都内某所のとある有名大学。日が完全に沈み、夜の闇が支配する構内の中。理工学物の教授室に、三つの人影があった。
「こ、これで良いんだな!?」
「はい。これで問題ありませんよ」
部屋の主である大学教授の男は、この部屋を訪れた男の一人――ねずみ男に対し、署名された契約書を差し出した。
「では、先生。よろしくお願いします」
ねずみ男が契約書を連れの男――金霊へ差し出した瞬間。金霊から放たれた黄金の光が、部屋の主である大学教授を包み込んだ。
「ひっ……うわぁぁぁああ!!」
大学教授の悲鳴が部屋の中にこだましたが、光が収まるのと同時に、それも消えた。光が止んだ後には、部屋の中にはガラガラと床に金塊が落ちる音、そして先程まで立ち尽くしていた大学教授が床にばたりと倒れて絶命する音が響いた。
「有名大学の教授が、株に手を出して借金して、挙句寿命全部金に変えられちまうとは、馬鹿な話だねぇ……」
呆れたように呟きながら、ねずみ男は床に落ちた金塊を手持ちのバッグへと詰めていった。取り立てるべき金塊を回収し終えたねずみ男と金霊は、構内を出て駐車場へと向かった。
「先生、早く次に行きましょう。早くしないと、鬼太郎達がやってきちまいますから――」
「もう来ているぞ」
本日二度目の、背後から投げ掛けられた言葉に、ねずみ男がビクリと震える。ねずみ男がおそるおそる振り向くと、そこには見慣れた子供の人影と、割と最近知り合った大柄な男性の人影があった。言うまでもなく、鬼太郎と鬼童丸である。
「鬼太郎!」
さらに、上空から二人以外の声が掛かる。見上げるとそこには、上空に浮かぶ一反もめんと、その背中に乗る五人の少女の姿があった。女性とはいえ流石に五人も乗せていると、安定しないのだろう。少々ふらつきながらも、一反もめんは地面へ降下し、地面へ下ろす。
「お前の奪ったほたるの寿命、返してもらうで!鬼童丸の兄ぃ、頼む!」
「任せとけ」
ねずみ男と金霊が立っているのは駐車場のド真ん中であり、廃屋の時のように目晦ましをしている間に車に乗り込んで逃げるなんてことはできそうにない。鬼太郎も鬼童丸も、金霊を逃がす気は言うまでもなく無い。
「せ、先生!お願いします!こいつらを叩きのめしちゃってくださいっ!」
腕っ節という意味では無力に等しいねずみ男にできることは、相棒の金霊を頼ることだった。そして、そんなねずみ男の懇願に対し……金霊は動き出した。
「我の邪魔をする者共よ……」
断じて許さぬぞ!!
今まで恵比寿のような細目だった目をカッと見開き、金霊が鬼太郎達にそう宣言すると童子に、その身から途轍もない妖力が迸った。金霊の体から能力の発動を示す黄金の光が放たれるとともに、人間と変わらない肌やその身に纏っていたスーツまでもが金一色に染まる。さらに異変は続き、金霊の体の表面に水に小石を投げ込んだ時のような波紋が生じる。波紋は体の至る場所から発生し、それまで形作られていた人としての姿は完全に崩れ、スライムのような流体と化す。黄金の流体はぬるりぬるりと震えるごとにその体積を増し、あっという言う間に高さ五メートルにまで達した。その後、流体は生き物のように蠢くと、新たな姿を形成した。二本足に二本の腕、頭を持つ人形となり、戦国武将が身に付ける鎧兜が武装として形作られ、両腕の部分の先端からは長大な戦国刀の切っ先が伸びていく。次の瞬間に現れたのは、全高五メートルに達する、両手に刀を構えた黄金の鎧武者だった。
『オオオォォォオオオ!!』
雄叫びにも似たこの世の生き物が発することのできない悍ましい声が響き、同時に鎧兜の目の部分に赤い光が宿る。
「来るぞ!」
極限まで高まった妖力を察知した鬼太郎が、そう告げると同時に、巨大な鎧武者と化した金霊が鬼太郎と鬼童丸目掛けて襲い掛かる。
「ぐぅっ……!」
その巨体に加え、全身黄金でできているとは思えない俊敏な動きで距離を詰めた金霊は、右手に握る刀を振りかぶる。鬼太郎と鬼童丸は左右に分かれてそれを回避したが、次の瞬間には高速で振り下ろされた長大な刀が、コンクリートの地面を一閃し、深い亀裂を生み出していた。
(なんて切れ味だ……!)
コンクリートどころか鋼鉄すらも容易に切り裂くであろう切れ味に、鬼太郎と鬼童丸は警戒心を強める。言うまでもなく、妖怪が食らっても致命傷になりかねない切れ味である。
「髪の毛針!」
針のように鋭く尖り、鋼のように硬質化した鬼太郎の髪の毛が、念力によって機関銃のように金霊目掛けて放たれる。巨体の鎧武者と化した金霊に無数の髪の毛針が命中するも、その黄金でできた肉体を貫くには至らず、表面に浅く刺さっただけで、まるでダメージを受けた様子は無かった。
「うおりゃあっ!」
金霊が髪の毛針を放った鬼太郎の方を向いた隙を突き、反対側にいた鬼童丸が金霊目掛けて跳び掛かる。鬼妖怪自慢の怪力を込めた拳の一撃を、その背中へと叩き込む。だが……
「何……っ!?」
コンクリートすら容易く打ち砕く鬼童丸の一撃は、金霊の背中に大きな凹みを作り、その巨体のバランスを崩してふらつかせたが、それだけだった。髪の毛針の時と同様、大したダメージを受けた様子を見せなかった。それどころか、鬼太郎と鬼童丸が付けた傷と凹みが瞬く間に消えてしまった。
「再生能力か!?」
「いや、違う。あの黄金製の鎧武者は人形に過ぎん。金霊人間から搾り取った寿命を黄金として貯え、姿も形も意のままに操ることができるんじゃ」
「厄介な……!どうすればいいんですか、父さん!」
「人形の中にある金霊の本体を叩かねば、あの鎧武者は何度でも立ち上がってくるぞ!」
「簡単に言ってくれるけどよ……!」
金霊が操る鎧武者は、全高五メートルの巨人である。刺しても叩いてもすぐに戻ってしまう黄金の肉体の中から本体を探し出すのは容易ではない。
『オオオォォオ!!』
「チッ……!」
そうこうしている間にも、金霊は次の攻撃のために動き出す。標的は鬼童丸で、左手に持った刀を水平に構え、先程の斬撃と同等の速度で刺突を繰り出す。
弾丸の如き速度で放たれた刺突を、今回も危なげなく避けた鬼童丸だったが、鬼童丸の背後に停めてあった車が貫かれる。
「これならどうだ!?……ハァッ!」
『ゴォォォオッ!?』
鬼童丸の口から、野球ボール大の鬼火が放たれる。鬼火は金霊が刺し貫いた車へと飛び、刺された箇所から漏れ出ていたガソリンへと引火し、大爆発を起こす。その衝撃により、金霊の巨体が後ろへと倒れ、地面に背中をつき、その拍子に両手に持った刀も離してしまった。
「霊毛ちゃんちゃんこ!!」
そこへさらに、鬼太郎が畳みかける。黄色と黒のちゃんちゃんこを脱ぐと、勢いよく振り回して、金霊目掛けて放つ。ちゃんちゃんこは五メートル四方にまで巨大化すると、金霊の体を覆い尽くす。
「破壊することができないなら、ちゃんちゃんこで妖力を吸い尽くすまでだ!」
幽霊族の祖先の霊毛で編まれたちゃんちゃんこには、包み込んだ妖怪の妖力を吸収し、消滅させる力がある。破壊不可能な黄金の肉体を持つ金霊といえども、妖力を失えば身動き一つ取れなくなる。
『オォォ……ォォオオオオオオオッッ!!』
「何っ!?」
だが、鬼太郎の思惑は外れ、金霊はちゃんちゃんこで全身を包まれた状態で立ち上がり、とんでもない怪力で自身を拘束するちゃんちゃんこを引き剝がし、地面に叩きつけた。
「金霊の妖力が強過ぎる!ちゃんちゃんこでも妖力を吸い切れぬ!」
五メートルの巨体を持つことからも分かるように、金霊は封印を解かれて以降、相当な数の人間から寿命を奪い取って自らの力にしている。加えて、現代社会を生きる闇金融業者達のもとを渡り歩いたことで、その欲望に中てられて力を増しているのだ。
「やっぱり本体を叩かねえとならねえみたいだな」
「なら……これでどうだ!」
鬼太郎の体に妖力が滾り、同時に鬼太郎の頭のあたりからバチ、バチと電気が迸り始める。同時に右手を金霊に向けて突き出す。
「体内電気!!」
次の瞬間、鬼太郎の右の掌から極太の電撃が放たれる。電撃は金霊を直撃し、鎧武者の全身を包み込み、まるで落雷が発生したかのような轟音の閃光が周囲に溢れる。
「流石じゃ!電撃ならば、破壊することの叶わぬ黄金の体であろうと、本体にまで届く!」
金は優れた電気伝導率を持つ元素である。黄金でできた肉体に電撃を受けたならば、たちまち電撃は全身を駆け巡り、体内のどこかにある金霊の本体にまで届くことは間違いない。
これで金霊も一巻の終わりだと……誰もがそう思った。
『オォ、オオォォォオオオオ!!』
「な、何っ!」
「効いてねえだと!?どうなってやがる!」
電撃を受けた金霊は、雄叫びとともに妖力を迸らせ、鬼太郎に浴びせられていた電撃を腕を振るって消滅させた。
黄金の鎧兜の身でありながら、どうやって鬼太郎の体内電気を防いだのか。鬼太郎と鬼童丸も分からなかったその疑問は、すぐに氷解した。
電撃が止んだ中、金霊が動き出そうと片足を上げる。その時、ズボッという音とともに足の裏から伸びる幾本もの突起が見えたのだ。
「成程な……あのスパイクでコンクリートの地面をブチ抜いて、電流を逃がすためのアースにしていたってワケか」
「体内電気も通用しないなんて……!」
物理攻撃が通用しないだけでなく、電撃も防がれてしまう。反則級とも呼べる金霊の肉体を前に、鬼太郎は打つ手が無くなってしまった。
「鬼童丸、何とかならないか?」
「何とかねえ……まあ、手が無いことも無いがなぁ……」
『オオオォォオッ!!』
手から離れた刀を拾い上げ、襲い掛かってくる金霊を相手しながら、鬼太郎と鬼童丸。鬼童丸はまだ打つ手があるようだったが、乗り気では無いようだった。その理由を、金霊の斬撃を回避しながら説明する。
「最大出力で鬼火をぶっ放せば、金霊の本体を鎧諸共蒸発させて倒せるんだが……その場合は、辺り一帯が火の海になっちまうんだよな……」
「それは拙いな……」
鬼童丸の言う最大出力の鬼火がどのようなものかは、鬼太郎も身をもって知っている。酒吞童子と戦った際、鬼太郎と仲間の妖怪達全員を一撃で戦闘不能に追いやったそれは、後日、酒吞童子本人から聞かされた話によれば、鬼太郎達を消炭にしないように加減されていたという。それを全力放てば、金霊を鎧諸共に消滅させることは可能だろうが、今戦っている大学をはじめ、周囲の建物はそれに巻き込まれて全焼し、小梅や美穂をはじめとした多くの人間が焼死することは間違いない。鬼童丸の鬼火は、文字通りの最終手段である。
あらゆる力の通用しない金霊の黄金製の肉体を前に、為す術の無い鬼太郎と鬼童丸は、金霊の操る鎧が振り回す刀を避け続けるしかなかった。
「どうしよう……鬼太郎さん、このままじゃ負けちゃうよ!」
「鬼童丸の兄ぃでも、どうにもできんのかい!」
戦場となっている駐車場の片隅に身を潜め、鬼太郎と鬼童丸が劣勢に立たされている様子を見ていたアイドル達は、顔を青くしていた。鬼太郎達が金霊を倒せなければ、風前の灯となっているほたるの命はいよいよ危ない。
「父さん!一体、どうすれば……!」
「金霊本体を叩くには、その鎧を除かねばならん。刺すこと叩くことのみならず、電気も通じぬとなれば……“溶かす”ほかあるまい」
金霊が目にも止まらぬ速さで振り翳す刀を紙一重で避ける鬼太郎と、その髪の毛の中にいる目玉おやじとのやり取りが、小梅や美穂がいる場所まで届いてくる。金霊の鎧をどうにかする手段に心当たりがあるらしい目玉おやじの“溶かす”という言葉に、鬼太郎だけでなく、それを聞いていたアイドル達も内心で疑問符を浮かべた。
「溶かす……一体、どうすれば?」
「“王水”じゃ。金をも溶かす酸に妖力を込めれば、金霊の鎧すらも溶かすことができる。そうすれば、本体を曝け出すことができる筈じゃ」
王水とは、濃塩酸と濃硝酸を3:1のモル比で混合してできる溶液である。多くの金属を溶解できることから、錬金術師によって王の名を付けられたの溶液は、金霊の肉体を構成している金すらも溶かすことができる。
無論、単純に体表に垂らしただけでは大した効果は無いだろうが、妖力を込めて威力を増強すれば、金霊にも十分対抗できる筈。それが目玉おやじの見立てだった。
「王水……それがあれば、どうにかできるんですね……!」
「えっ……茄子さん!?」
そんな起死回生の手掛かりを耳にしたアイドルの中で、真っ先に動きだしたのは、茄子だった。駐車場の物陰を飛び出した茄子は、大学の構内へと駆け込んでいく。その後ろ姿を、他の四人も追いかけていった。
「茄子さん!どうするんですか!?」
「王水がある場所……知ってるの?」
大学構内を走りながら小梅が投げ掛けた問いに、先頭を走る茄子は頷いた。
「ここ、私が通っている大学なんです!理工学部の研究棟に行けば、多分見つかる筈です!」
「そうやったんか……なら、早う見つけんとな!」
幸いなことに、大学の研究棟に入るための出入口は施錠されておらず、茄子達は問題無く入ることができた。そして、茄子が知る理工学部教授が詰めている研究室の隣にある、薬品を保存している研究室へと入っていく。
「ここが研究室です!」
「けど、運が良かったよね。鍵がどこも閉まっていないなんて……」
「それが私の取柄ですから!」
彼女等が知る由も無い事だが、ねずみ男と金霊が借金の取立に訪れた大学教授こそが、この研究室の管理者だったのだ。故に夜遅くにも関わらず出入口は施錠されておらず、ここまで容易に至ることができたのだ。
しかし、経緯はどうあれ、何の障害にも阻まれずにここまで辿り着けたのは、茄子自身が言う通り、生まれついての幸運体質故と言えるのだろう。
「よっしゃ!あとは王水を探し出すだけやな!」
「けど、こんなにたくさんの薬品の中から、どうやって見つけ出せば……」
壁一面に並んだ薬品の保存棚を見渡し、途方に暮れる美穂。小梅とほたるも同様で、どこをどう探せば良いのか検討もつかない。
「手あたり次第に探すしかないやろ!急ぐで!」
「ありました!」
「早っ!」
巴が先陣を切って王水探しのために棚のガラス戸を開こうとしたのだが、その前に茄子が王水発見の声を上げた。茄子が最初に開いた棚の中から取り出した褐色瓶には、確かに“王水”の二文字が表示されていた。
「一発で見つけちゃうなんて……」
「茄子さん、凄過ぎです……」
茄子の奇跡に等しい幸運体質に呆然とした様子で呟く美穂とほたるだが、今はそれどころではない。
「早く鬼太郎さん達のところに!」
目的の物を見つけ出した五人は、研究室の出入口から外へ出ると、今も鬼太郎達が金霊と戦っている駐車場へと引き返していった。
『オオォォオオオ!』
「くっ……髪の毛針!」
両手の刀を縦横無尽に振るって襲い掛かってくる金霊に対し、髪の毛針を撃ち込む鬼太郎だが、先程と同様に針は鎧を貫通すること適わず、焼け石に水に等しい状態だった。
「クソッ!こうなりゃ仕方ねえ。親父や茨木姐さんを呼んで、どうにか捕獲するぞ」
「鬼太郎、止むを得ん。わし等もねこ娘達に増援を要請するんじゃ!」
「くっ……分かりました、父さん!一反もめん、頼む!」
「コットン承知!」
この場で退治することは不可能と判断した鬼童丸は、鬼太郎とともに増援として仲間達を呼ぼうとする。捕獲さえしてしまえば、金霊の本体を黄金製の肉体を切り開いて本体を引き摺り出すのも容易になる筈。
「そうはさせねえぜ!食らいやがれ!」
「ねずみ男!?」
援軍要請をしようとしていた二人だったが、それを阻むために、それまで物陰に隠れていたねずみ男が動き出す。戦場へと躍り出たねずみ男は、鬼太郎と鬼童丸に向けて尻を向ける。そして、腹に力を入れていきむと、盛大な音と共に猛烈な勢いで屁を放った。
「ぐぐっ……!」
「臭ぇっ……!」
「臭いか~……!」
ねずみ男が放つ屁には、まともに吸引すれば人間を心停止に追いやることもある程の殺人的な悪臭がある。この悪臭は妖怪相手でも効果があり、即死はせずとも失神に至るケースも珍しくはない。その悪臭に中てられ、仲間を呼ぶために飛ぼうとした一反もめんは墜落。鬼太郎と鬼童丸も、金霊とねずみ男から距離を取らざるを得なくなった。
「先生、ここは逃げましょう!」
「この……待ちやがれ!」
屁の悪臭で鬼太郎達を足止めし、撤退を試みるねずみ男。金霊は金塊の肉体を持つ妖怪故に、ねずみ男の屁は効果が無いようで、強烈な悪臭が立ち込める中でも普通に動いていた。
鬼童丸は鬼火を放って屁に引火させ、辺り一体を爆破しようかと思案したが、爆発が起これば煙が立ち込み、さらに敵が逃げやすくなると考え、動きを止めた。しかし、このままでは本当に逃げられてしまう。一体どうしたものかと逡巡した、その時。
「鬼太郎さん!」
鬼太郎と鬼童丸の後ろから、茄子を先頭にアイドル達が駆けつけてきた。
「鬼太郎さん、これを!」
「これは……“王水”!?」
「大学の研究室から取ってきました!」
「よくやってくれた!これで金霊を何とかできるわい!」
「だが、どうやって奴にこれを浴びせるんだ?このままじゃ近付けねえぞ」
金霊の鎧を除くための武器が手に入った。だが、金霊はねずみ男が放った屁の向こう側にいるため、接近は未だ不可能。金霊の懐へどうやって潜り込むべきかと思考を走らせようとした鬼太郎と鬼童丸だったが、その必要は無くなった。
茄子が駆け付けてきた途端、駐車場の中に唐突に強風が吹いた。風は駐車場に立ち込めていたねずみ男の屁を吹き飛ばし、瞬く間に霧散させた。
「しめた!これで金霊への道が開けたぜ!」
「何っ!こうなったら、もう一発……!」
「霊毛ちゃんちゃんこ!」
「むごっ!?」
再度の放屁をかまして鬼太郎達を文字通り煙に巻こうとしたねずみ男だったが、鬼太郎はそれを見逃さない。ちゃんちゃんこを飛ばして、ねずみ男を簀巻きにして動きを封じる。
「よし、俺が行く!寄越しな!」
「はいっ!」
茄子から王水の入った褐色瓶を受け取った鬼童丸は、褐色瓶の蓋を外すと……その中に入っていた王水を、一気に飲み干した。その突然の奇行に絶句するアイドル達を余所に、鬼童丸は金霊目掛けて走り出した。
『オォォオオオッ!』
「させるかよ。ブフッ!」
金霊が右手に持つ刀を振り上げたのを見た鬼童丸は、口を窄めると、先程飲み干した王水を金霊目掛けて吹きかけた。まるで、時代劇等で見られる、消毒のために吹きかける焼酎のように勢いよく吹きかけられたそれは、金霊の右腕の肘に付着した。
『オ、オォオオッ……!?』
「鎧武者の腕が、溶けてる……!?」
金霊の腕に付着した王水は、瞬く間に金霊の腕を腐食させていく。そして、数秒後には金霊の右腕は腐食した肘の部分が折れ、地面へ落ちた。
「目玉おやじさん、あれって……」
「鬼童丸が飲み干した王水に胃の中で妖力を混ぜ込んだ状態で、口から吹きかけたのじゃ」
金を溶解させる王水に、最強クラスの鬼妖怪である鬼童丸の妖力が込められているのだ。如何に金霊の黄金の肉体が強靭であっても、溶解させるには十分な威力が宿っているのだ。
『オ、ォオオッ!』
「おっと!そら、もう一丁!ブフッ!」
右腕を失っても尚、抵抗を続ける金霊は、今度は左手に持った刀を突き出そうとしてくる。鬼童丸は難なく回避すると、今度は左腕の肘に王水を吹きかけた。右腕同様、左腕も瞬く間に腐食し、刀を突き出した勢いに耐え切れずに折れた。
『ゴ、オォオ……ォォオオオオッ!』
「逃がすかよ!ブフッ!ブフッ!」
王水攻撃に為す術が無くなった金霊は逃亡を図るものの、当然、鬼童丸は見逃さない。今度は金霊の両膝へと王水を吹きかけ、両足がバキリと折れる。
『オ、オォ、オオオ……』
「これで止めだ!ブフッッ!!」
両手両足を失って動けなくなっていた金霊の胴体目掛けて、鬼童丸は胃の中に残っていた王水全てを吹きかける。金霊の胴体はその原型を止めない程にドロドロに溶け出す。そして、その中から直径三十センチメートル程の、10円玉を彷彿させる銅板が浮かび上がってきた。
「あれこそが金霊の本体じゃ!鬼太郎!」
「はい、父さん!」
金霊の本体が出てきたこの瞬間を逃す手は無い。目玉おやじの言葉に従い、鬼太郎は金霊に引導を渡すべく指をピストルのように構えて金霊の本体たる銅板へ向けた。
「指鉄砲!!」
鬼太郎の指から放たれた青白い光弾は、金霊の本体へと真っ直ぐ飛来し、銅板の中央を撃ち貫いて大穴を開けた。その大穴から銅板全体に罅が入っていき、次の瞬間には完全に砕け散り、後には金霊の妖怪としての本体たる青白い魂の炎が浮かぶのみだった。
それと同時に、ある異変が起こった。金霊が魂だけの存在となった途端、辺りに落ちていた金霊の残骸からも、金霊の魂と同色の、青白い炎が浮かび上がっていく。
「父さん、これは……」
「金霊が人間から搾り取った寿命じゃな。金霊が倒されたことで、換金されていた寿命が、搾り取られた人間の内、生きている者達のもとに戻ろうとしているのじゃ」
金霊の残骸から浮かび上がった幾つもの青白い光は、夜空へと幾条もの光の線を描き、寿命を搾り取られた人間のもとを目指して、四方八方へと飛んでいく。光が飛び出した部分の金塊は、土塊と化していた。今頃は、同様の現象が、ねずみ男の顧客である闇金融業者が金塊を保管している金庫の中でも起こっていることだろう。
そして、それは借金の取立に応じていたほたるの身にも起こっていた。金霊の残骸と、ねずみ男と金霊が移動兼金塊運搬用に使用していた車から浮かび上がった青白い光が、ほたるのもとへと向かっていく。光はほたるの身に触れると、そのまま溶けるようにほたるの体に吸い込まれていった。
「茄子さん……」
「良かった……ほたるちゃん……本当に、良かった……!」
「ほたる……ったく、心配かけよって……!」
失われたほたるの寿命が戻ったことに安堵した茄子は、目に涙を浮かべながらほたるを抱き締めた。ほたるもまた、涙を流しながら茄子のことを抱き締める。その様子を、巴と美穂、小梅も涙ながらに見守っていた。
ほたるが抱えている多額の借金問題は、解決したわけではない。それでも今は、大切な人が生きていること、自分自身が確かに生きていることの喜びを、強く噛み締めていた。