「嘘……ねこ娘さんや一反もめんさん達が、消えちゃった……」
自身の目の前――廃墟となったステージの上で起こった出来事に衝撃を受け、美穂は思わずそう呟いた。序盤から戦闘を優位に進めていた鬼太郎達だったが、青行燈の思わぬ反撃によって形勢は見事にひっくり返った。鬼太郎は仲間五人を青行燈の闇に囚われ、自身もまた何らかの力で動きを封じられてしまっていた。
「時の運……殊に戦いの流れというものは、非常に移ろいやすいものだと言われているが……まさか、それを今こうして見せつけられることになるとは、流石のボクも予想外だ」
「鬼太郎さん……ピンチになっちゃったね」
「二人とも、そんなこと冷静に言っている場合じゃないでしょう……特に飛鳥ちゃんは!」
頼みの綱である鬼太郎とその仲間達が危険な状況に陥ったということは、囮になるために生贄に指定された飛鳥に危険が及ぶことに繋がる。加えて、これまで青行燈に攫われたアイドル十二人も闇に飲まれたままである。美穂の言うように、関係者の立場としては、とても冷静に傍観していられる状況ではなかった。
だが、飛鳥も小梅も表面上はいつもと変わらない様子に見えていても、内心では美穂と同様に大いに慌てていた。
「ねこ娘や砂かけ婆までやられちまったんじゃ、鬼太郎ももうこれ以上持ちやしねえ!俺は逃げさせてもらうぜ!」
「ちょっ、ねずみ男さん!?」
「放っておけ、美穂」
鬼太郎達が不利になるや、ねずみ男が手に持っていた妖怪ライトを放り出して真っ先に逃げ出した。すたこらさっさと舞台袖の奥へと走り去っていくその後ろ姿を止めようとした美穂だが、飛鳥がそれを止めた。妖怪ライトが使えない時点で、ねずみ男は青行燈との戦闘の役には立たないのだから、引き留める意味が無い。妖怪と人間のハーフであるねずみ男ならば、青行燈の結界から逃げ出せる可能性もあったが、まず無理だろうと考えていたということもある。
「そんな……このままじゃ………………」
そして、三人以上に冷静ではいられないアイドルが、もう一人いた。意図したことではなかったとはいえ、この妖怪による騒動の元凶となってしまった、蘭子である。
346の女子寮にて、小梅と飛鳥、美穂に引き合わされて鬼太郎から自身の身辺で起こっている出来事について聞かされた時……蘭子には、全容を理解し切れなかった。或いは、幽霊の存在を恐れているが故に理解したくなかったのかもしれない。自分の言動が原因で根も葉も無い怪談話が作られ、それをもとに妖怪がアイドル達を拉致しているなど……
だが、鬼太郎や目玉おやじ、一反もめんをはじめとした妖怪は現に存在し、自身に纏わる怪談をもとにした妖怪が姿を現し、飛鳥を襲おうとした。その全てが、鬼太郎の話の全てが真実であることを肯定していた。そしてそんな中で、蘭子はもう一つの事実を認めざるを得なかった。それは――
自分がいる所為で、他のアイドル達までもが、酷い目に遭っている。
飛鳥や小梅、美穂が聞けば、そんなことは絶対にないと否定してくれただろうし、怒ってもくれただろう。だが、そう思わずにはいられなかった。
自分が架空の世界に興味を持ったから――
自分のことを堕天使などと自称したから――
自分が妄想の世界を周囲と共有したいなどと思ったから――
自分がアイドルになろうなどと思ったから――
そんな、自分自身を否定する考えばかりが浮かんできた。自分ではどうしようもない、この怪異を終わらせてくれる希望だった鬼太郎達ですら、青行燈に追い込まれている。この絶望的な状況下にあっては、最早蘭子自身も被害者のままではいられない。今まさに戦ってくれている鬼太郎達は勿論、同じ事務所のアイドルである飛鳥や小梅、美穂には多大な迷惑をかけてきたが、最早これまでだと察するほかなかった。
「………………」
すぐ傍でアイドル三人がどうすれば良いかのかと言い合いをしている中、蘭子は一人沈黙の中で、ステージに転がっていたある物を手に取り……この惨劇を終わらせるための、決意をした。
「ゲゲゲの鬼太郎……無様だな」
「くっ……!」
想定外の能力を発動して、鬼太郎以外の仲間全てを闇に飲み込んで圧倒的に不利な戦況を覆した青行燈は、その目で睨みつけられて身体の自由が利かなくなった鬼太郎を、足元の影から発生させた黒い茨で拘束した上で見下ろしていた。
「馬鹿な!青行燈が、黒い茨を操るなど……ましてや、ベアードやゴーゴンのように、目を見た者の動きを封じる能力を持つなど、聞いたことが無い!」
「一体、どうやってそんな能力を、身に付けた……!?」
追い詰められた状況下にあって、目玉おやじと鬼太郎は青行燈を睨み返しながら、そう問い掛けた。対する青行燈は、自身が圧倒的な優位に立っていることに慢心していたのだろう。隠そうともせずに話しだした。
「簡単なことだ。我はこの世界へ現界する際には、百番目の物語を媒体とする。故に、我は青行燈という妖怪としての能力だけでなく、物語の中に描かれた怪異の力を発現することができるのだ。貴様の動きを封じた魔眼も、黒い茨を操る力も……そして、あらゆる物を闇に飲み込む力も、全て百番目の物語に出て来る、神崎蘭子を闇よりの使者として従える魔王の……ひいては神崎蘭子が描いた堕天使としての力だ」
青行燈が口にした衝撃の事実に、鬼太郎と目玉おやじは驚愕した。青行燈という妖怪は、百物語における百番目の物語を現実に引き起こすためにこの世界に姿を現す。目玉おやじは当初、青行燈が元々持っている能力で怪異を再現するものと考えていた。
だが、それは間違いだった。青行燈は、百番目の物語を再現するのに即した妖怪として、現世へと姿を現すのだ。故に、今の青行燈は鬼火を操る能力、腕を伸ばす能力だけでなく、アイドル十三人を生贄として復活する魔王の力も備えているのだ。
堕天使系アイドル、神崎蘭子には、魔眼の持ち主であるという設定が存在する。また、『Rosengurg Engel』と呼ばれるソロユニットにおいては、茨の城に封印され、そこで魔王へと覚醒する運命を待っていたというキャラクター設定が存在する。そして、百番目の物語の魔王とは、神崎蘭子を生贄の選定者として使役している。故に、蘭子の描く堕天使としての『魔眼』と『茨』、『闇』を操る能力もまた、行使することができたのだ。
「尤も、この便利な能力も、百物語に設定を組み込むだけで行使できるものではない。だが、この物語はアイドルを題材とした怪談故に、多くの人間の注目を集めている。譬え少数であろうとも、それを信じる者がいれば……その恐怖を糧に、能力は具現する」
「インターネットの掲示板を利用したのは、そういう理由か……!」
今更ながらに気付いた青行燈の狙いに、鬼太郎は歯噛みする。対する青行燈は、ほくそ笑んで得意気に語った。
「今の時代は便利なものよのう……一人、二人消えた時点で、情報はすぐに拡散し、怪談を信じる者は格段に増えた。しかし、どれだけ信じる者が増えようとも、我本来の能力ではないが故に、妖力の消費も大きい。魔王として完全に復活していない時点では多用はできぬ故、闇を操る能力以外は極力封じてきたというわけだ」
「成程……確かに、その理屈ならばお主が強力な能力を行使できたことも理解できる。しかし……仮にお前が魔王として復活したとしても、それはもはや妖怪とは呼べない、別の存在じゃ。青行燈という妖怪では、なくなってしまうのじゃぞ!?」
「自分の妖怪としての存在を歪めて……そこまでして、魔王として復活して……人間を支配したいと考えているのか……!?」
強大な能力を手に入れる代償として、青行燈という妖怪は消失する。死とは無縁の存在であり、病気や寿命を恐れない妖怪でも、恐れるものがある。それは、自身の在り様が歪められ、上書きされて別の何かになる……即ち、存在の消滅である。しかし、青行燈はそれを平然と行おうとしているのである。その思考は、鬼太郎と目玉おやじの理解の範疇から大きく外れていた。
そんな、異常な存在を見るような視線を向けられた青行燈は……しかし、怒りや苛立ちのようなものを鬼太郎と目玉おやじに向けることはなかった。それどころか、二人が予想だにしなかった話が、青行燈の口から語られ始めた。
「鬼太郎に目玉おやじ……貴様らは、勘違いをしている。我は、人間を支配するために現界しようと考えているのではない」
「……どういうことだ?」
青行燈の口から語られた予想外の言葉に、問い返した鬼太郎だけでなく、その髪に掴まっている目玉おやじまでもが首を傾げた。
「青行燈という妖怪たる我は、百物語において語られた百番目の物語を現実のものとして再現し、人間に恐怖を齎すために存在している。それは、人間共に恐怖を与えるために他ならない。だが、百物語の慣習が廃れた現代の社会において、我が現世へと姿を現すことは一切無くなった。だが、人間共が忘れたのは、百物語の慣習だけではない……本来我が齎す筈だった、“恐怖”すらも忘れたのだ!」
人間が“恐怖”を忘れた――――――その言葉を口にした青行燈の言葉には、先程までは無かった苛立ちが確かに感じられた。
「恐怖という枷が外れた人間共は、己の目に見える世界のみを信じ、後先を考えることなく、ただ欲望を貪るのみ。今の人間共は、ただ自ら破滅の道を邁進するだけの、価値の無い存在……畜生も同然だ」
現代社会を生きる人間を『畜生』と言い切る青行燈。しかしその言葉の裏には、人間に対する憐れみが含まれているように鬼太郎達には感じられた。
「人間が存続するためには、我等怪異が齎す恐怖が不可欠。故に我は、この百番目の物語を完結させ、魔王として君臨する!人間共に恒久的な恐怖を与え続けることで、その傍若無人かつ欲望剥き出しの精神を抑圧するためにな」
「人間のために魔王になると言っているが……それは、お前の独善だろう……!それに、恐怖を与えれば、人間達を存続させることができるなんて……極論だ!」
「鬼太郎の言う通りじゃ!それに、そのような目的のために罪も無いアイドル達を生贄にした上、妖怪としての存在を捨てるなど……もってのほかじゃ!」
鬼太郎と目玉おやじが揃って非難の声を上げるが、青行燈には通じない。
「恐怖を忘れ、欲望を貪ってきた人間共が積み重ねた業を考えれば、その程度の犠牲は一顧だにする価値も無い。それに、青行燈たる我の存在意義は、人間共に恐怖を与えること!譬えこの身が青行燈ではなくなったとしても、本懐を遂げられるのならば、本望だ!」
その言葉を聞いた鬼太郎と目玉おやじには、それ以上青行燈を説得することはできなかった。青行燈は、妖怪としての存在意義を果たすために、アイドル達を生贄に捧げ、自身の妖怪としての存在すらも捧げようとしているのだ。妖怪の中には、そうあるべきと定められた存在の方向性が存在している。手段はどうあれ、それを果たそうとしている青行燈に対し、説得でこれを諦めさせることはできなかった。尤も、鬼太郎とてそれを容認するわけにはいかないのだが。
「御託はここまでだ。我は最後の生贄をいただく……貴様はそこで断末魔を黙って聞いているが良い……」
「やめろ!」
「やめるんじゃ!」
鬼太郎と目玉おやじの制止など聞く耳を持たず、その横を通り過ぎていく。向かう先は、十三人目の生贄として定められた飛鳥がいる舞台袖。だが、そこへ――
「もうやめて!」
悲壮な表情を浮かべた蘭子が、姿を現した。思わぬ人物の登場に青行燈はその歩みを止めた。蘭子の後ろの舞台袖にいた美穂と飛鳥、小梅は彼女の予想外の行動に驚愕して動けずにいた。一方、鬼太郎と目玉おやじは、蘭子が一体何をするつもりなのか、その真意が全く読めずにいた。
「どけ。我は貴様に用は無い」
ドスの利いた声で蘭子にその場を退くように迫る青行燈だが、対する蘭子は首を横に振った。幽霊が苦手な彼女にとって、妖怪と正面から相対することにはこの上ない恐怖が伴う。本心では、すぐにでも逃げ出したいだろうに、蘭子は一歩も退かなかった。
「私の……私がいるせいで、皆にこんな酷いことをしているんでしょう?なら……私さえいなければ、もう誰もいなくならない筈!」
そう叫んだ蘭子は、先程ステージの床から拾った、鋭く尖ったガラス片を手に持ち、自身の喉に向けた。誰が見ても、自殺を図ろうとしていることは明らかだった。
そして、蘭子は目を瞑ったまま、手に持ったガラス片をそのまま真っ直ぐ喉へと向けて――――――
「駄目!蘭子ちゃん!!」
しかし、その刃の進行は、美穂によって止められた。ガラス片を喉へと突き立てようとする手を押さえ、自殺を必死で止めにかかった。
「放して、美穂ちゃん!」
「そんなわけにいかないでしょう!」
美穂に押さえつけられながらも、蘭子は尚も暴れた。この騒動を止めるために、是が非でも自殺するつもりらしい。だが、同じ事務所のアイドルであり、仲間である美穂には、これを許容することなどできはしない。そして、蘭子を止めようとしていたのは、美穂だけではなかった。
「いい加減にするんだ!蘭子!!」
飛鳥の平手打ちが、蘭子の頬を叩いた。その痛みが、自殺へと駆り立てられていた蘭子の精神を僅かながら正気に戻した。
「今ここで君が死んでどうなる?闇に消えた皆が戻ってくるのか?」
「けど……!」
「奪われたものを取り返すために、前へ踏み出した筈だろう。それに、ボクはまだ君と紡ぐ
強い意思を秘めた瞳で蘭子を見据え、自身の想いを口にする飛鳥に、蘭子は自己犠牲による解決をそれ以上唱えることができなかった。自身のせいで皆が酷い目に遭っているという事実と、親友の想いの板挟みの中で、どうすれば良いのかが分からなくなった蘭子は、やがてその場に崩れ落ちた。そして、蘭子の手から力が抜け、ガラス片が床に落ちたのを見届けた飛鳥は、背後に立つ青行燈に改めて向き直った。
「生贄の方からわざわざ出向いてくれるとはな……探す手間が省けた」
「ボクはお前が魔王として復活するための生贄になるつもりは無い」
「戯言を……ならば、貴様が命を断つか?尤も、これで生贄が揃う以上は、我とてそれを見逃すつもりは無いがな……」
「この距離ならば、ボクを拘束するぐらいはわけないってところか。それに、お前の
自身を生贄として闇に引きずり込もうとしている妖怪を前に、しかし飛鳥は正面から相対し、啖呵を切って見せた。すぐ後ろにいた蘭子と美穂は、そのやりとりに介入することができず、不安な面持ちで見ていることしかできなかった。
「分かっているなら話は早い。貴様も早々に、闇に飲まれてもらおう」
「断ると言った筈だ。ボクは、蘭子や皆と一緒に、この二つとない物語を紡ぎ続ける」
「無駄な足掻きを……」
最早飛鳥の話などどうでも良いとばかりに、腕を振るう青行燈。それに応じるように、足元の影が飛鳥の方へと広がっていく。そしてそのまま、影の底に広がる闇の中へと、飛鳥を飲み込もうとした、その時だった。
「待て……!!」
青行燈に対し、制止をかける声が上がった。一体今度は何事かと、青行燈が振り返った先にいたのは――――――鬼太郎だった。
「まだ動けたのか……しぶとい奴だ」
「その子を……お前の生贄には、させない……!」
青行燈の魔眼によって動きを封じられていた鬼太郎だったが、気力のみでその状態から脱したらしい。しかし、魔眼の効果が完全には抜け切っているわけではないらしく、その動きは非常にぎこちないものだった。傍から見ても、とても戦闘が続行できるものではなかった。
「そんな状態で、この我と戦おうというのか……」
「黙、れ……!」
「無駄な足掻きを……ならば、貴様から闇に飲み込んでくれる……!」
青行燈の影が、飛鳥から鬼太郎の方へと動く方向を変える。対する鬼太郎もまた、青行燈に対して一矢報いるべく、意識を集中させていた。
「髪の毛、針……!」
「無駄だ……」
鬼太郎の髪の毛が逆立ち――――――一本の毛針が、青行燈の顔面目掛けて飛来した。通常ならば、機関銃のように無数に発射する筈の髪の毛針だが、魔眼の効果で動きに支障を来している状態では、一本が限界だった。
しかし、青行燈はそれを避ける素振りも見せない。妖怪ライトが向けられていない今、青行燈には実体が存在せず、あらゆる攻撃が通用しない。故に、鬼太郎が決死の思いで放った髪の毛針は、青行燈の顔をすり抜けるのみの筈――――――だった
「ぐぎゃぁぁぁああああっっ!!?」
「!?」
鬼太郎の放った髪の毛針は、青行燈の顔をすり抜けることなく……その左目に突き刺さった。実体を持たない筈の青行燈に、鬼太郎の攻撃が通ったのである。
一体何が起こったのか……攻撃を受けた青行燈は勿論、攻撃を仕掛けた鬼太郎ですら、その現状が理解できなかった。
「ぐぐぅぅう……!な、何がぁあっ……!」
髪針が刺さった左目を押さえながら、自身に何が起こったのかが理解できないまま、思わず周囲を見回す青行燈。すると、右目の視界に、想像だにしなかったものが映った。
青行燈から見て右側、ステージの奥に、小梅が立っていたのだ。そしてその手には、妖怪ライトが“点灯した”状態で握られていたのだ。
「貴様、かぁぁあああ!!」
何故、人間である筈の小梅が妖怪ライトを使えたのかは分からないが、鬼太郎の攻撃が通った原因は彼女で間違いない。そう考えた青行燈は、空いている右腕を伸長させ、小梅を取り押さえようとする。だが、
「リモコン下駄!」
「ぐぅぉおっ!?」
鬼太郎がそれを見逃す筈が無かった。青行燈が左目を負傷したお陰か、既に魔眼の束縛からは完全に開放されている様子だった。
放たれたリモコン下駄は、青行燈の右手を弾き、その腕はステージの壁へとめり込んだ。そして、鬼太郎はさらに畳みかける。
「皆、伏せるんだ!」
鬼太郎が大声で飛ばした指示に従い、青行燈の後ろに立つ飛鳥、蘭子、美穂の三人が床の上に俯せになって身を伏せる。それを、床を伝う振動から確認するや、鬼太郎は青行燈目掛けて両の手の平を広げて構えた。
「指鉄砲!」
次の瞬間、鬼太郎の両手の十本の指から、無数の青白い光が弾けた。幽霊族の秘術『指鉄砲』である。鬼太郎の持つ数ある技の中でも、非常に強力な威力を誇る技であり、指全てから射出して面制圧に用いることができるほか、指一本から極めて貫通力の高い一撃を精密射撃で放つこともできるのだ。今回、鬼太郎が放った指鉄砲は、前者である。
青行燈へ放たれた指鉄砲は、先程の髪の毛針と同様に無効化されてすり抜けることなく、その身体に無数の穴を空けていった。千切れて四散した身体の一部は青白い鬼火となって消滅し……残ったのは胴体と首のみとなった。
「が、はぁぁあっっ……!」
「霊毛ちゃんちゃんこ!!」
そして、最後の仕上げとばかりに霊毛ちゃんちゃんこを青行燈へと投げる。ちゃんちゃんこは瞬時に広がると、胴体だけとなった青行燈の身体を隙間無く包み込んだ。
「ぐ、ごぉぉおおお!!お、の、れぇぇええっ……!!」
ちゃんちゃんこに妖力を吸収された上で圧縮される青行燈が、苦悶の叫びを上げる。断末魔の叫びと呼べるそれが収まった時、ステージを照らしていた青白く不気味な照明が一斉に消え、代わりに天井の隙間から入ってくる夕日の光がステージを照らした。それを、青行燈の消滅と見なした鬼太郎は、ちゃんちゃんこの拘束を解く。すると、青行燈を包んでいたちゃんちゃんこの中からは、青白く小さな火がボッと噴き出た。それに次いで、今度は黒い煙のようなものが吹きだし、ステージの床面を覆った。黒い煙は瞬く間に広がり、そしてすぐに消えた。すると、そこには……
「歌鈴ちゃん……川島さん……みんな!!」
「大丈夫だ。気を失っているだけみたいだ」
その後のステージの床には、十二人の女性と、五人の妖怪が転がっていた。青行燈に攫われたアイドル達と、先程闇に飲まれた鬼太郎の仲間達である。
「良かった……!」
闇から戻ってきたアイドル達の無事を確認した美穂、飛鳥、蘭子の三人は一様に安堵の表情を浮かべた。床に倒れているアイドル達には外傷は無く、本当に気を失っているだけだった。妖怪達も無事なようで、アイドル達よりも先に意識が戻り、頭を抱えながらも起き上がり始めていた。
「はぅっ……」
「おっと……大丈夫か?」
「……ありがとう」
ステージ上において、アイドル達が倒れている場所の端に立っていた小梅の身体がぐらりと崩れかけた。しかし、鬼太郎が後ろから支えてくれたお陰で、倒れずに済んだ。小梅は鬼太郎に感謝を述べると、支えられたまま、目の前のステージへと視線を戻した。そこには、未だ目は覚ましていないものの、闇に飲まれた大切な仲間達が、確かにそこにいる。その光景を見た小梅と鬼太郎は、あの恐ろしい戦いが終わりを迎えたことを、改めて実感していたのだった。
青行燈を倒してアイドル達を救出した鬼太郎達は、廃墟となった公会堂を先に出ていた。アイドル達十二人については、ねこ娘が警察と救急に匿名で通報し、救出を任せることとしたのだ。当事者である鬼太郎達が姿を見せない理由としては、十二人もの人間を一斉に運び出す手段が無かったことと、どのような経緯で失踪したアイドル達を見つけたのかを説明することができないことが挙げられる。
仲間であるアイドル達を廃墟の中に放棄することには、蘭子も飛鳥も、美穂も小梅も難色を示していたが、最終的には渋々了承した。まさか、一連のアイドル達の失踪騒動が妖怪の仕業などとは、説明できるわけもないのだから。
「小梅ちゃん、大丈夫!?」
「うん……鬼太郎さんが、助けてくれたから……」
そして、当の鬼太郎達は、件の廃墟となった公会堂へとパトカーや救急車が走っていくのを傍目に見ながら、現場を離れていた。小梅は消耗が酷かったので、鬼太郎に背負われている。ちなみに、アイドル四人に同行しているのは鬼太郎とねこ娘のみであり、砂かけ婆と子泣き爺、一反もめん、ぬりかべは先に別ルートでゲゲゲの森へと帰っていた。
「そういえば小梅。青行燈が実体化したのは、君が妖怪ライトの灯りを点けたからなんだろうが……どうして妖怪だけが使える筈のそれを、君が使えたんだ?」
青行燈が退治された時、小梅が妖怪ライトを持っていたことを思い出しながら、飛鳥が問い掛けた。妖怪ライト自体は、ねずみ男が放り出したものなのだろうが、問題は人間である小梅が何故使用できたか、である。
それに答えたのは、鬼太郎の髪の毛の中に潜んでいた目玉おやじだった。
「いやはや……『白坂』という名字を聞いてもしやと思ったが、小梅ちゃんはやはり、あの『白坂一族』の末裔じゃったか」
「白坂、一族……?」
何やら怪しげな単語が出てきたことに、怪訝そうな表情を浮かべるアイドル達。そんな一同に対し、目玉おやじが説明を続ける。
「『白坂一族』とは、平安時代に栄えた陰陽師の一族の一つじゃ。その系譜はわしや鬼太郎と同じ、『幽霊族』に連なる系譜を持つ、妖怪の血を一部引く陰陽師の一族で、かの陰陽師、安倍晴明とともに当時都を襲った妖怪達の撃退に貢献したこともあるのじゃ」
「えっと……それじゃあつまり、小梅ちゃんと鬼太郎さんは、遠い親戚……になるんでしょうか?」
「その通りじゃ。ほれ、髪型などそっくりじゃろう?」
「片目が隠れているだけだろう……」
目玉おやじの指摘に対する飛鳥のツッコミは、その場にいた全員の総意だった。
「ともあれ、小梅ちゃんが妖怪ライトを使えたのは、そういう理由じゃ。しかし、白坂一族の血は途絶えたとされておったが……まさか、こんなところで先祖返りをした者と出会うこととなろうとは……思わぬ巡り合わせじゃな」
「まさか、あの百物語に書いてあった話が事実だったとは……」
「はあ……まあ、そういうことなら……」
小梅の正体が、妖怪である鬼太郎と同じ系譜に連なる幽霊族であると聞かされた飛鳥や小梅だったが、あまり驚いた様子ではなかった。むしろ、小梅の霊能力の正体が分かったことで、納得したのである。恐らくは、妖怪との邂逅をはじめ、数多くの非日常をここ最近の間に体感したが故に、感覚が麻痺していることに加え、特殊な経歴のアイドルを数多く抱えている346プロに身を置いていることで、受け入れられたのだろう。
「とにかく、青行燈は消えたから、騒動は全て解決した。もうこれで、アイドルが闇に飲まれることはなくなったわけだが……」
そこまで言って、鬼太郎は後ろを歩く蘭子の方へと視線を向けた。騒動が解決したということは、これ以降、蘭子が封じてきた中二病を控える必要は無くなり……お馴染みの挨拶とされていた「闇に飲まれよ!」を誰に対しても言うことができるようになったということである。だが……
「僕達が解決できるのは、ここまでだ。今後、君がアイドルを続けていけるかどうかは、全て君次第だ」
だが、それらを解禁するかどうか……できるかどうかは、蘭子本人次第である。危険性が無くなったとはいえ、マスコミは未だに蘭子を「呪われたアイドル」と称して騒いでいるし、何より蘭子自身も今回の一件で多大なストレスを受け、軽くはないトラウマを抱えるに至った。
以前のような堕天使キャラを解放しようにも、蘭子の中に植え付けられた罪の意識がそれを邪魔してしまうのは間違いない。もう二度と起こり得ないと分かっていても、青行燈がアイドル達を闇に飲み込む光景が頭の中に浮かんでしまう可能性が高い。結論として、蘭子が今まで通りのアイドル活動を続けていくことは、主に彼女自身の内面的な問題で、難しいと言わざるを得ないのだ。
妖怪として、人間の恐怖に精通した鬼太郎にも、それは分かっていた。しかし、鬼太郎の言うように、ここから先は蘭子の問題であり、鬼太郎が介入する余地は無い。そんな鬼太郎の言葉に、蘭子は不安そうな表情を浮かべたが……
「心配は不要だ」
そこへ、飛鳥が割って入った。
「彼女は一人じゃない。どれだけ難しくとも、ボク達が必ず……蘭子に再び羽ばたくための翼を与えてみせる」
「……そうか。だが、忘れないことだ。僕達妖怪は、常に人間達の恐怖とともにある。お化けや妖怪は、少し遠ざかって恐れるくらいが調度いいが……その匙加減も、君達次第だ。特にアイドルという職業に就いている君達が人に与える影響は、非常に大きい。青行燈のように……利用したがる妖怪がいる程にな」
「ああ。分かっている」
鬼太郎が口にした最後の忠告に対し、飛鳥は勿論、蘭子も美穂も小梅も頷いた。多くの人間に注目される、アイドルのような存在は、人であれ物であれ、商業をはじめあらゆることに利用される。今回は妖怪がこれを悪用したが、これ以降も同じことが起こらないとも限らない。
故にアイドル達は、大勢の人間に注目されることで、否応なしに背負わなければならない業というものを理解する必要がある。それを四人は、改めて感じていたのだった。
「それじゃあ、ここまでだ。僕等はそろそろ行くよ」
「また会おう、小梅ちゃん」
「バイバイ……」
話している間に、346プロの女子寮へ辿り着いた鬼太郎達は、その場で別れることとなった。手を振りながら別れを告げる四人に対し、鬼太郎とねこ娘、目玉おやじも軽く手を振って応じると、そのまま人気の無い場所へと三人は移動していった。
「それにしても、傍迷惑な人間がいたものよね。面白半分で百物語なんてやって、厄介な妖怪を目覚めさせるなんて……」
青行燈の一件を振り返り、忌々し気に文句を口にするねこ娘。攻撃の無効化をはじめ、本来持ち得ない能力を複数備えた厄介な敵だっただけに、ねこ娘がこんなことを零すのも無理も無い話だった。悪意があったわけではなかろうが、人間が面白半分でやった行為が原因で発生した騒動だっただけに、苛立ちも一入だった。
だが……
「本当に、人間が面白半分でやったことだと……そう思うかい?」
鬼太郎が口にしたのは、ねこ娘の意見対して一石を投じるものだった。その意味深な一言に、ねこ娘が怪訝な表情を浮かべた。
「僕も最初は気にしなかったが……今回の一件、青行燈にとって都合が良すぎる条件ばかりが揃っていたと思わなかったかい?」
「……どういうことよ?」
質問に質問で返したねこ娘に対し、鬼太郎は自身が抱いた疑問についての説明を続けた。
「無効化能力に、アイドルのキャラクター設定を取り込んだことで手に入れた特殊能力……全て、青行燈が戦闘を行う上で多大なアドバンテージを得られる能力だ。それを詰め込んだ怪談が、よりにもよって百物語の最後に来たんだ。偶然と言うには、出来過ぎている」
「確かに、言われてみれば……なら、今回の一件は、仕組まれていたってことなの?けど、誰がそんなことを……?」
それならば、一体誰が、何のために……と口にしたねこ娘に対し、鬼太郎は即座に答えた。どうやら、ねこ娘に説明するよりも前に確信を得ていたらしい。それと同時に、何者の意図だったのかも、既に目星を付けていたのだと、ねこ娘は直感した。
「さっき小梅に確認させてもらったんだが……あの『アイドル百物語』の掲示板を作った人間と、百番目の物語を掲載した人間は、同じハンドルネームだった。こいつがこの一件の黒幕と見て、間違いないだろう。」
鬼太郎の推理を聞いたねこ娘は、スマートフォンを取り出して件の掲示板を確認する。すると、確かに掲示板の管理者と百番目の物語を掲載した人間のハンドルネームは同一のものであることが確認できた。だが、問題はそのハンドルネームである。
「ハンドルネーム『NURA』って、まさか……!」
「“ぬらりひょん”……奴の仕業で、間違いないだろう」
鬼太郎が口にした、長年の宿敵の名前に、ねこ娘の顔が驚愕に染まった。鬼太郎の表情も、いつになく真剣なものになっていた。
「恐らくは、今回は鬼太郎への刺客ではあるまい。何らかの実験と見るのが妥当じゃろう」
「日本妖怪の総大将が、何故こんなことをしたかは分からないが……奴の企みが、これだけで終わるとは思えない。放っておけば、また何かをしでかすことだろう……」
目玉おやじの言葉に続き、そう口にした鬼太郎の右目には、夜空に浮かぶ月が映っていた。先程までは、夜道を照らすほどの光を放っていた月に、光を遮る暗雲が立ち込め始めていた。その光景は、鬼太郎とぬらりひょんの、終わることの無い戦いの行く末を示しているかのようだった。
『闇に飲まれよ!』
数多の高層ビルが聳え立つ都心のスクランブル交差点に、そんな台詞が響き渡った。音源は、正面のビルに備え付けられたモニターのスピーカーである。モニター画面の中では、346の堕天使系アイドル、神崎蘭子がお馴染みとなっている台詞をポーズを付けて口にしていた。その隣には346のアイドルユニット『ダークイルミネイト』のメンバーである二宮飛鳥の姿もあった。
青行燈が退治され、アイドル達が無事に帰って来てから一か月後。廃墟となった公会堂にて救出されたアイドル達は、全員病院へと搬送されたものの、失踪してからの記憶が無いこと以外に外傷等は特に無く、全員早々に退院してアイドルとしての仕事に復帰した。そして復帰したのはその十二人だけではなく、事件の当事者でもあった蘭子もまた、復活を遂げたのだった。
「あんな騒動があったのに、本当に復活するとは……」
「飛鳥ちゃんも美穂ちゃんも……皆、頑張って蘭子ちゃんを励ましてたから……」
スクランブル交差点の向こう側のビルのスクリーンを見て、鬼太郎は若干驚いた様子で呟いた。その隣には、346プロのアイドルである小梅と、妖怪仲間のねこ娘の姿もあった。
「あんな事件が起こったばかりで、解決した後も騒ぎ立てていたマスコミの圧力すらもものともせず、引き篭もり同然の休止状態から復活したんだから……中二病って本当に凄いわよね」
「そこは、蘭子ちゃんと飛鳥ちゃん、それにアイドルの子等の友情を褒めるべきではなかろうかの?」
蘭子の復活劇に対し、呆れ半分、感心半分の様子のねこ娘だったが、目玉おやじはアイドル達の純粋な友情の為せる業だと信じて疑っていなかったらしい。ねこ娘自身も、中二病云々を抜きに蘭子と飛鳥を認めることには満更でもなかったらしく、最後は目玉おやじの意見に同意した。
「ま、そうかもね……。鬼太郎が人間を守ろうとする気持ちも、少しは分かる気がするわ」
「青行燈の言うように、恐怖を忘れて欲望を貪るのも人間だが、あの二人のように、互いに恐怖や苦しみを分け合い、支え合うことができるのも人間……そうですよね、父さん」
「その通りじゃ。醜さと美しさの、相反する側面を兼ね備えておるのが人間なのじゃ。仮に大多数の人間が醜い一面を強く露呈したとしても、それですべての人間を一括りにすることはならん」
「アイドルという職業に就いている人間達には、それを忘れずにいてもらいたいものですね……」
多くの人間の関心を集めるアイドルだからこそ、その影響も計り知れない。青行燈も、人々がアイドルに対して抱く負の感情を糧に能力を強化できたのだ。だが、それと同時に、ファンを愛し、愛され、その繋がりを通して様々なことを伝え合うことができるのもアイドルなのだ。互いに思い合う絆があれば、恐怖によらず、人間は自分達を律することができるかもしれない。
映像の中で、二人揃って楽しそうに笑い合い、歌とダンスと、自分達が描く世界を披露して人々を魅了する、蘭子と飛鳥――――――その光景を見た鬼太郎は、柄にもないと思いながらも、そんなことを密かに感じていたのだった。
本編はこれにて終了となります。
しかしながら、もし続編を望まれる方がおられるようでしたら、執筆を考えたいと思っております。
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