ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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お待たせしました。
ゲゲマスシーズン2、始まります。


北条加蓮編
悲運なる出会い 北条加蓮と妖怪医師 ①


「……はぁ」

 

 消毒用エタノールの臭いが微かに漂う病室の中。窓際に設えられた白いベッドの上に横たわりながら、少女――北条加蓮は溜息を漏らした。生まれつき病弱で、不治に等しい難病を患っている彼女は、幼い頃から入退院を繰り返す日々を送っていた。学校も相当な日数を欠席しており、このままでは義務教育後の高校への進学も危ぶまれる程だった。

 

(ま、それもどうでもいいか……)

 

 白い壁と白い天井を見つめるだけの日々に疲れた加蓮は、半ば以上自暴自棄になっていた。いつまで経っても変わらない生活と自身の体調に、加蓮は人並みの生活を送ることを完全に諦めていたのだ。主治医からは、はっきりとは告げられていないが、病状が改善する余地が皆無に等しく……後先も短いことは、明白だった。恐らく自分は、このベッドの上に横たわったまま、人知れず朽ち果てていくのだろうと思っていた。

 

「失礼する」

 

 そんな黄昏状態の精神のまま、呆然とすることしばらく。ノックとともに、病室のドアを開く人物が現れた。色白の肌をした、白衣を纏った痩身の男性。髪は短髪で、目は若干鋭い。見る角度次第では、病人にも見えるような人物だった。だが、服装から分かるように、彼は患者ではなく、患者を診る側――医師である。

 

「今日から君の担当となった、山井だ」

 

(……ああ。そういえば、そうだったかな。)

 

 白衣の男性――山井の言葉を聞いた加蓮は、思い出す。彼は、本日付で加蓮の主治医となった、他所の病院から新たに入ってきた医師なのだ。ベッドの上で横になって無為に時間を過ごすだけの日々だっただけに、すっかり忘れていた……否、どうでもよくなっていたのだ。

 とはいえ、自分の体調を診に来てくれたのだから、きちんと受け答えしなければならない。ベッドから起き上がり、頭を下げて挨拶をした。

 

「よろしくお願いします……」

 

「よろしく。それで早速だが、君の病状の確認をしていきたい。必要な検査が終わり次第、すぐに手術の予定を組むこととする」

 

「………………は?」

 

 山井医師が一気に捲し立てる言葉に、加蓮は呆けた様子で声を漏らしてしまった。今日が初めての筈の医師が、病状の確認のみならばともかく、いきなり手術などと口にしているのだから、当然だろう。

 対する山井医師は、そんな加蓮の様子を気に留めることなどせず、事務的に、淡々と言葉を紡ぐ。

 

「君の病気を治療するために、手術をすると言ったんだ。そのためには、君の病状に関する情報確認が必須だ。だから、手始めに……」

 

「ちょ、ちょっと待って!手術して、治療って……そんなの、できるの?」

 

「可能だ」

 

 先程までのボーっとしていた状態から正気に戻った加蓮が、山井医師の言葉を遮る。そして、先程彼が一気に口にした言葉の意味を一つ一つ理解し……驚愕してしまった。

 この医師は、加蓮の病気を“治療”すると言ったのだ。今まで、何人もの医師が匙を投げた、不治に等しい病気を。信じられないあまり、問い返した加蓮だったが、しかし山井医師は即答した。

 

「……信じられない。今までのお医者さんは、皆、治せなかったのに……」

 

「その医師達は治せなかったが、私ならば治せる。ただそれだけだ」

 

 不治に等しい難病を治療できることを、何でもないことのように口にする医師に、加蓮は呆然としてしまった。そしてその後は、最初に言われた通りに病状確認のための問診や聴診器を使った聴診が速やかに行われていくのだった。しかも、会話は必要最小限のことを聞いて確認するのみで、非常に事務的。無駄が無いと言えば聞こえは良いが、加蓮としては正直に言えば疲れてしまう。少なくとも、患者に寄り添う医師の振る舞いとは思えなかった。

 

「前任の主治医が残したカルテに書いてある通りで、病状に変化は無いようだ。このまま詳しい検査を行い、特に問題が無いと判断されれば、予定通りに三週間後に手術を行うこととする」

 

「さ、三週間って……そんな勝手に……!」

 

 一方的に診察を始めたかと思えば、今度は一カ月と経たない内に手術をするとまで言い出す始末。主治医とはいえ、加蓮の意向など一切お構いなしの、傍若無人ともとれる強引なやり方に、それまで受動的に話を聞くだけだった加蓮も、流石に黙っていられなくなった。

 だが、山井医師は全く悪びれる様子もなく、淡々と返してきた。

 

「君の病気の治療をするのが私の仕事だ。そして君も、病気が完治することを望んでいる。ならば、手術を拒否する理由は無い筈だ」

 

「患者の私の意見を何も聞かないで、全部勝手に決めるのは、どう考えてもおかしいでしょ!?」

 

「君の病気は末期状態だ。治療するには手術以外の方法が無い以上、無駄な問答を繰り返す必要は無い」

 

「だから、そういうことじゃ……」

 

 何を言っても暖簾に腕押しとばかりに、正論のように聞こえる屁理屈で加蓮の意見は封殺されてしまっていた。今までの医師は、加蓮のことを最大限に配慮し、精神状態にも気を配ってくれていたので、このようなぞんざいな対応をされるとは全く予想できなかった。

 尤も、加蓮に配慮してくれたといっても、その医師達はいずれも加蓮の病気をどうすることもできなかった。自身の病状について尋ねても、お茶を濁して誤魔化すばかりで、建設的な意見は全くと言っていいほど聞けなかったという点では、目の前の山井医師の方がマシと言えばマシなのだが。

 

「それでは、今後の治療プランについては以上で問題は無いな?」

 

「はぁ……もう良いわ。好きにして」

 

 溜息とともに、加蓮はやや投げやりにそう答えた。そもそもの話、人並みの生活を送ること自体を諦めていたのだから、治療方針云々は今更どうでも良かった筈なのだ。故に加蓮は、自身のことながら全て他人事のように、目の前の医師に放り投げることにしたのだった。

 

「手術後のリハビリも含め、早ければ二カ月後には退院して日常生活に復帰できる筈だ」

 

「……随分と飛ばしたスケジュールだけど、そんなに私を病院からさっさと追い出したいワケ?」

 

 どうでもいいこととはいえ、一方的に主導権を握られるだけというのも癪なので、軽い皮肉を口にしてみた。

 

「現状分かっている病状からの推測を述べただけだ。それに、君も病院にいつまでも入院していたいとは思わない筈だと思うのだが?」

 

 どうやら、この冷徹な医師に対しては、皮肉や冗談の類は通用しないようだ。意思疎通を試みることに疲れた加蓮は、カルテに問診結果を記入している山井医師を余所に、そのままベッドに横たわった。それと同時に、ふと思ったことを口にした。

 

「……ねえ、本当に私って、治るのかな?」

 

「手術をすれば、完治できると先程説明した筈だ」

 

「そうじゃなくて、その……病気が治るって、どういうことなのかなって……」

 

「意味不明な質問だな」

 

「……病気が治って退院した後、何をしたら良いのか、分からないって意味よ」

 

「学校に通えば良いだろう。君の年齢からして、まだ中学生だった筈だ」

 

「いや、そうじゃなくて……まあ、確かにそうなんだけど……」

 

 皮肉や冗談が通じない医師に、遠回しな言葉から内心を察して欲しいなどと考えたことが間違いだったと、加蓮は心の底から思った。尤も、そんな医師に対して退院後の相談をしようとしているのだが、加蓮はそんな自分の矛盾に気付いていない。

 

「確かに、病気は嫌だけどさ……退院しても、やりたいこととか無いし……」

 

「それは私が責任を持つべき事項ではない」

 

 案の定の、思い遣りの欠片も無い返しに、加蓮はやっぱりと頭を抱えた。目の前の主治医は、自身の病気を治療するという仕事にしか関心が無く、それですら非常に事務的なのだ。加蓮のことに親身になって話を聞く気が全く無いことを改めて知った途端、病気とは無関係に眩暈がした。

 

「君が今更何を言おうと、病気を治療することは確定事項だ。君は全快し、この病院を退院する。後のことは、術後の経過以外でこちらが責任を持つことは無い」

 

「……もう少し、アドバイスとかくれても良いんじゃない?」

 

「私はカウンセラーではない。君の病気を治すことが仕事であって、生き方の相談を受け付けるつもりはない」

 

「……ちょっと無責任すぎるんじゃないかな?先生が現れるまで、散々治らないって言われてきた病気がいきなり治るって聞かされれば、誰でも戸惑うと思うんだけど……」

 

「繰り返し言うが、私は君の治療後の人生については責任を負うことはしない。それに、治療が失敗したのならばともかく、成功したのならば文句を言われる筋合いは無い」

 

 全く以てその通りの理屈に、加蓮は閉口した。治療にあたり、医師は患者に寄り添うものとされているが、明確に義務付けられていることではない。

 無論、治療方針については患者の意思を最大限反映させる努力をする必要はある。しかし、先程提示された治療方針には文句の付け所は無く、加蓮の病状も末期状態であることから他に取れる治療方針も無い。まさか、優しく接してもらうためにごねて治療を拒否するなどという馬鹿な真似ができるわけもない。

 これからどうしたものか、と治療後の未来について本気で悩み始める加蓮。そんな加蓮を目にした山井医師が……治療方針について手元のボードに記していた手を止め、唐突に口を開いた。

 

「尤も、人に生き方を委ねているようでは、治療をしてもしなくても変わらない。一生抜け殻同然の人生を生きることになるだろうがな」

 

「……!」

 

 それまで治療に関することしか口にしなかった山井医師が口にした皮肉。しかし、それに対して加蓮は何も言い返すことはできなかった。今までの人生のほとんどを病院で過ごし、自身の将来について諦めていた加蓮である。病気が治った先にあるのは、空虚な人生であることは、想像に難くなかった。

 

「それが嫌ならば、探してみることだな。自分のやりたいことを」

 

 山井医師はそれだけ言うと、病室を出て行くのだった。残された加蓮は、山井医師の言葉に衝撃を受け、山井医師が病室を立ち去ったことには気づかなかった。しかし、呆然自失から立ち直ると同時に、加蓮の中にはある決意が生まれた。

 

(絶対に生きて……やりたいことを見つけて、それを現実にしてみせる――――――)

 

 抜け殻のような人生などではない、北条加蓮にしかできない人生を生きてやると……そして、その姿をあの担当患者である自分に対して全くの無関心だった山井医師にも見せてやるのだと、心の中で強く宣言するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『プロジェクトクローネ』は、346プロダクションを代表するアイドルプロジェクトである。海外から帰国した常務取締役、美城常務が同社アイドル部門統括重役に就任すると同時に立ち上げた新企画であり、346プロダクションのブランドイメージを確立させることを目的として、様々な部署から集めたアイドル達によって構成されている。メンバーはいずれもアイドルとしての能力が高い精鋭揃いであり、346プロの中でもトップクラスの人気を誇っている。

 そんな人気プロジェクトたるプロジェクトクローネが使用するプロジェクトルーム中央に置かれたデスクを中心に、三人のアイドルが集まっていた。

 

『先日、立て続けに都内の病院において確認された感染症は、新型のウイルスによるものと判明しました。この感染症の症状は、かつて歴史上で猛威を振るったものに酷似しており、感染力も高いことから……』

 

「なんか、物騒な話になってんな」

 

「三、四日くらいからだっけ?ニュースでやってるように、都内の病院で三件も立て続けに発生したんだって。感染力が強いって話だし、私達も無関係じゃないよね……」

 

 部屋に置かれたテレビを見て呟いた少女――奈緒に同調し、もう一人の少女――凛が、スマホを操作する手を止めて不安そうな表情を浮かべていた。

 凛が言うように、社会は今、都内の病院で連日発生している新型ウイルスによる感染症の脅威に、騒然としていた。感染力が非常に高いだけでなく、重篤な症状が続くこの感染症には、有力な治療法が存在しない。新聞やニュースをはじめとしたあらゆるメディアにおいて四六時中取り上げ、その動向について神経質になるのも、無理からぬ話だった。

 

「ところで、加蓮は何やってんだ?」

 

 新型ウイルスの猛威に不安を抱いている二人を余所に、部屋の中央にあるテーブルの上に私物を広げ、何かを行っていた少女――北条加蓮に、奈緒が話し掛けた。凛もまた、加蓮の手元へと視線を向ける。テーブルの上には、数枚の紙と封筒が置かれており、加蓮の右手にはペンが握られていた。

 

「これって……便箋?誰かに手紙でも送るの?」

 

 手紙を書いていることは分かったが、一体、誰に送る手紙なのだろう。そんな疑問を抱いた凛が口にして問い掛けたことは、奈緒も気になったらしい。二人から興味津々と言わんばかりの視線を向けられた加蓮は、別に隠すことでもなかったらしく、普通に答えた。

 

「ちょっと昔の知り合いに、手紙を送りたくてね」

 

「メールにすれば良いだろう。なんで手紙なんだよ?」

 

「手紙にしないと、これを入れられないじゃない」

 

 そう言って加蓮が手に取ったのは、一枚の紙幣のような形の紙――チケットである。

 

「それって、来月予定しているライブのチケットじゃないか?」

 

「もしかして、その人を招待するつもりなの?」

 

「うん」

 

 二人の問いに対し、笑みを浮かべながら首肯する加蓮。それを聞いた奈緒と凛は、ますますその相手に興味が湧いた。アイドルがライブに身内を招待することは、珍しい話ではない。しかし、大概が家族や親戚、学校などの親しい仲の友人であり、直接渡せる間柄である。昨今、電子チケットの利用者も増えている中で、手紙に同封してまで送るケースは珍しい。そして逆に言えば、そこまでして送りたい相手ということは、加蓮にとって特別な人間である可能性が高いということである。

 

「それで、昔の知り合いっていうのは、誰なの?」

 

「昔、私が病院に入院していた時にお世話になった先生でね……山井先生っていうの。私の病気を治してくれた……いわば、恩人なんだよね……」

 

 チケットを贈る相手に関して、嬉しそうに話す加蓮。その反応を見た凛と奈緒は悟った。明確には口にしていないが、加蓮がチケットを渡そうとしている山井という医師が、男性であることは間違いない。そして、病気を治してくれたことに対する恩義だけでなく……もっと踏み込んだ、“特別”な感情を抱いているのだと。

 これはもう、根掘り葉掘り聞くしかない。そんなことを考えた凛と奈緒は顔を見合わせ、ニヤリと悪い笑みが浮かべた。それを見た加蓮は、しまったと内心で狼狽えるが、もう遅い。

 

「ほほう……それで、加蓮はその素敵なお医者様に、自分の晴れ舞台を見て欲しいと思っているわけだな?」

 

「なっ!……ちょっとそれ、誤解だから!大体、素敵なお医者さまって誰よ。あの人、不愛想で、患者の私にはちっとも優しくしてくれないし、悩みごとの相談だってできやしない……正直、なんであんな人がお医者さんなんてやっているんだろうって、不思議で仕方がなかったわよ」

 

「成程ね。つまり、加蓮はその山井先生を振り向かせたくて、ライブのチケットを贈ろうとしているんだね」

 

「いや、だからそんなわけじゃないんだけど……」

 

「まさか、加蓮が恋する乙女になっていたとはな~!隅に置けないな~お前も!」

 

 元主治医との関係をネタに弄ってくる凛と奈緒に対し、加蓮は否定しようとするも、ニヤニヤと笑いながら囃し立てる二人は全く信じようとしない。特に奈緒は、普段弄られている仕返しとばかりにテンション高めで、机をバシバシと叩きながら憎らしい笑みを浮かべて加蓮を弄っていた。

 

「加蓮に想い人なんて、まさかまさかの展開だよな!こりゃあ、奏や周子にも教えてやらないと……」

 

「奈緒……それ以上騒いだら、この前コスプレ喫茶のサービスを利用して日曜朝の魔法少女の恰好で記念撮影した写真、事務所にばら撒くから」

 

「なぁぁああ!!」

 

 仏心を出して、普段弄られている奈緒のために、少しぐらいは我慢してやろうと考えた加蓮だったが、限度というものがある。スマホを操作して画面に出した写真を奈緒に見せつけ、脅しにかかる。対する奈緒は、加蓮のスマホに表示された写真――奈緒の魔法少女コスプレ――を見せられて、驚愕の叫びを上げ、羞恥に顔を赤く染めていた。

 

「な、何でこんな写真持ってんだよ!?あの日は、あたし一人だった筈なのに……!」

 

「奈緒のカバンを漁ったら、このお店のパンフレット見つけてね。試しに私も行ってみたの。それで、お店の人に奈緒のこと聞いてみたら、こんな写真が出てきたってワケ。私がトライアドプリムスの北条加蓮だって言ったら、快くくれたわ」

 

「決めポーズまでしちゃって……こんなに楽しそうな奈緒、仕事でも中々見られないよね」

 

「凛まで持ってんのかよ!?」

 

 加蓮が取り出したまさかの切り札に、顔を赤くして頭を抱える奈緒。しかも、凛の手にも渡っていたとなれば、恥ずかしさも一入である。先程までの、調子に乗って加蓮を弄っていた姿はどこにもなく、いつもの通り、年上の威厳など欠片も無い奈緒の姿がそこにはあった。

 

「珍しい光景だと思ってたけど、長くは続かなかったね」

 

「ま、これが私達の普通でしょう。奈緒はやっぱり、弄られてないと」

 

「弄っている奈緒なんて、奈緒じゃないよね」

 

「お前等、本当に言いたい放題だな!」

 

 加蓮と凛からボロクソに言われ放題の奈緒は、声を張り上げて怒るも、火に油を注ぐかの如く、二人の弄りはエスカレートしていく。しかし、このままでは本題から脱線していつものやりとりに戻ってしまう。それも悪くは無いが、放置すべき疑問ではないと考えた凛は、改めて加蓮に問い質した。

 

「それで、話を戻すけど、加蓮はそのお世話になった先生をライブに招待したいんだよね?」

 

「凛……話さなきゃ、駄目?」

 

「当たり前だ!あたしだけ恥ずかしい思いするなんて、不公平だろ!」

 

 奈緒を弄ることで上手くはぐらかせると思った加蓮だったが、そうは問屋が卸さなかった。凛に続き、奈緒までもが加蓮に先程の話を詳しく教えろとせっつきにかかる。観念した加蓮は、溜息を吐きながら手紙の相手たる主治医について話し始めるのだった。

 

「はぁ……まあ、そういうことよ。難病を治してもらったことのお礼をしたいっていうのもあるけどね。本当のところは、あの人に私のことを……アイドルになった私を、見せたいって思ったの」

 

「へえ……加蓮がそんな風なことを考えるなんて、珍しいね」

 

「加蓮にとっては、それだけ特別な人ってことだな」

 

 未だに茶化してくる凛と奈緒。そんな二人を、加蓮は半ば本気の苛立ちを込めたジト目で睨みつけて黙らせた上で、話を続けた。

 

「あの頃の私は、色々諦めて、退院した後のことなんて全然考えてなかったからね。ただベッドに横になって、ぼーっとしながら過ごしているだけだった。そんな私を見たその先生から、「抜け殻みたいだ」って言われたのよ」

 

「……なんか、お医者さんって感じじゃないよね、それ。思い遣りの欠片も感じないんだけど」

 

「そういう先生なのよ。でも実際、自分でもそう思っていたから、何も言い返すことができなかったしね。だから、退院してからは、何か好きなことを見つけて、抜け殻なんかじゃない……私らしく生きてやるんだって、決めていたんだ」

 

「それで一念発起して、アイドルを始めたってのか?」

 

 奈緒の問い掛けに、首肯する加蓮。奈緒と凛は、同じユニットの仲間である加蓮がアイドルになった経緯を初めて聞かされたのだが、余程意外だったのだろう。若干驚いたような表情をしていた。

 

「まあ、アイドルになったのはスカウトがきっかけなんだけどね。けど、結果として夢中になれるものは見つかった。だから、アイドルになって、入院していた頃の私じゃないってことを、その先生に知ってもらいたいって思って、チケットを送っているのよ」

 

「ん?送っているって……もしかして、デビューしてからずっとチケットを送り続けてるのか?」

 

「うん。けど、ライブに来てくれているかどうかは、分からないんだけどね」

 

「分からないって……本人には会って聞いたりしてないの?電話とかメールとか、色々連絡を取る手段はあるじゃない」

 

 知り合いの間柄ならば、連絡を取るくらい難しい話ではない筈。そう考えた凛の言葉に、しかし加蓮は首を横に振った。

 

「患者と医師の関係だから、過度に親しくしちゃいけないとかって言われてね。携帯の番号もアドレスも、教えてもらっていないのよ。連絡手段は、勤め先の病院に手紙を送るだけなのよ」

 

「ああ、成程。それで、手紙にチケットを入れて送ってんのか」

 

「そういうこと。まあでも実際、来てくれる保証なんて全然無いんだけどね……」

 

「どうして?」

 

 かつての担当だった入院患者が、感謝の気持ちを表すためにライブのチケットを送っているのだ。行きたいと思うのが普通だろう。しかも、人気急上昇中のアイドルのライブであれば、猶更である。

そんな凛の考えは、口にせずとも加蓮にも伝わったらしい。しかし、苦笑しながら首を横に振って否定した。

 

「あの人……山井先生は、普通のお医者さんとはちょっと違うんだよね。本当に、仕事として患者に接しているって感じで、私の体調とか治療の経過とか以外のことは、全然話をしなかったんだ。……きっと、私のことなんて、何人も治療してきた患者の一人っていう以上の認識は無いんだと思う」

 

「何だよそれ……いくらなんでも、酷過ぎだろ!」

 

「助けてもらった命で精一杯生きている加蓮に対して、失礼だよね……」

 

 山井医師の、加蓮に対する人も無げな態度に、奈緒は声を上げて憤慨した。凛は声こそ上げていないものの、険しい表情をしていた。それと同時に、二人は目を合わせて頷き合い、あることを決意した。

 

「その医者には、何が何でも次のライブには来てもらう必要があるな」

 

「奈緒の言う通りだね。加蓮のことを、ここまで無碍にされたら、私達も黙っていられないしね。そういうことだから加蓮、そのお医者さんがいる病院に案内して」

 

 是が非でも山井医師を加蓮のライブに連れて行こうとする凛と奈緒。このままでは、本当に病院まで乗り込みかねない。二人の様子からそう感じた加蓮は、説得を試みる。

 

「いやいや、あの人も本当に忙しい人だから。凄腕の若手医師として知られていて、難しい手術をいくつも成功させているって話だし。それに、私みたいな患者の病気を治しているんだから、病院を休んでまでライブに来てくれなんて……とてもじゃないけど、言えないよ」

 

 加蓮の言葉に、それまでヒートアップしていた奈緒と凛はクールダウンする。山井医師が凄腕の医師であることは、加蓮の病気を完治させたことからも明白である。そして、それだけ優秀な医師ならば、加蓮のような患者を何人も治療するために日々奔走していることは想像に難くない。いくら加蓮への対応がぞんざいだからといって、こちらの都合ばかり押し付けるのは傲慢というもの。ましてや、元病人の加蓮の立場では、猶更そんなことは言い出せるものではないのだ。

 

「まあ、残念には思うけど……仕方の無いことだよ。それに、今都内は新型のウイルスとかでかなり騒がしいことになっているから、今回もチケットだけは送って満足するわ」

 

「「……」」

 

 事情が事情なのだから仕方が無いと言って、諦めた様子の加蓮だったが、その表情が曇ったのを、凛と奈緒は見逃さなかった。初めからあまり期待していなかったというのは本当だろうが、本心では来て欲しい筈である。でなければ、そもそもチケットを贈ったりはしない。

 かといって、強引にライブへ来るように迫るのは、却って加蓮に心苦しい思いをさせることになる。しかし、加蓮の心情を知った今、このまま何もせずに諦める気にはなれなかった。

 

「……加蓮。それならせめて、直接渡すくらいはしてみたらどうかな?」

 

「いや、だから山井先生も忙しいって……」

 

「手紙を渡すだけなら、一分もかからないだろ?忙しいのも分かるけど、直接渡すだけでも、違うと思うぞ。来てくれないにしても、加蓮が今、頑張ってるってことだけは伝えられるんだしよ」

 

 加蓮が今、頑張ってアイドルをしているということを知ってもらうには、それ以外に方法は無い。説得は諦めるしかないだろうが、直接会って一言「来てください」とだけ言って渡すだけならば、まだできるかもしれない。迷惑に思われる可能性は高いが、どれだけ真剣なのかを伝えるには、やはり面と向かって渡すのが一番である。

 

「私達も協力するからさ……その人に、一度だけ会ってみようよ」

 

「そうそう!伝えたい気持ちがあるなら、行動あるのみだぜ、加蓮」

 

「凛……奈緒……」

 

 そう言って笑いかけて背中を押してくれる凛と奈緒の優しさに、加蓮は胸が熱くなる思いだった。二人にここまで言わせてしまったのだから、自分もそれに応えなければならない。そう思った加蓮もまた、決意を固めた。

 

「分かった。山井先生に会って、渡してみる。断られちゃうかもしれないけど……頑張ってみるよ」

 

「うん、あたし等もついていってやるから、安心しろ!」

 

「……奈緒、本心では面白がってない?」

 

「そ、そんなことあるわけないだろ!ほ、本当だぞっ!」

 

 奈緒の狼狽える様子から、やはり加蓮と山井医師の仲が気になっており、ピンクな妄想を抱いていることは明らかだった。だが、いつまでも奈緒を弄っているわけにはいかないと、凛が話を戻した。

 

「はいはい、加蓮もそこまでにして。それより、その山井先生って、どこの病院にいるの?」

 

「私が入院してた病院に、今も勤めているわ。都内にある『阿波田大学付属病院』っていうところ」

 

「……えっ?」

 

「どうしたんだ、凛?」

 

 加蓮が口にした病院の名前に、目を丸くして驚いた様子の凛。一体どうしたのかという、奈緒の問い掛けに対し、凛は、

 

「えっと、卯月から聞いたんだけど、その病院は……」

 

 

 

 

 

 

 

「美穂ちゃん、大丈夫?」

 

「うん……大分良くなったよ。小梅ちゃんも、ありがとうね」

 

 心配そうな小梅の問いに対し、美穂はベッドに横たわった状態で、若干やつれた顔に精一杯の笑顔を浮かべて答えた。力なく答えた美穂の右手には、細長いチューブが繋がれていた。

 二人が今いる場所は、美穂の状態から分かるように、病院だった。『阿波田大学付属病院』というこの病院は、都内でも有数の医療施設を備え、最新鋭の機器による治療や、ウイルスの研究が日夜行われていることで知られている。

 美穂は現在、そんな有名病院に入院していたのだった

 

「それにしても、びっくりしたよ……美穂ちゃんが、救急車で運ばれるなんて……」

 

「……私もまさか、こんなことになるなんて、夢にも思わなかったよ……」

 

 はは、と苦笑しながら、美穂は小梅とともについ先日起こった出来事をしみじみと思い出していた。

 それは、三日前の昼過ぎのこと。美穂の所属するアイドルユニット『ピンク・チェック・スクール』のダンスレッスンが行われている最中に、それは起こった。仲間達とともにレッスンに励む美穂を、突如として強い腹痛が襲ったのだ。その痛みのあまり、美穂は立っていることすらできず、その場に倒れて蹲ってしまった程だった。ただの腹痛ではないと異変を察知したトレーナーは、即座に救急車を呼び、美穂は病院へと運ばれた。病院で詳しい検査を受けた結果、美穂を苦しめた病気の正体は、すぐに判明した。

 

「まさか、『盲腸』になるなんて……全然想像もつかなかったよ」

 

 『盲腸』――正式名称『虫垂炎』とは、その名の通り、虫垂で何らかの原因で細菌が増殖、炎症が起きている状態である。開腹手術をした際に、虫垂が化膿や壊死を起こして盲腸に張り付いていたことから盲腸の病気と誤認されていたことのあることから、以前は『盲腸炎』と呼ばれていた病気であり、老若男女、あらゆる世代がかかる、ありふれた病気としても知られていた。そんな

病気にかかってしまった美穂は、手術のために入院するに至ったのだった。幸い、手術は無事に成功し、術後の経過も順調そのもの。早ければあと二日程度で退院できるまでに至ったのだった。

 

「けど、良かったよ。そんなに酷いことにならなくて……」

 

「うぅっ……本当はそこまでの病気じゃないのに、皆にこんなに心配かけちゃうなんて……」

 

 入院したとはいえ、『虫垂炎』はありふれた病気であり、美穂の場合もそこまで酷い病状には至らなかった。しかし、事務所から救急車で病院に搬送される現場を、一緒にレッスンをしていた卯月と響子以外の346プロのアイドル達にも見られていた。結果、美穂が重大な病気にかかっているのではという噂が346プロの事務所中を駆け巡ってしまったのだった。お陰で入院してから三日間、同事務所のアイドル達の見舞いが絶えなかった程である。

 大した病気でない筈なのに、周囲に多大な迷惑と心配を掛けてしまったことに対し、美穂は非常に心苦しく、申し訳ないと感じていたのだった。

 

「皆には本当に悪いことしちゃったよ。退院しても、しばらくはダンスレッスンはできないし、イベントもいくつかお休みしないといけない。私のせいで、卯月ちゃんや響子ちゃん……ユニットの皆には、心配だけじゃなくて、迷惑までかけちゃうなんて……」

 

「皆、美穂ちゃんのことは心配はしてたけど、迷惑だなんて思ってなかったよ。だから、そんなに気にしないで良いと思うよ……」

 

「小梅ちゃん……ありがとう」

 

 美穂だって、好きで病気になったわけではないのだ。確かに、美穂の体調不良でユニットの活動には著しい影響が出るのは間違いないが、それを理由に恨むような者は346プロにはいない。

 小梅の言葉のお陰で、少しは気が楽になったのか。力なく笑みを浮かべる美穂の顔色が、僅かに良くなったように見えた。

 

「それじゃあ、私はそろそろ行くね。それからこれ……お見舞いの品だよ」

 

「これって……トマトジュース?」

 

「トマトは身体に良いんだよ。血のように真っ赤で、内臓をすり潰したみたいにドロっとしているのは特に……」

 

「うぅっ……!小梅ちゃん、その話はちょっとよしてくれないかな……」

 

「……ごめん」

 

 トマトジュース自体は、健康のために良かれと思って持ってきたのだろうが、その後の説明は明らかに不適切だった。口元を押さえて顔色が悪化していく美穂を見て、反省する小梅だった。

 

「これ……あとで飲むね」

 

「うん。それじゃあ、また今度……」

 

 美穂に見舞いの品を渡した小梅は、相も変わらず服の袖に隠れた状態の手を振って美穂に別れを告げた。三階にある美穂の病室を後にした小梅は、病院の廊下を歩いて元来た道を進み、一階の入口を目指す。その途中、ふと窓の外を見た小梅は、予期していなかった、意外なものを見つけた。

 

「鬼太郎さん……!」

 

 病院の入口を通過する、青色の古めかしい、長袖・半ズボンの学童服の上に、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを纏った少年。それは、紛れもなく小梅がつい最近知り合った友人であり、自身の遠縁の親戚でもある妖怪の少年、ゲゲゲの鬼太郎だった。

 

(こんなところに、どうしたんだろう?)

 

 普段はゲゲゲの森で暮らしている鬼太郎が、人間界に出て来る所用といえば、妖怪絡みの出来事が真っ先に浮かぶ。まさか、この病院に妖怪がいるというのか。そんな考えが脳裏を過った、その時だった。

 

「!」

 

 窓の外を見ていた小梅の背後を、誰かが通った。その途端、小梅は肌が粟立つようなぞくりとした感覚に見舞われた。思わず振り向いたが、そこには誰もおらず……自身の背後を通過した人影は、廊下の曲がり角へと消えていた。

 

(今の……)

 

 強い霊感を持つ故に、人には見えないものを見たり、その声を聞くことができる小梅だから感じ取ることができた気配だった。しかもその気配には、覚えがある。つい最近……鬼太郎と協力して倒した妖怪『青行燈』が姿を現した時と同じものだったのだ。

 

(もしかして……あの人が妖怪?)

 

 だとすれば、鬼太郎がこの病院を訪れている理由も頷ける。先程感じた気配からして、善良な妖怪とは思えない。この病院には、同じ事務所のアイドルである美穂も入院している。もし鬼太郎と敵対するのなら、巻き込まれる可能性がある。そう考えた途端、小梅はその正体が非常に気になった。

 

「………………」

 

 気付けば小梅は、先程廊下の角に消えた人影を追い掛けていた。冷静になって考えれば、危険な妖怪ならば、鬼太郎とまず合流するべきだった。しかし、美穂の見舞いにて、その弱々しくなった姿を目の当たりにした小梅は、まず先に妖怪の正体を確かめるために動いてしまった。

 そして、先の人影を追い掛けることしばらく。小梅はとある病室へと辿り着いた。病室の中は昼間にも関わらず灯りが点いていない。一体、中で何が行われているのだろう……。疑問に思った小梅は、音を立てないように恐る恐る病室の中へと入った。

 

(あそこ……かな?)

 

 ベッドが六つほど並べられ、窓にはカーテンがかけられた病室の中。窓から微かに入ってくる日の光を頼りに部屋を見渡すと、一カ所だけカーテンが掛けられているベッドがあった。小梅は忍び足でそのベッドへと近づいた。そして、カーテンを開けようと手を掛けた――――――その時だった。

 

「誰だ!?」

 

「!!」

 

 人の者とは思えない、ドスの利いた声と共にカーテンが突如として開かれ、中から“何か”が現れた。薄暗い部屋故に詳細な姿は分からなかったが、明らかに人間のものではない、異形の影がそこにはあった。

 

「見たな……」

 

「――っ!」

 

 思わず後ずさる小梅を視認するや、その異形は小梅に覆いかぶさるように迫った。

 薄暗い部屋の中、小梅が最後に見たものは、白い髑髏と、その口の部分から噴き出す黒い煙のようなものだった――――――

 

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