ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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本編の鬼太郎は、6期の鬼太郎をモデルとしております。
但し、一部過去の鬼太郎の要素が取り込まれております。

※今回の話で出て来る鬼太郎の噂はネタであり、別作品のキャラクターとは一切関わりがありませんので、ご注意ください。


闇に飲まれよ!恐怖のアイドル百物語 ②

「ゲゲゲの鬼太郎?」

 

 346プロの女子寮の中にある食堂にて、美穂、歌鈴、飛鳥の三人は、つい先ほど帰ってきた小梅から齎された話を聞いて、揃って疑問符を浮かべていた。

 

「『妖怪ポスト』に、手紙を入れるんだよ。すると……どこからともなく、やってきてくれるんだ……」

 

「そうすると…鬼太郎さん?その人が、来てくれるの?」

 

 美穂の問いに対して、小梅はコクリと首肯する。そして、いつものたどたどしさの無い、饒舌な口調で説明を続けた。

 

「人は皆、自分達の目に見える世界が全部だと思ってる。けど、本当は見えてる世界だけじゃない……“見えない世界”もあるんだよ。私達の……すぐそこにね」

 

「ふむ……小梅には、その世界が見えるのかい?」

 

「いつも見えているわけじゃない……けど、すぐ傍にあるのは、感じているよ。それで、その世界には、私達の知らない住人がいるんだよ。人はそれを、こう呼ぶんだ……」

 

 

 

“妖怪”、と――――――

 

 

 

 『妖怪』――その一言に、飛鳥は息を呑んだ。すぐ傍で話を聞いていた美穂と歌鈴に至っては、恐怖に身を寄せ合ってガタガタと震えていた。

 白坂小梅は、普通の人には見えない世界が見えることで有名な、強い霊感を持つアイドルとして知られている。そんな彼女が提唱した、人間ではない犯人像。冷静になって聞けば、ばかばかしいと一笑に付されてもおかしくない話である。しかし、真顔で話す小梅の佇まいには、それを否定させない……否定することができない何かを感じさせた。

 

「小梅は、この一連の騒動を引き起こした犯人が、その『妖怪』であると……そう言いたいのかい?」

 

 飛鳥が平静を装って、しかし頬に冷や汗を垂らしながら問い掛けた言葉に、小梅はまたしても首肯した。美穂と歌鈴は、そのやりとりに「ひっ」と小さな悲鳴を上げていた。

 

「妖怪達は、いつも私達の世界を見ている……そして、その中には悪いものも紛れ込んでいるんだよ。それで、そういった悪いものは、人の心の闇に惹かれて……さらに悪いものを呼び込もうとする。今の蘭子ちゃんを苦しめている人達みたいにね……。けれど、悪い妖怪がいれば、良い妖怪もいる。鬼太郎は、人間を苦しめる妖怪を、退治してくれるんだよ」

 

 小梅の話を聞き終えた飛鳥は、神妙な顔付きで顎に手を当てて考え事を始めた。隣で震えていた美穂と歌鈴も、小梅の話が一通り終わったことで、落ち着きを取り戻したらしい。抱擁を解き、椅子に座り直していた。と、そこで歌鈴が、

 

「そういえば、その話、私も聞いたことあるよ!」

 

 小梅の話を聞いて、何かを思い出したように声を上げ、次いでスマホを取り出して何かを調べ始めた。やがて、目的の記事を見つけたのだろう。画面を飛鳥と美穂に見せてきた。

 

「日本のいろんな場所で知られている都市伝説なんだけどね……私の出身の奈良県とか、京都とかでも結構有名なんだ。不思議な事件が起こった場所に駆け付けてくれて……悪い妖怪を退治してくれる、妖怪の子供の話」

 

 差し出されたスマホには、確かに歌鈴の言う通り都市伝説『ゲゲゲの鬼太郎』に関する記事が掲載されていた。

 曰く、鬼太郎には、目玉だけの父親がいる。

 曰く、鬼太郎は人里離れた『ゲゲゲの森』に住んでいる。

 曰く、鬼太郎の髪は妖怪を察知すると逆立つセンサーであるとともに、針状の髪の毛を機関銃のように無数に飛ばすことができる。

 曰く、鬼太郎は『リモコン下駄』と呼ばれる自在に空を飛ぶ下駄と、『霊毛ちゃんちゃんこ』と呼ばれる変幻自在の万能武器を持っている。

 曰く、鬼太郎は霊力を指先から撃ち放つ、『指鉄砲』と呼ばれる必殺技が使える。

 曰く、鬼太郎には、妖怪の仲間が多数いる。

 

「探してみれば、色々と出て来るものだね。『妖怪ポスト』のことも載ってるね」

 

「ああ。尤も、都市伝説とはいっても古いもののようだが……」

 

 歌鈴にスマホを返し、美穂と飛鳥も自身のスマホで情報確認を開始する。『ゲゲゲの鬼太郎』で検索すると、多種多様な情報が出てきた。

 

「必殺技『指鉄砲』の威力は、対物狙撃銃『PGMヘカートⅡ』のに匹敵するって……えらく具体的な説明だな……」

 

「ガセネタもたくさんあるね。戦闘力53万の宇宙の帝王を倒したことがあるって……絶対嘘だよね」

 

「こっちには、カビの妖怪の手下を多数率いる、ばい菌の妖怪と戦いを繰り広げたって載ってる。しかも、美穂ちゃんが見つけた記事と関連付けて、そっちの戦闘力53万の宇宙の帝王と、こっちのばい菌の妖怪は同じ声だとか」

 

「他にもあるぞ。トランプの数字に見立てて殺人を起こしたソムリエの逮捕に一役買ったとか……。しかも、この犯人も宇宙の帝王とばい菌の妖怪と声が同じと書いてあるな……」

 

「『リモコン下駄』と『霊毛ちゃんちゃんこ』の他にも、色々と道具を持っていると書いてあるね。『オカリナ鞭』に『妖怪自動車』、『地獄の鍵』、『蝶ネクタイ型変声器』、『キック力増強シューズ』、『時計型麻酔銃』……後半のものはどう考えてもおかしいんじゃないかな?」

 

「鬼太郎の仲間の一覧も載っているな。『猫娘』、『砂かけ婆』、『子泣き爺』、『一反もめん』、『ぬりかべ』、『ねずみ男』、『首無しライダー』……なんか、余計なものが混ざってないかな?」

 

 都市伝説らしいと言えばらしいのか。胡散臭いことこの上ない情報が多数掲載されていた。だが、そんな馬鹿馬鹿しい情報を読む中で、美穂と歌鈴の恐怖も幾分かは和らいだようだった。

 

「成程な……確かに、小梅の言う通り、一連の出来事が妖怪の仕業とするならば、ボク達では本当に手も足も出ないな……何せ、居場所はおろか、姿形も見えないわけだからな」

 

「あ、飛鳥ちゃん……小梅ちゃんの話、本気で信じるの?」

 

アイドル達の失踪事件が妖怪の仕業であるという、荒唐無稽な話を聞かされた飛鳥は、それを否定するようなことはしなかった。美穂と歌鈴は、どちらかと言えば信じていない……否、信じたくなかったと言った方が正しい。

 

「事実は小説よりも奇なりと言うじゃないか。絶対にあり得ないとは、ボクは思わない。それで、鬼太郎に妖怪退治を依頼するには、『妖怪ポスト』とやらに手紙を入れる必要があるということだったな。それじゃあ、ボクが手紙を書こう。小梅、ポストの場所まで案内してくれるかい?」

 

 斯くして、飛鳥によってゲゲゲの鬼太郎宛ての手紙が書かれ、妖怪ポストへ投函されることとなった。飛鳥とて、鬼太郎の存在を百パーセント信じたというわけではない。しかし、コンマ以下の可能性しかない馬鹿馬鹿しい話だとしても、蘭子の今置かれた状況を変える可能性があるのならば、それに賭けるほかにない。そんな、親友を思いやる心が、飛鳥を突き動かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ゲゲゲの鬼太郎だ」

 

 青白い光に照らされたレッスンルームに現れたのは、『ゲゲゲの鬼太郎』を名乗る一人の少年。この異常な状況下で現れた上、その恰好は先日スマホで調べた情報そのままである。美穂と歌鈴は、目の前の鬼女と相対している少年が、正真正銘の『ゲゲゲの鬼太郎』であることを疑わなかった。

 

「ゲゲゲの鬼太郎……そうか、貴様が……」

 

「ボクの名前を知っているようだな。その二人を解放してもらうぞ」

 

「断る……!」

 

 鬼太郎の要求を跳ねのけた鬼女。それと同時に、鬼女の周囲に六つの火の玉が発生する。『鬼火』と形容するのが相応しい、不気味に揺れる青白い炎が宙に浮遊しているのだ。そして、鬼女が右手を広げ、鬼太郎の方へと突き出す。途端、炎は鬼女の意思を受けたように鬼太郎目掛けて殺到した。

 

「くっ……!」

 

 迫りくる鬼火を回避する鬼太郎だが、鬼火は鬼太郎が避けると空中で旋回して鬼太郎を再び襲う。六方向から立て続けに飛来する鬼火は、鬼太郎に反撃の隙を一切与えない。

 

「リモコン下駄!!」

 

 だが、自在に飛来する飛び道具ならば、鬼太郎も持っている。鬼火をジャンプして避けるとともに、両足に履いた『リモコン下駄』を飛ばし、空中の鬼太郎を下方から襲う鬼火二つを衝突と共に消滅させる。次いで、着地した鬼太郎を両サイドから挟撃する鬼火二つもまた、ブーメランのように空中で旋回したリモコン下駄に掻き消された。

 

「霊毛ちゃんちゃんこ!!」

 

 そして、リモコン下駄による迎撃の間隙を突いて襲ってきた残り二つの鬼火は、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこ――『霊毛ちゃんちゃんこ』を振り翳して弾き返す。鬼太郎が着用している霊毛ちゃんちゃんこには、妖怪の力たる妖力を吸収する力がある。鬼火もまた、妖力で作られたものだったのだろう。ちゃんちゃんこに弾かれただけで簡単に掻き消えてしまった。

 

「次はお前だ!」

 

 鬼火全てを消し去った鬼太郎は、続いてアイドル達を襲っていた鬼女の妖怪に狙いを定める。鬼火を掻き消した霊毛ちゃんちゃんこを、今度は鬼女目掛けて投げつける。霊力を吸収する霊毛ちゃんちゃんこは伸縮自在であり、これで包み込んだ妖怪の妖力を絞り出して圧縮、消滅させる力がある。ちゃんちゃんこは並大抵の妖怪では破ることができない強度であり、対妖怪戦の決め手となったことも少なくない。

 これまでの妖怪がそうであったように、この鬼女の妖怪もまた、ちゃんちゃんこに包まれて消滅すると、鬼太郎はそう信じて疑わなかった。だが、

 

「なっ……!?」

 

 鬼太郎が放ったちゃんちゃんこは、鬼女の身体を包み込もうと広がったが……鬼女の身体を覆い尽くすことはできず、鬼女の身体をすり抜けたのだ。何かに触れた手応えが全く無く、空気か幻を捕らえようとしているかのようだった。

 

「愚かな……」

 

「っ!」

 

 ちゃんちゃんこを無効化した鬼女は、鬼太郎へと向けて右手を翳した。その周囲には、先程と同じく鬼火が六つ、発生して浮遊している。対する鬼太郎は、鬼女の身体をすり抜けてしまったちゃんちゃんこを呼び戻し、再び行われる鬼火攻撃に身構えた。

 その後、一触即発の睨み合いがいつまでも続くと思われていた、睨み合いは……しかし、思わぬことがきっかけとなって終わった。

 

「今の内に逃げよう、歌鈴ちゃん!」

 

「えっ……う、うん!」

 

 鬼太郎と鬼女が戦っている隙に、美穂と歌鈴が戦いの余波が来ない、安全な場所への避難を試み……一気に走り出した。それを引き金に、鬼女は鬼太郎目掛けて六個の鬼火を一斉に繰り出した。

 

「食らえ……!」

 

「同じ手を食らうか!」

 

 再度飛来する鬼火に対し、鬼太郎はちゃんちゃんこを振り回してこれを掻き消しにかかる。だが、鬼女の狙いは鬼火による不意打ちではなかった。

 

「貴様は、逃がさない……」

 

 鬼女が空いていた左手を歌鈴の方へと翳す。すると、袖口から左腕が伸長し、空中を蛇のようにうねりながら、歌鈴へと襲い掛かったのだ。

 

「ひっ……きゃぁあああ!!」

 

「歌鈴ちゃん!!」

 

 伸長した鬼女の左腕が、歌鈴の腕をがっちりと万力のような力で掴む。そして、一気に収縮して歌鈴を鬼女の元へと引き寄せたのだ。

 

「しまった!髪の毛針!」

 

 鬼火を囮に標的である歌鈴を狙うという手口に嵌められたと察した時には、既に時遅し。歌鈴は鬼女の足元まで引き寄せられてしまっていた。このままでは、歌鈴が危ない。そう悟った鬼太郎は、鬼女の身体に向けて、鋼のように高質化した髪の毛を機関銃のように放つ『髪の毛針』を発射した。

 だが、先程のちゃんちゃんこと同様、髪の毛針も鬼女の身体をすり抜け、その向こう側にある鏡に突き刺さり、罅を発生させるのみだった。だが、

 

「ぐぐ……っ!」

 

「効いてる……!?」

 

 鬼女の身体をすり抜けるばかりだった髪の毛針の内の数本が、鬼女の左上での二の腕や肩のあたりに突き刺さったのだ。鬼女も苦痛を感じたらしく、軽く呻いていた。だが、ダメージを与えたといっても致命傷には程遠く、鬼太郎を一度睨みつけると、その視線を足元に倒れ伏している歌鈴へと戻した。

 

「ひっ……!」

 

「闇に、飲まれよ……!」

 

 鬼女に睨まれ、悲鳴を発して怯える歌鈴に向けて放たれたのは、死刑宣告にも等しい言葉。それを唱えた途端、鬼女の足元の影がぶるりと震え、歌鈴が倒れた場所へと広がった。

 

「きゃぁぁああああああ!!」

 

「歌鈴ちゃん!!歌鈴ちゃんっ!!」

 

 歌鈴の倒れているあたりの床へと広がった影が、水面のように震えた。そして次の瞬間、影が覆った場所の床だけがどろりと粘着質に流動し、歌鈴の身体はその中へと沈んでいった。

 沼と化した影から這い出ようと必死に身体を動かし、自身の名前を呼ぶ美穂の方へと手を伸ばそうとした歌鈴だったが、もがけばもがく程に沈む沼地のような影から脱出することは叶わず、その悲鳴ごと闇の底へと沈んでいった。

 

「そんな……歌鈴ちゃん……」

 

 歌鈴が消えた後に残されたのは、床に膝をついて絶望の表情を浮かべる美穂と、臨戦態勢の鬼太郎、そして歌鈴を影の中へと飲み込んだ鬼女のみ。鬼太郎は鬼女へ再び仕掛けようとしている様子だったが、鬼女にはこれ以上戦闘を続ける意思は無かったらしい。両腕をだらりと下げると、ただ一言口にした。

 

「あと、一人………………」

 

「何……?」

 

「えっ……?」

 

 揃って疑問符を浮かべる鬼太郎と美穂だったが、鬼女はそれに答えることは無かった。そして次の瞬間、レッスンルームの青白い照明は一斉に消えた。やがて電気が復旧し、今度は鬼女が現れる前の、白色の光に照らされたいつものレッスンルームへと戻るのだった。

 室内の景色が戻ったことで、先程起こったことは夢だったのでは、と疑いたくなる美穂だったが、そうはいかない。髪の毛針によって罅だらけになった壁の鏡が、先程の鬼太郎と鬼女の攻防が決して夢ではなかったことを物語っていた。

 

「大丈夫かい?」

 

「あ……」

 

 現実を受け入れられず、床にへたり込んで呆けていた美穂に声を掛けたのは、鬼太郎だった。美穂は差し伸べられた手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「あの……助けてくれて、ありがとうございます」

 

「気にすることは無い。それに……結局、君の友達は助けられなかった」

 

「……けど、私は助かりました。だから、お礼を言わせてください」

 

 正直に言えば、どうして歌鈴を助けてくれなかったのか、という気持ちも少なからずあった。しかし同時に、自分達ではどうしようもない場面に駆け付け、戦ってくれた鬼太郎を責めるのはお門違いだということも理解してもいた。故に、鬼太郎には感謝を述べられたのだった。

 

「あの……私達の危機を知って、駆け付けてきてくれたんですか?」

 

「いや、僕は手紙の差出人に会いに来たんだ。そこで、君達が襲われているところに遭遇したというわけだ」

 

「手紙の差出人……もしかして、飛鳥ちゃんのことですか!?」

 

「知っているのかい?」

 

 手紙の差出人に会いに来たというのならば、話は早い。飛鳥のもとへ案内して、歌鈴が攫われた今日の出来事も含めて相談して情報共有すれば良い。そう考えた美穂は、鬼太郎を女子寮へ案内することに決めた。

 

「私達の女子寮にいます。案内しますので、一緒に来てくれますか?」

 

「おお!それは助かる!」

 

「……へ?」

 

 美穂の提案に対して反応したのは、しかし鬼太郎ではなかった。鬼太郎以外の誰かの声が聞こえたことで、美穂は狼狽えだした。一体、今の声は誰なのか、どこから出たのか……きょろきょろと辺りを見回すも、声の主は見つからない。

 

「ここじゃよ」

 

「え?……ひゃぁぁあっ!」

 

 そんな美穂を見かねたのか……声の主が姿を現した。鬼太郎の髪の毛を掻き分け、ひょっこりと頭を出したのは、目玉だけの異形。明らかに虫や小動物ではないその姿に、美穂は驚いて悲鳴を上げてしまった。

 

「あ!……も、もしかして……鬼太郎さんのお父さんの、『目玉おやじ』さん、ですか?」

 

 初めて見て驚きを露にした美穂だが、目玉だけの異形の存在について、美穂はネット上で見つけた目玉おやじそのものであることを思い出した。美穂の問いに対し、鬼太郎と目玉おやじは意外そうな表情を浮かべた。

 

「おお、わしのことも知っておったようじゃな!」

 

「あ、はい。つい最近、ネットであなた達のことを調べて知りました、鬼太郎さんには、目玉だけのお父さんがいると」

 

「その通り、わしは鬼太郎の父親の、目玉のおやじじゃ。それにしても、ネットというものは便利じゃのう……わし等のことも載っておるとはな」

 

 美穂からその詳細を聞き、目玉おやじは文明の利器の利便性について感心していたようだった。尤も、鬼太郎達に関しては真実の情報だけでなく、明らかに根拠に欠けるガセネタも多分に含まれていたのだが、話が長くなるので、その件については控えることにした。

 

「それより、女子寮に案内します。手紙の差出人の飛鳥ちゃんもそこに呼んで、今回の事件について話したいと思うんですが……良い、のかな?」

 

「僕としては、この事務所で起こっているという、アイドルの失踪事件に関して詳しい話が聞きたい。それから、事情を知っている差出人だけでなく、手紙に書いてあった神崎蘭子という子にも会わせて欲しい」

 

「えっと……蘭子ちゃんも、ですか?」

 

 手紙に書いてあった事件の詳細を知りたいと言う鬼太郎の申し出は尤もなものである。そして、そのためには騒動の渦中にいる蘭子にも話を聞くのは当然のことである。だが、蘭子は現在、精神を病んで部屋に引き篭もっている。美穂と歌鈴の呼びかけにも聞く耳を持たず、会話も儘ならない状態なのだ。

 加えて言えば、蘭子はホラーが大の苦手なのだ。本物の妖怪である鬼太郎に会わせようものならば、パニックを起こすことは必定である。

 

「どうかしたのかい?」

 

 一体どうしたものかと言い淀んでいる美穂に対し、鬼太郎が不思議そうに問い掛けた。どう説明したものかと考えた美穂だったが、事件を解決に導いて貰う以上、要求を断ることはできない。何より、蘭子抜きでは話が進まない。

 やむを得ないと判断した美穂は、鬼太郎に話すことにした。

 

「えっと、実は………………」

 

 

 

 

 

 

 

 346プロの女子寮にある自室の中、部屋の住人である蘭子は、ベッドの上で膝を抱いて蹲っていた。世間を騒がせているアイドルの連続失踪事件について、マスコミやアンチが、自身の呪いが原因だと騒ぎ出してから五日間……蘭子は部屋に籠もり、外部との関わりの一切を断っていた。

 

(どうして、こんなことになっちゃんだろう……)

 

 旧約聖書や神話の……空想の世界を夢見ることが、蘭子は昔から好きだった。堕天使の生まれ変わりを名乗っていたのも、現実には存在しない自分だけの世界を夢見て、もっと近くに感じていたいと……そう思っていたからだった。家族や周囲からは、『中二病』と呆れられ、疎まれていたが、それでも蘭子は構わなかった。自分が描くこの世界を捨てるくらいならば、周囲に理解されなくても構わなかった。

 しかし、蘭子とて人間嫌いなわけではなく……周囲との関係を断つことを望んでいたわけではない。同じ世界を共有できる……友達になれる相手がいるならば、欲しいと思ったことも何度かあった。何より、自分の夢見ている世界を、自分以外の誰かにも伝えたいと思っていた。アイドルのオーディションを受けようと思ったのも、それが理由だった。歌、ダンス、ファッション、トーク……アイドルが持ち得る全てをもって、自分の夢見る世界を表現して多くの人を魅せる。それが、蘭子の目指す堕天使アイドルの姿だった。

 勿論、不安もあった。デビューしたとしても、ファンなど一人もできず……観客や同じ事務所のアイドルからも理解されることなく、嘲笑の的として疎まれて終わる。そんな未来が、幾度も脳裏を過った。しかし、それらの不安は全て杞憂に終わった。デビュー前から所属していたシンデレラプロジェクトのメンバー達とプロデューサーは、自分を受け入れ、理解しようと真摯に向き合ってくれた。その後のデビューも順調に進み、ファンも大勢増えて、他のアイドルとのユニットも上手くいった。それら数々の成功は、蘭子の堕天使としてのキャラが大衆に受けただけでなく、仲間やプロデューサーに恵まれていたお陰だと、蘭子は心の底から感じていた。だからこそ、蘭子は346随一の強烈なキャラであると同時に、仲間を大事にすることを何より重視していた。

 そして、だからこそ蘭子にとってここ最近発生した騒動はショックだった。マスコミやアンチから『呪われたアイドル』と罵られることは勿論だが、自分の所為で他のアイドルが失踪し……酷い目に遭っているかもしれないのだ。自身のアイドル生命の存続が問われている中だが、蘭子にとっては失踪したアイドル達のことの方が心配だった。

 

(私は……アイドルになっちゃいけなかったのかな……)

 

 目の前の壁にかけられた愛用のゴスロリ服と、デスクの上に置かれたスケッチブック――蘭子曰く、グリモワール――を見ながら、蘭子はそのようなことを考えていた。アイドルの失踪事件が自分の所為であると世間で騒がれて以降、お気に入りだったこの服を着ることはなく、大好きだった絵を描くこともしなくなっていた――否、できなくなっていた。

 次々にアイドル達が自分の所為で――世間はそう決めつけている――失踪している現実を前に、蘭子にはこれ以上アイドルを続ける自信が持てなかった。これ以上、事務所やそこに所属する仲間達に迷惑を掛けないためには、アイドルを辞めて熊本の実家へ帰ることが一番なのかもしれない。そんな考えが蘭子の頭の中に浮かんでいた。

 すると、その時だった――――――

 

「っ!……何?」

 

 カーテンが掛けられた部屋の窓を、バン、バン、と叩く音が聞こえてきたのだ。346女子寮にある蘭子の部屋は、二階にある上、ベランダも無い。故に、誰かが立っていられるはずが無いのだ。一体、窓の向こうに誰がいるのか……。周囲との関係を断って引き篭もっており、助けを求めることができない以上、部屋の主である蘭子が確認するほかない。もしものための護身用の武器として、愛用の日傘を手に持ち、恐る恐る近づいていった。

 

「……」

 

 ゴクリと唾を呑み込み、カーテンを勢いよく開く。すると、そこには――――――

 

 

 

「うわぁ~、聞いてた以上の可愛い子ちゃんやね!」

 

 

 

 白い布状の何かが窓の向こう側でひらひらと浮遊し、青い二つの目で蘭子を見ながら、ナンパ口調で声を掛けてきた。

 

「きゃぁぁぁあああああ!!お化けぇぇえええ!!」

 

 窓の外にいる、『お化け』としか形容できない白い何かを目にした蘭子は、手に持っていた日傘を放り出し、目に涙を浮かべながら部屋の扉へと駆け出した。元々、幽霊をはじめとしたホラーが大の苦手の蘭子である。堪らず、引き篭もりを解いて部屋の扉を開け放ってしまった。

するとそこには、同じ女子寮に暮らす美穂と飛鳥と小梅、それから蘭子にとって見知らぬ少年――鬼太郎がいた。

 

「た、たた、助けて飛鳥ちゃん!そそそ、外にお化けがぁあああっっ!!」

 

 恐怖のあまり立ち上がることも儘ならなくなった蘭子は、近くにいた飛鳥に縋りついた。飛鳥は蘭子を抱きしめながら、よしよしと頭を撫でて落ち着くように促していた。

 

「出てきたみたいだな」

 

「いくら引き篭もっていて話ができなかったとはいえ、方法が乱暴じゃないかな……?」

 

「私も、少しやり過ぎだと思う……」

 

「まあ、仕方あるまい。事態は急を要するからな」

 

 怯える蘭子の姿を見て、同情の声を漏らす美穂と小梅だが、蘭子を引きずり出すためのこの策略を仕組んだ張本人である鬼太郎は、問題とは思っていないらしい。

 

「えっと……飛鳥ちゃん、この人は……?」

 

「ああ、この少年は――」

 

「君が神崎蘭子ちゃんじゃな。色々と詳しく話を聞かせてくれんかね?」

 

 飛鳥が説明するよりも早く、鬼太郎の髪の毛の間から目玉おやじが姿を出し、蘭子に声を掛ける。対する蘭子は、目玉に人の身体が付いた異形を見た途端、急激に顔を青く染めた。そして、

 

「きゃぁぁぁあああああっっ!!」

 

 夕暮れの346プロ女子寮に、蘭子の悲鳴が再度響き渡るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「全く……そこまで驚かんでも、良いではないか」

 

「いや、驚くなっていう方が、無理があると思いますよ?」

 

「全くだ。蘭子を部屋から出すための作戦といい、君達親子は、もう少し人間に対する思いやりというものを持つべきなんじゃないか?」

 

「……事件を早急に解決するためには、多少強引でもこれが一番だと思っただけだ」

 

 事件の渦中にいる蘭子が部屋に引き篭もって外に出て来ないと聞かされた鬼太郎が取った手段。それは、仲間の妖怪である一反もめんを呼び出し、蘭子の部屋の窓に張り付かせて驚かすというものだった。元々幽霊の類が苦手な蘭子には効果覿面で、見事に作戦は成功、蘭子はこうして部屋の中から出てきたのだった。

 しかし、美穂と飛鳥の言うように、妖怪慣れしていない人間に対する配慮に欠いていたことは否めない。ぶっきらぼうに答える鬼太郎も、蘭子の怯える姿を見て、確かに少しやり過ぎたのかもしれないと内心で反省していた。

 

「いやぁ~、改めて見るとやっぱり別嬪さんやね~!蘭子ちゃん、肌白くてすべすべ~……」

 

「ひぃぃいいいっ……!」

 

「それ以上は駄目。蘭子ちゃん、怖がってる」

 

 346プロ女子寮の食堂の話し合いの席に同席していた一反もめんが蘭子に言い寄るものの、小梅が間に入って接近を防ぐ。そんな、可愛い子を見るとついつい声を掛けてしまうナンパ癖のある一反もめんの様子を、鬼太郎と目玉おやじ、そして美穂と飛鳥は呆れた様子で見ているのだった。

 

「いい加減にしろ、一反もめん。早く話し合いを始めるぞ」

 

 咳払いをして一反もめんに自重するよう注意すると、鬼太郎は話し合いの開始を宣言する。それに応じて、全員の面持ちが真剣なものに変わった。

 346プロ女子寮にいるアイドルは、今現在は蘭子、飛鳥、美穂、小梅の四人しかいないが、いつ他のアイドルが帰ってくるか分からない。寮住まいのアイドル達のスケジュールについては既に確認しており、今日中に寮へ帰ってくるアイドルがいないことは確認済みである。だが、アイドルのスケジュールというものは、いつ何が起こるか分からない、非常に流動的なものである。妖怪が三名もいるこの場を見られれば、非常に面倒な事態に陥ることは間違いないので、注意が必要である。

 

「それじゃあ、聞かせてもらいたいんだが……ここ最近、アイドル達が失踪しているのは、やはり妖怪の仕業だったのか?」

 

「その通りじゃ」

 

 確認するように問い掛けてきた飛鳥に答えたのは、鬼太郎の手の平の上に立っている目玉おやじだった。目玉おやじが喋る度に、蘭子が小梅にしがみ付いてビクついているものの、最早誰も気にすることは無かった。

 

「あれは妖怪『青行燈』。百物語の最後に現れる妖怪じゃ」

 

「百物語?」

 

「日本の怪談話、だったな。確か、新月の夜に火を灯した蝋燭を百本並べて、話が一つ終わる度に一本ずつ消していく形式のものだったか?」

 

「百物語は、その名前の通り、百話まで怪談を話すものなんだ。だけど、百話まで語り終えて蝋燭を全部消した時……本物の『怪異』が現れちゃうって言われているんだ。だから、実際にやる時には九十九話までで終わらせるのが普通なんだよね」

 

 聞き慣れない単語に首を傾げる美穂だったが、中二病でその手の知識に通じていたのであろう飛鳥は、ある程度知っていたらしい。それに続き、小梅がさらに詳しい説明をした。

 そんな小梅の話を聞いた目玉おやじは、関心している様子だった。

 

「小梅ちゃんと言ったか。最近の子供にしては、よく知っておるのう」

 

「そういう話、大好きだから……」

 

「フムフム……最近の若い子は、妖怪のことなどまるで信じておらんからのう。小梅ちゃんのような子は、わし等としても歓迎じゃ」

 

「ゴホンッ……話を戻しても良いですか、父さん?」

 

 話が脱線し始めたため、軌道修正のために鬼太郎が再度咳払いして目玉おやじに話の先を促した。

 

「おっと、すまんすまん。それで、百物語が九十九話で終わらせることが一般的とされる理由が、『青行燈』の存在なのじゃ。奴は普段、霊界と呼ばれる現世と隣り合う別の世界に潜んでおるのじゃが、百物語が最後まで語られた時、百話目の怪異を齎すために姿を現すのじゃ」

 

「それで、そいつがアイドルの皆を攫ったということなのか?」

 

「けど、何でアイドルを……それも、蘭子ちゃんに「闇に飲まれよ!」って言われた人を狙っているのかな?百物語なんて、蘭子ちゃんは絶対にやらないし……」

 

 一連のアイドル失踪事件を引き起こしている妖怪の正体は分かったが、その目的は分からない。第一、蘭子との接点があるとは思えない。一体、どのような理由があって青行燈は特定のアイドルを狙っているのか……。

 

「多分、これが原因じゃないかな?」

 

 誰もが疑問に思うその答えを出したのは、小梅だった。手に持ったスマホを操作すると、その画面を鬼太郎と目玉おやじに見せてきた。

 

「なになに……『アイドル百物語』、じゃと?」

 

「ネット上の掲示板で、アイドルに纏わる怪談を紹介し合うためのサイトだよ」

 

「なんと!」

 

 小梅が紹介してくれた『アイドル百物語』と称される掲示板を確認し、驚きの声を上げる目玉おやじ。掲示板には、小梅が言ったように確かにアイドルに纏わる様々な怪談や不思議話、因縁話が掲載されていた。

 主だったものとしては、『765プロの四条貴音は月から来た姫君である』、『876プロの秋月涼は影を自在に操る人造人間である』、『白坂小梅は幽霊族の末裔である』等々……。ファンの間で噂されている有名な話から、根も葉もない話まで様々である。

 そして、一番目の話から順々に見ていくと……今回の騒動に深く関連した記事を見つけることができた。

 

「『346プロの堕天使アイドル、神崎蘭子は闇よりの使者である』……これですね、父さん」

 

「ウム、間違いないだろう」

 

 それは、百物語の最後に掲載された百番目の話だった。その内容は、今まさに346プロで発生している出来事をそのまま文章にしたようなものだった。

 

「神崎蘭子の堕天使としての姿は仮初のもの。その正体は、魔王復活のための儀式に必要な十三人の生贄を選定するための闇の使者。アイドル活動を行う中で、相応しい生贄となる美姫を選定し、「闇に飲まれよ!」という宣言のもと闇の中へと生贄を取り込んでいく……まさに今起こっていることそのものだな」

 

「青行燈は、この話を媒体にして霊界から現世に現れたとみて間違いあるまい。生贄となるアイドル達を攫っているのは、恐らく自身が『魔王』として現世に降臨するためじゃろう」

 

「この掲示板が作られて、百話目までの話が終わったのは、十日前の新月の夜……つまり、最初にアイドルが失踪した日の前日だ。時期も条件も一致しているから、まず間違いないな」

 

 目玉おやじの推測に、小梅を除くアイドル達三人は戦慄した。しかし、無理も無い話である。連日相次いで失踪したアイドル達が、妖怪の生贄のために攫われたと聞かされたのだ。十二人もの攫われた仲間達が、一体今どんな目に遭っているのか……想像するだけでも恐ろしい。

 そんなアイドル達の心情を知らずか……鬼太郎がこんな疑問を口にした。

 

「そもそも、なんでアイドルが「闇に飲まれよ!」なんて物騒なことを言っているんだ?」

 

 しかも、記事を見る限りでは日常的に言っているではないか、と付け加えながら問い掛けた鬼太郎に対し、飛鳥は得意げな表情で、美穂は説明に困ったような表情を浮かべながら口を開き、説明を始めた。

 

「神崎蘭子とは、この世界の現世を生きる偶像(アイドル)としての仮初の姿。真なる姿は、天井の楽園を追放された、漆黒の翼を纏いし戦女神(ブリュンヒルデ)なのさ」

 

「えっと……説明しにくいんですが、蘭子ちゃんは前世が堕天使っていう設定のアイドルでして……その関係上、喋り方とかもかなり独特なんです。「闇に飲まれよ!」っていうのもその一つで、本当は「お疲れ様です」っていう意味なんです。別に、他意とかそういうのは無くて……」

 

 公式では『蘭子語』と称されるそれは、ファンの間では『熊本弁』に分類されているが、同郷の美穂にも蘭子の話す言葉は理解するのが困難だった。アイドルについての知識に乏しいであろう鬼太郎に、キャラクター等の事情を説明するのは難しいため、美穂は「闇に飲まれよ!」の正確な意味については説明することだけで精一杯だった。

 そんな美穂に対し、鬼太郎は……

 

「ああ、成程。要するに、『中二病』というやつか」

 

「へっ!?……鬼太郎さん、『中二病』って何か知っているんですか?」

 

 鬼太郎の口から出るとは予想だにしなかったまさかの単語に、美穂は勿論、飛鳥と小梅、そして当の蘭子も驚いた様子だった。

 

「うむ。昨今、人間界で問題となっておる、中学二年生を中心に流行しておるという精神的な病の一種じゃろう?自分を勇者や魔王と思い込み、漫画やアニメの登場人物を真似た言動を取ると聞いておる」

 

「何故そのような行動に走るのか、妖怪の僕等には全く分からないがな。人間というものは、本当に不思議な存在だ……」

 

 地球上で最も不思議な存在であろう妖怪に『不思議』と言われてしまう中二病患者とは、一体どのようなものなのか。美穂には『中二病』というものがますます分からなくなってしまった。ともあれ、今は蘭子の中二病的な言動よりも重要なことがある。

 

「問題は、どうやって青行燈に攫われたアイドルを助け出すかだ」

 

「奴は、蘭子ちゃんに「闇に飲まれよ!」と言われたアイドルを狙っておる。つまり、標的になるアイドルのもとへ先回りすれば、先手を打てる筈じゃ」

 

「成程……今までに消えたアイドルは、今日攫われた歌鈴を含めて十二人。残りは一人だが……。蘭子、心当たりはあるか?恐らく狙いは、百物語が語り終えた翌日の九日前以降に蘭子と接触したアイドルだ」

 

 目玉おやじの先回り作戦に同意した飛鳥は、蘭子にここ最近顔を合わせたアイドルについて確認を取る。だが、蘭子は首を横に振った。

 

「九日前から会ったアイドルは……今までいなくなった十二人だけ、です」

 

「蘭子ちゃん、本当なの?」

 

 自身の言動が原因でアイドル達が失踪しているためか、いつもの中二病的な言動はなりを潜めた状態で蘭子が答えた。美穂が確認するも、やはり首を横に振るばかりだった。

 

「ムムム……それは厄介じゃのう。青行燈は、普段は霊界に潜んでおる妖怪じゃ。こちらからは手出しができん。現世へ現れたところを倒す他に手段は無いぞ、鬼太郎」

 

「逆に、このまま闇に飲み込むべき標的が現れなければ、青行燈が魔王として復活することはできないままだがな」

 

「………………」

 

 暗にこのまま現状を維持した方が安全なのではという鬼太郎の意見に、蘭子は何も言えなかった。事実、蘭子も引退を考えていたのだ。やはり自分は、このままアイドルを辞めて実家へ帰り、中二病とも決別するべきなのだろう。そんな考えが蘭子を支配し始めていた、その時だった。

 

「そんなの駄目です!」

 

 美穂が鬼太郎の意見に大反発した。飛鳥と小梅も同じ気持ちらしく、鬼太郎の意見に反対の意を示す表情をしていた。

 

「このまま放っておいたら、攫われた人達が帰ってきません!それに、蘭子ちゃんは何も悪くないのにアイドルを辞めることになるなんて……絶対に間違ってます!」

 

「僕も同感だな。青行燈を倒して、闇の彼方に消えた皆を取り戻すべきだ」

 

「わ、私もそう思う……」

 

「鬼太郎、おいどんからも頼む。攫われた子達を、取り戻すのを手伝ってやってくれんか?」

 

 揃って反論するアイドル三人に加え、一反もめんまでもがアイドル救出を懇願する。しかし鬼太郎は冷静にその視線を真っ向から受け、やれやれと肩を竦めた。

 

「そうは言うが、どうやって青行燈を現世に引きずり出すんだ?奴は標的がいなければ、霊界から出て来ることはない」

 

 鬼太郎の指摘に、一同は黙り込んでしまった。鬼太郎とて、事態をこのまま放置したいと本気で思っているわけではない。詰まるところ、騒動の元凶である青行燈がこちらの世界に現れなければ、戦うことすら儘ならないのだ。一体、どうしたものかと考える一同だが……やがて、飛鳥が意を決した表情で口を開いた。

 

「分かった。ならば、ボクが青行燈を誘き寄せるための囮になろう」

 

「飛鳥ちゃん……それって、まさか!」

 

「ボクが蘭子に「闇に飲まれよ!」と言われるということだ。そうすれば、青行燈は最後の生贄としてボクを攫いに、こちらの世界へ姿を現す。そこを叩けば、一件落着だ」

 

 飛鳥が提案した作戦に、アイドル達は勿論のこと、鬼太郎すらもが驚きの表情を浮かべた。確かに、346プロのアイドルである飛鳥ならば、青行燈の生贄としての要件も満たしているため、囮にはなり得る。

 

「駄目!そんなの絶対に駄目!そんなことして……飛鳥ちゃんまで消えちゃったら……!」

 

「そうだよ!危険過ぎるよそんなの!」

 

 飛鳥の提案に対し、蘭子と美穂は猛反対する。特に蘭子は、346プロのアイドルの中でも自身と同じ世界を共有できる特別な存在である飛鳥を危険に晒すことに強い抵抗を感じているようだった。

 

「なら、他に方法があるのか?敵がこちらの手の届かない場所にいる以上、何らかの餌を用意して釣り上げるしかない」

 

 飛鳥が口にした正論に、美穂と蘭子は閉口した。かなり無茶で危険なやり方ではあるが、現状で取れる手段はこれ以外に無いのだ。青行燈という妖怪に関する知識が足りないこともあり、アイドル達には飛鳥が提案した作戦以外の手段を思いつくことができなかった。

 その沈黙を肯定と取った飛鳥は、鬼太郎に改めて作戦の実行を依頼する。

 

「結論は出たな。それじゃあ鬼太郎、ボクが囮になって敵を誘き寄せて、そこを叩くという方針で頼んだ」

 

「良いんだな?僕としては確かにありがたい申し出だが、妖怪の標的になるということは、相応の危険が伴う。絶対の安全は保証できないぞ」

 

「鬼太郎の言う通りじゃ。それに、今の青行燈は一筋縄ではいかん。奴は今、現世に実体を持っておらんのじゃからな」

 

「どういうことですか、父さん?」

 

 目玉おやじの説明について、その意味が分からなかった鬼太郎が、その意味を問い掛ける。

 

「青行燈は、さっきも言ったように普段は霊界に潜む妖怪じゃ。この世界で活動する際には、百物語で得た人間の恐怖を糧にして実体を得る。じゃが、奴が再現している百番目の物語は、かなり厄介じゃ。奴はアイドルを生贄にして『魔王』として現世へ姿を現そうとしておるのじゃ。故に、今の奴には実体が無い。生贄を集める際には、身体の一部もしくは全てを実体化させておるようじゃが……普段実体を持っていない以上、こちらから攻撃を仕掛けることはできん」

 

「成程……あの時、霊毛ちゃんちゃんこと髪の毛針が身体をすり抜けたのは、そういう理由だったんですか」

 

 鬼太郎が思い出したのは、歌鈴を助けようと青行燈目掛けて髪の毛針を放った時のこと。あの時、大部分の髪の毛針は青行燈の身体をすり抜けたが、数本は歌鈴を掴んでいた左腕に突き刺さったのも、左腕のみを実体化させていたからと考えれば頷ける。ともあれ、実体が無いのならば、鬼太郎の攻撃手段は尽く通用しない。青行燈を退治するのは至極困難という結論に至るのだ。

 

「奴は実体を得ていない間は、あらゆる攻撃をすり抜けることができる。如何に鬼太郎とて、確実に仕留められるとは限らんのだぞ」

 

「構わない。危険は承知の上で、頼む……」

 

 目玉おやじと鬼太郎の忠告に対しても、覚悟の上という意志を表明した上で頭を下げて頼み込む飛鳥の姿に、決意のほどを察した鬼太郎は遂に了承した。

 

「……分かった。なら、その方法で青行燈は退治しよう。一反もめん、仲間を集めてくれ。総がかりで青行燈を仕留める」

 

「任せんしゃい!」

 

 任せろとばかりに、平たい身体の、胸にあたるであろう部分を叩いた一反もめんは、食堂の窓から飛び去っていくのだった。

 

 

 

 こうして、妖怪とアイドルによる、命懸けの救出作戦が幕を開けるのだった――――――

 

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