になっていた、まゆというアイドルと話をした後のことなんだが……非常に厄介なことになっている。

 

つい先日、仕事の関係で346プロの事務所に行ったのだが、その際に入口で彼女に呼び止められて、LAINの友達登録をして欲しいと頼まれた。

親父の命令で、高垣楓をはじめとした、嫁候補アイドル達の情報を集める必要のあった俺は、これを承諾したのだが……その日以降、彼女から引切り無しに連絡が来るようになった。

 

その中には、鬼の俺ですら手紙に書くのも遠慮したくなるような、(性的な意味で)非常にきわどい表現の文書やスタンプ、自撮り写真もあった。

千年以上生きて、それなりに経験があるから分かるんだが……どうやら、あの病院での一件以来、俺は相当に入れ込まれているらしい。

親父が酒飲み対決で負けたことで、犯罪行為をはじめとした世間を騒がせる行為の一切を禁止されている以上、俺が性的な意味で手を出すのは拙い。

 

アイドル達にコネのあるお前の力で、何とかして引き離してはもらえないだろうか?

報酬は言い値で払うから、本当に頼む。

 

鬼童丸より

 

 

 

「酒吞童子も大概じゃったが、鬼童丸も難儀しとるのう……」

 

 愛が重すぎることに定評のあるまゆに惚れられ、現在進行形で苦労している鬼童丸に同情する目玉おやじ。一方で、人間でありながら、妖怪の中でも最強クラスの鬼である鬼童丸をたじろがせているまゆに対し、ある種の感嘆を覚えていた。

 酒吞童子に続いて、その息子である鬼童丸が寄越した、アイドル関連の相談事の手紙。それに対し、鬼太郎は……

 

「お昼寝しましょうか、父さん」

 

「そうじゃな」

 

 便箋を折りたたむと、そんなものは読んでいなかった風を装い、目玉おやじとともに昼寝を決め込むことにするのだった。

 ゲゲゲの森は、今日も平穏だった――――――

 




次回の更新の際には、『白菊ほたる編』を投稿する予定です。
しかしながら、仕事が5月の連休明け以降に多忙となる見込みですので、いつ更新できるかは未定です。
今後もゲゲマスをよろしくお願いします。
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