ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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悲運なる出会い 北条加蓮と妖怪医師 ③

「な、何なの……これ……?」

 

 目の前で起こった出来事が理解できず、加蓮は思わず呟いた。車に乗ろうとしていた山井のもとへ、上空から高速で下駄が飛来したかと思えば、山井はこれを人間離れした動きで回避。狙いを外した下駄は、屋上から飛び出して空中に滞空していた少年のもとへ戻り、それが足に嵌るのとほぼ同時に、少年は着地した。それだけで、山井と相対する少年が、人間ではないと物語っているかのうようだった。

 

「まさかあの子供って……ゲゲゲの鬼太郎!?」

 

 想定外の事態が病院の駐車場にて立て続けに目の前で発生し、思考が硬直していた三人の中で、一番先に我に返った奈緒が、驚いた表情で声を上げた。どうやら先程のやりとりの中で、青色の学童服の上に、黄色と黒の縞模様のちゃんちゃんこを羽織った少年が、山井から『ゲゲゲの鬼太郎』と呼ばれていたことだけは聞き取れていたらしい。

 

「鬼太郎って……もしかして、事務所で噂になっている、あの?」

 

「ああ、間違いない。小梅とか飛鳥とかから聞いて、あたしもネットで調べてみたけど、記事に載ってた容姿そのまんまだ」

 

 世間では都市伝説として囁かれている『ゲゲゲの鬼太郎』の話は、346プロにおいては特に有名な噂となっていた。噂が事務所内に広まるきっかけとなったのは、件の青行燈によるアイドル連続失踪事件だった。人知れず事件を解決した鬼太郎だったが、その噂は事件の当事者だった小梅や蘭子を出所として、密かに広まっていたのだった。

 

「それじゃあ、美波やアーニャ達が行方不明になった事件は妖怪の仕業で……それを、あの鬼太郎って子が解決したってことなの?」

 

「小梅も手伝ったって話だけど……今はそれどころじゃない。さっきあいつ、山井先生に向かって……“妖怪”って言ってたよな……?」

 

 そして思い出されるのは、今しがた鬼太郎が山井に向かって口にした言葉だった。鬼太郎は山井に向かって『妖怪』と言っていた。そして、妖怪としての名前は……

 

「疫病神……………まさか……」

 

 今しがた起こった出来事と、鬼太郎が口にした言葉の意味を理解し切れなかった……否、理解したくなかった加蓮は、口に手を当てて放心したように立ち尽くすことしかできなかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

「今日この病院で、都内で流行している新型ウイルスに罹った患者を見た。あのウイルスは、妖怪が作ったものだ。しかも、感染者は疫病神であるお前が医師として勤めている部屋の前に倒れていた。無関係だとは、言わせないぞ」

 

「……」

 

「あのウイルスは、お前が作ったものなんじゃないのか?」

 

「……」

 

「都内で流行っているウイルスも、お前の仕業なのか?」

 

「………………」

 

 鬼太郎の、鋭い視線とともに畳みかけるように繰り出される問い。しかし、対する山井――否、疫病神は、氷の如く冷たい表情を変えることなく、何も答えない。その態度に痺れを切らした鬼太郎が、苛立ちを露に先程までより強い口調で問いを投げる。

 

「どうして黙っている?やはりお前が、一連のウイルス騒動の根源だからか?」

 

「………………」

 

「何も答えないというのならば、力尽くでも本当のことを聞かせてもらうぞ!」

 

 その宣言と同時に、臨戦態勢に入る鬼太郎。対する疫病神も、先程よりも視線を鋭くして、剣呑な空気を纏い始めた。

 

「髪の毛針!」

 

 先に仕掛けたのは、鬼太郎だった。毛髪を逆立て、疫病神目掛けて無数の毛針を放つ。広範囲に仕掛ける攻撃に対し、しかし疫病神は慌てた様子もなくその場から一歩も動かないまま、右手を前方に翳した。すると、疫病神の右手に黒い煙状の妖気が噴出。それは瞬時に収束し、細長い何かへと姿を変えた。鬼太郎の髪の毛針が届くよりも先に形勢されたそれは、一本の錫杖だった。その頭部には、髑髏が備え付けられていた。

 疫病神は、その手に取った髑髏の錫杖を持つと、地面を突いた。すると、「シャランッ」という音とともに、錫杖頭部にある髑髏の口から先程疫病神が手から出したものと同色の、黒い煙が噴出した。髑髏の錫杖から放たれた黒い煙は、鬼太郎と疫病神の間を阻むように広がった。鬼太郎の髪の毛針は、黒い煙に触れた途端に鋼のような硬度を失い、もとの髪の毛と化して地面へ落ち、チリチリと焼けるような音とともに煙を上げて消滅した。

 

「気を付けろ鬼太郎!疫病神の『瘴気』じゃ!あれに触れれば、瞬く間に毒気にやられてしまうぞ!」

 

「はい、父さん!」

 

 高速で射出される、鋼鉄の如き硬度を持つ髪の毛針が、尽く阻まれたのだ。瘴気の毒性は、目玉おやじの言うように侮れるものではない。妖怪である鬼太郎自身でも、触れれば最悪の場合は即死、それでなくとも瀕死に至るのは間違いない。

 

「ならばこれだ!霊毛ちゃんちゃんこ!」

 

 これに対抗するために鬼太郎は、霊毛ちゃんちゃんこを手に取り、振り回し始めた。すると、ちゃんちゃんこは瞬く間に倍以上の大きさに広がって高速回転を開始し、旋風を起こした。

 

「む……!」

 

 如何に強力な毒性を帯びた瘴気といえども、霧である以上は、気流に逆らうことはできない。ちゃんちゃんこが起こした風は、疫病神を守るように展開していた瘴気の霧を吹き飛ばしていった。

 

「指鉄砲!」

 

「くっ……!」

 

 疫病神を守る壁が無くなり、道が開けた隙を鬼太郎は見逃さず、指鉄砲で畳みかける。だが、疫病神も一筋縄ではいかない。瘴気の霧が晴れた途端に横へと跳び、指鉄砲を回避する。

 

「ふん……っ!」

 

 指鉄砲を回避した疫病神は、再度錫杖で地面を突き、頭部の髑髏を鬼太郎へと突き出した。すると、髑髏の口から先程同様に瘴気が、しかし今度はかなりの勢いをもって直線状に噴出された。

 

「鬼太郎、避けるんじゃ!」

 

「くぅっ!」

 

 自身を標的として噴出される瘴気に対し、鬼太郎はこれを横へと転がって回避した。対する疫病神は、瘴気を連続で噴射して鬼太郎を追い詰めていく。僅かでも触れれば、動きが鈍り、決定的な隙となる以上、鬼太郎は回避に専念せざるを得ない。鬼太郎が反撃の隙が掴めないまま、疫病神の一方的な攻勢が繰り広げられ、辺りには瘴気が立ち込める。

 

「もう逃げ場が……!」

 

 瘴気の噴出を回避している内に、完全に逃げ場を失い、窮地に立たされる鬼太郎。そして、疫病神による止めの一撃が放たれようとした……その時だった。

 

「ゴホッ、ゴホッ!」

 

「「「!」」」

 

 鬼太郎と目玉おやじ、疫病神以外に誰もいなかった筈の駐車場に、突然聞こえた咳き込む声。戦闘をしていた三者が声のした方へと視線を向ける。すると、黒い瘴気の合間から、地面に膝を突いて倒れる三人の少女の姿が見えた。どうやら鬼太郎と疫病神の戦いを目撃し、瘴気を吸い込んだのだろう。三人の顔色は一様に悪く、チアノーゼを起こしているようだった。

 

(まずい……!)

 

 疫病神の瘴気は、妖怪の鬼太郎ですら触れれば命の危険が伴うのだ。人間が食らえば、一溜まりもないことは言うまでも無く……死に至ることは避けられない。三人を救うには、瘴気の元となっている疫病神を倒すほかに無い。かくなる上は、一か八か、避けられる可能性が高いことを覚悟の上で、もう一度指鉄砲を放つしかない。そう考えた鬼太郎は、指を構えようとする。

 

 

 

シャランッ――――――

 

 

 

 しかし、鬼太郎が指鉄砲を放とうとしたその時、疫病神の持つ錫杖の音が、辺りに響き渡った。それと同時に、駐車場一体に立ち込めていた黒い瘴気が一斉に消滅した。

 

「疫病神!?」

 

 瘴気を消し去った本人たる疫病神の姿を探す鬼太郎だったが、視界の晴れた駐車場には、既にその姿は無かった。どうやら、瘴気の消滅に乗じて姿を消したらしい。

 

「鬼太郎、今は疫病神よりも、あの子達じゃ!」

 

「はい、父さん!」

 

 

 

 

 

 鬼太郎との攻防から離脱した疫病神こと山井は、病院から離れた、人目につかない場所へと移動していた。その表情には戦闘開始前と同様、何ら変化は無かったが、その額には汗が浮かんでいた。

 

(流石は幽霊族の末裔――ゲゲゲの鬼太郎といったところか。数多の妖怪を退けてきただけのことはある)

 

 得意の瘴気を使った戦術で鬼太郎を追い詰めていた山井だったが、実はかなりギリギリの攻防だった。特に指鉄砲については、疫病神の瘴気でも防ぎきれるか分からない、警戒すべき威力だった。四方を瘴気で囲んで追い詰め、止めの瘴気を浴びせようとしたあの時、鬼太郎が反撃に指鉄砲を放っていたならば、共倒れになっていてもおかしくなかったのだ。戦闘を中断して離脱できたのは、鬼太郎のみならず、山井にとっても僥倖だった。

 

(最早、一刻の猶予も無い、か……急がねば)

 

 左手にハンカチを持って額の汗を拭う山井の右手には、スマートフォンが握られていた。画面に映されているのは、先程届いたメールの文章。送り主は、疫病神としての山井に関わりのある者。そしてその内容は、非常に好ましくない事態を告げる……自身が今現在立たされている危機的状況について示すものだった。

 

(ゲゲゲの鬼太郎まで動き出している以上、早急に事態を収拾せねば……)

 

 自身が置かれた状況を再認識した山井は、スマートフォンを懐にしまうと、ある目的地を目指して歩きだす。その道中に、鬼太郎の介入を含めた、現状の事態を収拾するためにはどのように動くべきかについて、思考を走らせる。

 

(あの娘にも、私の正体を知られてしまった以上、もはや山井という医師としての名前は使えんな……)

 

 人間界において活動するために用意した、医師としてのアンダーカバーだったが、人間に正体を知られてしまった以上は破棄するほかに無い。阿波田大学付属病院からは、山井という医師が残した痕跡全てを消した上で、引き上げねばならないのだ。

 そう、山井という医師の存在を、完全に消し去って――――――

 

(この身は疫病神……この存在は、使命を全うするためだけにある……)

 

 ただ、「山井という存在を捨てる」ということを考えた途端、何かが自身の中で疼くのを感じた。疫病神として、今まで幾度となくやってきたことに、迷いでも生じているというのだろうか。そんな考えが頭の中を過ったが、山井は――疫病神は、自身が妖怪として為すべき使命を、自分自身に言い聞かせるように内心で呟いていた。

 自分自身に言い聞かせる……口に出さずとも、その行為自体が、疫病神にあるまじき行為であることに、気付かぬまま………………

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたかい?」

 

「あ、ありがとう……」

 

 駐車場において行われた鬼太郎と疫病神による攻防の後。鬼太郎は戦闘に巻き込まれた少女三人――加蓮、凜、奈緒を、病院の入口付近にあるベンチへと移動させて休ませていた。疫病神の瘴気を吸引したことで弱っていた三人だが、疫病神が引き上げたことで瘴気の毒気が弱まったのだろう。しばらく休むと、三人とも顔色が良くなってきていた。

 

「それにしても……お前って、本当にゲゲゲの鬼太郎、なのか?」

 

「……本当も何も、僕はゲゲゲの鬼太郎だ」

 

「君達も、先程の鬼太郎と疫病神との戦いを見ていたじゃろう。君達の知らない、見えない世界は確かに存在し、妖怪もまた実在するのじゃ」

 

「目玉おやじさん、でしたっけ……」

 

「小梅が言っていたけど、本当にいたんだ……」

 

 正直に言えば、先程の戦闘も夢だったのではと思ってしまうのだが、目の前にいる目玉の親父の存在が、何よりも説得力を持っていた。鬼太郎の手の平の上で講釈を垂れる目玉おやじの姿に、凜と奈緒は顔を引き攣らせていた。

 

「小梅……それは、白坂小梅のことか?」

 

「えっと……ああ。お前の話も、あいつから聞いたんだ」

 

「あとは、美穂とか蘭子とか。事務所の皆を助けてくれたって、言ってたから」

 

「事務所……すると君達は、小梅ちゃんと同じアイドルなのかね?」

 

「ああ、やっぱり知らなかったんだ……一応、346プロでもそれなりに有名な、『プロジェクトクローネ』っていう部署に所属しているアイドルなんだけどな……」

 

「まあ、そういうところも妖怪らしいと言えばらしいけど」

 

 小梅や美穂のことを知っているのならば、自分達も知っているのではと淡い期待を抱いていたが、鬼太郎も妖怪である。人間界のことについては、それ程深い関心は抱いていないらしい。分かってはいたことだが、アイドルとしては少しばかりショックなのも事実だった。

 

「そうか……君達が僕のことを知っているのは分かった。だが、これ以上人間がこの事件に関わるべきではない。でないと、さっきの戦いに巻き込まれるだけでなく……小梅のようになるぞ」

 

「小梅のようにって……あいつに何かあったのか?」

 

「知らなかったのかね?あの子は今日、この病院で妖怪に襲われて、例のウイルスによる感染症を発症したのじゃ」

 

 目玉おやじの言葉に、三人は驚愕に目を見開いた。鬼太郎と目玉おやじは、同じアイドルの小梅の件について調べる中で、山井こと疫病神に行き着いたとばかり思っていたのだが、三人の反応を見る限りでは、あの場に居合わせたのは偶然だったらしい。

 

「小梅が妖怪に襲われたって……それじゃあ今、小梅は!?」

 

「今は、この病院の隔離病棟に搬送されて、治療を受けている。だが、あのウイルスは妖怪のものである以上、人間の医学で治療することは不可能だ」

 

「ウイルスって、今都内で騒動になっているウイルスだよね?それが妖怪の仕業って……本当なの?」

 

「間違いない。感染症を発症した小梅の身体から無数に出ていた豆のようなできものからは、妖気が感知されていたからな」

 

 現在都内を騒がせているあのウイルスによる騒動が妖怪の仕業であると聞かされた三人は、愕然としていた。人の目には見えない世界に生きているという妖怪が、人間の目に見える形で、そのような大きな出来事の原因となっていたとは思いもしなかったからだ。

 

「そういえば、さっき山井先生のことを『疫病神』って言ってたけど、それってやっぱり……」

 

「山井という医師としての名は仮のもの。その正体は、人間界に病気をばら撒く妖怪『疫病神』じゃ」

 

「そして、恐らくは一連のウイルス騒動を引き起こしている元凶だ」

 

 目玉おやじと鬼太郎から齎された予想通りの説明に、先程以上に衝撃を受けた様子の三人。『疫病神』とは、人から嫌われる人を比喩する言葉として使われる言葉だが、その元々の意味については、妖怪について詳しくない凜も奈緒も、そして加蓮も知っていた。

 しかし、だからこそ解せないこともあった。

 

「ちょっと待ってくれよ。『疫病神』っていうのは、病気をばら撒く妖怪なんだろ?なんでそんな奴が、病院で医者として働いているんだよ?」

 

 奈緒の疑問は尤もだった。病気をばら撒いて人間を苦しめる疫病神が、人間の病気を治療する職業たる医者としての活動をしているのだ。完全に矛盾しているとしか思えない。凛と加蓮も同じことを考えていたらしく、奈緒に同意するように頷いていた。

 そんな三人の疑問に答えたのは、やはり目玉おやじだった。

 

「“疫病神だからこそ”じゃよ。病気と密接に関わる医師という仕事は、疫病神に課せられた使命を果たすには、この上なく適しているのじゃ」

 

「疫病神の……本来の役目?」

 

「疫病神の役目って言ったら、病気をばら撒くことなんじゃないの?」

 

「それは違う。疫病神にも、妖怪としての使命とも呼べる目的が存在する。疫病を人間界にばら撒くのは、目的を成し遂げるための手段であって、目的ではないのじゃ」

 

「真の目的?」

 

 疫病を人間界にばら撒くことで成し遂げられる目的とは何なのか。目玉おやじに説明されて、三人は考え込む。そんな中で、一番早く答えに辿り着いたのは、奈緒だった。

 

「もしかして……病気で大勢の死人を出して、人間の数を減らす、とか?」

 

「おお、よく分かったのう」

 

 恐る恐る口にした奈緒の予想を、感心したように肯定する目玉おやじ。だが、その答えを考え付いた奈緒は、全く嬉しそうではなく……隣に座る凜と加蓮とともに、その恐るべき真実に戦慄していた。

 ちなみに、奈緒がこの答えに行き着いたのは、アニメ好きでこの手の物語についてよく知っていたことに加え、以前プロジェクトクローネのリーダーである速水奏の勧めで見たミステリスリラー映画がヒントとなっていた。しかし、まさかアニメや映画の中の出来事が現実のものとなろうとしていたとは、答えを出した奈緒自身も未だに信じられなかった。

 そんな三人をよそに、目玉おやじの説明は続く。

 

「疫病神は、人口を調整するために疫病をばら撒くが、人間を根絶やしにすることが目的ではないのじゃ。である以上、目的の数まで人口が減ったところで、疫病は終息せねばならん。そのためには、人間界の様々な情報に基づいて計画を立てる必要があるのじゃ。その中には、医療技術の進歩というものも含まれておる。あの、山井と呼ばれた疫病神が医師という仕事に就いておったのも、人間界の医療技術がどの程度のものなのかを調べるという目的があったのじゃ」

 

『………………』

 

 目玉おやじの話を聞いていた奈緒と凜は、一様に顔を青くして沈黙してしまっていた。二人の胸中にあるのは、疫病神に対する恐怖心に他ならない。大勢の人間を死に至らしめるような病原菌を所持している妖怪が身近に潜んでおり、自分達を間引きしようとしているのだ。三人の反応も、無理からぬことだった。

 

「……そんなの、勝手過ぎるじゃない。私達を、まるで家畜みたいに……!」

 

 いち早く恐怖から覚めた凜が発露したのは、怒りの感情だった。如何なる理由があろうとも、相手がどのような存在であろうとも、自分達人間の生殺与奪の権限を握られていると知らされて良い気がする人間などいないのだから、当然の反応ではあるのだが。

 対する目玉おやじは、諭すように続けた。

 

「君達にとって、疫病神という妖怪は邪悪なものに見えるのじゃろうが……しかし、あ奴等とて、悪意あって疫病をばら撒いているわけではないのじゃ。それに、昨今の人間社会の問題である、戦争や環境破壊も、元を辿れば人間が増え過ぎたことで起こっておる。疫病神の活動は、そういった問題の抑止にもなっておるのじゃ」

 

「けど、だからって……そんな……!」

 

 目玉おやじに対し、凜は反論の言葉が出て来ない。非常に極論ではあるが、環境破壊も戦争も、詰まるところ人間のせいで起こっているのだ。である以上、疫病をばら撒いて人間を減らせば、そういった問題にある程度の歯止めが利くのも事実。それを分かっているからこそ、目玉おやじが言うことを否定することができないのだ。

 だが、理解はできても納得できるかは別問題である。戦争や環境破壊がどれだけ深刻な問題だとしても、大勢の人間を死なせる理由にはならない。人を死なせることに禁忌を抱く、凜や奈緒には、どうあってもそれを認めることはできなかった。

 

「二人とも、そこまでだ」

 

 話が疫病神談義に移ってしまったため、流れを戻すべく、鬼太郎が割って入った。

 

「父さん。今、問題なのは、先程取り逃がした疫病神です。あいつが一連のウイルス騒動の元凶だとするならば、このまま放置することはできません」

 

「そうじゃったな。疫病神の仕事を邪魔することは、譬えわし等といえどもできんが、今回の騒動は完全に奴の独断であり暴走じゃ。鬼太郎の言う通り、止めねばならん」

 

 今問題となっている、山井と呼ばれた疫病神をどうすべきかについて、方針を話し合おうとする鬼太郎と目玉おやじ。そんな二人のやりとりの中に、奈緒は違和感を覚えた。

 

「ちょっと待ってくれ。独断とか暴走ってどういうことだ?今、都内で発生している新型ウイルスの感染症は、目玉おやじさんの言う、疫病神の計画によるものじゃないのか?」

 

 先程聞いた話から、今都内で流行している新型ウイルスは、疫病神の人口削減計画によるものと、奈緒達は考えていた。しかし、暴走や独断といった言葉が出たことからして、それは違うらしい。何より、先程まで疫病神のやることについて肯定の意を示していた鬼太郎達が、それを止めようとしている。これは一体、どういうことなのかという奈緒の問い掛けに、答えたのは、やはり目玉おやじだった。

 

「それは違う。この一件は、疫病神本来の役目からは逸脱した、計画によらないものじゃ。何せ疫病神は今、疫病を蔓延させることによる人口調整を行っていないからのう」

 

「……どういうこと?」

 

「疫病神は、今は計画を凍結させ、人間界の情報収集に努めておる。何せ、人間を一定の数まで減らす程度に疫病を蔓延させるための計画は、非常に繊細で綿密なものじゃ。一歩間違えば、数百年前のように、人間界において想定外のとんでもない影響を及ぼすことになるからのう」

 

「数百年前って……一体、何があったんだよ?」

 

「“天然痘”の流行じゃよ。如何に疫病神の務めだったとはいえ……あれは明らかに度が過ぎておった。世界中に蔓延して、想定以上の人間が死に至ったのじゃ。この日本も勿論じゃが、最も酷かったのは、アメリカ大陸じゃ。天然痘の影響で、アメリカ・インディアンは、いくつもの部族が壊滅し、人口は五パーセント以下にまで激減したとされておる。」

 

「天然痘って……歴史の授業とかでも何度か聞いてたけど、そんなに酷い病気だったのかよ……」

 

「影響は人間の世界に止まらず、妖怪の世界にまで及んだものじゃ。部族の壊滅によって、信仰を失った妖怪が著しく弱体化し、消滅した者もおった。それに、大量の死人が出たことで、死後の魂をあの世へ運ぶ役目を持つ死神が、その魂を回収し切れず、この世界を彷徨うこととなった魂が悪霊や妖怪と化し、人間界にさらなる災厄を引き起こしたとされておる」

 

「そんなことが………………」

 

 目玉おやじの説明に、改めて戦慄する一同。人口を調整するための疫病をばらまくことを使命としている以上、いずれは終息する病気しかばら撒かないのだろうが、やりようによっては人類を根絶やしにすることも十分可能だろう。そんな恐ろしい考えが頭を過った奈緒と凜だったが、恐ろし過ぎて目玉おやじに確認することすらできなかった。

 

「まあ、そういうわけで、疫病神はそれ以降、死神を巻き込んだコミュニティーを形成して、より綿密な計画を練る方針を取るようになったのじゃ。現在は計画を凍結させた上、計画に必要な諸々の情報を集め、死人の魂を集める死神とも徹底した打ち合わせを行っておる最中じゃ。勝手に疫病を蔓延させるのは、疫病神のルール違反なのじゃ」

 

「コミュニティーって……なんか、そういうところって、人間の会社とかに似てるよな」

 

 大規模な作戦を行うならば、組織を作って役割分担を行い、事前調査を徹底するのは当然といえば当然のこと。しかし、『妖怪は人間とは異なる存在である』という認識が強かったために、妖怪が人間と同じようなことをしていることに違和感を覚えてしまっていた。

 

「父さん、また話が脱線しています。疫病神をどうすべきかを、今は優先して考えるべきです」

 

「おお、そうじゃった、そうじゃった。すまんな、鬼太郎。つい饒舌になってしまったわい」

 

 鬼太郎の知恵袋であり、数多の妖怪に関する知識を収集した目玉おやじの性なのだろう。妖怪の話について真剣に耳を傾ける人間が三人もいたことも理由なのだろう。

 

「疫病神の目的は、さっきも言ったように、人口を目的の数まで減らすことじゃ。である以上、疫病を狙ったタイミングで収束させる必要がある。つまり、疫病神は世間を騒がせておるウイルスとともに、それを治療するための手段も開発している筈じゃ」

 

「特効薬、ですか」

 

 鬼太郎の言葉に、目玉おやじは頷くと、そのまま続けた。

 

「ウム。そしてそれは、奴が勤務しておった、この病院の中に隠されている筈じゃ。新型ウイルスは既に都内にばら撒かれている以上、それを入手せねばならん」

 

「もし、奴が特効薬を既に破棄していた場合には、どうすれば良いのでしょう?」

 

「疫病神を倒すしか無い。まだ完全に蔓延していない今ならば、元凶となった疫病神を倒せば、ばら撒かれた新型ウイルスは全て消滅する筈じゃ」

 

 目玉おやじの口から、『疫病神を倒す』という言葉が出た途端、凜と奈緒は硬直した。それは即ち、疫病神を……山井という医師を、抹殺することに他ならない。それを察した二人は、後ろに立っていた加蓮の方へと心配そうな視線を向けた。

 目玉おやじの話を聞いている間、全く口を挟まず、俯いたままだった加蓮。その心中には、どのような感情が渦巻いているのか、二人には窺い知ることはできない。恩義を感じていた医師が疫病神であり、一連の新型ウイルス事件の元凶である可能性が高いと知らされたのだ。そして今、万一の場合には抹殺も辞さないという鬼太郎の言葉に、どれ程の衝撃を受けているかは計り知れない。加蓮がショックで倒れないかと心配そうな表情を向ける凜と奈緒を余所に、目玉おやじと鬼太郎の対策会議は続く。

 

「疫病神は、鬼太郎の襲撃を予期していなかった様子じゃ。しかも、人間にその正体を見られた以上、この病院で医師を続けることはできん。故に奴は、恐らくは今夜にでも、この病院へ戻ってくる。そこを捕らえるのじゃ」

 

「はい、父さん」

 

 疫病神への対処方法について確認した二人は、踵を返してその場を立ち去ろうとした。だが、そこへ

 

「待って」

 

 加蓮が制止を呼び掛けた。唐突に口を開いた少女の言葉に、鬼太郎は「一体何だろう」と首を傾げながら歩みを止め、振り返った。

 

「私も連れて行って」

 

「加蓮!?」

 

「な、何をっ!?」

 

 加蓮の突然の申し出に、驚愕を露にする凛と奈緒。鬼太郎もまた、目を丸くしていた。

 

「……何をするつもりだ?」

 

「山井先生と、もう一度話をさせて欲しいの」

 

 毅然とした態度で言い放った加蓮の言葉。しかし、鬼太郎と目玉おやじは、それを認めようとはしなかった。

 

「先程から言っておるが、あれは山井などという医師ではない。妖怪・疫病神なのじゃぞ?」

 

「それに、次に僕と疫病神が顔を合わせれば、戦いになるのは間違いない。さっきもそうだったように、巻き込まれれば命を落とす危険性すらあるんだぞ」

 

 先程の反応から、加蓮が疫病神こと山井と何らかの関係があると、鬼太郎も察していた。しかし、戦闘になることがほぼ確定した現場に、生身の人間を不用意に連れて行くわけにはいかない。故に、命の危険を前面に出して脅すように身を引かせようとしたのだが……加蓮は諦める様子は無かった。

 

「どうしても、山井先生にもう一度会って、確かめたいことがあるの」

 

「一体、どうしたんだよ加蓮?あの山井先生が、妖怪だって分かった今、一体何を確かめようっていうんだ?」

 

 鬼太郎同様、加蓮が何を考えているのか分からなかった奈緒が、その真意を確かめるべく問いを投げ掛けた。

 

「山井先生に聞きたいの。本当に、今流行しているウイルスは、山井先生のせいで起こっているのかどうかを」

 

「……ますますわけが分からない。一連のウイルス騒動は、あの疫病神が担当した患者が転院した先で起こっている。しかも、タイミングもほぼ同じだ。さらに言えば、今日は小梅が、あの疫病神が勤めている部屋の前で感染症を発症して倒れていたんだ。ウイルス騒動があの疫病神と関わっていることは、明白だ」

 

「そうだよ、加蓮。しかも、鬼太郎が何か関係があるのかって聞いた時も、全然返事を返さなかったじゃない。どう考えても、怪し過ぎるでしょ」

 

 一連の状況証拠から、昨今発生している新型ウイルスによる騒動の元凶が、山井であると断定していた。それは、凜も奈緒も同意見だった。しかし、加蓮だけは、その考えに納得がいっていないようだった。

 

「なら、聞かせて欲しいんだけど……疫病神って、今はこういう、ウイルス騒動とかを起こすのはルール違反なんだよね?ルールを犯してまで、山井先生は何をしようとしていたのか、目玉おやじさんは何か分からない?」

 

「フム……恐らくは、妖怪としての力を高めるためじゃろう。疫病神は、人間界に疫病が出回れば出回る程、その力を増すのじゃ。鬼太郎がこれまで戦ってきた妖怪の中には、そういった理由で人間を苦しめる妖怪が多々おった。今回も、その一例と考えられるわけじゃ」

 

 目玉おやじの説明に、得心する鬼太郎。凛と奈緒も、改めて疫病神の目的が分かったことで、成程と頷いていた。だが、加蓮だけはやはり納得した様子ではなかった。

 

「つまり、山井先生は、妖怪として強くなるためにこの騒動を起こしたっていうことなの?」

 

「そういうことじゃな。加蓮ちゃんは、何か不自然に思うことでもあるのかね?」

 

「山井先生が、そんな理由で騒動を起こしたこと自体が、私には納得できないの」

 

「……どういうことかね?」

 

 目玉おやじの加蓮に対する問い掛けは、その場にいた全員の総意だった。一体、どこに不自然な点があるというのか。その疑問に、加蓮は変わらない、冷静な態度で答えた。

 

「何年か前に入院していた私には分かるの。山井先生は、医師としての仕事をただの仕事としか見ていなくて……患者の私のことも、病気の治療のこと以外は、全然無関心だった。今なら分かるけど……あの人も私と同じ、本当にやりたいこととか、欲しいものとかが無い、抜け殻みたいな生き方しかできていなかったんだと思う」

 

「加蓮……」

 

「そんな、何の欲も無い人が、ルール違反を犯してこんな騒動を起こしてまで、貪欲に力を手に入れようとするとは、到底思えない。だから、この騒動の主犯は、山井先生じゃないんだと思うの」

 

 元担当患者として、医師・山井の正体に関する見解を述べる加蓮。その表情を見た、凜と奈緒は、何も言えなくなった。ここまで真剣な表情の加蓮は、アイドルとして付き合いの長い二人も見たことが無かった。

 しかし、加蓮は山井に対して病気を治療してもらった恩義がある。故に、山井が新型ウイルスを都内に蔓延させようとしているという事実を否定したがっているのかもしれないのだと、奈緒と加蓮は思った。そしてそれは、鬼太郎と目玉おやじも思ったことだった。

 

「それは、そうあって欲しいと思っている、君の希望的観測なんじゃないのか?」

 

「それに、君があの山井と呼ばれた疫病神の担当する患者だったのは、昔の話じゃろう?しばらく会わぬ間に、奴が宗旨替えしたとは考えられんのか?」

 

 故に、二人がこのような意見を述べるのは当然のことだった。しかし、核心を突いたとも言える二人の意見に……加蓮は全く怯まず、反論した。

 

「今日、久しぶりに山井先生に会ったけど、あの人は昔と変わっていなかった。何事にも無関心で……入院していた時の、昔の私と同じのままだった。だから分かるの。山井先生は、そんなことをする人じゃ……妖怪じゃないって」

 

『………………』

 

 真剣な表情で山井の無実を主張する加蓮に、鬼太郎と目玉おやじは黙り込んだ。山井との昔の関係を考えれば、受け入れがたい現実を前に、駄々を捏ねていると思えなくもない。だが、淀み無く山井のことを話す加蓮は非常に落ち着いており、動揺が全く無かった。実質的には、確証など何一つ無い、加蓮の主観に基づく意見なのだが、反論を許さない説得力があった。

 

「フム……確かに、駐車場で戦う前のやりとりには、不審な点もあった。この一件に関して、奴が何かを隠しているのは間違いないじゃろう」

 

「……けど、疫病神にまた会ったとして、奴が本当のことを話すという確証があるのか?」

 

 加蓮の意見については、ある程度は考慮に入れる価値はあると認めた目玉おやじと鬼太郎だが、それと加蓮を連れて行くのは別問題である。

 

「……正直、それは分からない。けど、山井先生のことを知ってる私だからこそ、分かることもあると思う。だから、私を山井先生のところに連れて行って欲しいの。危険な目に遭っても構わないから……だから、お願い」

 

 強い意思の籠った瞳で訴えかけるとともに、頭を下げて同行を願い出る加蓮。危険は覚悟の上という彼女の真剣で真摯な態度に、鬼太郎と目玉おやじは遂に折れた。

 

「はぁ……分かった。君を連れて行こう。向こうが応じるなら、疫病神と、もう一度話をさせてやる」

 

「はぁっ!?ちょっと待てよ!疫病神と話し合いって……加蓮にそんな危険なこと……!」

 

「加蓮、考え直す気は……」

 

「止めないで、奈緒、凜。こればかりは、どうしても譲れないから」

 

 まさか、鬼太郎と目玉おやじが同行を認めるとは思わなかった奈緒と凜が、驚愕しながら加蓮を止めようとするが、加蓮は意思を曲げる様子は無かった。

 

「二人は巻き込めないから、先に帰っていて。山井先生のことは、私一人で何とかするから」

 

「……はぁ。分かったよ。その代わり、あたし達も一緒に行くからな」

 

 加蓮に続き、奈緒と凜までもが同行を申し出たことに、溜息を吐く鬼太郎。これは、どうあっても付いて来るつもりなのだと悟った鬼太郎だったが、念を押すように問い掛けた。

 

「……分かっているのか?疫病神は、本当に危険な妖怪なんだぞ」

 

「分かってるよ……いや、本当は分かってないかもしれないけど……」

 

「加蓮を放ってはおけないもんね」

 

 危険について完全に理解したとは言えないが、加蓮のために同行するという意思を曲げるつもりは無いことは分かった。結局、鬼太郎は加蓮、奈緒、凜の三人の同行を許すこととなるのだった。

 

「それにしても、アイドルというのは、恐れを知らないというか……こういう人間ばかりなんですかね、父さん」

 

「フム、小梅ちゃんといい、飛鳥ちゃんといい、最近の子供……特にアイドルというものは、そういうものなのかもしれんのう……」

 

 互いに顔を合わせて決意を新たにしている三人を余所に、鬼太郎と目玉おやじはアイドルというものに対して、呆れとも感心ともいえない感情を抱いていた。

 しかしそれは、数ある芸能プロダクションの中で、突出した個性を持つ者達をアイドルとして擁する346プロ故の特異性なのだが、鬼太郎と目玉おやじのズレた認識を是正してくれる人間は、残念ながらこの場にはいなかった。

 

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