ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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命取り立てます!薄幸アイドル、夢の代償…… ③

 

都心を外れた郊外に位置する、とある廃屋。人気の全く無い廃屋の前に、黒塗りのベンツが停まっていた。そんな廃屋の向かいにある、こちらも人に使われていない筈の四階建ての建物の屋上。そこに、ベンツの停まった廃屋を見下ろす人の姿があった。

 

「鬼童丸!」

 

廃屋を見下ろす人影――鬼童丸に対し、背後の上空から声が掛けられる。

 

「ようやく来たか」

 

鬼童丸が振り返った先には、一反もめんに乗った鬼太郎の姿があった。鬼太郎の後ろには、事務所で鬼太郎を案内するために出てきた美穂と小梅、鬼童丸の指示で鬼太郎をこの場へ案内した巴、そして何故か巴とほたると同じ事務所所属である茄子の姿もあった。

 

「白菊ほたるはどうした?」

 

「向かいの建物の中に入っていった。ねずみ男も一緒だ」

 

鬼太郎と鬼童丸が協力を要請した三人以外の部外者がいることは棚上げして、問題のほたるの動向について確認する鬼太郎に対し、鬼童丸は向かいの建物を指差しながら答えた。

そして、鬼太郎は鬼童丸とともにねずみ男とほたるの動向を見極めるべく、向かいの建物の監視を続けようとしたが……

 

「あのう……ほたるちゃんのことなんですけど……」

 

「借金しとるっちゅうのは本当なんか!?」

 

一反もめんの背中に乗ってここに来るまでの間に、ほたるが抱える借金事情を聞かされたのだろう。

 

「ああ。既に聞いていると思うが、鳥取の実家が七千五百万円の借金を抱えている」

 

「そんな……」

 

「ここんところ上の空だったのは、そういうことやったんか……!」

 

いつも真面目に取り組んでいるレッスンの時も、待ちに待ったデビューライブの打合せの時でさえ集中を欠いていたほたるのことを、巴も茄子も不審には思っていた。しかし、まさか借金地獄の真っ只中にいたとは思わず、愕然としてしまった。加えて、ほたるがそのような、大きな悩みを抱えているにも関わらず、同じ事務所の仲間でありながらそのことに気付けなかったことに対し、忸怩たる思いを抱いていた。

 

「ほたるちゃんは、大丈夫なんでしょうか……?」

 

「人間の借金問題に手を出している妖怪については、何とかするつもりだ」

 

「妖怪にむざむざ殺させるようなことはまずしねえから、そこは安心しろ」

 

それを聞いて、美穂と小梅は一先ずは安心する。借金のカタに命を奪うような妖怪だったならば、ほたるが殺されるような事態になるのではと気が気ではなかったが、鬼太郎と鬼童丸は助けてくれるらしい。

 

「だが、妖怪をどうにかできたとしても、借金の問題は解決しねえだろうな」

 

「そんな……!」

 

「鬼太郎さん……」

 

「借金は人間の問題だ。僕がどうこうできる話じゃないし、そもそも僕の専門外だ」

 

鬼童丸と鬼太郎の正論に、美穂と小梅は何も言えなくなる。この二人が今この場にいるのは、人間の借金事情に付け入り暗躍する妖怪が起こす問題を解決するためである。ほたるの借金は全く別の問題である。

ならばどうすればほたるを助けられるのかと、美穂と小梅、巴と茄子は思考を巡らせるが……一介のアイドルに過ぎない美穂と小梅に、七千五百万円もの巨額の負債をどうこうできる筈も無く、重苦しい沈黙が流れるばかりだった。

と、その時。

 

「どうやら、妖怪が動き出したようだな」

 

鬼太郎の髪の毛が一本、針のように逆立つ。妖怪の存在を察知する、妖怪アンテナが作動したのである。ねずみ男とほたるが入っていった廃屋に目を凝らすと、何やら怪しげな金色の光が窓から漏れ出ていることが分かった。

 

「あの中に妖怪がいるのはもう疑いようは無いな。鬼太郎、行くぞ!」

 

「分かった!一反もめん!」

 

「はいな!」

 

その言葉とともに、鬼童丸は屋上から跳び出し、鬼太郎は一反もめんに乗って向かいの廃屋へと突入していった。

 

 

 

 

 

 

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

薄暗い空間を満たしていた金色の光が収まった後の部屋の中で、ほたるは床に膝をついていた。ほたるの額には汗が浮かんでおり、その呼吸は全力疾走をした後のように荒くなっていた。

そして、そんなほたるの目の前では、ガラガラという金属が床に落ちる音が響いていた。ほたるが顔を上げてみると、そこには先程部屋を満たしていた光と同じ輝きを放つ“金塊”が複数転がっていた。

 

「これで契約は履行されましたね。では、こちらの金塊はいただいて参りますね」

 

ねずみ男はそう言うと、床に落ちた金塊を拾い上げて鞄の中に詰め込んでいく。嬉々とした表情で金塊を拾っていくが、そんなねずみ男の楽しみに水を差すように第三者の声が掛けられる。

 

「そこまでだ、ねずみ男!」

 

その声に、ねずみ男はビクリと震え上がる。顔を上げると、床に蹲っているほたるの向こう側にある、外に通じる窓の向こうから二つの人影が入ってくるところだった。

 

「き、鬼太郎!?それに鬼童丸!?どうしてここに……っ!?」

 

「お前が怪しい金儲けをしているその男に用がある」

 

「随分と荒稼ぎしてるみてえだが、ここまでにしてもらおうか」

 

カランコロンという下駄の音を鳴らしながら近づく鬼太郎と、そこに並んでねずみ男に詰め寄ろうとする鬼童丸に、ねずみ男は顔を青くしながら、もう一人の“先生”と呼ばれた連れの男の後ろに隠れようとする。

 

「な、なんだよ!俺はただ、借金に困ってる連中を助けるために、この先生と一緒に金を用意してやってるんじゃねえか!」

 

「お前に金を用意してもらった連中の大部分は、不審な死に方をしているんだがな。お前等の取立が原因だってことは分かってんだ」

 

「僕がこの場にいるのは、福の神と貧乏神から依頼されたからだ。これ以上、世の中を騒がせるような真似をさせるわけにはいかない」

 

当然のことながら、鬼太郎も鬼童丸も、ねずみ男と連れの妖怪を見逃すつもりは一切無い。目的の二人を捕縛するべく、距離を詰めてくる二人に、ねずみ男は「ひぃいっ」と悲鳴を上げながらも、もう一人の男の後ろに隠れて怯えたように体を縮こまらせる。

 

「死んだ連中はもう手遅れだが、そこにいる奴のように、まだ生きている連中は何とかなる筈だ」

 

「大人しく一緒に来てもらおうか」

 

「先生っ!お願いします!助けてくださいっ!」

 

「……」

 

迫りくる鬼童丸と鬼太郎にねずみ男の要請に応えるように、先生と呼ばれた禿頭のずんぐりとした体型の男が一歩前へ踏み出す。それと同時に、男の体から禍々しい妖力が溢れ出す。妖怪アンテナを持ってない人間でも分かる程に強力な力を前に、鬼太郎と鬼童丸は身構える。今にも戦いが始まりそうな、一触即発の空気が満ちる中――

 

「やめて、くださいっ……!」

 

「「!?」」

 

最初に動き出したのは双方のどちらでもなく、その場に居合わせた人間である、ほたるだった。ほたるは鬼太郎と鬼童丸を制止するべく立ち上がると、二人の前へと回り込み、ねずみ男達を背に立ち塞がった。それはまるで、ねずみ男達を庇うかのように……

 

「そこをどくんだ。そいつは――」

 

「今です!先生っ!!」

 

鬼太郎と鬼童丸の前にほたるが現れたことによって生じた隙を見逃さず、ねずみ男は連れの妖怪とともにこの場を逃れるべく動き出す。

ねずみ男がその背に隠れた妖怪の男は、目をカッと見開くと同時に前身に妖力を滾らせる。そして次の瞬間――建物の中に激しい金色の光が迸った。

 

「くっ……!」

 

「目晦ましか!」

 

閃光手榴弾もかくやという強烈な光を前に、鬼太郎も鬼童丸も目を開くことすら儘ならない。強烈な閃光は十秒ほど続き、光が収まった後には、ねずみ男の姿も、連れの妖怪の男の姿も無くなっていた。

そして鬼太郎達がいる廃屋の外からは、車が動き出すエンジン音が聞こえていた。ねずみ男が廃屋を脱出し、車で逃亡したのだ。

 

「逃げられたか……」

 

「相も変わらず、逃げ足の速い奴じゃわい」

 

「今すぐに追いましょう、父さん」

 

「いや、待て。それより今は……」

 

ねずみ男と連れの妖怪を追おうとする鬼太郎だったが、それを鬼童丸が止めた。そして、鬼童丸が視線を向けた先、建物の廊下に続く扉から複数の足音が聞こえてきた。

 

「悪いが、巴達に今回の件を説明してやりたい。少し時間をくれるか?」

 

「小梅ちゃんと美穂ちゃんも、話を聞きたいじゃろうしな」

 

これ以上の犠牲者を出さないために、今すぐにでもねずみ男達を追いかけたいと思っていた鬼太郎だったが、鬼童丸と目玉おやじの言うことも尤もだった。一先ずは、騒動に巻き込まれる形となったアイドル達へと、事の次第について説明を行うこととした。

 

「お前さんも、巴達にしっかりと事情を説明しろよ」

 

「……」

 

鬼童丸に掛けられた言葉に、床にへたり込んでいたほたるは、沈痛な表情のまま、黙って頷いた。

 

 

 

 

 

「ふう……何とか逃げきれましたね、先生」

 

「……」

 

鬼太郎と鬼童丸との交戦を避けて逃げることができたねずみ男と妖怪の連れは、車を飛ばして先程の廃屋から遠くへ逃げていた。

 

「それにしても、鬼太郎だけじゃなく、酒吞童子のところの鬼童丸まで出てくるとは、災難でしたね……」

 

この手の悪事に手を染めることは一度や二度ではないねずみ男である。鬼太郎が介入してくることは、既に予想していた。だが、鬼童丸まで出てくるとは予想外だった。

 

「あの二人が手を組んでるとなると、もうそろそろ潮時かもしれませんねえ……」

 

闇金融業者の取立代行業というだけあって、手数料としてかなりの儲けが出ていたが、鬼太郎に加えて鬼童丸……もっと言えば、その父親である酒吞童子とその一味までも敵に回すのはリスクが大き過ぎる。まだまだ稼げる見込みはあるが、ここらで行方を晦まし、ほとぼりが冷めるまで大人しくしているのが無難かもしれない。そう考えてのねずみ男の発言だったのだが……

 

「許さんぞ……!」

 

「ひっ……せ、先生?」

 

取立業をしばらく控えようというねずみ男の発言を、それまでずっと無言を貫いていた男は怒気を孕んだ低い声で否定した。

 

「永い封印から目覚め、ここまで力を取り戻したのだ……まだまだ我は人間共の欲望から力を蓄えるのだ!」

 

「け、けど……あの二人はかなりの手練れですぜ!先生でも危険過ぎますって!」

 

「構うものか……我の障害となるならば、何者であろうと潰すまでだ……!」

 

先の廃屋で見せた以上の妖力を滾らせながら、邪魔者は必ず排除すると宣言した男に、ねずみ男はそれ以上何も言えなかった。金欲しさに封印を解いて以降、望む成果を手に入れてきたが、目の前の存在は手に負えないところまできてしまったかもしれないと、ねずみ男は僅かながら後悔の念を抱き始めていた。

 

 

 

 

 

「これで全員揃ったな。それじゃあ、状況確認をするぞ」

 

ねずみ男と連れの妖怪が去った後の廃屋には、鬼太郎、鬼童丸、ほたるの他に、一反もめんに乗せられて来た美穂、小梅、巴、茄子の姿もあった。ちなみに一反もめんは、鬼太郎に言われて別の用事のためにこの場を離れていた。

 

「鬼太郎さん、ほたるちゃんの実家が借金で困っているってことは聞いたんですが……妖怪が関わっているっていうのは、どういうことなんでしょうか?」

 

「そうじゃ!ほたるが借金のカタにここに連れて来られたって言っとったが、一体、何をされたんじゃ!」

 

ほたるの借金苦も非常に気になる問題だが、今一番気になるのは、妖怪がほたるに対して何をしたかである。鬼太郎と鬼童丸の話によれば、その妖怪は人間の借金問題を解決しているそうだが、一体どんな方法を使っているのか、人間の美穂や巴達には検討もつかず、それを不気味に感じていた。

 

「まず妖怪の正体だが……それについては、鬼太郎の方が詳しい筈だ。そうだろう、目玉おやじ」

 

「ウム。わしから話そう」

 

妖怪の正体と能力については、鬼童丸も把握していなかったため、まずは目玉おやじへ説明を要求することとした。

 

「ねずみ男と一緒にいたあの男。あれは妖怪・“金霊(かねだま)じゃ」

 

「“金霊”……それってもしかして、良いことをする人の家をお金持ちにしてくれる、お金の精霊じゃなかったっけ?」

 

「その通りじゃ、小梅ちゃん」

 

「こ、小梅ちゃん……!?」

 

「やけに詳しいのう……」

 

目玉おやじが説明する筈だったことを代わりに説明した小梅に、美穂は目を丸くして驚き、巴は感心する。

小梅はここ最近、自分をはじめとする346プロ所属のアイドル達が妖怪絡みのトラブルに巻き込まれる事態が多発したため、妖怪について独自に調べるようになっていたのだ。元々ホラー映画が好きだっただけに、スポンジが水を吸うように妖怪に関する知識を吸収していき、今や目玉おやじすら唸らせる程の妖怪博士となったのだった。

 

「小梅ちゃんの言う通り、金霊という妖怪は福の神の眷属であり、本来ならば無欲善行の人間を裕福にする妖怪なのじゃ。本来ならば、なのじゃがな……」

 

含みのある言い方をしながら、目玉おやじは今回の騒動の問題となっている妖怪・“金霊”についての説明を続ける。

 

人間を富ませる福の神と、人間を困窮させる貧乏神。幸福と貧困という真逆のものを司っているこの二つの妖怪は、互いに協力し合って金の流れを作り出している。福の神は無欲で金に縁の薄い人間の家を訪れて富ませ、貧乏神は欲深く大量の暴利を貯め込んだ人間の家を訪れて貧困に陥らせる。そうして人間界の経済を調整している妖怪達だが……その均衡を維持するのは簡単な話ではない。

金というものは、使うよりも貯める方が難しいとされる。それは、人間という生き物が元来欲に溺れやすい性質を持つため、一度欲望に火が付けば、一気に散財してしまう傾向が強いためである。それ故に、貧乏神が少し力を使っただけで浪費癖がすぐに染み付き、その後は破産へ一直線というケースは枚挙に暇がない。人間界の経済情勢にもよるが、貧乏神が一の力を使うのに対し、福の神は三や四、時には五の力を使わなければ均衡を保てない程に,両妖怪のパワーバランスは不安定なのだ。

そこで福の神は、貧乏神との力関係を拮抗させるための方策として生み出した眷属となる妖怪が“金霊”だった。福の神と同じ、人間を富ませる力を持つ金霊に活動させることで、もっと上手く金が流れるように調整しようとしたのだ。

 

「福の神と貧乏神からの手紙によれば、この打開策は功を奏し、福の神と貧乏神の影響力は一時期同レベルに落ち着いて、人間界の経済も安定し始めたらしい」

 

「なら、何も問題は無いんじゃ……」

 

「一見すれば、何も問題は無かった。じゃがその裏では、新たな災厄が芽を出し始めていたのだった。

 

「災厄?」

 

「金霊っちゅう妖怪が、悪い妖怪になったってことか?」

 

「端的に言えば、その通りじゃ。金霊は多くの人間達のもとを渡り歩く中で、恐ろしい変化を遂げたのじゃ」

 

福の神と共に人間界の経済を調整するため、金霊は訪れた先の人間の家へと金を引き寄せる力を行使する中。引き寄せた金の中に宿った人間の欲望を吸収するようになり……その影響を受けるようになった。同じ妖怪であっても、上位種とされる“神”の名を冠する福の神と違い、金霊はその眷属とはいえ下位の存在である。人間の感情に対する耐性が低く、人間の欲望に徐々に毒されていってしまった。そして、決定的な変化が起こったのは、人間界が高度経済成長期に差し掛かった頃だった。

経済の活性化とともに膨れ上がった人間の欲望が渦巻く人間界を、これまで以上に忙しなく駆け回っていた金霊は、人間の欲望によって本来無かった“新たな能力”と“恐ろしい習性”を身に付け、世を乱すようになった。

 

「金霊が本来持っていた、訪れた人間のもとへと金を引き寄せる力。それが人間の欲望によって歪み……今では借金のカタに人間の寿命を金塊に変える力となってしまった。そして、寿命を金塊に変える手数料として十年分の寿命を金塊に変えて自らの体に貯えて己の力とするようになったのじゃ」

 

「そんな……それじゃ、ほたるちゃんは……!」

 

「借金のカタに寿命を金塊に変えられたようだな。その結果が、コレだろう?」

 

そう言って鬼童丸が取り出したのは、一本の金の延べ棒だった。先程、鬼太郎と鬼童丸が廃屋へ突入した際に、ねずみ男が拾い損ねた金塊の一つである。

同じ事務所のアイドルであり、友人であるほたるの寿命が借金のために削られたことに、その場にいたアイドル四人は衝撃を受けていた。特に、ほたるとユニットデビューする予定だった茄子が誰よりもショックを受けた様子だった。

 

「話は分かった。それで、金霊の暴走を看過できなくなった福の神と貧乏神が、金霊を封印したってことか」

 

「その後、福の神と貧乏神から手紙が届いて、金霊神社の御神体として封印されていた金霊が何者かによって解き放たれたと聞かされたんだが……」

 

「ある程度予想はしておったが……やはりねずみ男じゃったというわけじゃ」

 

ねずみ男が金霊を封印から解き放ったことに端を発する一連の事件の真相を話す鬼太郎と目玉おやじの二人は、揃って頭を抱えていた。

 

「自分が金儲けするために金霊の封印を解いたんだろう。しかし、本来の能力が人間の寿命を金に換える力だと知って、別の利用方法を考えたんだろうが……」

 

「そこで闇金融業者の連中に取り入って、借金苦の連中から金を搾り取って上前を撥ねる商売を立ち上げちまうとは……全く、感心しちまうぜ」

 

闇金融業者の債務者を文字通りの意味で食い物にするという、金霊の能力の悪用方法を即座に思い付くねずみ男の悪知恵には、鬼童丸も呆れと怒りを通り越して感心してしまっていた。

 

「鬼太郎さん、ほたるちゃんの寿命は……戻らないんでしょうか?」

 

ほたるの寿命が大幅に削られたと聞かされ、顔を青くした美穂は、どうにかほたるを救えないかと鬼太郎に掛け合う。

 

「金霊を倒せば……戻せるんじゃ、ないかな?」

 

「そ、そうや!金霊や!金霊さえどうにかすりゃあ、ほたるの寿命も戻せるんやないか!?」

 

ほたるの寿命を戻す方法として、小梅が真っ先に思い付いたのは、金霊を倒すことだった。妖怪の力で削られた寿命ならば、根源の妖怪を倒すか、言うことを聞かせるかすれば、ほたるの寿命を取り戻せる筈。絶望的な状況下で見えた救いの道に、巴が希望を見出そうとする。

 

「その見解は間違ってはおらんよ。金霊を倒せば、その力で生み出された金塊は全て土塊に代わり、換金された寿命は全て、寿命を奪われた人間のもとに戻る筈じゃ」

 

目玉おやじの回答に、小梅と巴、美穂、茄子は見出した希望が絵に描いた餅ではないといく確証を得て、喜色を浮かべる。

ただ一人……当事者であるほたるは、顔を俯けた状態で目を見開き、冷や汗を浮かべていた。

 

「但し、それはまだ生きている人間に限る。寿命を削り切られて絶命した人間はもう手遅れじゃ。寿命はもう戻せん」

 

「じゃ、じゃあ……ほたるちゃんの寿命は……!」

 

「こうして生きているなら、まだ残っている筈だ。だが、残された寿命は僅かだろうな……」

 

その後、鬼太郎は福の神と貧乏神からの手紙に記載されていた、金霊の能力による金塊の換金の仕組みについて説明していく。

金霊の寿命換金レートは十年あたり一千万円分である。換金可能な寿命は、その時点における人間の年齢と健康状態次第であるが、何の病気も無い状態であれば、寿命は百年前後と見込まれる。

ほたるの場合は、十代前半の若さでアイドルをできるだけの健康状態であり、寿命はおよそ百年と見込むことは可能である。ほたるが肩代わりした借金は七千五百万円で、七十五年分。これに十年分がプラスされて、合計八十五年である。

ほたるの年齢は十三歳なので、消費された寿命は合計九十八年。よって、遺されたほたるの寿命は残り二年となる。

 

「但し、寿命百年はあくまで見込みだ。一年や二年の誤差はあってもおかしくない」

 

「残り寿命二年ってのも、非常に怪しいところだな。この状態じゃ、今すぐにでも寿命が尽きてもおかしくねえな」

 

「なら、早く行かんと!」

 

「けど、行く先はどうやって調べれば……!」

 

「それなら安心しろ。車のナンバーは覚えているし、一反もめんが現在進行形で追い掛けている。金霊は自分の力を強大化させるために取立を続けるだろうから、最寄りの債務者のところに直行すれば、捕まえられる筈だ」

 

「一先ず、話はここまでだ。金霊とねずみ男を追いかけるぞ」

 

騒動を解決するためにも、金霊の打倒は必須。それが全員の総意となった。そして、鬼太郎と鬼童丸を先頭に移動を開始した、その時――

 

 

 

「やめてください!!」

 

 

 

ほたるの叫びが、廃屋の中にこだまする。その、これ以上無い程の悲痛さを孕んだ慟哭に、全員が歩みを止め、ほたるの方を振り返った。

 

「ほたる、ちゃん……?」

 

「お願いです……さっきの人達を追いかけるのはやめてください……!」

 

「ちょ、ちょっと蛍ちゃん!?」

 

「何を言うとるんじゃワレ!?」

 

地面に膝をついて土下座してまで頼み込むほたるに、アイドル達が戸惑いの声を上げる。早くしなければ自身の命が無いというこの状況下で、何故、金霊討伐を止めようとしているのか……アイドル達は状況が理解できずにいた。

そんな中、鬼童丸はほたるが何を考えているのか、的確に推測していた。

 

「俺達が金霊を倒せば、金塊は全て消滅する。そうなれば、多額の借金も返せなくなり、実家は助からなくなる。それを止めるためには、金霊を見逃してもらわなくちゃならない。そういうことだろう?」

 

「……はい」

 

鬼童丸の口にした推測に、ほたるは消え入るような声で頷いた。

それを聞いたアイドル達は絶句するも、すぐさまほたるを説得すべく動きだした。

 

「阿呆なこと言っとる場合か!お前、このままやと死ぬんやで!?」

 

「そうだよ!借金の事が大変なのは分かるけど……それでほたるちゃんが死んじゃうなんて、絶対おかしいよ!」

 

怒りの形相の巴に胸倉を掴まれて揺さぶられ、美穂が必死に考え直すよう呼びかけるも、ほたるは意思を変える様子は無かった。それどころか……

 

「もう……良いんです」

 

このような諦めの言葉まで口にする始末だった。

 

「何が良いんじゃワレ!」

 

「そうだよ!今まで頑張ってきて、やっとデビューできることが決まったのに、こんなところで死んじゃうなんて!」

 

「私だって諦めたくなかったよ!!」

 

今まで抑え込んでいた感情を爆発させたほたるの叫びに、必死の説得を行っていた巴や美穂は硬直してしまった。

 

「アイドルになるっていう夢を諦めたくなくて……精一杯頑張ってきて!……けど、結局無理だったんだよ……私が夢を叶えるなんて!」

 

涙を流しながら話すほたるの言葉には、これ以上無い程に悲愴な思いが込められていた。その姿を前に、周りの面々は何一つ口にすることはできずにいた。

 

「いつもそうだった……何をしようとしても、どんなに努力したって……何一つ叶えられなかった!

今までは、ただただ運が悪かっただけ……そう思ってきたけど、もう限界だよ。自分だけの不幸だったら、私が我慢すれば……私一人が頑張れば、何とかできた。けど、お父さんとお母さんまで不幸になって、大変なことになって……!」

 

「いや、それはほたるちゃんのせいじゃ……」

 

「私のせいだよ!私の周りでは、いつもこんなばかり……今まで所属していた芸能プロダクションが倒産したのも、そのせいで同じ事務所に所属していたアイドルの人達がデビューを諦めなきゃならなくなったのも……お父さんとお母さんが借金を背負うことになったのも、全部、私の不幸に巻き込まれたから!」

 

自他共に認めるほたるの不幸体質は今に始まったことではないが、自分自身が理不尽な不幸に見舞われることは勿論、自分と関わっただけの人間までもが酷い目に遭うのを目の当たりにする度に、傷ついてた。不幸に巻き込まれたと思っている人間達から「お前のせいだ」という言葉を聞いた時も、ほたるはその優しい性格故に全て自分の所為と信じて疑わず……常に自責の念に駆られていた。

 

「こうやってたくさんの人を不幸にして、苦しめるくらいなら……もういっそ、私なんて死んだ方が、良いんだよ……!」

 

そして、積もり積もった自責の念は、ほたるに自分自身の存在を否定し、死んでしまうべきなどという考えを定着させるに至ってしまった。

生きる意思が完全に消えた瞳で、自分等死んでしまった方が良いと呟くほたるに、巴と美穂、小梅は掛ける言葉が見つからず、黙り込んでしまった。鬼太郎と鬼童丸は、アイドル達の事情については部外者故に、何を言えば良いか分からず、同様に沈黙を貫くほかなかった。

ほたるを中心として、誰一人口を開くことのできない、重苦しい沈黙が廃屋に流れる。そんな中、最初に動き出したのは、茄子だった。ほたるの目の前まで移動し、虚空を見つめるほたるの絶望に染まった顔を見ると、

 

 

 

ほたるの頬を、思い切り張った――――――

 

 

 

『!!』

 

廃屋の中に響き渡った『パァンッ!』という音に、その場にいた全員が今度は別の理由で硬直してしまった。

ほたるもまた、頬に走る痺れるような痛みに、自暴自棄となった果てに呆然としていた意識が戻されていった。頬を張られて右を向いていた顔を正面に戻すと、そこには目に涙を浮かべながらほたるを見つめる茄子の顔があった。その瞳には、怒りと悲しみの色が宿っていた。

 

「“死んだ方が良い”なんて……そんなこと、言わないでください!」

 

「茄子、さん……」

 

涙ながらにほたるが先程口にした言葉を否定する茄子に、ほたるは先程のように自身の不幸を理由に死にたいと唱えることはできなかった。そんなほたるに対し、茄子は自身の思いのたけを告げていく。

 

「私、ほたるちゃんのこと、心から尊敬していたんですよ。今までどんなに不幸なことに見舞われていても、トップアイドルを目指して頑張ってきたって聞いて……夢を叶えるために直向きに努力してきたその姿を間近で見て……そんなほたるちゃんだったから、一緒にデビューできることになって、本当に嬉しかったんですよ……!」

 

茄子とほたるの二人が“ミス・フォーチュン”というユニットでデビューすることが決まった時。茄子が本当に喜んでいたのは、“デビューできたこと”ではなく、“ほたるとともにデビューできたこと”だった。不幸という名の逆境にもめげずに励み続けた姿と、その健気さは茄子には無いものであり、346プロで出会ったどのアイドルよりも眩しく輝いて見えていた。茄子が知る限りにおいて、誰よりもトップアイドルになる才能を持っていると思ったほたるとデビューできること。それは、茄子にとってアイドルとして何より誇りに思えることだったのだ。

だからこそ、茄子は許せなかった。トップアイドルになるという夢を追いかけるために、今までどのような不幸にも立ち向かってきたほたるが、死んでしまいたいなどと言って、何もかもを諦めてしまうことが――

 

「だから……ほたるちゃんは、死んでいい子なんかじゃないんです!そんなこと、絶対に言わないでくださいっ……!」

 

「茄子さん………………私……私、は……!」

 

茄子が紡ぐ心からの言葉に、ほたるの目から再び涙が溢れ出す。そんなほたるを茄子は優しく抱きしめた。

 

「ごめんなさい……茄子さん!ごめんなさい……!」

 

「悪いのは私もです。いつも一緒にいたのに……ほたるちゃんの苦しみに気付いてあげられなくて……本当に、ごめんなさい!」

 

「う、ううぅう……うわぁぁぁあああああ!!」

 

茄子の腕の中で、ほたるは赤ん坊に戻ったかのように大声で泣き叫び始めた。己の不幸に周囲を巻き込まないためには、もう死ぬしかない。それしか考えられない程に追い込まれていたほたるにとっては、茄子の心からの言葉は、何よりの救いだった。

それはまるで、茄子の太陽のように優しい心が、絶望という名の氷山を解かし、奥深く閉じ込められていたほたるという花に陽だまりの如き暖かさを与えているかのようだった―――――

 

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