都内に本社ビルを構える大手芸能プロダクション、346プロ。アイドル部門の事務所の一つ。そこへ続く廊下を、重い足取りでほたるは歩いていた。
(お父さん……お母さん……大丈夫、かな……?)
今、ほたるの頭の中は、今この時も恐喝まがいの取立を受けているであろう両親に対する心配でいっぱいだった。闇金融業者から、酷い目に遭わされていないだろうかと、気が気ではなかったのだ。
実家がこんな状況にある以上、346プロに通っている場合ではなく……アイドルデビューのことなど考えるなど不謹慎極まりないことなのだろう。それでも、ほたるは事務所へ姿を見せないわけにはいかなかった。
「ほたるちゃん!おはよう!」
「茄子さん……おはようございます」
ほたるに後ろから声を掛けたのは、同じ事務所に所属するアイドル、鷹富士茄子である。ほたるよりも身長が高く、スタイルも良い、年上で頼りがいのある、姉のような存在である彼女は、いつもと変わらない魅力的な笑みを浮かべていた。
「ほたるちゃん、ちょっと元気が無いかな~?何かあったの?」
「いえ、別に……ちょっとまた、運が悪かったなって思うことがあって……」
「そっか……けど、元気出さなきゃ駄目だよ。デビューも近いんだから!」
そう言って微笑みかける茄子は、『ミス・フォーチュン』としてほたると共にデビューしたその後を楽しみにしているようだった。そんな茄子の顔を見て、ほたるは胸が苦しくなった。
(ほたるさん……ごめんなさい)
ほたるがこのような状況下でも事務所を訪れている理由。それは、同じ事務所に所属するアイドルにして、デビュー予定のユニットの相方でもある茄子や、自分たちをデビューに漕ぎつけるまで献身的に支えてくれたプロデューサーの存在があったためだった。
本来ならば、デビューに影響のあるような事情は、プロデューサーや同じユニットのアイドルに説明しなければならないのだろう。だが、デビューを楽しみにしている茄子や、ここまで尽力してくれたプロデューサーのことを考えると、どうしても言い出せずにいた。
そうして二人揃って事務所まで歩き、そして扉を開く。するとそこには、
「鷹富士さんに白菊さん、おはよう」
「ほたるに茄子!ようやっと来おったか!」
パソコンに向かってデスクワークをしているプロデューサーと、ほたる、茄子と同じくこの事務所のアイドルである広島弁で喋る赤髪の少女、村上巴がいた。
「三人揃ったことだし、早速、ミーティングを始めようか。議題は勿論、一週間後に控えたライブのことなんだけどね」
「おう!ついに来週かぁ……ワクワクするのう!」
「楽しみですね、ほたるちゃん」
「は、はい……」
そうして始まったライブの打合せのためのミーティングだったが……プロデューサーが話す衣装や演出について話し合う中で、茄子と巴の二人が期待を膨らませる一方で、ほたるはその内容のほとんどが頭に入らずにいた。常に思い浮かぶのは、借金のことである。
(借金を返すには、あの電話の人に頼るしかないけど……)
ほたるの頭の中で思い出される、昨日の電話の相手。両親に取立を仕掛けている闇金融業者に依頼されて動いているというファイナンシャルコンサルティング業者を名乗る人物は、ほたるがある条件を呑めば借金を全額返済できるだけの金を用立ててくれると言っていた。しかし、闇金融業者の関係者なだけあって、怪しいことこの上無い相手を、果たして信じて良いものなのか……。ほたるは非常に悩んでいた。
「白菊さんは、この演出についてどう思う?」
「え?……えっと、その……」
借金のことばかりに意識が向いていたほたるは、唐突にプロデューサーから振られた問いに答えられなかった。その様子に、プロデューサーだけでなく、茄子と巴も怪訝に思う。自分たちのデビューライブの話し合いをしているというのに、どうして上の空状態になっているのかと。
「体調でも悪んか?」
「ほたるちゃん、大丈夫?」
普段はミーティングには真面目な態度で臨み、レッスンも熱心にこなしているほたるだけに、体調不良を心配したのだが……ほたるは、首を横に振った。
「ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
「本当に、大丈夫かい?」
本当は体調に問題など無いのに、無用な心配をかけていることに申し訳なく思いながら、ほたるはその場をどうにか取り繕った。
「珍しいこともあるもんじゃのう。ほたるが大事な打合せで考え事なんぞ……」
「本当にごめん……」
「まあまあ、ほたるちゃんだってそういうこともありますよ。ライブに必要なことは大体決まりましたし……少し早いですが、そろそろレッスンにしませんか?」
「そうですね。それじゃあ、レッスンルームに移動しましょうか」
ほたるの様子は少しばかり気になったものの、議題のライブに関することは特に問題は無かったので、誰も気にすることは無かった。プロデューサーに促され、アイドル達は席を立って移動を開始する。その背中を、ほたるは最後まで羨ましそうに、申し訳なさそうに見つめていた。
都内某所にある古アパートの一室。部屋の外の扉や窓には、「借りた金返せ!」などの張り紙が無数に貼られている。この様子から分かるように、部屋の借主は多額の負債を、それも反社会的な組織に対して負っており、返済に苦慮しているのだった。
そんな部屋を昼日中の現在、二人の男が訪れていた。
「ほ、本当に借金を何とかしてくれるんだな!?」
「ええ、勿論ですとも」
リストラによって失業し、経済的な理由から妻子にも出ていかれたことでやつれ果てた部屋の借主に対し、訪問者の一人――ねずみ男は、人の良い笑みを浮かべながら答えた。
「我々“ビビビファイナンシャルコンサルティング”は借金に苦慮している方々を助けるために動いているのですから、当然です」
「けど、どうやって金を……」
借金の返済に協力してくれると言うから、藁にも縋る思いで家の中へと上げたが、借金を負った男性は、目の前の“ビビビファイナンシャルコンサルティング”を名乗る男達に懐疑的だった。借金は二千万円にも上っており、簡単に用意できるものではない。
一体、目の前の男達はどうやって金を都合するというのか。そして、どうやって利益を得るというのか。皆目見当もつかなかった。
「それは勿論、あなたからですよ」
「だから、俺は金が……」
「ええ、お金が無いことは存じています。ですから……あなたが持っている、“大事な物”と引き換えにお金を用意させていただきます」
「大事な、物……?」
大事な物と言われても、すぐに現金に換えられるような高価な物など手元には無い。一体、何を差し出させようとしているのか。疑問はますます深まる一方だった。
「それではこちらの契約書サインをお願いします」
そう言ってねずみ男が差し出したのは、一枚の契約書だった。そこには、難解な内容が綴られていた。
「これは一体……」
「こちらにサインをしていただくだけで、すぐさまお金を用意させていただけます。その中から、我々も利子を少々受け取ることとなりますが」
「しかし……」
「おや、よろしいんですか?私達の協力を断れば、最早あなたに借金を返済する宛ては無いのではありませんか?」
「それは……確かに……」
「であるならば、サインを。それさえしてくだされば、後は全て我々の手で何とかします」
契約書へのサインを執拗に迫るねずみ男に、借金を負っている男性は返答に窮する。二千万円もの大金を用意する術は無い。このままいけば、取立屋に何をされるか分かったものではない。自分の命を脅かされることは言わずもがな。最悪の場合は家族にまで累が及ぶかもしれない。
(もう……どうにでもなれ……!)
譬えこの話が嘘だったとしても、これ以上何も失うものなど無い。借金の呪いによって極限まで追い詰められたことにより、自暴自棄になった男は、遂にねずみ男が差し出した契約書にサインをした。
「契約成立ですね。それでは、よろしくお願いします!先生!!」
サインがされた契約書を手に取ったねずみ男は、後ろに控えていたもう一人の男へとそれを渡した。契約書を受け取った男はそれを眺めてニヤリと笑った。そして次の瞬間……
男を中心に部屋に金色の光が迸った――
「お疲れ様です、先生」
光が収まった部屋の中。ねずみ男は連れの男に対し、労いの声を掛けた。対する男は満足そうな表情を浮かべるだけで声を発することは無かった。
「さて、それでは“取立”を行いますか……」
そう言うと、ねずみ男は手に持っていた大型のバッグの口を開き、床に転がった卵ほどの大きさのある無数の物を拾って詰め始めた。そして、その作業が終わったところで、ようやくこの部屋の借主であり、自分たちが取り立てた相手の状態に気付いた。
「ありゃ~、死んじまってますか……」
ねずみ男の目の前では、先程、契約書にサインをした男が床に倒れ伏していた。体は全く動かず、呼吸をしている様子すら無いことから、絶命していることは確実だった。
「ご愁傷様ってところですかね。ま、仕方無いか。そんじゃあ、次に行きましょう、先生」
人一人死んでいるにも関わらず、ねずみ男の反応は淡泊なものだった。目的を果たしたねずみ男は、これ以上この場に用は無いとばかりに、連れの“先生”と呼ばれた男とともに部屋を後にした。
アパートを出たねずみ男は、バッグの中から神の束を取り出してそこに記載されたリストに目を通す。
「ええと次は……お、今度は中学生ですね。これならかなりの額を取り立てられそうですね」
ねずみ男が感嘆の声を上げながら指差したリストの名簿。そこには、“白菊ほたる”という名前が載っていた。
「まさか、またここを訪れることになるとは……」
「奇縁じゃのう……」
昨日、福の神と貧乏神という真逆のものを司る神から依頼を受けた鬼太郎は、目玉おやじとともに依頼の手掛かりとなる場所を訪れていた。それは、ここ最近の妖怪絡みの事件で頻繁に関わる機会のあった場所――346プロダクションだった。
送られてきた手紙には、今回の依頼に関わりのある人間の名前が一覧化されたリストが同封されていた。そしてその中には、偶然にも346プロダクションに所属しているというアイドルの名前が記されていたのだ。
幸いというべきか、鬼太郎には346プロダクションのアイドルに伝手があったため、真っ先にこの場を訪れたのだった。
「鬼太郎さん!」
346プロの正面ゲートの前に立つ鬼太郎の名前を呼ぶ女性の声が響く。視線を聳え立つビルから正面へと戻すと、そこには見知ったアイドル二人――ここに来た際に頼ろうと思っていた――の姿があった。
「美穂に小梅。よく来てくれた」
鬼太郎のもとへ歩み寄ってきたのは、黒髪のショートヘアにアホ毛が特徴的な小日向美穂と、片目が隠れる程に長い、鬼太郎に似た前髪をした白坂小梅である。
「ねこ娘さんに頼まれて来たんですが……今日は鬼太郎さんと目玉おやじさんだけですか?」
「ねこ娘は別行動中だ。それで、ちょっとばかりここに所属しているあるアイドルに用事があるんだが……案内を頼めないか?」
「もしかして……また、妖怪?」
「ま、まさかまたアイドルの誰かが妖怪に狙われて……!」
「まだ決まったわけじゃない」
「落ち着くんじゃ、美穂ちゃん。それを確かめるために、わし等はここに来たんじゃ」
美穂の不安はほぼほぼ的中しているのだが、鬼太郎と目玉おやじはまだ実際に妖怪に襲われているわけではないことを強調し、美穂を落ち着かせようとした。
「本当に確証は無いんだ。本当に妖怪に関わりがるか……それを確認するためにも、問題のアイドルに会わせてほしい」
「それは構いませんが……誰なんです?」
「それは……」
「ゲゲゲの鬼太郎?」
アイドルの名前を口にしようとしたところで、唐突に鬼太郎の名前を呼ぶ声が聞こえた。鬼太郎が後ろを振り向くと、そこには一人の若い男性が立っていた。しかし、この男は人間ではない。鬼太郎と同じ――妖怪なのだ。
「鬼童丸。どうしてここに?」
「どうしてって……ウチの会社は346プロのスポンサーだからな。そこそこの頻度で顔を出してるぜ」
鬼童丸が所属する会社――鬼ヶ島酒造は、鬼童丸の父親であり日本最強の妖怪として名高い酒吞童子が経営する酒造会社である。酒吞童子は千年ぶりに復活してすぐ、鬼太郎を圧倒した後、部下である茨木童子等とともに日本征服計画に乗り出したものの、とあるアイドル達との酒の飲み比べ勝負に敗れ、計画は頓挫。その後は勝負を制したアイドル達の要求を聞き入れ、鬼ヶ島酒造総出で346プロのバックアップをすることとなった経緯があるのだ。
そうして346プロは鬼ヶ島酒造にとって大手の取引先となり、以降は様々な仕事を回すようになったのだった。鬼童丸は、鬼ヶ島酒造上層部の社員として仕事の打合せ等をするために、346プロを訪れることが多々あったのだった。
「まあ、今回はいつもの仕事とは別件なんだがな。ちょいとウチの事情で、妖怪絡みの事案を解決しなきゃならなくなってな。そのための情報収集だ」
「妖怪絡みの事案?」
「それはもしや……」
「お前がここに来ているってことは、そういうことなんだろうな。話を聞く限り、何やら悪事を働いているみてえだし……出所は違っても、同じような依頼が来てもおかしくはねえな」
何の偶然か、鬼太郎達と鬼童丸の目的は同じらしい。そして問題なのは、それを互いに認識したところで、どうするべきかなのだが……
「俺等とお前とは、そんなに仲が良いとは言えねえが……ここでいがみ合う理由も無えだろう。とりあえず、目的の事務所に向かいながら話さねえか?」
「……そうだな」
「ウム。お互い目的は同じでも、経緯は異なる筈じゃ。そのあたりも、情報共有させてもらおう」
「了解だ。それじゃあ、美穂に小梅、案内を頼んだ」
「は、はい!」
「分かりました……」
目玉おやじの提案を聞き入れた鬼童丸は、鬼太郎、美穂、小梅と並んで346プロ本社の敷地へと足を踏み入れていった。
「で、まずはお前等が会おうとしているアイドルなんだが……」
「“白菊ほたる”だろう?」
「ほたるちゃんですか!?」
ほたるの名前を聞いた途端、美穂は驚きの声を挙げる。隣の小梅も声こそ上げなかったが、驚きに目を見開いていた。そんな二人を置いて、鬼太郎と鬼童丸の話は進む。
「やっぱりか……。てことは、借金の件も知ってんのか?」
「ああ。福の神と貧乏神から送られた手紙によれば、今回の一件に関わっている妖怪は、借金で苦しんでいる人間のもとへ姿を見せるらしいからな。そいつが活動している地域で、借金に苦しんでいる人間の名簿も貰っている」
「貧乏神に福の神?」
鬼太郎の説明の中で出てきた、思わぬ依頼人たる妖怪の名前に、鬼童丸が訝し気な表情を浮かべる。真逆なものを司る妖怪からの依頼というのは、鬼太郎でなくとも違和感を覚えずにはいられないものだった。
「何だってそんな奴等から依頼が来たんだ?」
「この一件の裏に潜んでいる妖怪の正体が、その妖怪達に……主に福の神の方に深い関わりがあるからだ」
「成程な……」
鬼太郎の説明に、鬼童丸は得心した様子だった。問題を起こしているのが福の神関連の妖怪となれば、その正体も自ずと分かってくる。
「ちょ、ちょっと待ってください!ほたるちゃんが借金って、どういうことですか!?」
と、そこで、妖怪の正体について考察を始めていた鬼童丸の思考を遮るように、美穂が声を上げた。身近なアイドルの話に、“借金”という物騒な単語が出てきたことが、捨て置けなかったらしい。
事情を知らない美穂と小梅に、鬼童丸が事の仔細を説明した。
「鳥取にいる白菊ほたるの両親が、連帯保証人やってる相手に夜逃げされて、借金を負ったらしい。しかも借金を負った相手は悪質な闇金融業者で、脅迫紛いの取立を受けているらしい」
「ほ、本当なんですか……!?」
「白菊ほたるの両親が負っている借金は、七千五百万円に上るらしい」
「な、七千五百……っ!」
鬼太郎が手紙とともに受け取った、借金苦に陥っている者達のリストには、その金額も併せて載っていた。そして、ほたるが負っている借金の金額を聞いた美穂と小梅は、あまりの額の大きさに二人揃って絶句していた。
「それで……鬼太郎さん達は、どうしてほたるちゃんに会いに?」
「借金をしている人間を狙って動く妖怪がいる。僕が探しているのは、ソイツだ」
「俺の目的も同じだ。ここ最近、都内を中心に闇金融業者が幅を利かせていてな。その原因も同じ妖怪で間違いなさそうだ。おっと、そうだ……」
そこまで話したところで、鬼童丸はあることを思い出し、ポケットに手を突っ込み、名刺ケースを手に取った。さらにそのケースから、一枚の名刺を抜き取り、鬼童丸本人の物ではないソレを鬼太郎へ見せた。
「コイツがその妖怪に関する手掛かりだ。何か知らないか?」
鬼童丸から渡された名刺に記載されていた、“ビビビファイナンシャルコンサルティング”という会社名。それを見た鬼太郎と、頭の上に乗っていた目玉おやじは、揃って眉をひそめた。
「父さん、これは……」
「ウム。間違いあるまい」
金と妖怪が絡む事案なだけに、まさかと嫌な予感を覚えていたのだが、この名刺の会社名でそれが的中していたことを確信した。
「心当たりがあるのか」
「この一件に関わっている妖怪は、もとはとある神社に封印されていたそうだが……それを破った人物は、僕の知り合いらしい」
「成程な。まあ、この件を追っていけば、そいつもすぐに捕まるだろう。そしたら、たっぷりと仕置きしてやることだな」
「そのつもりだ」
鬼童丸の言葉に鬼太郎は憮然とした表情で答えた。
その後は美穂と小梅に案内され、鬼太郎と鬼童丸は遂にほたるが所属する事務所の部屋に辿り着いた。
そして、事務所の扉を開こうとしたその時――
「鬼童丸の兄ぃ?」
扉の前に立った鬼太郎や鬼童丸等の横から、鬼童丸の名前を呼ぶ声が掛けられた。一同が顔をそちらに向けると、そこには赤髪の少女――村上巴が立っていた。隣には、同事務所所属の鷹富士茄子の姿もある。
「巴ちゃん?」
「美穂に小梅まで。一体、ウチの事務所に何の用なんじゃ?」
その言葉を聞いた鬼童丸は、ドアノブに伸ばしていた手を戻し、巴の方へ向き直る。
「そうか……お前もこの事務所の所属だったのか。なら話が早い。お前の同輩の、白菊ほたるに用がある。紹介してもらえるか?」
「ほたるに?兄ぃの頼みなら構わんが……けど、ほたるはもう帰っとるぞ」
「え……ほたるちゃん、もう帰ってるの?」
巴から齎された情報に、美穂と小梅が不審に思って首を傾げる。
「いつもならギリギリまで残って自主練とか頑張ってるのに、もう帰っちゃうなんて……」
「何かあったのかな?」
ほたるはまだデビュー前ではあるものの、346プロの所属アイドルの誰もが認める努力家だった。いつもならば、女子寮の門限ギリギリまで本社に残ってレッスンに励んでいる筈なのに、こんなに早くに事務所を出ることは無い筈なのだ。
「白菊ほたるがどこに行ったか分かるか?」
「いや、わし等も行く先までは聞いておらんのだが……」
「けど、まだ事務所を出て行ってから時間は経っていません。追いかければ、まだ間に合うんじゃないでしょうか?」
「鬼太郎、追うぞ!」
「ああ!」
茄子の言葉を聞くや、鬼童丸は鬼太郎とともに本社の正面玄関目指して駆け出した。346プロ本社ビルの出入口は正面ゲートの一箇所しかない。入れ違いになったのならば、茄子の言う通り、間に合う可能性はある。
階段を駆け下り、建物の自動ドアを通って外へ出る。正面のゲートの向こう側に目を向けると、鬼童丸がリストで確認した白菊ほたるの容姿に合致する、黒髪の中学生くらいの少女の姿があった。ゲートまでは距離があるが、全力で走れば間に合うと考えた鬼童丸だったが……その足を唐突に止めた。
「どうした、鬼童丸?」
「アレを見てみろ」
鬼童丸のいきなりの行動に驚く鬼太郎だが、鬼童丸はゲートの向こうにいるほたるを指差した。ゲートの向こうには、ほたるの姿とその手前で停まった車があった。
窓を開いた黒塗りの高級車の運転席には、ネズミのような横に伸びた髭の生えた、禿頭の男が顔を出していた。そして、車の傍に立つほたるに話し掛けている。
「あれは……」
「ねずみ男じゃな」
「やっぱりそういうことか」
ねずみ男のことは、かつて酒吞童子復活に際しての日本征服計画実行にあたり、鬼太郎等を排除するために利用した経緯があるため、鬼童丸もその性格を把握していた。妖怪が関わる金絡みの問題と聞いた時も、鬼童丸の頭でも、実は真っ先にねずみ男のことが浮かんでいた。
「すぐに捕まえないと」
「待て」
「鬼童丸?何をするのじゃ?」
ほたると会話しているねずみ男を捕縛しようと動こうとした鬼太郎を、鬼童丸が止めた。
そうこうしている間に、ほたるはねずみ男が運転する車へと乗り込み、出発しようとしていた。
「今回の件は奴とは別の妖怪が黒幕なんだろう?なら、奴を追えば、妖怪の居場所へ案内してくれる筈だ」
「相手は車だぞ。どうやって追いかけるつもりだ?」
「俺が追いかける」
妖怪の、しかも最強クラスの酒吞童子の血族である鬼童丸の身体能力ならば、車を走って追いかけるくらいはわけはない。
「巴、携帯のGPS機能を使って俺の携帯の場所を追ってくれ」
「お、おう!」
「鬼太郎は一反もめんを呼べ。空から追いかけるんだ」
「分かった」
鬼童丸は隣に立つ鬼太郎に加え、自分達を追ってきたアイドル達の一人である巴に指示を出す。
その直後、車はほたるを乗せて発進した。
「それじゃあ、先に行く……!」
それだけ言うと、鬼童丸は人間の目には止まらない程の速さで走りだしていった。
(本当に……大丈夫、かな……?)
両親の借金問題を解決できるという相談業者を名乗る男が迎えに来た車の中で、ほたるは不安を抱えていた。
「もうすぐ着きますよ。ご両親の借金問題も、あなたのご協力ですぐに解決しますからね」
ネズミ髭で禿頭の、ビビビファイナンシャルコンサルティングという業者を名乗る男の言葉に、ほたるは顔を伏せる。現状、両親が抱える七千五百万円という巨額の負債を何とかする手段は無い。実家の借金問題を解消するには、車を運転しているこの男が提示する方法に賭けるしかないのだ。
(けど……これも全部、私の所為なんだよね……)
昔からの不幸体質故に、ほたるは両親の身に起きた借金苦すらも、自身の存在が原因で起こったと信じて疑わなくなってしまった。一連の問題全てが自身が原因である以上、責任は全て自分が負うべきもの。どのような代償を払ってでも、解決しなければならない。客観的に見れば、どう考えてもおかしな思考ではあるが、ほたるは本気で考えていた。
「ほら、到着しましたよ」
「!」
思考に没頭するあまり、運転手を務めるねずみ男に言われて初めて気付いたが、車は既に目的地に停車していたらしい。到着した建物は、人気の無い郊外にある古びた廃屋だった。
「こちらへどうぞ」
「はい……」
このような廃屋で、一体何をしようというのか。不安と疑問は大きくなっていくが、この期に及んでほたるに拒否する選択肢は無かった。
車から下車したほたるは、ねずみ男に案内されるまま、廃屋の中へと進んでいく。そうして二階にある、かつては会議室として使われていたであろう大きな部屋へと入った。部屋の中央にはこれまた古い業務用のデスクがぽつんと置かれているのみで、奥行のある部屋の向こう側は、日の光が当たらないため、まるでその場所のみが夜のように暗かった。そんな部屋の中で、ねずみ男が声を上げた。
「先生、お連れしました!」
その声に応えるように、部屋の奥に広がる暗闇の中から、革靴の足音を響かせながら、一人の男が姿を現わした。ねずみ男と同じ禿頭ながら、体格はねずみ男のひょろ長いそれとは違い、ずんぐりとした体系の男だった。胡散臭い雰囲気はねずみ男にも共通しているが、この男からはそれだけではない……異様で危険な何かを感じさせる何かを放っていた。
そんな得体の知らない男を前に萎縮しているほたるをよそに、ねずみ男は鞄の中から一枚の紙とボールペンを取り出した。
「ささ、こちらの契約書へサインをしてください。そうすれば、こちらにおられる先生が、全てを解決してくれます」
「は、はあ……」
ねずみ男がほたるに渡した紙。それは、契約書だった。そしてそこには、ほたるの両親が負っている借金を、“ある条件”と引き換えにビビビファイナンシャルコンサルティングが用立てる旨が記載されていた。だが、その条件が問題だった。
「あの……借金を何とかしてもらうための条件についてなんですが……これって、どういうことなんでしょうか?」
「難しく考えることはありませんよ。あなたはただ、そこにサインしてくだされば良いんです」
契約書に記載されている条件が指す意味がよく理解できなかったため、ねずみ男に恐る恐る質問したのだが、適当にはぐらかされてしまった。非常に不審で物騒な条件が記載されており、何をされるのかと気が気でなく、サインをしろと言われてもどうしても躊躇いが生まれてしまった。
だが――――――
(ここまで来て、もう後戻りなんて……できない!)
借金を返すには他に方法は無い。改めて覚悟をしたほたるは、デスクに契約書を置き、渡されたボールペンでサインをした。
自分のために不幸になった――実際はほたるがそう思い込んでいるだけ――両親を救うためならば、何だってする。譬えその代償に……
命を削ることとなっても――――――
妖怪の正体のヒント
① カクレンジャーに出たことがある。
② 地獄先生ぬ~べ~に出たことがある。
③ アニメ鬼太郎3期にも、ちょっと出たことがある。
既に分かる人には分かってしまっていると思いますが、正体は次回お楽しみに。