ゲゲゲの鬼太郎 アイドルマスター百物語   作:鈴神

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悲運なる出会い 北条加蓮と妖怪医師 ④

 鬼太郎が疫病神との戦闘を経て、加蓮等三人の少女と疫病神を待ち伏せすることが決まったその日の夜。見舞いの受付は終わり、消灯時間となり、静寂に満ちた病院の中。四人は敷地内の植え込みにある、木や草の影に身を潜めていた。

 

「それにしても……加蓮も大したもんだよな」

 

「何が?」

 

「恩人の先生が妖怪だって聞かされても、冷静に事実を受け止めているところだよ」

 

 夕方より、病院内を巡回する警備員の目を盗んで潜伏すること数時間。流石に疲れてきたのか、眠気が奈緒や凛を襲い始めていた。このままでは、転寝してしまいそうなので、奈緒が加蓮に小声で話し掛け、凜も加わった。

 

「あたしだったら、その人のこと、信じられなくて放心しちまうな。けど、加蓮はそんなこと無いもんな」

 

「……私も、全然驚かなかったわけじゃないよ。けど、冷静になって考えてみると、納得できるところもあったんだよね」

 

「……そんなに、あの山井先生って、人間っぽくなかったの?」

 

「うん」

 

 加蓮の容赦の無い即答に、奈緒と凜は顔を引き攣らせた。実際、人間でないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。

 

「患者の私には思い遣りの欠片も無かったからね。あんな態度だから、話すのは苦手だったけど、私に対して失礼なくらいに無関心だったから、色々言ってたな~……“冷血人間”とか “ター〇ネーター”とか」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「お前も大概だよな……」

 

 患者に対して過剰なまでに無関心だった山井も山井だが、それで子供のように拗ねてちょっかいをかけていた加蓮も加蓮であると、凜と奈緒は思った。普段から自分や凛のことをことあるごとに弄ってくるのも、加蓮が元々弄りキャラであることに加え、入院時代に山井に全く相手にしてもらえなかったことによる鬱憤晴らしなのかもしれない。

 

「奈緒、どうしたの?ニヤニヤ笑って」

 

「いや~、加蓮も可愛いところがあるなって思ってな」

 

 普段の自分を弄る行為が、相手への構って欲しさに起因していると考えると、加蓮の弄りも可愛く思えてくる。普段のクールさからはかけ離れた、小学生染みた感情を抱いているというギャップを考えると、奈緒がニヤついてしまうのも無理からぬ話だった。

 

「ちょっと奈緒、変なこと考えているんじゃないでしょうね」

 

「いんや、べっつに~」

 

 明らかに腹に一物抱えているような表情でニヤけ続ける奈緒。詳しくは分からないが、その表情を見れば、加蓮に対して何か不愉快な想像をしていることは察しがついた。

 

「そのムカつく顔、やめてくれない?さもないと、この前のカラオケでアニソン歌いながら決めポーズした写真、事務所の掲示板に貼り付けるわよ?」

 

「はいはい、分かったよ。そうやって構って欲しくてあたしのことを弄るなんて、加蓮も可愛いな~、おい。ま、あたしは年上だから、加蓮の好きに弄られてやるから安心しろ」

 

「……は?何、それ?」

 

 年上ぶって――実際に年上だが――上から目線の調子に乗った発言をする奈緒に、加蓮はますますムカついた。しかも、ニヤついた顔は直っていない。これはもう少し、キツく弄ってやる必要があるかもしれない。そう思い、奥の手の秘蔵映像をネタに弄ろうとする。だが、

 

「うるさいぞ、二人とも。警備員が来たら、つまみ出されるぞ」

 

「これから疫病神との対決なのじゃから、もう少し緊張感を持ってくれんものかのう?」

 

 鬼太郎と目玉おやじに、呆れ交じりの声で窘められ、反省する加蓮と奈緒。その後、二人は勿論、凜も私語は慎み、疫病神たる山井が病院に戻るのを静かに待つのだった。

 

 

 

 尚、加蓮のことを「内心は構ってほしくて弄ってくる可愛い奴」と見なして、弄りをやり過ごす奈緒の作戦は、加蓮考案の「もう奈緒のことは弄ってあげない」作戦により、構ってもらえなくなった奈緒の方が先に根を上げ、破綻することとなる。

 他人に構ってほしくて弄る加蓮と、他人に構ってほしくて弄られる奈緒の相性は、何だかんだ言って抜群だった。

 

 

 

 

 

「来たぞ……!」

 

 敷地内を巡回する警備員をやり過ごして待つこと数時間。日付が変わるかどうかという時間帯に、痩身の人影が現れた。鬼太郎達が待ち伏せしていた人間の男性医師の姿をした妖怪――疫病神こと山井である。

 病院に戻ってきた山井は、駐車場にある職員用の通用口を目指していた。どうやら、目玉おやじの見立て通り、この病院に勤務していた痕跡を消し、院内に保管されている特効薬の回収に赴いてきたようだった。

 

「疫病神!」

 

 通用口を目指す山井に対し、植え込みから姿を見せた鬼太郎が制止を呼び掛ける。対する山井は、その歩みを止めてゆっくりと振り向いた。その右手には、頭部に髑髏が取り付けられた錫杖が握られていた。

 

「ゲゲゲの鬼太郎か。また私を退治しに来たのか?」

 

「場合によってはそうなる。だが、お前には聞きたいこともある」

 

 互いに臨戦態勢を取ったまま、しかし鬼太郎はすぐには戦うつもりは無いと口にした。それと同時に、鬼太郎の出てきた植え込みの方から、加蓮が姿を現す。それに次いで、凜と奈緒も姿を見せた。

 

「山井先生……」

 

 加蓮の姿を見た疫病神こと山井が、僅かに目を見開く。鬼太郎の待ち伏せはある程度予想していたようだが、現場に居合わせただけで無関係の加蓮やその仲間までもがこの場に現れることは想定外だったらしい。

 

「……何故、何の関わりも無い人間がこの場にいる?」

 

「山井先生に聞きたいことがあって来たの」

 

 加蓮に対して冷たく突き放すような言動を取る山井。対する加蓮は、臆することなく自身の意思を口にした。昼間の再会の時には、山井の相変わらずの冷淡な態度に委縮して、伝えたいこと全てを口にすることができなかった加蓮だったが、今は違う。山井が疫病神という妖怪であり、ウイルス騒動に関わっていると知っても尚、その事実に立ち向かおうとする強い意思が、その瞳には宿っていた。

 

「鬼太郎から聞いたよ。今、都内を騒がせているウイルスは、妖怪が作ったものだって。あと、今日この病院で同じウイルスに感染して倒れた人がいたこともね」

 

「……」

 

「鬼太郎は、山井先生の仕業だと言ってるけど……本当に、全部山井先生がやったの?」

 

「……」

 

 真っ直ぐに山井の顔を見つめながら問いを投げ掛ける加蓮の表情は真剣そのもので、一切の嘘偽りを許さないものだった。対する山井は、最初に鬼太郎と相対した時と同じように、沈黙を保ったままだった。しかし、加蓮の瞳に宿った強い意思に、さしもの疫病神も目を逸らすことができずにいる様子だった。

 

「私は、山井先生の担当患者だったから、先生のことはそれなりに分かっているつもりだよ。あの時の私と同じように……好きなことも、やりたい事も無い山井先生が、力が欲しいだなんていう理由でこんな大それたことをするとは思えない。ウイルスをばら撒いたのは、本当は別の妖怪なんじゃないの?」

 

「………………」

 

 加蓮が述べる推測を聞いた山井が、僅かに目を細める。錫杖を握る右手にも、若干ながら力が入っているようにも見える。非常に分かり難い反応だったが、加蓮の言動が核心を突いていることは明白だった。

 

「山井先生、答えて。本当に、あなたが犯人なの?」

 

「……人間には関係の無い話だ」

 

 尚も詰め寄る加蓮に対し、山井が返したのは、問いに対する答えではなく、加蓮が人間であることを理由とした拒絶の言葉だった。だが、加蓮はこの程度では引き下がらない。

 

「関係あるよ。私達の世界にばら撒かれている疫病なんだから、知りたいと思うのは当然でしょ?それに、私は山井先生の担当患者だった。だから、あなたのことはよく知っているつもりだよ。だから、山井先生が本当にやったのか……その真実を、教えて!」

 

「………………」

 

 強い口調で呼び掛け続ける加蓮に、山井は押され気味だった。しかし、それでも真実を話すつもりは無いらしく、尚も黙秘を続けていた。しかし、加蓮が言葉を紡ぐ度に、山井が形成した、疫病神としての能面のような無表情に、僅かな変化が生じているように、周囲からは見えた。その反応を見るに、山井が何かを隠していることは明白だった。

 そんな、煮え切らない態度で黙秘を続ける山井に対し、加蓮は一歩、また一歩と確信を突くような言葉を重ねていく。未だに沈黙を貫こうとする山井だったが、氷のように冷たく、能面と見紛う程に変化に乏しいその表情には、隠しきれない動揺が表れ始めていた。元患者として山井のことを知る加蓮が口にした推測は、山井の心に大きな波紋を齎しているようだった。

 

「山井先生!」

 

「………………北条」

 

 そして、そんな加蓮の説得により、遂に山井も折れたらしい。それまで『人間』としか呼ばなかった加蓮の名前を、小さな声ながら口にした。そして、いよいよ疫病神こと山井が隠している真実が語られようとした………………その時だった。

 

 

 

そんなに聞きたければ、私が教えてやるよ――

 

 

 

 鬼太郎と加蓮をはじめとしたアイドルが、山井と向かい合う病院の裏手に、突如として響き渡る女性の声。それと同時に、夜空から注ぐ月の光を遮り、鬼太郎と山井の間を“黒い風”が猛烈な勢いで突き抜けた。あまりの速さに反応し切れなかった鬼太郎と山井は、巻き起こる風に対して思わず腕を翳して防御姿勢をとった。

 

「きゃぁっ!」

 

「加蓮!」

 

 鬼太郎と山井へは特に害を与えなかった風は……しかし、加蓮を直撃したらしい。加蓮の立っていたその場所から、悲鳴が聞こえた。

 

「鬼太郎!」

 

「父さん、この妖気は……!」

 

 そして、風が齎したのは加蓮の悲鳴だけではなかった。風が襲来すると同時に、鬼太郎の妖怪アンテナは、疫病神である山井とは別の、もう一つの妖気を感知していたのだ。そして、風が止むのと同時に、悲鳴が聞こえた方向へと視線を向けた鬼太郎達が見たもの。それは、想像だにしなかったものだった。

 

「あなたは……!」

 

「貴様……!」

 

 鬼太郎と山井が相対する道の真ん中に立っていたのは、両者にとって見知った顔だった。山井は同じ職場で働く同僚として、鬼太郎はこの病院を訪れた際の案内として、その名前を知っていた。

 

「看護師の……七ヶ浜、さん?」

 

 この病院に勤める看護士……七ヶ浜が、鬼太郎が昼間に会った時の恰好そのままで、道の上に立っていた。そしてその腕には、加蓮が捕らえられていた。

 

「加蓮っ!」

 

「おい、どうなってんだよ!?何なんだよあの看護士は!?」

 

 鬼太郎と山井の対決から始まり、一連のウイルス事件の真相に迫ろうとしていた筈が、いきなり謎の看護師が乱入してきた。事態の急変に付いていけず、凜と奈緒、そして七ヶ浜看護士に捕まっている加蓮は混乱するばかりだった。一方、鬼太郎と山井は、険しい表情で七ヶ浜看護士を睨みつけていた。

 

「二人とも……今すぐに後ろにさがるんだ」

 

「えっ……鬼太郎?」

 

 後ろに立つ凛と奈緒に対し、真剣な声色で、さらに距離を取るように促す鬼太郎。その頭の妖怪アンテナは、真っ直ぐ垂直に逆立っていた。

 

「そうか……お前だったか」

 

 一方、七ヶ浜看護士を挟んで鬼太郎の反対側に、錫杖右手に立っていた山井は、目の前で起こった予想外の事態に対し、驚愕した様子は無く……むしろ得心した様子だった。

 

「お前……“妖怪”だな?」

 

「その通り。私は御覧の通り、この病院の看護師に扮して潜伏している妖怪だ。そして、お前達が追っているウイルス騒動を引き起こしている“真の黒幕”でもある」

 

「何じゃと!?」

 

「お前が……っ!?」

 

 七ヶ浜看護士が口にした言葉に対し、驚愕に目を剥く目玉おやじと鬼太郎。アイドル三名も同様の反応である。いきなり姿を現して加蓮を捕らえた看護士が、妖怪だっただけでなく、今まで疫病神の仕業と疑っていたウイルス騒動の黒幕を自称するという急展開の中、山井だけは目を鋭くして妖怪・七ヶ浜看護士を睨みつけていた。

 

「正体を告げた以上、この姿を取るのも、もう無意味だな……」

 

 その呟きとともに、加蓮を腕の中に捕らえた七ヶ浜看護士の身体に異変が起こった。

まず変化が起こったのは、足先だった。まるで、足元の影に浸食されるかのように、足首の部分から黒く染まり始めたのだ。黒色化の異変は、そのまま脛、太腿、腰、腹へと上っていき、七ヶ浜看護士の身体を身に纏った服ごと完全に黒一色に染めた。

 さらに、異変は続く。黒く染まった身体はボコボコと泡が発生するかのような音を立てて膨れ始めたのだ。百六十センチほどの身長だった七ヶ浜看護士の身体は、加蓮を抱えたまま膨張していき、異形の姿を顕現させる。伸長は三メートルにも及ぶ巨体となり、両手両足には偶蹄類を彷彿させる蹄、尻からは獣を彷彿させる尾が生えた。腰の周りには、装飾のように無数の髑髏が取り付けられていた。頭には牛を……或いは鬼を彷彿させる二本の角が左右対称に生えており、目・鼻・口が消失した、のっぺりとした顔には……一つの目が見開いた。その不気味な一つ目に睨まれた鬼太郎、凜、奈緒は勿論、腕に抱えられた加蓮は戦慄する。

 そんな中、目玉おやじは目の前に現れた異形の正体をいち早く見抜いた。

 

「まさかこいつは………………妖怪・疱瘡婆!

 

 目玉おやじが口にした妖怪としての名前に、かつては七ヶ浜看護士だった黒色の異形は、目を細めてほくそ笑んだような声を漏らした。

 

「ご名答。人間からも妖怪からも忘れ去られたこの私を覚えていてくれたとは、嬉しいものだな」

 

「……お前が一連のウイルス事件の黒幕ということは、都内で流行している感染症の正体は……」

 

「お察しの通り、“天然痘”だよ」

 

 七ヶ浜看護士改め、妖怪・疱瘡婆が口にした単語に、アイドル三人は驚愕した。それは、数時間前のこと……目玉おやじから、疫病神の詳細について聞いた時だった。

 

「『疱瘡』とは、かつて世界中を震撼させた疫病……『天然痘』の別名じゃ。疫病神が見通しを誤り、過剰なまでに流行させてしまったこの疫病が発生させたのは、大量の死者だけではない。多くの死者の無念は、生者に対する呪いと化し……やがて妖怪を生み出したのじゃ」

 

「それが……この『疱瘡婆』ということですか?」

 

「ウム」

 

 鬼太郎の確認する問い掛けに対し、目玉おやじは頷くと、説明を続けた。

 

「疱瘡婆は、天然痘を流行させ、病死した人間の死体を食らう妖怪じゃ。現在の宮城県にて大勢の人間を病死させた上、北海道にまで出没したと伝えられておる。じゃが、人間界にワクチンが出回ったことで、天然痘は終息。疱瘡婆はその力を失い、姿を消したと言われておった。それがまさか、人間界に潜んでおったとは……」

 

「待っていたのさ。かつての力を取り戻し、復活するための機会をね……」

 

 目玉おやじに続く形で話しだしたのは、疱瘡婆だった。目玉だけの顔だが、その声色から喜色を浮かべていることが分かる。

 

「ワクチンが出回り、天然痘のウイルス自体が根絶されたと人間界で認められてしまった以上、復活の望みは天然痘のウイルスを兵器として隠し持っている某国のみ。だが、現代において免疫を持っている人間はほとんどいないとはいえ、既にワクチンによる治療法が確立されている以上、かつてのような力は得られない。故に、新しい力が必要だった……現代の医療技術では容易に治療できないような、新しい天然痘ウイルスがな」

 

 そこまで言った疱瘡婆は、今度は鬼太郎とは反対側の位置に立つ山井へと視線を向けた。

 

「そこで私が目を付けたのが、疫病神ということだ。この疫病神は、次の人口調整のためにばら撒く疫病として、新型の天然痘ウイルスの開発を行っていた。過去に大流行したウイルス以上の感染力と死亡率を備え、従来のワクチンによる予防接種ができない、まさに最強のウイルスだ。そこで私は、この病院に潜伏して、開発したウイルスを分捕ったというわけだ。お陰で私は、数百年前の全盛期に匹敵する力を取り戻すことができた」

 

 自信満々に自身の暗躍を語る疱瘡婆の身体からは、疫病神のウイルスを取り込んだ影響によるものだろう、非常に強力な妖力が溢れていた。数々の妖怪を相手してきた鬼太郎ですら、まともに戦えば勝てるかどうか分からない……そんな脅威を感じさせる程の力を感じさせていた。

 

「だが、私がより多くの力を得るには、厄介な障害が二つあった。一つは疫病神がウイルスとともに開発しているであろう、特効薬とワクチン。そしてもう一つが貴様だ……ゲゲゲの鬼太郎」

 

「成程……それで、ウイルス騒動を起こした上で、病院内に妖怪の噂を流して僕を誘き出し、疫病神と戦わせて同士討ちを狙ったということか」

 

「その通りだ。尤も、予想外の乱入があったお陰で、それも破綻した。だが……私の目的を達するための手段は手に入った!」

 

「!」

 

 疱瘡婆がそう言い切ると同時に、腰の髑髏へと妖力が集中した。そして次の瞬間、鬼太郎目掛けて髑髏の口から、黒い煙――瘴気が噴出した。

 

「ぐっ!」

 

「きゃぁつ!」

 

「わゎっ!」

 

 間一髪で横へ跳んで瘴気を回避した鬼太郎だったが、後ろに立っていた凛と奈緒は、正面からそれを被ってしまった。そして、煙を浴びた途端、二人の身体に恐ろしい異変が起こった。

 

「ぐぅっ……!」

 

「うぅっ……!」

 

 苦しげに胸を押さえて地面に倒れ伏す凜と奈緒。そして、顔や手といった服の隙間から除く肌には、無数の豆のようなできもの――丘疹が発生していた。

 

「これは、小梅と同じ……!」

 

「やはりそうじゃったか!どこかで見たことのある症状だと思っておったが……あのできものは天然痘によるものじゃったか!」

 

 天然痘は、全身に大量の丘疹が発生することで知られる疫病である。丘疹の発生は、体表面に止まらず、呼吸器や消火器といった内蔵にも及び、肺を損傷することによる呼吸困難等を併発し、重篤な呼吸不全を起こし、最悪の場合は死に至るのだ。

 そして、凜と奈緒の身体に表れた丘疹という症状は、昼間に病院を訪れた際に見た、妖怪に襲われて発病した小梅のものと同一だった。それを確認した鬼太郎と目玉おやじは、昼間に小梅を襲った妖怪の正体は、疫病神ではなく、疱瘡婆だったことを確信する。

 

「流石はゲゲゲの鬼太郎……疫病神との同士討ちも、上手くいかないわけだ。ならば、これでどうだ?」

 

「ぐっ……あぁぁあっ!」

 

 疱瘡婆が加蓮を抱える腕をぐっと締める。それによって、腹部を強く圧迫された加蓮が苦悶の声を上げた。

 

「疱瘡婆……!」

 

「この娘を絞め殺されたくなかったら、動かないことだな」

 

「なんと卑怯な!」

 

 加蓮を人質にとることで、鬼太郎の動きを封じようという疱瘡婆の卑劣な作戦に、歯噛みする鬼太郎と目玉おやじ。しかし、鬼太郎と目玉おやじはこの戦法の前に為す術は無かった。

 

「かつての力を超える程の力を手に入れるには、まだまだ天然痘を流行らせねばならん。そのためには、人間に肩入れする貴様は邪魔なのでな。ここで退場してもらうぞ」

 

 それだけ言うと疱瘡婆は先程と同様、腰の髑髏から障気を噴出し、鬼太郎へ噴きかけた。加蓮を人質に取られて動けなくなった鬼太郎は、そのまま瘴気を浴びた。

 

「くっ……は、ぁあっ!」

 

 瘴気の毒気に侵された鬼太郎は、先程の凜、奈緒と同様に全身から丘疹が発生して地面へと倒れ伏す。

その様子を見た疱瘡婆は満足そうに一つ目を細め、くっくと嗤っていた。

 

「さて、次はお前だな、疫病神」

 

 邪魔な存在の片割れたるゲゲゲの鬼太郎を手にかけた今、次に排除すべき対象は、疫病神こと山井である。対する山井は、変わらない冷徹な表情のまま、疱瘡婆へと視線を向けていた。

 

「私のウイルスを盗み出し、人間界へと勝手に流出させた以上、貴様を生かしておくことはできん」

 

「新型天然痘ウイルスは、既に手に入れ、こうして力も取り戻した。貴様等疫病神が今更何をしたところで、私は止められぬ」

 

「貴様が取り込んだウイルスは、疫病神たる私が開発したものだ。この錫杖で貴様の身体を突けば、貴様の体内の瘴気は一気に不活性化し、妖怪としての力全てを失うことになるぞ」

 

 疫病神は、疫病やその根源たるウイルスを操る妖怪である。故に、人間界においてウイルスの感染が過剰に拡大した時に備え、ウイルスの活性をコントロールする能力も持っている。故に、疫病神が作ったウイルスを取り込んだ疱瘡婆にとって、山井は天敵と呼べる存在なのだ。

 だが、疱瘡婆は動じない。自身を滅ぼし得る存在と相対しているにも関わらず、絶対的な自信を持っているかのように堂々と立っていた。

 

「ほほう……貴様に、この私を本当に滅ぼせると思っているのか?」

 

「うっ……ぐぁっ!」

 

 山井に対し、脇に抱えていた加蓮を見せつけるかのように前へ出し、同時に締め付けを強める。苦悶の声を再度上げる加蓮の姿を見た山井の表情に変化は見られない。だが、疱瘡婆に向けて構えた錫杖の先端が、ほんの僅かに揺れたように見えた。

 

「この私が、無策でこの場に現れたと思っているのか?病院内に潜伏し、貴様を始末するための機会を伺う中で、夕方の戦いも見ていたんだよ」

 

「……」

 

「鬼太郎との戦いに巻き込まれたこの娘を見た途端に、瘴気を消して戦場から退いたのは、私から見ても明らかだった。貴様がこの娘を特別視していることは、お見通しなんだよ」

 

 加蓮を抱えながら締め付け、勝ち誇ったように捲し立てる疱瘡婆は、自身の優位を疑っていなかった。その証拠に、疫病神は疱瘡婆に対して錫杖を油断なく構えていながらも、動けずにいた。

 

「さあ、この娘の命が惜しかったら、さっさとその錫杖を捨てな」

 

「……………」

 

 加蓮を人質に取っての疱瘡婆の武装解除の要求に対し、山井は無表情のまま錫杖を構えて動かなかった。数分とも数十分とも分からない睨み合いの果て……山井は、黙って手に持った錫杖を捨てた。

 

「山井、先生……!」

 

「それで良い。要求を呑んでくれた以上は、こちらもそれに応えよう」

 

 山井が錫杖を捨てたことに満足した疱瘡婆は、山井の行動に驚愕した加蓮を解放すると宣言し……山井の方へと、放り投げた。

 

「きゃぁっ!」

 

「……!」

 

 空中に放り出され、悲鳴を上げる加蓮。それに対し、山井は素早く動き、落下場所へと先回りして加蓮を受け止めた。

 それを見た疱瘡婆は、地面に両手の蹄を立て、加蓮を抱えて無防備な山井目掛けて突進した。

 

「死にな!」

 

「っ……!」

 

 猛烈な勢いで突進してくる疱瘡婆の速度は凄まじく、回避は到底間に合わない。加蓮を抱えた状態の山井では、猶更である。避けられないと悟った山井は、咄嗟に後方へと跳び、加蓮を直撃コースから外すように動いた。

 

「ぐっ……!」

 

「きゃぁぁあああっっ!」

 

 突進を仕掛けた疱瘡婆の角が、山井の腹部を貫通した。流石の山井も苦悶の声を漏らすが、それは加蓮の悲鳴にかき消えていった。急所二カ所を貫通された山井は、猛スピードで走行するトラックに轢かれたかの如く吹き飛ばされ、建物の壁へと激突した。

 壁に蜘蛛の巣状の罅を作る程の勢いで叩き付けられた山井はピクリとも動かず、加蓮を抱えたまま、壁に夥しい量の血の痕を残しながら、ズルズルと地面に崩れ落ちていった。

 

「くくっ……ふはははははは!!これでゲゲゲの鬼太郎も、疫病神も始末した!これで、私を止められる者は誰もいない!」

 

 山井が捨てた錫杖を踏み付けて破壊しながら、疱瘡婆は一人歓喜の声を上げた。当初に計画していた、鬼太郎と疫病神を戦わせて同士討ちさせるという計画とは異なる展開になってしまったが、邪魔者はいずれも排除することには成功したのだ。

 疱瘡婆を止められる存在は、これでいなくなったことになり、全ては疱瘡婆の望む結果となっていたのだ。

 

「さて……邪魔者を消した以上、これからは天然痘を存分にばら撒くとしよう。手始めに、まずはこの病院に入院している患者全てを天然痘にしてくれる。死体を粗方食らった後は、火を放って何もかも灰にしてやるとしよう」

 

 阿波田大学付属病院には、疫病神の山井が開発した新型天然痘ウイルスの特効薬が隠されている。当初の予定では、鬼太郎と疫病神が同士討ちしたところでこれを回収・破壊する予定だったが、加蓮に人質としての有用性を見出した疱瘡婆は、これを利用して疫病神殺害を優先したのだ。結果、新型天然痘ウイルスの特効薬の隠し場所は分からなくなってしまったが、病院を放火して何もかも燃やし尽くせば、関係は無い。

 ゲゲゲの鬼太郎と疫病神、そして目撃者であるアイドルも全員を始末した以上、疱瘡婆の野望を阻止する者はおろか、知る者すらいない。我が世の春が来たと歓喜し続ける疱瘡婆は、悠々とその場を後にするのだった。

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