ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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長らくお待たせいたしました。
後編が長引いたので、2話に分割しました。


闇に飲まれよ!恐怖のアイドル百物語 ③

「ぐかー、ぐかー……」

 

 都心を外れた郊外にある、とある廃屋の中。埃塗れの畳の上で、高鼾をかきながら昼寝している男がいた。汚らしい廃屋と同化するかのような、鼠色のローブのような布一枚を身に纏った、ひょろ長い顔に鼠のような髭を生やしたこの男の名前は、『ねずみ男』。日本一不潔な男として知られる妖怪である。主にゴミ捨て場の食べ物を漁ることを目的として、頻繁に人間の街へ赴くこの男は、こうして人気の無い廃屋を宿代わりに使って寝泊まりをしているのだった。

 不法投棄された廃棄物に半ば埋もれているこの廃屋は悪臭も酷く、不衛生極まりない。しかも、事故死や自殺の噂が絶えない事故物件であると同時に、そういった人間の霊が出没する心霊物件なのだ。それゆえに、こういった場所をたまり場とする不良や浮浪者も滅多に寄り付くことがなかった。だが、日本一の不潔さで知られるねずみ男には、どこ吹く風。妖怪であるこの男には、心霊物件に対する恐怖などある筈もなかった。

 そんな文字通りの意味で鼻つまみ者であるねずみ男の元を訪れる、珍しい来客があった。

 

「見つけたわよ、ねずみ男!」

 

「ぐかっ……ね、ねこ娘っ!?」

 

 廃屋の扉を乱暴に開けて入ってきたのは、クールなイメージの強い、猫を彷彿させる顔立ちの美少女だった。ハイヒールを履いているが、それ抜きでも百七十センチに相当するであろう長身で、長い髪を頭の後ろでリボンによってシニヨンにしてまとめている。この少女は、妖怪『ねこ娘』。ねずみ男の知り合いであり、文字通りの天敵ともいえる存在である。

 

「全く……相変わらず汚い所で寝泊まりしてるわね……」

 

「な、なんなんだよ一体!?いきなり押しかけてきたかと思ったら、いきなり嫌味かよ!」

 

 辺りを包む悪臭とねずみ男の体臭とに顔を顰めながら口元を覆いながら口にした文句に、ねずみ男が抗議する。傍から見れば、何の前触れもなくいきなり現れたねこ娘の方が非常識に見えるが、ねずみ男もねずみ男で廃屋への不法侵入を犯して寝泊まりしているのだから、大概である。

 ともあれ、ねこ娘としてはねずみ男に色々と言いたいことはあるが、今はそれよりも優先すべきことがある。ねこ娘は早々に本題に入ることにした。

 

「鬼太郎から応援の要請が来たわ。手強い妖怪を相手するから、戦うための場所を確保する必要があるの。あんた、そういう場所に詳しいでしょ?案内しなさい」

 

「はぁっ!?何で俺がそんなことしなきゃなんねえんだよ……」

 

 ねこ娘の協力要請に対し、思い切り文句を垂れるねずみ男。ねこ娘の言うように、ねずみ男は日ごろから廃屋を寝泊まりする場所に利用しており、都内に存在するあらゆる廃屋を知り尽くしていると言っても過言ではない。妖怪との戦闘に向いたスペースのある廃屋の一つや二つ、紹介するのは難しくない。

 だが、極度の物臭で、自身の得にならないことなど一切やりたがらないのが、ねずみ男なのだ。故に、ねこ娘の要請に対しても、思い切り面倒くさそうにしていた。

 

「あんた、日ごろから鬼太郎やあたし達に随分と迷惑を掛けてんでしょうが……こういう時くらい、少しは協力しなさいよ」

 

「はんっ!そんな一銭の得にもならねえこと、ゴメンだね~!」

 

 言葉通り、協力する気ゼロの態度でフン、と顔を背けるねずみ男。そのまま畳の上で再び横になり、昼寝を再開しようとした。だが、ねずみ男が寝返りを打とうとした途端。凄まじい殺気とともに、ねずみ男の顔のすぐ側を、何かが恐ろしいスピードで横切った。その後には、ねずみ男の長い髭四本がはらはらと畳の上に落ちた。

 

「協力、してくれるわよね?」

 

 振り向くと、そこには鋭い爪を伸ばしたねこ娘が、それはそれは良い笑顔で立っていた。殺気を滲ませながら発せられたその要求に、ねずみ男はただ頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ここじゃな。ねこ娘が言っていた場所は」

 

「間違いありません、父さん」

 

 鬼太郎がアイドル達との邂逅を果たし、アイドル失踪事件の元凶たる青行燈退治の方針を立てた翌日の夕方。蘭子をはじめ、関係者となったアイドル四人を連れた鬼太郎は、都心を外れた場所にある廃墟を訪れていた。

 廃墟の建物は音楽堂のような大きい建物だった。かつては自治体の管理下にあった建物らしいが、取り壊すのには相当な資金を要することから放置されていた。表には『立入禁止』の看板が入口に立て掛けられており、今では浮浪者や不良の溜まり場と化していた。

 

「ほ、本当にこんなところに入るんですか……?」

 

「ウム。青行燈は、灯りのある場所に結界を張り、姿を現す。美穂ちゃんが見た、部屋を覆った青白い光は、奴の妖力によるものなのじゃ。それに、奴と戦うには、それなりに広い場所が必要じゃ。周りに被害を出さないことをはじめ、全ての条件を満たす場所としては、ここが一番じゃ」

 

「闇に潜む怪異は光を嫌うと相場が決まっているが……奴だけは、例外か。真なる闇とは、本当は光の中に潜んでいるのかもしれないな」

 

「無理無理無理!こんなところ入れない!」

 

「これから凶悪な妖怪を呼び出すんだから、建物に怖がっている場合じゃないだろう。早く中へ入るぞ」

 

 意味深で中二病的な言動をしている飛鳥の言動をよそに、鬼太郎は美穂と蘭子に対して容赦なく正論を口にした。そもそも、妖怪の力を借りて妖怪を退治しようというのだから、怖がること自体が今更なのだ。

 

「既に皆、中で待っておるのじゃ。早く行くぞ」

 

「この先にあるのは、闇への扉……ボク達はそれを開け放ち、運命を賭した戦いに身を委ねることになる。こんなところで、足踏みしている場合じゃないぞ、蘭子」

 

「蘭子ちゃん……行こう?」

 

 目玉おやじと飛鳥、そして小梅に促され、渋々立入禁止となっている廃墟へと入っていく蘭子と美穂。二人は寄り添い合って震えながら足を踏み入れていたが、飛鳥はこの状況下においても全くブレない佇まいで、小梅は皆を勇気づけるためなのか、どこか喜色を浮かべていた。

 

 

 

「鬼太郎、遅いわよ!」

 

「おお、ようやっと到着したか!」

 

 廃墟の公会堂の中。蝋燭の灯り――鬼太郎たちが設置したのだろう――で照らされたステージへと向かった鬼太郎とアイドル達を待っていたのは、四人の妖怪だった。猫を思わせる長身の美少女と、紫の着物を纏った白髪の老婆と、青色の腹掛けと蓑を身に着けた禿頭の老人と、汚らしいローブのような布を纏った鼠のような顔をした男。そしてその後ろには、手足の生えた、巨大な四角形の巨大な壁のような妖怪が立っていた。

 全員バラバラな容姿をした妖怪達。しかし、飛鳥と美穂、小梅には、この四人が何者なのかがすぐに分かった。

 

「もしかしてこの人達って、鬼太郎さんの仲間の……」

 

「ねこ娘に砂かけ婆、子泣き爺、ねずみ男、それに、ぬりかべ……だな。容姿も特徴も、全てネットに載っていた通りだ」

 

「よ、妖怪……!?」

 

 鬼太郎と目玉おやじ、一反もめんを間近で見たことと、ネットで予め情報を得ていたお陰だろう。ぬりかべというインパクトの強い妖怪がいたにも関わらず、美穂と飛鳥は大して驚くことは無かった。むしろ、鬼太郎の仲間であると分かったことで、安心したのである。小梅に至っては鬼太郎の仲間に会えたことで感激していた。しかし、蘭子だけは、相変わらず妖怪が苦手なようで、小梅の背中にしがみつきながら震えていた。そんなアイドル四人から向けられてくる好奇や恐怖が籠った視線を鬱陶しく思ったのか、ねこ娘の表情が不機嫌になる。

 

「……何よ、人のことジロジロ見て。特にそこの銀髪の子、嫌な感じ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「これ、ねこ娘。あまり子供を苛めるでない。今時の子供は妖怪に会うことなぞ、滅多に無いのじゃから、大目に見てやらんかい」

 

「そうじゃ、そうじゃ。それにこれから、妖怪退治といくのじゃ。気付けに酒も、大目に見ても……」

 

「阿呆か!お主のそれは、明らかに気付けの量を越しておるじゃろうが!」

 

「どうでもいいけどよぉ、早く帰らしてくれねえかなぁ~……」

 

「ぬり~」

 

 ねこ娘を嗜めようとする砂かけ婆だったが、それに便乗して、子泣き爺は未だに酒を飲み続けようとして、お馴染みの制裁を受けていた。そんな騒がしい三人をよそに、ねずみ男はやる気ゼロと分かる態度でステージの端で寝そべり、不貞寝を決め込もうとしているのだった。ぬりかべは一人、その様子を眺めるのみだった。そんな四者の様子を傍目で見ていた鬼太郎と目玉おやじは、何百年も同じ光景を見てきただけに、呆れの視線を向けるのだった。

 その一方、鬼太郎の後ろに立っていたアイドル四人はといえば、鬼太郎を含めた個性の強い妖怪達のやりとりに、親近感に近いものを感じていた。346プロのアイドル達は、スカウトされた小中高生や大学生以外に、モデルや読者モデルをはじめ、OL、アナウンサー、婦警、看護士といった異色の経歴を持つ人間が多い。そして、そういった人間は決まって強烈な個性の持ち主だった。そんなアイドル達の日常というものは、今まさに鬼太郎の仲間達のやりとりそのものだった。

 

「そういえば……一反もめんさんは?」

 

「ああ、あいつなら……」

 

「鬼太郎~!」

 

 この場に姿が見えなかった一反もめんの行方について尋ねる小梅に対し、鬼太郎が答えようとした時だった。噂をしていた一反もめんが、ステージの天井からひらひらと降下してきた。その手には、何かを抱えていた。

 

「鬼太郎!言われた通り、夜行さんから借りてきたぞ!」

 

「ありがとう、一反もめん。皆、ちょっと集まってくれ」

 

 鬼太郎に呼ばれ、ステージの中心へと集まっていく妖怪たち。一反もめんの傍まで来ると、その手に抱えていた何かを受け取っていた。

 

「鬼太郎さん、それは?」

 

「青行燈を退治するために必須の道具だ」

 

 美穂の問い掛けに対し、鬼太郎はそう答えた。鬼太郎やその仲間達が一反もめんから受け取っていたのは、人間界にも流通しているごくありふれた道具――懐中電灯に酷似したものだった。だが、妖怪退治のために持ってきたものである以上、通常の懐中電灯には無い、何かがあるのだろうと美穂達は思った。

 

「これで準備は整った。それじゃあ、そろそろ始めるぞ」

 

 鬼太郎の指示に従い、ステージを包囲するように四方別々の場所の配置につく妖怪たち。ステージ中央には、鬼太郎とアイドル四人が残される形となった。

 

「作戦を始めるぞ。まずは、蘭子だ。飛鳥に対して「闇に飲まれよ!」と宣言してもらうぞ」

 

 鬼太郎の言葉に対し、飛鳥は決意の籠った表情で頷く。美穂と小梅も、緊張に満ちた面持ちでその様子を見ていた。だが、蘭子は、

 

「駄目……できない……!」

 

 作戦開始を告げる宣言を――「闇に飲まれよ!」を飛鳥に対して口にできずにいた。退治すべき妖怪たる青行燈を呼び出すためとはいえ、かけがえのない親友の飛鳥を危険に晒すことには、抗い難い抵抗があった。傍から見れば、この期に及んでと呆れられるかもしれないが、怖気づいて動けなくなるのも、無理も無い話だった。「できない」、「無理」とだけ口にしながら首を横に振り、俯いて肩を抱いてその場に蹲ってしまう蘭子の姿に、鬼太郎はどうしたものかと途方に暮れ、美穂と小梅も掛ける言葉が見つからず、心配そうな視線を向けることしかできなかった。

 

「蘭子、大丈夫だ」

 

 そんな蘭子に声を掛けたのは、今回の作戦において危険な囮役を自ら買って出た飛鳥だった。ステージに膝を突いて、蘭子と視線を合わせると、その肩に手を置いて安心させるように話し掛けた。

 

「ボクは絶対に消えない。君の物語がボク無くして始まらないように……ボクの物語もまた、君無くして始まらない。そして、ボクは君と共有する世界を諦めるつもりは無い。必ずまた、君と再び同じ世界(ステージ)に立つ。この約束を果たすためならば、譬えこの先にどれ程の深い闇が待ち受けていたとしても、必ず乗り越えて見せる。それが、ボクが自らに課した存在意義(レゾンデートル)だ」

 

「飛鳥ちゃん……」

 

「だから、唱えて欲しい。ボクを闇へ落すための呪詛としてではなく……次の物語へ続く(ページ)を開くための挑戦として」

 

 非常に抽象的な言い回しで、当事者間でしか意味の分からないやりとりだったが、飛鳥が蘭子の不安を取り除こうとしていたことだけは分かった。そして、飛鳥が蘭子を信じているように、蘭子もまた飛鳥のことを心から信じていることを――

 そして、飛鳥の説得による効果があったのか、蘭子の震えは止まり、蹲った状態から立ち上がるまでに持ち直していた。まだ不安や恐怖が抜けきったようには見えなかったが、先程までの状態よりは遥かにマシになっていた。

 

「鬼太郎、待たせて済まない。今度こそ準備はできた」

 

「ああ、分かった。頼んだぞ」

 

 蘭子がどうにか立ち直ることができたところで、作戦は再開される。蘭子は先程よりは毅然とした態度で飛鳥の方を向く。飛鳥もまた、真剣な表情で蘭子と向き合う。互いを見つめるその目には、深い信頼があった。

 互いの決意を視線で確かめ合うと、蘭子は息を深く吸った。そして、自身にとって馴染み深い、挨拶として用いていることばを口にする。

 

 

 

「闇に……飲まれよ!」

 

 

 

 蘭子の声が、廃墟のステージに響き渡った途端。異変は、すぐに起こった。

 まず、ステージ周辺に設置されていた蝋燭の灯り全てが風も吹いていないのに掻き消え、辺りが黒一色の闇に包まれた。そして、その直後――辺りは青白い光で包まれた。壊れて動かなくなっていた筈の照明機器が作動し、青白い不気味な光を放っているのだ。

 

「来たぞ……青行燈だ!」

 

 鬼太郎の髪の毛が一本、針のように真っ直ぐ垂直に逆立つ。鬼太郎の妖怪アンテナが、青行燈の妖力を察知したのだ。そして、鬼太郎の言葉に皆が身構える中、次に異変が起こったのは、ステージの中央に立つ蘭子の背後の影だった。ステージの床に広がる影が水面のように揺らぎ、底無し沼のような暗闇から、何かが音もなくせり上がってきたのだ。

 

「蘭子!」

 

「えっ……!」

 

 自身の背後で起こっている怪現象に気付いていなかった蘭子だが、飛鳥に手を引かれ、影から距離を置く。影から姿を現そうとしている黒い何かを視認した途端、蘭子は小さな悲鳴を上げて飛鳥にしがみ付いた。

 ステージにできた沼のような影から浮上した黒い何かは、三メートルにも及ぶ長身をその場に現した。そして、ステージ上に姿を見せた得体の知れない何かが纏っていた暗闇は、ステージを照らす青白い光によって霧散していく。その後に現れたのは、青白い光に照らされた、白い着物をまとった鬼女――青行燈だった。

 

「これで十三人目……最後の生贄、か」

 

 廃墟となった公会堂のステージ上に現れた青行燈は、その双眸を飛鳥へ向けた。対する飛鳥は、青行燈の姿と出現方法に恐怖を禁じ得なかったのか、その頬に冷や汗を垂らしていた。表面上は冷静に見えるが、足元は後ろにしがみついている蘭子同様震えている。そんな飛鳥に対し、青行燈はその手を伸ばそうとするも……その行く手を鬼太郎が阻んだ。

 

「そこまでだ、青行燈」

 

「ゲゲゲの鬼太郎か……あくまでも我の邪魔をするか」

 

「お前を魔王として現世に復活させるわけにはいかない。お前が生贄として攫ったアイドル達も、全員返してもらうぞ」

 

「愚かな。貴様に我が止められるものか……!」

 

「飛鳥ちゃんと蘭子ちゃんは、あとは鬼太郎に任せて後ろにさがっているんじゃ」

 

「逃さん!」

 

 その言葉が、戦闘開始の合図となった。飛鳥と蘭子がステージの舞台袖にて待つ美穂と小梅のもとへと退避する中、青行燈は自身の周囲に六個の鬼火を発生させると、目の前の鬼太郎目掛けてそれらを放った。

 

「霊毛ちゃんちゃんこ!」

 

 繰り出される六個の鬼火に対し、鬼太郎は前回の戦闘と同様、霊毛ちゃんちゃんこを振るってこれらを叩き落とす。正面から繰り出された鬼火二つは、ちゃんちゃんこに触れた途端に霧散した。残り四個の鬼火は、左右に二個ずつ分かれて鬼太郎を挟撃する。ちゃんちゃんこを振るったばかりの鬼太郎では対応できないタイミングでの攻撃だった。

 

「この程度で!」

 

 だが、鬼太郎にとっては対処が難しい不意打ちではない。鬼太郎は振りかぶった霊毛ちゃんちゃんこへ妖力を送り、その形状を手ぬぐいのように細長く変化させた。鬼太郎の意思に従い、蛇のように素早くしなやかに動くちゃんちゃんこは、鬼太郎の周囲をとぐろを巻くように旋回して鬼火四個を貫き消した。

 

「今度はこっちの番だ!リモコン下駄!」

 

 反撃とばかりに、鬼太郎が青行燈目掛けてリモコン下駄を繰り出す。対する青行燈は、自身に迫る攻撃を前に棒立ちのまま身構えずにいた。

 

「無駄だ。我にそのような攻撃は効かぬ……」

 

 実体を持たない青行燈には、一切の攻撃が通用しない。前の戦いでもそうだったように、鬼太郎の攻撃は青行燈の実体なき肉体をすり抜ける筈だった。だが、

 

「グゴォオッ……!?」

 

 鬼太郎の放ったリモコン下駄は、実体が無い筈の青行燈の頭部に直撃した。青行燈にとっても、この事態は予想外だったらしい。頭部を襲う衝撃によろめき、態勢を即座には立てられずにいた。

 

「馬鹿な……何、が……!?」

 

「髪の毛針!」

 

 そんな青行燈目掛けて、鬼太郎はさらに畳みかけていく。鬼太郎の放った髪の毛針は、その命中した全てが青行燈の身体に突き刺さった。

 

「お、おのれ……嘗めるなぁあ!」

 

 髪の毛針を浴びせて来る鬼太郎に対し、青行燈は口から火炎放射のように鬼火を吐き出す。鬼太郎は横へ跳んでこれを回避する。だが、青行燈の敵は鬼太郎だけではない。

 

「ニャァァアアッ!」

 

 青行燈の背後へと、鋭い爪を伸ばしたねこ娘が飛び掛かる。両手で繰り出す合計十条の斬撃が、青行燈の背中を切り裂いた。

 

「ぐぬぅっ……!ちょこまかと!」

 

 背中に引っ掻き攻撃を浴びせられ、膝を突いた青行燈は、ねこ娘を捕らえるべく、伸縮自在の左腕を伸ばす。

 

「させんばい!」

 

 そこへ割って入ったのは、一反もめん。伸長する青行燈の左腕に絡み付き、その動きを阻害した。さらにここで、砂かけ婆が動き出す。

 

「食らえ、砂かけ!」

 

「ぐぬぅぅうう……!」

 

 砂かけ婆の砂による目潰しを受けて怯む青行燈。しかし、ねこ娘、一反もめんに続く連携攻撃は、これだけでは終わらない。

 

「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

「!?」

 

 ステージの天井から突如響き渡る、赤ん坊のような泣き声。身に迫る危険を察知した青行燈は、この場にいたままでは拙いと考え、目潰しされてよく見えない視界の中で動こうとする。だが、完全に避け切るには初動が遅すぎた。

 

「ぐがぁあっ……!」

 

 回避行動に走ろうとしていた青行燈の足に、突如として尋常ではない加重が、ミシミシとステージが軋む音とともにかかった。百キロ、二百キロのレベルではない、数トンもの重さが突如として青行燈の足を押し潰さんと襲い掛かったのだ。

 

「ぐぅうっ……貴様!」

 

 視界が回復してきた青行燈の目に映ったのは、自身の足の上に圧し掛かる蓑を着た禿頭の老人の形をした石だった。子泣き爺の岩石化による重量増加の技である。ステージ上の床の、その周辺部分が陥没していることからして、恐らく天井から降ってきたのだろう。

 

「くっ!動けん……」

 

 子泣き爺の重さにより、青行燈は身動きが完全に取れなくなってしまった。攻撃を無効化する能力が発動せず、鬼太郎をはじめただでさえ敵が多いこの状況下で、これ以上攻撃を受けるわけにはいかない。本能的にそう判断した青行燈は、上体のみを起こして自身から見て最も手近にいた鬼太郎に対し、反撃として鬼火を吐き出した。

 

「ぬり~!」

 

だが、その攻撃は床から姿を現したぬりかべによって遮られた。妖怪随一の頑強な巨体を持つぬりかべには、並大抵の攻撃ではビクともしない。そうこうしている内に、ぬりかべの向こう側にいた鬼太郎が、今度はぬりかべの頭上へと現れた。

 

「体内電気!」

 

 青行燈とぬりかべの頭上へと跳んだ鬼太郎の身体に、眩い程の電光が迸る。鬼太郎の体内の発電袋に蓄えられる百万ボルトの電気を体外へ放つ必殺技『体内電気』である。その身に凄まじい電気を宿した鬼太郎が青行燈目掛けて拳を突き出すと、その方向目掛けて落雷の如く電撃が放たれ、青行燈を襲った。

 

「ぐぎゃぁぁああああ!!」

 

 体内電気の電撃を正面からまともに受け、青行燈は苦悶の叫びを上げる。着物はあちこちが焦げ、皮膚の火傷痕からも煙が上がっていた。鬼太郎と仲間の妖怪達が繰り出す連携攻撃に翻弄され、追い詰められる中、青行燈は自身に何が起こっているのかを未だに理解できずにいた。

 

(くっ……何故だ!?何故、奴らは我に攻撃を当てることができる……!?)

 

 完全な実体を得ておらず、あらゆる攻撃を透過させて無効化させるための圧倒的なアドバンテージが、全く発動しない。鬼太郎達は一体、どうやって攻撃を当てているのか、青行燈には見当もつかない。

 

「どうして攻撃が無効化できないのか、と言いたそうな顔だな」

 

「我には実体が無い筈……だが、この感覚、痛みは全て本物だ……」

 

「簡単な話だ。実体が無いのならば、与えてしまえばいい。そうすれば、お前に対して攻撃を通すことができる。それを可能にしたのが、これだ」

 

 そう言って鬼太郎が取り出したのは、先程一反もめんがこの場に持ち込んできた懐中電灯だった。青行燈の周囲を取り囲んでいる妖怪達の手にも同じものが握られており、今は砂かけ婆と一反もめんが青行燈に向けて照射していた。

 

「妖怪発明家の夜行さん謹製の『妖怪ライト』じゃ。妖力を照射することにより、この世界に実体を持たない妖怪に、実体を与えることができる装置じゃ」

 

「何、だと……!?」

 

「加えて言えば、光を照射された妖怪は、影を操る能力を封じられる。これで、お前がアイドル達を攫う時に使っていた手段による攻撃や移動はできなくなったということだ」

 

 実体を持たない青行燈に対抗するためには、攻撃を有効化する必要がある。また、確実に仕留めるには、逃走手段である影を操る能力も封じなければならない。そのために鬼太郎は、知り合いの妖怪発明家である夜行さんへと掛け合い、この『妖怪ライト』を用意したのだった。

 そして、鬼太郎の作戦は功を奏し、青行燈に実体を与えることで攻撃の透過を封じることに成功したのだった。

 

「尤も、ライトを点灯するにはそれなりの妖力を消費する上に、お前を実体化するためには常にライトを照射し続ける必要があるから、僕一人の力ではなし得なかった作戦だがな」

 

「お~い!何で俺のライトだけ光が点かねえんだよ!壊れてんのか!?」

 

「あんたは妖力が少なすぎるのよ!ライト点けられないなら、後ろにさがって見てなさい!」

 

 青行燈を取り囲んでいる鬼太郎の仲間達の中で、唯一ねずみ男だけがライトを点灯させられずにいた。どうやらねこ娘の言うように、妖力が足りなかったらしい。ねこ娘に言われるや、ねずみ男はそそくさと舞台袖の方向へと退散していった。

 

「妖怪ライトの点灯は、僕と仲間達が分担して照射しているとはいえ、あまり長い間使えるわけではない。長引かせるわけにはいかない以上、一気にケリをつけさせてもらうぞ!」

 

「グゥゥウッ!おのれぇぇぇええ!!」

 

 鬼太郎とその仲間達に対し、鬼火の玉と火炎放射、伸縮自在の腕で攻撃を仕掛ける青行燈だが、鬼太郎とその仲間達の連携を前にはまるで通用しない。子泣き爺に動きを封じられた状態で、砂かけ婆とねこ娘が、砂かけによる目くらましと高速で繰り出す爪の斬撃による攪乱を仕掛けて来るお陰で、攻撃の狙いが定まらない。必中のタイミングで攻撃を仕掛けるのに成功しても、一反もめんが横やりを入れて狙いをずらし、ぬりかべが立ちはだかって攻撃を通さない。そして、そういった仲間達の援護を受けながら、特に攻撃力の高い鬼太郎が隙を見ては髪の毛針とリモコン下駄を確実に当てて来るのだ。青行燈にとって、戦局は圧倒的に不利だった。鬼太郎達の見事な連携に追い詰められた青行燈は、瞬く間に追い詰められ、力なく地に伏せるに至った。

 

「ぐぐっ……ぐぅ………………おの、れぇっ!」

 

「大分弱ってきたわね……」

 

「ふぅ……全く、しぶとい奴じゃったわい」

 

 妖怪ライトを青行燈に照射しながら、汗を拭って呟くねこ娘と砂かけ婆。全身傷だらけで弱り切った青行燈だが、鬼太郎達も妖怪ライトに妖力を多分に持っていかれて息は絶え絶えの状態だった。一対一で戦っていたならば、確実に鬼太郎の方が先にスタミナ切れを起こしていただろう。

 

「これで止めだ。霊毛ちゃんちゃんこ!」

 

 最後の仕上げとばかりに、鬼太郎が霊毛ちゃんちゃんこを風呂敷のように大きく広げて振りかぶる。霊毛ちゃんちゃんこで全身を包み込み、妖力を搾り取って圧縮してしまえば、青行燈は力を失って完全に消滅する。

そして、鬼太郎がちゃんちゃんこを青行燈目掛けて繰り出そうとした――――――その時だった。

 

「嘗める、なぁぁああ!!」

 

「なっ……!」

 

 追い詰められた青行燈が、その顔を上げて鬼太郎へと怒りの形相を向けた。そして、その禍々しい光を放つ目を見た瞬間――――――鬼太郎の身体は、全身が硬直したかのように動けなくなった。

 

(どうなっている!?)

 

「鬼太郎!?」

 

「どうしたんじゃ!?」

 

 鬼太郎の異変を察知したねこ娘と砂かけ婆が声を掛けるも、鬼太郎は声すらも発することができない。そして、二人が青行燈から目を逸らしたその瞬間――

 

「邪魔、だぁぁああ!!」

 

 青行燈の両手の袖から、凄まじいスピードで細長い何かが飛び出した。標的は、鬼太郎とねこ娘と砂かけ婆――が持っている妖怪ライトである。謎の力で身体が硬直していた鬼太郎と、青行燈を実体化させるためのライトの多用で消耗していた二人は反応が間に合わず、妖怪ライトを破壊されてしまった。

 

「何!?」

 

「しまった!」

 

 照射されていた妖怪ライトが破壊されたことで、青行燈の影を操る能力を封じていた枷が完全に外れた。そして、その隙を見逃さず、青行燈は一気に畳みかける。

 

「黒き戒めの茨よ!我に仇なす者共を捕らえよ!」

 

 青行燈の足元に広がる影が、ねこ娘と砂かけ婆の足元へと瞬く間に広がった。そして、水面のように揺らめいた影から、青行燈が口にした言葉の通り、黒い茨が飛び出してきた。

 

「きゃっ……痛っ!」

 

「なんじゃこれは!?」

 

 影から飛び出した茨が身体に絡み付き、身動きが取れなくなってしまった。茨に付いた棘は鋭く、抵抗すれば服を容易く貫き、身体に深く突き刺さる程のもので、二人の顔に苦悶の表情が浮かぶ。

 

「お前達も、だ!」

 

「なぁあっ!?」

 

「ぬりっ!?」

 

 次いで、青行燈がステージの空中に浮かぶ一反もめんと、鬼太郎の後ろ側に立っていたぬりかべ目掛けて腕を振るった。すると、先程のねこ娘と砂かけ婆の時と同様、手に持っていた妖怪ライトが何かに貫かれて破壊された。

 

「動くな!」

 

「「!?」」

 

 さらに立て続けに、今度は禍々しい光を宿した眼を二人に向けた。そしてそれを見た一反もめんは身体が石になったように動けなくなり、そのまま墜落。ぬりかべは先程までと変わらず立ち尽くしたままのようにしか見えなかったが、実際には完全に動かなくなっていた。さらに、身体が動かなくなった二人に、念押しとばかりに青行燈が伸長させた影から生えてきた茨が絡み付いて拘束した。

 

「お前も、だ……!」

 

 最後の仕上げとばかりに青行燈が狙いを定めたのは、自身の足にへばりついて動きを阻害していた子泣き爺。腕を振るうと、子泣き爺が石になりながらもその手に持ち続けていた妖怪ライトが両断され、他の四人と同様に茨が子泣き爺の身体に絡み付いた。

 

(あれは……茨!?)

 

 その時初めて分かったが、青行燈の振るっていたのは細長い茨だった。青行燈はそれを鞭のように撓らせ、皆の持っていた妖怪ライトを適確に命中させて破壊していたのだ。

 だが、気付くのが完全に遅すぎた。自身に向けられる全ての妖怪ライトを破壊した青行燈は、鬼太郎達を絶望へ叩き落とすための、仕上げとも呼べる言葉を口にする。

 

 

 

闇に飲まれよ!

 

 

 

 青行燈が放ったその言葉により、ステージの床に広がった影が、より一層大きく揺らめいた。そして、ねこ娘、砂かけ婆、一反もめん、ぬりかべ、子泣き爺の身体が、まるで底無し沼に沈むかのように、影の中へと飲み込まれて消えた。それはまさしく、闇に飲まれるかの如く――――――

 

「形成逆転、だな」

 

 自身を追い詰めていた、鬼太郎を除く妖怪五人を闇の底へ沈め、圧倒的な不利を覆した青行灯は、勝ち誇ったかのように、鬼太郎へ向けてそう口にするのだった。

 

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